多数の人間から吸血しエネルギーを補充したカミラは、途中カタリナに遭遇しながらも特に大きな問題もなくねぐらとしている廃墟へと戻ってきた。彼女が戻ると、奥でヴラドが変わらず眠っている。
ただ全てが記憶の中にある通りではなかった。一番の変化は、先程は居なかった筈のヴォーダンが壁に寄りかかって腰を下ろしている事だ。
「よぉ、腹ごしらえは十分か?」
「ヴォーダン、戻ってたの?」
「あぁ。悪いな、今回は収穫なしだ」
「まぁ、仕方ないわね」
ヴォーダンの報告にもカミラは特に気分を悪くした様子は無い。ヴラドに力を与える特殊なクロスブラッド、ブラッククロスは生成できる血液を持つ人間が限られる。大まかに生成できそうな人間を選別する事は出来なくもないが、100%ではない為結局は当たり外れを願う事になった。
故に彼女達は、気になる人間を中心に片っ端から人間を吸血し、出来る様ならクロスブラッドの生成に精を出すのである。
肝心のクロスブラッドを手に入れることは叶わなかったヴォーダンであるが、全くの収穫なしと言う訳ではなく彼女達に取って無視できない情報を持って帰っていた。
「あぁ、ただ気になる事があった」
「何?」
「ペスター博士がもうすぐこっちに来るってのは知ってるよな?」
「勿論。ヴラド様をサポートする為に、あの男が来るのよね」
傘木社が存在していた頃からノスフェクトに関する研究を細々と続けていたペスター博士は、会社が崩壊した後も地下に潜みながら研究を続けていた。そうして生み出されたのがヴラド達であり、当初は欧州でノスフェクトのテストなどを行っていた。
だが修道騎士団がどうしても邪魔だった。ノスフェクトを、と言うより異教徒にして化け物である存在全てを敵視する修道騎士団は、少しでもノスフェクトの気配を感じ取るとその地域を徹底的に探って来るのだ。そのしつこさはS.B.C.T.を凌駕する。執念深さと容赦のなさに危機感を感じたペスター博士は、ヴラド達の力で騎士団を退けていたのだがあまりの執念深さに遂に音を上げた。これ以上欧州での活動は無理と判断し、自身は手勢と共に地下に潜みつつヴラド達を国外へと逃がした。その結果行き着いたのが日本の季桔市であり、今は主に彼らノスフェクトとS.B.C.T.、そして修道騎士団が睨み合う様相を呈しているのだ。
「それなんだがな、どうも先立ってこの近くに来てた連中が何かに襲われたらしい」
「襲われた? 何それ? 騎士団?」
ペスター博士に従う元傘木社の者達が、季桔市の近くで活動している事はカミラも知っていた。ヴラドに不自由させない為、近い内に自分から彼らの下へと赴こうとしていた位である。
それが何者かに襲われたとなれば、それは無視できない由々しき事態であった。
「いや、騎士団じゃないらしい。何かは分からないが、連中が襲われて施設は壊滅状態だった」
ヴォーダンからの報告にカミラは渋い顔をする。これでは博士がこちらに来るのが遅れてしまう。彼女らノスフェクトは頑丈で少しの事は問題にならないが、それでもサポートの有無は大きく違う。特に寝床の問題は重要だ。敬愛するヴラドに何時までもこんな粗末な寝床を用意するのは心苦しい。
(何に襲われたのかは知らないけれど、不甲斐無い連中ね。自分達で生み出したヴラド様の世話1つ満足にできないなんて)
カミラ達は自分がペスター博士による被造物であると言う自覚はあった。だがその事で、博士達を敬愛するつもりは毛頭ない。彼女に取ってはヴラドが全てであり、ヴラドや自分達に圧倒的に劣る能力しか持たない人間など食料か下僕程度にしか思っていなかった。使えないならそれはゴミも同然だ。
そこまで考えて、カミラはふと優秀な人間として記憶していたカタリナの事を思い出した。珍しくヴォーダンが逃げ帰らざるを得なかった相手だ、警戒する意味でも記憶に残る。
