ぼくは、走ることが好きなカメだ。
 ある日、カメは、ウサギに かけっこの勝負を挑みました。


※ イソップ寓話の一つ『ウサギとカメ』を基にしたおはなしです。原作を離れ、違う展開になります。
 
※ 脚注タグを使用しています。青い数字をマウスオーバーかタップすると表示されます。
 

1 / 1
 
 まえがき

 カタツムリは、どうすればチーターに勝てるのでしょう?

 



チーターとカタツムリ

 

 

 ぼくは、走ることが好きなカメだ。

 

 

 

 ある秋の日。草原と森のさかいめ。

 

カ メ 「ゴールは、あの山のふもとの……一本だけ高い木」

 カメは、ウサギに かけっこの勝負を挑みました。

カ メ 「どこを走ってもいいよ」

 

 ウサギは、少し考えて答えました。

ウサギ 「えっと……ハンデは?」

 

カ メ 「なし」

 

ウサギ 「本当にいいのね?」  *1

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 木の枝から、一枚の葉っぱが離れ、ひらひらと落ちて行きます。そよ風に流されながら。

 それを、ウサギとカメが見つめました。

ウサギ 「あの葉っぱが落ちたらスタートね」

 

 葉っぱが地面についた次の瞬間、ふたりが走り始めました。 *2

 

 ウサギはあっと言う間に走り去り、見えなくなりました。

 カメはウサギを追って、ゆっくり ゆっくり、一生懸命走りました。

 

 ふたりの行く先には、まばらに木が生えた林がありました。

 

 

 ウサギが林を抜けると……

 

ウサギ 「うそ……」

 

 大きな池がありました。

 

ウサギ 「しくじった!」

 

 真正面、池のむこう側に、ゴールの山が見えます。池を泳がなければ、ぐるーっと大きく遠回りするコースになってしまいます。

 ウサギは、泳ぐか 走るか 少し迷って、池のほとりを走り始めました。

 

 カメも、ウサギを追って、林を抜けました。そして、まよわず池に飛び込みました。

 

 ウサギの耳が、くるっと動きました。

ウサギ 「あ!」

 ウサギは、走りながら池を見ました。

 

 カメは、にごった水にもぐっていて、姿が見えません。

 水面にぽこぽこ泡がのぼってきて、山に向かって、まっすぐに進んでいきます。陸を進むよりも、ずっと速く。

 

ウサギ 「やるわね!」

 

 ウサギは、走りながら横目で水面を見て、勇気をふりしぼり……

ウサギ 「キヨミズッ!」 *3

 ……かけ声とともに池に飛び込み、泳ぎ始めました。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 カメが池から上がりました。

 カメは、山の方を見て少し驚き、はにかんだように笑いました。

 

 ウサギは、すでにゴールしていたのです。びしょびしょに ぬれた姿で。

 

ウサギ 「最後まで走りなさい! ゴールはここよ!」

 

カ メ 「……はぁ、ふう……まさか、ウサギさんが…泳ぐなんてぇ……」

 カメは、息を切らしながらゴールしました。

 

 ウサギは、何も言わず、カメが息をととのえるのを待ちました。

 

 カメは、少し考えてから言いました。

カ メ 「ありがと……本気で勝負してくれて」

 

ウサギ 「え?」

 

カ メ 「ウサギさん、やさしいから、わざと負けるんじゃないかって、心配だったんだ」

 

ウサギ 「うええ!?」

 

 カメは、にっこり笑って、冗談めかして言いました。

カ メ 「とちゅうで、つかれて寝たふりするとか!」

 

 ウサギは、何やらあせった様子で言いました。

ウサギ 「ししし、しないわよそんなバカなこと!」

 ちょっぴり恥ずかしそうでもありました。 *4

ウサギ 「手ぇ抜いたら相手に失礼でしょ……」

 

 

 カリ……と、かすかな音がしました。

 

ウサギ 「!」

 

 ウサギが、ちらりと後ろを見ました。その目が真剣なものに変わりました。

 

ウサギ 「しずかに!」

 

 ウサギが見た方に、大きな岩がありました。でも、そちらに太陽があるせいで、よく見えませんでした。

 

 ウサギは、カメの耳のそばでささやきました。 *5

ウサギ 「手足を引っ込めて動かないで。声も出しちゃだめ」

 そして、少し表情をゆるめました。

ウサギ 「そうすればカメさんは……勝てるわ」

 とてもやさしい声でした。

 

カ メ 「?」

 カメは、ふしぎそうに首をかしげました。

 

 次の瞬間、岩の上から大きな影がジャンプして、ふたりに襲いかかりました。

 ウサギは すばやく、ぴょいっ! っとジャンプして逃げました。

 カメは、頭と手足としっぽを甲羅に引っ込めました。

 

