レレイやロゥリィとの遣り取りは、通訳じゃなく単なる会話ですので文章上は日本語にしました。(無論、伊丹達には流暢な特地語で喋っているように聞こえています)
――甘過ぎた。とにかく認識が甘過ぎた。
銀座事件から三ヶ月も経過した事で弛んでいたんだろう。心の何処かでは、完全没入型のVRゲーム気分で特地を仮想現実かのように捉えていた節が、自分でも感じられる。
でも、此の世界で起きている全ては現実だ。紙や画面に表現された文章や絵じゃなくて、リアルの出来事。あらゆる生物が正真正銘の命を宿し、様々な理由で死んでいく本物の現実。
「御坂は悪くない。悪いのはドラゴンだ」
そう言って伊丹は俯く私の頭にポンと手を乗せて、慰めの言葉を口にした。確かに多くの命を奪った奴は炎龍よ。けれど、もっと私に原作知識と危機感―いや、力が有れば犠牲を出さずに済ませられたかもしれない。なんならエルフの集落も被害を少なく抑えられたに違いないわ。力が、今以上の力が有れば―
「あの場合は仕方が無いだろ。誰も大型のドラゴンが避難中に襲って来るなんて考えもしない」
「分かってるわよ!分かってるわよ、そんな事…」
己の力足らずに怒りと悔しさが込み上がる。ギリッ、と掌に爪が食い込む痛みと歯軋りすら鬱陶しく感じる。三偵の隊員が犠牲者の遺体を回収し、丁重に扱い埋葬していく一部始終を私は遣り切れない気持ちで見続けていた。
そして沈痛な面持ちを浮かべつつも、日が沈んだ暗がりの中で手早く作業を完了させた伊丹達は、避難民の手を借りて特地風の集団墓地を拵えた。
「Puhkago eksinud hinge rafu…Tulgu Jimala soqe kergenzus varastad eluxesse…(奪われし命に安らかなる眠りが訪れんことを…失われし魂に温かなる神の救済が訪れんことを…)」
墓の前で手を合わせ、死者の冥福を祈る三偵。助かったコダ村の避難民一同が伊丹達の後方へと横並びで立ち、嗚咽び返って家族や隣人の死を悲しんでいた。私も伊丹の左横で
(どうか安らかに――)
簡略的ながら神官の子や老魔導士による弔いの儀式が終わった後は、生存者の大半は身内の所へ行くか、何処かしらの町や村に避難する事となった。
ただし、襲撃を受けて家族が亡くなった子供や、高齢者や怪我人で構成される二十五人が、行く宛も無く残ってしまった。それには極一部の違う理由で居残った例外も含まれていたが。
村長に助言を求めれば、不本意そうに「Jaqa ese lihtsalt Jumala hoolesk. Em voime ola tundetu, kudi ananme endat parima, tweu nga fest hoolitseda(神に委ねるのみじゃよ。薄情じゃろうが、儂らも己の世話で精一杯なんじゃ)」と、苦々しく理解を求められて、そのまま話が途切れてしまう。
特地の諸水準を考慮すると、私と伊丹は
結局、其々の避難先へ向かう避難民達に対し姿が見えなくなるまで手を振り、感極まった隊員は涙ぐんで「Huvaxpin!(さようなら!)、Jew torguis(元気でね)、Oli effevaatloq(お気をつけて)」とか言って、無事に辿り着くよう願うだけに留まった。
「さて、と」
そう呟き振り返る伊丹を、子供達や御年寄りと傷病者は不安気に眺めている。なんせ彼の考え一つで全員の今後が左右されてしまうだけに、縋るような眼差しで庇護を乞わなきゃ明日の衣食住すら儘ならないもの。
「…まっ良いか。だぁ~いじょうぶ、ま~かせて!」
