私のプロデューサーは、嘘ばかり吐いている。 作:しゅないだー
駐車場から降りて、伸びをする。まだ一般向けに開場されていないにも関わらず、準備に奔走する学生でキャンパスの中は賑わっていた。
現場へと向かう途中でも感じられる熱気に、否が応でも背筋が伸びるようなこそばゆい気持ちになる。
「大学って言っても初星学園とそんなに変わんないでしょ。高校の友達がここに進学してるみたいでさ、学祭の実行委員だか何だかをやるらしいから無理矢理お願いして月村さんをステージにねじ込んでもらった」
「職権濫用ですよね、それ」
「愛しの担当アイドルの為なら何だってやっちゃうよ、俺。仕事の取れないプロデューサーなんている意味ないからね」
私の事なんて、何とも思ってない癖によく言えますよね。口には出さずに、手毬はそうぼやいた。
今日の仕事は文字通りの前座。
大学のダンスサークルや地域のコーラス隊なんかが1日を通してメインステージで少しずつ出し物をするというイベントで、私は大トリより1つ手前。
ちなみに大トリは最近流行ってるお笑い芸人の漫才及びトークショーとの事で、まあ本当に何でもありの闇鍋らしい。
「少し王道からは外れてるかもしれないけど。賑やかしとか思わないでよ、これでもこの県一番のマンモス大学だからさ」
色鮮やかな出店用のテントを目の端に捉えながら、頭からそれを振り払うように歩調を早める。
「別に思ってないです、任された仕事はきっちりこなしますから……そんなに気になってる訳じゃないけど、マンモス大学ってどういう意味なんですか?」
語感から何となくキャンパスの中を悠々と散歩するマンモスの姿を手毬は想像したが、口に出せば隣を間抜け面で歩いているプロデューサーに馬鹿にされる事は分かり切っている。
「学内でマンモス飼ってるんだよ」
時々、プロデューサーって人の心が読めるんじゃないかと思う時がある。
息を吐くように投げられるくだらない嘘を無視して、遠くに見えるメインステージを眺めた。
装飾自体は大したことない、はっきり言えばチープ。所詮、学生のお遊びって感じ。それでも会場のキャパは下手なライブハウスを優に超える。
「見ての通り、ギャラリーの数だって馬鹿にならない。大トリの漫才目当てとかそもそも普段アイドルに馴染みの無い層だって大勢いる。それをたった1曲で爪痕残すのは、寧ろだらだら何曲も歌うより余程難しいと思ってる」
裏を返せば、それをクリアできれば幅広い層のファンを作る足掛かりになるのだと。プロデューサーは、暗にそう言っている。なら私が言う台詞も、当然決まっている。
「何か問題ありますか?」
「やっぱ月村さんのそういう所好きだよ、俺」
眩しそうに細められた目は、此方を向いて笑っていた。気の入っていない「好き」なんて言葉を投げながら。
─────────────────────────────────
一通り会場の下見を済ませた後、控え室に入った手毬が真っ先に食い付いたのは机に並べられたケータリング、お弁当だった。
「わあ……見てくださいプロデューサー、これこの辺じゃ有名なお店の仕出し弁当ですよ。この大学、広い以外に大した取り柄がないかと思ってましたけど、センスは悪くないです」
きらきらと目を輝かせながら早口で喋る担当を、プロデューサーは慈愛とも呆れとも読めるような柔らかな表情で眺めつつパイプ椅子に腰掛けた。
「客先に対してこんなに口が悪くて偉そうなアイドルも中々珍しいよね」
ただせっかくこんなイベントに来たのにお弁当というのも少し寂しい気がする、と手毬はぼんやり考える。彼女の頭の中では行く途中に並んでいた出店用のテントがぐるぐると回っていた。
ふと目をやると、プロデューサーはまるで見透かすかのように曖昧な笑みを浮かべている。
「仕事終わったらちょっと見て帰ってもいいよ。どうせ出店回りたいんでしょ?」
「むっ……どうせってなんですか、どうせって」
まあ、興味はある。どうしてお祭りの出店ってあんなに目が離せなくなるんだろう。焼きそばに、焼きいかに、たこ焼きに。かき氷やベビーカステラ、どれも安っぽくて普段ならあえて買おうとは思わないのに。なんだか不思議な力が働いているとしか思えないんだけど。あ、焼きとうもろこしも食べたい。
