仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第20夜:禁断の美酒

 京也がカタリナに連れられて礼拝堂へと向かった後、実里と揚羽は子供達の相手をしながら何気なく話をしていた。最初は2人共、どちらも相手に話し掛ける事無く子供達の相手を優先させる。揚羽が駆けまわる子供達の後を追いかけ、実里が子供達とボールを投げ合う。

 

 本当はどちらも相手に話したい事はあった。揚羽は最近実里と一緒に居られる時間が少なくて寂しい、実里は揚羽がこうして自分を呼んだ理由を知りたい。どちらも相手に話し掛けたかったが、最近距離が離れていた事もあり話し掛けるタイミングが掴めずにいた。

 その状況を打開したのは、子供達の助力あっての事であった。子供達はその子供特有の洞察力で揚羽と実里が互いに居心地悪そうにしているのを見て、普段と様子が違う事に疑問を抱きそれぞれに話し掛けたのだ。

 

「ねぇ、揚羽お姉ちゃん」

「ん? 何かな?」

「実里お姉ちゃんと喧嘩したの?」

「え……」

 

「実里お姉ちゃん実里お姉ちゃん」

「はいはい、どしたの?」

「揚羽お姉ちゃん寂しそうだけどいいの?」

「あ……」

 

 2人共子供達に痛い所を突かれ、互いに言葉を失った。咄嗟に否定しようかとも思ったが、揚羽も実里も互いの会話が聞こえる距離で子供達の相手をしていた為相手が子供の言葉に言葉を失い、互いの姿を見てしまった様子を目撃してしまっていた。言葉を失い目が合った2人は、どちらからともなくバツが悪そうに視線を彷徨わせ子供達の言葉にどう答えようかと悩んだ。

 

 決して喧嘩している訳ではない。ただ最近少し距離が離れてしまった、ただそれだけ。言ってしまえば些細なすれ違いが発生してしまっただけの話なのだ。だから気兼ねする事なく話せばそれで終わる。

 

 問題はその一歩を踏み出すのは、思っている以上に勇気が要ると言う事。互いにどう話を切り出したものかと悩み……意外な事に、先に口を開いたのは実里の方であった。

 

「何か……ごめん」

「えっ!?」

 

 突然の実里からの謝罪に、揚羽が驚愕し言葉を失う。目を見開き口をポカンと開ける揚羽を見ながら、実里は子供達から離れて揚羽に話し掛けた。

 

「最近、揚羽と話す時間が減ってるのは分かってた。でも、それは別に揚羽の事が嫌いになったとか飽きたとかそう言うのじゃないの。それは分かって」

「うん……じゃあ、何で?」

「えっと、それは…………ゴメン、上手く言えないや」

 

 一瞬京也の秘密を口にしようか迷った実里だったが、それは流石にマズイと思い留まり言葉を濁した。実里が明言を避けると、揚羽は寂しそうに肩を落としながら実里と京也の仲を疑う様な事を訊ねた。揚羽と距離が離れたのと時を同じくして実里と京也の距離が近くなった。恋愛には疎い揚羽であるが、これだけ状況が揃えば真実に関係なく2人が親密になったと思うのも無理はない話である。

 

「もしかして、みのりんやっぱり紅月君と……だから私の事、後回しになって……」

「違う、違うの!? それは違う。ウチと紅月君はそんな仲じゃないよ。大体、紅月君にはアルフちゃんが居るじゃん」

「あ……そっか」

 

 以前見かけた京也とアルフがとても仲良さげで距離がとても近そうだったのは揚羽もよく覚えている。実里と距離が離れた寂しさからすっかり忘れていた。あの2人と行動を共にするようになった実里だから断言できる。京也とアルフの間に割って入る事は出来ない。少なくともアルフがそれを許さないだろう。

 

 だがこれだけでは揚羽と言えども納得はしないだろう。結局、じゃあ何で京也と行動を共にする時間が増えて揚羽との時間が減るのかと言う疑問への答えが出ていない。

 

 悩みに悩んだ実里。上手く言葉が纏まらず、口をもごもごと動かすばかりな彼女の様子を固唾を飲んで揚羽が見守っていると、実里は意を決してゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「その、実は……ウチ、最近狙われてるかもしれないんだ」

