仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

前回まではヴァーニィの強化がメインだったので影が薄かったレックス達S.B.C.T.に再びスポットが当たります。


第22夜:嗜好の変化

 S.B.C.T.九州支部では、ここ最近のノスフェクト案件に関して忙しい毎日を送っていた。先行していたδチームが受けた打撃と、そのタイミングで合流してくれたεチーム。更に遅れてやって来たγチーム。合計3つのチームが季桔市周辺に出現するノスフェクトに対処する為、日夜パトロールに分析にと精を出していた。

 

 それでも彼らの行動は基本後手に回らざるを得ない。未来予知が出来る訳でもないので、先だって事件が起きる現場に迎える訳でもないのだ。少しでも遅れることが無いようにと季桔市各地に各部隊が交代でパトロールを派遣し警戒しているのだが、ノスフェクトはそれを嘲笑うかのようにパトロールの穴を突く様に騒動を起こす。

 そして大抵ノスフェクトが起こした事件は、一足先に行動していたヴァーニィにより解決されている場合が多いのだ。δチームはヴァーニィと共闘する事もあったが、他のチームはそうでもなく特にγチームからすればヴァーニィは完全に未知の存在であった。

 

 そんな中で、レックスは1人訓練に精を出していた。彼のライトスコープは先日のシルヴァとの戦いで無茶をさせ過ぎた為完全に使用不能なまでに破損。そして彼のポテンシャルをライトスコープでは限界までチューンしても受け止めきれないと判断され、今は彼の全力を受け止めきれる性能を持つ次世代型スコープの完成を待っている状況であった。

 

 他のδチームの隊員がパトロールに事件の処理にと奔走している間、彼はもしもと言う時に生身でも活動できるようにとコンディションを万全に保つべく休まずトレーニングを続けていた。

 

「495……496……497……」

 

 今、彼はトレーニングルームの器具を使って懸垂していた。間も無く500回に達しようとしているにも拘らず、そのペースは一向に衰える気配を見せない。

 

「498……499……500……!」

 

 そして500回に達したところで、彼は鉄棒から手を離し床へと降り立つ。実に懸垂500回ぶりの床の感触に、体力を消耗した筈の彼は微塵もよろめく事無く両足でしっかりと着地し顎から滴る汗を手の甲で拭い軽く払うと近くに置いてあったタオルを手に取り汗を拭きとって軽く一息ついた。

 

「ふぅ……」

「よぉ、レックス。暇してるか?」

「ん?」

 

 軽く水分補給しようとタオルと一緒に置いておいたボトルに手を伸ばし口をつけていると、同じδチームの仲間のアルバートが声を掛けてきた。見ると彼もレックス同様制服を脱ぎトレーニングウェアに着替えている。彼の姿にレックスは怪訝な顔になった。

 

「何の用だよ、冷やかしか?」

 

 仕方がない事とは言え、やはり自分1人が他の隊員から離れて行動する事に対しては色々と思うところがあった。有り体に言えば歯痒く思わずにはいられず、こうしてトレーニングを行っているのもそのフラストレーションの発散の意味もあった。

 

 そんな中でアルバートは態々こんな所まで足を運んできた。事件が起きているのに何も出来ない不満を抱えている彼からすれば、あまり仲が良くないアルバートの登場は冷やかしの様に見えても仕方がない。

 

 レックスの考えている事が何となく分かるのか、アルバートは肩を揺らして小さく笑いながら手に持っていたグローブを放って渡した。レックスは放られたグローブをキャッチしそれを一瞥すると、もう一度アルバートの方へと目を向ける。その視線の先では彼が既にグローブを装着し、解す様に肩を大きく回しながらレックスを誘う様に腕を振るった。

 

「εだけじゃなくγまで合流したせいで、暇な時間が増えてよ。出動も緊急性が低ければローテーションだし。つー訳で、付き合えよ。お前もどうせ暇だろ?」

 

 それは聞きようによっては装備を失い支給されなくなったレックスへの挑発の様にも聞こえた。真意は分からないが、少なくとも自分を誘ってきているアルバートに普段の相性の悪さもあって良い気分はせず憮然とした顔をせずにはいられない。

 

