ポケットモンスター ビヨンド・ダイブ   作:小村・衣須

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今日2話目の投稿です。ご注意ください。

【!CAUTION!】
当エピソードにはポケモンを食べる描写があります。
そういった描写・解釈に拒否感がある方はブラウザバックを推奨します。


Lv.124「(つら)くて(から)くて(しあわ)せで」

 しばしば、コイキングは「骨と皮と鱗しかない」と評され、食用には適さないポケモンとされている。

 それは、ある面においては正しいものの、厳密には的を射た表現ではない。

 

 そもそもコイキングは、どんな水辺にも住んでいると言われるくらいにはタフで、環境適応能力の高いポケモンだ。

 

 汚い水の中で、腐ったエサを食べて育ったコイキングの肉は、それはもう痩せていて、おまけに臭い。

 とてもじゃないが食べられたものではなく、巷に流れる言説は、そういったコイキングを指したものだ。

 

 では、旨いコイキングとはなんだろう?

 その答えは、至極単純。

 

 栄養豊富で毒気の無い水の中で、植物性のエサをたっぷり食べて、よく泳いで育ったコイキング。

 しっかり詰まった身に臭みはなく、よく肥えて脂も乗った肉は、食べ応えバツグンで滋味深い。

 

 骨やアラを煮込めば出汁になり、焼いた皮は香ばしく、頭部(かぶと)は煮ても焼いても絶品。

 コイキングに捨てるところなし、と評した者もいたとかいないとか。

 

 つまるところ──目の前の()()は。

 

 

 

「さぁ、できニャしたよ。皆様、お体が冷えていらっしゃると思いニャしたので、具材たっぷりのスープで御座いニャス」

 

 

 

 ファイヤーハンガーに吊るされ、焚き火で炙られた大鍋の中。

 赤色に染まったスープの中で、グツグツと煮られているのは、大ぶりにカットされたコイキングの切り身たちだ。

 

 実際に捌いてみて、可食部分を思った以上に確保できた為、手持ちの中で最も大きな鍋を用意したが、それでも内容量ギリギリまで詰め込めてしまった。

 その他の具材は、細々とした山菜に、食べられるキノコ。コイキングの骨と合わせて、それらからも染み出した出汁がなんとも(かぐわ)しい。

 

 寒い夜にピッタリのあったか魚介スープ。

 このよく煮えた鍋の中身を見て、「不味そう」と思う人間は滅多にいないだろう。

 

 

「臭み消しも兼ねて、味付けは“クラボのみ”を中心に、少し“からい”味としてみニャした。少量でニャスが、“あまい”ソースもご用意しニャしたので、味変にどうぞ」

「ありがてぇ。まだ春先だけど、まだまだ夜は寒いからな。ちょっと“からい”方が、いい感じに温まって丁度いいや」

「……そういえば、この世界にも季節があるのでニャスね」

「そりゃそうだろ。なんだっけな。アネキが言うには、“龍脈”の流れがどうこうとかって話だったけど……あんま聞いてなかったから覚えてねぇや」

 

 

 鍋と焚き火を挟んで、ソラの対面に座るリク。 

 2人の中間に立ち、お玉を手によそう準備をするニャース。

 

 そして、彼らの和やかな会話を耳にしながらも、目の前の鍋の具材へと視線を注ぐソラ。

 

 

 

(……ホントに、ゴハンになっちゃってる。あんなに大きくて、元気に跳ねてて……さっきまで生きてた筈のポケモンが、スープの具材になって煮込まれてる)

 

 

 

 それは少女にとって、とてつもないほどに大きな衝撃だった。

 

 知識としては知っていた。

 本やテレビ、ネットで見聞きして、そういうものだと認識してはいた。

 

 だが、実際にこうして、目の前でポケモンが肉となり、今まさに自分たちが食べる料理となる……その一部始終を目の当たりにした事で。

 現実というものは、頭の中の知識とはまるで違う事が、身に沁みてよく分かる。

 

 

(わたしが、捌いたんだよね。この手で……包丁を使って)

 

 

 ふと、自分の両手に視線を落とす。

 先ほど手をよく洗ったばかりだから、目に映る手のひらは綺麗なままだ。

 

 けれどもソラは、包丁を握っていたその手が、コイキングの血や、こびり付いた肉片にまみれていた事を覚えている。

 そのネットリした感覚、血の匂い、肉を断つ時の感触。少女はこの先、それらを忘れる事は決して無いだろう。

 