「えぇっ!? 狙われてるって、もしかしてストーカー!?」

「分かんない。分かんないけど、狙われてるっぽいのは確かだよ」

 

 概ね間違ってはいない。ジェーンが言うには、稀血を持つ実里はノスフェクトに狙われやすい。京也と行動を共にするのは、稀血を持っているが故に群がって来るノスフェクトから実里自身を守る為であり、揚羽と距離を取っているのはその結果でもあった。同時に、実里には揚羽を巻き込みたくないと言う考えも無くは無かった。自分と一緒に居ると揚羽も襲われる。自分1人が危ない目に遭うならともかく、自分が原因で揚羽にまで迷惑が掛かるのは実里としても御免被りたかった。

 

 だが、それが逆に揚羽を傷付けていた。幼馴染であり親友を結果的にとは言え自分で傷付けていた事に、実里は全てを隠し切る事が出来なくなり一部だけとは言え話す事を決めたのだ。

 

「ほら、紅月君って前に揚羽をノス、んんっ、怪物から助けてくれたじゃん? 実害ないと動いてくれない警察よりは頼りになるし、頼みやすいなって」

 

 危うくノスフェクトの単語を口にしそうになってしまった。知る筈のないノスフェクトの名を口にすれば、芋づる式に京也の事なども誤魔化しが利かなくなってしまいそうだったので実里は慌てて言い直した。

 

「そんな……何で教えてくれなかったの!」

「ゴメン、揚羽には迷惑掛けたくなくて……ウチと一緒に居たら、揚羽まで被害受けるんじゃないかって思ったら、相談できなくて」

 

 これもまた概ね間違いではないのがなかなかに強かな所だ。揚羽の中でストーカーとなっている所をノスフェクトに置き換えても十分意味が通じる。勿論揚羽はノスフェクトの事なんて何も知らないから、彼女の視点からは実里がストーカーにつけ狙われていると言うように見えていた。

 

「そっか……それで最近は紅月君と……」

「うん……ゴメンね? 揚羽にも相談すれば良かった」

「そんな事ないよ! でも、良かった。別にみのりんに飽きられたとかそんなんじゃなくて」

 

 揚羽が心底ほっとした顔で安堵するのを見て、実里の胸が少し痛んだ。実際にはノスフェクトと言う怪物に自身の血を狙われ、京也は仮面ライダーとしてそれを守ろうとしてくれている。その真実を話せればどれ程楽だろうか。

 だが京也の秘密は必要以上に広まるべきではない。それは彼に必要以上の迷惑をかけることになる。

 

「ウチが揚羽の事を飽きるなんてある訳ないでしょ?」

「そうか、そうだね!」

「そうそう」

「うん!」

 

 揚羽が何時もの調子を取り戻した。それを肌で感じて実里も胸を撫で下ろす。これで問題が一つ片付いた。

 

 そこで不意に遠くから学校のチャイムの音が聞こえてきた。5時を報せる時報のチャイムだ。どうやら思っていた以上に長居してしまっていたらしい。

 2人はスマホで時間を確認し、寄り道が過ぎてしまっていた事に気付き慌てた。

 

「ヤッバイ! そろそろ帰らないと!」

「お母さんに怒られちゃう! あ、そうだ紅月君も!」

「そうだね、まだ話してるのかな?」

 

 2人は子供達に別れの挨拶を済ませると、礼拝堂の方へと向かう。その道中実里はスマホで京也に連絡を取った。密かにカタリナに京也の正体がバレて襲われているのではないかと危惧していたが、幸いな事にコールしてから数秒で彼は応答してくれた。

 

『もしもし?』

「あ、紅月君? シスターとのお話まだ終わらない? そろそろ帰るんだけど?」

『えっ!?』

 

 実里の言葉に京也の慌てた様子がスマホを通じて伝わって来る。どうやらあちらも話し込んでいたのか時間の経過を忘れていたらしい。2人が礼拝堂の前に着くと、正面の扉を勢い良く開けて京也が出てきた。

 

「ゴメン2人共! 待った?」

「ううん、ウチらもついさっき時間に気付いたところ」

「紅月君、カタリナさんと何話してたの?」

「ん……大した事じゃないよ。大した事じゃ、ね」

 

 実際には大した事ないどころか、何を話したかもよく覚えていなかった。途中から記憶が曖昧で、気付いたらジェーンの膝の上で目が覚めた。何故そんな事になっていたのか、ジェーンは何時来たのかも分からない。

