「答えてください。あなたはノスフェクトですか? それとも……」
銃口を額に向けられながら投げ掛けられる問いに、ヴァーニィは答える事が出来なかった。否と答えるのは簡単だ。だがそれは己を偽る事になるし、何より彼女を相手に嘘をつこうと言う気にはなれなかった。今し方見た、死者を悼む姿は彼女の為人を示し、そんな女性に対し嘘を吐く事は憚られたのだ。
加えて言うなら、既に見抜かれているような気さえしていたと言うのもある。彼女は全てを理解した上で、確認の為に問い掛けているような気がした。
どう答えるべきか? 緊張のあまり唾を飲みながら沈黙を貫いていると、シルヴァの引き金に掛けた指に力が籠められる。これ以上の沈黙は許さないと言わんばかりに、引き金が数ミリ動いた…………その時である。
「動くなッ!」
「「ッ!?」」
それは遅れて現場に到着したδチームであった。スコープを先頭にδチームの隊員達はヴァーニィとシルヴァを取り囲むと、主にシルヴァに対して銃口を向け制止を呼び掛けた。
彼らは初めて見るシルヴァの姿に、驚きと困惑を隠せずにいた。
「あれは……仮面ライダーか?」
「おいおい、どう言う状況だよ?」
「隊長、どうしますか?」
そもそもヴァーニィに関しても、分かっている事が少ない為完全に味方と断言するのは難しかった。加えて明らかに敵対ないし警戒している新たな仮面ライダーの存在は、彼らの判断を迷わせるには十分な要素となる。
そんな中でδ5はシルヴァの姿を凝視した。彼が見ていると、ライトスコープに搭載された戦術コンピューターがシルヴァの外見を走査しその外見的特徴などを記録。同時にライブラリにアクセスし、これまでに確認された仮面ライダーその他類似する装備などとの関連性を調べていく。
その結果は『UNKNOWN』……これまでに確認されたライダーなどとの関連性は不明と言うものであった。ただ、その結果に並行してコンピューターはスコープと類似性を僅かながら感じたと言う結果を示した。
つまり詳しい事は分からないが、もしかするとスコープに近い何かであるかもしれないと言う事であった。それを見てδ5は驚愕に声を上げる。
「スコープ!?」
「δ0ッ!」
『詳しい事は分かりません。ただコンピューターはその正体不明のライダーにスコープとの関連性を感じています。技術的にスコープを参考にしている可能性も否めません』
後方の指揮車の中で、リリィが前線の隊員から送られてきた映像を元にシルヴァの正体を探ろうとしている。コンピューターの計算に並行して技研にも情報を送り、あちらの見解なども参考にしようと試みているが結果は芳しくない。外見上はスコープとの関連性はあまり見られないが、コンピューターがそう判断していると言う事は何らかの関りがあると言う事。
それが意味しているのは…………
「……ここまでですね」
自身を取り囲むδチームの様子を一瞥すると、シルヴァは徐にそう呟き銃口を下げた。そして腰を落とすと全身のバネを活かして大きく跳び上がり、近場の屋根に飛び乗るともう一度ヴァーニィとδチームに目を向けてからその場を離れていく。
遠ざかっていくシルヴァの姿にδチームは意識をそちらに持っていかれる。
「あ、待てッ!」
「追えッ!」
δチームからすれば正体不明でスコープと関連があるかもしれないシルヴァは余程見過ごせない相手なのか、ヴァーニィの事そっちのけで彼女の後を追っていった。その場に1人残されたヴァーニィは、どうするべきかと迷い一瞬は彼らと共にシルヴァを追おうかとも考えた。
だがそれは何時の間にか傍に来ていたジェーンにより引き留められる。
「は~い、京也君帰るわよ~」
「ッ! ジェーンさん?」
「気持ちは分かるけど~、今はまだ時期尚早よ~。彼らもまだ君の事を完全に信用してはいないしね~」
何よりδチームはヴァーニィが実質ノスフェクトと同類であると言う事を知らない。もし彼らがヴァーニィの事を詳しく知った時、敵と判断するかがまだ分からなかった。
「でも……あの人達は……」
