仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

3 / 84
*諸事情で主人公の名前を翔琉から京也に変更しています。詳しい事はあとがきで。


第1夜:夜の雄叫び

 朝食を済ませ、身支度を整えた京也は朝日が照らす街中を一路学校へ向けて歩いていた。顔を照らす朝日の眩しさに目を細め、不意にやってきた欠伸に口元を手で押さえる。

 

「ふわぁ~……」

 

 欠伸と共に湧いてきた眠気を、呼気と共に吐き出しながらちょっぴり涙の浮かんだ目元を擦る。最近朝が弱くなってきた気がする。疲れが溜まっているのだろうかと首を傾げていると、背後から声を掛けられた。

 

「あっ! 紅月君、おっはよー!」

 

 勢いよく近付いてきて背中を叩きながら掛けられた朝の挨拶に、京也は体を揺らしながら挨拶を返した。

 

「おはよう、磯部(いそべ)さん。今日も元気だね」

 

 京也に声を掛けてきた者の名は磯部 揚羽(あげは)。季桔高校に通う1年生であり京也のクラスメートである。ちょっぴり茶色く染まった髪をツインテールにした女子であり、誰彼構わずフレンドリーに接するムードメーカーだ。天真爛漫を絵に描いた様な少女であり、どちらかと言えば大人しく積極的に他人に話し掛ける方ではない京也がこの学校で最初に友達になれた少女でもある。

 

 揚羽からの挨拶に振り返り挨拶を返す京也だったが、彼女は振り返ってきた彼の顔を見て頭の上にハテナマークを浮かべた。

 

「? 紅月君、昨日あんまり寝てないの?」

「え?」

「何か、疲れてる?」

 

 よく見なければ分からないが、京也の目元には薄っすらと隈が浮かび目尻もちょっと眠たげに垂れている。本人もあまり意識していない異変を指摘されて、京也は両手で頬を揉み顔を解してまだ残っていた眠気を押し出した。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。気にしないで」

「そう? ん? あ、首筋……」

「ん?」

「虫に刺されてる」

 

 今度こそ京也は動揺を隠せなかった。先程指摘された疲れはともかくとして、この首筋の()()()()()()()()()()()()に関しては思い当たる節しかなかったからだ。

 

()()()()()()()虫刺されなんて珍しいね?」

「あ、あぁ、そうなんだ……! ちょっと、昨日の夜部屋に虫が出てね。それでちょっと寝つきが悪かったのかも。あ、あはは……」

 

 必死に取り繕いながら京也が脳裏に思い浮かべるのはアルフの顔だった。今朝はただ何時もの様に自分の布団に潜り込んできただけかと思っていたが、京也が寝ている間に()()()()()していたとは。

 

(アルフってば、全くもう……)

 

 怒りはしないが、文句の一つはちょっぴり言いたくなる京也。とは言えそれを表に出す訳にはいかないので、乾いた笑いで誤魔化そうとすると横から別の女子がやってきて口を挟んできた。

 

「揚羽~、あんまり野暮な事言うもんじゃないの」

「あ、みのりん! おはよー!」

「はい、おはよう」

 

 黒髪ショートカットのこの女子の名前は須藤(すどう) 実里(みのり)。揚羽同様京也のクラスメートであり、揚羽とは子供の頃からの幼馴染であると言う。

 

 実里は揚羽を諫めると、今度は呆れた視線を京也へと向けた。その視線にちょっぴり下世話な雰囲気がある事に気付き、京也は顔を引き攣らせる。

 

「それと紅月君も。別にウチはそういうのいちいち気にする事はしないけれど、あんまり目立つような事はしない方がいいよ」

「いや、違……!? これは、その……」

「はいはい、虫刺されって事にしたいんでしょ? そう言う事にしといたげるけど、次からは気を付けてよね」

「なになに? 何の話?」

「揚羽は分からなくてもいいんだよ。さ、行こう」

 

 明らかに何かを勘違いしながらその場を離れようとする実里に、京也は焦って誤解を解こうと追いかける。いや、事実は事実でおいそれと話す訳にはいかないのだが、それはそれこれはこれだ。誤解されたままで変な印象を持たれるのは御免被る。

 

「ちょ、違うんだって須藤さんッ! これは本当にッ!」

「ねぇねぇ、みのりん! どう言う事?」

「そんなのウチの口から言える訳ないでしょ。気になるんなら紅月君に直接聞いてよ」

「だから違うってッ!」

 

