仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第15夜:秘密の視線

 季桔高校がノスフェクトに襲撃されていた頃、あるオフィスビル内部でもまたノスフェクトによる騒動が起こっていた。こちらは高校での騒動とは違い、人知れず物陰から静かに襲い掛かり、襲われたものは何が起きたのかも分からぬまま首筋に食らい付かれ血を吸われて死んでいった。

 

「ひ、ぃ゛……! ぁ゛……」

 

 血を吸われているのはオフィスビルに勤めているOLだろう。女性は今正に命の危機が訪れ、己の命が吸い取られていると言うのに恍惚な顔をして快楽に震えていた。他にも数人の血を吸われて死んだと思しき犠牲者の姿があるが、その顔も何処か幸せそうだ。

 

 これには理由がある。ノスフェクトの唾液にはある種の快楽物質が含まれているのだ。媚薬の類にも近く、ノスフェクトに襲われたものはこの快楽物質による快楽で抵抗する意志を奪われ暴れる事無く大人しく血を吸われ続けるのである。

 普通に相手を食い殺すのに比べて、吸血は獲物が完全に動かなくなるまでに時間が掛かる。その間に激しく抵抗されたり、反撃されて自分が負傷したり獲物を逃がす事が無いようにと言う、ノスフェクトなりの捕食の工夫であった。

 

 その血を吸っているノスフェクト……カミラは、たっぷりOLから血を吸い取り女性の命の灯が消えると、満足したように女性の体を離して口元の血を拭った。

 

「ふぅ……これだけあれば、暫くはヴラド様にもご満足いただける」

 

 満足そうに頷いた時、カミラの口からゴポッと音を立ててクロスブラッドが飛び出た。黒い十字架が出てきた事に、カミラは目を細め口元に笑みを浮かべる。

 

「あら、この子当たりね。フフッ、ヴラド様にいいお土産が出来たわ」

 

 カミラ達が積極的に血を吸うのには自身のエネルギー補給以外にも理由がある。そもそもクロスブラッドとは、端的に言えば動物の血液から余分な成分その他を除去し血液が持つエネルギー等を凝縮したもの。ヴァーニィは京也の血液からそれを作り出し、それを用いて変身するのだ。

 そんなクロスブラッドだが、実は何分の一かの確率である特殊なものが生成される。それが今カミラの作り出したクロスブラッドであり、このクロスブラッドは特定の人間の血液からのみ生成される特別性なのだ。

 

 この黒いクロスブラッドは、通常のクロスブラッドに比べて膨大なエネルギーを携えており、カミラ達はこのエネルギーで現在不完全な状態のヴラドを完全に復活させる事を目的としていた。

 

「ヴラド様が完全に復活されれば、私達ノスフェクトの時代が来る。そうすれば、私達を否定したこの世界を……」

 

 ヴラドを回復させる為には特別な血が要る。問題なのはその血の持ち主が誰かと言う事。なのでカミラはここに食事に来る前に、街に配下の下級ノスフェクトを放っておいた。首尾よく進めば、放ったノスフェクトが目的の血の持ち主を見つけてくれる。

 

「待っていてください、ヴラド様……。私が、必ず……フフフッ」

 

 1人妖しく笑みを浮かべているカミラだったが、不意に弾かれた様に廊下を見ると何も知らない新たな獲物が近付いてきた。やって来た男の社員を、カミラは次の獲物に定め待ち構える。そして、社員がカミラが待ち構える物陰に近付いた瞬間…………

 

「カッ!」

「えっ?」

 

 口を大きく開きながら飛び出し、男性社員を掴んで引き摺り込む。社員は何が起きたのかも分からぬままカミラが潜んでいる場所に引き摺り込まれ、そこで首筋に食らい付かれ血を吸われ始める。

 

「あぁ゛ッ!? う、ぉ゛ぉ゛……かはっ!」

 

 首筋に牙が突き立てられた痛みに一瞬体を震わせ、最初抵抗しようとした男性だったが、全身に快楽物質が回ると途端に抵抗が少なくなる。カミラは抵抗しなくなった男性から死ぬまでたっぷりと血を吸おうとジュルジュルと音を立てて血を吸いあげ――――