 だが同時に、ありがたいという気持ちも少なからずあった。今のレックスはどう足掻いても実戦には出られない。厳密に言えば出ようと思えば出られるが、大きな危険が伴うし何より足手纏いになる可能性が高かった。子供ではないので分を弁えているレックスはそんな無謀な事をするつもりは毛頭なく、余程の事が無ければ出動を禁じられている状況で無理を通して前線に出るつもりも無かった。だからδチームが出動するような事になった時も、彼1人は待機と言う事でリリィと敦と共に指揮車の中に居た。

 

 長くなったが、正直に言えば彼はフラストレーションを溜めていたのだ。それをトレーニングで体を動かす事で何とか発散していたが、それも限界があり何も出来ない歯痒さは彼の心の中で燻り続けていた。そんな中で、訓練とは言え人間相手に本気を出せるのはありがたかった。

 

「……手加減しねえぞ」

「そんな可愛げが無い事くらい知ってる。いいから来いよ」

 

 挑発するようなスタンスを崩さないアルバートに、レックスは挑発を返す様に鼻を鳴らしてグローブを装着し構えを取った。そして訓練用の広いスペースに移動し、いざ始めようとした時、トレーニングルームに数人の集団が入ってきた。

 今日は千客万来だと思いながらアルバートにグローブで殴りかかろうとした時、それより早くにレックスに気付いた集団の1人が口を開いた。

 

「お? おい見ろよ、δチームのバケモンが居るぜ」

「ん?」

「あ?」

 

 明らかにレックスの事を侮辱する物言い。流石に無視する事は出来ずに2人が集団の方に目を向けると、集団の内の明らかに軽薄そうな男が他の男達から宥められていた。

 

「おい止めろルイス。仮にも他所の部隊の相手だ」

「面倒を起こせば厄介な事にしかならないだろ」

 

 どうやらあの集団の中でレックスに対して悪感情を抱いているのはその男――他の隊員の言葉から察するとルイスと言うらしい――だけらしい。ルイスは他の隊員に窘められながらも、尚もレックスに対する挑発を止めようとはしない。

 

「でも間違いじゃねえだろ? 噂じゃアイツ、昔傘木社のモルモットで改造されて見た目は人間でも中身は化け物共と同じだって話じゃないか」

 

 堂々とレックスの事を馬鹿にするルイスの物言いに、アルバートは不快そうに顔を顰めた。

 結成当初と比べて組織の規模が大きくなったS.B.C.T.は、人員確保の為に世界各地から人を集めた。世界規模で活動する為にはとにかくマンパワーが必要と言う事で、特に前線に出てライトスコープを纏う隊員に関しては能力を優先して選定した結果性格に若干難のある者が選ばれる事も少なくない。それこそ明らかにサイコパスだったり、誰が見ても性格に問題がある様な輩でもない限りは採用されてしまう。δチームではレックスと仲の悪いアルバートやトリガーハッピーの一也がそれにあたるかもしれないが、この2人程度であればまだ可愛い方で組織全体で見ればルイスの様に他者と問題を起こす困った隊員も少なからず存在していた。

 

 そんな男から堂々と侮辱されているレックスだが、アルバートがチラリと見る限り怒りを露わにしている雰囲気ではなかった。若干煩わしく思ってはいるようだが、騒音程度にしか感じていないようで怒りを露わにして殴り掛かる様な感じではない。

 流石に気にしなさ過ぎではないかと気になり、アルバートも普段のレックスへの態度を引っ込めて控えめに訊ねた。

 

「おい、いいのかよあんなに言わせて?」

「別にいいよ。俺の体が普通の人間と違うのは事実だ。んなのいちいち気にしてたら疲れるだけだろ」

 

 特別強がっている訳でもなく、レックスは心からそう言っていた。実際彼はこの程度の悪口は慣れっこだった。まだ傘木社のモルモットだった頃からそう言う扱いを受けてきたし、何ならこれ以上に酷い扱いもされてきた。人を人とも思わない扱いをされ、体内に埋め込まれた装置で無理矢理いう事を聞かされてきた過去に比べればあの程度の悪口など毛ほども気にならない。

 

 そんな事よりもトレーニングだとレックスは何時でも来いと言わんばかりにステップを踏んで構えを取っていた。挑発に乗ってくる様子の無いレックスに、ルイスと言う男は面白くないのか小さく舌打ちをした。その様が良い気味に思えたのか、アルバートが思わず鼻で笑った。

 

「ハッ……」

「ッ!?」

 