 朝から騒がしくしながら通学路を行く3人の少年少女。照らす朝日が3人の顔を明るく浮かび上がらせ、街には次第に影が出来ていく。

 

 その影の中から、3人の事を見る者がいた。光が入り込まない影の奥から、赤い目を向けてジッと3人を見つめる視線。

 

 その視線は3人の内、2人の少女の方に向けられた。品定めするような視線に、しかし2人は気付く事無く歩いていく。

 視線の主は3人が見えなくなると、口角を上げ舌なめずりをして影の中へと消えていく。日が高くなり光がその影をも照らすほどになった時、そこには誰も何も居なくなっていた。

 

 

 

 

 登校後、授業を受けている京也は教師の話が頭上を通り過ぎていくのを感じながら片手を揚羽に指摘された首筋へと持っていく。自分からでは見えないが、そこには赤い斑点が二つ並んでいた。それを何時までも放置していては目立つと、登校寸前に実里が絆創膏を渡してくれたので今はそれで隠れている。

 

 首筋に張られた絆創膏の感触を指先で感じ、意識せず京也は熱の籠った目になり熱い吐息を吐いていた。その姿には、どことなく色気の様な物が感じられた。

 

 そんな彼を教師が指名し、反応が遅れて慌てる事になるのはそう遠くない事であった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それから数時間後、日が傾き始めたと言う頃にこの日の授業が終わった。堅苦しい授業からの解放に生徒達は歓喜の声を上げ、体を解す様に背筋を伸ばしたり逆に机の上に突っ伏したりと思い思いの姿を見せる。

 

 次第に生徒達は部活に向かう生徒と帰宅する生徒に分かれ始める。

 

「みのりーん! この後カラオケ行かなーい?」

「いいね、行こう行こう」

 

 揚羽と実里はこの後カラオケに向かうつもりらしい。2人の声に他の生徒も何人か反応し、部活に入っていない生徒達がそれについて行く。

 

 そんな中で京也はと言うと、集まる生徒達の様子を横目でチラリと眺めつつ教材を鞄に詰め帰宅の準備をした。彼のその姿に気付いた揚羽が帰ろうとしている彼に声を掛ける。

 

「あ! ねぇ、紅月君も一緒に来る?」

 

 純粋な厚意からの誘いに、京也は若干申し訳なさそうに苦笑しながら首を横に振った。

 

「誘いはありがたいけど、僕は遠慮しておくよ。あんまり歌うのとか得意じゃないし」

「ふ~ん、そっかー」

 

 誘いを断る京也に揚羽はちょっぴり残念そうにするも、特に気を悪くした様子もなくすなり諦めた。

 

 折角誘ってくれたのを断るのは京也自身心苦しい。だが歌うのが苦手と言うのは本当だし、何より彼には早めに帰らなければならない理由があった。

 

 学校を出て、足早に家へと帰る。窓から灯りの見えない家に鍵を使い入り、帰宅の挨拶を暗い室内に告げる。

 

「ただいま」

 

 静かに響く声に、答える声はない。何時もの事だ。この時間、ジェーンは仕事で出かけている。最近仕事を変えたらしく、帰ってくるのは夕飯の時間の少し前。それまでに宿題を終わらせて、夕飯の支度を終わらせなければ。

 

 そんな事を考えながら京也が自室の扉を開け灯りを付けようと壁に手を伸ばした。が、それより早くに何者かが彼を部屋の中に引き摺り込んだ。

 

「あ、わっ!」

 

 京也を引き摺り込んだ者はそのまま部屋の扉を閉め、引き摺り込んだ京也を床に押し倒し体を密着させた。カーテンも閉め切られて暗い室内に、程なくして目が慣れた京也は小さく肩を竦めながら小さく溜め息を吐いた。

 

「ただいま、アルフ」

「ん……おかえり」

 

 京也を部屋に引き摺り込んだ人物、アルフは甘える猫の様に頭を彼の胸板にぐりぐりと押し付けている。自分の体に彼女の匂いが擦り付けられている事に、何かが内側から湧き上がるのを感じながら京也は優しく彼女の背中を撫でながら体を起き上がらせた。

 

「さ、早く宿題終わらせなきゃいけないから、一旦離れて」

 