それでもヴァーニィは彼らの事を信じたかった。危険を顧みずノスフェクトを始めとした脅威と対峙し、人々を守る彼らと協力関係が築ければそれはアルフの身を守る事にも繋がる。何よりも彼女の身の安全を確保したい彼からすれば、S.B.C.T.との協力関係は喉から手が出る程欲しいものであった。
そんな彼の内心を見抜いたように、ジェーンは彼の頭を軽く叩く様に撫で落ち着かせる。
「勘違いしないで~。今はまだってだけよ~。時期が来れば~、きっと仲良くできると思うから~」
つまりは暫く積極的に近付こうとしたりはせず、ノスフェクトから人々を守る事を優先させるべきと言う話である。急いては事を仕損じる、急がば回れと言う奴だ。
ジェーンの言葉にヴァーニィが頷くと、ジェーンは満足そうに頷いた。
「さ~、帰るわよ~。アルフちゃんも待ってるから~」
どうやらアルフはジェーンによって一足先に帰らされたらしい。きっと自分1人がさっさと帰る事に、彼女は大分渋った事だろう。今頃は自分の帰りを今か今かと待っているに違いない。
1人家でそわそわとしているアルフの姿を思い浮かべると、可愛らしくて仮面の下でクスリと笑みが浮かぶ。彼が笑ったのを肌で感じた様に、ジェーンは今一度彼を促す様に背中を優しく叩いた。
「さ~、行くわよ~」
「はい」
ヴァーニィは変身を解除すると、ジェーンと共にバイクに跨り走り出す。遠ざかっていくエンジン音に、S.B.C.T.は気付く事無く2人はアルフが待つ家へと帰りつくのだった。
***
一夜明けて、レックスは支部のサロンで缶コーヒー片手に物思いに耽っていた。考えているのはヴァーニィと対峙していた正体不明の仮面ライダー……シルヴァの事であった。
「ふぅ~……」
「な~に黄昏てるのよ」
物憂げに溜め息を吐いていると出し抜けに対面にリリィが同じく缶コーヒー片手に座って来た。見るとレックスのコーヒーはブラックだがリリィのは微糖だ。レックスに話し掛けながらリリィは缶コーヒーのプルタブを開けて、中身を口に流し込み小さく息を吐く。
「ふぅ……」
「リリィ……」
「当てて上げようか? 昨日のヴァーニィに銃向けてた仮面ライダーの事考えてたんでしょ?」
ズバリ悩みの種を言い当てられ、レックスは思わず苦笑する。彼が仮面ライダーと言う存在に並々ならぬ想いを抱いている事はδチームでは周知の事実。そんな彼が、対峙し合う仮面ライダーの事を考えない訳が無かった。
「あの仮面ライダーは何なんだろうって、な」
「まぁ、気になるわよね」
「お、何だ何だ? 何の話だ?」
レックスの悩みにリリィが同調していると、ロイと秀樹が揃って近付いて来た。2人も席についたのを見て、レックスは手にしたコーヒーを一口飲んで唇を湿らせると思いの丈を口にした。
「ほら、昨日ヴァーニィに銃向けてた仮面ライダー居ただろ? アイツ一体何なんだろうって思ってな」
「あ~、アレな」
「スコープの技術使われてるんだっけ?」
「可能性の話よ。コンピューターがそう判断したってだけ。確実とは言い切れないわ」
とは言え、誰も口には出さないが強ちあり得ないと言う事は考え辛かった。理由は大きく分けて二つある。
理由の一つは、そもそもスコープ関連の技術自体が元々は傘木社由来の技術であると言う事だ。S.B.C.T.は元々ファッジの性能試験の的として傘木 雄成の手引きにより結成された一面がある。それ故に一部の技術は傘木社から秘密裏に流された物もあり、特にスコープ関連の技術は大本を辿れば傘木社で生み出されていた。
それ故傘木社はスコープの基礎技術を有しており、嘗て海都を襲った深井 恭子などはその技術を用いて傘木社版スコープとも言うべきシーシェイブを作り出していた。先日の仮面ライダーも同様にスコープの技術を用いて生み出された可能性は十分ある。
もう一つは、悲しい事にスコープ関連の技術は何処かで流出している可能性が低くないと言う事だ。
言うまでもなくスコープとライトスコープは従来の兵器に比べてコンパクトでありながら強力であり、ライトスコープでも通常装備の兵士複数人分の能力を持っている。そんな技術が流出して何処かの国がライトスコープのコピーを作り出せば世界の軍事バランスが崩壊しかねない。