 

「ひぃっ!?」

「ッ!」

 

 その光景を見られた。どうやらカミラからは死角になっていた場所に別の社員が居たらしい。周囲の気配には意識を向けていたカミラだが、襲い掛かる瞬間は獲物となる社員にのみ意識を向けていた為あちらの社員の存在には気付かなかった。

 

 恐ろしい現場を目撃してしまったその社員は、ひっくり返る様にその場を離れ手にしていた書類も何もかもを放って逃げていく。カミラはそれを見て仕留めたばかりの男性を離して口元を拭う。流石に長居し過ぎた。これ以上はヴァーニィか、S.B.C.T.、それか修道騎士団がやって来る。

 今回の食事で大分エネルギーが補充できたし、力も戻って来たから相手をしてやるのも吝かではないが、今の彼女の手元にはヴラドへの土産がある。要らぬ欲をかいて土産を台無しにする訳にはいかないし、カミラはこの場はさっさと退散する事を選んだ。

 

 オフィスビルの中に多数の血を吸われて死んだ人々の死体を残して、カミラはその場を去った。彼女が去った後、オフィスビルでは多数の犠牲者が出た事で軽くパニックが起こるのだが、その原因である彼女はそんな事知った事ではないと言う様にまだ日が差す街中を平然と歩いている。

 

 まだ日は高く昇っており、しかも夏の訪れに合わせて日差しが強くなっていた。その強い日差しは、彼女達上級のノスフェクトにとっては忌々しい以外の何物でもない。暑さもあってカミラは手で影を作りながら、空に浮かび燦々と輝く太陽を影越しに睨み付ける。

 

「……チッ」

 

 思わず舌打ちをしながら空を見上げ、汗を拭いながら日陰を探した。先程たっぷり血を吸ってエネルギーを補充したので不自然にふら付いたりする様な事は無いが、流れる汗は隠し切れず滝の様に流れる汗が彼女の衣服を濡らす。

 

 その時、不意に背後から1人の女性に声を掛けられた。

 

「あの、すみません」

「え?」

 

 突然声を掛けられ、カミラは咄嗟に背後を振り返る。そこに居たのは買い物袋を手にしているカタリナであった。カタリナはカミラに心配そうな目を向けている。

 

「あなた、大丈夫ですか?」

「あ……あぁ、えぇ。ご心配なく。ただ暑がりなだけなので」

 

 最初、カミラはカタリナが声を掛けてきたのは自分がこの気温で酷暑の中に居る様な汗を流している事を心配しているのかと思った。今日は日差しが強い方ではあるが、滝の様に汗を流すと言う程ではない。そんな気温の日にこんなに汗を流せば、心配されても仕方がない。

 とは言え本当の事を言う訳にはいかないし、長々と相手にするのも面倒臭いのでカミラは適当な事を言ってカタリナを追い払おうとした。こちらが問題ない事を告げれば、この手の女はさっさと消えてくれると思っていたのだ。

 

 だが、次にカタリナの口から出た言葉は思わずカミラも呼吸を忘れる様なものであった。

 

「あ、いえ。汗もそうなのですが……あなたから、血の臭いがしたもので……」

「ッ!?」

 

 これにはカミラも焦りを感じた。血の臭い……それはどう考えても先程の吸血のものであり、自分がノスフェクトである限り避ける事の出来ないものでもあった。しかしこんな場所で、見るからに常人なカタリナに血の臭いを嗅ぎ分けられるとは思っていなかったのでカミラは一気に彼女を警戒した。そしてカミラは、カタリナのシスター服を見て相手が修道騎士団の一員である事に気付いた。それも下っ端騎士ではない、騎士団の仮面ライダーのどちらかだ。

 

(迂闊だった。満腹と日差しで気が滅入っていたとはいえ、無警戒だったにも程がある……!)

