実里に京也が仮面ライダーヴァーニィである事がバレた。だがそれは決して悪い意味ではなく、彼女は京也にある程度の理解を示してくれ、秘密に関しては揚羽にすら口外しない事を約束してくれた。
一応学校には、京也に対して協力的な姿勢を見せてくれる養護教諭が居る。だが彼女の場合はアルフの催眠による強制的な協力であり、実里の様に自発的に己の意志で協力してくれる者の存在は彼にとってもありがたいものであった。特に突発的に何か起きた際、咄嗟にフォローしてくれたりと助かる場面も多い。実里の存在はアルフとは別の意味で京也を精神的に支えてくれる存在となっていた。
ただそれは同時に、ちょっとした問題と言うかそう言うものを発生させる原因となってしまい…………
「ねぇねぇ、みのりんって紅月君と付き合い始めたの?」
「ブフゥッ!?」
昼休憩中、揚羽が徐に実里にそう問い掛けた。その質問にされた本人である実里は思いっ切り噴き出し、横で話を聞いていた京也も危うく喉に物を詰まらせそうになり胸元を叩いていた。
「ん、ぐ……ゴホゴホ、磯部さん何言って……!?」
「そ、そうよ揚羽ッ! 何がどうしてウチと紅月君がそんな関係になってる訳ッ!」
流石にこの誤解は解かなければならないと京也と実里が揃って声を上げる。それに対して揚羽はキョトンとした様子で故首を傾げながら、持参したサンドイッチを齧りつつ2人の声に答えた。
「だって、最近になって2人共急に仲良くなった感じだし……」
「「うッ……」」
揚羽の答えに2人は思わず言葉を詰まらせた。確かに最近になって急激に京也と実里の距離が縮まったのは確かだ。実里は京也の秘密を知り、京也はそれを守ってくれる実里に親しみを感じている。その近さが気安さとなり、気付けば学校でも京也と実里は会話をする事が前に比べて増えていた。
その様子を見て、2人が突然付き合いだしたと考えている者は少なくなかった。揚羽もその1人だったのである。
「それで? 2人が仲良くなったのって何時からなの?」
「いや、それは…………」
言われて京也は、確かに最近は実里とも仲が良くなり話す事も増えている事を自覚した。京也からすれば実里に対して恋愛感情は無いし、実里だって京也に対してそう言う目を向けた事は無かった。だが傍から見ればあまりにも急激な距離の縮まりは付き合いだしたと錯覚してもおかしくないものであり、これを解消するのは少し難しいと京也はどう答えるべきかと言葉を必死に選んだ。ここで迂闊な答え方をすれば、それは逆効果となり更なる誤解が進んでしまう。
(ど、どうしよう……)
視線を泳がせる京也だったが、一方で実里は時間が経つに従って落ち着きを取り戻していた。揚羽から京也との関係を突かれた時は驚いたが、よくよく考えてみればただ仲良くなっただけであれば別に焦る様な事ではないと気付いたのだ。ここで下手に慌てれば逆に誤解が加速する。この場での最善手は慌てず騒がず、真実を織り交ぜて仲良くなる切っ掛けなどを正直に話す事だ。
「ほら、この間学校に怪物が出て揚羽が危なかった事あったじゃない? あの時に紅月君が揚羽を助けてくれた事が切っ掛けと言えば切っ掛けかな」
「あ~ッ! あの時ねぇ」
「因みに、飽く迄も友達としての関係だからね。紅月君には純粋に揚羽の危ない所を助けてくれた事に対して感謝してるし」
何て事は無いように言う実里に、揚羽も段々と落ち着いてきた。自分に関係のある事が話題となり、その事に耳を傾けている間に興奮も冷めてきたようだ。
「てか、そう言う意味で言えば寧ろ揚羽の方はどうなのさ?」
「アタシ? アタシが何?」
「紅月君の事。直接危ない所を助けられたのは揚羽の方じゃん。揚羽は紅月君に対してそう言う気持ちになったりしない訳?」
「ちょ、須藤さんッ!?」
順調に揚羽を落ち着かせてくれていると思ったらとんでもない事を言い出す実里に京也が慌てる。まさかの展開にアワアワする京也の前で、揚羽は胸元で腕を組みウンウンと唸りだした。
