突如ヴラド達の元にやって来た新たな上級ノスフェクト、ギュスターことクロコダイルノスフェクト。人間としての姿は完全に少年のそれであり、その見た目に違わぬ無邪気な様子で己の主君であるヴラドに抱き着いた。
「ヴラド様、久し振り~!」
「久し振りだね、元気にしてたかい?」
「うん!」
まるで仲の良い兄と弟の様な姿に、カミラもヴォーダンも束の間警戒心を解く。だがヴォーダンは直ぐに気を取り直した。カミラ達と違いギュスターはある役割があって今までヴラド達とは別行動をしていたのだ。その彼がここに居ると言う事はつまり……
「おいギュスター。お前がここに居るって事は、博士もこっち来てんのか?」
ギュスターは今まで1人ヴラド達とは別行動として、ペスター博士の護衛を行っていたのである。修道騎士団、そしてジェーンとの戦いで大きく負傷したヴラドを日本に逃がし、力を取り戻すまで匿う役割をカミラとヴォーダンは担ってきた。が、彼らの肉体に精通しているペスター博士も非常に重要な存在でありほったらかしにする訳にはいかなかった。それ故、数少ない上級ノスフェクトの1人であるギュスターが博士の護衛として今までヴラド達から離れていたのだ。
その彼がここに居ると言う事はつまり、遂に博士がこちらに来れたと言う事。一度は傘木社残党の隠れ拠点をジェーンにより襲撃され来日を見送っていたが、それも目途がつきやっと合流出来たと言う事である。
今まで離れ離れで心細かったのか、ギュスターは触れ合えなかった分を埋める様にヴラドに甘えていた。
「うん。今は外で待ってるよ。呼ぼうか?」
「そうだね。久し振りに博士にも挨拶しておきたい。頼めるかな?」
「は~い!」
ヴラドの頼みにギュスターは笑顔で頷くと、少し名残惜しそうにしながら離れ部屋から出ていく。一度は静かになったヴラドの寝床であったが、ギュスターは直ぐに戻ってきてヴラドに抱き着いた。
「お待たせッ!」
「やぁ諸君、久し振りだね。元気にしていたかい?」
部屋に飛び込んできたギュスターの後に続いて部屋に入って来たのは、白衣を着た初老の男であった。杖をつきながら歩くその姿は見た目相応の年齢を感じさせ、落ち着いた佇まいもあって如何にも老いた科学者と言った風体である。
自分達の創造主である博士を前にしては、ヴォーダンも佇まいを正すのか壁際で背筋を伸ばしていた。その一方でカミラは眼鏡の奥から剣呑な視線を博士に向けていた。彼女にとって最上位の存在はヴラドであり、生みの親である博士ですらヴラドに仕えるべき存在と言う認識であった。全てにおいて自分達ノスフェクトに劣る存在である人間風情に、敬意を払う事すら業腹なのである。
カミラがペスター博士に少なくない苛立ちを感じている事はヴラドも気付いていた。彼は自分に付き従う腹心である彼女がこれ以上不快な思いをしない様にと、朽ちたソファーの上で起き上がると彼女を手招きして呼び寄せ自分の隣に座らせ抱き寄せた。
「ヴ、ヴラド様……!」
「すまないね。君の気持ちも分かるけど、今は堪えてくれ」
「は、はいぃ……!」
敬愛し愛する主君に抱き寄せられ、先程まで感じていた不満も何もかもが吹き飛んだ。まるで恋する乙女のような目でうっとりとヴラドを見つめるカミラの姿に、ヴォーダンは呆れた様に視線を彷徨わせギュスターは彼女に負けじとヴラドに体を密着させた。
「むぅ~、カミラばっかりズルいッ!」
「大丈夫だよ、ギュスター。君の事も大切だから」
「えへへ~!」
カミラとギュスターをそれぞれ両手で抱き寄せるヴラドの姿は、一見すると普通の家族の様にしか見えない。これが実は人間ではなく、ともすれば脅威となる怪人であるなどと誰が信じられるだろうか。
彼らの姿を目を細めて見ていたペスター博士だったが、何時までもそうしてはいられないと小さく咳払いをして自身もヴラドに近付いた。
「改めて久し振りだねヴラド。調子はどうかな?」
「以前に比べれば大分良くなりました。それもこれも全てカミラやヴォーダンのお陰です」
実際負傷で満足に動く事が出来なかった自分がこうして会話できるくらいになるまで回復できたのは偏にカミラやヴォーダンが稀血のクロスブラッドを持ってきてくれたからに他ならない。自分1人ではそう長い事血を吸う為に活動する事も出来ず、何時か体力が尽きて動けなくなっていたところをS.B.C.T.等に始末されていた事だろう。同族であり彼にとっては愛する家族でもあるカミラ達には感謝してもしきれないと本気で思っていた。
