日も少し高くなり、街が日の光で照らされ温められている中、京也は登校の為歩を進めていた。歩きながら、彼は先日の夜の戦いの事を思い出す。突如姿を現し、最初は自分と共に戦ってくれたがそれが終われば今度は自分に銃口を向けてきた女性と思しき仮面ライダー……仮面ライダーシルヴァ。
ジェーンの話では、あのライダーは遠く離れた地バチカンから派遣された教会の仮面ライダーなのだろうと言う事。そして教会に属する非公開の組織・修道騎士団は人間以外の異形の一切の存在を許さないのだとか。それはつまり、ノスフェクトであるアルフの存在も見逃しては貰えないと言う事を意味していた。
意識せず、京也は拳を握り締めていた。人間でないからなどと、そんな理由でアルフを傷付けさせるわけにはいかない。彼女は絶対に守ってみせる。
そんな決意を新たにする彼の背後から、息を殺して1人の少女が近付いていく。少女は足音を立てない様に気を付けつつ京也に背後から近付き、充分に手が届く距離にまで近付くと…………
「おっはよーッ! 紅月君ッ!」
「を゛ッ!?」
周囲に響くのではと言う程の大きな声を上げながら、揚羽が京也の背中を叩きながら挨拶をした。叩く力自体はそんなに強いものではなく、軽く衝撃を受ける程度のものであった。だが全く関係のない事を考え、そちらに意識が集中している中で大きな声で話し掛けられたら堪ったものではない。京也は心臓が口から飛び出るのではと言う程大口を開けて驚き、早鐘を打つ心臓を押さえる様に胸元に手を当てながら背後を振り返った。
「い、磯部さんッ!」
「おはよ~、紅月君! ねぇねぇ、今日はあの女の子一緒じゃないの?」
若干の非難を交えながら揚羽の名を呼ぶ京也だったが、揚羽はそれを気にした様子もなく振り返った彼に改めて挨拶をすると軽く周囲を見渡してアルフの姿が無い事に首を傾げた。どう見てもアルフは自分達と同じ年代の少女であるにも関わらず、今まで揚羽は彼女の顔を見た事が無い。誰とでも分け隔てなく接する揚羽は当然顔が広く、そんな自分が知らない少女と京也が親しそうにしていたのが気になって仕方ないのだ。
不思議そうに京也の顔を見る揚羽に、京也はどう答えるべきかと悩んだ。アルフは事情が事情な為、学校に通わせる訳にはいかない。上級ノスフェクトであるが故に光を嫌い、時に血を求めてしまう彼女が、不特定多数の少年少女が居合わせる日中の学校に行けば何が起こるかなど予想も出来ない。何より京也に対し依存的な感情を向けるアルフの事だ、学校でも彼にベッタリになるに決まっている。そうなれば、揚羽を始め多くの生徒達から注目と話題になってしまう。
それになにより、アルフは高校に通う女子の誰をも上回る美少女だ。上級ノスフェクト故の文字通り人間離れした可愛さと美しさを持つ彼女を、他の男子生徒の目に晒すなど京也自身が認めなかった。
「えっと~……あ、アルフはね……」
「あっ! そうそう、アルフって言ってたねッ! ねぇねぇ、紅月君とアルフちゃんってどこで知り合ったの?」
どうやって揚羽を納得させるかを考えながら宥めようとする京也だったが、彼が口にしたアルフの名前に揚羽はますます興奮した様子で詰め寄った。その勢いに京也もたじたじとなり、手を胸の前に上げながらゆっくりと後退る。
そのまま壁際まで追い詰められてしまうかと思われたが、興奮する揚羽を後ろから実里が後頭部を引っ叩いた事で強制的に落ち着かせた。
「はい、そこまで。紅月君困ってるでしょうが」
「あイタッ!? あぅ~、みのりん今日は一段と一撃が重くない?」
「重くない。それより、揚羽は少し他人のプライベートに踏み込み過ぎ。少し落ち着いて」
揚羽からの抗議を軽く受け流し、実里は冷めた目を揚羽に向けた。別に強く責めている訳ではないが、窘める意味も込めてそんな目を向ければ流石の揚羽も黙らざるを得なかった。
正直な話をすると、実里だってアルフの事は気になった。今までに見た事のない美少女が、学校であまり目立たない方の京也とこれでもかと親しそうにしていたのだ。アルフの為人は勿論、2人の馴れ初めや普段何をしているのかなど気になる事は沢山あった。実里だって今時の女子高生なのだ、他人の色恋や人間関係には興味がある。
