仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第13夜:次の戦いへ

 京也が目覚めた時、彼は心地いい温もりに包まれていた。

 

「ん……う……」

 

 意識が浮上する感覚に促されてゆっくりと目を開き、意識と共にはっきりしてくる視界で辺りを見渡せばそこは見慣れた自分の部屋であった。意識がしっかりしてくると思考は意識を失う直前の事へと向かい、そして彼は自分がシルヴァにより大きなダメージを受けそのまま意識を失ったのだと言う事に気付いた。

 

 完全に意識を失う直前、S.B.C.T.の隊員がシルヴァに挑んだところまでは覚えているが、そこから先の記憶がかなり曖昧だ。恐らくはその辺りで意識を失ったのだろう。

 

 そこまで考えた所で、彼は布団がもぞもぞと動くのを感じた。

 

「んぅ……京也……」

「ぁ……」

 

 否、それは布団ではなかった。ベッドに寝かされた京也の上に覆い被さる様に抱き着いているアルフであった。布団はその上から掛けられている。

 大きなダメージを負って意識を失った京也を心配したアルフは、居ても立っても居られず彼の存在を感じ続ける為こうして抱き着きながら眠ってしまったらしい。心配のあまりちょっぴり泣いてしまったのか、目元には僅かに涙の跡が見える。京也は彼女を心配させてしまった事を悔やみ、同時に申し訳なさを感じて手をそっと彼女の顔に近付け指先で彼女の目元を優しく拭った。

 

「ん……?」

 

 彼が目元を拭うと、それに違和感を感じたのかアルフが目を覚ました。目覚めたアルフは京也が起きている事に気付き、彼の上でガバッと布団を吹き飛ばす勢いで起き上がり再び目尻に涙を浮かべながら彼の無事を喜んだ。

 

「京也ッ!」

「ゴメン、アルフ。心配掛けちゃったね」

「京也ぁッ!」

「わぷっ!?」

 

 起き上がったアルフに合わせる様に上体を起き上がらせた京也であったが、直後に彼女が彼の頭を胸で抱きしめるようにしながら覆い被さって来たので彼は再びベッドの上に沈んだ。ベッドの上に倒れた彼の頭をアルフは豊満な胸で抱きしめ、その圧力と柔らかさに包まれながら彼は窒息しかけた。男としては幸せな苦しさだが、呼吸が出来ないのは流石にマズいので彼は慌てて彼女の腕をタップして落ち着かせようとした。

 

「むぐぐぐっ!? あ、アルフ……く、苦し……」

「京也……良かった、京也……」

 

 彼女の安堵具合から、ここに運び込まれた時点で彼がどれだけ危険な状態だったかが分かる。そう思うと無理矢理引き剥がす事も出来ず、このまま彼女が落ち着くまで意識を保てるかに対する不安を抱きながら彼女の抱擁を受け入れ続けるしかなかった。

 

 と、そこで不意に何者かによってアルフが引き剥がされた。突然の事に2人が同時にそちらを見ると、そこには何時からそこに居たのかジェーンが笑顔で佇んでおり、アルフの首根っこを猫を持ち上げる時のように掴んでいた。

 

「あ、ジェーンさん」

「は~い、おはよ~。気分はど~ぉ?」

「まずまずってところです」

 

 実際、多少の気怠さはあれど動けないと言う程ではない。現にアルフが上から居なくなった事で動きやすくなった彼は、自力で体を起き上がらせる事が出来ていた。彼の様子にジェーンは満足そうに頷きアルフを解放すると、彼女はジェーンに何処か不満そうな目を向けた。京也との触れ合いを邪魔されたのが不満らしい。彼女の視線にジェーンはコロコロと笑う。

 

「む~……」

「気持ちは分かるけど~、京也君病み上がりなんだからそっとしておいてあげなきゃ駄目よ~」

「ん……分かってる」

 

