レックスは正式にグラスドライバーを受領し、仮面ライダーグラスとして活躍するようになった。今後彼は、戦線離脱した敦の分もδチームの最大戦力として活躍する事となる。
そんな彼だが、この日はリリィ共々休暇を取りある所へ向かっていた。2人揃って軽くおめかしし、私服姿で並んで歩く。
目的の場所へ向かうレックスの足取りは軽い。憧れであった仮面ライダーになれたのだから当然か。そんな彼の姿に、リリィは呆れを交えつつ気持ちは分かるのか小さく溜め息を吐いた。
「もう、レックス? そろそろ落ち着いたら?」
「そうは言うけどよ、やっぱり嬉しいもんは嬉しいぜ」
思わず鼻歌でも歌い出してしまいそうなくらい機嫌の良いレックスの姿に、リリィは何を言っても無駄かと肩を竦める。そんなリリィの手には花束が握られていた。
時に雑談しながら歩いていた2人は、目的の場所に到着するとその建物を見上げた。建物を見上げるレックスの表情は、この時ばかりは先程までの高かったテンションも鳴りを潜めた様子である。リリィも僅かに不安の色が見え、緊張したような面持ちで気持ちを落ち着ける様に一つ大きく呼吸した。
「……何度来ても、ここに来ると足が止まっちまうな」
「うん……」
「……行くか」
「うん」
気持ちを整え、2人は敷地内に足を踏み入れる。白い壁に赤い十字マークが刻まれたその建物は、病院であった。
手慣れた様子で受付で手続きを済ませた2人は、一路病院の入院棟の一室へと向かい目的の部屋に辿り着くとレックスが控えめにノックした。だが返事がない。
室内から反応がない事にレックスの顔に不安が浮かび、先程より強めにノックをすると中から小さい声だがやっと返事がきた。
『どうぞ……』
室内からの返答に2人は安堵したように肩から力を抜くと、扉を開けて中に入った。
2人が個室に入ると、ベッドの上に1人の女性が上体を起こして2人の事を見ていた。窓から差してくる光が後光になって顔が見辛いが、2人は女性の姿に顔を綻ばせ近付いて行った。
「「ノゾミ!」」
ベッドの上に寝ていたのは2人にとって掛け替えのない家族である志村 希美であった。希美はやってきた2人に、穏やかな笑みを向けながら迎え入れた。
「いらっしゃい、2人共。忙しいのに態々来てもらって、悪いわね」
「何言ってんだよ。謝るのは寧ろこっちの方だ。なかなか来れなくて悪かったな。相変わらず騒ぎを起こす馬鹿が多くてさ」
レックスは出来るだけ何時も通りに話しながら椅子を引っ張ってきて、ベッドの直ぐ傍に腰掛ける。一方リリィは花瓶の方へと向かい、何も入っていない花瓶に水を入れて持参した花を生けた。
花を花瓶に生けながら、リリィはレックスと話す希美をチラリと見て今の彼女の姿に胸が苦しくなるのを感じた。
1年ほど前から、希美の体は急激に衰えていった。最初は食欲の減衰から始まり、次第に体に力が入らなくなっていき遂には自力で立つ事も難しくなり今では日がな1日ベッドの上で横になってばかりの日々である。彼女の代名詞とも言えた大食漢も何処かに行ってしまい、ロクな食事も取れず点滴で体に栄養を流し込んで生き永らえている状態だった。
彼女がこんな体になってしまった原因は明白だ。過去、まだ傘木社があった頃彼女は幹部として仁が変身するデイナと戦ってきた。その戦いの最中敗北した彼女は本来であれば証拠隠滅の為殺処分される筈であったが、彼女は執念で生き延びた。その生への執着を雄成に目をつけられ、再強化手術を受ける事となるのだが、その手術は彼女の体への負担を無視したかなり無茶なものであった。後先考えない、技術検証の為の強化手術を受けた結果、希美は強大な力の代償に猛烈な勢いで寿命を減らす事となってしまったのである。
傘木社を抜けた後もS.B.C.T.と共に戦い続け、体を酷使した結果それはさらに加速し、無茶をしてきたツケが回り今はこうして病院のベッドで寝た切りの生活を送る事となってしまったのであった。
今の希美の姿は2人が彼女と出会ったころに比べて信じられない程衰えていた。手足からは大分肉が落ちて瘦せ細り、頬もこけて顔色も悪く目の下には隈が見える。2人を心配させないようにと気丈に振る舞おうとしているが、無理して体を起き上がらせているのか呼吸も辛そうなのが見て分かった。