「あぁ、そう言えばヴォーダン。あなたがご執心の騎士団の女に会ったわよ」
「本当かッ! 何処だ、いや、どうなった!」
よもやカミラが自分を差し置いてカタリナを始末してしまったのではないかと危惧したヴォーダンだが、彼の懸念を察したカミラは彼を宥めながら事の顛末を話した。
「落ち着きなさいな。大丈夫よ、一戦も矛を交える事無く離れたから。ただ話し掛けられただけ」
「バレたのか?」
「いいえ……と言いたいところだけど、感付かれはしたわ。逃げる直前、危なく後ろから撃たれるところだった」
あの時、路地裏から離れる直前背後から響いた銃声は文字通り寿命が縮む思いをカミラに味合わせた。あと少しタイミングがズレていたら、自分は背後から銀の銃弾に倒れていたかもしれない。ノスフェクトとしての気配は徹底的に隠していた筈だが、それでも僅かな臭いと違和感で自分がノスフェクトである事に気付いたカタリナは、人間としては間違いなく優秀な部類である。
カミラの話を聞いて、居ても立っても居られないとうずうずした様子のヴォーダン。それを見てカミラは彼に助け舟を出した。
「折角だから誘き出す?」
「あ?」
「あの女の近くで食事をしてきてね。その時の食べ残しが残ってるから、今からでも暴れさせれば騒ぎを聞きつけて出てくるかもよ?」
カミラは吸血する際、序でとばかりに血を吸った人間の中に自身のノスフェクトの体液をこっそり注入していた。下級のノスフェクトであれば有無を言わさず人間をゾンビに変異させるが、上級となると話は変わって来る。彼女らは下級のノスフェクト同様人間を吸血し殺した後、体液を注入した人間をゾンビに変えられるがその際に任意のタイミングで変異させる事が出来た。
カミラはこの能力を用いて騒動を起こし、まだ近くにいるだろうカタリナを誘き出そうと言うのだ。
彼女の提案にヴォーダンは獰猛な笑みを浮かべた。
「ほほぉ、そりゃ面白れぇ。出来るならぜひやってほしい所だな」
「いいわ、それじゃ……」
ヴォーダンの要望にカミラは指をパチンと鳴らした。
それが合図となり、先程カミラが襲った人々が次々と動き出した。現場では警察と救急が遺体の処理などを行っており、状況から最近騒動を起こしているノスフェクトが原因と警察経由でS.B.C.T.に通報が入る直前であった。そのタイミングで突然死んだと思っていた人々が動き出した為、警官達はその光景に呆気に取られた。
「あ、え……?」
最初警官と救急隊員達は、死んだと思っていた人々が実は生きていたのかと思った。或いは、仮死状態だった人々が息を吹き返したのかと思っていた。
だが立ち上がった犠牲者達が虚ろな目をしながら牙を剥き迫ってくる光景を前に、それは間違いである事を彼らは知る。しかしそれを理解するのは些か遅すぎた。
次の瞬間、ゾンビとして覚醒した犠牲者達は近くに居た警官や救急隊員に次々と襲い掛かり牙を突き立て肉を喰らい血を啜り始めた。
「うわっ!? うわぁぁぁぁっ!?」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!?」
そこから先は阿鼻叫喚の地獄であった。ゾンビとなった人々に襲われた人は新たなゾンビとなって、鼠算式に犠牲者が増えていく。気付けば事件現場となったオフィスビルの中はゾンビが闊歩する状況となり、ビルの中の人々だけでは満足できなくなったゾンビ達は外に出て更なる犠牲者を求め始めた。
人々の悲鳴と逃げ惑う騒音に、被害の現場は手に取るように分かる。ヴォーダンはウルフノスフェクトとなると、まだ空に輝く太陽を忌々し気に睨みつけつつカタリナと再戦できることを望んで現場へと向かった。