 一応、京也に対して迷惑を掛けてしまう事になっていたとは理解しているらしい。冷静になって考えてジェーンに引き剥がしてもらえたことは良かったと、アルフは不満を感じながらも理解を示し頷いて見せる。そんな彼女にジェーンは笑みを浮かべながらその頭を優しく撫でた。あからさまな子供扱いだが、アルフは彼女の手を振り払う事もせずただされるがままになっていた。目を隠す前髪の間から上目遣いにジェーンの事を見ている。

 

「あの、ジェーンさん……」

「ん~? な~に?」

 

 一頻り2人のじゃれ合いを見ていた京也は、落ち着いた頃合いを見計らって気になっていた事を訊ねた。

 

「僕を助けてくれたのって、やっぱり……?」

「そうよ~、わ・た・し~。大変だったわ~、あの状況で誰にも見つからずにあなたを連れて逃げるのは~」

 

 口ではそう言うが、実際の所現場からの逃走はとてもあっさりとしていた。曲がりなりにもジェーンも上級ノスフェクト。その能力を駆使すれば、影に紛れて倒れたヴァーニィをあの場の誰にも気付かれずにつれ出して逃げる事等造作もない事であった。

 

 ジェーンの言葉の内容から、間違ってもヴァーニィの正体が京也である事を気付かれる様な事にはならなかったらしい。それはありがたいのだが、それはそれとして彼はここ最近己の力不足を感じずにはいられなかった。再会した上級ノスフェクトのウルフノスフェクトには圧倒され、今回は不意打ちに近かったとは言えシルヴァを相手に一方的に攻撃された。反撃も儘ならず、敗北し地面を舐める結果になった事は彼の心に泥の様にへばりついている。

 

 何よりも問題だと彼が考えているのは、ヴァーニィには武器らしい武器が無い事であった。コートを変化させた手甲や蝙蝠化は便利ではあるが、能力を使えば使う程継戦時間は下がる。安定して戦うには、能力に頼り切らずに火力を得られる何かしらの武器の存在が必要だと感じていた。

 

 京也はダメ元でジェーンに何かいい案はないかと訊ねた。

 

「ジェーンさん……ちょっと相談が……」

「武器が欲しい~……とかかしら~?」

「ッ! どうして……」

 

 まだ何も言っていないのに何故分かったのかと彼が目を丸くすると、ジェーンは楽しそうに笑いながら答えた。

 

「だって京也君顔に書いてあるもの~。それに~、最近の様子を見てれば何となく想像つくわ~」

 

 自分の事は案外自分では分からないもの。特に考えている事が顔に出ているかどうかは、他人の視点からしか分からない。

 それを差し引いてもジェーンは察しが良すぎる。まるで心の中を読んでいるのではないかと思う程の正確さに、京也はちょっぴり背筋に薄ら寒いものを感じずにはいられなかった。

 

 京也が自分に畏怖に近い感情を向けている事にも気付きながら、ジェーンはアルフを胸に抱き撫で回しながら言葉を続けた。

 

「むぐぅ……」

「そうね~、確かにそろそろ戦いも激しくなってきたし~、ヴァーニィにも強化が必要よね~」

 

 アルフの頭に頬を乗せながら思案するジェーン。その胸元ではアルフが彼女の豊満な乳房に包まれ、ちょっぴり苦しそうにしている。美少女が美女に抱きしめられる様子は見ていて扇情的ですらあり、その美少女がアルフであると言う事もあって京也は目にやり場に困ってしまった。

 そんな彼の居心地の悪さを知ってか知らずか、ジェーンは男であれば反応してしまいそうな仕草を交えながら口を開いた。

 

「ん~……まぁ~、何とかなるかな~」

「え? どうやって?」

 

 意外と好感触な答えに京也が目をパチクリさせていると、ジェーンは彼を揶揄うように笑いながら唇に指を当てた。

 

「それは内緒~。まぁ少し待ってて~。何とかするから~」

 