 嘲笑が耳に入ったのかルイスは一瞬アルバートに食って掛かろうと一歩前に踏み出した。そこで彼は何かを思いついたのか、ニヤリと笑みを浮かべるとレックスに近付きながら徐に今度はリリィの事を口にし始めた。

 

「あぁそう言えば、δチームはオペレーターも化け物なんだっけか?」

「……」

「テメェ……」

「おいルイスッ!」

 

 レックスだけでなくリリィまで侮辱し始めた。これにはアルバートも黙ってはいられず、グローブを捨てる様に外してルイスに掴み掛ろうとした。

 だが今にも取っ組み合いが始まろうとしていたその時、横を通り過ぎようとしていたアルバートをレックスが引き留めた。

 

「待て、アル」

「ッ、おい何で止める? お前の女が馬鹿にされてんだぞ? お前そこまで腑抜けだったのか?」

 

 自分の事が侮辱された程度の事を我慢するだけならまだいい。だが恋人の事を侮辱されて尚言い返しもしないレックスの態度に、アルバートはある種の失望を感じていた。

 

 だがそれが間違いである事は、改めてレックスの目を見て分かった。一見すると冷静さを保っているように見えるレックスだったが、よく見ると明らかに目が据わっている。抑えきれぬ怒りが、一周回って彼を冷静さを保っている様に見せていたのだ。実際には今にも爆発寸前であった。

 

 アルバートを引き留めたレックスは無言でグローブを外すと、体をルイスの方へと向けゆっくりと近付いていく。向かってくるレックスに、ルイスは挑発する様に手を叩き他の隊員はそれを止めさせようとしている。

 

「ルイス、いい加減にしないかッ!」

「何良い子ぶってんだよ。お前らだって本当は気に入らないんだろ? だってコイツ、中身はファッジとかと同じなんだぜ? 俺の親父を殺したよぉ……!」

 

 そのルイスの言葉に、レックスの足が止まる。どうやらこの男、過去にファッジにより肉親を失っているらしい。傘木社は主に日本で活発に活動していたが、他国で何もしていなかった訳ではなく規模は小さくとも世界各地で騒ぎを起こしていた。ルイスの肉親はそれに巻き込まれて命を落としたのだろう。

 そう言った事情があるなら、なるほど確かにファッジとそれに連なる技術で改造されたレックスとリリィの存在は許せないのかもしれない。レックス達もまた傘木社の被害者であるとしても、連中の手に掛かり人でない存在となってしまった事がどうしても見過ごせないのだ。これは生半可な正義感の問題ではなく、個人的な感情の問題だから言葉で宥めるのが難しい。

 

 だからレックスは、極めてシンプルな理由だけで動く事にした。

 

「おい……」

「あ?」

 

 レックスが声を掛け、ルイスが彼の事を見る。次の瞬間、目にも留まらぬ速度で放たれたレックスの手がルイスの眼前で拳の形を作りそこで止まった。ルイスの視点からは出し抜けに視界がレックスの拳で埋まったように見え、最初何が何だか分からなかっただろう。だが直後に衝撃で顔に当たる風と眼前に拳があると理解した瞬間、彼は跳ねる様に後ろに飛び退き肝が冷えて激しく鼓動する胸元を押さえた。

 

「うぉぉっ!? テ、テメェ……!」

 

 寸止めされたとは言え、先に手を出してきたのはレックスの方だ。ならば遠慮はいらないだろうとルイスは周りの制止を振り切って殴り掛かろうとした。

 その寸前、レックスは握っていた拳を手の平を上にして開いた。今度は何だとルイス達が彼の手の平の上を見ると、そこには握り潰された一匹のハエの姿があった。あの瞬間、2人の間を飛んでいたハエをレックスは素早く握り潰していたのだ。

 

 殴ろうとしていた訳ではないというのは分かったが、それで引っ込みがつくかと言われれば否と答えるしかないだろう。結果はハエを握り潰しただけで終わったが、眼前に拳を突き付けられた事は事実なのだ。しかしルイスがそれを理由にレックスに改めて何かをしようとする前に、彼は素早くルイスの背後に回り相手の片腕を捻り上げてあっという間に組み伏せてしまった。

 

「アイデデデデッ!?」

 

 あと少し腕を捻られたら骨が折れるのではと言う痛みに悲鳴を上げるルイスに、レックスは怒りを押し殺した声で静かに告げた。

 