だが同時に他人の迷惑を弁えられるだけの分別と理性はあった。京也の後ろに隠れたアルフの様子から、彼女が京也以外の他人と接するのを苦手としているのだろう事は予想出来た。学校で彼女の姿を見た事が無い事を考えると、彼女は他校の生徒かつい最近ここに来たのだろう。恐らくだが何か事情があるのだ、それも複雑な事情が。
そんな予想から、実里は必要以上にアルフの事に関して京也に問い詰めるつもりはなかった。
「ほら、急がないと遅刻しちゃうからさ」
「は~い。それじゃあ紅月君、学校でね!」
実里に手を引かれるように揚羽は京也から離れていった。足早に離れていく2人の後ろ姿を見送り、京也は揚羽から解放された事にホッと胸を撫で下ろした。
「ほっ……おっと、僕も急がないと」
揚羽たちの後ろ姿が大分小さくなってから、京也も急いで歩き始める。
彼らがその場を去った直後、直ぐ傍にある路地からカミラがこっそりと顔を覗かせた。路地から少し顔を出して京也と、その前を行く揚羽と実里の事をよく観察しようとするが、差してくる朝日に顔を顰めて路地へと引っ込んだ。彼女もまた上級ノスフェクト、致命傷になる訳ではないが太陽の光を苦手としている。死にはしないが、積極的に当たりに行きたいものではない。
忌々しい太陽の光に呻き声を上げながらも、京也たちへの関心を抑える事は出来ないのか手を上げて日影を作りながら再び路地から顔を出した。
「あれがヴァーニィ……邪魔が入ったとは言えヴォーダンが仕留め損ねた者。確かに邪魔ではあるけれど、あまり大した事はなさそうに見えるわね」
実際ヴォーダン自身も、邪魔さえ入らなければ仕留める事が出来ていたと豪語していた。感じられる気配から、あまり強そうには感じられない。恐らくその言葉は事実なのだろう。状況さえ整えば、ヴォーダンは確実に京也を始末できると確信できる。
だが暫く彼は京也にあまり興味を示さないだろう。今彼は自分に辛酸を舐めさせた教会の仮面ライダーであるシルヴァこと、カタリナに対して並々ならぬ感情を向けている。自身に屈辱を味合わせた彼女を組み伏せたくて仕方ないのだ。
一度狙いを定めたら、あの男はしつこく追い続ける。ヴァーニィへの対応も疎かになるだろう。となると、自分で何とかするしかない。
「全く……」
溜め息を吐くカミラだったが、存外悪くはないと考えていた。京也には興味があったし、彼を利用すればアルフが手に入る。ヴラドはアルフの身を所望だ。彼女を自身が捕らえる事が出来れば、彼へのアピールにもなる。
その一方で、カミラは揚羽と実里に対しても関心を向けていた。あの2人のどちらかが妙に惹かれる。それは恐らくあの2人のどちらかの血が、カミラの体にマッチしているからだ。上級のノスフェクトは相性の良い血を飲む事でより強力なクロスブラッドの生成が出来るし、自身を強化する事も出来る。カミラは本能であの2人の片方が自身に必要な存在である事を理解しているのだ。
その為には手駒が必要だ。この日の光の下でも動ける、低級だが使える配下が。
周囲を見渡すカミラの視界に、あるモノが映った。朝日の温かさに微睡む野良猫の姿だ。それを見てカミラは小さく舌なめずりをすると、軽く身を屈めて一気に野良猫へ向けて駆けだした。太陽の光が全身を照らす感覚に顔を顰めながらも路地から飛び出し一直線に野良猫へと近付くと、野良猫が反応する前にその小さな体を鷲掴みにしてそのまま別の路地へと飛び込んだ。
「フギャーッ!?」
突然掴まれて路地へと引き摺り込まれた事に驚きと怒り、そして恐怖で野良猫がけたたましい悲鳴を上げる。カミラは手の中で暴れる野良猫を押さえ付けると、口を開いて涎の滴る鋭い牙を野良猫の体に突き刺した。
「ニ゛ャ゛ーッ!?」
牙が体に突き立てられた激痛に野良猫が悲鳴を上げる。だが悲鳴を上げたのは数秒で、直ぐに野良猫は目が虚ろになり暴れるのを止めてただカミラに血を吸われるのを大人しく受け入れていた。