「何事もなく済んだらマンモスの串焼き奢ってあげるからさ」
「その下り、本当に面白いと思ってるならプロデューサーってセンスないね」
傷付いた、とでも言わんばかりにわざとらしく項垂れるプロデューサーを無視して箸を割る。当然一緒に食べるものだと思っていたら、あの人はなぜかアウターを羽織り直して何処かへ行こうとしていた。
「ちょっと、どこ行くんですか。まさか私を置いて自分だけ美味しい物食べに行くつもりじゃないですよね」
睨み付けるような疑いの眼差しをぶつけられながらも、その余裕そうな表情を崩す事はない。
「何だと思ってんの俺の事、ちょっと挨拶回りに行くだけだよ。今はまだ地道に顔売ってなんぼでしょ」
「……まあ、一理ありますね。それじゃ私も行きます」
そう言って箸を置こうとする手毬を、プロデューサーは手で遮った。
「駄目だよ、クラスメイトにすら喧嘩売って回る子を人様の前に出せる訳ないじゃん。ステージ上ならまだしも」
「な、そんな事してないです!……まあ、少しくらいはあるかも、しれないですけど」
口ごもる手毬に芝居がかった仕草で指を立てる。
「問題です、ででん。今週俺が月村さん周りで処理したトラブル件数は幾つでしょうか?」
「え、何それ、えーとえーと……3?」
「おっ、惜しいね。結構いい線いってるよ、正解は30件でした」
「全然惜しくないじゃん!10倍!私そんなにトラブルばっかり起こしてない!」
鼻息荒く詰め寄ろうとする手毬を、けらけらと笑いながら躱す。
物腰は柔らかいが、こういった所を煙に巻いて自分のやる事は譲らないというプロデューサーの立ち回りを彼女はもう理解していた。
「まあ、お察しの通り冗談なんですけども。正解は言わないから自分の胸に手を当てながら、弁当食べて待ってるように」
「……ふん!」
扉の閉まる音を最後、一人ぽつり残された部屋でお弁当に手を付ける。こんな美味しい物を放っておいて何処かへ行くなんて、プロデューサーは頭が悪いに違いない。
別に本当に挨拶回りについていきたい訳じゃなくて。
一人で食べるのは何となく寂しいな、なんて言える訳もなかった。
─────────────────────────────────
出番の少し前、いよいよメインイベント近くという事もあり想定以上に観客がステージに集っていた。下手なミニライブなんかとは比べ物にならない規模を、プロデューサーは端から見越していたのかもしれない。
「月村さん、置いてった事まだ拗ねてんの?」
「別に拗ねてないですけど、仕事前は私ずっとこんな感じですから」
いよいよ迫る出番の中、バックステージでイヤホンを耳に挿してじっと動かない担当を心配してなのか声を掛けるプロデューサーに、手毬は素っ気ない返事で応じた。
「そうなの、まあ何でもいいけど顔硬かったからさ。リラックスリラックス」
何でもいいけど、って言い方に少し傷付きながらも出てくる言葉は本心とは程遠くて。
「言われなくても大丈夫です、何年アイドルやってると思ってるんですか。私の方がよっぽどこの業界の事知ってます」
噛み付かんばかりの刺々しいその言葉すら、全く意に介さない様子だから。つい甘えて言い過ぎてしまうから、嫌になる。
「そりゃ月村さんは今までもアイドルだったんだろうけど。それも元中等部トップアイドル、流石だよね。けど」
「けど、なんですか」
「俺と組んだ
元中等部トップアイドルという肩書きは自分を動かす燃料だ。私が無様な姿を見せれば、美鈴や燐羽だって何を言われるか分からない。
決して忌むべきものではなく、誇るもの。
でも、ほんの少し重く感じていたそれがちょっぴり軽くなった気がした。
「……時間なので、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
言うなればここが、私の『
大きく息を吸う。ステージへ駆け出す。
「初星学園高等部1年、月村手毬です」
隣に二人のいないステージは、少し肌寒く感じるような心細さを覚える程に広く。
けれどそれ以上に、私一人に注がれる視線が熱く心地良かった。
────一つの夢、叶うまで負けない。
────行くよ!
