仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第25夜:狂気の微笑み

 レックスがグラスを受領してからと言うもの、δチームの戦果は目に見えて上がっていた。これまでの戦闘データなどを反映し、更にエースクラスの戦闘技術を有するレックスが全力を発揮して戦えば相応の活躍が出来るのも当然と言うべきか。目まぐるしい活躍に他の部隊は出る幕が無いのではと言う雰囲気すら漂ってしまう。

 勿論そんな事はなく、レックス1人に負担が集中する事が無いようにと敦を含む各部隊の隊長は色々と調整したりしている。

 

 今、δチームは街に現れたノスフェクトの討伐に出動している。今回は他の場所には出現していないらしく、他の部隊はもしもと言う時の為に待機したり休息を取っていた。複数体ノスフェクトが現れたならともかく、1体だけでたのであれば最早S.B.C.T.にとって脅威ではない。ましてやδチームであれば。

 

「よっ、ほっ!」

 

 レックスが変身したグラスは各部のスラスターを巧みに用いて地上を滑る様に移動し、対峙するノスフェクトを翻弄しながらバスターショットで攻撃した。素早く動き回るグラスにノスフェクトは全く対応できず、更に他の隊員達の攻撃もあってその場に釘付けにされあっという間にボロボロになっていく。

 

「今だ! 決めろδ5!」

「よっしゃ!」

〈Ignition〉

 

 δ6の言葉に頷き、必殺技のディシフェクト・スマッシュが炸裂する。既に限界まで弱らされていたノスフェクトは、グラスの必殺技に抗う事も出来ず撃破され爆散すると犠牲となった人の死体と砕けたクロスブラッドを残した。

 

 一仕事終えると、グラスは軽く体を解す様に肩を回しつつ地面に倒れた遺体へと近付いていく。哀れな犠牲者はノスフェクトに変異させられた時の苦痛の顔のままに息絶えていた。目を見開き動かない犠牲者に対し、グラスは腰を下ろして手を伸ばすと見開かれた瞼をそっと下ろし冥福を祈ると、その近くに落ちているクロスブラッドを拾い上げた。

 

 グラスはそのまま暫く手の中のクロスブラッドを軽く揺らしながら見ていたが、δ9に肩を叩かれて撤退の為立ち上がる。

 

「δ5、そろそろ行くぞ」

「ん? あぁ」

 

 δ9の声にグラスは手の中のクロスブラッドをその場に置き、変身を解除して指揮車へと向かった。ライトスコープと違い戦闘時以外は制服でいられる彼は、移動の際には指揮車を移動手段としているのだ。

 指揮車に入ると彼は運転席に座り、キーを回してエンジンに火を入れる。それと同時に彼は後ろの指揮所スペースに声を掛けた。

 

「リリィ、ちょっと連絡を取ってほしいんだがいいか?」

「連絡? 何処に?」

 

 こちらも一仕事終え、オペレーター席に座りながら緊張を解す様に体を伸ばしてリラックスしているところだった。オペレーター席だが車内と言う事でベルトをしており、体に斜めに走るベルトが双丘に挟まれ胸の大きさが強調されている。それを同じく指揮所スペースに居る敦は出来るだけ見ない様にと彼女に背を向けている。

 

「ユーリエにだ。ちょっと聞きたい事がある」

 

 支部に向かって運転しながらレックスはユーリエに通信を繋いでほしい旨をリリィに伝えた。もう戦いも終わった今、何を彼女に聞く必要があるのかと首を傾げながらも何か意味はある筈だとリリィは言われた通りユーリエに通信を繋ぐ。

 通信は滞りなく繫がり、コール1回でユーリエは通信に出た。

 

『何かね?』

 

 通信に出るなりユーリエは要件を訊ねてきた。相変わらず効率重視と言うか、話しが早い彼女にレックスは苦笑しながら気になっている事を問い掛ける。

 

「ユーリエ、聞きたいんだが……ノスフェクトにされた人は本当に助けることはできないのか?」

 

