エンドタイトルは『青春アミーゴ』

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「……ふう。」

 

 疲れ果てた指が、キーボードから離れた。

 モニターに映る文字の海を見つめながら、わたしは深いため息をつく。Web作家としてのキャリアも10年を越えたわたしであるが、最近は創作意欲がさっぱり湧いてこない。締め切りは迫っているというのに、まったく筆が進まない。

 

「……出かけるか」

 

 そう呟きながら、わたしは家を出た。

 行き先は最寄りのイオンモール。都会の喧騒から少し離れた郊外にあるその大型ショッピングモールは、わたしにとっての避難所だった。人々の日常的な会話や、のんびりとした空気が、凝り固まった頭をほぐしてくれるのだ。

 フードコートで昼食のサラダうどんを啜りながらぼんやりと人々の往来を眺めていると、隣のテーブルから聞こえてきた奇妙な会話に否応なく耳を傾けることになった。

 

「――だから言ってるだろ! これは間違いなく『奴ら』の仕業なんだよ!」

 

 突如、隣のテーブルから聞こえてきた怒声に、わたしは思わず耳を傾けた。

 振り返ると、声の主は50代半ばくらいの眼鏡をかけた男性だった。服装はスーツ姿、如何にも社会的身分がある紳士のように思われたが、そのわりにはどこかくたびれた雰囲気がなくもない。そしてそれらの雰囲気にそぐわぬ、熱弁の振るい様である。

 

「ああ?『奴ら』ってなんだよ。俺、バカだからわかんねえよ」

 

 気だるげに答えた聞き手の男性は、くたびれたジャンパーにニット帽。あまり政治的に正しくない表現ではあるが、なんというか、その、昼間から酒でも飲んでそうな風体である。実際、酒でも入っているのか顔はやや赤らんでいる。

 そんな男性に、眼鏡をかけた男性は熱く語りかける。

 

「『奴ら』さ!世界を牛耳る秘密結社だよ! いいか、このあいだの『怪獣災害』も、奴らが秘密裏に開発していた生物兵器が暴走して…」

「セーブツヘーキ? あぁ、うちの近所にも最近、高級向けのスーパーができたわ。有機野菜とかそういうのかい?」

「違う違う!そうじゃなくて……つまりだな、要するに、政府が国民を騙しているんだ。真実を隠蔽しているんだよ。」

「へぇ〜。でもよ、政治家さんたちも大変そうだよな。テレビ見てると、いつも怒られてる感じじゃん。俺なんか、店長に怒られるだけでへこむのによ~」

「世界を操る秘密結社、イルミナティの存在を知らないのか!? 彼らは……」

「イルミナティ? ああ、あれか。俺の家の近所にある美容室の名前と一緒だな」

「違う!まったく違う!……」

 

 ……なに、この会話。

 わたしは思わず苦笑してしまった。眼鏡の男性――仮に〈陰謀論おじさん〉と呼称しよう――が必死に説明を続けているのだが、話し相手の男性にはまるで話が通じていない。

 陰謀論おじさんは懸命に声を荒げた。

 

「いいか、『奴ら』は世界中の政府や大企業を操っているんだ。そして、我々一般市民を監視し、操作しようとしている……」

「へえ。でもよ、俺らみてえなオッサン監視したって意味ねえだろ。あ、そういや昨日、隣のヒラサワのばーちゃんから『監視してやるから』って言われたわ。なんか野菜泥棒がいるらしくてよ~……」

「だから、そういう話じゃないんだって! もっと大きな話をしているんだっ!!」

 

 陰謀論おじさんの声に苛立ちが混じり始める。しかし、聞き手のおじさん――返しがいちいち俗っぽいので〈俗っぽいおじさん〉と呼ぼう――は相変わらずマイペースだ。

 

「ああ、そうかい。大きな話か。そういや、昨日テレビで相撲見てたら、あいつらでかいよな。ちょっと羨ましいわ」

「ほら、巷の怪獣災害の映像を見ても不自然なところがたくさんあるだろう? 例えば……」

「映像? あぁ、テレビか。最近は4Kだの8Kだの言って綺麗になったよなぁ~。でもうちはまだブラウン管のやつ使ってんだ。すげえだろ?」

「だから、そういう話じゃなくて……っ!!」

 

 陰謀論おじさんの声が少し大きくなる。しかし、俗っぽいおじさんは相変わらずマイペースだ。

 

「まぁまぁ、そう興奮すんなって。ほら、これでも飲んで落ち着けよ」

 

 缶コーヒーを差し出す俗っぽいおじさん。横目で見ると、陰謀論おじさんは頭を抱えていた。なんというか、その、可哀想だ。

 

「……なあ、シューちゃん、おまえ、本当に俺の言ってること分かってるのか?」

「いやぁ、悪いな。正直言って全然わかんねえよ。俺、バカだからさ」

「いいか、シューちゃん。俺はおまえのためを思って……」

「でもよお、アキラの話は面白えやあ~……」

「はあ~……」

 