結果、彼はカタリナに遭遇する事は出来なかった。だが代わりと言っては何だが、以前よりは強くなったように見えるヴァーニィの姿を見つけた。目的の相手ではなかったが、あれはあれで楽しめそうだとウルフノスフェクトは彼の前に降り立った。
「へぇ、やる様になったじゃねえか?」
「お前は……!」
自身の前に姿を現したウルフノスフェクトに、ヴァーニィは二挺の拳銃を向ける。向けられた銃口を前に、ウルフノスフェクトは舌なめずりをしながら鼻を鳴らした。
「ふん、自分の力だけじゃ足りないから武器に頼ろうって訳か」
「わ、悪い……?」
「いや? そこまでは言わねえさ。だが、その程度で俺に勝てるか……」
身構え始めたウルフノスフェクトに、ヴァーニィも戦いの始まりを察して体の内側が震えあがる。それは恐怖か武者震いか、定かではない中ウルフノスフェクトは地面に足の爪を突き立てスパイクの様にしながら一気に駆け出しヴァーニィに接近した。
「ガルァァァァッ!」
牙の生えた口を大きく開きながら突撃してくるウルフノスフェクトに、ヴァーニィは左右の拳銃の引き金を引き迎え撃つ。次々と放たれる銃弾はノスフェクトに効果抜群な銀製の銃弾。これを喰らえばウルフノスフェクトと言えどただでは済むまい。
それはゾンビ達の様子を見てウルフノスフェクトも分かっているだろうに、予想外な事に奴は回避する素振りも見せず真っ直ぐ突撃してきた。自殺行為も同然の行動だったが、奴がその選択を選んだ理由は直ぐに分かった。
何と銀の銃弾はウルフノスフェクトの体毛に弾かれ明後日の方へ向かって飛んでいってしまったのだ。
「なっ!?」
まさか回避も防御もせず、体毛だけで銀の銃弾を防ぎ無力化してしまった事にヴァーニィも驚愕に言葉を失う。その間もウルフノスフェクトは迫り、このままではマズイと彼は横に転がってウルフノスフェクトの突撃を回避した。
「くッ!?」
ギリギリのところで回避すると、その直後ウルフノスフェクトの口が勢いよく先程まで彼が居た場所で打ち合わされ火花を散らす。勢いよく口を閉じた衝撃だけで火花が散る光景にヴァーニィは息を飲みながら、至近距離から何発もの銃弾をお見舞いした。
「このっ!」
重い銃声が何発も響く。普通の相手であればこんなのを喰らえば胴体をスイスチーズの様な穴開き状態にさせられてもおかしくないだろうに、ウルフノスフェクトは変わらずヴァーニィに向け突撃を繰り返した。銃弾はやはりウルフノスフェクトの体毛で防がれ、効果が無いように見える。これには彼も困惑した声を上げた。
「そんな、効いてないッ!?」
「馬鹿がッ! 俺が何の対策も、してないと思ってんのかよッ!」
全てはシルヴァとの再戦に備えて、ウルフノスフェクトが己を強化したからだった。最初の邂逅の際にシルヴァの銃弾で痛い目に遭った事を踏まえて、ウルフノスフェクトは再生の際に自身の肉体を更に強化し体毛をより柔軟で強固なものへと変異させたのだ。
無論、こんな器用な真似は上級ノスフェクトと言えど簡単にできるものではない。ウルフノスフェクトが、自身に適合する血液を持つ獲物を優先的に狙ったが故に成し得た事である。
「流石に強化された奴は防ぎきれねえだろうが、その程度の銃弾であればもう俺にはなまっちょろい銃弾なんか効かねえッ!」
「うわっ!?」
突撃の勢いを乗せて放たれた蹴りを受け、ヴァーニィは大きく吹き飛ばされ壁に叩き付けられる。壁に叩き付けられた衝撃で手に持っていた拳銃を落としてしまったが、彼は叩き付けられた衝撃で揺れる視界を頭を振って無理矢理戻すと、落とした二挺の拳銃を拾いグレイブレイカーに戻した。効きもしない武器で攻撃しても意味が無い。
(普通の銃弾で意味が無いなら……!)