 アルフは京也に宥められると、少し悲しそうな顔になって彼を見上げた。暗がりに見える彼女の顔にちょっぴり心を痛めながら、京也は改めて彼女の頭を軽く撫でてから立ち上がり壁によると今度こそ部屋の明かりをつけた。暗かった部屋が一気に明るくなり、眩い光に目が眩みそうになる。

 部屋の中を照らす灯りに、アルフは小さく悲鳴を上げた。

 

「キャッ!?」

「ゴメン、眩しいよね。大丈夫?」

「うん……平気」

 

 灯りに照らされたアルフは、降り注ぐ光を黒いサイズの大きなパーカーのフードを目深に被ってやり過ごす。

 

 こうして光の下に姿を晒したアルフは、暗闇の中では分かり辛かった可愛らしさと妖しい美しさを見せていた。

 

 白磁の様な肌を彩る黒髪と赤い瞳。黒いパーカーの胸元は見た目の年齢に反する程の大きさの乳房で押し上げられ、ファスナーを閉じたパーカーの胸元を大きく広げている。パーカーの大きさが合っていないので袖も長く、片手は完全に袖に隠れてしまっているがもう片方の手はフードを目深に被る為袖から出ていた。その指は肌と同じく透き通るような白さで白魚の様。そして腰から下は同じく白い肌の生足が露出しており、滑らかな脚線美を露にしていた。

 

 アルフの美しさを堪能する様に眺めていた京也だったが、何時までも彼女に見惚れている場合ではないと内心で己を一喝すると、鞄から宿題を取り出し床に腰を下ろし机の上に教材を広げて筆記用具を手にした。

 するとそれを待っていたようにアルフは京也の背中に近寄り、胸を押し付ける様に抱き着き顔を彼の背中に埋めた。当然背中には彼女の豊満な胸の感触を感じ、押し付けられる柔らかさと彼女が自分の匂いを堪能する様に大きく息を吸う音に集中を乱されそうになる。

 

「すぅ…………ふぅ…………」

「う……」

 

 ここで念の為述べておくと、彼女は露骨に京也の事を誘っている訳ではない。彼女はただ純粋に彼に甘えているだけであった。彼女には()()()()()()()()()があり、京也に対して依存に近い想いを抱いている。それが彼女をこんな行動に走らせているのだが、それを受け止めるのは主に煩悩的な意味で大変であった。

 

(とは言え、それを心地良く感じてるのも事実なんだけどね)

 

 彼女と出会ってからこの方、もうこんな彼女の行動にも慣れた京也は気を取り直して宿題へと臨むのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 日が傾き、夕日に街が照らされる時間、授業を終えて友人達とカラオケを楽しんでいた揚羽は実里と共に赤く染まった街を帰路についていた。

 

「あ~、楽しかったぁ!」

「すっかり日が暮れてきちゃったね。急いで帰らないと」

 

 揚羽はカラオケを堪能できたことに満足そうにしていたが、一方で実里は最近起こっている吸血鬼事件の事もあって少し不安そうに周囲を見渡していた。幸いな事に彼女達と同じ高校生で犠牲になったと言う者は今のところ聞かないが、浮浪者や夜遅くに帰宅する途中と思しきサラリーマンやOL何かが多く犠牲になっていると聞く。それらの話から察するに、事件は夕方から夜間を中心に、少なくとも日の当たらない橋の下などで起こる傾向にあるらしい。警察からも可能な限り日の高い時間帯に帰宅し、日陰の多い場所には立ち入らない様にと忠告が為されている。

 

 これ以上遅い時間になると、件の事件が起きやすい時間帯になってしまう。そう思って実里が揚羽を促そうとしていると、向かいから巡回しているのだろう2人組の警察官がやってきて揚羽達の姿に険しい顔をした。

 

「君達、こんな時間に何をしているんだい?」

「あっ! ゴメンナサイ、ウチらさっきまでカラオケしてて……」

「最近事件が増えているのは知っているだろ? 早くお家に帰りなさい」

「は~い……」

 

 お巡りさんに注意されて、先程までの楽しかった雰囲気が何処かへ吹き飛んでしまったと揚羽はしょんぼりと肩を落とした。一緒に注意された実里はそんな揚羽を元気付ける様に肩に手を置き、急いでその場を離れようとした。

 

