実里に京也が仮面ライダーヴァーニィである事がバレてからと言うもの、彼女が戦いを見守る事が多くなった。頻繁に行動を共にする事が増えた事で、必然的に彼女が戦いの場に居合わせると言う状況が増えたのである。
とは言えこれは無理からぬことでもあった。何しろ彼女は稀血持ちだ。稀血はノスフェクトに狙われやすく、もし幹部連中に判明するような事があれば真っ先に狙われる。
そんな訳で、京也は学外でもさり気無く実里と行動を共にする事が増えていたのであるが、そうなると当然揚羽と実里が一緒に居る時間が減る。実里自身は揚羽との時間が減る事を残念に思っていたが、揚羽もまた実里との時間が最近少なくなっている事に悩みを抱えていた。
勿論、実里には実里の考えや自由がある事は理解している。だから何か理由があって最近一緒に居られない時間が増えているのは分かっていた。が、頭で理解するのと心で納得するのとはまた別問題であった。
その悩みは休日に孤児院に遊びに来た時も引き摺っており、無邪気に笑う子供達を相手にしている時も思わず憂いから溜め息を吐いてしまう程であった。
「はぁ……」
「あれま、どうしたの?」
「んぁ? あ、リリィさん」
揚羽の口から零れ出た溜め息を聞き、偶々来ていたリリィが心配そうに訊ねる。リリィの見る揚羽は元気いっぱいで笑顔を絶やさない天真爛漫な少女と言う印象だったので、こんな風に元気が無い姿を見るとそれだけで心配になってしまう程であった。
「君がそんな風にため息つくなんて珍しいね? 何か悩み事?」
「う~、まぁ……はい」
「もし良かったら、話してみない? 聞く事しか出来ないかもしれないけれど、悩みを聞く事は出来るからさ」
「そうですね。1人で悩んでいては何も解決しません。時には悩みを打ち明ける事も必要ですよ」
リリィに続きカタリナも揚羽に声を掛けてきた。先日のウルフノスフェクトとの戦いで負傷しノスフェクト由来の唾液で苦しんでいた彼女も、今ではすっかり回復して何時も通りの穏やかで慈しみのある笑みを浮かべている。まるで全てを包み込んでくれる母親の様な雰囲気を見せる彼女は正しく聖母か聖女と言う言葉が相応しく、その雰囲気に揚羽も不思議と心が落ち着き気付けば悩みを口にしてしまっていた。
「実は、最近友達と一緒に居られない事が多くなってて……」
「揚羽ちゃんの友達って言うと……?」
「実里さんの事ですね。そう言えば以前はお2人でよく来ていらしてましたが、最近は実里さんの姿を見かけない事も多いです」
大抵揚羽と実里はセットだ。何度かここで揚羽と出会っていたリリィも、彼女の隣によく居る少女の姿がこの日は見えない事に左手に右手をポンと落として気付く。
「あ、そう言えばあの子今日は居ないのね。どうしたの? 勉強とか忙しい?」
「ん~、そう言うんじゃないと思います。何て言うか……私以外の人と一緒に居る事が多くなってて」
「揚羽さん以外のお友達との時間が増えていると言う事ですか。でもそれなら、揚羽さんもそのお友達と一緒に居ればいいのでは?」
「そのお友達が男の子でも?」
「「…………あぁ」」
最初実里が揚羽以外の友達と一緒に居る時間が増えたと聞き、リリィとカタリナは誰とでも仲良くなれる揚羽ならその別の友達とも仲良くすればいいだけの話なのではないかと考えた。だがそれは同性の話であり、相手が異性の少年となると話は別だった。実里が少年と行動を共にする事が多くなった、それで連想されるのは恋愛のに文字であったからだ。
「相手が男の子となると、確かに揚羽さんが一緒に居るのは気まずいでしょうね」
「って言うか、揚羽ちゃんもそう言う事に気を遣えたのね」
「あれ? ちょっと待ってください、リリィさんそれどういう意味ですか?」
真面目に実里がその少年……京也と付き合い始めた可能性を考えるカタリナに対し、リリィは揚羽がこんな風に恋愛の機微を感じ取り悩めるのだと言う事に素直に驚いてしまっていた。リリィの言葉に何だか納得できないものを感じて唇を尖らせる揚羽に、リリィは流石に可哀想な言い方だったかと一度明後日の方を向き己の口元を軽く叩いた。
