仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第31夜:カタリナの苦悩

 揚羽が突然訪問してくる事は別に今に始まった事ではない。普段も下校途中などに気まぐれにやって来ては、孤児院で子供達の相手をしてくれる事がよくあった。だが今回は少し様子が違うのをカタリナは肌で感じていた。何故なら揚羽の様子が、今までに見た事が無い位思いつめていたからである。

 

 これは何かあると察したカタリナは、揚羽を連れてチャペルへと入ると正面のステンドグラスに手短に祈りを捧げ、近くのベンチに隣り合う形で揚羽と共に腰掛けると何があったのかを訊ねた。

 

「それで……今日はどうしましたか? また、お友達と何か?」

 

 少し前に、幼馴染で親友の実里と距離が空いてしまった様な気がしたと悩みを打ち明けたばかりだった。先日実里や京也と共に来た時には、実里とも特別疎遠になっているような感じには見えなかった。だから何かあったとすればその後とカタリナは予想していた。

 

 ところが彼女の予想は斜め上の方向に裏切られる。カタリナの隣に腰掛け、珍しく俯いた揚羽が意を決して口を開くと、思いもよらない言葉を口にしたのだ。

 

「あの……えと……カタリナさんってさ……」

「はい」

「仮面ライダーで、合ってるんですよね? 皆を守ってくれる」

「ッ!」

 

 この問いにはカタリナも咄嗟に言葉を口にする事が出来なかった。先日教会にウルフノスフェクトが襲撃を掛けてきた時、揚羽達の目の前で思いっきり変身してしまった為今更誤魔化しようも無いのだが、それでも改めて指摘されると素直に認めることに躊躇してしまう。

 しかしそれが幼稚な誤魔化しである事は他ならぬカタリナ自身が理解していた。そんな悪足搔きを揚羽の前でするべきではないと思い至ると、こちらも意を決して頷き肯定した。

 

「はい。確かに私は、この教会が裏で運営している組織の仮面ライダーです。あ、この事は勿論本来は秘密ですので、周りには公言しないでくださいね?」

 

 一緒に見てしまっている京也と実里はそんなに口が軽い方ではないだろうが、日を見てあの2人にも改めて内密にしてもらうように頼みに行こうとカタリナは内心で考える。

 因みに孤児院の子供達もカタリナが変身する瞬間をしっかり見てしまっているが、口止めは寧ろそちらの方が大変であった。何しろ子供達にとっては仮面ライダーとは単純にヒーローであり、それが自分達にとっての姉や母親の代わりとなるカタリナであったと知れば興奮せずにはいられない。最終的にはここにいるみんなと自分だけの秘密と言う子供心を擽る言いくるめで秘密を守らせる事を約束させたが、それもどこまで効果があるか不安を感じずにはいられなかった。

 

 で、肝心の揚羽だが、彼女はカタリナが仮面ライダーである事を認めると僅かに目を輝かせた。だがその輝かせ方にカタリナは違和感を覚えた。子供達の目の輝かせ方を見ているから違いが分かる。今の揚羽の目の輝かせ方は単純に憧れや興奮からくる輝きではない。藁にも縋る様な、希望を見つけたと言わんばかりの輝き方である。

 

 この揚羽の様子にカタリナはますます訳が分からなくなり首を傾げる。すると次に揚羽の口から出てきたのは、カタリナにとっても驚くべき内容であった。

 

「あの、実は……助けて欲しいんです」

「何を?」

「みのりんを……京也君を……あの吸血鬼から!」

「!……詳しく話を聞かせてください」

 

 カタリナは直ぐに分かった。揚羽の言う吸血鬼とはノスフェクトの事だ。今この街で吸血鬼と呼ばれるのは、ノスフェクト以外にあり得ない。

 

 揚羽はカタリナに問い詰められると、事の経緯をぽつりぽつりと語りだした。

 

 最初は京也と仲の良い女の子だと思っていた子と出会った事……

 

 学校には来ず、だが時々休日に京也と一緒に居る事に内心で不思議に思っていた事……

 

 気付けば実里とも何だか仲良くなっていた事に、実はちょっぴり嫉妬していた事……

 

 先日教会にウルフノスフェクトが襲撃を仕掛けてきた時、突如その子がやって来て実里を連れて何処かへと行ってしまった事……

 

 そして…………

 

「私、見ちゃったんです……その子が、みのりんの腕に噛み付いて血を吸ってるところを……!」

「!? まさか、上級ノスフェクト?」

「のす、ふぇくと?」

「揚羽さんの言う吸血鬼の事です。ここ最近街を騒がせている怪物の総称ですが、強力なノスフェクトは人間の姿になる事が出来るのです」

 