 

 己の迂闊さを呪うカミラだったが、言い訳をさせてもらうならカタリナが買い物袋を腕に下げている事にも原因はあった。血の臭いを嗅ぎ付ける事が出来るほど鋭敏な感覚を持ち腕の立つ修道騎士が、買い物何て下っ端がやる様な事をやっているなんて思わなかったのだ。

 カタリナが纏う雰囲気はあまりにも穏やかであり、強者特有の刺々しさのような物を感じさせない。一見すると虫も殺せないような彼女の立ち振る舞いが、カミラの判断を見誤らせたのである。

 

 黙りこくるカミラに、カタリナは更に心配して手を差し伸べようとする。

 

「あの……?」

「ッ!? ご心配なくッ! えぇ、えぇ、大丈夫です。何も問題はありませんから」

 

 カミラは早口にそう言うと、足早にその場を離れた。カミラはカタリナの正体がシルヴァとバルトのどちらであるかを知らない。だがどちらにしても、折角補充したエネルギーをこんな所で無駄に消耗するつもりは無かった。それにヴラドに持って帰らねばならない物もある。

 

 足早に去っていくカミラの後ろ姿をカタリナは黙って見送った。カタリナがついてこない事に、カミラは内心でホッと胸を撫で下ろす。向けられる視線から恐らくカタリナが自分の事を不審に思っているだろう事には気付いていた。が、今が人の往来のある時間である事がカミラに取って幸いした。これが人通りの少ない場所や時間であればカタリナも異変を感じた時点で騎士としての顔を見せただろうが、今この状態でそんな事をすれば周囲の無関係な人々を巻き込む。カタリナの纏う穏やかな雰囲気から彼女がそれを望まないだろう事を見抜いた、カミラの作戦勝ちで逃げ切る事が出来たのだった。

 

「あれが修道騎士団の上級騎士……厄介ですね。ヴォーダンが手を焼かされるのも無理からぬことです」

 

 しかし見逃すのは今回だけだ。次に出会ったその時は、ヴラドの障害を排除する意味でも始末しなければ。

 

「……あぁ、そう言えばヴォーダンが拘ってましたね。なら、適度に痛めつけて彼に恩を売っておくのも悪くは無いですか」

 

 カミラはクスクスと笑いながら日陰へと入り、そのまま暗闇に溶けるように姿を眩ませた。彼女が姿を消した直後、その場を一発の銃弾が通り過ぎる。

 

「…………ふぅ」

 

 銃を撃ったのはカタリナだった。彼女は明らかに不審なカミラを怪しく思ってこっそり後をつけ、カミラがノスフェクトの力を使って姿を消そうとしているのを見て咄嗟にクロスショットを抜き撃ったのだ。だが彼女が追い付いた時には既にカミラは姿を消す直前であり、彼女が撃った弾丸は何もない空間を通り過ぎ壁に銃痕を刻むだけに留まった。それを見てカタリナは小さく息を吐き、上級ノスフェクトを逃がした事を悔やみながらクロスショットを仕舞って改めて孤児院に帰るべく踵を返すのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 学校に出現したノスフェクトを倒した後、京也はしれっと教室に戻り荷物を纏めるとそそくさと帰路に就こうとした。上手い事他の生徒に気付かれない様に気配を潜め、何事もなかったかのように正面玄関に向かい、まだ騒ぎが残る生徒の間を縫うように下駄箱で靴を履き替え外に出ようとした。

 

 ところがそこで揚羽に捕まってしまった。

 

「あっ! 居た、紅月君ッ!」

「ッ! い、磯部さん?」

 

 揚羽の姿を見て、京也は直感的にマズいと感じた。彼女は変な所で勘が鋭い。ヴァーニィに変身するところは見られていない筈だが、用具倉庫の外で起きた戦いの事で何かを勘繰られる可能性はあった。

 

「ねぇねぇ、あの後どうなったの? 紅月君、大丈夫だった?」

 

 その質問に京也は内心でホッと胸を撫で下ろす。どうやら何かしらを察した雰囲気ではなく、純粋にあの後どうなったのかを心配しているようだ。用具倉庫に押し込められている間、揚羽は聞こえてくる音でしか外の様子を伺う事は出来ない。だから彼女は壁一枚を隔てた所で、京也が仮面ライダーに変身して戦っていた事を知らない。

 

「あぁ、大丈夫。僕はあの後何とか逃げ切ったから」

「本当?」

 