 その時、近くの路地から出し抜けに黒い影が飛び出し実里を引き摺り込もうとした。突然の事に反応が遅れてそのまま路地裏に引き摺り込まれようとした実里だったが、揚羽が咄嗟に彼女の手と街灯の柱を掴んでそれ以上引き摺り込まれない様にした。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「みのりんッ!?」

「いや、いやぁぁぁっ!? 助けてっ!? 助けてッ!?」

「これはっ!?」

「このっ!」

 

 突然の何者かの襲撃に、警官の片方は素早く実里救出の為に動いた。路地へと入り実里の足を掴んで引き摺り込もうとしている相手を引き剥がそうとした。

 

「離れなさ、なっ!?」

 

 警官が路地の中で見たのは、実里の足を掴んで引き摺り込もうとしている異形であった。鋭い牙を生やした口に、頭からボロ布のローブの様な物を被りその下から赤い目を光らせている。

 

「ば、化け物……!?」

「グルルッ!」

 

 異形は警官に威嚇する様に唸り声をあげるが、同時に響く実里の悲鳴に己を奮い立たせて警棒を片手に異形に掴み掛った。

 

「その手を離せッ!」

 

 警官は警棒で異形の手を殴り、これ以上実里が路地に引き摺り込まれる事が無いようにしようとした。

 その頃路地の外では今にも実里が路地に引き摺り込まれそうになっているのを、揚羽が必死に防ごうと奮闘していた。

 

「うぅ、うぅぅぅぅぅぅぅ……!?」

「揚羽ッ!? 離さないでッ! お願い離さないでッ!」

「は、離さないよッ! 大丈夫、大丈夫だから……!」

 

 そうは言うが、揚羽の額には大粒の汗が浮かび柱を掴んでいる方の手は今にも滑って外れそうだった。このままだと実里共々路地に引き摺り込まれてしまう。

 そうはさせじともう1人の警官が揚羽と共に実里の手を掴んで引っ張った。同時にホルスターから拳銃を抜き、路地の奥に居る異形に向け引き金を引いた。

 

「くッ!」

 

 口径は大きくないがそれでも普段滅多に耳にする事のない銃声。響く銃声に揚羽が思わず肩をビクンと震わせる中、放たれた銃弾は異形に命中し表皮の上で弾けた。

 

 予想は出来た事だが、異形相手に口径の小さな警察の拳銃程度では痛痒になり得ない。だが何発か放たれた銃弾の内の一発が偶然にも異形の顔近くに命中。これには流石に怯んだのか、異形は顔を仰け反らせ実里の足を掴む手の力が緩んだ。

 その瞬間路地に入った警官は異形の手を思いっ切り殴った。これが決定打となり、異形は実里の手を離してその場から離れた。解放された実里は腕を掴んで引っ張っていた揚羽の胸に飛び込む様に路地から引き摺りだされる。

 

「あ、わっ!」

「みのり、わぷっ!」

 

 勢い余ってひっくり返る揚羽だったが、それでも実里の手を離す事は無く抱き寄せる様に後ろに倒れた。彼女と共に実里の手を掴んでいた警官は2人が揃って倒れそうになるのを支えて防ぎ、そのまま2人を守る様にしながら路地から離れる。

 

「さ、今の内に逃げるんだッ!」

 

 2人がまた襲われないようにと警官は2人をこの場から逃そうとする。その時路地の中からけたたましい悲鳴が響いた。実里を異形から助ける為に危険を冒して路地へと入っていった警官の声だ。見ると先程の警官が路地で異形に押し倒され、首筋に牙を突き立てられている所だった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「くっ! 逃げろッ! 早く逃げるんだッ!」

 

 仲間が襲われている光景に、警官は己の職務を果たすべく2人を背に庇うようにしながら無線に手を伸ばした。

 

「緊急ッ! 緊急ッ! 正体不明の怪物が出現ッ! 警官が1人犠牲になった、至急応援をッ! 場所は――」

 

 揚羽達を背に庇いながら警官が現在の場所を無線機に叫ぶように告げる。すると犠牲となった警官を貪る様に食らい付いていた異形が、血だらけの口を亡骸となった警官から離して顔を上げ3人の事を見た。

 目が合った瞬間、警官は襲ってくるのを察して拳銃を構えながら2人を逃がした。

 

「逃げろッ!」

 