 そう言ってジェーンはアルフを解放して、1人部屋から出て行ってしまった。一体ジェーンはヴァーニィの武器問題をどうやって解決するつもりなのか? その方法が分からず、彼は思わずアルフと顔を見合わせて首を傾げてしまうのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、九州支部に戻ったδチームは負傷者の治療と並行して破損した装備の修復などに追われていた。δチームは先日のシルヴァとの戦闘で隊員の半数が負傷し、暫くの療養を余儀なくされていた。特に隊長である敦の負傷と戦線離脱は大きく、副官である隆が健在である為指揮官不在による部隊行動不能と言う事態にこそ陥らなかったが、戦力の大幅ダウンは避けられずノスフェクトへの対応を殆ど増援としてやってきたεチームに一任する事となってしまった。

 

 この状況に燻るレックスではなく、彼は一通りの事後処理が終わると即座に次の戦いに備えて訓練に臨もうとした。だが…………

 

「リリィ、俺の装備が無いんだが?」

 

 普段彼の装備を収納しているスペースには今何も置かれていない。ぽっかりと穴が空いたようにきれいさっぱり装備が無くなっている状態にどう言う事かとリリィの下を訊ねると、彼女から返ってきたのは衝撃的な言葉であった。

 

「そりゃそうよ。だってもうレックスにはライトスコープ支給されなくなったんだもん」

「はぁっ!? 何でッ!?」

 

 まさかの言葉に目玉が飛び出るほど驚くレックスだったが、リリィと共に今後の部隊運用に関する資料などを纏めていた隆は彼に呆れた目を向けた。

 

「当たり前だろうが。お前、前回の戦いで自分の装備完膚なきまでにぶっ壊しただろ」

「うぐっ……」

 

 そう、先のシルヴァとの戦いにおいて、レックスはその状況を打開する為とは言え装備のリミッターを完全に外して全力で動いた。その動きにライトスコープ自体が耐えきれず、あと一歩で爆散してもおかしくない程に破損してしまっていたのだ。

 

「整備のおじさん達が言ってたわ。あれはもう直すより新調した方が早いって」

「じゃあ本部に申請してくれ。このままじゃ俺が出撃できねえ」

「出来ればやっている。だが問題はお前自身にあるんだ」

「俺が?」

「分からない? もうライトスコープじゃ、レックスの動きについて行けないのよ」

 

 一応書類上はスコープの量産仕様となっているライトスコープだが、その実態は量産仕様と言うよりは簡易生産版と言った方が正しい。何が違うかと言えば、ライトスコープはほぼほぼガワだけを真似た別物、もっと正確に言えば防具の類に近いのだ。

 

 スコープ開発当時、本来であればS.B.C.T.はこれをより量産しやすくコストダウンしただけの本当の意味での量産型スコープを開発しそれを正式装備として運用する予定であった。だが状況がスコープの量産型を開発するだけの余裕を与えてはくれなかったのだ。

 現場は兎に角一刻も早くファッジに対抗する装備を欲していた。明確にファッジにダメージを与えられる装備だけではない、ファッジの攻撃から身を守れるだけの装備だ。初期のS.B.C.T.は殆ど通常装備だけでファッジに対抗していた状況であり、そんな装備では強靭なファッジの攻撃に耐える事が出来ない。

 

 現場からの要請とデイナにルーナ、そしてスコープが居る状況からS.B.C.T.は方針を転換。兎に角迅速に装備を揃える事を優先して、スコープのガワを真似て最低限必要な性能を備えたライトスコープが開発された。

 

 これだけであれば傘木社との戦いの後、正式にスコープの量産仕様が開発される筈なのだが、ここで予想外の事態になった。

 

 一つは、初期のS.B.C.T.がライトスコープで頑張り過ぎてしまった事だった。当初は簡易版としてそこまでの戦果を期待していなかったライトスコープだが、初期の隊員達が頑張り過ぎてしまった結果スコープよりも圧倒的に安いコストでファッジなどを相手に十分な戦果を発揮できてしまっていた。特に特別な素質や訓練も無しに、戦闘員として鍛えさえすれば運用できる汎用性が高く評価されてしまい結果正式なスコープの量産仕様が開発される事無く現在まで状況が続いてしまった。

 