「ん~……確かにあの時は危なかったし、紅月君に感謝もしてるけど……ん~?」
「ね、つまりはそう言う事。そう簡単に恋に落ちるとかそんなのあり得ないって。ウチと紅月君もただの友達、それだけだよ」
揚羽が悩んでいる間に実里はさっさと結論を出す。それを聞いて、揚羽もとりあえずは納得したのか唸るのを止め顔を上げると小さく息を吐いて何時もの快活な笑みを浮かべた。もしかすると揚羽は内心で実里が自分から離れていく事を危惧していたのかもしれない。今まで幼馴染にして親友として共に歩んできた実里が、京也に取られてしまうのではないかと心配していたのだ。
安心したように笑みを浮かべた揚羽の姿に、誤解も解けたかと京也はホッと胸を撫で下ろす。と、ここで彼はふとスマホに一通のメールが入っているのに気付いた。メールボックスを見ると送り主はジェーンだ。帰りにお使いでも頼まれたのかと思いそのメールを開いてみると、そこにあったのは予想だにしない内容であった。
「え……? 須藤さんを?」
メールの内容はシンプルで、曰く実里を家に連れて来いと言うものであった。あまりにもシンプル過ぎて、しかし同時に不可解だったので京也はたっぷり3回はメールの内容を読み返してしまったほどである。だが何度読み返しても内容は変わらず、ジェーンが実里に会いたがっている事しか分からなかった。
正直に言って不可解だが、とは言え無碍にする訳にもいかずそもそも拒絶する理由もなかった為、京也はタイミングを見て実里に予定を聞き彼女を家に招いた。
そうして、実里を連れて京也は自宅である屋敷へと帰ってきていた。外観は壁に蔦が張り付いていたりと、噂に違わぬボロさに実里は屋敷を見上げて呆けていた。
「ふわ~……本当に紅月君ここに住んでるんだ……」
「正確には、居候させてもらってる形なんだけどね」
この屋敷の持ち主はジェーンと言う事になっており、京也は訳ありで置いてもらっている形だ。そんな事情を知らなかった実里は、何やら複雑な背景がある事を察してそれ以上の詮索は避けて純粋に自分を呼び出したと言うジェーンへの疑問を口にした。
「それにしても、その……ジェーンさん? ウチに何の用なんだろう?」
「多分、須藤さんがヴァーニィの事を見ちゃった事だと思うけど……」
先日、実里にヴァーニィの正体が京也である事がバレてしまった事はジェーンに報告してある。その時は特にこれと言った反応も見せず、何時も通りニコニコしていたので特に大きな問題は無いと思っていたのだが今日になっていきなり実里を呼び出すとは思っていなかった。
タイミング的にジェーンが実里との面会を希望する理由となればやはりヴァーニィ絡みの事だろと言う事は分かったが、彼女が実里と何を話すつもりなのかは京也にも分からなかった。
「ま、優しい人だから安心して。さぁ、上がってよ」
「うん、それじゃ、お邪魔しま~す」
京也に促されて実里が屋敷に上がると、それと同時に屋敷の奥からアルフが飛び出してきて京也を掴んで引き寄せる様にして実里から引き離した。
「京也……!」
「わっ! あ、アルフ?」
「むぅ……」
アルフは京也を実里から引き離すと、警戒するような目を彼女に向けた。彼の事をしっかりと抱きしめながらの彼女の視線は、まるで猫が警戒しているようで怖いと言うよりも寧ろ微笑ましい。しかも恐らくその視線の理由は、京也を取られるかもしれないと言う不安と嫉妬だ。京也と急速に距離が縮まった実里が京也に好意を抱くのを警戒して、先んじて彼から引き離そうとしているのだろう。
それに気付き、実里は気分を悪くするどころか逆にアルフの可愛らしさに笑みが零れた。
「フフッ……」
「あ、ごめんね須藤さん。アルフは、その……」
「ううん、いいのいいの。えっと、アルフちゃん? 大丈夫。ウチ、紅月君の事をそう言う目で見たりしないから」