 レックスが気になっていたのは、犠牲となりノスフェクトにされた人を助けることは出来ないのかと言う事であった。毎度毎度倒す度にその場には哀れな犠牲者の遺体が取り残され、それを見る度にレックスはやるせない気持ちになっていた。出来る事なら、彼らも助けたい。

 しかしそんな彼の願いを、ユーリエは一刀両断した。

 

『結論から言おう、無理だ。変異させられた時点で犠牲者は死んだ状態となる。ノスフェクトはいわば死体が動いている状態に近い。仮にノスフェクトを生け捕りにして核となるクロスブラッドを手術で摘出したとしても、犠牲となった人は結局命を落とす』

「それは、実際にやって確かめたのか?」

『そうだ』

 

 無情とも言えるユーリエの答えに、レックスは何とも言えぬ顔になり呻き声を上げた。納得いっていない様子の彼に、ユーリエは通信機の向こうで溜め息を吐くと彼を諭す様に言葉を口にした。

 

『いいかね、δ5レックス? 君の1人でも多くを救おうとする考えは美徳だ。だが世の中にはどうにもできない事と言うのがある。ノスフェクトの犠牲者もそれだ。ノスフェクトにされた時点でもう答えは出ているんだよ。治療薬も作れない。それを認めなくては、次の犠牲者は君か君の仲間になるぞ』

 

 要は甘さを捨てろと言う事か。言いたい事は分かるのでレックスはそれに反論する事はしなかった。

 

 これ以上この話題は話せないと理解したレックスは、ハンドルを切りながらもう一つ気になっていた事を彼女に訊ねた。

 

「そう言えば、ユーリエはヴァーニィに関して何か知らないのか?」

『何か、とは?』

「お前ってノスフェクトの研究にも携わってたんだろ? 傘木社時代に何かヴァーニィの雛型みたいな奴を見聞きしたことは無いのかって話だ」

 

 ここ最近、ヴァーニィは大分ノスフェクト化が進んできたように思える。顕著なのは彼が必殺技を放った後だ。以前であればヴァーニィの必殺技を喰らったノスフェクトは爆散し、犠牲者と砕けたクロスブラッドが残されていた。

 だが最近はどうだろう。ヴァーニィが必殺技を放つと、それを喰らったノスフェクトは血を吸い取られて息絶え後には干からびてミイラとなった犠牲者と砕けたクロスブラッドが残される。いや、蹴りで倒されるならばまだマシだ。場合によってはノスフェクトの様に首筋などに食らい付いて、口から相手の血を吸い尽して倒す場合もあった。

 

 今まで、レックスはヴァーニィは何らかの技術で人間を疑似的なノスフェクトにするだけのものだと思っていた。名も知らない誰かが、その力でノスフェクトと戦っているのだと。だがここに来て彼の胸にある種の不安が鎌首を擡げてきた。それは実はヴァーニィは人間を緩やかにノスフェクトに変異させる為のシステムであり、変身している誰かはその事を知らず気付かぬ内に怪物に変異させられているのではないかと言う不安だ。

 

 勿論、ノスフェクト化は予定されていた結果ではなく長く戦い続けた副作用と言う可能性もある。実際デイナは切っ掛けこそ必要だが、長く変身して戦い続けていると普通の人間を新人類に進化させる。ヴァーニィも同様に、人間を緩やかにノスフェクト化させる副作用を持っている可能性は考えられた。

 だがこれらは全て推測に過ぎず、門外漢であるレックスには想像する事しか出来ない。そんな中でユーリエだ。彼女は過去に傘木社でノスフェクトの研究に携わっていたのだから、何か知っていないかと期待したのである。

 

『あぁそう言う事か。結論から言おう、私は知らない。少なくとも、私が居た頃はヴァーニィなんて影も形も無かった』

「そっか……」

 