ペスター博士はヴラドの答えに満足そうに頷くと、彼をこの粗末な場所から連れ出すべく手を差し伸べた。
「そうかそうか、それは良かった。では行こうか。君らが過ごしやすい場所を用意した。もうこんな所で隠れ潜む必要もない」
日の光が差してこない事はありがたいが、それでもこの埃っぽさや空気の悪さは強靭なノスフェクトとしても気分が良いものではなかった。人間は襲うし、強靭な肉体は持っているが、彼らノスフェクトにも文明的な生活への欲求はあるのである。
差し出された手をヴラドは何の躊躇もなく取った。彼としてもこの様な生活が何時までも続くのは御免であった。それは自身が快適に過ごしたいからと言うよりも、自分に付き従ってくれるカミラ達にも少しでも楽な生活を送ってほしいと言う気持ちからであった。
ヴラドがペスター博士に手を引かれるようにして廃墟の外へと向かうと、カミラ達がその後に続く。彼らが外に出ると日は既に沈んでおり、廃墟の前には窓にスモークフィルムを貼られた車が停まっていた。窓から車内が見えない様になっている事以外は何の変哲もない車に、ヴォーダンは面白みがないと言う様に鼻を鳴らした。
「へっ、何でぇ。ヴラド様を迎えようってのに……」
「この程度で十分だよ。下手に派手にすると目立つ」
自分達の主君を迎えに来たにしては随分と貧相だと不満を漏らすヴォーダンだが、ヴラドはそんな彼を宥めて車に乗る。後ろの席に座ると、深く腰掛け背凭れに体重を掛けながら大きく息を吐いた。
「ふぅ~……」
「お疲れですかヴラド様? 血をお飲みになります?」
「いや、いいよ」
「これからは血もこちらで用意しよう。君らが問題なく活動しやすいようにね」
傘木社残党の中でも異端と言えるペスター博士だが、彼も傘木社の一員であった事に変わりはない。表の世界では生きる場所を失った彼も、裏の世界では引く手数多であり人脈なども多い。人知れず人間の血……血液どころか生きた人間そのものを集めることも容易かった。持ち前の裏の情報網を使えば、稀血持ちに関する情報を集めることも可能であり、それはつまりヴラドの完全復活への道が拓けたことを意味する。
それが分かっている為、口ではなんだかんだ言ってもカミラもヴォーダンも内心では安堵を感じていた。
気付けば車は走りだし、窓の外の景色が流れていく。窓の外の流れはかなり早く、車内から見ただけで法定速度を超えているのが分かった。しかし運転手はそんな事お構いなしにヴラド達を新たな拠点に運ぶべくアクセルを踏みハンドルを切った。
そんな運転をしていれば当然警察に目をつけられる。幾ら夜とは言え、いや夜だからこそ警察は目を光らせていた。直ぐにパトカーがサイレンを鳴らしながら彼らの乗る車に近付いてきた。
『前方の車、停まりなさい!』
警察からすれば彼らの乗る車は怪しい事この上ない。法定速度を無視していると言うだけではない。窓と言う窓にスモークフィルムを貼っているのだ。どう考えても普通の車ではない。
背後に迫りスピーカーで警告してくるパトカーに、運転手がバックミラーでペスター博士に指示を仰いだ。撒こうと思えば出来ない事はない。排除しろと言うのならそうする。
だがその判断を下したのは博士ではなかった。
「停めてもらえるかな?」
徐に車内にヴラドの声が響く。その声に運転手が一瞬背後を振り返ろうとするが、今は運転に集中するべきと前を向きつつバックミラーで博士に視線を向ける。運転手と目が合うと、博士は何も言わず静かに頷いた。それに頷き返すと運転手はゆっくりとブレーキを踏み、徐々にスピードを落とした車は道路の端に停車した。パトカーはその後ろに停車し、運転席と助手席から男性警官と女性警官が1人ずつ降りて運転席へと近付いてきた。
2人の警官が車の横を通り過ぎていこうとした。その時、ヴラドが顎で窓の外の警官を指すとギュスターが待ってましたと言わんばかりに扉を開けヴォーダンが手を伸ばして近くにいた男性警官を車内に引き摺り込んだ。
「な、何を――」
突然の事に抵抗しようとする男性警官だったが、彼にそれ以上の行動は許されなかった。カミラ、ヴォーダン、ギュスターの3人は、車内に引き摺り込んだ男性警官に一斉に食らい付き肉を食い千切り血を啜り始めた。体のあちこちを食い千切られて車内に血が飛び散り、その血が男性警官を喰らうカミラ達だけでなくペスター博士も汚した。