 カタリナの話に揚羽は顔を青褪めさせた。当然だろう、ただの可愛い女の子だと思っていた相手が実はそんな危険な存在だと知らされたのだから。そんな相手と自分は仲良くなろうとしていた事に、揚羽は今更ながら恐怖を感じた。

 

「そ、それじゃあ、みのりんはどうなるんです? みのりんも、これまでにあの怪物に殺された人たちみたいにカラカラのミイラにされちゃうんですか!?」

「落ち着いてください。どうやら話を聞く限り、そのノスフェクトは実里さんを殺さず安定して血を得る為に利用しているように思えます。直ぐに実里さんの命が脅かされる様な事にはならないでしょう」

「ほっ……」

 

 取り合えず今すぐ実里の命がどうこうなる様な事はなさそうだと分かり、揚羽はホッと胸を撫で下ろす。実際にはそもそも何の危険も存在せず、それどころか実里はアルフと京也により守られている形なのだが、蚊帳の外に置かれている揚羽にそれを察しろと言うのは無茶な話であった。

 揚羽同様に本当の人間関係を知らないカタリナは、まさか自分の近くに上級ノスフェクトが潜んでいたなど知らなかった為焦りと困惑を感じながらも努めて冷静さを保ち、更に詳しい話を聞くべく揚羽に先を促した。

 

「揚羽さん、その実里さんから血を吸っていたノスフェクトはどのような見た目でしたか?」

「黒髪で赤い目の女の子です。歳は私と同じくらいで……あっ! 紅月君とよく一緒に居ます!」

 

 アルフについて元も重要な事、京也と共に行動する事を伝えた揚羽。それを聞いた瞬間、カタリナは脳内で素早く京也の事を思い出し彼とのこれまでの記憶を掘り返した。そして彼とアルフが共に居る瞬間を思い出し、自分も――仮面ライダーとして――アルフと出会っていた事を思い出し衝撃を受けていた。

 

(まさか、あの時の彼女がッ!? でも……)

 

 だとすれば奇妙な話だ。あの時、アルフは京也共々ノスフェクトにより傷付けられていた。上級ノスフェクトが、他のノスフェクトに傷付けられるような事があるのだろうか? 下級ノスフェクトが獲物の取り合いで争う事はあるかもしれない。しかし上級ノスフェクトが他のノスフェクトに傷付けられるというのは、何だか違和感を感じずにはいられなかった。

 

 この時点でカタリナは揚羽の話が物事の一面からだけのものである事に気付く。もしかすると真相は別にあるのかもしれない。

 

 取り合えず、何にしても揚羽はこれ以上深入りさせるべきではない。アルフが本当に危険なのかどうかは分からないが、揚羽が刺激する事で何かしらの問題が起こる可能性はあった。何より今揚羽は怯えている。恐怖は人から冷静な判断力を奪い、時に誤った選択肢を選ばせてしまう。特に若い揚羽はその危険が高い。これ以上彼女を深入りさせるべきではないと、カタリナは彼女を宥めるべく優しく語り掛けた。

 

「いいですか揚羽さん、よく聞いてください」

「は、はい?」

「あなたはこれ以上深入りしてはいけません。この事は私が対処します。あなたは今まで通り、実里さんや京也さんと接してください。いいですね?」

「で、でも……!」

 

 そんな事言われたって難しい。直ぐ傍に危険が存在するというのに、それに気付かない振りをしろなど年頃の少女に求められたって困る。

 揚羽の困惑も理解できるのか、カタリナは小さく息を吐くと彼女の肩を優しく掴み正面から目を合わせて優しく話し掛けた。

 

「大丈夫です。話を聞く限り、実里さんの血を吸ったノスフェクトは他のノスフェクトに比べて必要以上に騒ぎを起こす様な輩ではないようです。それに、何か事情があるのかもしれません」

「事情?」

「はい。実は私も一度、そのノスフェクトを見た事があります。私が見た所、彼女は京也君をとても大事にしているようです。少なくとも人間と見れば即襲うような凶暴性はないと見て間違いありません。ですから揚羽さんも落ち着いて、下手に刺激したりしないようにしてください。分かりましたか?」

 

 念を押す様に問われれば、揚羽としても頷かずにはいられなかった。何より相手はこの手の話の専門家、素人の自分がグダグダと食い下がっても邪魔にしかならないだろう。

 しかし頭では理解できても、心は納得できていなかった。心に広がるモヤモヤとした気持ちに不安と焦り、苛立ちが混じった顔になり声にならない呻き声を上げる。

 

 そんな彼女の葛藤に気付いたカタリナは、悩める若者の姿に小さく笑みを浮かべると抱き寄せてその豊満な胸で彼女の頭を受け止め優しく抱きしめた。

 