そう言う事情もあってS.B.C.T.では戦闘後の装備の管理・回収はかなり厳重に行っていた。特に負傷ないし死亡した隊員の装備の回収などにはかなり気を遣っている。殉職した隊員を丁重に扱う意味ももちろんあるが、死亡した隊員の装備を第三者に回収されて悪用される事を恐れての事であった。
しかしそれでも尚、戦闘により紛失する装備は後を絶たない。特に局地・僻地など人が活動するには適さない場所での戦闘では、物理的に装備の回収が不可能な場合が多々あったのだ。例えば谷底やクレバスに落下したりである。
実際最近も、インドネシアの洋上に出現した逸れのディーパーと戦闘した部隊が、隊員の死亡で装備共々海中に没してそのまま紛失してしまった事があったのをレックス達は思い出した。
装備には一応発信機を取り付けてはあるが、それも万全とは言い難く戦闘のダメージで装置が故障し行方が分からなくなることもザラであった。
こういった理由で紛失した装備を回収した第三者により、スコープやライトスコープのコピー品・技術利用した新たなライダーシステムの開発は十分にあり得る話なのだ。
「とは言え、だ。まだあの仮面ライダーが敵と決まった訳じゃないだろ?」
ロイは背凭れに体重を掛けながらあまり気負った様子もなくそう口にする。彼はシルヴァが銃を持っているのを見て、ここ最近銀の銃弾でノスフェクトを倒している仮面ライダーはシルヴァである事に気付いたのだ。ヴァーニィは明らかに銃を持っていない。消去法で先日倒されたノスフェクトらはシルヴァがやったのだと言う結論に辿り着いたのだ。
自分達と同じくノスフェクトと戦っているのであれば、共に轡を並べる事も出来るのではないか? そう宣うロイであったがレックスはそれに素直に頷く事は出来なかった。
「そうだと良いんだけどな……」
「どうした? 何か気になるのか?」
渋る様子のレックスに秀樹が首を傾げるが、彼はそれに対して明確な答えを口にする事はしなかった。少し口の中で呻き声を転がし、缶コーヒーに口を付け中身を一気に飲み干した。それは唇を湿らせて話し易くすると言うより、口の中まで出掛かった言葉をコーヒーで無理矢理押し込んだような飲み方であった。
***
優しい朝日が差す季桔市の一画に聳え立つ教会。由緒正しきカトリックの教会の礼拝堂には、静かな時間が流れていた。文明的な照明ではなく、ステンドグラスから差し込む朝日によりともすれば幻想的な光で照らされた礼拝堂。
その荘厳なステンドグラスの前で、カタリナは1人跪き両手を組み祈りを捧げていた。静かに祈りを捧げる彼女の姿は神秘的さすら感じさせ、話し掛けるどころか近付く事も憚られる。
彼女がこうして祈りを捧げているのは、今さっきの話ではない。まだ朝日すら昇らない、街が完全に寝ている時間からこうしていたのだ。
それもこれも全ては、昨夜彼女がトドメを刺す事となった人々の安らかな眠りを祈っての事。ゾンビもノスフェクトも関係なく、彼女は己が手に掛けた人々が神の元へと辿り着けることを祈り、神が彼らの魂に安寧と救いを与えてくれることを祈っていた。それが彼女に出来る唯一の事だったからである。
そうして静かに祈りを捧げていたカタリナだったが、彼女は気付いていなかった。自身の背後に音もなく忍びよる者が居る事に。
そろりそろりと近付いたその人物は、両手を広げるとカタリナを後ろから抱きしめる様に手を回し……祈る為に両腕で形を歪めたその豊満な乳房を下から持ち上げる様に揉みながら声を掛けた。
「おはよ~、カタリナ! 久し振りねぇ?」
「…………ルクスさん」
カタリナに背後から抱き着いて来たのは、彼女と同じくシスター服に身を包んだ一人の女性であった。少年の様な笑みを浮かべ、カタリナに比べれば貧相な胸元の女性……ルクス・ヴァレンタインはカタリナが明らかに迷惑そうな声を上げているにも拘らず、全く気にした様子もなく彼女の巨乳を堪能する様に揉みしだいた。
「むむ~、相変わらず立派なモノを持ってるわねアンタ。寧ろ向こうに居た頃よりさらに育ってない?」
「ルクスさん……」
「くそぉ、私とアンタで何がこんなに違うってのよ。羨ましいにも程があるわよ此畜生」
「ルクスさん」
「あ~、ちょっとはこっちに分けて欲しいけど、でもこのボリュームが失われるのは惜しいのよね~。これで聖職者って言うんだから、神は不公平だわホント……」