グレイブレイカーのキャノンでなら、あの体毛の防御も抜けてダメージを与えられるかもしれない。そう思って担いでいた十字架からグリップを引き出して構えようとするヴァーニィだったが、それが大振りな武器である事はウルフノスフェクトも察していた。それで攻撃されては流石にダメージになる事も、だ。それを使わせることを許すほど、ウルフノスフェクトは油断してはいない。
「させるかぁッ!」
「がっ!?」
グレイブレイカーをキャノンモードで構えようとするヴァーニィだったが、それより早くに接近したウルフノスフェクトの爪による攻撃が命中しひっくり返る。倒れた彼にウルフノスフェクトは馬乗りになると、その首筋に牙を突き立てようと口を開けて迫った。それは不味いとヴァーニィは咄嗟に片腕にコートを巻き付けて手甲にしてウルフノスフェクトに噛ませて防いだ。
「ガルルルル……!」
「ぐ……くぁ……!?」
何とか防ぐ事は出来たが、それもあまり長持ちはしなさそうだった。ウルフノスフェクトが顎に力を入れると、手甲がミシミシと音を立てて口に包まれた腕の骨も軋み始める。このままでは手甲ごと腕を食い千切られてしまう。
そうなる前にこの状況を抜け出そうと、ヴァーニィは体を無数の蝙蝠に変異させた。彼の体が血で出来た無数の蝙蝠に変異すると、ウルフノスフェクトの顎は支えを失い勢いよく噛み合わさる。その際に何匹か蝙蝠が彼の口の中に消え、彼は意図せず口にしたヴァーニィの血を飲み込みながら無数の蝙蝠が向かう先を睨み付けた。
「フン……」
ウルフノスフェクトの視線の先でヴァーニィが再び実体を持つ。元の姿に戻った彼は、実体に戻るとその場で疲労したように膝をついた。
「うぐ、く……」
疲労の原因は先程の攻防と能力を使った事もそうだが、変異した蝙蝠の何匹かがウルフノスフェクトに食われた事も関係していた。あれでヴァーニィは強制的に血を多少だが失ってしまった。ヴァーニィにとって血の減少はそのまま能力の消耗に繋がる。能力を消耗すると最悪彼自身が血を求めて敵味方関係なく襲い掛かる亡者となってしまいかねない。幸いな事にゾンビとの戦いではほとんど能力を使う事なく済んだのでまだ多少は余裕があるが、これ以上は厳しいものがある。
出来ればここいらでウルフノスフェクトからでも血を吸って補充しておきたいところだが…………
「京也ぁッ!」
「「ッ!」」
ヴァーニィとウルフノスフェクトが睨み合っていると、出し抜けに飛び出してきたアルフが足に血を纏わせて蹴りを放った。放たれた蹴りを受け止めたウルフノスフェクトは、予想以上の威力に踏ん張りが利かず押し出されるように蹴り飛ばされ今度は彼の方が壁に叩き付けられた。
「ぐぉっ!?」
「京也、大丈夫?」
アルフはウルフノスフェクトを壁に叩き付けるとそれ以上追撃はせず、蹲ったヴァーニィを助け起こす。彼女の手を借りて立ち上がったヴァーニィは、自分を心配してくれた彼女を逆に気遣った。
「あ、アルフ……ありがとう。でも危ないから、今は離れて……」
やんわりと彼女を離れさせようとしたヴァーニィだったが、彼女はそれを無理矢理引き留め彼にある物を渡した。
「京也、これ使って……」
「え、これ……!」
アルフがヴァーニィに渡したのは1つのクロスヴブラッドであった。普段彼が変身する際に使うのとは違い、緑色に赤い血管の様な紋様が走った十字架のそれは明らかに京也から吸血して生成されたものではない。
一体何時の間にこんな物を作ったのかと困惑するヴァーニィに、アルフはこれを生み出した経緯を話した。
「さっきの、ノスフェクトの血を吸った時に……」
「ッ! そうか、あの時に……」
学校が襲撃された際、アルフはヴァーニィの窮地を救う為にタートルノスフェクトを攻撃し、その最中に吸血を行っていた。アルフとしては少しでもタートルノスフェクトを弱らせる事が出来ればと言う程度の行動であったが、運良くあの時のノスフェクトはアルフと相性の良い血液を持っていたらしい。アルフの吸血によりクロスブラッドが生成され、それが今ヴァーニィの手に渡ったのだ。
クロスブラッドを受け取ったヴァーニィは、ウルフノスフェクトを睨みながらベルトのハンドルを引く。アルフの攻撃で叩きつけられたウルフノスフェクトは、立ち上がる最中に顔を上げヴァーニィがやろうとしている事に息を飲み妨害しようと駆けだした。
「させるかッ!」
「ダメ……!」
ヴァーニィの行動を妨害しようとしたウルフノスフェクトを、アルフが逆に妨害する。彼女はグレイブレイカーから拳銃を片方外すと、それを使ってウルフノスフェクトを攻撃した。体毛を高質化させたウルフノスフェクトにもう拳銃弾程度では意味を為さないが、アルフが狙ったのは奴の顔であった。幾ら体の防御力が高くなっても、顔への攻撃は生物である以上怯まずにはいられない。
