本当は季節を考慮して秋とか冬に投稿したかったんですが、待つのもなんかあれなので投稿します
相変わらず投稿ペースが終わってますが、生きてます

※キャラ崩壊、解釈違いなどを含んでいる可能性がありますので閲覧の際はご了承ください

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セイウンスカイと歪んだ憧れ

秋、それはトレセン学園所属のウマ娘たちにとっては成長の季節。

暑さも落ち着きトレーニングのしやすい気候となり、夏合宿での成果が本格的に身に付いてくると共に、年末にかけて重賞レースも増える。

実力が付けばそれだけ視野も目標も広がる。夏合宿で弱点を克服した者や、新たな問題点を発見した者もいることだろう。それらを修正し、悩みながらもこれまで以上に成長できる季節、それが秋なのだ。

ある者はクラシック最後の冠を目指し、またある者は栄誉ある盾を目指し、またある者は年末の大勝負すら見据えてレースを走る。

ウマ娘ごとに目指す目標は様々ではあるが、それだけ大切な時期であると言えるだろう。

 

が、そんなことなど我々には全く関係ないと言わんばかりのマイペースで、堂々と昼寝に興じている二人組がいた。

 

「だいぶ涼しくなってきたなぁ~」

 

「そうですねぇ~このぐらいの温度が一年中続いてくれればいいんですがねぇ~」

 

場所は学園屋上。あまり人の訪れない知る者ぞ知る昼寝スポット。そこにウマ娘のセイウンスカイと、そのトレーナーが寝っ転がっていた。

 

「それにしてもトレーニングお休みなんて、トレーナーさんもなかなか太っ腹ですねぇ~」

 

「ここんとこ結構頑張ってたからなぁ。今日は先生たちの会議で授業早めに終わるし、丁度いいと思ってな」

 

「流石トレーナーさん、わかってるぅ~」

 

「俺も学生の頃はそういうの覚えがあるからな。休みの方が気が楽だし、次のトレーニングも身が入るってもんだ」

 

「ですよね~。キングちゃんなんて今日もトレーニングするんだって張り切ってましたし、もうちょっとみんな休んでもいいと思うんですけどねぇ」

 

「俺からすればあの子はオーバーワークなんだが……まあ向こうにもいろいろあるだろうしな、よそはよそ、うちはうちってことで」

 

「そのセリフ、普通は逆に使うもんですよ?」

 

「お? なんだ? トレーニングしたいってことか?」

 

「いやいや~、そうは言ってませんて~」

 

「はっはっはっ」

 

そう言って笑い合う二人。そこには独特な距離感で構成された独特な雰囲気があった。

 

セイウンスカイというウマ娘はデビュー前からサボり魔として学園内では少し有名だった。あの手この手でサボろうとする彼女には、指導する教官たちも随分と手を焼いていたようだ。

このままではレースどころかチーム所属も危ういのでは、と心配されていた彼女に目を付けたのがこのトレーナー。なんと選抜レースをサボった彼女をそのままスカウトしたのだ。

彼は元々かなりゆるい性格をしており、服装が乱れていたり、寝癖がついたままだったり、レース登録をギリギリまで忘れたりとかなり抜けているところがある。そのせいか真面目なウマ娘たちは彼を敬遠すらしている始末。

そんなトレーナーに加え、サボり魔なセイウンスカイ。周囲からは結果を出させるのは難しいのではないかとも言われていた。

しかし周囲の心配をよそにセイウンスカイは好成績を残し続け、同期のスペシャルウィークらと共に『黄金世代』を形成。

今では立派なスターウマ娘の一人として、後輩からも憧れられるような存在へと成長した。のだが、相変わらず学園内でのこの二人はダラダラしているので、いまいち貫禄はない。

 

「そういえば最近熱心な後輩いるよな? 『私はセイウンスカイさんに憧れてレースを目指し始めたんです!』って言ってた子」

 

「ああ~そういえばいましたね。私に憧れた物好きの子が」

 

「おいおい、自分のことなのになんか他人事だなぁ」

 

「だって、未だに実感ないんですもん」

 

「実感ないの? 結構大先輩だろ?」

 

「そりゃあ確かに今じゃ後輩の数も多いですし? 毎年入学直後で素の私を知らない子は結構憧れてくれますけど、その後すぐに幻滅されますからね~」

 

「うん、まあ、テレビとかレース映像からは考えられないぐらい予想以上にダラダラしてるもんな、お前」

 

「もう夏も過ぎましたし、私その子と何回も会話してるんですよ。なのに未だに私に幻想を抱いてるなんて、逆にちょっと怖くありません?」

 

「いやいや、素のスカイが好きなだけなんじゃないのか? そういう子いたっていいだろ別に」

 

「まあ、それはそうですけど~」

 

二人がそんな話をしていると、突然大きな音を立てて屋上の扉が開いた。

 

バアンッ!