 ユーリエの答えにレックスは肩を落とした。こうなるとヴァーニィに関して謎が深まる。ヴァーニィの戦い方を見る限り、力の根源には彼が腰に巻いているベルトが関係しているように思う。ベルトがツールとなって、デイナや他の仮面ライダー達同様に変身しているのだろうと予想する事が出来た。つまり、ノスフェクトに関わる誰かがあれを作ったと考えられる。問題なのはそれが何時頃作られたのかと言う事。傘木社が存続していた頃に作られたのか、それとも関係者が潜伏している間に作り上げたのか…………

 

 そこまで考えていた時、出し抜けにレックスの視界に1人の子供が飛び出してくるのが見えた。考え事をしていた彼は、しかし超人的な反射神経でそれに気付き咄嗟にブレーキを踏んで車を停車させる。

 

「ッ!? ヤベッ!」

「キャッ!?」

「ッ!? と、大丈夫かッ!」

『何? 何だ、どうしたね?』

 

 突然の急ブレーキに思わずリリィが悲鳴を上げる。1人通信機越しで急ブレーキの事を知らないユーリエは何事かとリリィ達を心配する中、レックスは運転席から飛び出し車の前へと回り込み子供の安否を確かめた。

 幸いな事に車はギリギリのところで停車したらしく、子供に衝突した様子は見られない。だが子供は危うく轢かれそうになった事に驚いたのか、その場に転んで大声で泣いていた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁんっ!?」

「大丈夫か? 何処か怪我したか?」

「あ、あの……!」

 

 レックスがしゃがんで泣いている子供の体をあちこち触って怪我をしていないかと確かめる。見た所転んだ際に軽く擦りむいた程度で、骨の一本も折れた様子はない。その事にレックスが安堵していると、歩道から女性の声が聞こえてきたのでそちらを見るとそこには別の子供と手を繋いだシスター服に身を包んだ女性が駆けてくるのが見えた。

 遅れて車外に出たリリィは、その女性の姿に思わず声を上げた。

 

「あっ、カタリナさんッ!」

「リリィさんッ!」

 

 シスターはカタリナだった。どうやら見た所孤児院の子供達と買い物か散歩に出ているらしかった。察するに活発な子供の1人がカタリナの制止を振り切って駆け出し、そのまま道路に飛び出してレックスの運転する車に轢かれそうになってしまったのだろう。

 

「リリィ、知り合いか?」

「うん、季桔市の孤児院のシスターさん。それよりレックス、その子は?」

「見た所、大きな怪我はなさそうだ。でももしもって事はあるから、このまま病院に連れていくよ」

 

 そう言うとレックスは子供を優しく抱き上げて車の助手席に座らせる。轢かれそうになった恐怖と転んで擦りむいた痛みにグスグスと泣いていた子供は、車内に居る敦を見てその強面に小さく悲鳴を上げた。

 

「ヒッ!?」

「ぐっ……!?」

 

 助手席に座った子供が小さく悲鳴を上げた様子に、敦も堪らず胸を押さえ顔を背ける。彼は今、別に気難しい顔をしていたり子供の事を凝視していた訳ではない。至って真顔でレックスが子供を車に乗せる光景を見ていただけなのだ。それなのに悲鳴を上げられ、リアルで泣く子も黙るを目撃させられ胸が痛んだ。自分の強面を、何度目になるか分からない程恨む。

 

 子供が悲鳴を上げ敦が胸を押さえる光景を目の前で見たレックスだったが、流石に今はそれをフォローする時間も惜しいと敢えて見なかった事にして運転席へと戻った。

 

「リリィ、早く!」

「うん! それじゃ、カタリナさん。後はこっちに任せてください。後であの子を孤児院に連れていきますから」

「はい……どうか、よろしくお願いします」

 

 リリィが車に乗り、レックスが車を病院に向けて走らせる。カタリナは他の子供と共にそれを見送り、何事もない事を神に祈ると自分達も孤児院のある教会へと向け歩き出した。

 

「シスター、あの子大丈夫かな?」

 