「あ、あはは……ゴメンね? だって揚羽ちゃんって、そう言う恋愛とかには疎い印象あったから」
「恋愛よりも友情に敏感と言う印象は確かにありますね」
「うぇ~、カタリナさんまで?」
「すみません。ただそれは悪い事ではないと思いますよ」
「そうそう。裏表がない感じでいいじゃない」
2人からのフォローに揚羽は何だか納得できないものを感じ頬を膨らませるが、その子供っぽい仕草が2人にそう言う印象を与える要因になっているのだと言う事に彼女は気付いていない。それが余計におかしくて、2人は揚羽には悪いと思いつつ肩を震わせてしまっていた。
とは言えこのままでは揚羽が可哀想だと言う事で、一足早く笑いを収めたカタリナが彼女の悩みに真摯に答えた。
「ん、んん……失礼。それで、揚羽さんの悩みですが……思い切って実里さんに聞いてみてはダメなのですか?」
「実はちょっと前にみのりんにも聞いてみたんですけど、その時はそう言うんじゃないって言われて……その時は納得してたんですけど、最近は前よりもその子と一緒に居る事が増えてて……」
実際、あれ以降も京也と実里の様子を伺っていた揚羽だが、確かに恋愛的な雰囲気は見られなかったがそれでもともにいる事は多くなっていた。明らかに以前よりも親しげに話している2人の姿を思い出し、揚羽は胸がキュッと締め付けられるような感覚に襲われしょんぼりした様子で俯いてしまった。
あまりにも元気が無い彼女の様子に、子供達が心配して駆け寄ってきた。
「あげはおねえちゃん? だいじょうぶ?」
「お姉ちゃん、元気出して~」
「あ、あははっ! ゴメンね、心配させちゃったね」
子供達を心配させてしまった事に揚羽は頑張って笑顔を作るが、無理をして作った笑顔は彼女らしくないものであり逆に子供達の心配を加速させてしまう。
揚羽と子供達の様子にリリィとカタリナは顔を見合わせ、小さく溜め息を吐きながら肩を竦めるとカタリナが彼女の肩に手を置いた。
「揚羽さん? もし機会があればですけど、実里さんとその男の子を連れて来てみてくれませんか?」
「ほぇ?」
「お力になれるか分かりませんが、私の方でも実里さんやその男の子に話を聞いてみます。その上で、揚羽さんもご自分で実里さんに気持ちを伝えてみるのがいいかと」
「そうね。ハッキリしないなんてそれこそ揚羽ちゃんらしくないもの」
2人からの励ましに、揚羽は何事かを考える。普段能天気に何も考えていないように見える揚羽であるが、こう見えて考えるべき事はしっかり考えている。真剣な表情で考えていた揚羽は、暫く考えて納得したように頷くと先程に比べて少し気が楽になったと言う様に柔らかくなった表情で答えた。
「そう、ですね。そうですよね! こんなの私らしくないや!」
「そうそう」
「その意気ですよ、揚羽さん」
「はい!」
2人からの励ましに元気を取り戻した揚羽は、気分転換と言わんばかりに子供達の輪に混じって遊び始める。
リリィとカタリナはその様子を笑って見守るのだった。
***
後日、揚羽は本当に京也と実里を教会へと連れて行った。訳も分からず教会に連れてこられた事に京也は勿論、揚羽の親友である実里も困惑を隠せなかったが、思えば最近揚羽との時間が少なかったと言う事で彼女の話を無碍にする事も出来ずついて行く。京也も自分が原因で2人の友情に罅を入れる様な事はしたくなかったので、揚羽の提案……と言うか要望を聞き3人で教会を訪れる。
3人が教会に付くと、ちょうどチャペルの前をルクスが掃除している所であった。箒片手にゴミを掃いている彼女は、あまり真面目とは言えない様子で少し箒で掃くとすぐ飽きた様に手が止まり抱えるように箒に寄りかかり大きく欠伸をする。真面目で清廉潔白なカタリナとは大違いなその姿に思わず顔を引き攣らせ足が止まる京也と実里だったが、揚羽は全く臆することなくルクスにも話し掛けた。
「こんにちわ~! カタリナさん居ますか?」
「ふぁ~……あ? あぁ、アンタね。カタリナだったら奥よ」
ルクスは3人に特に興味なさそうに親指で奥の孤児院の方を指差す。シスターらしからぬその態度に軽く衝撃を受ける京也と実里を他所に、揚羽はカタリナの居場所を教えてくれたルクスに元気よく頭を下げ2人の手を引き奥へと向かっていく。