野良猫は人間に比べて体が小さいからか、あっと言う間に萎んでいきカラカラのミイラとなった。血を吸い尽したカミラは、野良猫の死骸をゴミを扱う様に捨て口の端から滴る血を親指で拭い舌で舐め取る。
「ふぅ……ん゛ッ、グポッ!」
一息ついた直後、カミラの口から茶色いクロスブラッドが飛び出した。今吸血した野良猫の血から生成されたものだ。そのクロスブラッドには、猫の遺伝子情報がインプットされている。
後はこれを適当な人間に突き刺せば、その人間をキャットノスフェクトに変異させる事が出来る。
生憎と……或いは幸運な事に周囲には適当な人間の姿は無い。カミラは小さく溜め息を吐くと、生成したクロスブラッドを胸の谷間に押し込み路地の影の中に姿を消した。
カミラが姿を消した後、その場にはカラカラに乾いて死んだ野良猫の死骸だけが残されていたのだった。
***
一方S.B.C.T.の九州支部では、朝も早くからリリィがノートパソコンを使ってこれまでの戦闘で得られた情報の整理などを行っていた。
特に重要なのは、ノスフェクトと言う新たに現れた生物兵器に関する情報を組織のメインコンピューターに送信する事だ。こうする事で世界中のS.B.C.T.のライダー部隊がノスフェクトの情報を共有できる。もしここから遠く離れた地であっても、即座にノスフェクトへの対策が立てられるようになる。
真剣な表情でノートパソコンの画面と向き合っていたリリィだったが、その彼女に背後から近付く者が居た。その人物は回り込む様に隣に向かうと、横から彼女の顔を覗き込んだ。
「精が出ますね?」
「のわっ!?」
いきなり横から覗き込まれて驚きのあまり椅子の上で飛び跳ねるリリィだったが、それが見知った相手である事にすぐ気付くと安堵の表情を見せた。
「あぁ、何だアイリスか。もぅ、驚かさないでよ」
「ウフフッ、ごめんなさいね? あんまりにもリリィが気張ってるみたいだったから、ちょ~っと肩の力を抜いてもらおうと思って」
そう言ってコロコロと笑うのは、リリィと同じくS.B.C.T.のオペレーターの制服に身を包んだ褐色の肌に黒髪、眼鏡の女性だ。彼女の名はアイリス・ワリア、εチームのオペレーターである。
彼女がここに居ると言う事は、εチームもやっと到着したと言う事。これで少しは余裕が出来ると、リリィは作業を止めて背凭れに体重をかけ椅子の上で背伸びする。両手を組んで体を伸ばせば、制服の胸元が豊満な胸に内側から押されてその大きさを主張し、凝り固まっていた背骨がポキポキと鳴る。
アイリスはそんな彼女の姿をニコニコと眺めながら自分も彼女の隣に腰掛け、持参したノートパソコンを開いた。
「しかし、今回もまた傘木社案件ですか」
「そうね~。まぁそれだけ連中は根深いって事でしょ」
「実は私、今回の相手が吸血鬼かもしれないって聞いてワクワクしてたんですよ」
「ワクワク? 何で?」
聞きようによっては不謹慎と捉えられるかもしれないが、彼女がふざけてこういうことを言うタイプではない事はリリィも良く知っている為純粋に疑問に思って聞き返した。するとアイリスは目を輝かせながら力説する様に詰め寄った。
「だって吸血鬼ですよ吸血鬼! ファンタジーの存在が現実に居るとしたら、他にもUMAとか色々と現実に居るかもしれないって事じゃないですか!」
「あぁ、そう言う事ね」
この時代になるともうUMAに関してはその大半が何らかの見間違いなどで説明され存在が否定されている。そんな中で吸血鬼が出たとなれば、それは幻想の彼方に消えた存在が再び表舞台に姿を現した事を意味する。確かにその手の話が好きな者にとっては興味を引かれずにはいられないだろう。
だがそれはそれとして、現実に吸血鬼……ノスフェクトにより被害を受けた者は多数存在する。最早両手でも足りない人数の被害者が居る以上、吸血鬼だ何だと騒ぐのは特異生物に立ち向かうS.B.C.T.の隊員として相応しくない。
そう言った意味も込めてリリィはアイリスを軽く注意した。
「気持ちは分からなくもないけど、仕事は真面目にやりなさいよ? 実際ιチームはノスフェクトに全滅させられてるんだから」