 銃声を響かせながら叫ぶ警官。だがたった今襲われ死んだ警官と同じ目に遭う寸前だた実里は恐怖のあまり足が竦んで動けずにいた。

 

「あ、あぁ……!?」

「みのりんッ!」

 

 慄く実里の手を揚羽が引っ張った。同じように恐怖を感じていた彼女だが、実里を助けたい一心で震える足を御し異形から逃げるべく駆け出した。揚羽に手を引っ張られ、実里は一瞬よろけて転びそうになりながらもその場から駆け出した。

 

 直後、2人を庇った警官が異形に襲い掛かられ押し倒されて首に牙を突き立てられた。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 背後から警官の悲鳴が聞こえてくる。人が死ぬ際の叫びと言う一生の間に聞く事があるかどうかと言う声に恐怖のあまり過呼吸になりそうになりながら、揚羽は必死に実里の手を引いて只管に逃げた。

 

 逃げていく2人の少女。異形は牙を離して顔を上げる。赤い眼光が2人の背を捉え、見えなくなるまで見続けていた。

 

「ぐ……ごぽっ」

 

 と、異形が喉を流すと腹の中を逆流させるように何かを吐き出した。口から出てきたのは、真っ黒で歪な形をした十字架の様な物。口から出てきたそれを、異形は不満そうに見ると握り潰した。

 そしてそのまま立ち上がると、異形の体から血が滲み出てきた。滲み出た血は異形の全身を包み、赤黒い人型へと姿を変える。そしてそれが今度は沁み込む様に引っ込んだかと思うと、そこに居たのは恐ろしい異形ではなく妙齢のスーツ姿の女性であった。ズレた眼鏡を指先で直し、小さく溜め息を吐くと揚羽達が逃げた方を睨んだ。

 

「……チッ」

「がふっ……ぁ゛」

 

 女性が舌打ちすると、足元で首から血を流している警官の口から血と共に苦悶の声が上がった。まだ辛うじて生きているらしい。女性は足元で倒れている警官に冷たい目を向けると、スーツの胸元を開き露出した谷間に手を突っ込みそこから赤い血管が走ったような灰色の十字架を取り出した。十字架は長い方の先端部分が鋭く尖っており、一見すると注射器か何かのようにも見える。

 女性はその十字架に軽くキスをすると、足元で今にも死にそうに浅く呼吸をしてる警官の首筋に十字架の先端を突き刺した。

 

「あ、か……か……!?」

 

 首筋に十字架が刺さると、警官は体を震わせた。そしてその場所を中心に、警官の全身に灰色の血管の様な物が広がるとそこから赤黒い血の様な物が噴き出し警官の全身を包んだ。そしてそれが沁み込む様に無くなると、先程まで警官が居たその場所には蝙蝠の様な異形が倒れていた。蝙蝠の様な異形は女性に軽く小突く様に蹴られると、目が覚めた様に体を震わせて立ち上がった。

 

「グルルルル……」

 

 人間が出すものではない唸り声を上げながら立ち上がった蝙蝠の様な異形。その顔には口に鋭い牙が生えており、窪んだ眼窩の奥には赤く光る眼があった。

 

 立ち上がった蝙蝠の様な異形に女性は顎をしゃくる。すると言葉無き指示に異形は一声鳴くと翼を広げ飛び立ち逃げていった揚羽達の後を追った。

 

「……フン」

 

 飛び去って行った異形を見送った女性は、もう直ぐ地平線に沈む夕日を忌々し気に睨み路地の奥へと入っていった。

 

 

 

 

 最初に自分達を襲った異形が女性になったり、自分達を守ってくれた警官が異形になった事を知らない揚羽と実里は、恐怖に駆られるまま必死に走り続けていた。行く当てなどない。何処が安全かも分からない。足を止めればその瞬間背後から先程の異形が自分達を押し倒し、首に牙を突き立てて血を啜るのではと思うと足を止める事の方が恐ろしかった。

 

「はぁっ! はぁっ! はっ! あ……!?」

 

 だが所詮は高校生の小娘だ。体力には限界がある。何より恐怖はそれだけで人から体力を奪い、正常な判断力と体のコントロールを奪った。結果、揚羽に引っ張られている事もあって、実里は足をもつれさせ走る勢いのまま前のめりに倒れてしまう。実里が転んだ事で、揚羽もそれに引っ張られてバランスを崩し同時に転んだ実里を支えようとした事もあって2人はもつれ合う様に倒れた。