揚羽に手を引かれて実里と共に孤児院の方へと向かう京也であったが、彼がルクスの前を通った瞬間突如彼女の手が京也の腕を掴んだ。
「えっ!?」
「…………んん?」
いきなり腕を掴まれて何事かと驚き目を見開く京也であったが、腕を掴んだ張本人であるルクス自身も何やら怪訝な顔をしていた。その様子は京也の事を怪しんでいると言うより、自分がそんな行動をしてしまった理由が分からないと言った様子であった。
京也はここがバチカンに関連しており、自分を苦しめたシルヴァやバルトの所属する勢力である事を知っている。なのでルクスも関係者であるとこっそり警戒していた為、最初その警戒を見抜かれたのかと焦った。
だが幸いな事に、ルクスは京也の異常に気付いた訳ではないらしい。ただ何らかの直観が働いて咄嗟に彼を引き留めてしまっただけであった。
ルクスに引き留められ、緊張と共に彼女と見つめ合う京也。その様子に揚羽が疑問の声を上げた。
「紅月君、ルクスさん、どうしたの?」
「ん? ん~……何でも無いわ。ゴメンね、いきなり引き留めちゃって」
「い、いえ……」
少し考えて、これと言った違和感を感じられなかったルクスは大人しく京也を解放した。彼女が手を放してくれた事に京也はホッと胸を撫で下ろし、何故彼を引き留めたのかが分からず思案するルクスを放置して足早に孤児院の方へと向かっていった。
「さ、さぁさぁ、早く行こう!」
「あっ! 紅月君ッ!」
「ちょ、分かったから押さないでッ!」
今度は京也に後ろから押されるようにして孤児院の方へと向かう。そうして孤児院につくと、そこではカタリナが広場で遊ぶ子供達の相手をして優しい笑みを浮かべていた。
「シスター、こっちこっち!」
「きゃっきゃっ!」
「ほらほら、そんなに走ったら危ないですよ……あら?」
子供達の相手をしていたカタリナだったが、近付いてくる3人に気付きそちらを見るとまず揚羽と実里の姿に笑みを浮かべて頭を下げる。が、京也の顔を見た瞬間驚きに息を飲み目を見開く。
「ぁ……!」
「ん? カタリナさん、どうしたの?」
突然表情を変えたカタリナに揚羽が首を傾げる。一方で注目されている京也は見えない所で冷や汗をかいていた。彼女には先日かなり痛い目に遭わされた。幸いな事にヴァーニィ=京也である事はバレていないが、自分の事を狙っている相手の前に立つのは心穏やかではいられない。何かの瞬間にバレてしまったらと思うと生きた心地がせず、その内心の焦りを悟られない様に彼は神経を張りつめ表面上は平静を装う事に全力になった。
一方でカタリナが彼を見て目を見開いたのは、純粋に先日ウルフノスフェクトに襲わていた所を助けた少年がこの場に居るからであった。状況的に見て、カタリナは京也こそが最近実里と距離が近付き揚羽が悩む要因となった少年であると気付いた。その数奇な運命に思わず驚いてしまっただけである。
「あ、いえ。揚羽さんの仰っていた少年が、前にもここに来ていた彼だとは思っていなかったので」
「えへへ、そうなんですよ。あ、彼、紅月 京也君って言うんです」
「ど、どうも」
あれよあれよと言う間に揚羽の口から紹介され、なし崩し的に京也はカタリナに対して頭を下げる。緊張した様子で頭を下げた京也に、カタリナは彼を安心させようと何時もの慈しむ様な笑みを浮かべた。
「改めて、カタリナ・マーシーです。よろしくお願いしますね、紅月さん」
「は、はい。紅月 京也です。よ、よろしく……」
互いの自己紹介を終えた京也とカタリナ。するとカタリナは、何を思ったのか京也の手を引きその場から連れ出そうとした。
「紅月さん。少し、お話したい事があるので、こちらに来ていただけませんか?」
「えっ!?」
「カタリナさん?」
カタリナと京也がこうして顔を合わせたのは正式な場ではこれが2回目である。そんな相手を彼女が態々1対1で話し合いたいと言う事に、京也だけでなく揚羽も目を瞬かせた。実里は京也とカタリナを不安そうに交互に見ているだけである。
(ど、どうしよう……確かここのシスター達って、紅月君達の話だとノスフェクトやヴァーニィの事狙ってるって……!?)