「分かってますよ、勿論」
変わらずニコニコとしながらアイリスはリリィの隣でノートパソコンを操作し、これまでのδチームの活動で得られた情報を整理していく。
暫くは2人揃ってノートパソコンのキーボードを黙々と叩くだけであったが、程なくしてアイリスが再び口を開いた。
「そう言えば、また新しい仮面ライダーが出たんですって?」
「ん? あぁ、ヴァーニィの事ね。最初に見たのはこの間の海都襲撃の時だけど、探ってくとどうもそれより前からちょくちょく確認されてたみたいね」
ノスフェクト案件に携わるようになり、ヴァーニィとも本格的に共闘が予想されるようになった時点でリリィはヴァーニィに関する情報を様々な方面から収集しようとした。すると驚いた事に、彼女達が季桔市に入るよりも前からヴァーニィはこの近辺で活動していた事が明らかとなった。情報はいずれも目撃情報程度で、襲われた所を助けられたと言うものもあれば遠目にヴァーニィが移動する姿をチラリと見たと言う程度のものもあった。
確認されている情報が少ないのは、それまではノスフェクトの活動自体も少なかったからに他ならない。ここ最近になって急激にノスフェクトの活動が活発になった、その理由に傘木社残党が関わっている可能性が高いと言うのはδチームの隊長である敦の見解である。
そんな事を話していると、ふとアイリスがある事に気付いた。
「そう言えば、このヴァーニィの戦い方見てて思ったんですけど……」
「今度は何?」
アイリスは一見ポヤポヤしているように見えて、その実物事を細かいところまで見ている。彼女が何に気付いたのか気になったリリィが手を止めてそちらを見ると、アイリスは自分のノートパソコンを見せながら話した。
「見た限りですけど、ヴァーニィって血を武器にして戦ってるように見えません?」
そう言って彼女が見せたノートパソコンの画面には、ヴァーニィが両手にコートを液状に変化させて纏い巨椀を形成する姿やノスフェクトに食らい付いて吸血する姿が映し出されている。その戦い方はこれまでに確認された仮面ライダーと比べてもかなり生物的で異質であり、何より吸血して戦うと言うところがノスフェクトと同じものを感じさせた。
それはつまりヴァーニィとノスフェクトな根っこの部分、若しくは存在そのものが同質のそれと言う事を連想させ、それを考えるとヴァーニィもノスフェクト同様活動には血液を必要としている事を想像するのはそう難しい事ではなかった。実際、一度ヴァーニィは接触を図ったレックスに対し攻撃的な目を向けた様子もある。それらの事から彼もまた戦闘などで血液を必要とし、それが欠乏すると本人の意思に関係なく求めてしまうと言う可能性も考えられた。
つまり、ノスフェクトとヴァーニィは本質的には同等の存在であるとも言えた。アイリスはそれを言外に指摘しているのだ。
その意見に対し、リリィは小さく息を吐きながら自分の考えを口にした。
「ま、そう言う事もあるんじゃない? 過去の仮面ライダー達も、力の源に怪人と同じものを使ってた訳だし」
デイナも、テテュスも、コガラシも、それぞれの力の根源にはファッジやディーパー、クセジと同じ力を使っていた。それを考えると、現状ノスフェクトに対して最も有効な攻撃が出来ているヴァーニィが本質的には同じ力を使っていたとしても不思議ではない。
そんな事を話していると、突如周囲に警報が響き渡る。一度顔を上げた2人が即座に手元のノートパソコンを見やると、そこには今起きている出来事が表示されていた。
「ノスフェクト出現! アイリス、アンタんとこの部隊は?」
「すみません、こっちは本隊到着まであと少し掛ります」
「急な派遣だったから仕方ないか。まぁいいわ、行くわよ」
「はい!」
アイリスがこの場に居るのは、εチームの本体受け入れの為の準備の為でもあるが、騒動が起こったのなら話は別。何よりチームの支援の為、今後彼女の部隊が戦う事になる敵の姿をその目で見ておくことは重要であった。
それから程無くして、リリィとアイリスの2人を乗せたδチームの指揮車はノスフェクト出現現場に向けて急行したのであった。