 

「あ、やっぱりここにいましたね! 見つけましたよスカイさん!」

 

「げっ!」

 

入ってきたウマ娘を見た瞬間、わずかにセイウンスカイの表情が曇る。そう、この子こそ、今まさに話題に上がっていた『セイウンスカイに憧れている子』なのだ。

 

「横にいるあなたは………………スカイさんのトレーナーの方、ですね?」

 

「そうそう、初めまして~」

 

トレーナーはフランクに手を振った。しかしそれに返される返事はなかった。まるで『本当にセイウンスカイのトレーナーか確認したかっただけでそれ以外はどうでもいい』と言った感じだ。

件の子はセイウンスカイに近付くと、起こすかのようにして身体を揺さぶる。

 

「スカイさん! 起きてください! 併走お願いしたじゃないですか!」

 

「えー、だからその話にはOKしてないってば~」

 

「ははは、ずいぶん懐かれてるなスカイ。今度別の日にでもしてあげなよ。君もやる気熱心なのはいいことだけど、あいにくスカイは今日休みだからね、また今度来てよ」

 

「あなたは黙っててください!」

 

「?!」

 

その子ははっきりと、そして間違いなくトレーナーに向かってそう言った。

流石にこれには反論するトレーナー。

 

「えーっとあのさ、俺これでも一応スカイのトレーナーだからさ、トレーニングの管理とかしてんの俺なのよ。勝手にそういう予定組まれちゃうと次のレースに向けての調整とか支障出ちゃうんだよね」

 

「うるさいですね。どうせダラダラして雑な指導しかしないんですから静かにしてくださいよ!」

 

しかしなおも態度は変わらず、流石にここでセイウンスカイも止めに入る。

 

「ちょっとちょっとさ、さっきから流石に失礼だよキミ。トレーナーさんに向かってそんな言い方はないんじゃない? 私はこのトレーナーさんのおかげで今までレースに勝ってこれたんだよ?」

 

「そんなことあるわけないじゃないですか! スカイさんは騙されてるんです! 今までスカイさんが勝ってきたのは、スカイさん自身の努力と素晴らしい才能のおかげです! この駄目トレーナーは何もしてないに決まってます!」

 

「なんでそんなこと決めつけるのさ」

 

「この人はいつもこうじゃないですか! だらしがなくてグダグダで! トレーニングもまともにやらないって! 他の先輩に聞いてもみんな口を揃えて酷いトレーナーって言ってます!」

 

「まあ確かにダラダラはしてるってのは否定できないけど、トレーニングはちゃんとやってるんだけどなぁ……スカイ以外にはそう映っちゃってるのかね?」

 

「う~ん、どうなんでしょう?」

 

「だから私がスカイさんを救います! スカイさんも早くこのクズトレーナーから離れてください!」

 

「待って待ってストップストップ、トレーナーさんはそんな酷い人じゃないって!」

 

必死になだめようとするセイウンスカイだったが、やはり聞く耳を持たない。

結局この子はあれやこれやと好きなことを言いまくった挙句、一方的に勝負を申し込んできた。

 

「スカイさん! 年末の有マで、私と勝負してください! 私が勝ったら、私のチームに入ってもらいます!」

 

「え~、いきなりそんなこと言われても~」

 

「いきなりではないです! 前々から私のチームに来ないかと誘っていたじゃないですか!」

 

「だからその話は受けないって何回も言ったって~」

 

「とにかく! 私はこのままいけば有マに出られる成績ですから! スカイさんも来てください!」

 

「そんなこと言ったって今年は別に出るつもりないし~」

 

そもそも有マ記念は自由に出走できるレースではない。事前のファン投票の結果で上位にならなければ出走権の与えられない特殊なレースだ。

年末最後の大勝負であり、一年の総決算とも言われる一大レース。だからこそ彼女はその場でスカイと直接対決をしたいのだろう。

 

「成績は問題ないんですからあとは意思表示だけでファンの方々は投票を入れてくれるはずです!」

 

「それはまぁ、そうかもだけどさ~」

 

「スカイさんのレースローテーション的にも問題はないはずです! 出て私と勝負してください!」

 

「そんなぁ~…………」

 

嫌そうな顔をするスカイ。実力的な問題があるわけではないのだが、気分が乗らないのだろう。

後輩の子はその後もあれやこれやと勝負の話を一方的にまくし立てると、『言うべきことは言った』といった態度でそのまま戻って行ってしまった。

まるで嵐のような雰囲気の変動に、二人は完全に置いて行かれてしまった。

後に残ったのは、なんとも微妙な空気。流石にこれではまったり休めない。

 

「なかなか濃い後輩だなぁ。まさかあそこまでいろいろ言われちゃうとはねぇ」

 

「そうなんですよ~……猪突猛進というか、なんというか」

 

「スカイがさっき言ってた意味がわかったよ。ちょっと怖いかもな」

 

「ですよね~? 好いてくれるはいいんですけど、どうもあの子苦手で……」

 

そもそもマイペースが好きなセイウンスカイにとって、きっぱりとあれこれ指摘してくる子はあまり相性が良くない。そこにやや歪んだ尊敬フィルターもかかっているのだから、どうしても上手く接するのは難しい。