だから本当は揚羽に教会に誘われた時、本当は断りたかった。だがここ最近揚羽と接点が少なくなっている事もあり、彼女からの誘いを断るのは気が引けたのだ。加えてただでさえ最近は京也と付き合っているという疑惑を持たれている中で、揚羽からの誘いを断って京也と行動をしては誤解を加速させてしまう。
そんな訳で仕方なく揚羽に付き合ったのだが、それがこんな事になるとは思っていなかった。マズイ事態になったと実里が内心でオロオロしている前で、京也はカタリナに連れていかれて教会の中へと入っていってしまった。
「それでは、私は彼と少しお話があるので、暫くの間子供達の相手をお願いしてもよろしいですか?」
そう言いながらカタリナがさり気無く揚羽に視線を向ければ、揚羽はそれに全てを察して笑顔で頷いて見せた。
「はい! 任せてください! さ、みのりん、行こう!」
「あ、ちょ、揚羽待って!?」
実里を引っ張って子供達の輪の中へと入っていく揚羽。それを見送り、カタリナは京也を伴って教会の中へと入っていく。
「さ、こちらへ」
「は、はい……」
ここで断ると逆に怪しまれると、京也は彼女の後に続き教会の中へと入り案内される。
2人が向かった先は礼拝堂であった。ステンドグラスから光が差し込み、礼拝堂の中を厳かな雰囲気にしている。
カタリナは礼拝堂に入ると、まずはステンドグラスの前で跪き祈りを捧げた。
「すみません。少し、失礼しますね」
何時もであればたっぷり数分から場合によっては数時間、ここで祈りを捧げるカタリナであったがこの時ばかりは手短に済ませた。数分にも満たない時間祈りを捧げるカタリナだったが、その姿に京也は彼女が本来は敵であると言う事も忘れて見入ってしまっていた。まるで神聖な何かを見ているような気分になり、束の間だが呼吸すら忘れてしまう。
「……お待たせしました」
「い、いえ……」
「すみません、本来であれば応接室か何処かに連れて行った方が良いのかもしれませんが、こちらの方が落ち着いて話せまして」
「いえいえ、お気になさらず」
申し訳なさそうにするカタリナに京也が手を振ると、彼女はクスリと笑い彼を礼拝堂に幾つも並んでいるベンチの一つに座らせた。彼がベンチに腰掛けると、カタリナもその隣に人一人分くらいの間を開けて腰を下ろした。京也の隣に座ると、カタリナは彼に慈愛に満ちた目を向けながら心底安堵したような顔をしながら彼に話し掛けた。
「良かった……特に問題は無いようですね」
「え、と……な、何の事で……」
しらばっくれる京也だったが、彼女が何の事を言っているかは分かっていた。先日ウルフノスフェクトに殺されそうになっていたところを助けた時の事を言っているのだ。だが表面上京也はカタリナが仮面ライダーシルヴァである事を知らない。知らない事を知っている様に振る舞ってしまっては不審に思われてしまうので、京也は極力動揺を表に出さないように気を付けながら応対した。
京也の言葉にカタリナも自分がシルヴァである事を彼には明かしていないと言う事を考え、気を取り直す様に軽く咳払いをする。
「いえ、こちらの話です。それで……紅月さん?」
「あ、京也で良いです」
「では遠慮なく。京也さん、単刀直入にお聞きしますが、実里さんの事はどうお考えですか?」
「え、須藤さんの事……ですか?」
いきなり何を聞かれるのかと思えば、実里の事をどう思っているかと聞かれて困惑を隠せない。どう思うも何も、特にどうとも思っていないのだから答えが難しいのだ。こういう言い方をすると冷たいように思えるかもしれないが、無関心と言う訳ではなく彼にとって実里は友達でしかないと言う意味でそれ以上もそれ以下も無い。
何故カタリナが自分と実里の関係を気にするのかが分からなかったが、取り合えず他に答えようもなかったので京也は素直に自分にとっての実里への印象を話した。
「どう、と言われても……須藤さんはクラスメートで、友達で……う~ん……それ以上じゃ、無いですよ」