ルクスを窘める様にカタリナが頻りに話し掛けるも、彼女は全く意にも介さず好き放題カタリナの胸を揉みその感触を楽しんでいた。次第にカタリナの声にも力が籠っていき、それでも尚離れる様子の無いルクスに痺れを切らしたカタリナは顔を上げると組んでいた手を解き片手をルクスの額の前へと持っていき、そこに鋭いデコピンをお見舞いした。カタリナの白魚の様な指がルクスの額を捉えた瞬間、礼拝堂の中にはバチンというデコピンにしては明らかにおかしな音が響いた。その一撃にルクスは悶絶しながらひっくり返った。
「あイターッ!?」
ひっくり返って悶える彼女の姿を、カタリナが振り返って見下ろし溜め息を吐いた。
ルクスはカタリナの同期であり、彼女がまだバチカンに居た頃は共に研鑽を積んだ中であった。尤もカタリナに対してルクスは不良的な評価が目立つ方であり、他の神父やシスターからは白い目で見られる事も少なくなかったが。
だがそれを覆すほどにルクスもまたカタリナ同様、修道騎士として優秀であった。修道騎士とは神父・シスターとして修業を重ねながら異形や異教徒を討つべく訓練を積んだ騎士の事。シスターとしては大いに問題のあるルクスであったが、事戦闘力に関して言えばカタリナに引けを取らないものを持っていたのだ。
だがそれよりも何よりも、カタリナにとってルクスは掛け替えのない友人でもあった。淑やかで静謐なカタリナと奔放なルクスでは水と油な気がしなくもないが、不思議と2人は馬が合いこうしてじゃれ合う事も少なくなかったのだ。
だから2人にとってはこれも単なるスキンシップの一つ。カタリナも多少迷惑に感じなくはないが、それとは別に懐かしさと友との触れ合いに気安さと心地良さを感じ、祈りを捧げている間に自身の中で感じていた堅苦しさが無くなっているのに気付いていた。
「全く……お久し振りです、ルクスさん。こちらにはさっき?」
「いつつ……ん? あ~、そうそう。さっき朝一にね」
溜め息一つで先程のセクハラを許したカタリナが穏やかに話し掛けると、ルクスも赤くなった額を擦りながら立ち上がり笑みを浮かべる。そしてそのまま立ち上がると、今度は正面から優しく抱擁した。
「改めて久し振り。カタリナが1人でこっちに行っちゃったって聞いた時は色々と心配してたけど、元気そうで何よりだわ」
「ご心配をお掛けした様で、申し訳ないです。でも大丈夫です、私はこうして変わりなく過ごしていますから」
友との抱擁にカタリナの顔にも穏やかな笑みが浮かぶ。一方のルクスの顔には、最初の内こそ親愛の笑みが浮かんでいたが、それも次第にだらけたものへと変わっていった。原因は言うまでもなく、彼女の薄い胸に押し付けられたカタリナの豊満な乳房の感触によるものである。
「うひひ……ホント、アンタってば大したもの持ってるわよね。こっち来て少しはいいモノ食べた?」
「もう一発喰らいたいですか?」
「おっとと!」
声は穏やかだが、放たれる圧に危険を察して慌てて離れるルクス。カタリナは離れた彼女に仕方ないと言うような溜め息を吐き、ルクスは悪戯が成功した子供の様な笑みを浮かべると彼女の手を引いて礼拝堂から連れ出そうとした。
「さ、折角だから久し振りに一緒にご飯食べよッ!」
「あ、ちょっと待ってください。まだもう少し……」
「今何時だと思ってるの。もう他の連中はとっくに食堂集まってるわよ」
カタリナの手を引いてルクスが向かったのは、教会と孤児院の共同食堂……ではなかった。向かった先にあるのは何もない部屋。ルクスはそこにカタリナと共に入ると、壁の一部を慣れた手つきで押し込んだ。するとその部分が引っ込み、スライドして教会と言う場には似つかわしくないテンキーが現れた。
この教会、外見は立派なカトリックの教会でしかないがその地下には秘密裏に作られたカトリック修道騎士団の施設が作られていた。修道騎士団とはカトリック教会により組織された異教徒・異形に対処する組織であり、日夜主に異形を倒す為の装備の研究と戦闘員である修道騎士の訓練が行われていた。
ルクスはそのテンキーを操作しようとしたが、そこでカタリナは待ったを掛けた。