 

「なんかすみませんね、うちの後輩が酷いこと言っちゃって」

 

「全然気にしてないよ、半分ぐらい事実だったしな。てか、スカイは止めてくれてたじゃんか」

 

「それでも申し訳ないですよ。私にもっと貫禄があったらビシッと止められたかもしれませんし」

 

「貫禄ある先輩って感じではないもんな~」

 

「こういうときばっかりは自分のサボり癖が嫌になりますよ……」

 

「まあまあ気にすんなって。スカイはちゃんと勝って成績出してるんだから、別にいいだろ? ちゃんと努力もしてるわけだし」

 

「そうは言ってもですねぇ……」

 

「それに俺は好きだけどな。能ある鷹は爪を隠すって言うだろ? 普段はダラけててもここぞって時に本気出して全部かっさらっていくのって、最高にかっこいいじゃんか」

 

「そ、そう言われるとなんだか照れますね……」

 

若干顔を赤らめてそう返答するセイウンスカイ。親しい者しか知らないことだが、彼女は意外とストレートな褒めに弱い。

トレーナーはそのままセイウンスカイの頭を軽く撫でる。セイウンスカイの顔がさらに赤くなるが、拒否はせずにしばらく身を任せていた。

とげとげしかった不穏な雰囲気はどこへやら、いつの間にか二人の空間が形成されていた。

このトレーナーの強みはここにある。

 

「んじゃま、もうちょいだらだらするか。あ、わかってると思うけどストレッチは忘れずにな」

 

「はいはい勿論~」

 

二人は再び横になり、ゆったりとし始める。

このままうとうとしながら秋の陽気に身を任せ、仲よく揃って寝てしまう…………

かと思われたが、セイウンスカイは口を開いてこう言った。

 

「あ、そうだトレーナーさん、久しぶりに一つ我儘言ってもいいですか?」

 

「ん? 我儘? なんだ?」

 

 

「有マ、出ても良いですか?」

 

 

「えっ」

 

その一言を聞いたトレーナーはすぐに気付いた。彼女の声のトーンが明らかに普段と異なることに。

普段の彼女から自発的な提案が出ることはほとんどない。嫌なことに対しての拒否であればともかく、自ら進んで何かをするという意思表示をすることはかなり珍しいのだ。

だからこそ、そのたった一言に込められた思いの重みは違った。

いつも口にしている数々の言葉では全部合わせても足りないほどの想い、いわば本気度。普段の飄々とした彼女の姿を見ている者は例え録音を聞かされたって信じないだろう。

 

「珍しいな、さっきの話のせい?」

 

「そりゃぁねぇ、あんなこと言われて黙ってられるほど、私はできた性格してませんよ」

 

「でもムキにならなくていいぞ、俺は気にしてないから」

 

「トレーナーさんが気にしてなくても私が気にしてるんです」

 

「うーん、そうは言ってもなぁ……出ても問題ないタイミングではあるけど、来年のことを考えるとローテーションは少しキツくなるからな、負担かかるぞ?」

 

「そうですね、そこも理解はしてるつもりですよ。でも、今回ばかりは少し本気で先輩をしないといけない気がしてですね」

 

「先輩か…………なるほど」

 

少し考え込むように視線を動かすトレーナー。頭の中では色々と思考を巡らせているのか、表情も真面目そうだ。

レースのローテーションを変えることは様々な部分に影響してくる。トレーニングメニューの調整がもっとも最たる例だろうが、それ以外にも考えなければならないことが山ほどあるのだ。

十数秒ほど後、トレーナーは決意を固めたかのように口を開いた。

 

「ま、スカイが出たいっていうなら止めないよ。出来る限りプランも修正するから、思う存分やってくれ」

 

「ありがとうございます。あ、あとトレーニングメニューも少し調整したい部分があるんですよ」

 

「え? メニュー?」

 

「はい。ちょっと考えがありまして。確実に勝つために……いえ、完璧に勝つためにちょっとした戦略があるんです」

 

「戦略って……もう勝算があるってことか?」

 

「勝算も何も、私は負けませんよ。ただ、普通に勝つだけじゃ意味ないと思うので」

 

「ふーん、まあわかったよ。それに関してもミーティングで詰めていこう」

 

こうして、誰も知らないところで勝負の幕が開いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……ありがとうな」

 

「ん? なんか言いました?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、おフジ~! ヒシアマ~!」

 

「お、これはこれは」

 

「誰かと思えばスカイんとこのトレーナーじゃないか。どうしたんだい?」

 

「献立の相談中に悪いねぇ、ちょっと聞きたいことがあってさ」

 

カフェテリアで行われていた寮長同士の会話に混ざったセイウンスカイのトレーナー。

言葉の通り質問をするために訪れた彼は、例の子についての説明を軽くした。

すると二人ともすぐに思い当たったようだ。

 

「ああ、あの子ねぇ。よく知ってるよ」

 

「何せ入ってきた時が印象的だったからねぇ」

 