「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ああ゛っ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」
車内から聞こえる凄惨な悲鳴と噴き出す血の臭い。突然の惨劇に残された女性警官が一瞬唖然となりながら、それでも警察官としての責務かそれともパニックになって本当にするべき事を見失っているのか咄嗟に拳銃を抜き車内に向けカミラ達を制止しようとした。
「あ、あぁぁ、あなた達止めなさいッ!?」
この時点で既に男性警官は事切れており、車内からは肉を食い千切り血を啜る音だけが聞こえていた。車内は暗くて何が起きているのかははっきり見えないが、車内で蠢く影だけでどんな光景が繰り広げられているかは想像がつく。脳内で繰り広げられる凄惨な光景に恐怖し震えていると、女性警官は何時の間にか背後に回っていたヴラドに後ろから抱きしめられた。
「あ、え……!?」
突然の抱擁に困惑する女性警官が肩越しに背後を振り返る。そこで彼女が目にしたのは、煌々と光を放つ血の様に赤い瞳。その目を見た瞬間、彼女の中から恐怖などの感情が抜け落ち虚ろな目で赤い目の持ち主であるヴラドをぼんやりと見つめ返した。
「ぁ……ぁぁ……」
魂が抜け落ちた人形の様になった女性警官。ヴラドが彼女の首筋に軽く舌を這わせると、女性警官は快楽を感じた様に背筋をゾクゾクと震わせる。その反応にヴラドは薄く笑みを浮かべると、舌を這わせた首筋に牙を突き立て血を吸い始めた。
「い゛っ! あ゛、あ゛ぁ゛……! ひぃ゛、ぁ゛……!」
鋭い牙が皮膚を突き破り血を吸い上げていく。自身の命が吸い取られていく感触に、しかし女性警官が感じているのは生命の危機ではなく全身が蕩けた様に錯覚するほどの快楽であった。ノスフェクトの唾液に含まれる媚薬の様な快楽物質が、快感を感じさせ女性警官から抵抗する意志を奪っていたのである。
ヴラドがジュルジュルと音を立てながら女性警官の血を吸い取っていく。女性警官は吸血される快楽にまるで性交しているかのような喘ぎ声を上げながらながら体を震わせ、あまりの快楽に膝をガクガクと振るわえ失禁したのか股下を濡らし水溜りを作っていく。
「あぁ゛……う゛、あ……!」
見る見るうちに血を吸い取られ、女性警官の肌から潤いが無くなっていく。段々と指先から萎びていき、老化が促進しているかのように顔にも皺が増えていき血色も悪くなっていく。そしてあっという間に全ての血を吸い取られた女性警官はミイラの様な姿で命を落とし、カラカラの絞り粕となった女性警官をヴラドはその場に静かに横たえた。ヴラドが食事を終え口元に付いた血を拭っていると、車内の方も終わったのかヴォーダンが男性警官の残骸を女性警官の傍に投げ捨てた。
「ふぃ~、悪くはなかったな」
「どうせなら僕そっちのお姉さんの方が良かった~」
「文句を言うんじゃないの」
口々に感想などを口にする3人にヴラドは苦笑しながら車内に戻った。男性警官をノスフェクト3人で喰らった際に飛び散った血により車内はスプラッタな状態となっており、天井や窓にも血が付着し車内は咽返る様な血の臭いで充満していた。彼らノスフェクトには別に気にならない臭いではあるが、人間であるペスター博士や運転手はそうではない。特に運転手は、あまり血の臭いに慣れていないのか目に見えて気分が悪そうにしていた。
「うっぷ……博士……」
「ダメだ。窓は開けるな」
立ち込める血の臭いに換気をしたくなった運転手だが、開かれた窓から中を見られる危険があった。何の為にスモークフィルムを窓に貼っているのかと言外に告げれば、運転手はガックリと肩を落としながら車を発進させた。走る速度は心なしか先程よりも更に速度を上げているように思える。一刻も早く目的地にヴラド達を送り届け、血まみれの車内から出たいと考えているのだろう。
幸いな事に今度は途中で警察に見つかる事も無く、また道中で事故を起こす事も無く目的地にたどり着いた。