 

「みのりん……あっ!?」

「あうっ!?」

「う゛っ!?」

 

 派手に転んで手や膝を擦りむく2人は、痛みに呻き声を上げながら体を起き上がらせた。

 

「い、いつつ……あっ!? 揚羽、大丈夫ッ!?」

「いたたた……へ、平気平気。それよりみのりんは?」

「ウチも平気。ゴメン、ウチが転んだ所為で……」

「そういうのは言いっこなし。それより今は早く――」

 

 少しでも遠くに逃げようと実里に手を貸し立ち上がらせる揚羽だったが、2人が立ち上がると同時に何時の間にか暗くなっていた空から黒い影が舞い降りた。先程警官だったあの蝙蝠の怪物だ。暗くなりつつある空から音もなく舞い降りたその怪物は、目を赤く光らせ鋭い牙の生えた口から涎を垂らしながら2人に近付いていく。

 

 突如現れた新たな怪物に、2人の少女は恐怖に引き攣った悲鳴を上げ顔を青褪めさせる。

 

「ヒッ!?」

「みのりん、急いでッ!」

 

 足が竦んで動けない様子の実里を揚羽が引っ張り逃げようとする。だが実里は足が地面に縫い付けられたように動けなくなっていた為、揚羽に引っ張られた事で逆にバランスを崩して転んでしまった。

 

「きゃぁっ!?」

「みのりんッ!?」

 

 再び転んだ実里を揚羽が助け起こそうとする。その瞬間、蝙蝠の怪物は2人に覆い被さる様に襲い掛かった。両腕の翼を大きく広げて飛び掛かって来る怪物の姿に、実里は恐怖の涙を流しながら頭を押さえてしゃがみ込み、揚羽は彼女を守る様に覆い被さり目を瞑る。

 

「「ッ!…………?」」

 

 もう逃げられない。自分達はここでこの怪物に惨たらしく殺されるんだとしたくもない覚悟を決める2人だったが、予想していた痛みが何も来ない事に疑問を抱き顔を上げる。

 

 するとそこでは、1人の鈍色の光を放つ鎧を身に着けた兵士が2人を守る様に怪物の突撃を受け止めていた。

 

「え……」

「これ、って……」

「く、ぬぅ……! おぉぉぉぉっ!」

 

 鎧の兵士……ライトスコープが雄叫びを上げると、全身のサーボモーターが装着者の動きをサポートするべく唸りを上げる。怪物は予想外の乱入者に動揺し、その間にライトスコープδ5……レックスは怪物を2人から離す様に放り投げた。

 

「おぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 放り投げられた怪物は地面に叩き付けられ痛みでのたうち回る。その間に別のライトスコープが揚羽と実里を立ち上がらせ避難誘導してその場から逃がした。

 

「さ、早く立って!」

「大丈夫だ。さ、こっちに……」

「は、はいっ!」

「ありがとうございますッ!」

 

 S.B.C.T.δチームの隊員に促されてその場から逃げる2人の少女。これで民間人を巻き込む危険は無くなった。

 

「δ5、下がれッ!」

「了解ッ!」

「総員、構えろッ!……撃てぇッ!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 クラスメートが怪物に襲われているなどと知らない京也は、アルフが背中に抱き着いたまま宿題を終わらせていた。ずっと背中にアルフの体重を感じながら、一仕事終えた彼は面倒から解放された事を喜ぶように体を伸ばす。本当は背筋を仰け反らせたいが背中にはアルフがくっ付いている為、伸ばすのは飽く迄も前にだ。

 

「ん、くぅ~……」

「んぅ……」

 

 京也が体を大きく動かした事で、アルフも反応して肩越しに後ろから彼の顔を覗き込む。耳元に感じる彼女の鼻息に京也も肩越しに振り返ってフードの上から彼女の頭を撫でた。

 

「お待たせ」

「ん……」

「それじゃ、直ぐ夕飯の支度するから」

「うん…………!?」

 

 まだしばらくは彼に構ってもらえない時間が続くが、夕飯の準備なら仕方ないとアルフが京也から離れようとした。

 

 その時、アルフが何かを感じ取った様に顔を上げた。カーテンを閉められた窓の方を見て、徐に立ち上がると窓に近付きカーテンを開けた。外は既に殆ど夜になっており、窓から見えるのは暗くなった空と灯りの付いた建物の光景だった。