 カメの甲羅を噛む つよい牙。大きくて ほっそり美しいネコ科の体に、小さめの頭。黄色の毛に、黒い点々模様。チーターでした。

 

 チーターは、前足の爪でカメをおさえつけ、ガリガリ噛みました。でも、かたい甲羅に傷をつけるだけで、食い破れませんでした。 *6

 

 じれったい状況に我慢できなくなったのか、チーターが、カメをくわえて、すくい上げるように首をふりました。カメは、はじかれて転がり、地面をえぐりながら一回転しました。

 

 ひっくり返されたら、おわりだ……。 *7

 

 草むらにかくれていたウサギが、ぴょーん、っと、まっすぐ上にジャンプしました。

ウサギ 「おーい! こっちこっち!!」

 ウサギは、ぴょんぴょんはねてチーターを挑発し、全力で逃げました。

 カメとの勝負とは比べものにならないスピード。足がちぎれそうなほどの必死の走りでした。

 

 それをチーターが追いかけました。

 一歩で弾丸のような速さになり、三歩でウサギに追いつき……。

 

ウサギ 「や…キィィッ!! ギィィッ!! ギ……」

 草原に、痛々しい鳴き声がひびき、ぷっつり途切れて……しずかになりました。

 

 カメは、頭と手足としっぽを出して、首をのばし、高く上げました。でも、草がしげっていて、何が起きているのか見えません。カサカサと、草がこすれる音だけが聞こえます。

 

 カメは首を上げたまま、そよ風のにおいを嗅ぎました。

 

 血のにおいだ……。

 

 カメは、目をぎゅっと閉じて、うなだれました。

 

……ぼくの足が速ければ、ウサギさんを助けられたかもしれない……。

 

 そう思ったけれど。

 

 ぼくが速く走れたとして、何ができただろう。死ぬほどトレーニングして速くなっても、カメはチーターに追いつけないし、逃げられない。重たい甲羅をなくして、足が長くなったら……それはもうカメじゃない。ちがう生き物だ。やわらかい体を、あの牙で噛まれたら、あっという間に死んでしまう……。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 “ ゴール ” から少し離れた岩の陰。

 

 小さくて丸っこい、チーターの子猫が4匹、新鮮な肉のかけらを取りあい、楽しそうにじゃれあっていました。

 

チーター(母)「こらこら、なかよくね」

 母親のチーターは、毛皮と骨が付いた肉のかたまりを前足でおさえ、噛んで引きちぎって、子供たちに分けあたえました。肉の中から、ぷちゅっ、と、赤黒い内臓がこぼれました。

 

 子供のチーターが、母親の前足を見て気づきました。

チーター(子)「手、けがしたの? おかあさん」

チーター(母)「だいじょうぶ。ちょっと噛まれただけ」

 

 まったく……活きがいいウサギだったわ。 *8

 

 母親のチーターは、前足の小さな傷をなめながら、思いました。

 

 カメの頑丈な体が うらやましいにゃあ……。あんなふうに、のんびり暮らせたらいいのに。

 

 *9

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 カメは、考えをめぐらせていました。

 

 ぼくはチーターに勝ったんだ。ウサギさんの言ったとおり。

 生き残ったのは、勝ったってことだから。

 ……ぜんぜんうれしくない。こんな勝ちかたは イヤだ……。

 

 

 さっきカメが転がったあたりの土が、えぐれていました。

 そこに、つぶされて割れたカタツムリのカラが、めり込んでいました。

 カメはそれを、あわれむような、悲しげな目で見つめました。

 

 ぼくは、走ることが好きなカメだ。手も足も頭もしっぽも隠して、じーっと動かないなんて嫌いだ。カメの得意技だけど、好きでやっているわけじゃない。

 でも、生きたいなら勝つしかない。生まれ持ったチカラを活かして、どんなズルい手を使ってでも。そこには手抜きも手加減もない。油断すれば死ぬ。運が悪くても死ぬ。これは、ウサギさんも、チーターも、ぼくも……このカタツムリも……みんなみんな、おなじなんだ。

 

 カメは、カタツムリのやわらかい身を食いちぎって、ガムのように噛みました。

 目をとじて、こくん、と のみこむと、涙がひとつぶ流れました。

 

カ メ 「おいしい……」

 

 

 

 

 おわり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 ウサギさんが女の子っぽく、カメさんが男の子っぽいのは原作と違う……。と思いきや、日本語訳される前のものには雌雄の設定があったようです。(ウサギとカメはかなり古い物語であり、バリエーションがあります)

 しゃべり方がそれっぽいだけで、本当の性別は筆者にも分かりません。(設定していません)