意外な事に車が停まったのは一棟のマンションの地下駐車場であった。ペスター博士曰く、このマンションはマンションに偽装した研究施設なのだとか。下手に郊外に作ればS.B.C.T.等の目を引いてしまう。つまりは逆転の発想で、敢えて街中に隠れ家を兼用した研究施設を作ればバレる事はないと言う事である。マンションと言う形で建設すれば、建設資材に紛れ込ませて様々な機材を運び込む事も出来た。
周囲からは見えない地下駐車場で停車するなり、運転手は運転席から飛び出し壁際で蹲り耐えきれないと言う様に嘔吐した。彼が壁と床に吐瀉する音を聞き流しつつ、ペスター博士はヴラド達をエレベーターに乗せ最上階に誂えた彼らの部屋へと連れていく。
「さぁ、ここがこれからの君らの隠れ家だ。好きに使うと良い」
そう言って案内された部屋は、下手なホテルのスイートルームを超えるほどの出来栄えであった。外観は少し全高の高い普通のマンション程度でしかなかったが、内装は豪華に作られており非常に快適に過ごせそうだ。
何より彼らノスフェクトに嬉しいのは、窓が全て遮光ガラスで作られている事だった。中から外の様子を見ることはできるが、必要以上に光を通さない窓は彼らが苦手とする陽光を通さない。これなら日中でもカーテンを閉め切ったり、日が差さない場所を選んで動く必要が無い。
なかなかにご機嫌な内装を見て、ヴラドは心底感謝する様にペスター博士に頭を下げた。
「博士、ありがとうございます。これなら皆快適に過ごせそうです」
「喜んでもらえて何よりだよ。血の方も心配するな。直ぐに稀血持ちを連れて来させよう」
これで後必要なのは、ヴラド復活に欠かせない稀血から作られるブラッククロスブラッドのみ。傘木社が健在だった時に比べると心許無いが、裏取引で様々な人の情報を得られる博士は医療機関に掛け合って稀血持ちを見つける算段を整えようとした。
が、そこで声を上げたのがヴォーダンであった。
「あぁ、それなら1人心当たりがある」
「何?」
「ヴォーダン、どう言う事?」
実はヴォーダンは、今の今まで実里が稀血持ちである事をヴラド達に報告していなかった。別に隠していた訳ではない。実里が稀血である事を知った直後に、彼はブラッディ・ヴァーニィにより倒されてしまった為それどころではなかったのだ。直ぐにヴラドにより再生された訳ではあるが、死と再生は言うまでもなく心身に掛ける負担も大きく、重要な情報である稀血の持ち主の事を告げている余裕が無かったのである。
それはある意味で実里にとってこれ以上ない程の幸運であった。だがその幸運も遂に尽きたらしい。
今、ヴォーダンの口から実里の事がヴラド達に告げられてしまったのだった。
***
ヴラド達に狙われる事となった実里はこの日、京也や揚羽と共に孤児院を訪れていた。一時期実里と揚羽の仲が危ぶまれた際に悩みを解決する為ここを訪れて以降、3人は何かにつけてここに集まっていた。別にここに来れば特別な持て成しが得られるとかそう言う訳ではない。どちらかと言うと京也と実里はここに来たがる揚羽に引っ張られたという見方が強かった。
しかしこれは決して悪い事ではないと京也は思っていた。元気が溢れる子供達の相手は大変だが、それを差し引いてもここなら実里の身の安全は守れる。少なくともノスフェクトが現れればカタリナが率先して戦ってくれるだろう。彼女の強さは身をもって知っていた。仮に上級ノスフェクトが来ても、倒せはせずとも退ける事は容易な筈だ。
問題があるとすれば彼女の前では変身も戦う事も出来ないという事か。そんな事をすれば今度は京也の方が狙われてしまう。
とは言えその心配はハッキリ言って杞憂だと思っていた。何しろそう言う理由もあって、アルフはここに連れてきていないからだ。アルフが居なければ、京也はヴァーニィに変身できない。
尤もその頑なにアルフを連れてこない事に対して、揚羽は何か違和感を感じているのか時折首を傾げていたが。
「あ~ぁ~、今日もアルフちゃん来れないのか~。ねぇ紅月君、アルフちゃん何とか説得できない?」
「ぅ……き、厳しいんじゃないかな~って……はは、は……」
アルフの秘密を知らない揚羽は何かにつけてアルフとも仲良くなろうと、こうして京也にアルフを連れてこれないかと強請っていた。揚羽はアルフと片手で数える程度しか顔を合わせていないのだ。誰とでも距離を詰めたがる揚羽は、今より更に京也と仲良くなり更にはアルフとも友達になりたいと願っていた。
(いっその事、磯部さんも家につれてきた方が良いかな?)