 そしてもう一つ、スコープ関連の技術がアップデートに留まって新開発が進まなかったのは、S.B.C.T.とスコープ関連の技術が国際社会に与える問題にあった。

 考えてみれば当然だが、仮面ライダー関連の技術が軍事利用される様な事があれば忽ち世界の軍事バランスは崩壊し最悪の場合戦乱の世になりかねない。実際、発展途上国や新興国の中にはスコープやライトスコープ関連の技術を狙う輩も居た。数か月ほど前にも、ある新興国がスコープ関連の技術を強奪しようとファッジなどを用いてδチームに襲い掛かった事はレックス達の記憶にも新しい。その時は新装備テストの名目で要請を受けて彼らに協力していた、仮面ライダーオケアノス・カトラスレイズことバーツの協力もあって襲撃を返り討ちにし事なきを得る事が出来た。

 

 そんな事情もある為、S.B.C.T.本部は諸外国からの反発などを警戒して新型のスコープやスコープの量産型の開発に関してはかなり慎重になっていた。

 

 

 しかし…………

 

「でもそれじゃあ、俺が出動できないだろうがッ!」

「しょうがないでしょ? そもそもレックスのライトスコープはあの時点で限界までチューンアップしてたの忘れた? あれでレックスの動きについて行けないんだったらもう何度ライトスコープを新調しても出動の度に壊れちゃうわよ」

「そんな事の為に態々予算を割くような真似はしないと言う事だ」

「クソッ!?」

 

 この事態にレックスは頭を抱えた。確かに、自分のライトスコープは出動の度にかなりガタガタになる。整備士達から帰還の度にグチグチ文句を言われる事も少なくはなかったし、必要以上に装備を破損させて書いてきた始末書の枚数も数え切れない。ライトスコープがレックスに合っているかと言われたら、否と答える以外にないだろう。

 だがそれでは他の隊員達が戦っている中、自分1人待機と言う事になってしまう。その気になれば生身で銃抱えて出動する事も吝かではないが、当然負傷のリスクは爆上がりしそんな彼をサポートする為に仲間の隊員に余計な気を遣わせて逆に被害が増える危険もあった。端的に言えば、このままではレックスが部隊のお荷物と化してしまう。

 

 どうしたものかと悩むレックスに、救いの手を差し伸べたのは頭を抱える彼の姿に小さく溜め息を吐いたリリィであった。

 

「はぁ……ま、そうしょげないの。安心して、レックスがお荷物になるなんて事にはならない様に隊長と話し合っておいたから」

「え?」

「隊長、暫くは負傷で前線に復帰できそうにないんだって。でも装備のスコープ自体は修理可能だったから、レックスにスコープ譲ってくれるってさ」

 

 それはこの上ない朗報であった。ただ部隊のお荷物にならないと言うだけではない。憧れであった仮面ライダーに自分がなれるのだ。今までその背を追うだけだった仮面ライダーと肩を並べて戦えると言う事実は、束の間彼の心を少年時代に戻してくれた。

 

「マジかッ! 俺、仮面ライダーにッ!」

「ただし、そのままって訳にはいかないわ。レックスの身体能力が常人を遥かに超えてるってのはもう周知の事実。壊れたライトスコープのデータと照らし合わせたら、スコープでも今のレックスについてこられるか正直不安なのよ」

「じゃあどうするんだよ?」

「落ち着けって。この状況に、本部も手をこまねいてる訳じゃない。漸く重い腰を上げてくれた」

「それは……まさかッ!」

 

 そう、そのまさかだった。年々様々な種類の生物兵器や特異生物が出現し、その対処に追われていたS.B.C.T.は遂に装備の一新を決定。次世代型のスコープとその正式な量産型の開発が行われる事となったのだ。

 レックスに譲られたスコープはそのテストベッドとして、新型スコープの雛型となるべく現在改修が進められている最中であった。

 

「そう言う訳だから、暫くは大人しく待ってなさいって事」

「間違っても銃だけ持って飛び出したりするんじゃないぞ」

 