「一つだけ言っておく。俺の事はともかく、俺の大事な奴らを馬鹿にすることは許さねえ」

 

 それだけ告げると、レックスはルイスを突き飛ばす様に解放した。突き飛ばされた先にはルイスの仲間が居た為、彼は転倒する前に受け止めてもらえた。解放されたルイスは振り返りレックスの事を睨み付けると、このままだと引っ込みがつかないのか再び食って掛かろうとして仲間の隊員に押さえられる。

 

「この……!」

「いい加減にしろルイスッ!」

「もう止めろっ!」

「チッ、離せッ!」

 

 暴れるルイスを尻目に、レックスは放り捨てたグローブを回収するとそのままトレーニングルームから出ていった。流石にこれ以上はトレーニングが出来そうな雰囲気ではない。

 

 トレーニングルームから出ていったレックスを見送ったアルバートは、扉の向こうに消えた彼の背に肩を小さく竦めると漸く大人しくなったルイスに肩越しに声を掛けた。

 

「止めとけ止めとけ。お前じゃ逆立ちしたってアイツにゃ勝てねえよ」

「あぁ?」

「だってアイツ、ωからスカウトされるほどの腕前だぞ?」

 

 ωとは、S.B.C.T.の部隊の一つであるωチームの事である。ωチームは数あるS.B.C.T.の部隊の中で唯一対人・対ライダー戦を主眼に置いて用意された部隊であり、敵性仮面ライダーとの戦闘を視野に入れている都合上S.B.C.T.の全部隊の中から腕利きを集めて組織されていた。

 

 ωチームにスカウトされる為には対ライダー戦に対応する為優れた戦闘技能が要求される。この部隊にスカウトされる事は、ある意味で名誉な事でもあった。そこからスカウトされておきながら、通常部隊に身を置いている。レックスはωチームからのスカウトを辞退しているのだ。

 

 レックスとリリィが傘木社の実験体だった事は知っていたルイスも、これは知らなかったのか思わず言葉を失った。

 

「な、ぁ……!? ア、アイツ、何で……!?」

 

 ωチームの隊員はどれも一癖二癖あるが、相応に高い戦闘力を持っていると聞く。少なくとも一般部隊の隊員が1対1で戦って勝てる様な相手ではない。それだけの腕を持っておきながら、δチームの一員に甘んじている事が信じられなくてルイスは困惑していた。

 

「へっ……さぁな」

 

 ルイスが思わず口にした疑問に、アルバートは吐き捨てるように言うとそのまま自分もトレーニングルームから出ていった。

 

 トレーニングルームを出ると、アルバートは軽く周囲を見渡した。見える範囲にレックスの姿は無い。当然か。

 

 彼はそのまま廊下を歩き、支部の中にある自販機が置かれた休憩スペースに辿り着く。そこにレックスが居た。ベンチに腰掛け、自販機で買ったのだろうコーヒーを片手に一息ついている。

 

「ふぅ……」

「黄昏てんなぁ?」

「あ?」

 

 アルバートはレックスに一声かけると、自販機で自分もコーヒーを買いベンチに腰掛けた。人一人分のスペースを開けてベンチに座った2人は、特に会話も無く静かにコーヒーを飲んで時間を潰す。

 

 その沈黙に耐えられなくなったのか、アルバートは正面を向いたままレックスに話し掛けた。

 

「……あの程度で良かったのか?」

「何が?」

「εところのアイツだよ。リリィ馬鹿にされて、あの程度で済ませて良かったのか?」

 

 アルバートがそう訊ねると、レックスは合点が入った様に頷いた。

 

 リリィはδチームの隊員達からしっかりと人気がある。アイドルやマドンナと言う程ではないが、レックスとは馬が合わないアルバートですら彼女からの頼みに対しては素直に従うくらいだ。もしここに居たのがレックスとアルバートだけでなく、他の隊員も同席していたら今頃はδチームとεチームの間で乱闘騒ぎとなっていたかもしれない。

 正直、アルバートの意見としては一発くらいは殴っても罰は当たらないのではと言う気持ちすらあった。

 

 その気持ちが分かるのか、レックスはコーヒーを一口飲んで苦笑した。

 

「リリィだって、あんな事言われても気にやしないよ。アイツが気にしないのに、俺が勝手に感情的になって騒ぎを起こしたらそれこそ呆れられる」

「そんなもんかよ?」

「そんなもんだよ。それに、あれ以上腹を立てる程の事もねえだろ。あんな妬み僻みでよ」

 