 京也の答えに揚羽は疑うような目を向けた。と言うのも、彼が揚羽を用具倉庫に押し込んでからノスフェクトが追い付き、彼が変身して戦うまで殆どラグが存在しない。揚羽の耳には彼が自分を用具倉庫に押し込んだ直後に戦いが始まった様にしか思えなかったのだ。それなのにあの後すぐに逃げ切った、などと言われてもそう簡単に信じられるものではなかった。

 

 言葉にしてから京也自身も少し違和感のある言葉であると気付いたのだろう。僅かに額に汗を浮かべ、視線を微かに泳がせる。それが更に揚羽の懐疑心を煽り、気付けば彼女の手が京也の腕を掴んでいた。

 

「ねぇ、教えて? 本当はあの後何があったの? あの倒れてた人は何? 紅月君何か知ってるの?」

「いや……えっと……」

 

 矢継ぎ早に放たれる質問に京也は何と答えればいいか分からなくなる。と言うより、何かを言えばさらにドツボに嵌ってしまうような気がして何も言えなくなってしまった。

 だがこの場での沈黙はある意味で肯定と同義。京也の沈黙に揚羽は彼が何かを知っていると確信し、体が密着する程彼に詰め寄った。京也は後ろを下駄箱で阻まれている為、それ以上後ろに下がる事が出来ない。結果下駄箱と揚羽に挟まれ、吐息が掛かるのではと言う程の距離で密着し彼女の制服の上からでは分り辛い柔らかさを感じてしまう。

 

「い、磯部さんッ!? ちょ、近……!」

「誤魔化さないで。ねぇ紅月君、何か知ってるんでしょ? 一体何が――」

 

 詰め寄って来る揚羽に焦る京也。このままではマズイと思いながら、この場を切り抜けるいい案が思い浮かばずいよいよ詰みかと半ば諦め始めた。

 

 その時、横から実里が声を掛けながら揚羽を京也から引き剥がした。

 

「揚羽ッ!」

「みのりん、何? どうしたの?」

「馬鹿ッ! どうしたのじゃないよ、それはこっちのセリフッ! 大丈夫だった? 怪我とかない?」

「ちょっ! みのりん、くすぐったいよっ!?」

 

 京也から引き剥がされた揚羽はそのまま実里によるボディーチェックを受けた。彼女に怪我などがないか本気で心配した実里が、揚羽の体を撫で回しそのくすぐったさに揚羽が悶えながら笑い始める。

 思えば実里は上から見ているだけだったので、あの後揚羽が用具倉庫に押し込められた事等を知らない。故に彼女は京也を怪しむよりも揚羽の心配をする方を優先させた。

 

 取り合えず揚羽からの追及は何とか免れたと京也が胸を撫で下ろしていると、今度は実里が彼の方を見て口を開いた。

 

「あ、そうだ紅月君ッ!」

「ッ!? な、何……?」

 

 今度は実里からの質問攻めかと警戒する京也だったが、予想に反して彼女の口から告げられたのは純粋な感謝の言葉であった。

 

「ありがとう、紅月君。揚羽……私の友達、助けてくれて」

「ぁ……」

 

 実里からの感謝の言葉に、京也は心に何かが響くのを感じた。思えばヴァーニィの正体は隠している為、誰を助けても自分に感謝の言葉が向けられる事は無い。それ自体にはもう慣れた京也だったが、それ故にこうして誰かを助けて正面から感謝されると言う事には慣れているとは言い難い。無論変身する前に襲われそうになっていた人をノスフェクトから逃す為に動く事はあるし、生身でノスフェクトを押し退けてから襲われそうになった人を逃がした事はある。その時にその場で感謝される事はあるが、その言葉に込められた熱量は当時と今とでは明らかに違った。

 或いは、京也自身の状況の違いも関係しているのかもしれない。襲われている人をノスフェクトから引き離して感謝される時は、大抵京也自身もその人の安全以上に戦いの方に意識が向いている。だが今は、落ち着いている時に誰かの危機を救った事に対して感謝された。実里から投げかけられた感謝の言葉は、京也の心に波紋のように広がっていったのだ。

 

