劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく!Re:
──から少し後。
つまりはボーナス・トラック。



「天才だって信じてた」

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天才だって信じてた

◆伊地知虹夏の場合◆

 

 

 

「だから、これからもたくさん見せてね。ぼっちちゃんのロック……

 

 ぼっちざろっくを!」

 

 ──数分後。

 居酒屋店内にて。

 

(なんか勢いで言っちゃったけど、ぼっちざろっくてなんだよ私。でもなーんかカチッとハマった感じあるんだよな〜。なんかに)

 

 オレンジジュースを飲みきり、氷だけとなったグラスを意味もなくストローで啜る虹夏。

 

(でもでも、ぼっちちゃん良い顔してたし、今日の演奏もすごかったし、これからは結束バンド、もっとおっきくなってくぞ〜)

 

 ちらり、とぼっちの方を見やる虹夏。結束バンドの躍進を確信する虹夏に対し、結束バンドのジョーカーことギターの後藤ひとりは……、

 

(私が……ヒーロー……うへっ、うへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ)

 

 口をだらしなく開けて存分にニヤニヤとしていた。ダムのように涎が洪水を起こしている。

 

(ライブの時の顔は、かっこよかったんだけどな……)

 

「伊地知先輩、ツーショいいですか?」

「え、また? まぁ別にいいけど」

 

(何枚撮るんだろ……)

 

「お〜こっちの角度からだと伊地知先輩の母性が溢れ出てますね〜。よっ! 母性の天才!」

 

(母性の溢れる画角ってなに。母性の天才ってなに)

 

 今回の打ち上げではテンションのおかしい郁代を横目に首を傾げる虹夏。……スササッと。そこに、甘える猫の如く忍び寄る青い影。

 

「虹夏、ティッシュとって」

「ん」渡す。

「メニュー表とって」

「ん」渡す。

「店員さん呼んで」

「ん」メガホンを渡す。

 

「え」

 

「自分で呼べっ!」

 

(結束バンドは、変わらないまま変わっていく、そんなバンドになりそうです)

 

 

 

◆山田リョウの場合◆

 

 

 

「ぼっち」

 

 ひとりの方へと体を寄せるリョウ。

 

「あっはい……。あの、リョウさん、今日はその、助けて頂いて、ありがとうございました。私、リズム隊のことを全く気にせずに、勝手にアレンジで突っ走ってしまって……その……ご迷惑を……」

 

 リョウは「ううん」と首を振る。

 

「あのソロ、凄く良かった。正直……鳥肌立った」

「と、とり……はだっ!?」

「舐めてたよ。ぼっちのこと。これからの曲はさ、もっと攻めたギターソロ、入れるから」

「あっはいっ、ぜんぜん。私、やります。やってみせます」

 

 それから両者はお互いを見つめて、場に沈黙が流れる。その空気感にもちろんひとりは耐えられず、目を泳がせまくる。

 

「あの……リョウさん」

「ぼっちってさ」

「はっはい!」

「天才だよね」

「え?」

「顔もかわいいし」

「え、えっ」

「指も綺麗」

 

 さわり。

 ひとりの手を持ち上げるリョウ。

 

「あ、えっ、えっっ」

「今日からぼっちの見方を変える。だからぼっちも私の見方を変えて」

「あの……それはどういう……」

 

「これまでの借金も──」

    スパコーンッ。

 

 どこからともなく出現した虹夏が、どこからともなく出現したスリッパで、鮮やかに頭を叩いた。

 

「はいストップー。ぼっちちゃーん、途中からの詐欺商法については忘れていいよー。ちゃんと返させるからねー」

 

「虹夏も触覚がかわぃ──」

    スパスパコーンッ。

 

「悪徳宗教ってこんな感じなんでしょうか……」

「そーゆー講演会があったら、駄目な人の例としてリョウを出演させよう。ヒモ講演会でもいいよ。リョウ、おねだりの天才だからさ」

 

「出演料は高くつ──」

    スパスパコンコーンッ。

 

 

 

◆喜多郁代の場合◆

 

 

 

 打ち上げ解散後。

 

「後藤さんにね」

 

 下北沢駅まで車で迎えに来るという喜多家のことを待つ間、ひとりと郁代は駅の改札横の柱に背中を預けていた。

 

「あっはい、」

「聞きたかったんだけど」

「な、なんでしょう。出身から体重までなんなりと……」

「別にそこまでのことじゃないけど……。後藤さんが書いてくれた歌詞、あるでしょ?」

 

 郁代の視線はひとりにではなく、夜空に向けられていた。

 

「例えば、『ギターと孤独と蒼い惑星』の、『わたし』って後藤さんのこと? それとも私のこと?」

 

「あっ……それは……分からない、です」

 

「分からない?」

 

 郁代の視線がひとりの瞳の中へと移る。隠し事はすべて暴かれてしまうような、そんな郁代の瞳を、ひとりは見つめ返せるわけもなく。すぐに目を逸らして、ただゆっくりと、歌詞作りをしていた時を思い返すように、ひとりは喋りだす。

 