レックスは彼女が無理して起き上がっているのを見て、胸を痛めながら彼女を優しくベッドの上に戻した。
「ほら、無理して起きなくてもいいよ。気にせず横になっててくれ」
背中を支えながら優しく希美をベッドの上に横たえるレックス。彼に促されてベッドの中に戻った希美は、リリィに優しく布団を掛けてもらいながら2人の世話になってしまっている事に自身への情けなさと2人が立派に成長してくれた事への嬉しさが混じった笑みを浮かべた。
「フフフッ……本当、大きくなったわね2人共。あの頃が嘘みたいだわ」
「何年前の話だよ」
「ノゾミ、気分はどう?」
「ん、大丈夫よ。最近は調子も良い方だから」
2人が希美の体調を気遣うと、彼女は笑顔を浮かべて2人を安心させるような事を言う。だがそれが無理をして言っているのは2人には手に取るように分かった。明らかに絞り出す様な声、髪を軽く掻き上げようと上げた手は押さえが聞かない程震えている。全身がガタガタで動く事も億劫だと言うのに、それを必死に2人に悟られない様にしているのだ。
衰えた彼女の姿に胸を締め付けられるような思いを感じながらも、レックスは彼女を心配させない様にと笑顔を絞り出して自分も仮面ライダーになれたことを報告した。
「そうだ、ノゾミ聞いてくれ! 俺、仮面ライダーになれたんだ!」
「え?」
「ほら、これ!」
絞り出したものではあるが、やはり彼女に自分が憧れの仮面ライダーになれたことを報告できるのは嬉しいのか、少年の様に輝く笑みでグラスドライバーを見せながら報告する。対する希美は突然の報告に目を丸くし、驚く彼女にリリィが補足した。
「レックスってば、遂に自分の装備壊しちゃったのよ。このまま新しいのを支給してもまた壊すだろうし、隊長も怪我で前線に出られないからってんで、空いたスコープをレックス用に作り直したの」
「へぇ、そっか……良かったじゃないレックス。頑張った甲斐があったわね」
「あぁ!」
喜ぶレックスを希美も彼女なりに祝福し、これまで研鑽を怠らず前に進み続けた彼の努力を労う様に布団の下から手を伸ばして彼に触れた。レックスが気遣って顔を近付ければ、ノゾミの手は震えながらも彼の頭と頬を撫でた。彼女の温かな手にレックスは自分の手を重ね、彼女の体温をじっくり感じる様に目を瞑る。甘える様に手に頬擦りしてくるレックスに希美は優しく微笑みを浮かべた。
「……出来れば、ノゾミと一緒に戦えれば良かったんだけど」
「ん、ゴメンね。もう、こんな体になっちゃったし……でも大丈夫よ。レックスならもう私の力が無くても戦えるから」
「それは……」
そうではない、そうではないのだ。レックスは別に1人で戦う事が不安な訳ではない。背中を預ける仲間ならいるし、1人でも戦う覚悟はある。彼が望んでいるのはもっと純粋に、彼女に背中を預け彼女の背中を守りながら戦いたいのだ。今まではただ守られるだけだった自分が、今度は彼女を守りたいのである。希美もそれを理解してはいたが、生憎とそんな贅沢は自分には許されないと他の誰よりも理解していた。
先程の言葉はそれ故に口から出たものであった。
希美はもうこのまま己の運命を受け入れるつもりでいる。それを察したリリィは、堪えきれずこれまでに何度も口にした提案を言葉にした。
「ねぇ、ノゾミ……やっぱりジンさんにお願いしよう? ジンさんだったら、私達みたいにノゾミの事も治してくれるよ……!」
嘗て傘木社の実験体だった2人は、受けた改造手術により体がボロボロだった。特にリリィは自分で生み出す毒に自分の体が耐えきれず、絶えず解毒用の薬が必要だった程だ。そのままではとてもではないがまともな日常を送る事も出来ず、こうしてS.B.C.T.のオペレーターを務める事も出来なかっただろう。
それを救ってくれたのが仁が変身する仮面ライダーデイナだ。最強の姿であるニュージェネレーションフォームとなった彼は、その能力で2人の体の異常を正常に治してくれたのだ。
デイナの能力は超万能細胞を持った者であれば例外なく作用する。ならば、同じように過度な改造で超万能細胞が逆に体に負担を掛けている希美も、彼の力があれば助かるのではないか?