 そうして捌かれ、肉となり、具となったコイキングは今、鍋の中で泳いでいる。

 己の葛藤の末の成果を目の当たりにして、少女の胸中に浮かぶもの……それは悔悟でも、懺悔でも、ましてや苦悩でもなかった。

 

 

 

(……()()()()()

 

 

 

 

 生けとし生けるものであれば、誰もが抱き得る感情。

 そこに、人間もポケモンも関係無い。至極ありふれた、生者として当然の欲求。

 

 即ち──食欲である。

 

 チラと見れば、傍らのはるりんも同様に(或いは、ソラ以上に)視線が鍋に釘付けで、半開きになったくちばしからはヨダレが垂れていた。

 ソラたちの反対側、リクの傍に座るマハルニャースなど、今にも鍋に手を伸ばしそうなところを、リクにやんわり制止されている。

 

 

「んじゃ、食べる前に……」

「うん、分かってる。……皆、出てきて」

 

 各々、モンスターボールを2つずつ手に取り、軽く放る。

 開かれたボールから出てきたポケモンたちは、ソラとリク、それぞれの目の前に降り立った。

 

 

「エっビ」

「れ、ぴ……」

「むっきゅ!」

「どぉ……」

 

 

 体に包帯が巻かれたままながら、いたって平然とした態度のびぃタロ(クロオエビ)

 足を折り畳んで座り込み、どこか申し訳なさそうに縮こまるてれーな(テレネット)

 いつも通りのケロッとした顔で、元気いっぱいに声を上げるウェボム。

 体を丸めて顔を俯かせ、すっかり意気消沈した様子を見せるマハルドードー。

 

 どのポケモンも、多少の傷跡こそ残っているが、肉体面はほとんど全快に近いコンディションだ。

 特に助祭(したっぱ)たちのポケモンと戦った2匹は、ブルッタケたちの“ほうし”をこれでもかと吸い、それからかなり時間が経っているにも拘らず、後遺症の類いを一切見せていない。

 

 やはり、これもワムコンダの出現時に吹いた風の影響なのだろうか。

 そんな疑問が、チラと脳裏に掠めつつも、ソラが今やるべきと決めた事はただひとつ。

 

 

「ビぃ──ビっ!?

「れぴゃあ……!?」

「……ごめんね。わたしのせいで無茶させて、あんな目に合わせて……。それでも、わたしたちの為に戦ってくれて、本当にありがとう」

 

 

 有無を言わさず、自分のポケモンたちを抱き締める。

 右腕でびぃタロを胸元まで抱き寄せ、てれーなは左腕で優しく抱き上げて。

 

 突然の事に2匹は驚くも、それに構う事なく抱き締め続け、2匹の体温を確かめる。

 今までボールの中に入っていたのもあるだろうが、それを抜きにしてもなお、彼らの体はひんやりとしていた。

 

 それが何故(なにゆえ)であるかなど、考えるまでもない。

 

 

「びぃタロ。ちゆりんの事があって、もうあんな事にならないようにしようって誓って……それなのに、またこんな風になっちゃって、本当にごめん。それでも、あなたが体を張ってくれたおかげで、わたしたちは今ここにいる。あなたは、わたしの自慢の相棒よ」

「……ビ!」

「てれーな。初陣にも等しい状況で、いきなり命のやり取りに発展して、その上あんな無茶までさせて、ごめんなさい。オヤブンさんからあなたを預かって早々に、こんな事になってしまって……そんな状況でも踏ん張って戦ってくれた事、感謝してもし切れないわ」

「てりぃ……れっぴ!」

 

 

 腕の中のびぃタロは、相棒の言葉に「当たり前だろ」とでも言いたげに胸を張っている。

 そこに、無茶を強いたソラへの憤りや恨みの情は見えない。出会ってからまだ2週間も経ってないのに、随分と貫禄が出てきたものだ。

 

 てれーなもまた、最初こそ戸惑っていたものの、今は嬉しそうに体を擦り付けてきていた。

 やはりその体は微かに震えていて、しかしソラへの不安や拒絶の意はそこに無い。さながら、母親に“あまえる”幼子のようでもあった。

 

 そうしている内、鍋を凝視していたはるりんが徐に飛び立ち、またもソラの頭上に足を乗せ、自己主張をし始める。

 出番こそ無かったが、自分も忘れるな、とでも言いたいらしい。

 

 

「りぃりーっ!」

「うん。勿論、はるりんの事も忘れてないよ。……ね、皆。わたしはできるだけ、皆に無茶をさせたくないって思ってる。でも、また今回みたいな事が起きて、やっぱり大変な目に合わせちゃうかもしれない。それでも……わたしを信じて、一緒に戦ってくれる?」