「ぐっ!?」
顔の直ぐ近くに命中した銃弾に、ウルフノスフェクトが思わず足を止める。その隙にヴァーニィはハンドルを引いて開いたドクロの口の中に受け取った新たなクロスブラッドを装填した。
〈トランスフュージョン! タートル!〉
ドクロの口が閉じられると、ベルトから音声が鳴り響き彼が纏うコートの色が十字架と同じ緑色に変化した。それだけでなくコートの形状が大きく変化し、亀の甲羅を模した鎧のような物が彼の全身を覆った。
これがヴァーニィに隠された能力の一つ。ヴァーニィは自分の血液を武器として用いる事が出来、敵の血液からその敵に特攻となる毒素を作り出す事が出来る。それとは別に、彼はクロスブラッドを取り込む事でそれに刻まれている遺伝子データを自らに反映する事が出来る。
血液とは生命の通貨であり、その中には様々な情報が内包されている。それは単純な生物としての情報だけでなく、その血の持ち主がそれまでに歩んできた筋道だったりだ。故に今回の様に特定の生物の特性であったり、人間であればそれぞれの人間が得意とする事等を反映させる事が出来る。
そう、例えば忍びとして生きてきた者であれば、その技術や能力をコピーする事などだ。
今、ヴァーニィは亀の特性を手に入れ強固な防御力を手に入れた。それを察したウルフノスフェクトは、鎧を纏うヴァーニィを忌々し気に睨みながら地面に足の爪を突き立て一気に接近する。
「ハッ! 幾ら鎧を着こんだってなぁッ!」
目視する事すら困難な程の速度でヴァーニィに肉薄するウルフノスフェクト。勢いのままに飛び掛かり、強靭な脚力でソバットをお見舞いし…………
「フンッ!」
「ぐぅっ!?」
ヴァーニィはそれを真正面から鎧で受け止めてしまった。蹴りを放った方のウルフノスフェクトは、まるで壁が巨大な岩石を蹴ったかのような衝撃を足に受けその痛みに思わず動きを止めてしまう。
その隙にヴァーニィは握り締めた拳をウルフノスフェクトに叩き付けた。
「ハァッ!」
「ぐはっ!? ち、チクショウ……!」
反撃を喰らい数歩後ろに下がるウルフノスフェクトは、そのまま高速で動き回りながら何発もヴァーニィに蹴りや爪による攻撃を叩き込む。一撃に威力を集中させても意味は無いどころか逆効果になると察し、小さなダメージを蓄積させる事で追い込む方向に攻撃をシフトさせたのだ。作戦としては悪くない。
嵐のような攻撃に晒される中、ヴァーニィは体を僅かに揺らしながらグレイブレイカーを手に取った。大剣モードで構えると、彼は心を落ち着け只管にウルフノスフェクトからの攻撃に耐え続ける。
「ふぅぅ……」
「ハッ、そんな取り回しの悪い武器で、俺の姿が捉えられるかってんだッ!」
大剣モードのグレイブレイカーは確かに威力は高いかもしれない。拳銃弾どころではない威力を受ければ、ウルフノスフェクトの体毛の防御力もぶち抜けるだろう。だがそれも当たればの話だ。当然だが武器が大きくなればその分取り回しは悪くなり、動きの速い相手には当てるのが困難になる。素早い動きを得意とするウルフノスフェクトを相手に、ヴァーニィの選択は一見すると謝っているように見えた。
だが彼は構わず身構え続け、ウルフノスフェクトからの攻撃に耐え続けた。次第に甲羅の鎧が傷付き、欠け始めるが、それでも彼は不動の構えで佇んでいた。
アルフは耐えるヴァーニィを固唾を飲んで見守っている。その彼女の前で、遂にヴァーニィがダメージに耐えかねたかのようにその場に膝をついた。
「ぅ……」
「ッ、京也……!?」
膝をつき動かなくなったヴァーニィの姿にアルフが思わず悲鳴のような声を上げる中、ウルフノスフェクトは今が好機と飛び掛かり大振りな攻撃をお見舞いしようとした。
「取った! 死ねぇッ!」
「ダメぇッ!?」
振り下ろされるウルフノスフェクトの爪を見て、アルフは咄嗟にヴァーニィを助けようと飛び出す。だがそれよりも先に、ウルフノスフェクトが攻撃の為動きが大振りになった瞬間を狙ってヴァーニィがグレイブレイカーを振るった。
「そこだッ!」
下から振り上げる様に放たれた斬撃は、振り下ろされていたウルフノスフェクトの爪と激突。一瞬激しく火花を散らしたかと思った次の瞬間には、グレイブレイカーによりウルフノスフェクトの爪が腕ごと切り裂かれてしまっていた。
「何ぃィィッ!?」
腕を切り裂かれながら後ろに下がるウルフノスフェクトを前に、ヴァーニィは内心でガッツポーズをしていた。今回は正直一か八かの賭けだった。タートルノスフェクトの能力を得た姿、『タートルブラッド』の防御力で攻撃を防ぎきれていたからこそここまでの事が出来たのだ。もしこれが無ければ、或いはこの戦いでヴァーニィの方が命を落としていたかもしれない。それほどの綱渡りの勝利であった。
(とは言え……くっ!?)