 カーテンの向こうに広がる景色にアルフは険しい顔をし、そんな彼女の姿に京也は今何が起きているのかを察した。

 

「”ノスフェクト”?」

「うん……!」

 

 京也の問いに頷いて答えながら、アルフは窓を開け素足のまま窓辺に足を掛けて外に飛び出した。彼女が外に飛び出していったのを見て、京也は遅れて部屋を飛び出し玄関から外に出て庭に停めてあるバイクに跨った。エンジンに火を入れ、ヘルメットを被り開かれた門から道路に出て家々の屋根を飛び石の様に跳んでいくアルフの姿を見失わない様に走らせる。

 

 他の車両や通行人に気を付けながらアルフの後を追っていくと、次第に彼の耳にも戦闘の音が聞こえてきた。ヘルメットの奥で表情を引き締めていると、不意に向かいから揚羽と実里が走って逃げてくるのが見えた。

 

「はぁっ! はぁっ! あ、あれ……」

「待って!? 今あっち行っちゃダメッ!?」

 

 京也が被っているヘルメットはフルフェイスの為、2人はバイクのドライバーが京也である事に気付いていない。何も知らない人がδチームと怪物の戦いに飛び込んでしまわない様にと揚羽が慌てて引き留めようとするが、京也はそれを無視して2人の横を通り過ぎ現場へと向かっていく。

 

「あぁッ!?」

「揚羽、もう無理だよッ! ウチらまで戻ったらダメだって!」

 

 咄嗟に引き返して京也を引き留めようとする揚羽を実里が引っ張って逆に制止する。その間に京也のバイクは角を曲がって姿を消し、見えなくなったバイクに揚羽は口惜しそうにしながらも実里の事も考えて引き返すのを止め2人で逃げていくのだった。

 

 現場から離れる2人に対して、現場へと直行する京也。先程に比べて大分近付いたのか、聞こえてくる銃声や怒号などが大きくなる。

 そろそろ頃合いかと近くの路肩にバイクを止め、徒歩で直ぐ傍にある曲がり角から様子を伺おうとした。

 

 その時…………

 

「ぐあぁぁっ!?」

「ッ!?」

 

 突然京也が覗き込もうとした壁にライトスコープの1人が吹き飛ばされてきた。壁に叩き付けられたライトスコープは、装甲から火花を散らせ呻き声を上げながら倒れている。

 一度曲がり角の向こうに顔を引っ込めて呼吸を整えた京也がもう一度顔を覗かせると、その先ではS.B.C.T.δチームと警官だった怪物……『バットノスフェクト』が激しい戦闘を行っていた。

 

 バットノスフェクトは持ち前の飛行能力を駆使して上空から収束させた超音波による攻撃と、急降下による突撃でδチームを攻撃している。対するδチームも下から必死に銃撃で応戦するが、超音波で銃撃の軌道が分かるのか上手い事射線の間を縫って飛び回るバットノスフェクトには攻撃が当たらない。

 

 このままではじり貧となる。そう思った京也が顔を引っ込めると、彼の直ぐ傍にアルフが降り立ってきた。

 

「京也……!」

「アルフ、行くよ」

「うん」

 

 京也は懐からドクロの様なバックル『ヴァンドライバー』を腰に装着。ベルトが伸びて腰に巻き付くと、徐にアルフを抱きしめた。

 

「それじゃ、お願い」

「ん……」

 

 すぐ傍で銃声が鳴っているにも拘らず、2人は愛し合う男女がするようにお互いをしっかり抱きしめ合う。アルフは彼の首筋に顔を埋めると、肺一杯に彼の匂いを吸い込む様に息を吸った。そして満足そうに息を吐くと、剥き出しの彼の首筋を赤い舌でチロリと舐める。

 京也が首筋を舐められた事に肩を軽く跳ねさせると、アルフは薄く笑みを浮かべ次の瞬間鋭く伸びた犬歯を彼の首筋に突き立てた。

 

「う、ぐ……! ぁ……ふぅ、ぁ……!」

 

 アルフが首筋に食らい付いてるにも拘らず、京也は彼女を突き放すどころか逆に更に強く抱きしめる。痛い位抱きしめられながら、アルフは食らい付いた首筋から彼の生き血を音を立てて吸い、血を吸われている京也は目を細めて頬を上気させた。