「全員乗車!アルヌスへ帰投する!」
ところが、当の本人は無邪気に笑い皆を安心させてみせた。三偵の隊員らもホッとした表情を浮かべ、伊丹の判断を支持していた。でも、伊丹の事だから何の報告もせず駐屯地まで連れ帰って、なし崩し的に保護を認めさせちゃいそうなのよね。多分そんな気がするわ。
* * *
アルヌスへ戻るまでの道中、すし詰めな高機の車内で私は二人の女子に質問攻めされていたの。一人目はプラチナブロンドの魔法少女ことレレイ・ラ・レレーナと言う女の子で、二人目は暗黒の神"エムロイ"の使徒ことロゥリィ・マーキュリーと言う女の子よ。どっちも私を認識してから、ずっと気になってたらしいの。自己紹介が済むと、矢継ぎ早に問い掛けられたわね。
「ミサカの魔法は一体どういう仕組み?炎龍をも撥ね退けるなんて」
レレイは
かと思えば全く無感情でも無い所は、絶対能力進化計画を阻止させた後の
「ええっと、私が使っているのは魔法じゃなくて超能力って言うの」
「チョウノウリョク?」
「そうそう、超能力。要するに魔法とは異なる体系の力で、多種多様な分類が存在するの」
「原理や種類についても教えて欲しい」
レレイは私の発電系能力に興味津々で、次々と質問を投げ掛ける。ふむ、どう答えたものやら。
「ん~……構わないけど、訳し辛い単語や表現が頻出するし、先ずは互いの言語や文化を深く知り合う方が良いかも」
「分かった。ミサカの事を学ぶのに、其方の言語を学ぶのが近道だと私も説明を通して感じた」
ざっと纏めればこんな会話だったわ。私も私で、初めて聞く単語が幾つも混ざっていて、意味をレレイへ質問してばかりだったのよね。まぁ、それ以外に特地語のレベルを高めるついでに地場の貴重な情報を得られれば、って打算的な狙いも有ったり。
で、問題はロゥリィの方かしら。表情だの瞳だの全身に殺気めいたオーラを感じるの。これは「嘘偽りは許さない」って無言の圧力?だとすれば、選択を間違えた瞬間に私の首が物理的に飛びかねないわね。あの炎龍を躓かせたハルバードで。
「貴女からぁ、不自然な波動を感じるのよねぇ。例えるなら『外法を用いて異なる肉体に異なる魂を注ぎ込んだ時』みたいなぁ?」
耳元でロゥリィは蠱惑的に呟いたけれど、私には死神の囁きに思えた。…私が転生者である事に関しての違和感を嗅ぎ取っているみたいだわ。ここは正直に話すべきか。
「――誰にも秘密よ?」
そう切り出してロゥリィを車内の隅へ私が移動させたのを、不思議そうにレレイや子供達が見つめていたわね。一応、アルヌスの駐屯地へ目掛けて走っている高機動車の中である此の空間は、零距離での内緒話ぐらいなら殆ど聞き取れない程度に喧騒で満たされてるから、大丈夫だとは思う。
ディーゼルエンジンが発する騒音、私達に興味を示していない子供の雑談、窓が開かれている事で生じる風の音とかどか。
「あれは私が――」
この世界が創作物の世界を基に生まれている部分だけは伏せて、打ち明けられる事情は全て伝えた。最後まで喋り終えると、ロゥリィは顎に指を当てて考え込む仕草をとり「へぇ~」と、声を漏らした。しかし、ハルバードに添えられた手が離されはしなかった。
「貴女のような人間はぁ、存在そのものが禁忌なのよねぇ。神力で練り上げられた肉体にぃ、外つ世界の魂を浄化せず注ぐ…例え貴女の意思が介在せず強制された事だろうとぉ、亜神ですらない者には許されざる事なのぉ♪」
(如何しよう…冗談抜きで如何しよう。このままじゃ、転生後たった三ヶ月ちょっとでデッドエンドまっしぐら!?)