 その道中、カタリナと手を繋いでいる子供が不安そうに問い掛けた。この子供は今カタリナと共に居る孤児達の中では比較的年上の方であり、自分より年下の子供の面倒を見てくれるお姉ちゃん的ポジションに居た。先程の事も自分がもっとあの子を気にかけていればこんな事にはならなかったのにと、責任を感じて不安を感じていたのだ。そんな子供の不安を感じ取ったのか、カタリナはその子を安心させるように微笑みを向けた。

 

「大丈夫ですよ。幸い、轢かれたようには見えませんでしたし」

 

 先程の危うい瞬間を見ていたカタリナの目には、車は道路に飛び出した子供の目の前で止まったように見えた。子供もそれに驚いて車の前方にひっくり返る様に転んだ感じに見えたので、レックスが見た通り大した怪我も無く擦りむいたところに絆創膏を貼って帰って来るだろうと予想していた。

 

 そんな話をしているとあっという間に教会に辿り着いた。カタリナ達が教会に辿り着き敷地に足を踏み入れると、それを待っていたように1人のシスターがカタリナに声を掛けてきた。

 

「お帰りなさい、カタリナさん」

「ぁ……」

 

 そのシスターに子供達は見覚えが無かった。服装はカタリナやルクスたちと同じく普通のシスター服で、胸元はカタリナほどではないがルクスに比べればしっかりとその存在を主張していた。だが何よりも子供達の目を引いたのは彼女の目と口だ。カタリナなどは特にそうだが、シスターは化粧をしない。化粧をしない状態でカタリナは万人の目を引くほどの美しさがあり、それが彼女の神聖さを際立たせているのだが、子供達が初めて見るそのシスターは口元と目元に化粧をしていた。

 口には黒いルージュを引き、目元にもアイシャドーを入れている。黒く染められた唇が動き、アイシャドーが入った目が見てくる様子はこちらを威嚇しているように見えて、子供達はそのシスターが何だか恐ろしくなり思わずカタリナの後ろに隠れてしまった。

 

「シ、シスター……この人は?」

 

 そんな中で年上の子が勇気を振り絞ってカタリナに問い掛ければ、彼女はその子を安心させるように優しく背中を撫でながら新たに教会にやって来たシスターの事を教えてくれた。

 

「同僚のエリーさんです。さ、皆さん、ご挨拶を」

 

 威圧的なシスター……エリーに対し、子供達は怯えを見せながらまるで猛獣を刺激しない様にするようにおずおずと疎らに挨拶する。そんな子供達に、エリーは黒いルージュを引いた唇の口角を吊り上げて笑みを作り挨拶を返した。

 

「初めまして、皆さん。今紹介された、エリー・ホプキンスです。よろしくお願いしますね?」

 

 笑顔とは本来、威嚇の表情であったと言う。口を開けて歯を見せるその形は、犬や猫に例えれば分かりやすいだろう。元より真顔の状態で子供達を怯えさせるエリーがそんな顔をすれば、子供達は更に怖がり悲鳴こそ上げなかったが彼女の視線から逃れる為カタリナの後ろに一斉に隠れた。

 

 自分の後ろに隠れる子供達にカタリナはどうしたものかと困った顔になり、対照的にエリーは何が面白いのかクスクスと笑みを浮かべている。

 

 そんな所で、教会から出てきたのはルクスであった。彼女は真っ直ぐカタリナの傍に向かうと、彼女が持っていた買い物籠を受け取った。

 

「お帰り、カタリナ。この子達は私に任せて、アンタは()()を適当にあしらってやりなさい」

 

 エリーの事をアレ呼ばわりし視線を一瞬向けてすぐ目を逸らす。それだけでルクスの中でのエリーへの印象が伺え、カタリナはそんな彼女をやんわりと宥めた。

 

「ルクスさん、そんな言い方をするものではありませんよ。とは言え、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますので、この子達の事はお願いしますね」