しかしヴァーニィ自身も決して無事とは言い切れない。何と言っても攻撃を耐え続けている間、ウルフノスフェクトから受けたダメージが予想以上に大きかった。相手に隙のある動きを誘発させる為だったとは言え、今回は正直無理をし過ぎた。これ以上の戦闘継続は難しいと言わざるを得ない。
だがそれを悟らせては、ウルフノスフェクトに抵抗を許してしまう。ヴァーニィは自分が弱っている事を極力見せない様に、飽く迄平常を装ってグレイブレイカーを構え続けた。
「ぐ、くぅ……へっ、強がってんじゃねえよ」
「ん?」
「お前だって、正直立ってるのがやっとってところだろ? お前みたいなガキが、あれだけの攻撃を受けて平然としてられる訳がねえ。違うか?」
しかし彼のやせ我慢は無駄に終わった。ウルフノスフェクトには彼が既に限界に近いと言う事が筒抜けだったのだ。相手からの指摘に仮面の下で冷や汗を流していたヴァーニィだったが、予想に反してウルフノスフェクトはそれ以上の攻撃をしてこなかった。
「まぁいい、今回は負けを認めてやる。お前を甘く見過ぎた、その時点で俺のミスだ」
「……随分と、その……」
思っていた以上に潔いウルフノスフェクトの判断に、勝手にチンピラのような印象を抱いていたヴァーニィは素直に驚いた。コイツは性格的に自分が虚仮にされる様な事を徹底して嫌う傾向にあると思っていたのだ。それだけにこの展開は意外であった。
しかしそれは彼が見た目と振る舞い以上に紳士な訳でも何でもなかった。
「勘違いすんな。今日は旗色が悪いってだけだ。本当ならお前じゃなくて、あの行け好かねえ女とやるつもりだった。それが当てが外れたから今回は帰るだけだ」
こんな腕では再戦も望めないしなと、ウルフノスフェクトはヴァーニィにより切り裂かれた腕を見やる。シルヴァとの再戦は万全なコンディションで臨まなければ、勝てる戦いも勝てはしない。そう思う程に彼はシルヴァの、カタリナの事を認めていたのだ。
「そう言う訳だから今回は退いてやる。だが勘違いするな、お前も俺の獲物だ。何時か必ず仕留めてやるから、覚悟しておけよッ!」
そう言ってウルフノスフェクトはあっという間にその場から姿を消した。後に残されたのはボロボロの鎧姿で、グレイブレイカーを杖代わりにして何とか立ち続けているヴァーニィとそんな彼を心配して駆け寄ったアルフの2人のみ。他に見える人影は全てゾンビとなりヴァーニィにより倒された哀れな犠牲者達だ。
駆け寄ってきたアルフがそっと彼の腕に触れると、そこで彼は本当に戦いが終わった事を理解し安心して変身を解いた。鎧とアンダースーツが流れ落ちる様に消え元の姿に戻ると、その瞬間ドッと疲れが襲ってきて堪らずその場にひっくり返りそうになった。
「う、と……」
「あ、京也……!」
倒れそうになる京也を、アルフが咄嗟に支えた。その際、彼を支えたのは”2人分”の腕であった。
「あ、ありが…………え?」
危うく倒れそうになっていたところを支えられて、お礼を言おうとした所で彼はアルフ以外に自分の事を支えている者が居る事に気付きそちらに目を向けた。最初それはジェーンであろうと思っていた京也だったが、そこで彼が見たのは予想だにしない人物の姿であった。
「紅月君、大丈夫?」
「な、えぇっ!?」
「あっ!?」
そこに居たのは須藤 実里……京也の同級生でありクラスメートであった。
心配そうに京也の事を見ている実里の姿に、京也本人は口から心臓が飛び出るのではと言う程驚き、同じく驚いたアルフは咄嗟に目を煌かせて催眠光で実里の精神を操って記憶を消そうとした。
それに気付いた京也は、咄嗟にアルフにそれを止めさせようと彼女の目を塞いだ。