 ルイスがあんな行動に出たのは過去に肉親をファッジで失い傘木社の手が掛った存在に対してアレルギー反応的な嫌悪感を抱いているというのもあるだろうが、その根元にあるのは能力がある者に対する嫉妬であろう。レックスのδチームでの活躍は目覚ましく、他部隊の耳にもその噂は届くほどであった。それが巡り巡ってωチームにスカウトされる事にも繋がり、レックスはそれを固辞してδチームに身を置いている。

 それに嫉妬される事は今回が初めてではない。傘木社から解放され、平和な日常を手に入れてからは彼とリリィも学校に通っていたのだが、そこでも心無い学生からの嫉妬を受けた。

 

 その時の事もあって、レックスはこういう理不尽な嫉妬には慣れていたのだ。だからあの程度の事で必要以上に感情的になる様な事はしない。少なくとも、あの程度の侮辱では、だ。

 

 レックスの独白を聞き、アルバートはコーヒーを飲み干すとつまらなそうに天井に向け息を吐き出した。

 

「甘っちょろいなぁ、相変わらず。面白みがねえ」

「お前何がしたいんだよ。元気づけたいのか、馬鹿にしたいのか?」

「さぁてね」

 

 アルバートは立ち上がると空になった容器をゴミ箱に放り込み、背筋を伸ばしながらその場を立ち去っていった。残されたレックスはその背を見送ると、何処か居心地が悪そうに息を吐き天井を仰ぎ見た。

 

「あ、こんな所に居た」

 

 特に何を考えるでもなくぼんやりと天井を眺めていると、不意にリリィの声が耳に届いた。レックスがそちらに目を向けると、そこにはリリィとユーリエと言う少し珍しい組み合わせの2人が居た。2人が一緒に行動している事に、レックスも思わず目を丸くして2人の姿を交互に見た。

 

「何だ何だ? 珍しい組み合わせだな?」

「そんなのどうでもいいでしょ。こんな所で何してるのよ?」

「見て分かるだろ? コーヒーブレイクだよ。それよりそっちこそ、いきなり何の用だ?」

 

 レックスとリリィが軽口を叩き合っていると、話が進まない事に業を煮やしたのかユーリエが一歩前に出て口を開いた。

 

「δ5レックス。結論から言おう、君のご所望の品がやっと届いた」

 

 最初それが何を意味しているのか分からなかったレックスだが、今自分が最も求めているものが何かを考えてやっとピンと来たのか弾かれるように立ち上がった。

 

「まさか、出来たのか?」

 

 そう訊ねるとリリィも思わず苦笑し、クスクスと笑いながら頷き答えた。

 

「そ。次世代型スコープのテストベッドとなる試作機。レックスの動きにも耐えられるように改良に改良を加えた最新鋭よ」

 

 その言葉にレックスは無言でガッツポーズをとると、カップに残ったコーヒーを一気に飲み干し空になったそれを乱暴にゴミ箱に放り込み2人の手を引き物がある場所へと向かおうとした。

 

「そう言う事なら善は急げだ! 何処だ、何処にある? 早く行こう!」

「分かった! 分かったから落ち着いて!」

「そんなに引っ張られては案内どころの話ではないよ」

 

 立派に成長したと思っていても、こういうところはまだまだ子供だ。楽しみにしていた物を前に気持ちが逸って落ち着く事が出来ない。そんな彼の姿にリリィは仕方がないと笑い、ユーリエはこんな様子で大丈夫だろうかと呆れを滲ませた目を彼に向けるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 日も暮れてきたころ、夕日に赤く照らされた街を雑踏に紛れる様に京也が買い物袋を手に歩いていた。帰宅や買い物の時間帯と言う事で、周囲には意外と出歩く人が多い。

 その多くの人々の中には、すれ違う京也の方を振り返る者が少なくなかった。その内訳は男性が多い。

 

 これにはもちろん理由がある。と言ってもそんなに複雑なそれではなく、単にこの日は彼だけではなくアルフが一緒と言うだけの話だ。上はTシャツの上にパーカー、下はスカートにスニーカーと言う当たり障りのない恰好で、フードも被っている為顔が見辛いが、隙間からチラリと伺える彼女の人間離れした美しさを持つ顔を見る事が出来た者はそれに見惚れ引っ張られるように振り返ってしまったのである。