「あ、待ってください。食事は子供達と一緒に取らないと……」
「え~? ん~、まぁいっか」
カタリナが修道騎士と並行して孤児院の子供達の世話もしている事を思い出したルクスは、少し考えてから自分もそちらで食事する事を選んだ。暫くこちらに滞在する以上、子供達と触れ合う機会は増える。ならば、自分もそちらに向かう事は十分意義のある事であった。
食堂へ向かう道すがら、カタリナは孤児院の子供達の部屋へと向かい子供達を優しく起こす。そして子供達と共に食堂に入ると、別のシスターが用意した食事を席についた子供達に配っていった。ルクスは甲斐甲斐しく子供達の世話を見るカタリナの様子に相変わらずと笑みを浮かべ、自身も挨拶を兼ねて食事の準備をした。
「は~い、今日もいっぱい食べなさいね~」
「あれ? シスター、この人だれ?」
「私のお友達のルクスさんです。今日から皆さんと一緒にここで暮らす事になりました」
「ルクスよ、よろしくね」
「「「は~い!」」」
無邪気な子供達は突然現れたルクスに少しも警戒した様子もなく元気に挨拶してくる。日々修道騎士として血生臭い事にすら手を染めているルクスは純粋な子供達の姿に何だか癒されるものを感じながら、自分の分の食事も受け取りカタリナの隣へと座った。
その際ルクスは隣に座るカタリナの手元にあるトレーの上を見て、そこに乗る献立に堪らず顔を引き攣らせた。
「あ、アンタ……相変わらずそれ?」
カタリナのトレーの上に乗っているのは、やや小さめのパンと水の入ったコップ、そして豆のスープが入った器だけであった。スープの具は豆と僅かな葉野菜の切れ端のみであり、肉の類は一切存在しない。
因みにルクスを始めとした子供達を含める他の者達の朝食は、トーストにハムエッグ、コーンポタージュにサラダなど見るからに食欲をそそる内容だ。それと比べればカタリナの食事はあまりにも質素に過ぎた。しかしカタリナ本人はそれに対して微塵も不満を抱いた様子が無く、それどころか当たり前の様に食事の前の祈りを捧げながらルクスに答えた。
「私に贅沢は許されません。未だ修行中の身、これで私は十分です」
そうは言うが、見るからに質素な食事で腹が膨れるとは思えない。普通のシスターであってもこんな食事では昼まで持たないだろう。カタリナはこれに加えて修道騎士として訓練と戦いもあるのだ。消費カロリーに対して明らかに摂取カロリーが足りていない。
だと言うのに、カタリナの胸はそんな食事内容に反する様に豊満で今もシスター服を下から押し上げている。その姿にルクスは改めて己の胸元と彼女の胸元を見比べて天と地ほども差がある大きさに納得いかない顔をしていた。
「ぐぬぬ~、ホントなんでアンタそんな立派なモノ持ってるのよ? その栄養何処から持ってきてんの?」
世の理不尽さを呪いながらカタリナの胸を凝視するルクス。そんな彼女に1人の男の子が話し掛けた。
「ねぇねぇ、
無邪気な、だがそれ故にナイフのように鋭い言葉がルクスの胸を刺し貫く。物理的にグサリと音が聞こえたような錯覚に陥りながら、ルクスは錆び付いたブリキの様にギギギッ……と首を男の子の方に向け理性を総動員して笑顔を顔に張り付ける。
それでも口元は引き攣り、必要以上に力の入った頬には血管が浮かぶのを耐える事は出来なかったが。
「あ……あのね、坊や? 私、女だから。カタリナと同じ女だからシスターやってるの、分かる?」
副音声で『分かれッ!』と言う言葉が聞こえたような気がしたが、男の子はそれに気付く様子もなく尚容赦のない言葉を口にした。
「え~? だってお兄さん、おっぱい無いじゃん?」
「ガフッ!?」
ルクスは今度こそ崩れ落ちてテーブルに突っ伏した。確かにルクスはどちらかと言うと中性的な顔立ちであり、子供の頃は男の子に間違われた事もある。元々ヤンチャな性格だった事もあり、ズボンを穿いて男の子供達に交じって遊んだ事もある。だがこうして大人に成長して、何だかんだで少しは女らしくなったと言う自覚はあった。
だが自覚は自覚であり、他者からの評価は明確である。特に子供は残酷だ、目に見えて分かる印象をそのまま口にする。彼はルクスは胸が薄くて男にしか見えないと言っているのだ。