 聞けば、敦以外の隊員に関しては重傷者はおらず、数日の療養で直ぐ戦線復帰可能との事だ。その敦に関しても、戦線に復帰できないと言うだけで後方から指揮は執れる。つまりδチームは今後も健在と言う事。

 

 自分の戦いがまだ終わったわけではないと言う事に、レックスは静かに闘志を燃やし来たるべき新たな剣が届くその時に思いを馳せるのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 季桔市内に存在する孤児院。表向きは敬虔なバチカンのキリスト教信者により身寄りのない子供達の為に建てられたその孤児院は、表のチャペル共々この地で活動する修道騎士団の隠れ蓑である。実際、この教会と孤児院が作られたのは割と最近な方で、キリスト教とその派生である修道騎士団の上層部により日本政府にも内密に作られた。

 

 その地下には修道騎士団の施設が存在し、そこではカタリナ同様修道騎士として活動する騎士達が日夜訓練に明け暮れていた。

 

 地下に誂えられた広い訓練場。そこでは訓練用の装備に身を包んだ騎士達が、手に剣と銃を持って互いに切磋琢磨している。

 その中でも特に異彩を放っているのがカタリナであった。彼女も他の騎士達に交じって訓練用のスーツに身を包み、訓練用の剣で他の騎士と切り結んでいる。

 

「フッ! ハッ!」

「くっ!?」

 

 カタリナが振るう鋭い剣戟が、相手をしている騎士に迫る。相手の騎士も必死に剣を振るって応戦するが、カタリナは恐れを知らないかのように相手の騎士の反撃を前に出ながら受け流し無力化。隙が出来た所に最小限の力で刺突を放ち相手の持つ剣を弾き飛ばした。

 

「ちっ!」

 

 剣を弾き飛ばされ一瞬思考が途切れる相手の騎士。しかしこの騎士もそれなりに場数を踏んでいるのか、弾かれた剣を意識から外すと素早く銃を抜き至近距離からの銃撃をお見舞いした。訓練用なので使用しているのはゴム弾だし、スーツも丈夫なので当たっても体には傷はつかない。それでも撃たれれば衝撃で内臓にダメージは届くし、当然痛みもあるので当たればカタリナも思わず動きを止める筈であった。

 

 だが、カタリナは相手の騎士が銃を抜いたその時には既に次の行動に移っていた。彼女は体を僅かにズラしてゴム弾をギリギリのところで回避。僅かに彼女の体を掠めたが、その程度の事で止まる事はせず彼女は相手の銃を持っている腕を掴み背負い投げた。

 

「フンッ!」

「うおっ!?」

 

 流れるような動きで投げられ、床に叩き付けられた相手の騎士はその衝撃で一瞬呼吸が出来なくなった。その間にカタリナは先程弾き飛ばして落下してきた訓練用の剣をキャッチし、元々持っていた方の剣と合わせて倒れた騎士の首筋を2本の剣で挟んだ。

 

「う……こ、降参……」

 

 これ以上は無理だと相手の騎士が銃を手放し両手を肩の高さに上げ降参の意を示すと、カタリナは小さく息を吐き2本の剣を脇に抱えながら頭を保護する為のヘルメットを外した。頭を振りながらヘルメットを脱いだ瞬間、彼女の灰色の髪が大きく靡き汗を小さく跳ね飛ばす。その際に広がる彼女の匂いに相手の騎士が胸を高鳴らせていると、彼女はまだ倒れたままの騎士に手を差し伸べた。

 

「お疲れさまです。大丈夫ですか?」

「あ、は、はいッ! 大丈夫です、すみません」

 

 訓練中の鋭い動きからは想像もできない程の穏やかな笑みを浮かべながら差し伸べられた手に、騎士は頬を赤く染めながらその手を取り立ち上がった。物理的に距離が近付いた事で彼女の匂いをより強く感じられるようになり、相手をしていた騎士は思わず口の中に湧いてきた唾を飲んだ。

 

 そんな騎士の様子に気付いているのかいないのか、カタリナは変わらず聖母の様な優しい笑みを浮かべながら口を開く。

 