「はいはい、任された。って事でアンタ達、行くわよ」

 

 子供達はカタリナから離れることに不安を感じた様子で動きが鈍かったが、年長者の少女にも促されてゆっくりとだがその場を離れる。

 

 後に残されたのはカタリナとエリーの2人のみ。子供達の姿が見えなくなると、カタリナは静かに一つ息を吐くと口を開いた。

 

「……久し振りですね、エリーさん。お元気そうで何よりです」

「えぇ、そちらも。あなたの顔が見られなくて寂しかったですよ!」

 

 凪いだ表情で接するカタリナに対し、エリーはどこか興奮を抑えきれない様子で目を輝かせながら話している。グイグイ来るエリーの姿は化粧と雰囲気もあって迫力があるが、カタリナは臆することなく飽く迄冷静に対応した。

 

「アスペン神父もご一緒ですか?」

「えぇ。今は下の方に居ます。今頃は騎士達に”鎧”を届けている事でしょう」

「鎧……完成したのですね」

「えぇ♪」

 

 2人の言う鎧とは、シルヴァやバルトをベースにした量産型のライダーシステムの事である。シルヴァが完成する前は、カタリナですら通常の銃や剣での戦いが主流であった。修道騎士団とは言ってしまえば欧州版S.B.C.T.とも言える存在であり、それ故カタリナなどの一部を除けば被害はどうしても大きくなる。だがそれもシルヴァが完成した事で事態は大きく動き、遂に彼らも自前で量産型のライダーシステムを手に入れるに至ったのであった。

 

 戦う為の力が手に入る、その事自体は歓迎すべき事だろう。力があれば無用に被害を広げることも無く、守るべきものを確実に守る事が出来るようになる。

 だがその一方で、カタリナにはある不安があった。それはこの力の出所は一体何処かと言う事。

 

 シルヴァは確かに凄い。ノスフェクトは勿論、S.B.C.T.のスコープすら打ち破る事が出来る。しかしそれほどの性能が、何の前触れもなくポッと出てくるのはどうにもおかしいと思わずにはいられなかった。修道騎士団の突然の技術レベルの上昇。その事にカタリナは薄ら寒いものを感じずにはいられなかったのである。

 

 カタリナが1人思考の海に入り込んでいると、出し抜けにエリーが鼻先が触れ合うのではと言う程顔を近付けてきた。いきなりドアップになった彼女のアイシャドーを引かれた目に、カタリナも流石に面食らい小さく息を飲みながら体を仰け反らせる。その際に彼女のシスター服に包まれた巨乳がエリーの体を撫で、その感触にエリーは小さく身を震わせながらうっとりとした笑みを浮かべた。

 

「ウフフ……相変わらず美しいですね。あなたこそ正に聖女と呼ばれるに相応しい方です」

 

 まるで狂信者を思わせる雰囲気だが、彼女は昔からこうだった。少なくともカタリナが見た時には何処か頭のネジが緩んだようなところがあったし、共にシスターとして主に祈りを捧げながら騎士として切磋琢磨している内にそれは更に顕著になった。

 特にカタリナと居る時はそれが露骨とも言えるほどであり、ルクスを押し退ける勢いでカタリナと接触しようとしてくる。それもあってカタリナは彼女が苦手なのだが、カタリナはそれをおくびにも出さず他の者達と同じように丁寧に接する事を心掛けていた。

 

「聖女だなんて、私にはあまりに過ぎた評価です」

 

 自分がまだまだ修行中の身である事はカタリナ自身が誰よりも自覚している。それに何より、何人もの人々の命を奪ってきた自分には、そんな評価を受ける資格などないとカタリナは本気で思っていた。修道騎士団の上級騎士として、今までに何人もの人々の命を奪ってきた。神の名の下に異教徒と化け物を屠る事が世の平和、人々の安寧に繋がると自分に言い聞かせて戦ってきたが、その一方で心の一部はそんな事間違っていると常に声高に叫び続けていた。

 悩みを抱え、苦しみ続けている自分が聖女などを名乗るのは烏滸がましい。それがカタリナの自身への評価であった。

 

 そんな彼女の反応もエリーには刺さるものがあるのか、表情に僅かに憂いを浮かべて否定するカタリナの姿を恍惚とした表情で見つめていた。

 

(嗚呼……それです! それこそがあなたです、カタリナさん! その悩み苦しむ姿、それでも前に進み続ける強い意志! それこそが正にあるべき聖女の姿ッ!!)