リリィとレックスはここ最近、希美と顔を合わせる度にこの提案をしていた。だがそれに対する彼女の返答は、決まって首を左右に振る事であった。
「いいの……いいのよ。私に、そんな資格は無いわ。2人も知ってるでしょ? 私が元々、傘木社の幹部だったって事。幹部として沢山の人を不幸にしてきたって」
「それは……」
希美は今の自分の体を、悪事に手を染めた事への罰として受け入れていた。散々沢山の人に迷惑をかけておきながら、今更自分だけ助けられるなど虫が良すぎる。
実はデイナの能力による治療は、仁の方からも度々打診があった。希美さえよければ何時でも力を使う用意があると何度も告げられ、その度に希美はそれを断り続けてきた。
「だからいいのよ。2人も、もう立派な大人なんだから。2人なら大丈夫よ。私が居なくなっても――」
そこまで希美が口にした所で、リリィがそれを遮る様に彼女に抱き着いた。リリィは希美の胸元に顔を埋める様に抱き着き、我儘を言う子供の様に泣きじゃくって彼女にそれ以上の言葉を言わせなかった。
「そんな事、言わないで……! 私ヤダよ、希美とお別れなんて……私、もっと希美と一緒に居たい。もっと希美と色々見て、色々話して、沢山笑いたいよ!」
互いに忙しくて出来ていないが、レックスとの結婚式に希美も来てもらいたい。生まれた2人の子供を希美にだっこして欲しい。ささやかだが、リリィは希美と共に歩む未来を夢見ていた。レックスと希美と、3人で共に歩んでいきたいと願っていたのだ。
「だからお願い、生きてよノゾミ! ノゾミが居ない未来なんて、私……」
リリィは目から涙をポロポロと流し、希美の胸元を濡らしている。泣きじゃくる彼女に希美は困った様に目尻を下げ、優しく抱きしめ頭を撫でて彼女を落ち着かせようとした。
「ほらほら、もう大人なんだからそんなに泣かないの。甘えん坊な所は相変わらずね?」
「だって……だってぇ……」
なかなか泣き止まず離れないリリィに、希美は助けを求める様にレックスの事を見た。彼女の視線に、レックスは一瞬口を開きかけたが喉元まで出掛かった言葉を飲み込み、希美に縋りつき泣きじゃくるリリィを優しく引き剥がした。
「ほらリリィ、あまりノゾミに迷惑かけるなって。ノゾミの体にも障る」
「うぅ……でも……グスッ、うん……」
レックスからも諭され、リリィは名残惜しみながらも希美から離れた。解放された希美はやはり少し負担が掛かっていたのか、全身から力を抜く様に長く息を吐いてベッドに身を委ね、レックスに抱えられながらまだ涙を流しているリリィを申し訳なさそうな目を向けた。
「ゴメンね、リリィ。レックス、ありがとう」
「ノゾミ……」
「俺だってノゾミがこのまま終わる事には納得してないんだ、その事を忘れるなよ」
「ん……ゴメンね」
リリィだけでなくレックスも希美が自身の運命をすでに受け入れてしまっている事を認めていない。だが所詮彼に出来る事は戦う事だけであり、希美を癒す事など出来なかった。
その事を悔いていたレックスは、ふと希美が眠そうにしている事に気付いた。長く起き続けることも難しくなってきているのだ。これまでの見舞いでも、来た時には希美が眠っていると言う事は珍しい事ではなかった。
「そろそろ帰るよ。長居して悪かった」
「そんな事無いわ。ゴメンね、気を遣わせちゃって」
「ノゾミ、さっきから謝ってばかりだぞ。気にするなよ、家族だろ?」
「フフッ……ありがとう」
ベッドの中から儚い笑みを向けてくる希美に、レックスは後ろ髪を引かれる気持ちを感じながらリリィの肩を抱き支えつつ病室の扉へと向かった。扉の前に辿り着くと、2人は改めて希美の方に体を向け別れの挨拶を口にした。
これが最後の別れにならない事を胸の中で願いながら…………
「じゃあな、ノゾミ。時間見つけてまた来るから」
「またね、ノゾミ。元気でね」
「ありがとう、2人共。レックス、頑張りなさい。リリィ、風邪引かないようにね」