「そうそう、スカイスカイってぞっこんでさぁ、あたしもあんだけ好いてくれる後輩がいたらって思っちまったよ」

 

「そうか、二人とも知ってるのか。なんか理由とかは聞いてないか? スカイに憧れてる理由さ」

 

「うーん、あたしは聞いてないねぇ。フジは?」

 

「私は少しだけ。なんでも彼女も昔からレースはしてたんだけどあんまり成績が良くなくて、進路で迷ってた頃に丁度スカイ君のレースを見たんだって」

 

「あ~なるほどね。そういう感じか」

 

理由としてはありふれている。誰かに憧れてトレセン学園に、というのは珍しいことではない。

ただ、憧れたからと言って実際にトレセン学園まで入ってこれるのは立派な素質だ。生半可な才能や努力だけではトレセンには入れないだろう。

 

「本人は元々才能がなかったって言ってたけど、私が思うに、きっとそれまでは努力の方向性が定まっていなかったんだろうね。本人はスカイ君と同じ場所に立ちたくて頑張ったと言っていたけど、スカイ君という目標を得たことで、飛躍的に成長した、というのが私の見解かな」

 

「確かに目標の有無は大きく影響するからな」

 

「まあそれにしてもあの様子を見るに、相当印象的だったんだろうね。時期を考えると、ちょうどスカイ君のクラシック戦辺りだと思うんだけど」

 

「なるほどな、確かに納得だ。教えてくれてありがとな」

 

「どういたしまして。もしかしてスカウトかな?」

 

「うーん、ちょっと違うけど、まあ似たようなもんかな。それじゃ!」

 

トレーナーは二人に礼を言うと、カフェテリアを後にした。

 

「なるほどね、やっぱり憧れが歪んじゃった感じか」

 

素性をよく知らない誰かに憧れるというのは危険を孕む行為だ。何せ、知らないことはどう頑張っても正しく補完できないのだから。

きっとあの子はメディアで見るセイウンスカイという存在にかなりの幻想を見出してしまっていたのだろう。自身が真面目な性格であるからこそ、その憧れの対象も真面目で模範的な存在でないと気が済まないといったところか。

しかし現実のセイウンスカイはその対極。そして多くの者が憧れを覚ます中で、彼女は未だ幻想にしがみ付いている。

 

(それで俺にしわ寄せが来ちゃったのかねぇ?)

 

真実を突きつけられたときに幻想を維持するための方法は大まかに二つ。

一つは真実を受け入れ幻想を修正する。これが普通の反応であり、場合によってはここで目を覚ますだろう。

厄介なのはもう一つ。それは真実を否定すること。目を背けたり理由を付けたり曲解したり、自身の中にある幻想を最優先として他のあらゆることを捻じ曲げてしまうことで幻想を保とうとする。

彼女は恐らく後者だ。

 

(それだけの憧れだったんだろうな。ちょっと複雑な気分だ……)

 

その憧れを形にしたのはトレーナーである彼であるとも言える。セイウンスカイのために良かれと思ってしたことがまさかこんな形で返ってくるとは他の誰であっても予想できなかっただろう。

 

(俺が性格も含めて矯正すべきだったか……? いや、それだけは絶対にないな。マイペースはスカイの長所だ。それで勝ったレースだってある)

 

怠けること・ダラけることは悪なのか。それは断じて否だ。

もし今の態度が純粋に悪いことで、そのせいで例の後輩が怒っているというのなら、非はトレーナーとセイウンスカイの二人、あるいはセイウンスカイの指導をしているトレーナーにある。その場合は問答無用で直さなければならない。

しかし実際はそうではない。

スカイの性格を矯正などしようものならまずそれだけで時間がかかり非効率。更に本人の意思にそぐわない方針はモチベーションを大幅に低下させ、せっかくの才能を潰しかねない。

厳格かつストイックな指導に耐えられる子もいるだろうが、少なくともセイスンスカイはそうではない。

それに他のウマ娘も、他のトレーナーも知らないのだ。彼が、どれだけセイウンスカイのためにどれだけのことをしているのか。そしてそれに応えようとするセイウンスカイが、どれだけの努力を重ねているのか。

表面上はダラけ、サボり、何もしていないように見えることだろう。しかしその実態は違う。

誰よりもマイペースであることは間違いないが、そのペースは決してのんびりとした甘いものではないからだ。

 

(さて、やるか)

 

見下されようがバカにされようが、彼はそれでも構わない。

ただ、彼の担当の子がレースでの勝利を目指すならば、それを全力で支援するのみ。

彼は、決して担当の、セイウンスカイの努力が否定されるのは許さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた有マ当日。

セイウンスカイとトレーナーは控室で最後のミーティングを行っていた。

 

「さてトレーナーさん、今日の作戦は?」

 

「何が『今日の作戦は』だよ。もう自分で全部決めてんだろ?」

 

「ええ、勿論」

 

「なら俺から言うことなんて何もないよ。精々全力で走って来い、ってぐらいだな」

 

「えー、それだけですかー? 可愛い担当の有マですよ? もっとなんかこう、色々あるじゃないですか」

 