「エぇビぃっ!」

「ほるりーるっ!」

「ぱ、ぱーっしゅ」

 

 

 びぃタロとはるりんは、快哉にも似て威勢よく、てれーなはどこか遠慮がちに、しかし確かな肯定の意を上げた。

 

 あれだけの目に合ったにも拘らず、なおも自分を見限る事なく、そればかりか、これからも力を貸してくれるのだという眼差したち。

 それらをグッと受け止めて、ソラは喉に言葉を詰まらせた。涙を堪え、ただ「……うん」とだけ頷いて返す。

 

 そんなやり取りを鍋の向こう側から見ていて、何か思うところがあったのだろうか。

 それまで、いつもと変わらない様子だったウェボムが、不意にリクの頭頂部まで登り詰め、ふんぞり返るようにして声を上げる。

 

 

「むしゅーし!」

「ああ、分かってるさ。……あんたも、ありがとな。おいらたちが生きていられてんのも、あんたとびぃタロのおかげだ」

「きゅむっきゅ!」

 

 

 少年の頭上から降ってきた得意げな声色は、「えっへん!」とでも言いたいのだろう。

 相変わらずの“のうてんき”さに小さく笑いつつ、傍らのマハルニャースを見やれば、彼もまた鍋から視線を外し、普段通りのリラックスした視線を返してきていた。

 

 そして。

 

 

 

「ドードー」

どっ……どぉ、どど……」

 

 

 

 リクの呼びかけに対して、マハルドードーは全身を激しくビクつかせた。

 その場にしゃがみ込み丸められた体は、できるだけ己を小さく見せるかのように縮こまっており、絶えず揺れ動く羽毛たちが、彼の体が震え続けている事を示していた。

 

 自らのトレーナーから声をかけられたにも拘らず、露骨な怯えを見せる理由。

 ほんの1日程度の付き合いだが、それを分からないと言う事は、リクにはできなかった。

 

 

「……悪かった。本当に、すまねぇ」

「ど……」

「あんたが“おくびょう”なのも、怖いのが嫌で、すぐビビっちまうのも……今日初めて会ったばっかだってのも、全部分かってた筈なのにな。結果として、あんたに苦しい思いを……死にそうな目に合わせちまった」

 

 

 ブルッタケの“ほうし”を浴びた時、ソラたちも熱に浮かされ、意識を失う寸前にまで陥っていた。

 それほどの苦しみを、マハルドードーとてれーなは実際に力尽きるまで味わい続けたのだ。その状態でなお、継戦を強いられたのだ。

 

 

「手持ちに迎えて早々にこんな事になっちまって、もうおいらを信頼できないかもしれない。実際、もうこんな無茶はさせねぇ……って、簡単に確約する事はできねぇ。それでも……おいらはトレーナーとして、あんたたちの意志を蔑ろにはしねぇって約束する。絶対にだ」

「……ど、ぉ」

 

 

 返す声は暗く小さく、地面を見やる双頭が持ち上がる事も、視線が動く事も無い。

 それだけ、“どく”に身を苛まれた苦しみ、そして怖がりな自分がそんな目に合ったショックは大きいのだろう。

 

 身に沁みた恐怖は、そう簡単には拭えない。

 今のマハルドードーには、リクの言葉は届かない。

 

 けれども──ぐぅ、と音が鳴った。

 

 

「……! ど、どっ」

「笑わねぇよ。腹減ってんだろ? おいらたちも同じさ。……さ、皆もう待ち切れないだろ? いい加減に食おうぜ、冷めちまう」

「そう仰られると思いニャして、配膳のご用意はできておりニャス」

 

 その声に一同が視線をやると、ニャースがたった今、お玉で掬ったスープを木の椀へと()いでいるところだった。

 赤みを帯びたスープと盛り沢山の具材が、1人分の食事として椀の中を満たし、ほかほかとした湯気を発している。

 

 

「ささ……どうぞ、ひいさま。熱いのでお気を付けてくだニャさい」

「……うん、ありがとう」

 

 

 受け取った椀は、スープの温度が伝わったのか、手のひらへじんわりと伝わる熱を宿していた。

 “クラボのみ”のピリついた匂いが湯気に混じってきていて、鼻を通ったそれらが空っぽの胃をなんとも“くすぐる”。

 

 リクが釣り上げ、ソラたちの手で捌き、ニャースによって料理されたコイキングの身が今、少女の手の内にあった。

 