最後まで2人の事を気遣う希美の姿に、2人は込み上げてくるものを感じながらこれ以上彼女に情けない姿を見せる訳にはいかないと病室から出た。2人の姿が見えなくなると、希美は次の瞬間ベッドの上に体を投げ出し荒く呼吸を繰り返した。2人が居る間は抑えていたが、本当はずっと苦しかったのだ。
「はぁ……はぁ……はは、まぁ、仕方ないか」
こんな体になったのも結局は自業自得。因果応報と全てを受け入れていた希美ではあったが、それでもやっぱり彼女もレックス達との別れが近付いてきている事に対しては思うところがあったのか、口では諦めているがその目には涙が浮かんでいた。
「見たかったな……あの子達の晴れ着姿……」
もう後どれ程の命かも分からない。それでも命がある限りは、あの2人の幸せを願おうと胸に誓いながら希美は静かに微睡の中へと沈んでいった。
一方病室から出たリリィは、扉が閉まった瞬間耐えきれないと言う様にレックスに抱き着き涙を流した。
「うぅ……! うぅぅぅぅ……!」
ここだとまだ病室の中に声が響いてしまう。これ以上希美を心配させないようにと、リリィは声を抑えレックスの胸板に顔を埋める事で漏れ聞こえる泣き声を小さくした。その代わり目からは止め処なく涙が流れ落ちている。
対するレックスも、今の弱っていく希美の姿に寂しさと悲しさを抑えきれないのか天井を仰ぎ見ながら静かに涙を流していた。
2人共分かっていた。もう希美の命の灯は僅かしかない。あと1年どころか半年、数か月生きていられるかも分からない程だ。だがそれが分かっても2人に出来る事は恐ろしい程少なかった。今の2人に出来る事は、希美が少しでも心安らかに居られるように可能な限り頻繁に顔を出して安心させる事しかない。
それしか出来ない自分達が情けなくて、希美が死に行くのを見ている事しか出来ないのが辛くて2人は涙を流した。
「チクショウ……!」
「ノゾミ……!」
そのまま暫く、2人は扉を一つ挟んだ廊下で佇み涙を流した。例え壁を挟んでも、少しでも希美の傍に居たくて。
だが世界は2人が希美との別れを惜しむ時間を何時までも与えてはくれなかった。突如リリィのスマホに着信が入ったのだ。
「あっ!」
突然の着信音に、リリィは涙を引っ込めスマホを取り出し連絡してきた相手を見る。ディスプレイに表示される相手の名前はアイリス。どうやら仕事の話らしい。
咄嗟に通話に出てしまいそうになったが、ここが病院の中だと言う事を思い出して2人は急いでスマホが使えるエリアまで移動した。スマホで通話が出来るところまで移動してから、リリィは改めてスマホを操作し通話に出る。その際直前まで泣いていた事を出来るだけ悟らせないよう、軽く鼻を啜って咳払いをしてから通話ボタンを押した。
「ズズッ、んんっ!……もしもし?」
『あっ、リリィ? 今何処? レックスさんと一緒?』
矢継ぎ早に問い掛けてくるアイリスに、リリィは目の前に居ないにも拘らず手を上げて落ち着かせようとしながら何事かを訊ねた。
「待って待って、いきなりそんなに聞かないで。え~っと、今居る場所? 病院よ。季桔市からは少し離れてる。レックスは一緒よ」
『あちゃ~、そうか~。いえね、こっちノスフェクトが一度に複数個所に出ちゃったんで部隊を分散させて対応してるんですけど、ちょっと苦戦してまして。休暇中なのは承知でレックスさんにも手助けしてもらいたかったんですけど……』
一度に複数個所とは大変だ。それでは被害も広がってしまうだろう。リリィの持つスマホに耳を近付けて2人の会話を聞いていたレックスは、彼女に軽く断ってスマホを借りると自分で直接アイリスと話した。
「ワリィ、リリィちょっと貸してくれ」
「ん」
「アイリスか? 俺だ、レックスだ。今からそっち行くから、俺のグラスに何処に行けばいいかのデータを送ってくれ」
『えぇっ!? 今からって、間に合うんですか?』