 

 両手で頬を押さえながら見つめてくるエリーの姿に、カタリナは居心地の悪さを感じて身を捩りながら話題を変えた

 

「それより……予め送った資料は見ましたか?」

「あ? あぁ、えぇ。何でも化け物の中に異質なものが居るとか」

 

 この場で言う化け物とはノスフェクトの事であり、異質なものとはヴァーニィの事である。カタリナはエリー達が来る前に、こちらの状況を分かり易く伝える為これまでの戦いで得られた資料を予め送っておいた。その中には当然ヴァーニィが人間を襲う事無くノスフェクトと戦っている事も入っていた。

 

「まぁだからどうしたと言うのが私の意見ですね。化け物同士が互いに殺し合う。結構な事ではありませんか?」

「それは……」

 

 即座に否……と言う事はカタリナには出来なかった。カタリナも敬虔なキリスト教の信者であり、子供の頃から神の教えを信じて守り続けていた。だからその神の教えに反する存在を許してはいけないと言う意見は理解できる。

 だがやはり、彼女の心の一部はそれに対して否定の言葉を口にしていたのだ。例え神の教えであろうとも、草花を手折る様に命を奪う事は正しいのかと常々自問してきた。否、自問どころの話ではない。彼女はそうする事が本当に神が望む事なのかと言う疑問すら抱いていた。果たして他者の命を奪う事が、主の求める事なのかと言う疑念と絶えず向き合っていたのである。

 

 ともすれば不敬にも捉えられるだろう。主神を疑うなど、誰かに話せば異教徒と見られて彼女の方が排除される対象になりかねない。だが彼女は敬虔な信徒であると同時に、一歩でも主神に寄り添い本当に望む事を実現したいと言う気持ちも抱いていた。ただ盲目的に思考停止して崇拝するだけではない。絶えず思考し、それが正しい事なのかと自身に問い続けてこれまで動いてきた。

 

 時折カタリナは、エリーの事が羨ましく思う事がある。彼女はルクス曰く拷問マニアと言われるほどの嗜虐思考の持ち主であるが、その根幹には狂信的とも言える信仰心があった。神の名の下に異教徒・化け物には一切容赦せず痛めつけて殺す事ができ、その事に疑問も悩みも抱く事はない。そんな彼女がカタリナはとても羨ましかった。

 

「……すみません、そろそろ失礼させていただきます」

 

 これ以上エリーと対面していては、彼女に対して無用な嫉妬心や悪印象を抱いてしまう。それを嫌がって、カタリナは早々にその場を離れていった。

 後に残されたエリーは変わらぬ笑みでその後ろ姿を見送っていたが、彼女の姿が見えなくなるとそれ以上は耐えきれないと言う様に自らの体を掻き抱き快楽に振るえるように身悶えした。

 

「嗚呼、嗚呼ッ! 素晴らしい、美しいッ! やはりあなたは私の女神であり聖女ですッ!」

 

 エリーがカタリナに対し抱く感情は複雑だった。憧憬、敬愛、尊敬、愛情、とにかく様々な感情が渦巻き、何が正しいのか自分でも分かっていない。

 だが何が自分を突き動かしているのかは分かっている。酷く単純で、とても心躍るそれは、恐らく彼女にしか理解できない。

 

「フフフッ……嗚呼ッ! 許されるなら、あなたをこの手で蹂躙したいッ! あなたを痛めつけて、泣き叫ぶ姿を見てみたいッ!」

 