「そうは言ってもG1レースも有マも初めてじゃないしなぁ。俺は今日絶対スカイが勝つと思ってるから特に心配もしてないし……」

 

「ならそれを言葉にしてくださいよ! そういう激励は結構嬉しいんですよ?」

 

「なるほどねぇ……まあ、そういうことなら」

 

勝負服に身を包んだセイウンスカイを正面にすえ、トレーナーは口を開く。

 

 

「お前なら絶対勝てるって信じてるからな。全力で走ってこい」

 

「了解しました~」

 

 

セイウンスカイ本人がいった通り、その激励には何よりも意味がある。

 

「ではでは、トレーナーさんから直接応援もいただいたことですし、セイちゃん頑張ってきま~す!」

 

「おう、行ってらっしゃい」

 

笑顔でそう返したセイウンスカイは、なんとも軽い足取りでターフへと向かっていった。

その瞳に、確かな闘志を宿しながら。

 

「さーて、どんな走りをするのか楽しみだなぁ」

 

セイウンスカイと別れた後、トレーナーはすぐに関係者席に移動し、レースの開始を待つことにした。

気になるのは、セイウンスカイがどのような走りをするのかだ。

実は今回のレースにおいてトレーナーはセイウンスカイから詳細な作戦を聞かされていない。

セイウンスカイはなにやら自信があるようだったが、『本番でのお楽しみです』と結局詳細を話すことはなかったのだ。

 

(結局メニューの変更もそこまで大きなやつはなかったしな。完璧に勝つって言ってたけど、なにするつもりなんだか……)

 

新人のウマ娘達とは違い、セイスンスカイは既に今までのトレーニングとレース経験で型が決まっている。そこから大きく変わるようなことがあれば推測も立つが、変更点は少なかった。強いてあげるとすれば、普段と比べてスタミナよりパワーを重点的に鍛えていたぐらいだろうか。

しかも彼女はなにやら個人的に色々とやっていたようだった。勿論彼はトレーナーとして自主練含めたその辺りも気にしてはいたが、目に見えてわかるような変化はなかった。コンディションに支障が出ない範囲は本人もわかっているはずなので、何かしててもわからない。

 

(わざわざ出場するってことはそれなりの考えがあるはずだよな。大方真っ向から戦って実力差を見せつけようって魂胆だろうが、どうするのかね……)

 

そう、ただ勝つだけでは意味がない。というかそれだけならいくら挑発されたからといってもノる必要はなかっただろう。

 

(しょっぱなからブッちぎって逃げ切る、とかだったらインパクトある勝ちにはなるだろうけど、流石にペースが崩れそうだしな。真反対の追い込み展開ってのも面白そうだけど、だとしたらもっと露骨にメニューを変更するだろうし……)

 

そんなふうにあれこれ考えていると、まもなくスタートというタイミングが迫る。全員がゲートに入り、その瞬間を待つ。

そして、

 

ガシャコン!

 

『さあ! 各ウマ娘一斉にスタートしました!』

 

ゲートが開き、全員が一斉にスタートする。実力者が集まる有マだけあって、皆スムーズに飛び出した。

 

「ッ!! おいおいおい、そう来たか…………」

 

セイウンスカイの作戦はスタート直後にすぐに判明した。

何故なら、スタート直後から進路妨害にならないギリギリで件の子に接近し、徹底的にマークし始めたからだ。

しかも、ただマークしているというだけではない。呼吸や身体の動き、地面の蹴り方など細部に至るまで徹底的にコピーするような不思議な走り方だ。しかも例の子は脚質的にはバ群前方でレースを展開する先行型なので、セイウンスカイでもそこまで負担なく合わせることができているようだった。

 

(マジかなるほど……器用なことするなぁ)

 

外側にぴったりとくっつき、全く同じ走りをする。技量的にとんでもなくハイレベルなのは言わずもがな、見ているだけでも不気味さすら感じる。

そしてその走り方の意味することは、一つ。

 

(同じ走り方をした上で勝つつもりか。完全に自分の方が格上という証明ね……えげつないこと思いつくな全く…………)

 

本来であれば自分のスタイルと異なる走りを行うなど不利にしかならない。

ウマ娘のレースというものは各々の個性のぶつかり合いでもある。適正距離やバ場状況を考え、脚質にあった作戦を立て、刻一刻と変わるレース展開を見極めつつ柔軟に対応した上で、自分の走者としての強みをぶつける戦い。それがレースだ。

少しでも自分に有利になるように持てる全てを全力で出し切り、あらゆる要素を利用する。そこまでしてようやく勝利が見えてくる。だからこそどのウマ娘も必死なのだ。

しかし今日のセイウンスカイの走りは違う。自分の脚質も他のウマ娘の状況もレース展開も全部無視して、ただひたすらに動きを合わせることだけに注力している。まるで勝利など眼中になく、より上手く走りを真似することがレースの目的であるように。

当然、真似されている方はたまったものではない。

 

(なんなんですかスカイさんのこの走りは! 私の隣で全く同じように走るなんて!)