安心させようとする実里の言葉に、アルフも先程に比べれば警戒心を解き京也から少し体を離しながら故首を傾げた。
「実里は……京也の事、好き? 嫌い?」
「え? う~ん、好きか嫌いかで言えば、まぁ好きに入るんだろうけど……でもそれは飽く迄友達として、ね」
京也への好意を口にした瞬間再びアルフの警戒心が強くなったが、直後に実里が続けた言葉にアルフは分からないと言う様にキョトンとした。
「何か、違うの?」
「全然ね。少なくとも、アルフちゃんから紅月君を取っちゃうような事はしないから安心して」
両手を肩の高さまで上げてヒラヒラと振る実里の姿に、アルフは普段京也以外に見せる無表情に戻ると何やら考え込む様に実里の事を見つめる。穴が空くほどと言うまではいかないが、ジッと見つめられる事の居心地の悪さにどうすればいいかと京也に視線で助けを求めようとした時、アルフは納得したように頷き京也から離れた。
「ん、分かった……実里、信じる」
他人には分かり辛い薄っすらとした笑みを浮かべるアルフに、実里と京也もホッと胸を撫で下ろす。とりあえずアルフからの信頼は得られたと安心した実里は、親愛の証として彼女に握手の手を差し伸べた。
「改めて。ウチ、須藤 実里。紅月君の友達、ね」
「アルフ……よろしく」
アルフの白魚の様な色白の指が実里の手を包む。彼女に手を握られ、そして至近距離で彼女の事を見て、実里は改めてその美しさと可愛らしさに思わず頬を赤く染めた。
(うわぁ、本当に綺麗で可愛い。まるでお人形みたい……)
アルフに見惚れてしまう実里であったが、対するアルフの方も手を握った瞬間実里に何かを感じた様に彼女の事をジッと見つめた。それだけでなく、まるで引き寄せられるように体ごと彼女に寄っていく。
徐々に迫って来るアルフの姿に、実里は言い様の無い迫力の様なものを感じて意図せず後退った。
「えっと、あの……どうかした?」
「アルフ?」
実里と京也の質問にもアルフは答えない。何も答えず、言葉もなく実里の事を見つめながらアルフは彼女と距離を詰め気付けば実里は壁際に追い詰められ逃げ場を失っていた。アルフはそんな彼女に更に近付き、首筋に視線を向けると熱い吐息を吐きながら僅かに口を開いた。
それを見た瞬間、京也は慌てて彼女を実里から引き離した。
「ちょ、アルフ……!」
「ッ! え……?」
京也により実里から引き離され、そこで漸くアルフはハッと我に返った。一瞬何が起きたのかを理解していないかのように呆然としていたアルフだったが、徐々に自分が何をしようとしていたのかに気付くと目を見開き顔を青褪めさせ逃げるようにその場を離れた。京也が呼び止めるのも聞かず、アルフは二階への階段を駆け上っていく。
「あっ! アルフ、待って!」
「アルフちゃんッ!」
「ゴメン、須藤さんッ! 取り合えずこのまま真っ直ぐ行って、リビングで待っててくれない? 僕、ちょっとアルフを落ち着かせて来るからッ!」
「う、うん……」
慌ててアルフを追いかけていく京也を見送った実里は、彼に言われるままに廊下を真っ直ぐ進みリビングへと入っていった。
リビングに続く扉を開けると、しっかりと片付けられた室内を見渡しどうしようかと暫し悩む。立場的にはお客様に当たる訳だから、適当な椅子かソファーにでも腰掛けておけばいいのだろうが、家主の許可なく勝手に座るのも図々しいかと躊躇する。
どうしたものかと実里が途方に暮れていると、出し抜けに耳元で女性の囁くような声が響いた。
「いらっしゃ~い。あなたが須藤 実里さんね~?」
「おわぁっ!?」
突然耳元に掛かる温かな吐息と間延びした声に実里が飛び跳ねる様に驚きそちらを見ると、そこに居たのはこの屋敷の家主であるジェーンであった。妖艶な雰囲気を纏うジェーンの笑みを間近で見て、その人間離れした美貌と鼻腔を突く甘い香りに実里は驚きながらも頬を赤く染める。
(うわぁ……何この人、凄い美人……!)