***
カミラにより生み出されたキャットノスフェクトが出現したのは、季桔高校から少し離れた場所であった。ヴァーニィを、アルフを誘き出し、揚羽と実里の2人を手に掛ける為の囮の意味を込めて、カミラは目に付いた適当な人をキャットノスフェクトに変異させて暴れさせた。
「ギシャァァァァッ!」
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
突如姿を現したキャットノスフェクトに次々と人が襲われ、食らい付かれて血を吸われる。そうして血を吸われて殺された人は、倒れてから暫くしてゆっくりと立ち上がり幽鬼のような動きで近くに居る人に襲い掛かった。
「ヒッ!? ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
ノスフェクトを始点として、ゾンビが生まれて更にゾンビを増やしていく。死が死を呼ぶと言う言葉がふさわしい地獄絵図のような光景に、辛うじて被害を免れた人はこの世の終わりを思い浮かべた。
「あ、あぁぁ……助けて、助けて……!?」
逃げ遅れた女性が、道の端で腰が抜けたのか座り込んだまま動けずにいる。言う事を聞かない下半身に代わって腕を使って逃げようとするも、その腕も恐怖に動きがもたつき役に立たない。
そんな逃げ遅れた獲物を見逃すノスフェクトではない。キャットノスフェクトは目に付いた逃げ遅れた女性に狙いを定めて、口から血と涎を滴らせながら近付いていく。
「いや……いやいやいやっ!? お願い、助けて……!? 見逃してぇ……!?」
「カァァァッ!」
「いやぁぁぁぁぁっ!?」
女性の懇願も無視して飛び掛かるキャットノスフェクト。その牙が女性の首筋に突き立てられ、女性の命を吸い取ろうとした。
その時、躍りかかる様にヴァーニィがキャットノスフェクトに飛び蹴りをお見舞いした。
「たぁっ!」
「グガッ!?」
女性の窮地を救ったヴァーニィは、腰が抜けた女性を無理矢理立たせてその場から逃がした。
「さ、逃げてッ!」
「は、はいぃ……!」
訳が分からないながらも自分が助かった事は分かるのか、女性は感謝もそこそこに逃げていく。残されたヴァーニィは、両腕にコートを変異させた手甲を装着して爪を構えながらキャットノスフェクトと奴が生み出したゾンビと対峙する。
(コイツ等……明らかに前より能力が多彩になってる。前はゾンビなんて居なかったのに……)
彼がヴァーニィとして戦うようになってから数年。前は今ほど戦う頻度も高くはなかったが、それでも何体ものノスフェクトと戦う機会には恵まれた。だがそれらの戦いの中で、ノスフェクトがゾンビを生み出した事は無かった。
それらを考えると、やはりノスフェクト側で何らかの変化が起こった事が伺えた。能力が変化するような何かだ。それが何なのか気になるヴァーニィではあったが、生憎とそれに関して長々と考えているような余裕はない。
キャットノスフェクトとゾンビ達が一斉にヴァーニィに襲い掛かった。
「キシャァァァッ!」
「あ゛~……」
「う゛~……」
「くっ!」
正直な話、ノスフェクトならともかくゾンビの相手はどうにも気が進まない。ノスフェクトも元は人間ではあるが、姿形が完全に異形と化している事が逆に幸いして戦いやすい。だがゾンビは違った。あちらは血の気も失せて完全に死んでいる事が分かるがそれでも尚人としての形を保っている。そんなゾンビに向けて爪を振り下ろせば、切り裂かれたゾンビが残された血を噴きながら崩れ落ちた。
その光景はヴァーニィが人を殺したように錯覚させ、その罪悪感がどうしても彼の動きを鈍らせていた。
それでもゾンビは言う程厄介な相手ではなかった。ノスフェクトほど頑丈ではなく、再生もしないゾンビであれば腕の一振りで体が引き千切られ倒れて動かなくなる。問題となるのは視覚的効果とその数であった。
無数のゾンビにヴァーニィが取り囲まれる。キャットノスフェクトはその隙にヴァーニィの周囲を探し、隠れ潜んでいるアルフの姿を見つけた。
「シャァァ……!」
「あッ!」