出来るだけ言葉を選びながら答えると、カタリナは彼の目をジッと見つめる。全てを見透かしてくるような彼女の視線に、京也も目が離せなくなり彼女の目を見つめ返す。呼吸も忘れそうな沈黙が2人の間に流れるが、唐突にカタリナが小さく息を吐きながら肩から力を抜き柔らかな笑みを浮かべた瞬間沈黙が破られた。
「どうやら、その様ですね。すみません、変に探りを入れる様な事をして」
「いえ、別に……あの、何で?」
何故カタリナが京也と実里の関係に興味を持つような姿を見せたのかが分からず京也が問い掛けると、彼女は口元に手を当て朗らかに笑いながら揚羽が2人の仲を疑っていた事を話した。
「実は揚羽さんから相談を受けていたんです。最近実里さんと京也さんが異様に距離が近いから、やっぱり付き合ってるんじゃないかって。その所為で実里さんが自分から離れてしまう事が、揚羽さんは不安で仕方なかったみたいです」
カタリナが話してくれた内容に京也は合点が入った。確かに最近は実里は京也と一緒に居る事が多くなった。それは彼女が稀血持ちでありウルフノスフェクト達から狙われても直ぐに守れるようにと言う理由からであったのだが、それを素直に揚羽に話す訳にもいかず沈黙を貫いていた結果勘違いさせてしまった。その事を京也は揚羽に悪いと思いつつ、何も言えない事に罪悪感を感じバツの悪そうな顔になった。
「それは……まいったな。須藤さんとは本当に何も無いんです。友達って事以外は……ただ、その……」
何と言えばカタリナは納得してくれるかと悩む京也。すると彼女は、彼のそんな悩みを見抜いたかのようにクスリと笑うと懺悔室を勧めた。
「どうしても言い辛いのであれば、いっその事懺悔なさいますか? そこで聞いた事は、私も他言いたしませんから」
「い、いやぁ……それは……」
そう言う問題ではなく、特にカタリナ相手に本当の事を言えば後が怖いと京也は引き攣った顔で少し後退る。そんな彼にカタリナは軽く肩を竦める。
「冗談です、すみません。多分大丈夫ですよ、今頃は実里さんと揚羽さんが2人で話し合っているでしょうから」
「あ、それで……」
ここで漸く京也は自分1人が礼拝堂へと連れていかれた理由に気付いた。揚羽と実里を2人きりにして、話し合いをさせる為だったのだ。子供達は居るが、寧ろその存在は2人に本音で話し合い互いを理解し合う為の潤滑剤となってくれるだろう。
そこまで気を回してくれたカタリナに、京也は感謝と申し訳なさを感じて気付けば彼女に頭を下げていた。
「カタリナさん……ありがとうございます。磯部さんと須藤さんの為に、ここまでしてくれて」
自分ではここまで出来なかった、と言うより考えが至らなかった。本来であれば渦中の人間である自分が率先して2人の仲を何とかしなければならないのに、だ。
頭を下げる京也の姿に、カタリナは彼を慈しむ様に見て彼の肩に手を当てると頭を上げさせた。
「……京也さんは、とても優しく責任感が強い方ですね」
「え?」
「自分と関り、友達であるあの2人の関係を真摯に悩み悔やむ事が出来る。言葉で言うのは簡単ですが、実際にそれを行える人はそうはいません。それが出来るのは、きっと京也さんのご両親がとても良い方で正しい教育をなされたからなのでしょう」
「両親……」
「つかぬ事を伺いますが、京也さんのご両親は今は……?」
何気なく訊ねただけのつもりだったカタリナであるが、その問いに対する京也の反応は彼女にとっても予想外のものであった。
段々と体が震えていき、冷や汗が目に見えて分かるほど流れ出し、手で顔を覆って俯き体を震わせ始めたのだ。
「家族……家、族……は…………」
「京也さん? 京也さん、どうしました!?」
「はぁ……!? はぁ……!?」
この震え方は普通ではない。カタリナは急いで医者を呼ぶべく立ち上がろうとした。
その瞬間、一体何時からそこに居たのかジェーンが震えて俯く京也の顔を上げさせ、怪しく煌めく目で彼の目を見た。