「私の視点でもあるし、喜多ちゃんの視点でもあるというか……。歌詞を書くとき、歌を歌う喜多ちゃんのことを考えながら書くんですけど、でも、笑顔の天才な喜多ちゃんに似合うような明るくて眩しいような言葉は出てこなくて、いつの間にか私の本音が出てしまってる、というか。私と喜多ちゃんが重なっていく……という、か…………あ。い、いやっ、そのごめんなさいっ、なんか気持ち悪い、ですよね」

 

「続けて、後藤さん」

 

「ひょぇ」

 

「続けて?」

 

「あ、だから、その。でも、喜多ちゃんと重なると、いつもは言えない言葉とか、思ってることとかが、するすると出てきて、素直になれる、というか……。

 私、詩人ではないので、綺麗な言葉とか、あんま使えない、ですけど。私の思う綺麗なものや好きなものは、(ことば)にできるなって」

 

「後藤さんは私に自分を重ねてくれてるんだ。そっか……」

 

「い、嫌ですよねっ、こんな私とっ、重ねられて」

「嫌じゃないわ。むしろね、後藤さん。なんだか嬉しいの。私を重ねてくれてるってことは、私が歌ってる時、後藤さんと繋がってるってことでしょ? 歌詞には『孤独』って言葉が多いけど、でも歌ってるとどこか温かい気持ちになるのは、それが理由なんだって、今やっと分かった」

 

「…………喜多ちゃん」

 

「それと……単純に後藤さんが私のことを想って歌詞を書いてくれてたってことも、嬉しいかな」

 

 頬をポリポリと指で掻きながら言う郁代。頬は少し赤くなっていて、そんな郁代の様子を見たひとりの脳内は──

 

 

「ん゛」

 

 想ってる

 想ってる

 想ってる=好き

 不意に喜多ちゃんに下北のツチノコ如きがアタックをしている

 私=ツチノコ以下のゴンザレス

 

 くぁせdrftgyふじこlp

 

「ふぁぇ」

 

 瞬間。後藤ひとりの思考能力と感情抑制能力は限界を迎え、やがて彼女の脳内に宇宙が創生された。

 

「後藤さんすぐ宇宙創造しちゃうのねー」

 

 

 

◆後藤ひとりの場合◆

 

 

 

「ただいまー……って、え?」

「おかえり、ひとりちゃん」

 

「お母さん、起きてたの? こんな時間まで」

 

「ええ。お父さんはふたりを寝かしつけるうちに一緒に寝ちゃったけどね。娘の晴れ舞台帰りに、『おかえり』を言ってくれる人がいなかったら、寂しいじゃない?」

 

「う、うん」

 

 お風呂に入って、着替えを済ませて、リビングで母親の淹れてくれたホットミルクティーを飲んで、ようやく心を落ち着かせるひとり。

 

 ミルクティーが胃に流れていくのと同時に、ライブ直前から今の今までざわついていた胸のモヤが晴れていくような感覚を覚えるひとりだった。

 

「楽しかった? ライブ」

「うん。楽しかった。すごく。でも、沢山助けられちゃったよ。虹夏ちゃんにリョウさんに喜多さん。店長にPAさんに、来てくれたファンの人、酒飲みお姉さん。私……まだまだ助けられてばかりだ……」

「ひとりちゃん」

「お母さんはさ……」

 

 普段は人前に出ず、そもそも人前に出ることそのものが緊張に溢れていたひとりにとって、今日という日は人前でライブをするという、人生最大の緊張を乗り越えた日である。

 

 その極限の緊張の糸が切れたひとりは、自分でも意味のわからない感情の濁流が溢れてくるのを止められなかった。

 

「いつも褒めてくれるけど……ほんとはっ、ほんとはぁ……ぁ、ギターとかやめて、ちゃんとした学校生活を送って、ちゃんと人付き合いをする、ちゃんとした子に育ってほしかったって思ってるんじゃないかぁ……なぁ……」

 

 ポロポロと、涙がひとりの頬を流れていく。

 

 やがて手の甲に滴る涙の温度は、心が火傷をするほどの熱さだった。

 

「…………」

「ごめん、なんだか今日、色々ありすぎて、よく、分からなくなっちゃった……。でもお母さん、ほんとに──」

「ひとりちゃん」

「はぇ」

 

 ひとりの母は、ひとりの手をそっと握って、撫でた。それはまるで、いつしかひとりが郁代をバンドに勧誘したときと、同じような光景だった。

 

「ほんとだ……。お父さんから聞いたわよ。ギターをたっくさん練習する人は、指の皮が厚くなるのよね?」

 

「う、うん」

 

「ねぇ、ひとりちゃん。お母さんはね、この世に生きるみんなが、なにかの天才だと思うの。例えば笑顔の天才。努力の天才。自信の天才。そのまんまの意味で、頭の良い天才だって、もちろんいる」

「お、お母さんは……?」

「お母さんはそうねぇ……。セール品奪取の天才かしら!」

「そんなのでいいんだ……」

「だからひとりちゃんも天才よ?」

 

「私は……天才、じゃない」

 