ノスフェクトと目が合った事にアルフが危険を察した次の瞬間、キャットノスフェクトは彼女が隠れている路地に向けて駆けていった。猫の能力らしく柔軟な動きで翻弄しながら迫るキャットノスフェクトを前に、アルフはヴァーニィがゾンビに囲まれて身動きが取れなくなっているのを見て逃走か迎撃かで選択を迫られた。一目散に逃げれば自分は助かるだろう。だがその場合、1人取り残されたヴァーニィがどうなるか分からない。
そう考えると、彼女の中から逃走と言う選択肢は消え去った。アルフは生身で発揮できる上級ノスフェクトの力だけで、キャットノスフェクトを迎え撃とうと身構えた。
「アルフ、逃げてッ!」
身構える彼女の姿が見えたので、ヴァーニィはゾンビに取り囲まれながら叫ぶが彼女は利く耳持たずキャットノスフェクトが路地に飛び込んでくるのを待ち構え…………
次の瞬間、無数の銃弾がキャットノスフェクトの体を撃ち抜き地面に叩き落した。
「ギャァァッ!?」
「えっ?」
「……あ!」
何が起きたのか分からないアルフに対して、ゾンビに囲まれながらも周囲の状況を見渡す事が出来るヴァーニィはキャットノスフェクトを銃撃した者達の事を見つける事が出来た。
「突撃ッ!」
銃撃したのはS.B.C.T.δチーム。通報を受けて駆け付けた彼らは、路地に飛び込もうとしているキャットノスフェクトの姿に狙いを定めて一斉に銃撃したのだ。
そして彼らは、次いでヴァーニィが無数のゾンビに囲まれているのを見て目を見開く事になった。
「な、何だあれ? どうなってる?」
「人が……仮面ライダーを押さえ付けてる?」
「いや、違うッ! ただの人間じゃないッ!」
「δ0、あれはどういう事だ?」
ライトスコープ達のカメラからの映像を受け取り、後方でリリィとアイリスが情報を整理する。指揮車を中継してその光景を見ていたユーリエは、己の中にあるノスフェクトの資料を検索しあれが何なのかを察して前線の隊員達にゾンビの存在を知らせた。
『δチームの諸君、私だ。ユーリエだ。結論から言おう、あれはノスフェクトの被害者の成れの果てのゾンビだ』
「ゾンビィッ!?」
「映画じゃねえんだから……」
吸血鬼にゾンビと言う、ますますもって現実味の無い話に隊員達は辟易する。だが現実は変わらない。吸血鬼のような能力を持つノスフェクトは実在し、そのノスフェクトによりゾンビが生み出されている。それを否定する事は出来なかった。
『ゾンビは死んだ人間が逆に注入されたノスフェクトの体液で一時的に細胞が活性化した死体だ。だから特別強力な能力は持っていないし、普通の銃弾でも殺す事は出来る。ただし撃ち抜くなら頭にするべきだ。他の部位では少し歩みを送らせるだけで動きを完全に止めることはできないぞ』
「だそうだ。δ2、3、4、5はゾンビの掃討、他はノスフェクトへの攻撃だ!」
スコープは素早く部隊を二つに分け、ノスフェクトに対処する隊員とゾンビに対処する隊員がそれぞれ動き出す。
この内δ5を含めるゾンビに対処する隊員は気分が悪かった。理由は言うまでもなく、見た目ただの一般人を対特異生物用の銃弾で撃ち抜かねばならない事であった。アップデートを重ねた特殊手甲炸裂弾はファッジの表皮や甲殻すら撃ち抜きダメージを与える代物だ。こんなもので人間を撃てば相手は簡単に体が引き千切れる。
仕方がないとは言え人間を撃ち殺す形に、δ5はヘルメットの奥で顔を顰めていた。
「くそ、気分ワリィ……」
「コイツはωチームの仕事だぜ」
「無駄口を叩くな、まだまだ居るぞッ!」
気分は悪くなるが、それでも仕事は確実だった。δ5らの活躍でヴァーニィを取り囲むゾンビは粗方一掃され、ゾンビの囲みから解放されたヴァーニィは安堵の溜め息を吐いた。
「た、助かった……」
「大丈夫か、仮面ライダー?」
「ぁ……」
ふと顔を上げれば、そこには銃口を下げて手を差し伸べてくるδ5の姿があった。友好的な彼の姿に、ヴァーニィは咄嗟にその手を取ろうとした。ここでS.B.C.T.と仲を深められるのなら、それに越したことはない。