 胸の中が温かくなるような気持ちを京也が抱いていると、実里は揚羽にも彼に感謝する様に告げた。

 

「ほら、揚羽。紅月君にありがとうって言った?」

「うぅん、まだ……」

「なら、ね?」

「うん……紅月君、ありがとう。危ない所だったよ」

「だ、大丈夫。気にしないで。磯部さんが無事で良かったよ」

 

 思わず顔がニヤケそうになるのを堪えながら、京也は2人からの感謝を受け止めると足早にその場を去った。あまり2人にだらしのない顔を見られたくなかったし、いい加減そろそろ帰らないとアルフが心配する。

 

「それじゃ、また明日ッ!」

「あ、紅月君……!」

「うん、またね」

 

 靴を履き替えて正面玄関から出ていく京也を、まだ本当に聞きたい事を聞けていないと揚羽が引き留めようとする。だが実里はそれを遮り、京也が帰っていくのを静かに見送った。

 個人的には極めて重要な事を聞きそびれてしまった事に、揚羽は頬を膨らませて不満を露にする。

 

「も~、みのりん何で邪魔するのさ?」

「いいから。そっとしておこう」

「そっとするって、何?」

「いいから」

 

 実里は沈黙を貫いた。それが京也の為であると、何となくだが理解したからだ。恐らく彼はこの話題を引き摺らない方がいい。

 

(まぁ、ウチも気にならない訳じゃないんだけどね)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()を思い浮かべながら実里は胸の内に湧き上がる好奇心を宥めた。

 

「……もっと仲良くなれば、色々と教えてくれるのかな?」

「何? 何か言った?」

 

 ちょっぴり今までとは違う興味を京也に向ける実里の口から小さく零れた言葉。それを耳聡く聞きつけた揚羽が聞き返すと、実里は普段彼女がしないような悪戯っ子の様な笑みを浮かべながら答えた。

 

「今よりもっと紅月君と仲良くなろうかなって話」

「おぉ~ッ! いいねそれ! もっと気安く呼び合えるくらいには仲良くなろうッ!」

 

 純粋に京也と今より仲良くなろうとする揚羽の無邪気さに、実里は楽しそうな笑みを返した。そうだ、今よりもっと京也と仲良くなろう。少なくとも、揚羽と実里の様に互いを下の名前で呼び合えるくらいには。

 それ位仲良くなれれば、彼が変身した事についても詳しく聞けるかもしれない。そんな事を夢想しながら、実里は揚羽と共に人の流れに乗る様に学校を出て家路へとつくのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 揚羽からの質問を実里からの援護もあってやり過ごした京也。彼が屋敷へと帰り着き、部屋へと入った瞬間迎えたのはアルフからの熱い抱擁であった。猛烈な勢いで突っ込む様に抱き着いてきたアルフを、京也は肺から幾分か空気を吐き出されながら受け止め軽く咽ながら撫でた。

 

「う゛、ほぉ゛……! けほっ、ぅ……た、ただいまアルフ。ゴメンね、ちょっと遅くなちゃって」

 

 優しくアルフの頭を撫でる京也だったが、彼女は彼の胸板に顔を埋めたまま動かない。それどころか更に腕に力を込め、彼女の豊満な胸が京也の体に押し付けられた。彼女の柔らかで豊満な胸が胸から腹にかけて押し付けられる感触に、得も言われぬ幸福と興奮を覚えながら京也はアルフの様子が何かおかしい事に気付きそっと訊ねた。

 

「アルフ? どうかしたの?」

 

 違和感の正体を探ろうと顔を近付けると、彼女が肺一杯に大きく息を吸う音が聞こえた。どうやら京也の胸板の匂いを嗅いでいるらしい。その後も暫く鼻が鳴るほどの勢いで隈なく京也の体臭を嗅ぐアルフに、今日は随分と甘えてくるなどと思っていると不意に彼女は顔を上げて短く訊ねてきた。

 

「……京也、誰かと抱き合った」

「はぇ?」

「京也から、私とジェーン以外の匂い、する……」

 