 ギターヒーローを褒めてくれる人たちがいる。ギターの天才だって褒めてくれる。でも、天才だって信じてたのは、虹夏ちゃんたちと出会うまで。

 

 あの日。初めて一緒に音を奏でて、私に在った小さな小さな自信は、

 

 こぼれ落ちて、

 

 割れた。

 

「いいえ、ひとりちゃんも天才その一人。ひとりちゃんはね、愛の天才なの」

 

「あ、あ、あい?」

 

 予想外の回答に、ひとりは椅子から転げ落ちそうになる。

 

「そう。正確に言えば、愛されることの天才かなぁ。ひとりちゃんはいっつも自信がなくて、たっくさん失敗をして、何度も座り込んじゃう女の子でしょ?」

「うっ……、うん。そうだね」

 

 ひとりの胸に刺さる言葉の羅列。

 

「でも、その周りには、お母さんはもちろん、虹夏ちゃんに喜多ちゃん、リョウちゃん、店長さんや沢山の人たちが手を差し伸べてくれる。ねぇひとりちゃん。これって当たり前じゃないのよ?」

「でも、そんなの、みんなだって友達がいて……そんな風に助けてくれるんじゃ……」

 

 ひとりの母は「ううん」と首を横に振った。

 

「もしかしたら、そんな失敗ばっかりの子は見捨てられちゃったり、友達じゃなくなっちゃったりする。お母さんだって昔、そうして二度と会えなくなっちゃった友達もいたの。だけどひとりちゃんはね、不思議と人を惹き寄せる力があるの。それはギターが上手いからとかだけじゃなくて、ひとりちゃん自身の、才能なの。

 そんなひとりちゃんは、愛す才能もある。手の指がこんなになっちゃうくらい、ギターを愛する才能。で、ギターで沢山の人を魅了できる。まさに鬼に金棒じゃなくて、鬼にギターよ」

 

(私鬼なの……?)という台詞は胸にしまっておくひとり。

 

「話がちょっと逸れちゃったけどね、天才ばっかりのこの世界で、尖った人ばかりのこの惑星で、〝ちゃんとした〟人間なんてものは一人もいないのよ、ひとりちゃん。

 

 お母さんがお母さんであっていいように、お父さんがお父さんであっていいように、ふたりがふたりであっていいように、ひとりちゃんも、ひとりちゃんでいいの。

 

 たっくさん失敗して挫折して、それでもその分ギターを弾いて、誰かと繋がるひとりちゃんのままでいいのよ。これは優しさじゃなくて、心の底から、ひとりちゃんに想ってる」

 

「お母さん……。わ、私……ギター、バンド、これからもっともっと頑張るから、その……応援してくれる?」

 

「もちろんよ。

 

 だってひとりちゃんはね、

 

 

 

   ──世界でたった一人の、

 

     ヒーローなんだから」

 

 

 

 

 

◆えぴろーぐ◆

 

 

 

 ひとりは部屋に戻ると、布団には入らず、押し入れの中で一息ついていた。

 

「今なら……」

 

 ただし扉は閉めず、レスポール・カスタムを肩からかけて、だ。

 

「なにか、書ける気がする」

 

 ひとりのすぐそばに、白紙のページの開かれた歌詞ノートが置いてある。開いたままの窓から夜の微風が流れて、パラパラとページが捲れていく。

 

 すると、いつぞやひとりが書いた曲のタイトルが月夜に照らされた。

 

〝アンダーグラウンド〟

 

「みんながみんな天才で……みんながみんなアンダーグラウンドで……そっか。うん。……うん。いけるっ」

 

 ペンを取らず、ひとりの手は、レスポールの弦へと伸びる。

 ゆっくり、そして確かに、ひとりは音を奏で始めた。

 

『今、僕、アンダーグラウンドから』

 

 頭の中で、自然と歌詞が流れてくる。

 

『響けよ、アンダーグラウンドから』

 

 手の力が強くなる。音がはっきりとしていく。

 

『ボリュームもゲインも目一杯にあげろ』

 

 ギターから奏でられる音で、月の灯りもより強まるようだった。

 

『今、僕、アンダーグラウンドなら』

 

 月光がスポットライトのように、今宵の主役を照らしていく。

 

 否。きっとこの世界のどこかには同じように月を見上げた主人公がいることだろう。

 

 ひとりは息を呑む。

 

 それでもいい、と。

 

 月並みに輝けるなら、結構。

 

『ひとつひとつ光る星を結ぶように』

 

 

 

 虹夏の言葉が、ひとりの頭を過る。

 

 

 

 〝だから、これからもたくさん見せてね。ぼっちちゃんのロック……〟

 

 

 

『奏でられたらいいな』

 

 

 

〝──ぼっちざろっくを!〟

 

 

 

「でもなぁ……」

 

 

 

 今宵の主役はひとつの溜め息で、ひとつの幕を閉じる。

 

 

 

 ──それは数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの挫折のうちの一つで、そんな彼女を、今日も震えたままの六弦が見守っていた──

 

 

 

     /おしまい!

 


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