だがふと視線をキャットノスフェクトの方に向ければ、そこではスコープ達が思いの他苦戦しているのが見えた。
「くッ!?」
「うぉぉっ!?」
「コイツ、速いッ!」
キャットノスフェクトはリザードノスフェクトほどではないが、壁を利用して縦横無尽に動き回る。その動きにスコープ達は反応が遅れてしまい、徐々にだが被害が広がりつつあった。
それを見てヴァーニィは彼らの援護を優先、δ5達の横を通り過ぎて隊員の1人に飛び掛かろうとしていたキャットノスフェクトを爪で切り裂いた。
「ガァァッ!」
「グギャァッ!?」
意識が完全にヴァーニィから離れていたキャットノスフェクトは、ヴァーニィの爪で体を大きく切り裂かれた。そのダメージでキャットノスフェクトは自慢の機動力を奪われる。
今が好機と、ヴァーニィはキャットノスフェクトを押さえ付けクラッシャーを開きキャットノスフェクトの首筋に食らい付いた。
「ガブッ!」
「ギィィィッ!?」
首筋に食らい付かれ、吸血され逃れようと藻掻くキャットノスフェクト。だがそれまでの戦いで何発か喰らった改良型の銀成分を含む銃弾で体力を削られていたキャットノスフェクトに今のヴァーニィから逃れる術は無く、たっぷり吸血されてキャットノスフェクトは動けなくなってしまった。
「ググ……ガ……!?」
キャットノスフェクトから牙を引き抜き、数歩後退ったヴァーニィはベルトの両サイドのアナライズスイッチを押し必殺技を発動させる。
〈アナライズ! アイデント、マジックバレット! プレスクリプション・フィニッシュ!〉
「ハァァァァッ!」
放たれたプレスクリプション・フィニッシュがキャットノスフェクトの体を穿つ。避ける術もなく攻撃を喰らったキャットノスフェクトは、体を内側から破壊され爆散した。
「ギャァァァァァァッ!?」
キャットノスフェクトは倒れ、後には犠牲者となった人の死体と砕けたクロスブラッドだけが残される。
戦いが終わり、残されたヴァーニィとS.B.C.T.は互いに見つめ合う。どちらがどちらに声を掛けるべきかと様子を伺っているようだ。
僅かにヴァーニィが手を上げようとするが、ふと彼が街角の時計を見ると彼の肩がビクリと震える。そして、何やら慌てた様子で踵を返してその場から去っていった。
「あ、ちょっと!」
δ5が慌てて彼を引き留めようとするが、ヴァーニィはδ5の呼び止めようとする声に構わずその場から離れていった。その様子にS.B.C.T.の誰もが首を傾げた。何が彼をあんなに慌てさせたのかが分からなかったのだ。
訳が分からないが、今は戦闘の事後処理が先かとヴァーニィの追跡を止め科学調査班の到着を待った。
その様子を、彼らから見えないビルの屋上からシルヴァともう1人、同じデザインの色が青い仮面ライダーが見下ろしていた。
「ふ~ん、あれがS.B.C.T.とヴァーニィ……ねぇ?」
青い仮面ライダー……バルトに変身しているのはルクスだった。彼女はビルの屋上の縁に腰掛け、右腕で頬杖を突きながらS.B.C.T.を見下ろしている。
一方シルヴァの方はと言うと、彼女はその場から離れたヴァーニィの向かった方を見ていた。
「それより、ヴァーニィの方です。彼は、やはり……」
今度は彼女もしっかり見た。ヴァーニィが吸血してノスフェクトを弱らせ、必殺技を使った事を。それはつまり、ヴァーニィもノスフェクトと同等の存在である事に他ならない。
仮面の奥で険しい顔をするシルヴァに気付いたのか、バルトは立ち上がると彼女の肩を軽く叩いた。
「ま、気にしない気にしない。今回は様子見って事で、ね」
そう言うとバルトはビルの縁から飛び降りその場から立ち去った。彼女の後姿を見送り、シルヴァはもう一度S.B.C.T.とヴァーニィが立ち去った方を見てからバルトの後を追う様に姿を消すのだった。
と言う訳で第10話でした。
新キャラ・アイリスは不思議ちゃん系のお姉さん。どちらかと言うとジェーン何かに近い人種ですが、あちらに比べるとまだアイリスの方が常識があります。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。