 

無意味にも等しいこの走法の唯一の利点があるとすれば、それは相手の動揺を誘えることだろう。こんなことをされて動じないウマ娘はなかなかいない。

しかし……

 

(一旦落ち着かないと……確かに変だけど、スカイさんが私と同じように走ってくれるなんて、考え方によっては嬉しいこと。でもなんで……?)

 

有マの距離はやや長いため、時間があった。

彼女はその時間を利用して自らの動揺を鎮め、セイウンスカイの不可解な走りに慣れていったのだ。

そして、ある結論にたどり着いた。

 

(っ! もしかしてこれもあのトレーナーの指示? だとしたらなんて卑劣な! ますます負けられない!)

 

怒りからか、彼女の闘志は普段よりも激しく燃え上がっていた。

 

(なんとしても勝たないと! 私のこれからと、スカイさんのために!)

 

中盤に差し掛かるころには完全に気合が入り、いつもより数段上のパフォーマンスが出ていた。レース全体としてのペースはいつもより早かったが、それ以上に余力もある状態。

 

『さあいよいよ先頭集団が最終コーナーに差し掛かる! 勝利を狙うウマ娘たちが次々とスパートをかけていく!』

 

レースはあっという間に終盤へと差し掛かり、実況の声にも熱が入る。

当然実際に走っている彼女もタイミングを伺っていた。

 

(いつもよりペースも良い! まだ脚も残ってる! 私もここから!)

 

彼女には大舞台の緊張も、長距離レースの疲労も無かった。あるのは勝利へのゆるぎない自信と、その勝利へと一直線に向かう固い決意のみ。

 

(……今…………ここだッ!)

 

その瞬間、彼女の速度が一段階上がった。

ペースが乱れすぎないように慎重にタイミングを計り、ここぞと思える最適なポイントで一気に脚に力を込める。そしてそのまま全力で踏み込み、先頭を目指して加速し始めた。

残った体力を全て開放するかのように、彼女は全力で地を蹴ってスパートに突入した。

 

(いける……今日の私なら……いけるっ!)

 

彼女は勝利を確信した。

事実彼女は他のウマ娘たちよりもスムーズにスパートに入ることができており、前のウマ娘たちを次々と追い抜いて行った。そして精神的にも肉体的にも余裕がある。

 

(このまま……勝てる!!!)

 

全力でスパートをかけてもなお、彼女の余裕は失われなかった。

普段のレースでは感じることのない全能感。そして自分が生まれ変わったかのような解放感。スポーツの世界においては『ゾーン』と呼ばれる究極の集中状態。

これまでの努力が確固たる実力として走りに現れる感覚は、単なる勝利以上に価値があり、彼女に絶対の自信を持たせることとなった。

 

 

だが次の瞬間、彼女は背筋が凍るような恐怖を全身で感じた。

 

 

(な、なんで…………なに……これ…………)

 

築かれた自信は一瞬にして崩れ去り、跡形もなく霧散した。

その恐怖の原因は自身のすぐ横、ぴったりと横を走っているセイウンスカイだった。

そう、セイウンスカイはずっとついてきていたのだ。

スパートをかけてドンドン速度を上げているのにも関わらず、依然としてセイウンスカイはぴったりとくっついたまま離れない。それもレース開始から変わらず彼女のフォームを模倣したままで。

普段と違う走りを長距離の有マでここまで続けているのに一向にペースが落ちず、なおかつ疲れた様子も一切見せない。

 

(そんな……なんで!)

 

なんとか振り切ろうと渾身の力を込めて地面を蹴る。しかしそれでも離れない。

途端に心の中で不安が広がっていく。身体は相変わらず絶好調ではあったが、言い表しようのない焦りが彼女を蝕んでいった。

ここまで自分はベストな走りができていた。いつも以上にペースも良い。現に他のウマ娘たちを次々と抜いて完全に先頭を捉えている。そしてまだ余力も十分すぎるぐらいに残っている。

このままいけば間違いなく一着になれるはず。

なのに、ついてくるのだ。

セイウンスカイが、どこまでもついてくるのだ。

いや、それどころか、セイウンスカイのペースがさらに上がり始める。

 

『おーっとここでセイウンスカイ差し切った! セイウンスカイ差し切った! しかもまだ伸びる! セイウンスカイまだ伸びる!』

 

(嘘……でしょ……?!)