 

「うぁ……ぁぁ……!」

 

 京也からすれば長い長い時間続いた様なその行為は、実際には数秒と経っていなかった。程無くしてアルフは彼の首筋から口を離し、口の端から垂れている彼の血の残りを親指で拭い舌で舐め取る。その一連の動きには恐ろしいまでの色気が感じられ、京也は束の間彼女の姿に見惚れていた。

 

「う、ぐ……」

 

 対するアルフは、突然口元を押さえ背中を丸め苦しむ様な姿を見せる。が、それも長くは続かず即座に顔を上げたかと思うとその口からゴボリと音を立てながら銀色の血管の様な筋が走った赤黒い棒のような物を吐き出した。口から飛び出た棒をアルフが掴んで引き抜きと、それはただの棒ではなく十字架であった。

 自分の口から飛び出た十字架を見て、アルフは小さく息を吐くとそれを京也に手渡した。

 

「京也……」

「ありがとう。じゃ、行ってくるね」

 

 アルフの口から飛び出たそれには、血と唾液がこびり付いている。だが京也はそれに対し嫌な顔をせず受け取ると、今一度彼女の事を優しく抱きしめ振り返り腰のバックルの両サイドにあるハンドルに手をかけ引っ張った。

 するとハンドルが左右に引かれる動きに連動してドクロの様な部分の口が上下に開いた。

 

 正面を見据えながらベルトのバックルを開いた京也は、手にした赤黒い十字架を()()()()()()()()()()()()で持ち正面に掲げながらその言葉を口にした。

 

「変身……!」

 

 これまでに何人もの仮面ライダー達が口にしたその言葉を告げ、所謂逆十字架の状態のそれをベルトのバックルの開いた口の中にセットする。そしてハンドルを押して口を閉じさせると、ドクロの様な部分の目の辺りが赤く輝いた。

 

〈ダイアリシス! キョウヤ!〉

 

 バックルから音声が響くと、バックルを中心に血の様な物が京也の全身を包み込んだ。血のような赤い液体は京也の全身を覆いつくし、彼の姿を全く別のものへと変えていった。

 

 鈍色のドクロの様な仮面には赤い複眼と蝙蝠の耳の様な角が生え、黒いボディースーツと鈍色の鎧で覆われた体の上に襟の高い赤黒い裾がボロボロのコートを纏っている。

 

 変身を終えた京也は、顔を上げると壁を飛び越えるようにして戦場へと降り立つ。そして視界にバットノスフェクトの姿を確認すると、全身を無数の蝙蝠へと変換しδチームに襲い掛かろうとしていたそいつの前に姿を現した。

 

「グルッ!?」

「なっ!?」

「こいつは……!」

 

 突然姿を現したその存在に、バットノスフェクトだけでなくδチームも言葉を失う。

 

 周囲からの驚愕の視線を受けながら、京也は気にすることなくバットノスフェクトに回し蹴りをお見舞いする。意表を突かれた事で反応が遅れたバットノスフェクトは、その一撃に地面に叩き付けられてしまった。

 

「ギャウッ!?」

 

 悲鳴を上げながら地面に叩き付けられたバットノスフェクトの前に、変身した京也が降り立つ。その姿を見て、レックスは彼の名を呟いた。

 

「仮面ライダー……ヴァーニィ」

「ふぅぅ…………! おぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 夜空を背に、雄叫びを上げながら突撃する仮面の戦士。それは新たな仮面ライダーの始まりを告げる鬨の声でもあった。




と言う訳で第1話でした。

すみません、本当はヴァーニィの戦闘シーンまで入れたかったんですが、テンポが悪くなりそうだったので変身と乱入までとなります。次回からヴァーニィが本格的に活躍しますので。

軽い裏話を入れますと、今回新たに登場した京也のクラスメートの2人の少女、揚羽と実里の内実里の方は最序盤で最初に犠牲になるキャラの予定でした。日常が早速崩れる象徴的な感じにしようかと思っていたのですが、構想を練っている内にちょっと待てとなって生きながらえる事となりました。

あ、それと主人公の名前ですが、最初は翔琉でしたが他の作者さんが書いてるオリライ小説の主人公と名前が丸被りしていたので変更して京也となりました。唐突な事でしたがどうかよろしくお願いします。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。