アルフも思わず唸る程の美少女であったが、ジェーンはその上を行っていた。年齢を重ねた事で磨かれたような美しさはまるで宝石の様であり、アルフ同様の血の様に赤い目は見ていると吸い込まれそうになり頭がクラクラとしてくるような気がした。
ジェーンに見惚れて呆けた様子の実里を見て、見つめられている本人であるジェーンはクスリと笑みを浮かべると心此処に在らずと言った実里の手を優しく取って近くのソファーに誘導した。
「立ち話もなんだし~、さぁ座って~」
「は、はい……」
まるで魅入られたかのように夢現と言った感じで手を引かれ、いわれるままにソファーに腰掛ける実里。彼女を座らせるとジェーンはキッチンへと向かい、コーヒーを手早く淹れると自分と彼女の分をカップに注ぎ持ってきて彼女の隣に腰掛けた。
「はいどうぞ~。まぁこれでも飲んで~、一息ついてちょうだ~い」
「ありがとう、ございます」
時間が経って段々と思考が戻って来たようだが、それでもまだどこか茫洋とした雰囲気の実里は淹れたてのコーヒーの入ったカップに口を付けた。その瞬間コーヒーの熱さに漸く我に返り、思わずカップから口を離してしまった。
「熱ッ!? ふぅ~、ふぅ~」
「大丈夫~?」
「は、はいッ! 大丈夫ですッ! ん、ん……ふぅ」
ジェーンに夢中になってコーヒーの熱さに気付かなかった事への恥ずかしさを紛らわす様に冷ましてカップに口をつける。息を吹いて冷ました事で適温になったコーヒーの温かさと苦味が、それまで思考が低下していた実里を覚醒させる。まるで夢から覚めたような感覚に浸る彼女を見ながら、ジェーンも先程と変わらぬ笑みを浮かべつつ自分のカップに口を付けた。
「ふぅ~、美味しいです! まるでお店のコーヒーみたい」
「うふふ~、ありがと~。実はちょっと前まで喫茶店やってたのよ~」
「へぇ~」
コーヒーが良い具合に潤滑剤となり、実里の緊張を解してくれた。それから暫く実里はジェーンとの雑談に花を咲かせる。内容は主に京也の事であり、学校で普段はどうだとか家ではこうしているとか、そんな他愛のない内容ばかりだった。
その間も京也とアルフが戻ってくる事は無く、だがジェーンの話術に夢中になって話し込んでいる実里はその事に気付く事無く時間だけが経過する。実里が2人が戻ってこない事に気付いたのは、カップの中身が空になりジェーンがお代わりを持ってこようと彼女のカップを手に取った時であった。
「あ、そう言えば紅月君とアルフちゃん戻ってこないけど大丈夫かな?」
何故だか分からないが、アルフは実里の首筋に顔を近付けた。京也に引き留められて”何か”を思い留まった彼女は、自分がやろうとしていた事に衝撃を受けたかのようにその場を離れ京也はその後を追っていったまま何の音さたも無くなり、実里はちょっぴり心配になる。
不安を感じながら実里がドアの方を見ていると、不意にその視界がジェーンの豊満な巨乳で遮られた。
「んぇっ!?」
突然の事に実里が顔を上げると、そこには変わらずずっと顔に妖艶な笑みを張り付けたジェーンの顔がある。先程と変わらぬ笑みの筈だが、何だか今は迫力のような物が感じられ思わず後退ろうとするもすぐ後ろにはソファーの背凭れがある為それは出来なかった。
身動きが取れない実里の顔を、ジェーンは両手で包む様に掴み彼女の頭を優しく撫でる。彼女の指が頬を撫で髪の間をすり抜ける様に動く感触に、実里は背筋にゾクゾクとした感触を感じ思わず目を潤ませ頬を赤く染めた。興奮してきたのか、呼吸も段々と荒くなっていく。
「ぁ、はぁ……はぁ……」
「フフッ……」
気付けば、ジェーンの両目が赤く怪しい光を発している。実里はその光に次第に顔から思考が抜けた様に力が抜け、何処を見ているのか分からなくなった。
何処を見ているのか分からなくなった状態で動かなくなった実里に満足そうに笑みを浮かべると、ジェーンは彼女の首筋に顔を近付け立ち上る体臭を静かに嗅いだ。
「スン……スン……ふぅ~ん、なるほどね~」
実里の体臭から何かを感じたのか納得したように頷くと、徐に彼女の首筋に噛み付き牙を突き立てた。
「あっ! は、はぁぁぁ……! うぁ、あっ! んぁ、あぁぁぁぁぁっ!」