 何よりも美しいものを蹂躙し壊れていく様に何よりも快楽を感じる、エリーは真正の嗜虐趣味の持ち主であった。彼女にとってカタリナは理想の女性の体現者であり、それを自らの手で穢す事が出来ればこれ以上の快楽はないと願っていた。

 だがそれは叶わぬ事だと言う事は彼女自身理解していた。カタリナは騎士団の上級騎士であり、単純に強いだけでなくその人柄から人望も厚い。何より敬虔な信徒である彼女を拷問する口実など無く、それをすれば逆にエリーの方が異教徒として排除されてしまう。

 

 理想を願う心とそれを律する心。二つの心の鬩ぎ合いが彼女を更に狂喜させ、カタリナへの感情を大きくさせていた。あまりに感情が大きくなり、時には良からぬ事すら考えてしまう。

 

「カタリナさん……嗚呼、願う事なら……」

 

 

 

 

 何時か、道を踏み外してくれないかしら?

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ヴラドはアジトとしている場所を頻繁に変えていた。それはS.B.C.T.や修道騎士団の捜査を逃れる為である。数が多いS.B.C.T.は勿論、基本雑魚の集まりでしかないがカタリナなど特記戦力を有する修道騎士団に見つかれば、今のまだ不完全なヴラドでは倒されこそしないだろうが苦戦は免れない。それに不完全な状態で戦って下手に消耗すれば、完全復活までの道が遠のいてしまう。折角ここまで回復したのだから、用心に用心を重ねるのは当たり前であった。

 

 今のアジトである廃墟の奥で朽ちたソファーに横になり眠るヴラドを、カミラが傍で見守りヴォーダンが少し離れた所で壁に寄りかかり外の様子を警戒している。

 

 その時…………

 

「…………んん?」

「ヴォーダン?」

 

 不意に外を警戒していたヴォーダンが訝しげな声を上げ扉の向こうを凝視した。それに気付いたカミラが彼の方を見ると、彼は壁から離れ腰を落とし牙を剥き出しにして唸り声を上げた。

 

「誰か来やがる……!」

 

 その言葉にカミラも立ち上がり警戒心を露にする。この場所を知る者など自分達以外に居る筈がない。活動している上級ノスフェクトはカミラとヴォーダンだけであり、下級のノスフェクトは基本的にここには来ない様にしているからだ。だから廃墟であるここに訪れる者と言えば、肝試し感覚でやって来た無知・無謀・愚かな若者か動画配信者。

 それか、ここに潜んでいるヴラド達を明確に狙う敵のどちらかしかいない。そう確信しているカミラ達は、ここに訪れた者を敵と判断して何時でも戦えるように身構えていた。

 

 だが、それが杞憂であった事を次の瞬間2人は知る事になる。

 

「……まぁまぁ落ち着いて。大丈夫、敵じゃないよ」

「「えっ?」」

 

 不意に2人の耳に入る若い男の声。少年にも思える声に2人が周囲を見渡していると、それまで眠っていたヴラドが目を開いた。

 

「――やぁ、待っていたよ、”ギュスター”」

 

 ギュスター……そう呼ばれた少年は、一瞬その姿を少年の見た目からは想像もつかない大きさの怪人……クロコダイルノスフェクトに変異させ、直ぐに元の少年の姿に戻り無垢な笑みを浮かべていた。




と言う訳で第25話でした。

今回登場した新キャラのエリーは、依然ルクスが言っていた拷問マニアの同僚です。今回見ただけで分かると思いますが相当にヤバいキャラです。何時カタリナを後ろから襲うか分からない、そんな感じの人間です。
それと同時に近い内に教会側の量産型ライダーも登場予定です。

同時に登場したノスフェクトサイドの新キャラのギュスター。名前の由来はギュスターヴと言う実在したナイルワニです。軽く調べてみると分かりますがこのワニ、相当ヤバいです。リアルモンスターです。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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