 分からないが、少なくとも一つ言えるのはこの事は明かすべきではないと言う事だった。

 

「それじゃ、帰ろっか」

 

 3人は実里を中心に並んで教会の敷地から外へと向かう。その際正門の所で、ルクスが正門にもたれかかる様に寝ているのを見て揚羽が流石に見過ごせないと彼女の肩を揺すって起こした。

 

「もしも~し? 起きてくださ~い。カタリナさんに怒られちゃいますよ~?」

「ん……んぁ? んん……くはぁ」

 

 目覚めたルクスはぼんやりとした目を揚羽に向け、周囲を見渡して自分が正門に寄りかかって寝ていた事に気付くと立ち上がり大きく体を伸ばす。背筋を仰け反らせても起伏の緩やかなその胸元に、実里はちょっぴり親近感を感じるがそれを口にすることなくこんな所で眠るルクスの身を案じた。

 

「大丈夫ですか? こんな所で寝ちゃって……疲れてます?」

「ん~? いや、そんな事は無いと思うんだけど……飲みすぎたかな?」

 

 そう言いながら懐からスキットルを取り出して中身を呷り、酒精の籠った息を吐き出す。吐息に混じる酒の臭いに、揚羽は露骨に顔を歪めて鼻を押さえて距離を取った。

 

「ぷはぁ」

「うわ、お酒臭ッ!?」

「こんな早い時間から……」

「し、シスターなんですよね?」

 

 駄目な酔っ払いの様な振る舞いを見せるルクスに三者三様の反応を見せる京也たちに構わず、当の本人は彼らを追い払う様に手を振った。

 

「良いの良いの、シスターっつったって人間なんだから。そんな事より、子供はもう帰る時間よ。ほら帰った帰った」

 

 シッシと手を振るルクスに、京也たちは顔を見合わせ苦笑しながら改めて教会から出ていく。

 

 家路につきながら、京也は揚羽と実里が仲直り出来た事を2人の口から聞いた。

 

「そっか、2人共仲直り出来たんだね」

「まぁ、元々ウチら別に喧嘩してた訳じゃなかったんだけどね」

「でもびっくりしたよ。まさかみのりんがストーカーされてたなんて」

「ストーカー?」

 

 予想外の単語が揚羽の口から出て思わず京也は首を傾げてしまったが、即座に実里が小声で京也に事情を説明した。

 

実は揚羽に納得させる為に、咄嗟にストーカーって言っちゃったの

あぁ、なるほどね

 

 実里の言葉に京也も納得して頷いた。確かに下手に秘密にしたり正直にノスフェクトの事を伝えるよりは、ストーカーと言う納得しやすい言葉で誤魔化した方が怪しまれる心配はない。それに実里はノスフェクトに狙われる訳だから、強ち間違っている訳でもなかった。

 

「と言う訳で、これからは私も一緒に居るからね!」

「「えっ!?」」

 

 京也と実里が小声で話し合っていると、出し抜けに揚羽がとんでもないことを口にした。見ると彼女は凄く良い笑顔をしている。これには当然京也たちも慌てた。

 揚羽の考えは分かっている。彼女は純粋に親友である実里の身を案じて、彼女と彼女を守る為に頑張ってくれている京也に手を貸そうと考えているのだ。だが実際には相手はストーカーではなくノスフェクトと言う怪物であり、京也たちと行動を共にすると言う事はノスフェクトに襲われる危険も高まると言う事。それを安易に認める訳にはいかなかった。

 

「い、いや、それは流石に……」

「そ、そうだよ揚羽ッ! 今は内が狙われてるけど、一緒に居たら今度は揚羽が狙われるかも……」

「大丈夫大丈夫! もし変態に襲われたら、逆に返り討ちにしてやるんだから! みのりん私が色々な部活に出入りしてるの知ってるでしょ? 空手部からもスカウトされてる程なんだから!」

 

 そう言って軽く正拳突きをする揚羽の動きは実に堂に入っており、空手を習っていると言われても違和感が無い程であった。他にも色々な部活で学んでいる揚羽であれば、護身用の武術を自然と身に着けていてもおかしくは無いのかもしれない。

 