 そう言ってアルフはまた京也の胸板の匂いを嗅いだ。そして鼻に感じるあまり覚えのない少女の匂いに、アルフはほんのり悲しそうな顔をした。

 最初何の事かと分からなかった京也だが、そう言えば先程揚羽が学校の正面玄関で体を密着させてきた事を思い出しマズいと冷や汗を流す。確かにアルフ以外の少女と体を密着させたことは事実だが、彼女が心配するような事は何もない。だがそれを素直に告げた所で、現場を見ていない彼女はそれをすぐに信じてはくれないだろう。

 

 さてどうするか。悩む京也だったが、同時にヤキモチを焼いて来るアルフの姿を純粋に可愛いとも思ってしまった。もう少し甘えてくる彼女の様子を見ていたい誘惑に駆られそうになるが、それをグッと堪えて京也は彼女の顔を上げさせると柔らかく手触りの良い頬にそっと唇を触れさせた。するとそれまで何処か鬱屈としていたアルフの顔が、光が差したように明るくなった。

 

「京也……!」

「ゴメンね、勘違いさせちゃって。でも大丈夫、僕にとって大事なのはアルフだから」

「でも、匂いが……」

「これは、ちょっと……壁際に押し付けられちゃったからだよ。抱き合ってはいないから安心して」

 

 事実である。実際京也は揚羽に下駄箱に押し付けられはしたが、それだけである。間違っても彼女の背や肩に腕を回したりなどしてはいない。

 

 京也の弁明にアルフは彼の目をジッと見つめたが、嘘を言っている訳ではない事を確信するとホッとした顔になり安堵の笑みを浮かべた。

 

「うん!」

 

 安心した様子で抱き着いてきたアルフを、京也が優しく撫でながら小さく息を吐く。まるで猫の様に甘えてくる彼女を撫でていると、時折思いっ切り抱きしめてしまいたくなる。猫を飼った覚えは無いが、猫を飼うとこんな感じなのかと思う時がちょくちょくあった。

 

 暫くはアルフの好きにさせていた京也も、流石に何時までもつっ立っている訳にはいかないと彼女を宥めて一度離れてもらい、私服に着替えて腰を下ろしてホッと一息ついた。やはり自分の部屋が一番安心できる。そう思えるのは、アルフも居てしかも誰の邪魔も入らないからかもしれない。

 

 そんな事を考えつつ、腰を下ろした彼に再び甘えてきたアルフを撫でていると不意に高校生の部屋には似つかわしくない鉄塊が視界に入った。ジェーンが持ってきてくれた武器、グレイブレイカーだ。壁際に立てかけられたそれをぼんやりと眺め、京也は何とはなしに立ち上がりアルフを引っ付けながら壁に近付きグレイブレイカーを手に取った。

 

 変身していた時は特に気にならなかったが、生身だとやはりズシリと重い。これを平然と降り回せていたのだから、やはり変身した状態の身体能力は非常に高いのだと分かる。

 

 グレイブレイカーを眺めながら、京也は今この場に居ないジェーンに思いを馳せた。一体彼女はこれ程の物をどこで調達してきたのだろうか。十字架の左右の棒の部分が分離してハンドガンになり、天辺の棒が展開して柄になり長い棒がそのまま大剣、そして十字架のサイドのグリップを展開させればキャノン砲となる。これほどの兵器を作れる組織となると、それこそS.B.C.T.くらいしか思い浮かばないが…………

 

「ねぇ、アルフ? アルフはこれ、見覚えとかない?」

「ん~? ううん、知らない」

「だよね~」

 

 何とはなしにアルフに話を振ってみたが、案の定彼女も知らないと言う。それはそうだろう。アルフとジェーンは同じ上級ノスフェクトだが、2人が出会ったのは京也がアルフと出会った時と同じだ。それまで接点が無かったのに、知る訳がないだろう。

 

 まぁ、考えても仕方ない。京也はそう自分を納得させると、グレイブレイカーを壁立てかけ直してそのままベッドに腰掛けようとした。

 

 その瞬間、アルフが弾かれた様に顔を上げた。それを見て京也は今何が起きているかを察する。

 

「ノスフェクト?」

「うん……!」

 

 アルフは頷くと京也から離れ、壁に立てかけられていたグレイブレイカーを担いで窓から飛び出した。京也もそれに遅れまいと外に出て、停めておいたバイクに跨り彼女の後を追った。