 

徐々に差が開き始める。埋めようのない決定的な差が、開いていく。

 

『これは凄い! これは凄い! 一バ身、二バ身とドンドン突き放していく!』

 

(なんで! なんでなの! なんで…………)

 

ゴール前で既にそのリードは決定的なものとなった。完全なセーフティーリード。

自身の全力以上の力を発揮したにも関わらず、彼女はセイウンスカイに追いつくことができなかった。

 

『先頭はセイウンスカイ! 先頭はセイウンスカイ! セイウンスカイ! 圧倒的リードのまま今ゴールイイイン!!!』

 

セイウンスカイはそのままゴール。観衆の大歓声が彼女を祝福し、レースは終わった。

ただ一人をぴったりとマークし、全く同じ走りをした上で最後に突き放して完全に勝ち切る。レースでの勝ち負けよりもひたすら正確に相手をマークすることを徹底し、その上で圧倒し、実力差を見せつけるためだけの走り。

それで他の選手たちも含めて勝ち切ってしまったのだ。まさにセイウンスカイというウマ娘の凄さと、今回の彼女の本気が表れたレースだったと言えるだろう。

そしてこの勝利によってセイウンスカイは証明した。自分の強さと、これまでトレーナーとともに積み上げてきた確かな実力があることを。他の誰でもない、今のトレーナーと共に歩んできた努力の下地があったからこそ、こんな無茶が成立したのだ。

それはただただセイウンスカイというウマ娘に歪んだ幻想を抱く一人の後輩にとって、耐え難い真実だった。

 

(随分とムキになりやがって…………ま、流石に俺もスカッとしたけどなぁ)

 

こんな器用なことができるのはセイウンスカイの才能に他ならないが、その才能を生かし、ここまでのことをすることができる実力を培うことができたのは、この二人だったからだ。

ただ、今回のレースは手放しで喜べるものではない。

 

(俺もまだまだ未熟者だな……気を付けねぇと……)

 

自分のことをバカにしてきた相手が相応の報いを受ける。という今回の出来事だけを見たら確かにスカッとする話だ。

しかし、相手はレースを目指すウマ娘で、彼はトレーナー。

そしてトレーナーの役目はウマ娘を育てること。どんな理由があろうとも、トレセン学園の所属でレースでの勝利を目指している以上は指導対象であり、その敗北をプラスに捉えることなどあってはならない。

 

(けど、でもなぁ……)

 

それでも、それでも彼は。

やはり自分の担当ウマ娘の勝利が、嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、セイウンスカイと勝利の打ち上げを終えて自宅に帰宅するトレーナー。

普段は真っすぐ帰宅するのだが、ある理由により今日はいつもと道を変えていた。

 

「付いてきてんのはわかってるよ、なんか用か?」

 

街灯も少なく、人気のない道に入ったトレーナーは、後ろの虚空に向かってそう叫んだ。

すると一人のウマ娘が、暗闇からゆっくりと出てくる。

 

「やっぱりお前か」

 

「………………」

 

それは今日セイウンスカイに負けた例のあのウマ娘だった。

手には何やら怪しげな光が見える。

 

「なんのつもりだ?」

 

「………………」

 

彼女は答えない。

ただ何も言わずにゆっくりとトレーナーに近付いていく。

一歩一歩、確実に。

 

「やめとけよ? 成功しても失敗しても、面倒なことになるぞ?」

 

「…………だ」

 

「ん?」

 

「…………せいだ」

 

次の瞬間、ウマ娘の脚力によって、爆発的に加速した彼女は一気にトレーナーとの距離を詰める。

 

「お前のせいだああああああああああああああっ!!!!」

 

刹那の一瞬。

二人の身体が交差したかに思えた。

だが、

 

「っ…………な、なんで!」

 

「不思議か? まあ、それもそうか」

 

彼女は一秒もしないうちに握っていたものを取り上げられ、地面に押さえつけられるような形で、地に伏していた。

人間であるトレーナーがウマ娘である彼女を抑え込んでいた。

 

「凄いだろ。トレセン学園には最高に可愛い合気道の達人とかもいてな。たまに教えてもらったりするんだよ。まあ実際はそれだけじゃないんだが、とりあえずこれで動けないだろ?」

 

「ぐ……うううぅ……」

 

「だから成功しても失敗しても面倒なことになるって言ったのによ。大人の忠告はしっかり聞くもんだぜ? ほれ」

 

そう言うとトレーナーは取り上げたものを近くの排水溝へと落とした。そして抑えを解いてお互いに向き直った。

 

「なんでこんなことしたんだ?」

 

「………………」

 

「そんなに俺のことが憎かったのか?」

 

「…………ええ……」

 

「レース引退してなおかつ今後の人生全部棒に振るほど俺が憎かったのか?」

 

「っ………………」

 

「違うだろ? お前のそれは一時的な衝動だよ。若いとよくありがちなんだ、そういうの」

 

トレーナーはそう言うと立ち上がり、歩き始めた。

 

「じゃあな、早く帰れよ」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

驚いたのは彼女の方だ。こんな反応をされれば当然だろう。

しかしトレーナーは何の疑問も残っていないかのような態度で返事を返した。

 

「どうした? まだなんかあんのか?」

 

「あ、あんた……本当に帰るの?」

 

「そりゃもちろん、年末だからやることもいろいろとあるしな」

 

「じ……自分が何されたか……わかってるの?」

 

「んー? 別に俺は大したことされてないだろ?」

 

「そ、そんな…………」

 

「そうだな、もし仮にお前が何か危ないもんを持ってて、それを使って俺に何かしら危害を加えようとしていたなら、それは傷害だったり殺人未遂だったりに引っかかるだろうな」