 だが実際に襲ってくるのはノスフェクトと言う怪物だ。ノスフェクトを相手に、護身用の武術など悪足搔きにすらならない。

 

 何とかして揚羽を思い留まらせる事は出来ないだろうかと説得を試みる京也と実里だったが、親友の為と考える揚羽の意志は固い。危険を理由にした説得では揚羽は納得せず、頑なに自分も実里を守る為に行動を共にすると言って聞かなかった。

 

 もうこの際、気は進まないがアルフに頼んで揚羽を催眠で思い留まってもらうべきか、それとも全てを明かすべきかと言うところで京也が本気で悩み始めた。

 

 その時、日が傾いて濃くなった建物の影から1体のノスフェクトが飛び出してきた。

 

「ガルルッ!」

「ッ!? 危ないッ!」

 

 飛び出してきたのはウルフノスフェクトだった。ウルフノスフェクトは3人に向け飛び掛かり、それにいち早く気付いた京也は咄嗟に揚羽と実里を突き飛ばして難を逃れさせた。

 

「わっ!?」

「きゃっ!?」

 

 京也に突き飛ばされた事で2人は尻餅をつきひっくり返りそうになる。だがその甲斐あって、実里に向け伸ばされていた爪は彼女を逸れた。代わりにその爪は京也の背中を切り裂き、引き裂かれた制服の下から鮮血が飛び散り夕日に照らされて妖しく光る。

 

「ぐぁっ!?」

「紅月君ッ!?」

 

 小さく悲鳴を上げて倒れる京也に、実里は咄嗟に彼に手を伸ばす。一方揚羽は、突然現れたウルフノスフェクトに顔を青褪めさせ尻餅をついた状態から動けずにいた。

 

「な、にこれ……!? ば、化け物……!?」

 

 化け物扱いされた事が癇に障った訳ではないだろうが、ウルフノスフェクトの視線が揚羽と実里の方に向く。見た目通りの肉食獣の視線に2人が跳ねる様に体を震わせると、ウルフノスフェクトは実里に注目しゆっくりと顔を近付け彼女の匂いを嗅いだ。

 

「んん~?……ほぉ、なるほど」

 

 何かに納得した様子のウルフノスフェクトに、実里は自分が稀血持ちである事がバレた事に気付き焦った。一方揚羽は人外の怪物であるウルフノスフェクトが普通に人間と同じ言葉を使った事に驚いていた。

 

「しゃ、喋った……!?」

「うるせぇぞ、ガキ。こいつを食ったら次はお前の番だから大人しく待ってろ」

「ま、待て……!」

 

 実里に狙いを定めた様子のウルフノスフェクトを止めようと、京也は痛む背中に苦しみながらウルフノスフェクトの足を掴んだ。ウルフノスフェクトは自身の足を掴む彼の手を振り払うと、そのまま掴まれていた方の足で彼の背を踏みつける。傷口の所を狙った踏み付けに、京也の口から大きな悲鳴が上がった。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「紅月君ッ!?」

「止めてッ!?」

 

 苦しむ京也に実里が咄嗟にウルフノスフェクトを止めようと声を上げる。勿論ウルフノスフェクトがそれで止める訳が無く、奴は更に足に力を込めて京也が苦しむ声を聞きながら実里を自分の元に呼び寄せた。

 

「コイツがそんなに大事か? ならお前と交換だ、こっちに来い」

「う、あ……」

 

 ウルフノスフェクトからの交換条件に、実里は束の間言葉を失う。このまま京也を苦しめる様な事はしたくない。だが自分が行けば確実に自分は食い殺される。実里だって人並みに我が身が恋しい。何よりただの小娘でしかない実里に、いきなり我が身を犠牲にしろと言われて直ぐに結論を出すのは難しかった。

 

 それでも揺れ動く様に悩む姿を見せる実里に、揚羽は咄嗟に彼女を引き留めようとした。

 

「だ、駄目だよみのりん……行ったら、アイツに殺されちゃう……!?」

「でも、このままだと……」

 

 今、京也の命はウルフノスフェクトに握られている。奴が足にもう少し力を込めれば、京也の背骨は踏み砕かれ心臓を潰されてしまう。変身出来ればまだ違うのだろうが、この場にアルフはいないし居たとしてもあの状態では変身する事が出来ない。

 