 先ほど完成した鍋を目にした時、ソラがふと思った通りだった。

 あんなに元気に生きていた筈のコイキングが、自分たちの為にその命を奪われ、今ではすっかり煮込まれた具材となっていて。

 

 赤い出汁を纏った切り身は、とても美味しそうだった。

 

 

「リクさまも、皆様もどうぞ。おかわりも十分にありニャスので、遠慮せずお申し付けくださいニャせ」

「サンキュー、じいさん。椀越しでも熱が伝わってくる……アッツアツで旨そうだ」

「お(はニャし)(ニャが)くニャりそうでしたので、冷めてしまわなニャいよう、火を少し強めておいたので御座いニャス。舌を“やけど”しないようお気を付けてくだニャさい」

 

 

 頭数分の椀(椀から食べるのが難しいポケモンには、代わりに木の皿を)に、たっぷりの具材と汁を盛り、皆に配って回るニャース。

 それを受け取り、手へ伝わる熱に「あっつ」という声を漏らしながらも、リクは椀からもうもうと昇る湯気を浴びて、思わず顔を綻ばせた。

 

 そんな彼らのやり取りを眺めている内、気付けばソラは、スープが全員に行き渡っている事に気付く。

 びぃタロもてれーなも、頭の上に乗っていたはるりんも地面に降りて、それぞれが配膳された椀ないし皿を前にしている。

 

 対面のリクたちもそうだし、ニャースもそうだ。

 皆が、ようやくありつけた夕食を手に、空腹と食欲の双方を隠せずにいた。

 

 そして、それは少女もまた。

 

 

 

(……コイキング。さっきまで生きてたコイキング。わたしたちが生きる為に……わたしたちが、殺した。殺して、お肉にした。ポケモンを食べる為に、ポケモンを殺した)

 

 

 

 “三司祭”の男の言葉と、シェラの言葉と、リクの言葉とが、グルグルと頭の中を交互にリフレインし続ける。

 

 命を頂く事。自分たちが生きる為に、他の命を奪う事。食べる事。

 スープと具のたっぷり入った椀が重たいのは、少女が今感じている罪(いのち)の重さ故か。

 

 けれども、やっぱり。

 

 

「……どうした? やっぱ、食えないか?」

「……ううん。そんな事、無いよ」

 

 

 緩く首を振り、フォークを手に取る。

 両手で抱えるように持っていた椀を片手に持ち替え、具の切り身の中でもひときわ大きなものにフォークを突き刺して……そして。

 

 

 

「いただきます」

 

 

 

 いつも口にしている、言い慣れた言葉の筈なのに。

 いやに息が籠っている事を自覚しながら、切り身を口に運び、噛み締める。

 

 ……よく煮込まれた切り身は、大きさの割に、歯で押しただけでホロリと崩れ、口の中いっぱいに広がっていく。

 それに伴って口内へと溢れ返る脂は、濃厚でありながら、さらりと舌の上を流れ、そこにくどさはまったく無かった。

 

 “クラボのみ”をベースに、“からい”味のきのみで味付けされたスープは、切り身にしっかり纏わりついていて、脂の味を“てだすけ”していた。

 サラサラとした脂の後味をピリリと引き締め、その後を追うようにして出汁の風味がやってくる。

 

 コイキングの骨から取った出汁は、元は同じ体の一部だった肉の味を邪魔せず、むしろ引き立ててすらいる。

 そこへ、具として入れられたキノコの野性味も加わる事で、その淡白さ故に脂の味に隠れがちだった切り身本来の味を、よりハッキリと主張させていた。

 

 

 

「……美味しい」

 

 

 

 ポロっと。

 それはまさしく、無意識に零れ落ちた一言だった。

 

 軽く押すだけで崩れるほど柔らかいのに、噛めば噛むほど旨味の洪水が溢れ出し、少女の顎がそれを止める事は叶わない。

 味付けは彼女好みの“からい”味で、ほふほふと口の中の熱気を逃がす内、じんわりと頬に汗が滲むのが分かった。

 

 そうして切り身の帯びるあらゆる味を堪能した後、ゆっくりと飲み込む。

 あれだけ濃厚だった味わいは、喉にまったく引っかかる事なく、水でも飲んでいるかのようにあっさりと胃の底へと落ちていく。

 

 

「……」

 

 

 はふ、と息が漏れる。

 周囲の誰もが自分を見つめているとも気付かず、少女は無意識に椀を口へ近付け、スープを啜った。

 