─────────────────────────────────
プロデューサーと呼ばれていた青年は、ステージの上で踊る少女の姿を見て、安心したようにほっと息を吐いた。
「小細工はいらない。月村手毬というアイドルは中等部の頃から抜きん出た歌唱力を持っていて、それは今も変わらない」
それは満員のドームに比べてみれば、あまりにもお粗末な野外ステージ。だがそこから手毬を見つめる観衆の目は、確かに彼女に惹き付けられていた。それを天賦の才、の一言で片付ける気は彼には更々ない。
月村手毬というアイドルが、どれだけの物を削って今の自分を手に入れたかは嫌と言うほど知っている。
「ただ、今はまだ1曲だけ。それ以上はガス欠になっちゃうからさ。ほら見てよ、あの全力投球。プロデューサーからしてみりゃ勘弁してほしいよね、絶対ヘトヘトになって戻ってくる癖に」
やっぱ目下の課題は体力面だなと肩を竦めてみながらも、ノートに所見を一心不乱に書き留める。録画は後で何度でも見返せる。それ以上に実際のパフォーマンスを目にして感じ取った事を残しておきたかった。
「本当悪いね、無理言って。持つべき物は友人だわ」
ノートを一旦閉じて、同じようにステージを見ていた男にそう話しかける。Tシャツに付けられた腕章から、学祭の関係者である事が伺い知れた。
「こちらこそギャラで融通利かせてもらって助かる、予算も限られてるからな。俺は聞いた事なかったがあの子、それなりのアイドルだったんだろ?」
「ギャラなら十分貰ってる。今のあの子に必要なのはソロアイドルとしての印象、それもユニット時代の悪評を知らない新しいファン層だ。一度歌なり何なりで掴んでしまえば、後から知ってもファンにとっては"それ"すら個性だ。あばたもえくぼ、ってね」
それはそれとして一つ付け加えさせてもらうなら、と青年は前置きして。
「それなりの、は間違ってるな。アイドルだった、も間違ってる。過去形じゃない」
勿体ぶった口調でコーヒーに口を付けながら、指を振ってみせる。
「最高のアイドルを現在進行形でやってる」
親馬鹿が過ぎるだろ、と笑う男へ"プロデューサー"は冗談めかしながらも確信を持って吐き捨てた。
「プロデューサーが一番アイドルを信じなくてどうするんだよ」
薄ら笑いの口元とは対照的に、その瞳は笑っていなかった。それを見て、腕章を付けた男は安心したように目を閉じた。
「今のお前は、本当に楽しそうだ」
きょとんとした顔でその言葉を聞くと、青年は心底可笑しそうに笑い出す。
「俺が?それウケるね、毎日毎日人知れずあの全方位ハリネズミみたいな子の後始末でひーこら言ってんのに。腹痛い、それを楽しめる程おめでたい頭してないって」
本当にじゃじゃ馬娘なんだ、毎日忘れたくても忘れられないくらいに。そう呟いた。
「ああ。良いアイドルだ」
「はいはい」
目尻に涙が溜まるほど一頻り笑った後で、溜息を吐いてノートに一言書き付けた。その言葉を慈しむように、失くさないように。
"──月村さんといるのは、楽しい。"
割れんばかりの拍手がステージの終わりを告げていた。バトンタッチする芸人に軽く会釈をし、タオルとドリンクを手にとって歩き出す。
玉のような汗を頬に輝かせつつもふらつきながら戻ってくる担当に、タオルを渡し水分補給させる。
プロデューサーはパフォーマンスの出来を褒める訳でも、たった1曲で息が上がる程の向こう見ずな体力管理を咎める訳でもなく、ただ一言尋ねた。
「楽しかった?」
膝に手を当てたまま、肩で息をする手毬から返事はない。
俯いたままの顔を、やっとの思いで上げる。言葉を絞り出す事すらままならない。
それは正真正銘、彼女の全力で。
ただ、満面の笑みでこくりと頷いた。
─────────────────────────────────