「は~い、京也君そこまでよ~」
「あっ!?」
「あ、あ……ジェーン、さん……?」
カタリナが見ている前で、ジェーンは京也を催眠光で強制的に落ち着かせる。過呼吸気味になっていた京也は、ジェーンの手により落ち着かされ通常の呼吸を取り戻すとソファーに深く腰掛けた。落ち着きを取り戻した京也の姿にジェーンは満足そうに頷くと、そのまま彼の目を瞑らせ眠らせた。
「いい子ね~。じゃあそのまま暫く眠ってなさ~い。目が覚めた時には~、何時もの京也君に戻ってるからね~」
ジェーンにそう言われながら頭を撫でられると、京也は母親に寝かしつけられた子供の様に静かに眠りに落ちていく。規則正しい寝息を立て始めた彼をジェーンが優しく撫でていると、背後からカタリナがクロスショットを彼女に向け威嚇した。
「動かないでください。あなた、一体何者ですか?」
向けられている銃口を、ジェーンは一瞥すると笑みはそのままに京也の頭を撫でるのを止め静かに彼から離れる。そして振り返りカタリナと向き合うと、彼女に変わらぬ妖艶な笑みを向けた。その笑みにカタリナは言葉に出来ない怖気の様なものを感じて全身に鳥肌が立つのを感じた。顔は笑っているが、その視線からは人間に向けているものとは思えない冷たさのような物を感じたのだ。
「……困るのよね~、あんまりこの子の過去を掘り返す様な事をされると~」
「どういう意味です?」
「教えな~い。それより~、あなたにはこの事を忘れてもらうわ~」
そう言うとジェーンはカタリナにも催眠を掛けようと目を煌かせる。だがカタリナは薄々ジェーンの正体に気付いていた為、彼女が目を通して催眠しようとしてくる事に気付くとその瞬間視界を覆いながら引き金を引いた。
「くっ!?」
「おっと~」
咄嗟に銃撃したカタリナであったが、ジェーンはそれを苦も無く回避すると素早く接近し視界を覆っているカタリナの手を掴み力尽くで銃口を上に向けさせると至近距離から再び目を煌かせた。
「あっ!?」
「はいざ~んねん」
怪しく煌めく目を直視してしまい、カタリナは視界が不思議に歪むのを感じた。まるで夢の中に居る様な心地良さと脱力感にそのまま身を委ねそうになる。だがカタリナの精神の強さはジェーンの予想を超えていた。催眠光により思考をかき混ぜられ正常な判断力を失いつつあったカタリナは、精神力だけでそれを跳ね除け蹴りを放ってジェーンを無理矢理引き離した。
「く、あぁぁぁっ!」
「ッ!?」
まさかこの状態からここまで抵抗してくるとは思っていなかった為、珍しくジェーンの目が驚愕に見開かれる。ジェーンを引き剥がし催眠から逃れたカタリナは、歪む視界と定まらない思考の中でそれでも真っ直ぐジェーンを見据えクロスショットの銃口を向けていた。
そんな彼女の姿にジェーンはすぐさま何時もの捉えどころのない笑みを浮かべた。
「へぇ~」
「ふぅ、ふぅ……!? あなたは、やっぱりノスフェクトッ!」
「せいか~い! まぁ分かった所で、忘れさせちゃえばいいだけの話なんだけれどね~」
「させません!」
カタリナはジェーンの事をよく知らない。だから彼女と京也がどういう関係なのかも知らなかったが、このまま彼女の好きにさせてはならないとここで倒すつもりで引き金を引く。本当は変身したかったが、その隙は無くカタリナは生身での戦いを余儀なくされていた。
「フッ! ハッ!」
「ウフフ~」
銃撃を交えながらカタリナはシスター服の裾を大きく翻して蹴りを放つ。清楚なシスター服の下に隠されていた白いタイツに覆われたカタリナのしなやかな足がジェーンに鋭い蹴りを放つも、ジェーンはそれを柳に風とばかりに紙一重で回避していく。
苛烈に攻撃するカタリナに対して回避一辺倒のジェーン。一見するとカタリナが押しているように見えるが、当の本人は内心で焦りを感じていた。
これだけ派手に戦っていれば、外に居る筈のルクスが気付かない筈がない。なのに一向に彼女が来ないと言う事は…………