「グラスなら何とかなる。頼むぞ」
レックスはそう言って一方的に通話を切ると、スマホをリリィに返すついでに彼女をそっと抱きしめた。
「んじゃ、そう言う訳だから一足先に行ってくる」
「うん。私も出来るだけ早めに戻るわ。気を付けてね」
「あぁ」
短いやり取りの後、レックスは1人病院の屋上へと向かった。そして屋上を見渡し周囲に誰も居ない事を確認すると、グラスドライバーを腰に装着しグラスに変身した。
〈Access〉
「変身ッ!」
〈In focus〉
レックスはグラスに変身すると、早速ベルト上部に並んだスイッチの右から二番目を押した。
〈Air horse,starting〉
スイッチを押すとベルトから投射されて一つの乗り物が出現した。一見すると骨組みだけのバイクの様にも見えるそれは、グラスの高機動オプションでもある『エアホース』であった。機体下部には飛翔用のローターが搭載されており、これで浮遊し迅速に現場に急行できる。グラスの背部スラスターも合わせればその速度はかなりのものだ。
グラスがエアホースに跨ると、それを待っていたと言う様に仮面の内側のHMDに季桔市の地図が表示された。アイリスが彼に現在のノスフェクトの出現状況とS.B.C.T.の展開状況を教えてくれたのだ。
見た所ノスフェクトは確認出来る限り3体。それぞれに各部隊が分散して当たっているらしい。であるならば、自分が向かうべき場所はこの中で唯一戦力が少ないδチームだろう。
目的地を定めるとグラスはエアホースのエンジンを噴かせ、唸りを上げる機体で空中に浮遊すると背中のスラスターから火を噴き前へと進んだ。
浮遊したグラスは警戒に空中を飛んでいく。推進力をグラスに依存していると言う仕様を最初聞いた時はどのようなものかと少し不安にもなったが、実際に使ってみるとなかなかどうして悪くない。最初に訓練で飛んだ時はちょっぴり感動も覚えたものだ。
エアホースに跨り、体の各部のスラスターで方向転換しながら目的地まで飛んでいく。あっという間に季桔市上空に辿り着きδチームが戦っている場所へと向かおうとする。その最中、下の方で別のチームが戦っている様子が見えたのでそちらに視線を向けると、今正に1人のライトスコープがリザードノスフェクトの尻尾の一撃で壁に叩き付けられる光景が見えた。
「ぐぁぁっ!?」
壁に叩き付けられたライトスコープはダメージの所為か立ち上がる事は愚か銃を構える事も出来ていない。リザードノスフェクトはそんなライトスコープに狙いを定めたのか追撃しようと身構え、他の隊員が倒れた隊員をフォローしようと攻撃を集中させる。
だがリザードノスフェクトは周囲からの妨害も気にせず、1人ずつ確実に始末するつもりなのか倒れた隊員に襲い掛かろうと飛び掛かり――――
「――させるか!」
「グギャッ!?」
危ういところで低空飛行したグラスが、新たに投射して手に持ったバスターショットでリザードノスフェクトを切り裂いた。鳥が空中から獲物を掻っ攫うかのように急降下してからの攻撃に、リザードノスフェクトは対応しきれず切り裂かれ倒れたライトスコープから引き離された。それだけでは終わらず、グラスは上昇しながらバスターショットを射撃モードにして浮遊しながら振り返り倒れているリザードノスフェクトに追撃の射撃を叩き込んだ。スコープやライトスコープの装備で使われている炸裂式徹甲弾を超える威力の銃弾を受け、立ち上がろうとしていたリザードノスフェクトはもんどりうって倒れた。
「グギャァッ!?」
これまでの戦闘で得られたデータを踏まえて、グラスの銃弾にも当然銀成分が含まれている。高威力のそれを喰らい、本来持っている再生能力を殺され弱り切ったリザードノスフェクトを尻目にグラスは支援はこれで十分とエアホースのエンジンを噴かせ一気に上昇。全身のスラスターから火を噴いてδチームが居る場所に向け一気に加速した。