 陰謀論おじさんによる悲痛なため息が聞こえてくる。対する俗っぽいおじさんはヘラヘラ笑いながら平気な顔して、缶コーヒーを啜っているのだ。

 ……もうダメだ、耐えられない。これ以上、二人のおじさんの頓珍漢な会話を聞いていたら絶対吹く。

 食事も終えた、頃合だ。

 わたしはそっと席を立ち、フードコートを後にした。

 

 

 俺の名前はタイナカ=シュウジ。五十路も半ばを過ぎた、ごく普通のおっさんだ。

 今日も、数十年来の親友と待ち合わせをしていた。イオンモールのフードコートは、昔から俺たちの定番の待ち合わせ場所だ。

 

「よう、アキラ。相変わらずかぁ~?」

 

 遅れて到着した俺は、軽く手を挙げて挨拶をする。アキラは既に席に着いていて、何やら熱心にスマホを操作していた。

 

「ああ、シューちゃんか。来たな」

 

 アキラは顔を上げると、すぐにまたスマホに目を落とした。そんなアキラの仕草を見ながら、俺は軽く溜息をつく。

 

「まーたそうやってスマホばっか見てよお。そんなに面白いもんでも見てんのか~?」

「ああ、面白いどころじゃないぞ。これは重要な情報なんだ」

 

 真剣な表情で答えるアキラ、その口調にはやけに力がこもっている。ここ最近、こういう会話から始まることが多くなった。

 

「へえ。でもよ、そんなに“ながらスマホ”に夢中になってると、目ぇ悪くなるし首も痛めちまうぞ。そういや、うちのナカノん家の娘がさ~……」

「いいかシューちゃん、聞いてくれ。これは大変なことなんだ……!」

 

 アキラの声が大きくなる。周りの客が振り向くのが見えた。

 

「おいおい、声でけえぞ。なんだよ、そんなに大事な話って」

「『奴ら』の陰謀さ!世界を操る秘密結社の存在が、ここに書かれているんだ!」

 

 ……ああ、また始まった。最近のアキラは、こういう話ばかりだ。アキラの目つきは真剣だ。俺には、親友がこんな風に熱くなる理由が分からない。

 

「はあ?秘密結社? なんだそりゃ。お前、また変なサイト見てんのか?」

「変なサイトじゃない!これは真実なんだ。政府や大企業、メディア、すべてが『奴ら』によって操られているんだぞ!……」

 

 俺の親友、アキヤマ=アキラは昔から頭がよかった。

 俺の地元じゃ誰もが認める優等生、スポーツも得意だったし、学校の成績だっていつも一番だった。高校を卒業してからは東京の名門大学に進学し、その後大手企業に就職、さらに独立して自分の会社を建てちまった。結婚して子供も授かり、誰もが羨むような人生を歩んでいたんだ。

 ……俺? ああ、俺は高校卒業してすぐに地元のスーパーへ就職したよ。今でもそこの鮮魚コーナーでサカナを捌いて、毎日へらへら暮らしてる。アキラみてえに頭良くねえからさ。

 そんな俺たちの人生が変わっちまったのは、『5年前のあの日』だった。あの日、誰も予想だにしなかった悲劇が起きた。

『大怪獣、東京に現る』

 ……まるでB級映画のタイトルみてえな話だったが、本当に起こっちまったんだから笑えねえ話だ。街に突如現れた大怪獣が街中を踏み躙り、火を吐きながらすべてを焼き尽くす。映画の中でしか見たことのないような光景が、現実となって街を破壊していった。

 

 

 そしてその日、アキラは家族と共に被災した。

 

 

 街は破壊され、多くの命が奪われた。アキラは建て替えたばかりの家も、順調だった仕事も、そして掛け替えのない女房と子供までも、何もかもすべてを失ってしまったんだ。

 ……あの日以来、アキラはすっかり変わっちまった。最初は悲しみに暮れてるんだと思ってた。俺なんかバカだからよ、数十年来の親友が苦しんでるのになんにもしてやれなかった。

 だけど、それがきっと良くなかったんだろうな。あるときから、アキラはこんなことを言い出すようになった。

 

「あの怪獣は人工的に作られたんだ」

「政府が隠蔽している」

「世界を操る秘密結社の仕業なんだ」

 

 ……俺には難しすぎて、まったく理解できない。でも、アキラの目の輝きは本物だった。

 

「だからさ、この前言ったように、実はこの世界を支配しているのは爬虫類人間なんだよ。彼らは人間の姿に化けて、政治や経済の中枢にいるんだ……」

 

 正直、アキラの言ってることの半分も分かんねえ。政府がどうのこうのって話は、ニュースでやってるのを何となく聞いたことあるくらいだ。

 