 仮に今この場で実里が恐怖のあまり逃げ出そうものなら、ウルフノスフェクトは京也を踏み殺して続き揚羽、最後に実里に襲ってくる事が容易に想像できた。

 つまり、どの道実里に選択肢は無かった。それこそこのタイミングで助けが来てくれない限りは…………

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

「何ッ!?」

 

 その願いが叶ったのかどうかは分からないが、夕焼け空と夜空が混じり合った空から降ってくるようにやって来たアルフの飛び蹴りが意識を実里に向けているウルフノスフェクトを蹴り飛ばした。完全に虚を突かれたウルフノスフェクトは大きく蹴り飛ばされ壁に激突し、その間にアルフは実里と揚羽の方を見ると素早く揚羽に近付き彼女の頬を両手で包むように掴んで目から放つ催眠光で一瞬で意識を刈り取った。

 

「ぁ……」

「揚羽ッ!? ちょ、アルフちゃん揚羽に何をッ!」

 

 突然現れたかと思えば今度は揚羽を気絶させたアルフに実里が慌てるが、当の本人は落ち着いた様子で揚羽を近くの壁に寄りかかる様に寝かせた。

 

「気絶させただけ、大丈夫」

 

 そう言って実里を落ち着かせるアルフは、そのまま京也を助け起こして彼を変身させようとする。が、それより早くにウルフノスフェクトが体勢を立て直そうとしていた。それを見たアルフは小さく舌打ちすると、徐に実里の方を見て彼女の腕を掴んだ。

 

「実里、ゴメン。少しだけ、分けて」

「え、何を……」

 

 いきなり何を言うのかと目を瞬かせる実里の前で、アルフは彼女の腕に顔を近付けると口を開き牙を突き立てた。

 

「い゛ッ!?」

 

 出し抜けに腕に牙が突き刺さる痛みに、実里が痛みと恐怖に顔を引き攣らせる。だがそれも直ぐに快楽に染まり、頬を桜色に染め膝を震わせその場に崩れ落ちそうになった。

 

「あ、はぁぁぁぁ……! ぁぁ、ぁぁぁ……!」

 

 そのまま吸血される快楽に身を委ねそうになる実里だったが、それより早くにアルフが口を離すと僅かに血が垂れる口元を乱暴に拭い立ち上がったウルフノスフェクトに肉薄し腕を振るった。よく見るとその手は爪が鋭く伸びており、更に血をエネルギーの様に纏っている。

 その状態で振るわれた腕は一撃でウルフノスフェクトを殴り飛ばし、体勢を立て直したばかりのウルフノスフェクトは再び壁に叩き付けられた。

 

「ぐはぁっ!? く、そ……テメェッ!」

 

 不完全な力しか持っていない筈なのに二度も自分を壁に叩き付けたアルフに、ウルフノスフェクトは苛立ちの隠さず牙を剥き出しにして口の中に溜まった血反吐を吐き捨てる。

 

 一方、まだ完全に力が戻っていないアルフは稀血を摂取して一時的に力を取り戻した。だが摂取した稀血がごく僅かだった事もあって長続きせず、体から力が抜ける感覚に一瞬その場に崩れ落ちそうになる。

 

「う、く……!」

 

 ふらりと体を揺らし倒れそうになるのを、足に力を入れて持ち堪えると今度こそアルフは京也を変身させるべく彼に近付き起き上がらせた。

 

「京也、大丈夫ッ!?」

「うぅ……な、何とかね。ありがとう、アルフ。助かったよ」

 

 助けに来てくれたアルフに感謝しながら京也は腰にヴァンドライバーを装着した。彼に優しく頭を撫でられ、猫の様に満足そうに喉を鳴らすアルフ。欲を言えばこのまま彼に撫でられていたかったが、そうも言っていられない状況にアルフは名残惜しそうに彼の手を下げさせると抱き着きその首筋に牙を突き立てた。

 

「ん、ガヴッ!」

「う、はぁぁ……! ぁ、ぁぁ……ぅぅ!」

「う、うわぁ……」

 

 アルフに血を吸われて悶える京也。実里はその様子を両手の指の隙間から眺めつつ、先程自身が吸血された時の事を思い出しその時の快楽を思い出して切なそうに体を捩らせた。

 