 

「なら…………」

 

「でも今のお前は何も持ってない。そしてたぶん俺は何もされていない、気にしてもいない、目撃者もいない、証拠もない。なら何も起きていないのと同じだ」

 

「ま、まさか…………」

 

「これ以上は説明めんどいからしないけどよ、お前はもう少し柔軟かつ慎重に物事を考えたほうが良いぜ? じゃないとこの先レースどころか、人生単位で損すんぞ」

 

「………………」

 

「あと、二度目はないからな。次同じようなことをしようとしたら流石に然るべき措置を受けてもらわなくちゃならない。そうなったらスカイは悲しむだろうな」

 

「っ…………」

 

「ま、そういうことだ。一応これでも俺はトレーナーだから、レースに関連する話だったり、アドバイスが欲しいってんならいつでも大歓迎だ。勝つために何かして欲しいなら、遠慮なく相談に来い。うちのチームは気軽さとフランクさが売りだからな。それじゃあ」

 

そう言うとトレーナーは今度こそ本当に歩いて行ってしまった。

残された彼女はしばらくただ茫然とその後姿を見つめていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた新年。

トレセン学園のウマ娘たちは初詣に来ていた。多くのウマ娘が自身の成功を祈り願を掛けている中には、セイウンスカイとトレーナーの姿もあった。

 

「いやぁ、なんだかんだで来ちゃいましたね~初詣」

 

「一応まだレース後の期間だし、もっと後でも良かったのに。流石にまだ疲れ残ってるだろ?」

 

「そうですね~ここ数日入念にストレッチとかはしましたけど、いつもと違う走り方したせいか若干疲労は残ってますかね」

 

「すごい無茶してもんんぁ。てか、初詣だって別に元旦じゃないといけないってわけでもないし、明日でも明後日でも……」

 

「そこはしっかり縁起を担ぎたいんですよ。こう見えて私、運とかも気にするので」

 

「そうか? まあ、気持ちはわかるけどな」

 

そんな話をしているうちに順番が進んでいく。

二人の番になると、本堂の賽銭箱に各々お金を入れ、パンパンと手を合わせて祈る。

この二人のことを中途半端にしか知らない者からすれば意外かもしれないが、こういったちゃんとやるべきことに関してはしっかりしているのだ。

その後、他のお堂も何か所か回ってから、適当なところで切り上げて境内を歩くことに。

 

「そう言えばトレーナーさん、また無茶したんですってね」

 

「え? なんのこと?」

 

「とぼけても無駄ですよ。セイちゃんは何でもお見通しなのです」

 

「マジかよ、やっぱ凄いなセイちゃん」

 

「茶化さないでくださいよ。これでも心配したんですから」

 

「あーそっか、それはごめん」

 

「全く、ほどほどにしてくださいね? 人が良いのも過ぎれば身を滅ぼしますから」

 

「へいへい、肝に命じとくよ」

 

「それにしても本当にお人好しですよねぇ。自分よりも相手のことを考えて真っ先に人気のない道に向かって」

 

「ん゛っ!」

 

「目撃者いない状況を作ることで相手の今後に響かないように立ち回り、逃げるのではなく真っ向から諭そうとする」

 

「ッスー…………」

 

「挙句の果てには身体能力で上回る相手を体術と経験でいなすなんて、やってること武道の達人じゃないですか。本職トレーナーで合ってます?」

 

「いや……合ってるよ、俺はトレーナーだよ?」

 

「ほんとですかねぇ~、随分と疑わしいですけど」

 

「まあまあ、何事も無かったんだからいいだろ?」

 

「実際には何事も『無かった』わけじゃないですけどね」

 

「………………」

 

「ほんと、無茶だけは気を付けてくださいね? トレーナーさんがいなくなったら、誰がうちのチームの練習見るんですか」

 

「ああ、そうだな」

 

短く、そう返したトレーナー。その声音はとても真剣なものだった。

セイウンスカイはそれだけ確認すると満足したのか、いつもの明るく飄々とした態度に戻ると、トレーナーの腕を掴んだ。

 

「じゃあ、無茶した罰として露店の食べ物いろいろ奢ってください~」

 

「ちょ、待て! それとこれとは話が……」

 

「ほらほら行きますよ~」

 

「だから待てって! てか、なんでお前はさっきの話知ってるんだ! ひょっとして見てたのか?!」

 

「あははははは~」

 

「笑ってごまかすなって! 教えろよ!」

 

こうしてやや不穏でありながらも、セイウンスカイを端とする小さないざこざは無事に結末を迎えることとなった。

珍しい出来事ではあったものの、レースに対する想いが引き起こした出来事という点においては、よくあるトレセン学園の日常の一幕とも言える。

あの彼女がその後どうなったのか。歪んだ憧れを正し再びレースへと打ち込んだのか、あるいは自らの行いを悔やんでレースから身を引いたのか。

それを知るのは彼女本人と、周囲のごく少数のみだ。

 

 

 


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