「以前よりも動きが良くなっています。頑張っているのですね」

「い、いえッ! それでもカタリナ様には敵いませんでしたし……」

「謙遜する事はありません。あなたのその頑張りはとても尊いものです。誇ってください、頑張れる自分自身を。私も、応援していますから」

「は、はいッ!」

 

 訓練相手を務めてくれた騎士を激励し、脇に抱えていた剣の片方を返すとカタリナは訓練場の端にあるベンチへと向かう。そこで彼女は、騎士達の世話をする騎士団の職員でもある女中からタオルと水を受け取り、流れる汗を拭い冷えた水で喉を潤した。

 

「ん、ん……ふぅ……」

 

 冷たい水が体に染み渡るような心地よさに一息ついていると、ベンチの隣に同じく訓練していたルクスが腰掛けた。スーツの胸元を大きく開け、汗をタオルで拭う姿は字面だけで見れば扇情的に見えるかもしれないが、その実彼女の胸元はカタリナと比べると悲しくなるくらい慎ましく、正直に言って色気に欠けた。もしカタリナが同じような格好をすれば騎士達が注目して訓練に身が入らないなんて事になるかもしれないが、生憎と当の本人はヘルメットを脱いだだけでそれ以外の箇所はきっちり締めている。それでも訓練用とは言え体型がある程度浮き出るスーツを彼女が着ればそれだけでかなりの破壊力がある為、近くの騎士の中には時折カタリナの方に視線を向けている者も居るが。

 

「……チッ、どいつもこいつも」

 

 そんな周囲の騎士達の視線が向く先が自分ではなくその隣のカタリナである事に気付いているルクスは、毒吐きながら懐から金属製のボトルを取り出し蓋を開けて中身を流し込んだ。それはただの水筒ではなく、スキットルと呼ばれる酒を主に容れるものであった。他の騎士が訓練しているのを横目に酒を煽り、酒精を含んだ息を吐き出すルクスに流石のカタリナも厳しい目を向けた。

 

「ルクスさん……」

「ん、ぷはっ! んな硬い事言いなさんなって」

「まだ何も言ってませんが?」

「顔に全部書いてある」

 

 ルクスの言葉にカタリナも思わず言葉に詰まり、そっと自身の頬に触れてしまう。そんなに分かりやすい顔をしていただろうかと疑問に思ってしまったのだ。実際今のは分かりやすい方だったが、それ以上にルクスはカタリナの性格からここで思う事を察して先読みしたに過ぎなかった。半ば当てずっぽうに近い発言ではあったが、それでもルクスはこの状況でカタリナが言う事等一つしかないと読みそれが的中したのである。

 

「別にいいじゃんよ、これくらい可愛いもんでしょ? 上の豚共に比べれば……」

 

 言うまでも無いがこの場合の上とは地上の事ではなく、修道騎士団と教会の上層部の事を指している。全員が全員そうではないが、権力を握っている騎士団上層部の中には私服に腹を肥やしている者も少なからずいた。特に欧州では表向きの政治以上に、宗教関連が実権が上と言う事も珍しくなく、その実働部隊とも言える騎士団の上層部は国から資金面で融通を利かせられたりすることも多い。それが巡り巡って、上層部の一部を俗物に仕立て上げているのだから皮肉なものだ。

 

 カタリナも上層部にそう言った者が居る事を知らない訳ではないので、それを例えに挙げられると何とも言えなくなってしまう。それでもやはり訓練の場で、他の騎士を尻目に飲酒に走るのはどうなのかと思わずにはいられず、またルクスのそんな態度が彼女本来の魅力や素晴らしさを損ねて周囲から敬遠されていると思うと彼女の友人としてカタリナとしては見過ごす事は出来なかった。

 

「だとしても、です。お酒を飲むなとは言いませんが、訓練場や礼拝堂では控えるべきです」

「分~かった、分かったわよ。仕舞えばいいんでしょ、仕舞えば」

 