アルフをここに連れてくるのに比べれば余程現実的な気がする。別に家に彼女を連れてくる事に対してはこれと言った不都合はない訳だし。ただ一つ問題があるとすれば、京也達が住んでいる屋敷は揚羽の家とは全く別の方角にあるという事か。彼女を家に連れてきたら、今度は彼女が帰宅するのが少し大変になる。
それでもアルフをここに連れてきたりするのに比べたらずっとマシか……そんな事を考えていると、カタリナが何時もと変わらぬ慈愛に溢れた笑みを浮かべながらやって来た。
「何時もありがとうございます、揚羽さん。それに、実里さんに京也さんも」
「いいんですよ! やりたくてやってる事だし!」
「揚羽に付き合わされるのは何時もの事ですし、これ位ならへっちゃらです」
「まぁ、僕も……」
元気な揚羽の答えと、達観した実里、謙虚な京也の反応にカタリナはクスクスと笑いながら彼らを中へと促す。
「皆さん、お茶が入りましたからおやつにしましょう」
「わーい!」
「ウチらもいいんですか?」
「勿論ですよ。さ、こちらに――――」
揚羽と子供達、そして京也と実里を孤児院の中に促そうとするカタリナ。だが直後、彼女は何かを感じ取った様にハッと顔を上げると、それまで浮かべていた笑みから一転して焦った様子で実里達を押し倒す様に地面に伏せさせた。
「危ないッ!?」
「え、わっ!?」
「ととっ!?」
「わぷっ!?」
京也、実里、揚羽の3人を纏めて押し倒すカタリナは、女子2人を両手で抱え京也にはボディープレスをする要領で3人を纏めて地面に伏せさせた。実里達はともかく突然ボディープレスを受けた京也は、地面とカタリナの豊満な胸に頭を挟まれ場違いだが心地良い柔らかさに顔を埋めさせられる。
そんな事を気にする事も無く、何かから3人を庇ったカタリナは即座に体を起き上がらせ3人を立たせた。
「すみません。皆さん、お怪我は?」
「だ、大丈夫です」
「ウチも……」
「な、何が?」
困惑を隠せない揚羽と実里に対し、京也はカタリナの巨乳の感触から解放されると先程まで自分達が居た所を見た。そこに居たのは、因縁浅からぬウルフノスフェクトの姿。ウルフノスフェクトは先程まで京也が居た所に爪を突き刺し、獲物を逃がした事に不満そうに唸り声を上げつつ振り返った。
「チッ、流石だな……」
「ヒィッ!? ば、化け物……!?」
突然襲撃してきたウルフノスフェクトを前に、揚羽が初めて見たような反応を見せる。以前にも遭遇している筈だが、そう言えばあの時はアルフの催眠光によって前後の記憶があやふやにされていた事を京也は思い出した。
ウルフノスフェクトの襲撃は当然表に出ていた孤児院の子供達も目にしており、子供達の中には悲鳴を上げて明後日の方へ逃げていく子も居た。
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
パニックを起こして蜘蛛の子を散らす様に逃げていく子供達に、カタリナは京也達を守る様に立ち塞がりながらウルフノスフェクトを見据えつつ子供達の事を案じた。
「いけない……! 揚羽さん、実里さん、京也さん、子供達を建物の中へお願いします!」
「は、はい!……って、カタリナさんはどうするんですか?」
京也達には逃げる様に促しながら、自分は逃げる素振りを見せないカタリナに実里が問い掛ける。だが京也は予想出来ていた。彼女は戦うつもりなのだ。ここは彼女達教会勢力の領域内、ホームグラウンドである。そこにのこのこやって来たノスフェクトなど、正に飛んで火にいる夏の虫だろう。
「私の事はいいですから、早くッ!」
「そんな……」
「でもッ!?」
「須藤さん、磯部さん、行こうッ!」
実里に加えて揚羽もカタリナがこの場に残ろうとしている事を察して逃げる事を渋る。が、京也は敢えて彼女の意を汲む様に2人の手を引いてその場を離れる判断をした。
きっとカタリナは、極力戦う姿を見られない様にしたいのだろう。心配させないという事もそうだが、普段の自分とは違う姿を見せたくはないのだ。その気持ち、京也には何となく分かる。