牙が柔肌を突き破った瞬間、実里は一瞬我に返ったように見えた。が、それは本当に一瞬であり直ぐに彼女の口からは嬌声が上がり頬を上気させ全身を駆け巡る快楽に全身を痙攣させた。
「はぁ……! はぁ……! あぁっ!!」
ジェーンがジュルジュルと音を立てながら実里の血を吸う。人間と同じ姿をしたものに血を吸われると言う本来であれば悍ましい状況に、しかし実里は全く抵抗する素振りを見せないどころか逆にもっととせがむ様に気付けば両腕でジェーンの体にしがみ付いていた。
室内に実里の嬌声が響き渡る。するとそれを聞きつけたのか、外からドタドタと激しい足音がしたと思ったらリビングの扉が吹き飛ぶのではと言う勢いで開かれた。部屋に飛び込んできた京也は片手で首筋を押さえ、その指の間からは僅かにだが血が滲んでいる。どうやら部屋に戻ってからアルフは京也の血を吸っていたらしい。彼の後ろについて来た彼女の口には、吸血の際に僅かに零れたのだろう血が垂れている。
「ジェーンさん、何をッ!?」
部屋に飛び込んできた京也の後ろから彼の肩越しに室内の様子をアルフも伺う中、ジェーンは実里の首筋から牙を抜き口を離した。ジェーンが離れるとその瞬間、実里は糸が切れた人形の様にソファーの上に倒れ動かなくなる。
それを見て京也は慌てて実里に駆け寄り安否を気遣う。
「須藤さんッ!? 須藤さん、大丈夫ッ!?」
「は……ひっ! ひ、ぃ゛……あひ……は、ぁぁ……」
「大丈夫よ~、そんなにたくさんは飲んでないわ~。ちょ~と確認の為にね~」
実里は快楽の余韻に口の端から涎を垂らし、だらしなく緩んだ顔をしながらソファーの上で体を震わせていた。その事に京也はホッと胸を撫で下ろしていると、ジェーンが口元をハンカチで拭いながら実里に近付きその頭を優しく撫でながらアルフを見た。
「間違いないわね~。この子、稀血よ~」
「やっぱり……」
「稀血? 何です、それ?」
「文字通り稀な血の事よ~。ボンベイやバーディーバーとか、20種類以上あるわね~」
20種類以上もあって稀なのかと言う気もするが、種類があってもそれ自体を持つ者が非常に少なく、例えば日本ではRH陰性の血液を持つ者は国民全体の0.5%程度と言われている。これらの血液はあまりに少なく輸血の際に支障をきたす事の無いよう、一部は血液センターでマイナス80℃以下に冷凍保存され10年保存されているものもあった。
ジェーンの話から京也は実里がそういう希少な血液を持つ人間である事が分かったが、それとアルフがどう関係するのか? そこまで考えた所で彼は玄関でのアルフの異変とその後の何かを忘れる様に京也から必死に血を吸う彼女の姿を結びつけてある結論に達した。
「ジェーンさん、まさか……!」
「想像の通りよ~。ノスフェクトにとって稀血はとても魅力的なの~。アルフちゃんも思わず誘惑に負けそうになっちゃうくらいね~」
勿論、単純にノスフェクトにとって美味と言うだけの話ではない。稀血は通常の血液に比べて内包するエネルギーが非常に高く、これを飲めばそれだけでかなりの量のエネルギーの補充となる。もしアルフが実里の血を飲めば、それだけで元の力を全て取り戻せるだろう。
そこまで話したところで、ジェーンは珍しく真剣な顔で実里の事を見つめた。
「そうなると~……この子危ないわね~」
「他のノスフェクトに積極的に狙われるって事ですか?」
「ただ狙われるだけじゃないわ~。多分上級のノスフェクトが血眼になって狙ってくるわね~。何しろこの子の血はヴラドの完全復活には必要不可欠だろうし~」
「ヴラド……って、ノスフェクトの一番強い奴の?」
京也もまだヴラドには会った事は無い。と言うか、上級ノスフェクトはウルフノスフェクト以外に遭遇した事が無かった。
「そうよ~、昔戦ったけどなかなか強かったわね~」
「え、ジェーンさん戦ったんですか?」
「あとちょっとで倒せそうなところまで追い詰めたんだけれど~、反撃受けちゃって倒し切れなかったのよ~。悔しいわ~」
心底残念そうに溜め息を吐くジェーンに、京也は改めて自分は彼女の秘められた部分を多く知らないのだと言う事を認識した。そもそも同じノスフェクトである筈の彼女が何故ヴラドと敵対し、今こうして自分を支えノスフェクトと戦っているのか?