 実里の視線を気にすることなく、アルフは京也の血からクロスブラッドを生成し彼に手渡した。十字架を受け取った京也は、快楽の余韻に浸る間も無く腰に装着したヴァンドライバーのハンドルを引いてドクロの口を開きクロスブラッドを装填する。

 

「変身ッ!」

〈ダイシリアス! キョウヤ!〉

 

 無事ヴァーニィに変身する事が出来た京也は、アルフが持ってきてくれたグレイブレイカーを大剣モードで構える。対するウルフノスフェクトは二度の壁への叩き付けから体勢を立て直し、足元のアスファルトを砕くレベルで足腰に力を込め今にもヴァーニィに襲い掛かろうと身構えていた。

 

 あたりに一触即発の空気が漂う。アルフは実里と気絶している揚羽が巻き込まれないようにと警戒しながら下がり、実里はウルフノスフェクトと対峙するヴァーニィの姿を心配そうに見ている。

 

「紅月君……」

 

 不安そうな実里の呟き。それを合図にしたようにヴァーニィは大剣を構えてウルフノスフェクトに突撃し、ウルフノスフェクトもそれに合わせて口を大きく開いて飛び掛かった。

 

「ぜあぁぁぁぁぁっ!」

「ガルルルルルッ!」

 

 大上段に大剣を振り上げて飛び掛かるヴァーニィと、口を大きく開けて飛び掛かるウルフノスフェクト。両者の突撃は互いの攻撃を互いに受け止めるところから始まった。ヴァーニィはウルフノスフェクトの噛み付きにグレイブレイカーの刃を挟み込む事で、ウルフノスフェクトはヴァーニィのグレイブレイカーをその強靭な顎で噛み付きそれ以上刃が進むのを防いだ。

 

「ぐ、ぐぐ……!」

「グルル……!」

 

 ウルフノスフェクトの口の中で、鋭い牙に挟まれた剣が軋みを上げる。この状況、一見するとどちらも一撃を受け止められただけの様に見えるがその実不利なのはヴァーニィの方であった。

 ヴァーニィはグレイブレイカーをウルフノスフェクトに咥えられている限り、前にも後ろにも進む事が出来ない。加えてウルフノスフェクトと拮抗状態を作る為には、片方の手を離す訳にはいかず事実上身動きを封じられていた。

 

 一方のウルフノスフェクトは、飽く迄口で咥えているだけなので両手を自由に使える。つまり…………

 

「グルァッ!」

「うわっ!?」

 

 踏ん張っているヴァーニィを、横合いから殴りつける事も可能なのだ。前に進む事を前提にした踏ん張りをしている為、左右からの力に対しては弱い。そこを的確に突かれた彼は、回避も防御も出来ず真横に殴り飛ばされ地面に叩き付けられた。幸いな事にウルフノスフェクトは殴り飛ばす際にグレイブレイカーを放してくれた為、大剣は柄を握り締めていたヴァーニィと共に横に吹き飛ばされる。

 

「ぐぅっ!? く……!」

 

 地面に叩き付けられた衝撃で肺から空気が吐き出される。一瞬呼吸が止まる苦しさに仮面の下で顔を顰めながら、ヴァーニィはウルフノスフェクトからの追撃に備えてグレイブレイカーを杖代わりに立ち上がった。

 ウルフノスフェクトはそれを待っていたかのように素早く接近すると、立ち上がった彼に跳び蹴りを放ち壁に向けて蹴り飛ばした。

 

「うあぁぁぁぁぁっ!?」

「京也ッ!?」

「紅月君ッ!?」

 

 壁に叩き付けられるヴァーニィの姿に、アルフと実里の悲鳴が上がる。2度のダメージに呻き声を上げながら倒れる彼を一瞥したウルフノスフェクトはもう邪魔をする者はいないと、アルフと実里の方を向きそちらに歩みを進めた。迫ってくるウルフノスフェクトの姿に、実里が恐怖に顔を引き攣らせアルフはそんな彼女を守る様に立ち塞がる。

 

「あ、ぁぁ……!?」

「くっ! このっ!」

 

 まるで実里の恐れる姿を楽しむ様にゆっくり近付いてくるウルフノスフェクトに、アルフが手足に血を纏わせて殴り掛かる。だがこれまでに何人もの人間の血を飲み己を強化してきたウルフノスフェクトは、彼女の奮闘を嘲笑う様に片手で振り払いヴァーニィ同様壁に叩き付けてしまった。