 これ以上はカタリナから更に激しい説教が飛んでくると踏んで、ルクスは大人しくスキットルの蓋を閉めて懐に戻した。カタリナとしては彼女に飲酒その物を止めて欲しいのだが、それが自身のエゴでしかない事を理解しているのでそこまでは求めず彼女がこの場での飲酒を止めてくれた事にとりあえずの満足をした。

 

「んで? 今度は何悩んでるの?」

「え?」

「惚けんじゃないの。この間の戦い、ヴァーニィって奴にトドメ刺すのを一瞬躊躇したでしょ?」

 

 この指摘にはカタリナも体が一瞬跳ねるのではと言う程驚いた。実際心臓はドキリと跳ねた。確かに前のヴァーニィとS.B.C.T.を相手取った戦いの際に、彼女は磔にしてあと一歩でトドメを刺せると言う状態のヴァーニィを前に僅かな時間だが躊躇いを覚えてしまった。その所為でウルフノスフェクトの乱入を許し、ヴァーニィを始末する事が出来ずS.B.C.T.との戦いにまで突入してしまった。本来あの場ではS.B.C.T.と衝突する予定は無かったのにである。

 

 あれは正直に言って良くない結果であった。ヴァーニィを仕留め損ねたと言うだけではない。あれの所為でS.B.C.T.とも険悪になってしまった。まだ本格的に騎士団とS.B.C.T.は接触をしていないのでまだ交渉などで挽回の余地はあるが、それでも第一印象を最悪にしてしまった事はカタリナの中で悔やまれる出来事であった。

 

 あからさまに落ち込むカタリナに、ルクスは小さく溜め息を吐きながら肩を竦めると彼女の肩をポンポンと軽く叩いた。

 

「ま、アンタの事だから、ヴァーニィの普段の行いからもしかしたら~、なんて思っちゃったんでしょ?」

「……ヴァーニィは、私達が動く前からノスフェクトと戦っていました。人々を守る為に……そんな方を、こちらの勝手な考えで処断するのは…………やはり……」

 

 何処までもお人好しで、何処までも清らかな心の持ち主だとルクスは天井を仰ぎ見た。自分とは正反対な隣に座る友人の姿に、内心で羨望に近い印象を抱きながらもルクスは彼女を元気付ける為鬱屈とした気持ちを吐息と共に吐き出して悩める友人にアドバイスをした。

 

「悩んだって仕方ないわよ。仮にアンタがやらなくたって、他の騎士が黙ってないわ。特に、”アスペン神父”や”あの拷問マニア”は嬉々としてヴァーニィを殺しに掛かるでしょ。それも酷いやり方でね。そんな目に遭わせるくらいなら、アンタや私が苦しめずにスパッとやっちゃった方が余程慈悲あると思わない?」

「それは……」

 

 流石にカタリナも言葉に詰まった。アスペン神父の事は彼女も良く知っている。以前から修道騎士団に属していた彼は、怪物も異教徒も容赦なく始末してきた実力者だ。そして何より無情にして無慈悲でもある。異教徒であれば女子供が相手でも手心を加える事無くその手を血で汚してきた。きっとヴァーニィに対しても容赦はしまい。

 

 もう1人のルクス曰く拷問マニアに至っては論外だ。彼女達と同じく上級の修道騎士に入るその騎士は、シスターでありながらルクスとは別の意味で問題を抱えており、相手を甚振る事を愉しむ人物だった。特に相手が異教徒や怪物であれば容赦のなさは半端ではなく、敢えてすぐにトドメを刺す様な事はせず少しでも相手の感じる苦痛が長引く様にとあの手この手を使う。普通であれば大問題な人物なのだが、皮肉な事にそのシスターは信心深さは本物であり神の名の下に浄化の名目で異教徒を甚振るので、寧ろ騎士団上層部などからは高く評価されていた。

 

 そんな2人に始末される様な事になれば、ヴァーニィがどんな人物であってもきっとただでは済まない。例え彼が人々を助ける為に動いているのだとしても、そんな事欠片も考慮せず苦しめて殺しに掛かる。そんな目に遭わせるくらいなら、自分達のどちらかが一思いに始末するのがせめてもの慈悲だ。それがルクスの考えであった。

 