「ちょ、ま、駄目だよアルフッ!?」
「ッ、京也、何でッ! だってこれじゃ……」
「そうだけど、でも……」
養護教諭に既にやってしまった事ではあるが、それでも京也はこれ以上アルフに必要以上に人間の心を操るだとかそう言う事をやってほしくは無かった。特に実里は、彼の友人でありクラスメート。クラスメートを不都合があったからと言って、そうホイホイと精神を操るとかはしたくない。それではまるで自分達の関係が上っ面だけの薄っぺらいもののように感じられたからだ。
京也の判断に、アルフも一応の納得と言うか理解を示してくれた。彼女だって、京也が嫌がる事を積極的にやりたいとは思わない。だがそれはそれとして、京也の秘密を他の女が知っていると言う状況は彼女としても面白いものではなく、アルフはまるで京也は渡さないとでも言う様に彼の腕をしっかりと抱きしめ実里に向け警戒する視線を向けていた。
「ヴ~……」
「あ、あはは……それより須藤さん、何時から見てたの?」
恐らく変身を解除する瞬間は確実に見られていた。だがそれにしては実里が随分と落ち着いている。普通クラスメートが異形に変身していたと知れば、もっと慌てふためいて然るべきではないかと思ったのだ。
そう思って問い掛けると、彼女から返ってきたのは予想外の答えであった。
「実は、さっき学校で紅月君が変身するところから見てたんだよね」
「えぇっ!?」
先程学校にタートルノスフェクトが現れ、京也が揚羽を助けた際に実里は実里で揚羽を自分でも助けようと急いで1階に降りていたのだ。そして京也と共に揚羽が逃げるのを手伝おうと2人が逃げていった方向から何処に向かうかを予想し校舎裏に回って用具倉庫の前に出ようとした彼女は、そこで京也がタートルノスフェクトと対峙しヴァーニィに変身する姿を目撃してしまったのである。
そこまで聞いて、京也はパズルのピースが嵌る様な感覚を覚えた。そう言えば下駄箱の所で揚羽に質問攻めされていた時、実里は何と言うか京也をその場から逃がす様な言動が目立った。あれも実は京也の秘密を知ってしまい、それを隠す事に協力する為のものだったのだ。
「でも、何で……? 須藤さん、僕があんな姿になるって知って、色々と気になったりしないの?」
「あぁ、その事?」
不可解な実里の行動に京也が不思議がって訊ねると、当の本人はそんな事かと朗らかに笑うと京也とアルフの事を優しく見つめながら答えた。
「だって、紅月君揚羽の事助けてくれたでしょ? ウチにとってはそれだけで十分だもん。ありがとう、揚羽の事を助けてくれて」
そう言って花が咲いたように笑う実里は心から彼に感謝している事が感じられて、それを見てアルフも気付けば彼女への警戒心を解いてしまっていた。
2人からの視線を受けて、実里は小さく笑うと踵を返した。
「それじゃ、もう大丈夫そうだし、ウチはもう行くね。あ、大丈夫。揚羽は勿論誰にもこの事は言わないからさ」
その言葉と共に実里はその場から去っていった。離れていく彼女の背に、京也は彼も心からの感謝を彼女に述べた。
「ありがとう、須藤さん」
それは秘密を守ってくれた事か、それとも本当の彼を見ても恐れずにいてくれた事か。そのどちらに対しての物なのかは、彼自身も理解できずにいた。
と言う訳で第16話でした。
本編開始から16話目にしてようやく特別編で見せたヴァーニィのフォームチェンジを見せる事が出来ました。ヴァーニィのチェンジ後のフォームは○○ブラッドとなりますので、特別編で見せた姿はツバキブラッドとなります。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。