「あなた、外に居るルクスさんにも何かしたんですか!」
「ちょ~っと眠ってもらったわ~」
「くっ!」
やはりそうだ。どうやらルクスは不意を打たれて一足先に無力化されたらしい。カタリナはそれだけでジェーンの能力の高さを察した。普段どれだけだらけていようとも、ルクスもまたカタリナ同様上級の修道騎士。その彼女が何の気配も感じさせず無力化されたと言う事は、ジェーンはそれを成し遂げられるだけの力を持っていると言う事。
シスター服では隠し切れない巨乳を大きく揺らしながら蹴りを放ち、至近距離からの銃撃をお見舞いしながらカタリナは如何にして京也を連れてこの場を離れるかを考え始める。悔しいがこの女を相手に、生身で何処まで食らい付けることが出来るかは自身が無かった。変身する隙も無い今、彼女に出来る最善は隙を見て京也を連れて逃げる事だけであった。
その思考が余分であった。カタリナがチラリと京也の方に目を向けた、その一瞬の隙を突いてジェーンは彼女に接近すると彼女の腹に鋭い一撃を叩き込みそのままの勢いで彼女を床に押し倒した。
「うぶっ!? あ゛ッ!?」
腹に拳を受け押し倒された瞬間、カタリナの手からクロスショットが離れる。押し倒す際にジェーンはカタリナに体を密着させ、互いの巨乳を押し付け合う形で相手の両手を押さえた事で完全に彼女から抵抗する術を奪った。腹に一撃受けたダメージと足の間に体を捩じ込まれた事で蹴りも使えない。この時点でカタリナは完全にジェーンにより身動きできないほど押さえ付けられてしまっていた。
「う、くっ!? 離しなさいッ!? くぅっ!」
「頑張ったけれど~、ここまでよ~。大人しくしててね~」
ジェーンは笑いながらカタリナに顔を近付けると、そのまま彼女の口を己の唇で塞いだ。突然の接吻にカタリナが驚き目を見開くと、その瞬間ジェーンの先程より強い光を放つ目を見てしまった。
「んぅっ!? んっ!? ん……んん、ぅ……」
ジェーンに唇を貪られながら、カタリナの目が次第に力を失っていく。段々と蕩けた様に目尻が垂れ、鼻から熱い息を吐く様になっていくが、それでもまだ抵抗する意志を失っていないのか押さえつけられた手足がジタバタと力無く暴れる。もうとっくに意識を手放していてもおかしくない筈なのにまだ自我を保ち続けているカタリナの心の強さに感心しつつ、ジェーンは更に催眠を強めカタリナへの責めを強くした。
「んっ!? ん、んんんっ!? んぐ、んん……ん、ふ……ぅぅ……ぅ…………」
2人の美女が体を密着させ唇を貪り合う様はとても背徳的な美しさがあったが、それを見ているものは誰も居ない。この場に唯一存在する第3者である京也は眠っている為、この事を知る者は誰も居ない。
誰も助けが来ない中、ジェーンに唇を貪られて体を震わせるカタリナは背筋に走るゾクゾクとした快楽を感じながらゆっくりとその意識を闇に沈めていくのだった。
「…………ん? あ、れ……?」
ふと気付いた時、カタリナは自分が礼拝堂のベンチの上で何かに寄りかかりながら寝ている事に気付いた。まだ目が覚めたばかりで意識がハッキリとしていないが、上手く働かない頭で直前まで自分が何をしていたかを思い出そうと額に手を当てる。
「え、と……私、は……?」
「お目覚めかしら~?」
「え?」
頭に掛かった靄を払う様に頻りに頭を振りながら記憶を思い出そうとしていると、出し抜けに直ぐ傍から間延びした女性の声が聞こえてくる。振り向くとそこには眠っている京也に膝枕をしているジェーンが居て、そちらを見て初めてカタリナは彼女に寄りかかって寝ていた事に気付いた。
「あ、わっ!? も、申し訳ありませんッ!? 私ったら、ご迷惑、を……?」