自分でも感じられるまでに血の気を引かせている私へ、ロゥリィは妖艶な微笑を浮かべた口から「本当なら即刻エムロイの御許へ送り出すところだけどぉ」と前置き、次のように問い掛けた。
「その力で貴女は何を為すつもりぃ?」
うん、あからさまに試されているわ…返答次第では排除対象と見做し「御許へ送る」を実行する気かしらね。
「…目の前で傷付き虐げられている人が居れば、そんな人達を守る為に使うわ」
腹を括った私は覚悟を決めて宣言した。此の程度の試練も乗り越えられないようなら『御坂美琴』の名に相応しく無い。私の決意表明とも解釈できる返しに、ロゥリィは妖しく嗤う。
「うふふ。心底そう思っているのが伝わってくるわねぇ。私に掛かれば真か嘘は分かっちゃうもの。でもぉ、もしも貴女が言葉を僅かでも違えた時はぁ、自らの命で贖う事になるわよぉ?」
「構わないわ」
「―くすくす♪何処まで貫き通せるのか、見届けさせて貰うとするわぁ」
即答した私にロゥリィは獲物を捉えた肉食獣のように舌なめずりをしながら、漲らせていた殺気を漸く収めたのだった……やっぱりロゥリィって苦手ね。なんだか食蜂と共通する特徴(
* * *
翌朝、アルヌス駐屯地へと帰投した私達は、三つのグループに分けられた。第三偵察隊員、避難民の二十五人、そして私。炎龍の件で特地方面派遣隊の上層部会議や、現政権の閣議で『大型ドラゴンの襲撃に私が巻き込まれた事』が問題として浮上したらしく、今後は「御坂美琴の行動範囲を、駐屯地敷地内に限定させるべき」的な方針へと話が進んでいるとか。だけど―
「あまり束縛するようなら、二度と科学や超能力面で協力しないわよ?」
と、不機嫌MAXにビリビリ込みで苛立ちを露わにすると、あっさり「情報提供を打ち切るのだけは絶対に止めてくれ。しかし、君みたいな女の子を戦闘から遠ざけたいという、我々の心情も酌んで貰えると有難いのだが」てな感じに翻したわ。
気持ちに訴える言い方をしているけれど、本音は「超能力者だろうとも、未成年の少女を戦闘に関わらせたと、野党や市民団体だの他国に弱みを見せたく無い」かな。まぁ、そんなの知ったこっちゃ無いわね。
いつもの能力研究や私の能力が絡む分野への研究協力を適当に終わらせ、暇を持て余した私は隊舎が何棟も立ち並ぶ区画を散歩していた。こうやってれば、また伊丹との遭遇イベントが起きて面白そうな展開になるかも、と期待を胸に。
なんて考えてた矢先に、玄関横へ『西2号隊舎(仮)』の看板を取り付けた隊舎の屋上で、伊丹と誰かが会話中なのが遠目に分かった。あれは…柳田二等陸尉だっけ?ゲート0上巻の口絵で紹介されてたのを薄っすら覚えてるわ。
(…ちょっと挨拶代わりに軽い悪戯をしちゃおうかしら)
悪戯心が疼いた私は、念の為に周囲からの視線が無いかを確認して壁を攀じ登った。当然、アニレー2期の第一話で
「それと特地以上に富と技術革新を生むかもしれない鍵となるのが―御坂美琴」
「奴が架空の存在で、その作品世界から転移して来たってのは未だに信じ難いが、超能力を有し我々の世界に於ける最新技術よりも20年以上は先を行くテクノロジーを抱えているのは紛れもない事実だ」
「聞く所に依れば彼奴の協力を得た事で、電磁加速砲とリニア新幹線やNEWS*1等の改良にブレイクスルーが起きたそうじゃないか」
「更には超能力の解析を通して新技術の発展促進を狙ったり、超能力者そのものを俺等の世界で生み出す計画が持ち上がっているとの噂も流れている。ちなみに拘束した魔法使いが扱う魔法に関しても同様らしいがな」