「ジェーンさんって一体何者なんです?」
「ん~、それはまたその内ね~。そ・れ・よ・り~、重要なのはこの子の方よ~」
何だか煙に巻かれたような感じだがその通りだ。ジェーンとアルフの様子から今後実里はノスフェクトから積極的に狙われる危険が高い。いや、もしかするともう上級ノスフェクトは彼女に狙いを定め、彼女の血を吸うタイミングを虎視眈々と狙っているかもしれない。
理想を言えば今後京也は実里と共に行動するべきなのだろうが、いきなりそんな事をすれば周囲からも不審に思われる。特に普段一緒に居る揚羽なんかは、変に勘も鋭いから感付かれる危険があった。
そうでなくても、京也が一緒に居るだけでは不足だった。ヴァーニィに変身するのは彼だが、彼1人では変身する事は出来ない。アルフに血を吸ってもらってクロスブラッドを生成しなければ。まぁ、この問題に関しては予め血を吸ってもらってクロスブラッドを作っておいてもらえば済む話であろうが。
そこまで考えていると、出し抜けにアルフとジェーンが同じ方を向いた。その勢いと2人の纏う雰囲気から、京也は街にノスフェクトが現れて暴れているのだと気付く。
「ノスフェクト?」
「うん」
「しかもこ~れ、多分上級の方ね~」
噂をすれば影が差すとは言うが、ちょっと考えただけで出てくるとは。タイミングが良いと言うか悪いと言うか、こんな時に出てきてほしくは無かったと京也はちょっぴり頭を抱えたくなった。
とは言え嘆いてもいられない。京也は軽く溜め息を吐くと、未だソファーの上で体を震わせ夢見心地な様子の実里をジェーンに託しノスフェクトとの戦いに赴いた。
「ジェーンさん、僕達行ってきます! 須藤さんの事、お願いします」
「は~い、気を付けてね~」
「あ、それと……」
「大丈夫よ~、これ以上この子には何もしないから~」
まぁジェーンに限って、相手が死ぬまで血を吸うなどと言う事はしないだろう。と言うより、京也の視点から見てジェーンが血を吸う場面を見た事は今までなかった。だからだろうか、時々ジェーンがアルフと同じノスフェクトである事を忘れてしまう。
本当に色々と謎が多い女性だと考えながら、京也は表に停めてあるバイクに跨り後ろにアルフを乗せた。アルフは最初何時も通り1人先行して屋根の上を跳びながら京也を先導しようとしたが、折角同じタイミングで出るのだからそんな事をせずとも後ろでナビしてくれればいいと彼女にヘルメットを渡して後ろにタンデムさせた。
そうして走り出した2人が向かったのは、日も大分傾き沈みかけた夕日に辛うじて照らされた夕方の公園であった。子連れすら帰った人気の少ない公園で、1体のノスフェクトが偶々通りかかったのだろう女性の首に食らい付き生き血を啜っていた。
「ひ……ひ、ぃ……ぁ、ぁぁ……」
血を吸われている女性は急速に血を失っているにも拘らず、快楽に悶える様に頬を上気させ口から涎を垂らし体を震わせている。抵抗せず身を委ねる女性から血を啜っているのは、京也が初めて戦ったノスフェクトであるウルフノスフェクトだ。
「……んん?」
女性の生き血を楽しんでいたウルフノスフェクトは、不意に近付いて来るバイクの音に視線だけを公園の入り口に向けた。最初S.B.C.T.が早くも嗅ぎ付けたかと訝しんだが、エンジン音が止まり駆け足で公園に入ってきた京也とアルフの姿を見てニヤリと笑みを浮かべると血を吸われて死んだ女性から口を離して2人と対峙した。
「へへっ、来たかお前ら」
「ウルフノスフェクト……!」
「長ったらしいだろ? どうせならヴォーダンって呼んでも良いぜ」