「へぇ〜、爬虫類人間かぁ。俺、カメ飼ってたことあるけどさぁ、あいつら頭良くねぇよな。世界なんか支配できねぇよ、絶対」

「いや、そうじゃなくて。本当の姿は爬虫類なんだけど、人間に化けているんだ。彼らは高度な知能を持っていて、人類を操っているんだよ。」

「へぇ〜、そりゃすげぇな。でもよ、人間に化けるんなら、なんで爬虫類なんだ? 猫とか犬とかの方が可愛いし、みんな騙されそうじゃねえか?」

「いや、そうじゃなくてだな……」

「おい、アキラよぉ~、そんな難しい話は俺にゃわかんねぇよお~」

「だから説明しているんだ、シューちゃん。いいか、この世界には……」

 

 ……あのさあ、と俺は言った。

 

「昔みてえにさ、もっと普通の話でもしねえか? 陰謀とかじゃなくてよ……」

 

 そう訊ねると、アキラは俺をじっと見つめた。その目には、かつての親友の面影はほとんど残っていなかった。

 

「普通って何だ? シューちゃん、お前には分からないのか? 世の中が普通じゃないんだよ。すべては『奴ら』によって仕組まれているんだ……」

「はあ……俺にゃわかんねえよ。そんな難しい話」

 

 俺は再び首を傾げた。

 ……本当は、アキラの言っていることが理解できないわけじゃない。世界のどこかには本当に『陰謀』みたいなのがあるのかもしれない。あるいはあのときの怪獣災害だって、それが引き起こしたのかもしれないよな。

 

 

 だけど、そんなの関係無い。

 そんな悪い奴らを仮に一匹残らずブッ殺してやったところで、アキラが亡くしたものが返ってくることなんか無いんだ。

 

 

 俺の親友がこんな風に変わってしまったのは、あの悲劇のせいだ。でも、それを陰謀のせいにしたところで何も変わらない。むしろ、そんな風に考えることで、アキラはますます現実から遠ざかっていってしまう。

 

「……まあいい。お前には分からないんだろうな」

「そうだな。俺にゃあ分かんねえよ」

 

 俺はわざとらしく頭をかきながら言った。本当は胸が痛んでいた。昔のアキラを取り戻したい。でも、どうすればいいのか分かんねえんだ、俺バカだからよ。

 

「……そういやアキラ、最近野球見てねえか?」

 

 俺は話題を変えようとした。

 

「野球? そんなことどうでもいいだろう。もっと大事なことが…」

「いいから聞けよ。昨日な、コトブキの奴と一緒に見てたんだ。で、ホームラン打った瞬間にさ……」

 

 俺は他愛もない話を始めた。アキラは最初こそ興味なさそうだったが、やがて少しずつ表情が和らいでいった。

 ……こうして、俺は今日もアキラの話を聞く。陰謀論やら秘密結社やら、アキラがどこかから仕入れてくる話は正直言って意味不明な話ばかり。エリア51だの爬虫類人間だの、俺にゃちんぷんかんぷんだ。

 でもな、そんなこと関係ねぇんだよ。アキラは、あの悲劇から逃げようとしているんだ。現実を直視するのが怖いんだ。

 

 

 ……なあ、アキラ。

 おまえがすべてを失ったのは陰謀のせいなんかじゃないんだ。

 だから陰謀なんかと戦おうとしなくていい。もう自分を責めなくていいんだよ。

 

 

 アキラは昔から頑張り屋でマジメだったから、何でも完璧にやろうとする奴だった。でも、世の中には、人間の力じゃどうしようもねぇこともある。それくらいのことが、なんでわからねえんだろう。

 だけど俺にはなにもしてやれない。『あの日』をなかったことになんかしてやれないし、可愛かったアキラの嫁さんや最愛の子供たちだって取り返してやれない。

 バカな俺に出来ることと言えば、ブッ壊れちまった親友の傍にいてやることだけだ。

 

「俺、バカだからわからねえけどよォ……」

 

 だから俺は、そう言いながら、俺はアキラの話を聞き続ける。そして、時々他愛もない話を挟む。少しでも、昔のアキラを取り戻せればいいと思って。

 ……いつかきっと、アキラは現実と向き合えるようになる。そのときまで、俺はアキラの側にいようと思う。たとえ、バカな俺にできることが少なくても。

 

「なあアキラ、腹減ったよな~。牛丼でも食おうぜ~」

「はあ?今、重要な話をしてるんだぞ!」

「まあまあ。腹が減っては戦はできねえってだろ?」

「……分かったよ。じゃあ食べよう」

 

 アキラは少し困惑した表情を浮かべながらも、立ち上がった。

 俺たちは安い牛丼屋に向かって歩き始めた。途中、アキラはまた陰謀論の話を始めた。俺は相変わらず理解できなかったけれど、アキラの話を聞く。理解できなくても、相づちを打つ。時々、俺なりの世間話を挟む。アキラが怒ったり、呆れたりするのは分かってる。

 でも、それでもいいんだ。なぜって? 簡単さ。

 

 だって、アキラは俺の親友だからな。




Twitterで見かけた話をベースに書きました。

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