しかしそんな暢気な事を言っていられる状況ではなくなった。ウルフノスフェクトは京也達や子供達が逃げる時間を待ってはくれなかったのだ。と言うより、目的の1人は実里なのだから逃がす訳がない。
「させると思ってんのかよッ!」
「くッ!」
牙をむき、涎を垂らしながら大きく口を開け襲い掛かって来るウルフノスフェクト。これ以上は誤魔化していられないと、カタリナは覚悟を決めクロスショットを抜きウルフノスフェクトに向け発砲した。放たれた銃弾はしかし、ウルフノスフェクトに回避されその後ろにあった木の幹に銃痕を刻むだけに留めた。
カタリナの突然の八方に面食らったのは今ここに居る中で唯一戦いとは完全に無縁だった揚羽だけだった。彼女は突然響いた発砲音に耳を塞ぎ、そして恐る恐る銃を構えるカタリナの事を見やった。
「わっ!?……は、え? カ、カタリナ、さん? それ、銃?」
唖然としながらカタリナと彼女の持つ銃を交互に見る揚羽。彼女の視線にカタリナは苦虫を嚙み潰した様な顔をしつつ、無理に笑みを作って見せた。
「すみません……この事は、内密にお願いしますね?」
そう言ってカタリナは腰にベルトを巻きクロスショットを装着。首から下げているロザリオから十字架を外すと両手を組み祈りを捧げた。
「主よ……どうか彼の者の魂に、安らかな眠りと救済を……」
〈in Jesus' Name we pray.〉
「変身……」
〈Amen〉
京也達が見ている前でカタリナが仮面ライダーシルヴァに変身する。その様子に揚羽は顎が外れるのではと言う程口を開けて驚愕し、京也は険しい顔をしながら揚羽と実里をこの場から引き離そうと2人の手を引いた。
「はぇ? えぇぇぇぇぇぇっ!? そ、それって、もしかして……仮面ライダーって奴!」
「2人共、行こうッ!」
「あっ! そ、そうだよ揚羽ッ! 早く逃げないとッ!」
京也だけでなく実里にまで手を引かれ、揚羽は半ば引き摺られるようにその場を離れていく。3人が離れていく気配にシルヴァは仮面の奥で頬を緩めた。これで心置きなく戦える。本当はここで戦いたくはないのだが、ノスフェクトが出てしまった以上そんな事も言ってはいられない。
〈Two judge! Judgement blade〉
銀の双剣を構えるシルヴァに対し、ウルフノスフェクトは牙と爪を剥き出しにして威嚇しながら彼女の周りを円を描く様に動く。
「グヒヒ……本当は今日の目当てはお前じゃなかったんだが、まぁいい。
「俺は俺で?……! しまった!?」
敵はウルフノスフェクトだけではない、その事に気付いたシルヴァが京也達が逃げていった方に向かおうとしたが、ウルフノスフェクトはそうはさせじと素早く彼女の前に回り込み行く手を阻んだ。以前よりも明らかに素早くなっているのに気付き、シルヴァはあれ以降更にウルフノスフェクトが多くの命を喰らった事に気付き歯噛みした。
「くッ! そこを退いてくださいッ!」
「退く訳ねえだろッ! ここから先に行きたいんなら、力尽くで退かしてみな! 尤も、俺はお前を逃がすつもりは無いけどな!」
襲い掛かって来るウルフノスフェクトの攻撃を、シルヴァは双剣で弾きつつ京也達が逃げていった方を見やる。奥の方へ逃げてくれたのであれば、最悪でもルクスや……あまり頼りにしたくないがエリーが応援に駆けつけてくれる筈。それに今は他の騎士団員も量産型とは言え変身できるのだから、心配する事はないと自分に言い聞かせた。
そうして自分を鼓舞し、シルヴァは目の前の強敵との戦いに臨むのであった。
と言う訳で第26話でした。
今回ヴラド側にも梃入れが入りました。何時までも浮浪者しながらと言う訳にもいかないので、本格的な後方支援を手に入れ暗躍していきます。
京也は実里に正体がバレましたが、揚羽はまだ京也がヴァーニィである事を知りません。その状態でカタリナがシルヴァである事を知ってしまう事となりました。ここら辺から、本作はちょっとドロッとした雰囲気にしていけたらと思ってたりします。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。