今にも零れそうなくらいにたっぷりとソースの掛かったはし巻きにかぶりつく。ジャンキーな味が普段の食事メニュー制限も相まって、脳をバチバチと焼くような感覚に手毬は目眩がするようだった。
「ん〜、美味しい!プロデューサー、次は私焼きそばに行きますから。その間に焼きとうもろこしをお願いします」
「もう良いでしょ、食べ物は。見てるこっちが胸焼けするって、はし巻きと焼きそばでソース系ダブってるし」
お昼時を過ぎ、少しだけ人の流れが落ち着いたエリアを選んで二人で出店を回っていた。時折声を掛けてくる、新しいファンに対応しながら。
遠慮を知らない暴食っぷりに珍しくうんざりしたような表情を見せるプロデューサーに勝機を見出したのか、にやりと笑いながら手毬は肘でその腹を突く。
「プロデューサーが『ご褒美に好きな物食べていいよ』って言いましたよね、嘘吐くんですか?約束破るんですか?」
たっぷりと溜め息を吐いた後、プロデューサーは辺りをきょろきょろ見回し、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「分かった分かった、分かりました。じゃ焼きそば食べる前に、腹ごなしにお化け屋敷行こっか。バラエティ出た時のリアクション練習兼ねて」
クレープ片手にプロデューサーが指差した先、学生が作ったにしては嫌に本格的なお化け屋敷を見て手毬は一歩後ずさる。
「い、行かない。別に怖くないけど、時間の無駄だし。っていうか、そもそも私ってバラエティとかそういうのじゃないから」
「いや、月村さんはバラエティ向きでしょ」
前も言ってたけどそれどういう意味ですか、と喧しく騒ぎ立てる手毬を片手でいなしながら残ったクレープをプロデューサーは口に放り込んだ。そのまま少し歩いた所で違和感に気付く。
ふと隣を見れば、先程まであれほどうるさかった彼女が少し陰のある表情で後ろを振り返っていた。
「どうかした?」
ううん、気のせいと手毬は首を振る。
「……今、美鈴がいたような気がして」
─────────────────────────────────
「俺はパフォーマンス自体には特筆すべき点があるとは思いませんでしたが」
「まりちゃんは凄い子なんですよ」
むっとしたような顔を向けてくる担当アイドルに対して、表情一つ変えずに男はベビーカステラを口に放り込んだ。
「……続きがあります。俺が言いたかったのは"元中等部トップアイドル"のパフォーマンスとして見ればこの1曲は普通だという事です。ただ秦谷さんから伺った話では、この短期間でここまで本調子に戻してくるとは考えられませんでした」
至って冷静な口調の中には微かに、しかし確かな高揚が見え隠れしていた。
「プロデューサーというのはアイドルの潜在能力を限界まで引き出してやるのは当然として、難しい歳頃の少女達のメンタルを如何にケアできるかという所にその資質が窺えると思っています。だからこそ月村さんはその実績とは裏腹に、プロデュースの声が掛からなかった。面白いな……」
「私は別にそんな事どうだっていいんです、まりちゃんがどんな人にプロデュースされても。それでまりちゃんが良いなら、いつか仲直りできるかもしれませんし」
でも、と続ける口調は少し拗ねているようにも聞こえた。
「あのプロデューサーさんは"嘘つき"だって聞いたので。まりちゃんが傷付く所は見たくないですけど、いざという時に戻れる場所を用意してあげたいんです」
分かっているでしょう、と言わんばかりに含みを持たせた彼女の眼差しに青年は真っ向から向き合った。
「ええ、勿論。俺もファンでしたから。"SyngUp!"をもう一度、が叶うなら」
それはプロデューサー冥利に尽きるという物でしょう。
軽く眼鏡を直しながら、青年は抑揚の無い声で呟いた。