 切り身以上にくっきり鮮明な辛味の中に、骨の香り高さ、キノコの力強さが混ざり、スープをただ舌を刺激するだけの“からい”味で終わらせない。

 口の中で転がしてよくよく味わえば、ほんの微かに混ざる“すっぱい”味が、“からい”味以外のきのみも加えられている事を静かに告げ、空っぽの胃を更に掻き立てた。

 

 何より……温度だ。

 今の今まで鍋の中で煮込まれていたスープは、ちっとも冷めておらず、少女の口を、喉を、胃を、ゆっくりと温めていく。

 

 コクリと飲み込み、胃が熱を帯びていく感覚を確かめて。

 そうして吐き出した何度目かの息が震えている事に、少女はようやく気付いたのだ。

 

 

「……嗚呼」

 

 

 命を奪う事への葛藤。生きる為と銘打つ事への葛藤。ポケモンを食べる事への葛藤。

 それらの一切が、熱に浮かされたようにして消えていく。スープの熱気と合わさって、半開きの口から逃げていく。

 

 ここに至るまでの道中は、途方もなく(つら)くて。

 やっと口にできた夕食は、こんなにも(から)くて。

 

 嗚呼、でも。

 

 

 

「美味しい……美味しいよぅ、美味しいよぅ……!」

 

 

 

 フォークが止まらない。食べる手が止まらない。

 そして何よりも、自然と零れ落ちる大粒の涙たちを、ソラは止める事ができなかった。

 

 スープが“からい”からだとか、そんな言い訳はちっともできやしない。

 己の葛藤の末に辿り着いた味と、その幸せと、そして命のありがたさが、少女に涙を零させていた。

 

 その幸せは同時に、リクたちも共有するものだった。

 

 

「ああ。確かに旨いな、こりゃ。大変な事ばっかの1日だったから、余計に体に染みるぜ」

「ええ……五臓六腑に染み渡るとは、まさしくこの事ですニャア」

 

 

 スープを飲み、具を頬張り、ほっと息をつく。

 ソラも、リクも、ニャースも、手持ちのポケモンたちも、皆が温かな魚介スープに舌鼓を打っていた。

 

 1匹を除いては。

 

 

「……」

「食いなよ。腹減ったままだとしんどいだろ? ずっと食わないでいると死ぬのは、人間もポケモンも同じだぜ」

 

 

 目の前に置かれた椀をじっと眺めながら、しかし口をつける事の無いマハルドードー。

 未だ体を震わせるがままの彼に、見かねたリクが再び声をかけた。

 

 

「おいらの事をもう信じられなくたっていい。この森を無事に出られた後、あんたがどうしたいかも好きにしたらいい。おいらに、それを止める事はできねぇからな」

「……ど」

「でも、さ。とりあえず今は、メシを食おうぜ。兎にも角にも、食わなきゃ始まんねぇ。メシ食って、寝て、この森を生きて出る為の力にするんだ。生きる為に食うんだ」

「どぉど……」

 

 

 果たして、その言葉を受け入れたのかは分からない。

 しかし事実として、のろのろと持ち上げられた彼のくちばしは、己の眼前の椀へとゆっくり差し込まれ……

 

 

 

「……!! ど……どどっ!

 

 

 

 カッと目を見開き、すぐにがっつき始めるマハルドードー。

 双頭それぞれに持つくちばしの両方を椀の中に突っ込み、具材とスープを同時にかっ込み、口いっぱいに頬張っていく。

 

「ははっ、やっぱり腹減ってたんじゃねぇか」

「“あまい”味のソースもありニャスよ。“からい”味が苦手なようであれば、こちらもどうぞ」

「どぉどっ!」

 

 

 次第に賑やかになっていく、焚き火という名の食卓。

 その中で、黙々とスープを啜っていたソラは、ふと同じく椀を抱えていたびぃタロと目が合った。

 

 

「……美味しいね」

「ビぃーイ!」

 

 

 相棒の笑顔を見て、思わずこちらまで微笑んでしまう。

 彼らが空腹に苛まれる姿を見るのは、とても忍びなかったから、余計にそう思うのだ。

 

 嗚呼、と少女は気付く。

 だから、人は。

 

 

 

(“()()()()()()”と“()()()()()()”は、この為にあったんだ)

 

 

 

 尊い命よ、わたしの糧になってくれてありがとう。

 噛み締めた命の塊は、(つら/から)くて、あったかくて、幸せな味がした。




今回の書き溜めは以上。
またある程度のストックが完成したら更新します。
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