余裕を感じさせるウルフノスフェクトの様子に、京也は緊張を感じながらもアルフからクロスブラッドを受け取った。先程屋敷でアルフに血を吸われた時に生成された奴だ。
「変身ッ!」
〈ダイシリアス! キョウヤ!〉
京也はヴァーニィに変身すると、グレイブレイカーを大剣モードで構えてウルフノスフェクトに突撃した。先手必勝、この相手に油断は禁物だ。
「だぁぁぁっ!」
身の丈ほどもあろうかと言う大型の武器を、苦も無く振り回して攻撃するヴァーニィ。しかしウルフノスフェクト相手には遅い攻撃であった。ウルフノスフェクトはあっさりとヴァーニィの攻撃を回避すると、無防備な背中に蹴りを叩き込んだ。
「ハッ、遅えッ!」
「うぐっ!? くっ! ハッ!」
背中を蹴られてバランスを崩し掛けたヴァーニィだったが、即座に体勢を立て直し反撃を放つ。だが武器が大きいが故に振りも大きくなり、その隙を突かれて振り被った瞬間に懐に入られ胸から腹にかけてを鋭い爪で切り裂かれた。
「オラッ!」
「うあぁぁぁぁっ!?」
「京也ッ!?」
鋭い爪で切り裂かれ、堪らず悲鳴を上げたヴァーニィにアルフが悲鳴のような声を上げる。攻撃を受けた瞬間グレイブレイカーを落としてしまったヴァーニィは、そのままウルフノスフェクトにより何度も攻撃され遂には押し倒されてしまう。
「オラオラッ! オラよッ!」
「あ、ぐっ!? がはっ!? う、ぁぁ……!?」
「京也、止めてッ!?」
「あ?」
倒れたヴァーニィをウルフノスフェクトは足で踏み付け身動きを封じた。これ以上は彼が危険だと、思わず飛び出してウルフノスフェクトの肩に食らい付くアルフだったが今のウルフノスフェクトに不完全な力しか持っていないアルフの牙は通らない。子猫がじゃれついている程度の感覚しか感じていないウルフノスフェクトは、必死に牙を突き立てようと顎に力を入れているアルフの腹を殴って引き剥がすと首を掴んで地面に叩き付けた。
「あぁぁぁっ!? ぁ、ぁ……」
「アルフッ!?」
「大人しくしてろ。お前は後で、俺が楽しんでやるからよ」
口元の涎を拭う様な仕草を見せるウルフノスフェクトに、ヴァーニィはこのままだとアルフが危ないと必死に抵抗する。だが先程何度も爪で切り裂かれた挙句踏み付けられたダメージで、抵抗にも満足に力が入らない。それでも彼が暴れるのは煩わしいのか、ウルフノスフェクトは暴れる彼の腹を何度も踏み付けて彼から抵抗するだけの体力もそぎ落とした。
「うるっ! せえっ! なぁっ!」
「ぐはっ!? うぐぅっ!? げ、ほぉっ!? がっ!?」
何度も何度も踏み付けられ、ダメージが限界に達したのか意識が朦朧とし始める。遂には変身すら解除され、動けなくなった彼をウルフノスフェクトは満足そうに見下した。
「さて……そろそろお別れだヴァーニィ。なかなか楽しかったぜ」
ウルフノスフェクトは右手の爪を舐めると、それを振り上げボロボロの京也に振り下ろす。もう抵抗する気力すらなくなった彼に出来る事は、己に振り下ろされる爪を見つめる事だけであった。
と言う訳で第17話でした。
吸血鬼を絡めた物語としてはありがちかもしれませんが、本作でも稀血と言うワードが出てきました。しかも実里がその稀血の持ち主だと言うのですから、今後は彼女からも目が離せません。ヴラド達はまだ実里が稀血だと言う確証を持ってはいませんが、実里か揚羽のどちらかが自分達を引き付けるほどの血の持ち主だと言うくらいはカミラ辺りは感付いているかもしれません。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお手のしみに!それでは。