後に残されたのはボロボロで死に掛けているリザードノスフェクトと、そのリザードノスフェクトに苦戦を強いられていたεチームの隊員達。突然やってきてはあっという間に自分達が苦戦していた相手を瀕死にさせて去っていった、グラスの後ろ姿を呆然と眺めていた。
「あ、あれが噂の新型?」
「スゲェ、一瞬かよ」
「おい、ε7、大丈夫か?」
「あぁ……」
ライトスコープの多くが空の彼方へ消えていくグラスの後ろ姿に夢中になる中、先程リザードノスフェクトにより壁に叩き付けられたライトスコープ・ε7が仲間の隊員に助け起こされる。助け起こされたε7は、立ち上がりながらやはり飛び去って行ったグラスの後ろ姿を見ていた。心なしか、ε7の口からは痛みに耐えるのとは違う、暴れる感情を堪える様な呻き声が漏れ出ているように見える。
それもその筈で、このライトスコープの正体は以前レックスに絡んだεチームのルイスなのだ。化け物だ何だと罵った相手が、恐らくは意識していなかった事だろうが自分を助けて颯爽と去っていった事に複雑な思いを抱いているのである。
本来なら感謝すべきなのだろうが、そうすると何だか色々と負けたような気分になる。その複雑な思いを吐き出す様に、ε7はまだ瀕死の状態で生きているリザードノスフェクトに先程の一撃への礼も含めてマガジンの中に残っている銃弾を全て叩き込んだ。既に虫の息に近かったリザードノスフェクトはそれがトドメとなり完全に息の根を止められ、後にはノスフェクトの元となった人の死体と砕けたクロスブラッドだけが残された。
ノスフェクトは倒せた。だが弱らせたのはグラスであり、自分はそのおこぼれを頂戴したような形だ。それを誰よりも理解している彼は、苛立ちを小さく吐き捨てもう一度グラスが飛び去って行った方を見た。
見上げた空に、もう既にグラスの姿は何処にもなかった。
***
道中εチームの援護をしてから、一気に加速したグラスは直ぐにδチームが出動している現場へと到着した。δチームは専属のオペレーターであるリリィが不在な為本来なら待機なのだが、緊急事態と言う事でそうも言っていられず緊急出動していた。今、このチームの後方支援は増援として来てくれているεチームとγチームのオペレーターが共同で行ってくれている。
なので、敦とレックスを除いたδチームの隊員達の耳に唐突にアイリスの声が聞こえてきてもそれに疑問を抱く者は居なかった。
『δチームの皆さん、朗報です。待望の増援が9時の方向からご到着ですよ』
「増援……!」
「あの野郎、やっと来やがったか!」
アイリスの言葉にδチームの隊員達が一斉にそちらを見ると、次の瞬間エアホースに跨ったグラスが彼らの戦っているバットノスフェクトに突撃した。スラスターを全開にして突っ込んだグラスは、正面衝突する直前エアホースを反転させて機体を振り回し、加速と遠心力を乗せた機体でバットノスフェクトを吹き飛ばした。
「キシャァァァッ!?」
突然の襲来に反応が遅れたバットノスフェクトは大きく吹き飛ばされたが、ギリギリで空中で体勢を立て直し翼を羽搏かせて滞空する。
一方乱暴なランディングを披露したグラスは、そのまま機体から降りると射撃モードのバスターショットを両手で構える。派手な参加をした彼に、いの一番に近付いて行ったのはδ8であった。
「よぉ新型! 随分派手な登場じゃねえか?」
「休暇の途中だったんだぞ、大目に見てくれ」
「ケッ、カッコつけやがって。お前その新型ちゃんと使えんのか?」
早速グラスに突っかかるδ8だったが、この程度何時もの事だと本人は特に意にも介さない。それに馬は合わないがやるべき事を見誤る様な人物ではない事を知っているので、何時も通り適当に相手をしてやった。
「気になるんだったらポップコーンとコーラでも用意して見てな!」