「わぷっ! カ、カタリナさん?」

 

 顔を埋め尽くす豊満な胸の温もりと柔らかさに目を白黒させながら目線を上にあげてカタリナの事を見れば、彼女は慈愛に満ちた顔で揚羽の事を見ながら何度も頭を撫でていた。

 

「大丈夫、心配しないでください。例え何があろうと、実里さんの事は私が守ります。勿論、揚羽さんも京也さんの事もです。だから安心してください。ね?」

「は、はい……」

 

 揚羽はカタリナの言葉に心此処に在らずと言った様子で答えるしか出来なかった。普段から大きい大きいと思っていたカタリナの巨乳に包まれ、その温もりと仄かに感じる甘い香りに無条件で安心感を感じて居たからだ。何だか母親に優しく抱きしめられているような感覚に、気付けば揚羽はそのままカタリナに身を委ねてしまっていた。心地良さにそのまま目を瞑って寝てしまいそうになる。

 

 揚羽が落ち着いたのを見て、カタリナは安堵の息を吐くと彼女を解放した。カタリナが離れると、心地よかった感触が離れた事に揚羽は名残惜しそうな声を思わず挙げてしまう。

 

「ぁ……」

「もう、大丈夫ですか?」

「え? あ、はい……ありがとうございます」

 

 らしくなく自分がカタリナに甘えてしまっていた事に気恥ずかしくなり、揚羽はちょっと顔を赤くしながら俯いた。そんな彼女の頭をカタリナは微笑みながら撫でた。

 

「むぅ~、カタリナさん、私そんなに子供じゃないですよ」

「フフッ、ごめんなさい。さ、何時までもこうしてはいられません。私もそろそろ仕事に戻らないと」

 

 時計を見ればそれなりに時間が経っているのが分かる。これ以上長くカタリナを拘束する訳にはいかないと、揚羽はベンチから立ち上がり、話を聞いてくれたカタリナに頭を下げた。

 

「カタリナさん、ありがとうございました。京也君と、みのりんの事……お願いします!」

 

 必死さを感じさせる揚羽の願いに、カタリナは自身の中にある迷いを押し殺しながら頷き答えた。

 

「はい。大丈夫、彼らの事も、揚羽さんの事も、守ってみせますから」

 

 信頼するカタリナの言葉に揚羽は安心したように頷き、もう一度頭を下げると教会を後にした。今日は孤児院の方には顔を出さないらしい。まぁあんな話をして、カタリナが請け負ってくれたとは言え不安を抱えたままでは子供達の前に顔を出す気にもなれないだろう。カタリナはそんな揚羽の内心を察し、去っていく彼女を静かに見送った。

 

 揚羽の姿が見えなくなると、カタリナはそれまで浮かべていた笑みを引っ込め真剣な顔でこれからの事について考えた。何と言っても重要なのは、京也が上級ノスフェクトと行動を共にしている事だ。

 

(どうしたものですか……いきなり京也さんのお宅に訪問するのは流石に性急な気もしますが、しかし……)

 

 カタリナと京也の関係は、揚羽とのそれと比べるとそこまで親しいとは言えなかった。少なくとも気軽にお宅訪問をするような間柄ではなく、そんな自分がいきなり彼の家を訊ねるのは違和感しかないだろう。とは言え、だからと言って修道騎士としてノスフェクトの存在を放置するのも……

 

「ん~~……」

「よっ、カタリナ。また眉間に皺寄せてるわね~?」

「んんっ!?」

 

 出し抜けに背後から近付いてきたルクスが、下から持ち上げる様にカタリナの乳房を揉み始めた。相変わらずこういう時だけは信じられないような隠形を見せ、カタリナでもその接近に気付く事は出来なかった。まんまと背後に回られ、好き勝手に胸を弄ばれる感触にカタリナはくすぐったさを感じつつ振り返りルクスに手を離すよう告げた。

 

「ルクスさん、この手を放していただけませんか?」

「え~? もうちょっと、もうちょっとやらせてよ、減るもんじゃないし」

「減る減らないの問題ではなくてですね……」

「いいな~いいな~、こんなに立派なモノ持って。こうすれば私も少しは肖れないかな~」

 

 自分にはない巨乳への羨望を隠しもせずルクスはシスター服越しにも分かる乳房の柔らかさを堪能するように指を沈める。揉み解そうとするかのようなルクスの手の動きに、カタリナは手を手刀の形にすると目にも留まらない素早さで手を振り下ろし自分の胸を弄ぶ不届き者の脳天に手刀を叩きつけた。

 

「んぐぁっ!? ッッッッ、つぅ~……」

 