 尤も振り返る者の中には、パーカーの胸元を押し上げる見事な膨らみに目を奪われているものも少なくなかったが。

 

「アルフ、大丈夫?」

「ん……平気」

 

 京谷は自身の腕を掴むアルフを気遣った。この日アルフが京也と共に外出しているのには幾つか理由がある。

 

 一つは実里を狙ってノスフェクトが出た場合にすぐ気付けるようにする為だ。今後実里は頻繁にノスフェクトに狙われ襲われる危険が高い。学校に居る間は変身できずとも、ノスフェクトの存在を知る京也が咄嗟に彼女を守る為に動く事が出来る。だが学校が終わり、それぞれが帰宅した後はそうはいかなかった。非常時に迅速に対応する為には、アルフな京也と共に行動をする時間を増やす必要がある。

 アルフとしてはそれは望むところでもあったので否やはない。

 

 その一方、アルフにより広い世界を体験してもらいたいと言う京也とジェーンの思惑も絡んでいた。アルフは上級ノスフェクトであり、日光が苦手と言う事もあって基本家に引き籠っている。それはいけないと、京也とジェーンは何かと彼女に外出を促していた。狭い部屋に閉じこもってばかりと言う状況は精神衛生上もよろしくはない。これは彼女を想っての事でもあった。

 

 そんな事情もあって買い物がてらアルフと共に出掛けた京也だったが、彼は歩きながら自分の腕を掴んでくるアルフをチラチラと見ていた。

 何処か不安げで、だが色々な物に興味をそそられるのかフードの下からキョロキョロと辺りを見渡している。そんな彼女の姿が可愛らしくて京也は思わずクスリと笑みを浮かべた。

 

 しかしそれと同じくらい、京也はアルフを迂闊に外に連れ出したのは失敗だったのではと考えていた。理由は単純で、アルフに向けられる視線が気になって仕方がないからであった。

 アルフは美少女だ。それも人間をより引き付ける為か、その美貌は目が離せなくなるほどである。今まではその美貌をある意味で独り占め出来ていた訳であるが、今はその美貌が多くの人々の目に留まり中には心奪われ呆けてしまう程の者もいる。見知らぬ男達がアルフにそう言う目を向けているのを見つける度に、京也は心にモヤモヤとしたものを感じずにはいられなかった。

 

(僕ってこんなに独占欲強かったっけ?)

 

 見知らぬ男がアルフに色々な目を向けることに不満を抱いていた京也は、そんな自分を顧みてふと自分はこんなにも俗っぽい性格だったかと内心で首を傾げた。だがそれを自覚したからと言って止められるかと言われればそれは否であり、寧ろ自覚したからこそ更に思い切った動きに出る事が出来た。

 

 京也は徐にアルフの肩を抱き寄せ、体を密着させたまま歩き出したのだ。突然抱き寄せられ彼の温もりに包まれたアルフは、思わずハッとなって顔を上げて京也の顔を見た。アルフの目から見える京也の顔はほんのり赤くなっているが、それは決して夕日に照らされたからと言うだけの話ではないだろう。

 

「京也?」

「……ゴメン。嫌、かな?」

「ううん……フフッ」

 

 京也からのアクションにアルフは嬉しくなり、そのまま彼に頬擦りする様に体を預けて歩き続けた。

 仲睦まじく寄り添って歩く2人の姿を、街行く人は温かく見守り、中には敗北感に顔から表情を失う者も居たが2人は気にすることなく歩き続けた。

 

 

 

 

 多くの視線を向けられているからこそ、2人は気付く事が出来なかった。

 

 向けられている視線の中に、明らかに邪なものを向けている視線が混じっている事に。

 

 もしもう少し長くその視線を感じていたら或いは気付けたかもしれないが、生憎とそうもいかず次の瞬間アルフはノスフェクトの気配を察知しそれどころではなくなってしまった。

 

「! 京也、あっち!」

「ッ!? あっちは……マズイ!?」

 

 アルフが指さす先、脳内で地図を開きその方向を調べた京也は、その先にあるのが実里の済むマンションである事に気付き焦った。

 

「アルフ、急ごう!」

「うん!」

 

 2人は実里が襲われる前にノスフェクトを仕留めるべく駆け出した。その道中で京也はスマホで実里に危険が迫っている事を知らせ、もしもと言う時は早く逃げる事を進めつつ雑踏から離れて駆けていく。