軽口を叩きながらグラスはバスターショットの引き金を引いた。放たれた銃弾がバットノスフェクトへと襲い掛かるが、空中のバットノスフェクトはそれを身を翻して回避し超音波を放とうと口を開く。口の中にエネルギーが溜まり口内が微かに光り始めたのを見て、グラスは咄嗟に隣で銃撃しているδ8を突き飛ばし自分はスラスターを使って空中に飛翔した。
「うぉっ!」
突き飛ばされた事とグラスが飛び立ったことによろめきながら驚くδ8をその場に置き去りにして、彼はバスターショットを斬撃モードに変形させて空中のバットノスフェクトに肉薄する。グラスの全身各部に搭載されたスラスターは、元々がスコープのオプション装備の一つであったジェットパックを改良したもの。ジェットパックは耐久性に難があり現行のスコープでも使われる事はあまりないが、グラスのそれはこれまでに得られたデータを元に大幅に改良を加えられ機動力を確保しながらも防御力もしっかり確保されていた。結果変身しているレックスの身体能力も合わさり、グラスは陸上のみならず短時間であれば空中でも高い機動力を発揮した戦いを行う事が出来るのだった。
滞空して超音波による攻撃をしようとしていたバットノスフェクトも、まさかグラスが飛んでくるとは思っていなかったのか驚いた様子で固まり攻撃が止まる。グラスはその隙を見逃さず、肉薄すると斬撃モードのバスターショットで相手を大きく切り裂いた。
「ダリャァァァァッ!」
「ギャァァァァッ!?」
胴体を袈裟懸けに切り裂かれ、バットノスフェクトは大きくバランスを崩し真っ逆さまに落下していく。だがグラスはバットノスフェクトが地面に落下するのを待たず、反転して今度は急降下すると錐揉み回転しながら落下していくバットノスフェクトに一気に接近しながらバスターショットを投射する際に押したスイッチを何度も連続で押した。するとベルトからエンジンがうねりを上げる様な音が響き、それに合わせてバスターショットの刃が赤熱していく。陽炎が立つほど熱を持ったバスターショットを、グラスは落下しているバットノスフェクトに振り下ろした。
「ハァァァァッ!」
グラスが振るった刃は熱したナイフでバターを切る様に一撃でバットノスフェクトを真っ二つに切り裂いた。バットノスフェクトは成す術無く切り裂かれ、そのまま空中で爆散する中グラスがその下に着地する。
「ふぅぅ……」
バットノスフェクトが起こした爆炎を背に着地したグラスは深く息を吐き上を見上げ、爆炎の中から飛び出す様に落下してきた人影を受け止める。先程まで彼が戦っていたバットノスフェクトにされていた者だ。既に鍛えたその者をグラスは優しく受け止め、既に腕の中で冷たくなっているその人物の冥福を祈り仮面の下で黙祷した。
暫し犠牲者の死を悼んでいたグラスだったが、仲間達が寄ってきたのに気付くと黙祷を止め遺体を優しく地面に横たえた。
「δ5!」
「それが新型の性能か」
δチームの隊員達は今し方見たグラスの性能に口々に感嘆するような事を言う。当の本人はそれを適当に流しつつ、残るγチームの様子をアイリスに訊ねた。
「それよりアイリス、γチームの方は今どうなってる? 救援が必要そうならこのまま援護に行くけど?」
その問い掛けに答えたのは最近聞き慣れたアイリスとは別の女性の声であった。
『そう言う事はこっちに直接聞いて欲しいですね?』
「んぉ? この声……γチームの?」
グラスの質問に答えたのはγチームのオペレーターであるコレット・ヒューズであった。グラスは正直彼女が苦手であった。俗にいう跳ねっかえりな女性であり、リリィとは違う感じで気が強い。端的に言うと委員長タイプでプライドが高い為、言葉を間違えると口煩く文句を言ってくる。真面目さの裏返しな口煩さである為決して悪い女性ではないのだが、どちらかと言えば軽い方のレックスは彼女の相手を苦手としていた。
『全く、今δチームの支援は私とアイリスの共同で行っている事を忘れたんですか? 共同と言う事は私も通信繋いでるんですよ?』
「悪い悪い、悪かったって。ついこの間までリリィかアイリスだけだったからさ。それよりそっちは大丈夫なのか?」