 彼女の考えはカタリナにも分かる。分かるのだが…………

 

「…………すみません。少し、席を外します」

 

 答えを出せぬまま、カタリナは席を立ち訓練場を後にする。迷いを抱えた彼女の後ろ姿に、ルクスは仕方がないと言う様に溜め息を吐きながら天井を仰ぎ見て、気持ちを切り替える様に膝を叩いて立ち上がり、気を紛らわす様に訓練に戻るのだった。

 その鬱憤を晴らす様な訓練に付き合わされ、数人の騎士がダウンしてしまい、それを知ったカタリナによりルクスは説教を受ける事になってしまうのはまた別の話である。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 傘木社崩壊後、そこに所属していた者達の半数近くはS.B.C.T.や警察などにより捕縛された。ユーリエなどがそのタイプであり、雄成の死後一斉に全世界で行われた検挙により捕らえられたのである。

 

 だが昨今問題になっている様に、捕縛・検挙を逃れた残党は半数以上居る。中には崩壊後に残党と接触した結果残党と協力するようになった裏組織や犯罪組織なども居り、それらが世界的な問題となっているのが現状であった。

 季桔市近郊にもそう言った連中は居て、地下に潜みながら虎視眈々と決起の機会を伺っていた。

 

 嘗ては傘木保安警察の一員だったのだろう完全武装の男が、近くの研究員に声を掛ける。

 

「状況は?」

「はい。設備の準備は順調です。ペスター博士を迎え入れる用意は何時でも出来ております」

「よし」

 

 彼らは傘木社残党の中でも欧州支社に属する者達であった。ノスフェクトの違法な研究を行っていた欧州支社、そこで名を馳せていたペスター博士は会社崩壊前からノスフェクトに関する研究を密かに続け、会社崩壊後は世間の闇に紛れながらさらに研究を続けていた。彼らはその際に博士に協力したり、博士からの入れ知恵などで力を付けた裏社会の人間が中心であった。

 

「ノスフェクト絡みの研究、いよいよ本格的に進められそうですね」

「そうだな。天才である博士の力が、いよいよ発揮される時が来たんだ」

 

 ペスター博士は所謂マッドサイエンティストの類であり、倫理を無視した実験や研究も繰り返してきた。だが同時に人心掌握術にも長けた人間であり、彼の口車に乗せられたり実益を味わった結果彼に協力するものは会社崩壊前から少なくなかった。本社から遠く離れた欧州であっても、雄成の目を逃れて中止が言い渡された筈の研究を続行できた背景にはそう言った要素も関係していた。

 

 そんな彼らにとって神にも等しいペスターが、長い潜伏期間を経て彼らと合流し本格的にノスフェクトに関する研究を進めようとしている。それに協力できるのは彼らに取ってとても大きな意味を持っていた。

 

 使命感に燃える残党達であったが、それに水を差す様に突如設備の一部が吹き飛んだ。炎と衝撃に何人かが吹き飛ばされる光景に、それを見た者達は何らかの手違いが起きたのかと警戒した。

 

 だがその爆発の原因は何らかの手違いや事故などではなかった。消火の為に器具を持ってきた保安警察の隊員などが見たのは、炎を背に佇む1人の美女……ジェーンであった。

 

 彼女の姿に隊員達は思わず目を見開く。

 

「なっ!? お、お前は……!?」

「は~い♪ ウフフ……!」

 

 向けられる視線にジェーンはニコやかな笑みを返す。その笑みはとてもフレンドリーに見えて、見る者の背を思わず震え上がらせる迫力の様なものを感じさせるものであった。




と言う訳で第13話でした。

ヴァーニィとレックスに強化フラグが立ちました。今まで専用武器が無かったヴァーニィですが、漸く専用武器入手へと漕ぎつけます。
一方のレックスは新ライダーのフラグですね。仮面ライダーの背を見て育ち、憧れていた彼がどんな仮面ライダーになるのかにご期待ください。

因みに作中で少し話した、バーツが絡むδチームのストーリーは何時か外伝として描けたらなと思っています。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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