 雑踏を抜け人目が少なくなれば、アルフが本来の力を発揮できる。人目が無くなった瞬間に彼女は京也から離れ、足に力を込めビルや電柱を足場に飛び石の様に跳んでノスフェクトの元へと向かっていった。

 

 果たしてノスフェクトは直ぐに見つかった。実里の家に向けて一直線に疾走しているのは、口に湾曲した牙を持つ猪の様な外見のボアノスフェクト。進行方向にある車や街灯を薙ぎ倒し、運悪く遭遇し逃げ遅れてしまった人間を喰らいながら進んでいる。

 

 これ以上は好きにさせないと、アルフは上空から強襲し踏み付ける様に蹴って動きを止めた。

 

「ハッ!」

「ギャウッ!?」

 

 予想外の襲撃にボアノスフェクトは反応する間もなく地面にめり込まされる。頭が思いっきり地面の下に埋められ、抜け出すのに苦労している間に京也が追い付きアルフが近付いて行った。

 

「京也ッ!」

「アルフッ!」

 

 2人は手を取り合うと身を寄せ合い、アルフが彼の首筋に顔を埋める様にして牙を突き立て血を吸い始めた。

 

「ガブッ……!」

「んぐぅっ! あ、はぁぁ……!」

「!!」

 

 何時も通りアルフに血を吸われその快楽に喘ぐ京也だったが、この時アルフも衝撃を受けていた。吸い上げている京也の血が前と違うのだ。以前に比べて何処か甘美で、気を抜くと蕩けてしまいそうになる。

 

(あぁ……)

 

 京也の血に変化が起きている理由に、アルフは何となくだが想像がついていた。実里の血を吸ったからだ。普段彼が吸血する時は、相手がノスフェクトのそれだと言う事もあってそのまま武器として消費される。だが前回の実里の血は違う。あの時の血は文字通り京也の血となったのである。

 

 京也の血に実里の血が混じっている。その事にアルフは胸が痛むような気がして、だがそれをおくびに出す事はせずクロスブラッドを生成するとそれを頬を上気させた彼に手渡した。

 

「ん!……はぁ。京也、はい」

「ありがとう」

 

 京也はクロスブラッドを受け取ると、ヴァンドライバーを腰に装着しハンドルを引いてドクロの口を開きクロスブラッドを正面に掲げる。そこで漸くボアノスフェクトは頭を地面から抜く事が出来、顔を上げたその瞬間を待っていたように京也はヴァーニィに変身した。

 

「変身ッ!」

〈ダイシリアス! キョウヤ!〉

 

 血を纏う様にしてボディースーツと鎧を纏いヴァーニィに変身する京也。何時も通りの変身だった筈だが、変身を終えた彼は自分の身に起きた異変に気付いた。

 

「ん? あれ?」

 

 何時もであれば鈍色一色の鎧。だが今、彼が身に纏っている鎧には赤黒い炎の様な模様が刻まれていた。否、違うのは見た目だけではない。内側から湧いてくるような力は、前回実里の血を飲んだ後に感じたそれと同じだ。

 

 試しに腕に力を込めて軽く振るうと、その軌跡に結晶の様な血が残る。

 ヴァーニィの力が進化した。実里の稀血を起爆剤にして、ヴァーニィが強化されたのだ。力を増した己にヴァーニィは拳を握り締めるとボアノスフェクトに向け一気に飛び掛かった。

 

「アァァァァァッ!」

 

 獣のような雄叫びを上げながら飛び掛かったヴァーニィは、両手にコートを纏い肥大化させると鋭い爪で斬りかかった。予想以上の速度にボアノスフェクトは紙一重で回避しようとするが、その攻撃に重なる様に血の結晶が出現し避けたと思ったボアノスフェクトを切り裂いた。

 

「ガァッ!?」

「フンッ!」

 

 不意打ちに近い攻撃を受けて動きを止めたボアノスフェクトにヴァーニィが追撃する。彼が次々と腕を振るうとそれに合わせて血の結晶が空中に留まり、それが障害物となってボアノスフェクトの反撃がヴァーニィまで届かない。それどころか彼はその結晶を掴んで武器として振るう事で手数を増やし、武器にされた血の結晶はボアノスフェクトにダメージを与えると砕け散り、そのままヴァーニィに再吸収される。