長々と小言を言われ続けるのは御免なので、グラスは早々に話題を変えた。γ0ことコレットは彼が小言を避ける為に話題を変えた事には気付いていたが、自分の仕事を疎かにする訳にはいかないと彼に物申したい気持ちを抑えて彼に必要な情報を与えた。
『質問の答えですけど、こちらは問題無さそうです。何しろこっちには…………』
***
グラスが参戦したのと時を同じくして、γチームが戦っていたキャットノスフェクトには突如乱入したヴァーニィが攻撃を仕掛けていた。実里の血を吸った事で強化された『ブラッディ・ヴァーニィ』となったヴァーニィは、血を結晶化させる攻撃でキャットノスフェクトを完全に翻弄し反撃を許さなかった。
「ガルッ! グルァァッ!」
素早い動きと変幻自在な血を媒介にした攻撃は強力な反面、血液の消耗も激しくヴァーニィは次第に喉の渇きを感じ始めていた。喉が渇くとそれに伴って凶暴性も上がり、飢えた獣の様に血を求めてキャットノスフェクトを傷付け、動きが鈍った瞬間隙をついてクラッシャーを開いて食らい付き血を啜り始める。
「ガブッ!」
「ギァァァァァッ!?」
鋭い牙が食い込み血を吸い取られる感触にキャットノスフェクトが悲鳴を上げ抵抗するが、ヴァーニィは逆にキャットノスフェクトを押さえ付けた。そのままキャットノスフェクトは彼が満足するまで血を吸われ、動かなくなると彼は口元から血を滴らせながら牙を離し距離を取る。
そして十分に距離を離すと、ベルトの両サイドのボタンを押して必殺技を放った。
〈アナライズ! アイデント、マジックバレット! プレスクリプション・フィニッシュ!〉
「ハァァァァァァァァァッ!」
ヴァーニィの必殺技がキャットノスフェクトに直撃。飛び蹴りと共に踵から飛び出した杭が相手の体に突き刺さり、ベルトが分析して生成した毒素が流し込まれキャットノスフェクトの体を内側から破壊する。
以前のヴァーニィの攻撃であればこれを喰らったノスフェクトは爆散するのだが、今の彼の攻撃は違った。内部を破壊されたノスフェクトはそのまま突き刺さった杭を通して血を吸い取られていた。
「ガ……ガガ、ガ……!?」
内部を破壊されながら体液を吸い取られて、キャットノスフェクトが苦悶の声を上げてヴァーニィに手を伸ばす。それが反撃をするつもりなのかそれとも助けを懇願するものなのかは分からない。キャットノスフェクトが手を伸ばした意味を理解する前にその手は枯れ木の様に細くなりながら力無く落ち、ヴァーニィが足を離して杭を抜くとそれを合図にしたようにノスフェクトの姿が血を吸い取られた犠牲者のそれとなる。
γチームの隊員達もヴァーニィの事は聞いていたし、彼が味方である事も把握していた。だが今し方の光景はどう好意的に見てもヴァーニィもノスフェクトと同類と言う印象を持たざるを得ない。それもあってかγチームの隊員達は彼に対して警戒した目を向けずにはいられなかった。
本人も彼らに警戒されている事を理解しているのか、自分が倒したノスフェクトの残り滓と言える犠牲者の遺体を一瞥するとγチームには見向きもせずその場を去っていった。体を無数の蝙蝠に変化させて、散らばる様にして姿を消した。
無数の蝙蝠となって飛び去っていくヴァーニィの姿を、残されたγチームの隊員達は畏怖の目で見送るのであった。
と言う訳で第24話でした。
久し振りに登場した希美ですが、登場初っ端からかなり不穏な様子です。彼女が短命になるだろう事はデイナの頃から匂わせていましたが、遂にその時が来てしまった訳です。希美本人は嘗て傘木社の幹部として暴れてきた事へのツケを払う時が来たと半ば諦めています。
そしてグラス専用バイクのエアホース。リバイスでも登場したタイプの飛行バイクですね。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。