 

 2人が辿り着いたのは、所謂オフィス街と呼ばれる場所であった。近付くとそこで悲鳴や怒号が響くほどの喧騒が起こっているのが分かり、騒動が近い事を察した京也はほど近い所でバイクを停めるとアルフを見失わないようにしながら現場が見える場所まで歩いて移動した。

 

 そこで起こっていたのは、正に映画さながらの光景であった。逃げ惑う人々を後ろから追いかけているのは多数のゾンビ。動きは早いとは言い難いが、それでも覚束ない足取りで走りながら追いかけてくる様は恐怖その物。その恐怖で足がもつれた人が躓いて転べば、その者にゾンビ達は殺到し肉に食らい付き血を啜り始める。

 

「いやだ、やめッ!? ひ、ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 あっという間に倒れた男はゾンビに群がられ全身の肉を噛み千切られる。鳥が餌に群がる様にゾンビが群がっている場所で何が起きているかは想像もしたくない。

 周囲には似たような光景が幾つも広がり、そこかしこで悲鳴が上がっていた。正に阿鼻叫喚の地獄絵図の様な有様に、京也も気分の悪さを感じずにはいられない。

 

「酷い……止めないと。アルフ!」

 

 京也がアルフの名を呼べば、高所から様子を伺っていた彼女が飛び降りてくる。

 

 担いでいたグレイブレイカーを近くに立てかけ、京也に抱き着くアルフを優しく抱きしめ返すと、彼女は彼の首筋に優しく牙を突き立て血を啜りクロスブラッドを生成した。

 

「んくっ! は、ぁぁ……!」

 

 己の血が彼女の中で混ざり合う感覚に快楽を感じ喘ぐ京也。アルフは十分な血を吸うと、名残惜しそうに彼から離れて口から出てきたクロスブラッドを差し出した。

 

「ん、京也」

「うん、ありがとう」

 

 まだ体の中に燻る火照りを抑えながら、京也はヴァンドライバーを腰に装着しハンドルを引いて開いたドクロの口にクロスブラッドを装填して変身する。

 

「変身ッ!」

〈ダイシリアス! キョウヤ!〉

 

 変身したヴァーニィは、壁に立てかけられていたグレイブレイカーを担ぐ。グレイブレイカーには持ち運びを容易にする為革製のスリングが付けられている。彼はそれを使って十字架を背中に担ぐと、人々に襲い掛かろうとするゾンビの前に立ち塞がり左右の棒を成すハンドガンを取り出し二挺の拳銃で銃撃し始める。

 

 次々と放たれる銃弾が、ゾンビの頭を正確に射抜いていく。脳髄を破壊されたゾンビは活動を止め、その場に力無く崩れ落ちた。それでもゾンビ達は恐れる事無く次から次へとヴァーニィに襲い掛かろうとするが、彼の銃撃はゾンビに近付く余地を与えず、気付けば全てのゾンビが道路の上に倒れて動かなくなっていた。

 

 今までに比べて遥かに負担の小さな戦い。これを持ってきてくれたジェーンに改めて感謝しつつ、しかしヴァーニィは警戒を緩めることはしなかった。ゾンビが居ると言う事は、それを生み出した親がどこかに居ると言う事。問題はそれが下級か上級かと言う事なのであるが…………

 

「へぇ、やる様になったじゃねえか?」

「お前は……!」

 

 前者を望んでいたヴァーニィだが、運命は彼に楽をさせてはくれなかった。姿を現したのは灰色の体毛を持つ狼の様なノスフェクト、ヴォーダンが変異したウルフノスフェクトであった。

 

 舌なめずりしながら見てくるウルフノスフェクトを前に、ヴァーニィは二挺の拳銃の銃口を向けて牽制するのだった。




と言う訳で第15話でした。

実は前回の戦闘で、京也が変身するところを実里に見られていました。ですが実里は、空気を読んでそれをいきなり明かしたりはせず今は静かに見守る事を選んだようです。でもそう遠くない内に、京也には正体を知ってしまった事を明かす事になるでしょう。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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