 

 予想の出来ない変幻自在のヴァーニィの攻撃に、ボアノスフェクトは完全に翻弄されていた。次々と叩き付けられる血の結晶と鋭い爪にボアノスフェクトはボロボロになっていき、足元が覚束無くなってきたのを見てヴァーニィは鋭い蹴りを放った。

 

「ハァッ!」

「ガァァァッ!?」

 

 下級とは言えノスフェクトを完全に圧倒しているヴァーニィ。だがアルフは彼の姿に一抹の不安を感じずにはいられなかった。何がどうとは言えないが、何だか胸の奥がざわつく気がする。

 

「京也……」

 

 アルフの不安を他所に、ヴァーニィはボアノスフェクトにトドメを指すべく掲げた手に血の槍を作り出すとそれを投擲しボアノスフェクトを壁に縫い付けた。

 

「フッ!」

「ギャァァァッ!?」

 

 悲鳴を上げながら壁に縫い付けられるボアノスフェクト。ヴァーニィはゆっくり近付くと虫の息となっているボアノスフェクトに、クラッシャーを開いて姿を現した鋭い牙を突き立て血を吸い始めた。

 

「ガァッ!? アァァァァァッ!?」

 

 悲鳴を上げるボアノスフェクトに構わずヴァーニィは血を吸い続ける。普段であればとっくに止めている段階を過ぎても尚、彼はボアノスフェクトの血を飲み干す勢いで吸った。

 あっという間に血がヴァーニィに吸われていき、ボアノスフェクトの命の灯が消えていく。抵抗は徐々に小さくなり、最期の抵抗の様にヴァーニィの肩を掴むとそのまま力無く項垂れた。

 

「ガ、ァ…………」

 

 全ての血を吸い尽され、息絶えたボアノスフェクト。ボアノスフェクトが死ぬとその体を壁に縫い付けていた血の槍もヴァーニィの体へと戻っていき、ヴァーニィが口を離すとボアノスフェクトは変異が解け哀れな犠牲者となった人の死体が力無く崩れ落ちる。崩れ落ちた人の姿は血を吸われてミイラの様になっていた。ヴァーニィはその倒れた人を、口周りを血で汚しながら見下ろしていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 血を吸われて死んだ人の死体を見ながら、ヴァーニィは自身に起きた変化と向き合っていた。今、自分はノスフェクトの血を吸い尽して倒した。前は必殺技で使う分以上は飲めなかったのに、だ。実里の血を吸った事で、感覚にも変化が生じたらしい。ジェーンが言っていた通りになった。

 

 変身した時限定とは言え、血を平然と飲めるようになってしまった自分に惧れとも言えぬ感覚を抱いていると、出し抜けにアルフが彼の腕を引いてその場から引き離した。

 

「あ、アルフ……?」

「早く、離れよう。このままじゃ、ダメ」

 

 周りに誰も居ないから良かったが、あのままだとあの倒れた人をヴァーニィが血を吸い尽して殺したようにしか見えない。実際、あの犠牲者がノスフェクトだった時にそれをやったので決して間違いとは言い切れないのが質が悪い。要らぬ誤解を生まない為には、早急にあの場所から離れなければ。

 

 アルフに手を引かれるようにしてその場を離れながら、ヴァーニィはもう一度犠牲となった人を振り返る。仮面に隠れたその顔が、どんな表情になっているのかは誰にも分からない。

 

 そのまま2人は角を曲がり、その場から姿を消す。そのまま帰路に就く道中でヴァーニィは変身を解いたが、屋敷に着くまでアルフは彼の方を振り向く事はしなかったのだった。




と言う訳で第22話でした。

規模が大きくなった事で多くの人材を欲した結果、S.B.C.T.には色々な人間が参加する事になりました。レックスみたいに誰かを助けたいとか純粋な気持ちで入隊する者も少なくありませんが、その一方で門戸が大きくなった結果所謂ヤンキー軍人の様なタイプの人間も入ってくるようになりました。アルバートみたいな人間は実はかわいいもんだったりします。

作中で名前だけ出たωチームは、対人戦も視野に入れてる都合上単純な戦闘だけでなく潜入・要人確保など繊細さを求められる作戦に投入される特殊部隊です。本編中に出番があるかは分かりませんが、今後の作品とかでは本格的に登場するかも?

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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