 

「あぐっ!?」

「アルフちゃんッ!?」

 

 ヴァーニィに続きアルフまでもが叩き伏せられた。これで実里の事を守ってくれる者は誰も居ない。

 

 何も出来ぬ内に実里の前にウルフノスフェクトが立ち塞がる。後退っている内に気付けば壁際に追い詰められていた実里は、逃げ場を塞がれている事に愕然となり恐怖に目尻に涙を溜めながら乱れた呼吸をしつつ自身を狙うウルフノスフェクトを見上げた。

 

「はぁ……はぁ……」

「へへへ……!」

 

 ウルフノスフェクトは実里を前に舌なめずりをし、口元の涎を拭った。彼らノスフェクトからすれば、稀血を持つ実里は極上の獲物である。人間には分からないその芳醇な匂いに、ウルフノスフェクトは理性をかなぐり捨てて実里に襲い掛かりたくなった。

 これで実里が出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいる起伏に富んだ肢体の持ち主であれば更に楽しめただろう。生憎と実里は平均よりもやや貧相な体付きなのが惜しいが、稀血であればそんなの気にならない。

 

 狙いを定めたウルフノスフェクトの手が実里に伸びる。このまま自分はコイツに食い殺されるのかと、迫る死の恐怖に実里が思わず目を瞑った。

 

 その時、ウルフノスフェクトの背後から砲声の様な音が響き、その直後派手な爆発音のような物が周囲を震わせた。実里はその音に思わず両耳を塞いでしゃがみ、ウルフノスフェクトは弾けた自身の背中に悲鳴を上げた。

 

「きゃっ!?」

「がぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 今の砲声はヴァーニィのグレイブレイカーだ。何とか立ち上がった彼は自身に背中を向けるウルフノスフェクトに、グレイブレイカーを砲撃モードにして引き金を引き実里に襲い掛かろうとするのを止めたのである。

 ヴァーニィの様子からこれ以上の抵抗は無いだろうと思っていたウルフノスフェクトからすれば完全に不意打ちであった。しかもグレイブレイカーの砲撃は銃撃と同様銀成分を持っている為、ノスフェクトであるウルフノスフェクトには特攻だ。それを諸に喰らい、ウルフノスフェクトは激痛に思わずその場に膝をつく。

 

「ぐ、ぁ……!? テ、テメェ……!」

「オォォォッ!」

 

 膝をつきながらも尚凶暴性を失わない目で背後のヴァーニィを睨み付けるウルフノスフェクト。睨まれた彼は恐れる事無く大剣モードのグレイブレイカーを引き摺る様にしながら、ウルフノスフェクトに肉薄し大剣を振り下ろし袈裟懸けに切り裂いた。

 

「ぐあぁぁぁぁっ!? こ、の……ガキがぁぁぁぁっ!」

 

 二度に渡りヴァーニィの攻撃を喰らい負傷したウルフノスフェクトだが、この程度で萎える闘争心をしてはいない。寧ろ二度もまともに攻撃されてしまった事に怒りを燃やし、痛みを無視して反撃までしてきた。

 大きく口を開け、攻撃直後な上に先程のダメージで動きの鈍っているヴァーニィの肩口に食らい付く。鎧のある部分ではあったが、ウルフノスフェクトの強靭な顎はその鎧を噛み砕き鋭い牙を彼の肩に食い込ませた。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

「京也ッ!? ダメェッ!?」

 

 ノスフェクトに食らい付かれるという事の意味を誰よりも理解しているアルフは、ウルフノスフェクトがヴァーニィの肩に食らい付くのを見て咄嗟に前に出てウルフノスフェクトに飛び掛かる。だが先程と違い稀血による一時的なブーストが無い動きでは下級ならともかく、上級ノスフェクトを相手するには力不足であった。

 ウルフノスフェクトはヴァーニィを加えたまま振り返り、飛び掛かって来たアルフの攻撃を受け止め地面に叩き付けると彼女が起き上がれたりしない様にと柔らかな腹を踏み抜く勢いで足で踏み付け押さえつけた。

 

「グルルッ!」

「あ、がっ!?」

「フンッ!」

「ぐぶぇっ!?」

 