その事実にルクスは怒りよりも悲しみを覚え、突っ伏した状態でさめざめと涙を流した。
「わ、私だって……私だって脱げば少しは……!」
悲しみに暮れる友の姿を不憫に思ったのか、カタリナがルクスの事を男扱いした男の子を叱り付けた。
「こらっ! そんな事を行ってはルクスさんに失礼だし可哀想ですよ。ルクスさんは立派な女性です。それは私が保証します」
「そうなの~?」
「そうなんです。男の子だって身長が高い子も低い子もいるでしょう? それと同じです」
「おっぱいの大きさも?」
「大きさも、です。さ、ルクスさんに謝りなさい」
「は~い。ゴメンナサイ、シスタールクスさん」
正直、カタリナの言葉は半分火に油であった。質素な食事しか摂っていないにも関わらず巨乳の彼女が胸の大きさを云々してもそれは自慢にしか聞こえない。彼女の話を聞いて、ルクスは衝動的に飛び起きて彼女の巨乳をこれでもかと揉みしだきたくて堪らなかった。
だが子供達の前と言う状況が理性を働かせた。流石にこんな子供達の前で下手な事は出来ない。それに男の子の純粋な謝罪に、ルクスの怒りも幾分か収まった。男の子が自分の非を認めて謝ったのに、大人である自分が感情に任せて動くなど許されないだろう。
ルクスは青筋を額に浮かべたまま起き上がると、咳払いを一つして自分の胸を侮辱した男の子の頭を撫でた。
「分かればいいのよ、分かればね。良い事? 今後私みたいに胸の小さい女を見ても、今みたいに馬鹿にしちゃ駄目だからね?」
「は~い!」
男の子の返事に溜飲を下げ、ルクスは溜め息をトーストで押し込み水で流し込む。その様子にカタリナもニコリと笑みを浮かべると止めていた食事を再開した。硬く小さめのパンを千切って口に運び、味の薄い豆のスープをスプーンで掬い口に流し込む。
彼女の食事風景に、ルクスは毎度の事だが彼女の事が心配になった。人一倍頑張るのに、口にするのはこればかり。修道騎士はS.B.C.T.等と違い表立った組織ではないが、それでも国からちゃんと給金が支払われる。特にカタリナ達の様な上級修道騎士ともなれば給金もかなりの額となる為、それなりの贅沢も出来る筈なのだ。
しかし……
「アンタ未だに給金を孤児院の運営に充ててるの?」
「全てではありませんよ? ちゃんと貯蓄もしてます」
そうは言うが、ルクスは知っている。カタリナが貯蓄するのは将来孤児院や何処かの誰かが困った時に使えるようにする為であり、自分の為に使う気は微塵もないと言う事を。事実、カタリナの私物は驚くほど少なかった。ルクスが知る限りのカタリナのままであるのなら、彼女の部屋にある私物と言えばロザリオと聖書など位で趣味と呼べるものも何もない筈だ。
ストイックにも程がある友の姿に、何時か突然ぶっ倒れるのではないかとルクスが心配するのも無理からぬことであった。
「アンタのやり方をどうこう言うつもりはないけどさ? 無理だけはしないでよ。私もそうだし、ここの子供達もアンタの事大好きで心配してるんだから」
心からのルクスの言葉に対し、カタリナは朝日の様な笑みを浮かべるだけでそれ以上何かを語る事はしなかった。その笑みの裏に、ルクスは蝋燭の灯のような儚い何かを感じたが、それに対して彼女は言うべき言葉を見つける事が出来ず溜め息を吐くしか出来ないのだった。
と言う訳で第9話でした。
S.B.C.T.は一応装備の管理は結構厳重にしています。悪用されるととんでもない事になるので。とは言え死亡率もそれなりに高い上に、人が容易に立ち寄らない場所にも向かう為紛失率も決して低いとは言い難いのが悩みの種だったりしますが。
カタリナに次ぐシスターキャラであるルクスですが、彼女は私が手掛けるシリーズの中でも珍しく胸が小さいキャラです。匂わせたり明確な表現はまだしてませんが、本作では他にも実里やユーリエが胸が薄い女性キャラとなっています。
ものすっごく貧相なカタリナの食事ですが、彼女は場合によってはその質素な食事すら抜きます。祈りの時間に費やしたり、お腹を空かせた子供を優先させたりです。なのに胸は大きいと言う不思議。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。