*2
 スタートの合図をする役がいなかったので、葉っぱが落ちる瞬間をスタートとしました。選手のどちらかがスタートの合図をすると、不公平になりますからね。

*3
 これは、『きれいな水!(だから飛び込んでも大丈夫!)』という意味の、自分を勇気付けるおまじないです。京都のお寺とは無関係です。

*4
 このウサギさんは、原作とは違って、真面目でストイックなアスリートなのです。相手が遅くても手は抜きません。ちょっとハンデをあげようか、とは考えていたようですが。

*5
 カメの耳は、頭の左右に丸い鼓膜が露出したような形で、耳介(集音板的な張り出し)や外耳道(耳の穴)がありません。聴力はあまり良くないようです。水中で音を聞きやすいように進化したのかもしれません。

*6
 チーターのあごの力は、(ネコ科の猛獣の中では)弱いようです。ですが、獲物の首を噛んで窒息させるくらいの力はあります。

*7
 カメの甲羅は、腹側も結構硬いので、チーターには食い破れないと思います。ただ、ひっくり返ると自力で元に戻るのは難しいので、別の意味で危険です。

*8
 『窮鼠猫を噛む』と言いますよね。ネズミじゃないですけど。

*9
 チーターは、(ネコ科の猛獣の中では)おとなしい性格らしいです。古代エジプトでは飼い慣らされていたようですし。普段の のんびり感と、本気を出した時の俊敏さのギャップが、猫らしいです。




 
 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 『きつねと苦いぶどう』に続き、またウサギさんが捕食されてしまいました……。
 擬人化したファンタジーとリアルな生態の中間を意識して書きました。違和感が出て残酷になりますね。ウサギさんがすごく良い子だったので、余計に痛いです。


 筆者は、原作『ウサギとカメ』に疑問があります。寓話に無粋なツッコミですが。
 思い切り格下に見られ、競走中に居眠りされ……そんな勝ち方でカメは嬉しいのでしょうか?
 なぜ、カメは、寝ているウサギを起こさずに通り過ぎたのでしょう?
 カメのプライドが高ければ、「バカにするな! ちゃんと走れ!」と言って、ウサギを叩き起こすでしょう。でも、ウサギを起こせば、カメの負けは ほぼ確定です。

※ ウサギがコースから見えない場所に(隠れて?)寝ていたので、カメは気づかず通り過ぎた……という可能性もあります。

 原作では、ウサギが油断して居眠りしたのでカメが勝ちましたが、ウサギが普通に走り続けたら、カメは勝てません。さらに、上には上がいて、ウサギはチーターに勝てません。

 『好きこそものの上手なれ』は、半分正しくて半分間違っている、と筆者は思います。
 『好きなこと』と『得意なこと』は別です。
 『やりたいこと』と『できること』は、一致しない場合が多いです。
 『産まれつきの圧倒的な能力差』は実在し、努力でカバーするにも限界があります。
 必死に努力して成功した例もありますが、それは非常に希なことです。滅多にないことだから、美談になり、ドラマになるんです。逆転劇は人気がありますよね。エンタメとして。
 残念ながら、現実には逆転勝利は難しいです。じゃあ、どう生きれば良いのでしょう?

 そんな残酷なことを自然界にあてはめて、イソップ寓話と混ぜたら、本作ができました。



【 表記・文体について 】

 童話っぽい文を狙って書いています。小難しい言い回しや読みにくい漢字は避け、ひらがなを多くして。残酷な部分と、童話っぽい ですます調。このズレた感じが筆者は好きです。
 “ 子供が読んでも理解できるが、稚拙になりすぎない ” 文章が理想だと筆者は思います。

 今回は動物の名前をカタカナにしました。ひらがなが並ぶと単語の切れ目が分かりにくいので。筆者は、ひらがなを多用する方が好きですが。
 ひらがなが連なって読みにくい時は、半角スペースを挟むと読みやすくなります。でも日本語はスペースで単語を区切らないので、ルール違反です。だからといって読点を多用すると格好悪いし……悩みます。



【 原作のカメについて 】

 『カメ』は生物の分類としてはかなり広く、多種多様です。
 イソップ寓話のウサギとカメに登場するカメは、どんなカメだったのでしょう?

 古代のギリシャあたりに生息していたリクガメの一種……らしいです。ネットで調べると何種か候補が出てきます。

 比較的乾燥した場所に生息するカメなので、水に入る話は間違いかもしれません。日本人になじみがある半水棲のカメとは少し違うようです。
 どちらかと言えば草食のカメですが、動物質のものも食べる可能があります。

 原作のカメとチーターは生息地が違います。ウサギも同じ場所に住む動物なのかは微妙です。
 足の速さの勝負で、これ以上ない存在はチーターだろう、という単純な理由で登場させました。


 [ 初投稿日時 2024/07/07 07:07 ]
 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。