 腹に力を入れて堪える間もなく腹を踏みつけられ、目を見開き反吐を吐き出すアルフ。その様を眺めながらウルフノスフェクトはまだ牙が突き刺さったままのヴァーニィの肩から彼の血を吸い取った。

 

「うぁ……!? う、ぐぅっ!? あぁぁぁぁっ!?」

 

 血を吸われ、力を吸い取られる感覚にバーニィの口から悲鳴が上がる。十分に吸血し、投げ捨てる様に解放される頃にはヴァーニィは深刻な血液不足に陥り、コートを維持する事も出来ず素体としての姿を維持するだけで精一杯となってしまっていた。

 

「うぐ……ぁ、かは……!?」

「ふぅ……流石と言ったところか。稀血ほどじゃねえが、なかなか悪くない血だったぜ」

 

 そう言うウルフノスフェクトの体には、もう先程の砲撃と斬撃の傷跡は綺麗に癒えてなくなっていた。恐らくエネルギーも回復させ、そのポテンシャルは京也が変身する前よりも上がっているだろう。ヴァーニィは生命力に満ち溢れた様子のウルフノスフェクトを睨みつけながら、力の入らない手足に四苦八苦し蹲っていた。

 

 どうしようもない程の窮地。この事態に実里は、居ても立っても居られず本人も気付かぬ内に前に飛び出し、蹲っているヴァーニィの傍に駆け寄っていた。

 

「紅月君、しっかり!」

 

 何か力になろうと、彼が起き上がるのを手助けする実里。彼女が触れてきた瞬間、彼女から漂ってくる匂いにヴァーニィの中で凶暴な何かが暴れ出した。本能的で原初的な衝動、食欲に近い。

 今の彼は疑似的なノスフェクトであり、そして今は深刻な血液不足に陥っている。そんな所に稀血と言うノスフェクトにとって極上のご馳走が近寄って来れば、衝動的に欲してしまうのも無理からぬこと。

 

 ヴァーニィは触れてきた実里の手を取り、鼻息も荒く彼女を引き寄せその柔肌に牙を突き立て血を啜ろうとしてしまった。

 

「う、ぁ……! ぁぁ、ぁ……!」

「あ、紅月、君……?」

 

 明らかに様子の可笑しいヴァーニィに、思わず実里も慄いてしまう。そこで彼女は思い出した。ノスフェクトは血を吸う事で強くなり、そしてヴァーニィもノスフェクトに近い存在である事を。今の彼の状態も理解している実里は、ウルフノスフェクトに追い詰められたこの状況を打開する手段として自身の血を彼に飲ませる事を考え付いた。

 

 正直に言えば、怖い。既に二度、ジェーンとアルフにより吸血された。その時の感覚は忘れられない。まるで自分と他人が混ざり合う様な感覚。恐ろしい事の筈なのにどうしようもない程に甘美で、蕩けてしまう様な感覚が病み付きになってしまいそうだ。牙を突き立てられる瞬間こそ痛みはあるが、それは本当に束の間であり次の瞬間には抗う事の出来ない程の快楽が全身を包む。

 

 何より、このままでは全員ウルフノスフェクトの餌食となってしまう。生き残れる快楽と生き残れない快楽、どちらが良いかと言われれば、迷う理由など何処にもなかった。

 

「……いいよ、来て」

 

 実里はせめて彼が血を吸いやすいようにと、首周りの制服を緩め首筋を差し出した。その白い肌を前にヴァーニィは僅かに残った理性が引き留めようとするのも構わず、クラッシャーを開き牙を彼女の首筋に突き立てようとした。

 

 それを見て、アルフが思わず目を見開き制止の声を上げる。

 

「ッ!? 駄目、止めてッ!?」

「あ?」

 

 アルフの様子に漸くそちらに目を向けたウルフノスフェクトが目にしたのは、今正に実里の首筋に牙を突き立てようとしているヴァーニィの姿だった。その光景にウルフノスフェクトも目を見開き息を飲み、アルフが叫ぶが彼女の制止も空しくヴァーニィの牙が実里の首に突き刺さる。

 

「ダメェェェェェェェェェッ!?」

 

 気付けば夜の帳が降り、街灯の灯りが光源となっている中、アルフの悲痛さを感じさせる叫びが周囲に響き渡った。




と言う訳で第20話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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