「これらの事から御坂を利用する国家が、今後の地球世界に於ける主導権を握れるのは間違い無い。だから各国は如何なる手段を使ってでも奴を手中に収めようと躍起になっている」
「そのとばっちりが俺に及ぶのは勘弁して欲しいけどな。市ヶ谷へ行き着くまで東京中を逃げ回る羽目になった話を御坂に散々ボヤかれたり、個人的お遣いを頼まれたんでさ」
そうそう!そういう事も有ったわね。ウンザリする余り、あの頃は外国の諜報員っぽい奴を片っ端に痺れさせてやろうかと思ったぐらいよ。今となっては思い出の一頁として記憶に埋没するような取るに足らない事柄だけど。さて…そろそろ御挨拶と行きますか。
「ボヤいて悪かったわね」
一言で物干場に漂う空気が瞬く間に凍り付いたかのようにシンッ、という感じで静まり返った。私の姿を視認させるべく、屋上の縁へ手を掛けて柵の近くに移動すると、伊丹と柳田二尉はギョッとした様子で目を見開かせていた。
「おっすー。アンタが居たんで来ちゃった♪」
伊丹は「驚かすなよ」と呟きながら、クソデカ溜め息を吐いていた一方で、柳田二尉は冷や汗を額から垂らし私を目視したまま固まっていた。
「初めまして。御存知かもしれませんが、御坂美琴です。どうぞ宜しくお願いします」
「……あ、あぁ。俺は柳田と言う。よ、宜しく」
学園都市の広告塔モードに切り替えて自己紹介を行った私に、再起動を果たした柳田二尉が遅れて、ぎこちなく挨拶を口にする。いや、何もそこまで吃驚しなくても。
「聞いたぞ。協力の打ち切りを盾に脅したらしいな?お願いだからよ、上司に『御坂に危険な真似をさせないよう頼め』って指示を下される俺の身にもなってくれ」
「別に良いじゃないの。余程の相手じゃなければ、逆に相手の心配をする必要が出て来るくらいに私は強いんだし」
注意なんて何処吹く風と、真面目に取り合わない私に伊丹は「全く…このビリビリ中学生は言う事を聞きゃしない…」と小声で独りごち、二回目の超特大な溜め息を吐いていた。
するとその時、アルヌス駐屯地全域に響き渡るような大音響で何かが耳に入り込んだ。五月蠅すぎて反射的に耳を塞ぎそうになったけど、辛うじて思い止まった私は大音響へ意識を集中させると、次の内容が聴こえた。
『門に異常発生。門に異常発生。各員、所定の行動を取られたし。門に異常発生―』
それは地球と特地を繋ぐゲートに異常が起きた事を知らせる、スピーカーからの一斉緊急放送だったわ。恐らく、同様の通信が無線を通して全ての特地方面派遣隊員に行き交っているわね。いきなり無線通信の量が跳ね上がったのを能力経由で感じたし。
考えるよりも先に私は物干場を飛び降り、騒動の中心点である"門"へと走る。途中で銀座事件の頃みたいに立ち塞がりまではしなかったものの、何度も「おい!止まりなさい!」って怒鳴られたわ。勿論そんなの無視して門に急行よ。
ゲートまで辿り着くと、既に64式小銃を携えた自衛官や、何台もの高機とLAVが『古代ローマ風建築の門』を取り囲むように展開していて、よくよく観察すればゲート内部の空間がオーロラの如く歪んでいたの。成程、確かに異常ね。
『指示有るまで、射撃姿勢を取る事も厳に控えよ』
現場の指揮官と思しき幹部自衛官が命令を発した途端、空間の歪みがより一層に激しくなったかと思いきや、オーロラ状の壁らしき物が現れた。そして、オーロラの壁から何かが飛び出して来た事で、そこに居合わせた全ての人間が身構えたわ。えぇっと、飛び出した奴は何かしら………ん?
―あら?
――えっ、嘘でしょ?
―――まさか、あれって…
「黒…子…?」
「―お姉、様?」
やっと二人目の能力者キャラを登場させられました。地味に長かった…。