最初カタリナは、見も知らぬ女性であるジェーンの肩を借りて寝てしまっていた事に慌てて謝罪しながら離れた。が、直ぐにジェーンの顔に何か違和感を感じて彼女の顔を凝視する。同時に胸の奥がざわついたが、その理由が分からず無意識の内にカタリナは胸元を両手でギュッと押さえる。その際にシスター服では隠し切れないカタリナの巨乳がムギュッと形を変えるが、その事を気にする者は誰も居ない。
「ん~? どうかしました~?」
「え? あ、いえ……えぇ……ぁ……」
何かが可笑しいが何が可笑しいのか分からない。まるで記憶や情報が後頭部で堰き止められているような気持ち悪さに、カタリナは頭が上手く働かず正常な受け答えが出来ていなかった。
そもそもの話、疑問を持つ事は山ほどある。まずあなたは誰なのかとか、何故自分は寝ていたのかとか、聞くべき事は沢山ある筈なのだ。だが何故かカタリナはその事に疑問を持つと言う発想に至らない。思考が誘導されている様にジェーンへの疑問を抱こうとするとその疑問が頭の中で霧散してしまう。それが彼女から思考を奪い、結果カタリナはジェーンの顔を見ながら意味のない言葉を口にするしか出来なくなっていた。
カタリナのそんな姿にジェーンはニコリと笑みを浮かべると、膝の上で寝ている京也の肩をポンと叩いて起こした。
「ほ~ら、京也君もそろそろ起きなさ~い」
「ん、んん……?」
ジェーンに肩を叩かれて、それがスイッチになっていたかのように京也が目を覚ます。目覚めた京也は体を起き上がらせると、寝ぼけ眼を擦りながら周囲を見渡した。
「あれ? 僕、何して……?」
何が何だか分からず茫洋とした目で礼拝堂の中を見ていると、不意に彼のスマホから着信音が鳴る。導かれるようにスマホを取り出し画面を見ると、そこには実里の名前が表示されていた。
まだ目覚めたばかりで思考能力の下がった頭は、着信が来た事に引っ張られるように受信ボタンを押しスマホを耳に近付ける。
『あ、紅月君? シスターとのお話まだ終わらない? そろそろ帰るんだけど?』
「えっ!?」
スマホから聞こえてくる実里の声に京也はスマホを一度顔から話して時計の部分を見る。すると思っていた以上に時間が経っていた事に気付き、慌てて立ち上がり傍に置いてある荷物を持って礼拝堂の外へと向かっていく。
「ゴ、ゴメンッ! 今そっちに行くから!」
そう言ってスマホを切ると、京也はジェーン達の事も見ず一目散に礼拝堂の外へと向かっていった。カタリナがそれをぼんやりと見送っていると、ジェーンもベンチから立ち上がりゆったり歩いて礼拝堂のステンドグラスの前に跪き両手を組んで祈りを捧げると立ち上がり踵を返して外へと向かう。その際お布施を入れる為の盆に財布から紙幣を取り出しそっと盆の上に置いた。
「あっ! あ、ありがとうございます!」
「いえいえ~」
お布施をしてくれた事と、神に祈りを捧げてくれた事への感謝を咄嗟に口にするカタリナ。その瞬間彼女の脳裏に何かが迸ったような気がしたが、その正体が分からず首を傾げる彼女にジェーンは手をヒラヒラと振って礼拝堂から出ていった。
礼拝堂の扉が閉まるまでの間、外に見えるジェーンの後ろ姿に何かが可笑しいと言う感覚を抱き続けていたカタリナだったが、扉が閉まるとその疑問も無くなり気にする必要もないかと思い直し、自分も祈りを捧げると礼拝堂を後にするのだった。
と言う訳で第19話でした。
今回はちょろっと京也の過去について触れました。まぁまだ何かあるな程度でしかないですけれども、少なくとも京也はただの少年ではないと言う事はこれで分かってもらえたかもしれません。彼がヴァーニィとなったのは偶然か、はたまた必然かと言った感じです。
ジェーンvsカタリナのシーンは坂本監督をちょっとリスペクトして、カタリナにはスカートを大きく翻しながら戦うなどの大胆なシーンとなりました。流石に生身だとジェーンの方が圧倒的ですが、最初に催眠状態に出来なかったのはカタリナの精神力の強さがジェーンの予想以上だった事の表れです。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。