 脳天から体が真っ二つに割れるかと思う程の衝撃に、流石にそれ以上カタリナの胸を弄んでいられなくなりルクスは頭を押さえてその場に蹲る。今日はちょっと何時もより威力が高い様な気がして、ちょっぴり恨めしそうに上を見上げると静かに見下ろしてくるカタリナと目が合った。特別冷めているとかそう言う感じの視線ではないのだが、彼女にそんな風に見下ろされると何だか居た堪れない気持ちになって来る。

 

 気付けばルクスはそのまま頭を下げていた。

 

「ご、ごめんなさい……ちょっと調子に乗りました」

 

 素直に謝罪されれば、それ以上責めるつもりも無いのかカタリナは小さく息を吐くとそのままルクスの手を取り立ち上がらせた。

 

「全く……懲りませんね?」

「こればっかりはね、止められないわ」

「止めてください。愉快なものではないんですから」

「私は愉快よ」

「もう一発喰らいますか?」

「ごめんなさい」

 

 相も変わらずなルクスの様子に、カタリナは束の間悩みも忘れて肩から力が抜けた。彼女の表情が和らいだのを見て、ルクスが安心したように息を吐いていると何やら教会の方が俄かに騒がしくなっているのに気付いた。

 

「ん? 何だろ? 何か騒がしくない?」

「え? そう言えば……」

 

 一体何が起こったのかと2人が顔を見合わせながら教会の中へと入っていくと、そこではエリーが他の修道騎士に指示を出している光景があった。見ればエリーの周りには修道騎士が変身した仮面ライダーイジター達の姿もある。

 その光景にカタリナは違和感を覚えた。

 

「彼らは、一体何が……?」

 

 イジター自体はそこまで違和感を感じるものではない。修道騎士団の正式装備となったイジターは、変身に際してそこまで負担が掛かったりするものではない為平時でも即応性を優先して変身状態で行動する者も居る。だがカタリナが首を傾げたのはそこではない。

 イジターの何人かには、明らかに戦闘を行ったばかりと言った者の姿もあったのだ。

 

 その光景を見た瞬間、カタリナはルクスが止める間もなくエリーの方へと向かい何があったのか問い質した。

 

「エリーさん!」

「あっ! ちょ、カタリナ、待っ……!」

「おや? カタリナさん♪ ルクスさんもご一緒の様で、どうしました?」

 

 カタリナに気付いたエリーは見るからに表情を輝かせた。相変わらずなその様子に傍から見ていたルクスが内心でうげぇと顔を顰めている横で、カタリナは構わず傷付いた騎士達の方を見ながら口を開いた。

 

「一体何があったのです? ノスフェクトの襲撃ですか?」

 

 真っ先に考えられるのはそれだった。というか他の事はあまり考えたくはない。人々を守る教会の騎士が、化け物以外に刃を向けたなど……

 しかし彼女の願いは狂気を滲ませるエリーの笑みと共に砕かれた。

 

「えぇ、我々を嗅ぎ回ろうとしていた鼠が居ましたのでそれの処分に向かったところ抵抗されまして。大丈夫です、死んだ者は誰も居ませんから」

「大事が無いようなら幸いですが……でも、鼠?」

「まさかとは思うけど、S.B.C.T.の事言ってんじゃないでしょうね?」

「ッ!?」

 

 エリーが口にする鼠と言う単語にカタリナが嫌な予感を感じていると、敢えて考えないようにしていた可能性をルクスが明確にしてしまった。先日の戦いで、修道騎士団はS.B.C.T.の仮面ライダーであるグラスといざこざを起こしている。いや、それだけではない。それ以前にも止むを得なかったとは言えカタリナ自身もS.B.C.T.とは問題を起こしている。当時はノスフェクトの仲間と決めつけてヴァーニィを討ち取る事に拘ってしまい、その邪魔をするS.B.C.T.δチームを半壊に追い込んでしまった。そんな自分が、エリーに何かを言う事は出来ないと喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。

 

 だがそんな彼女の目にとんでもない光景が飛び込んできた。気絶して脱力したユーリエがイジターの1人に荷物の様に担がれて運ばれていったのだ。これには流石に黙ってはいられず、カタリナは気絶したユーリエに駆け寄ろうとした。

 エリーはそんな彼女を抱きしめる様に取り押さえ、ユーリエが運ばれるのを邪魔されるのを防いだ。

 

「ユーリエさんッ!?」

「おっと、ダメですよカタリナさん。あなたがあんな鼠に近付いては」

「鼠? だって、彼女は……」

「彼女もS.B.C.T.の関係者にして異端者、元傘木社の研究員だったそうです。色々と情報を引き出す価値は十分にあります。大丈夫、必要な情報は全部引き出して、最後はきっちり処分しておきますので」

 

 嬉々とした様子でそう告げるエリーにカタリナは顔を青褪めさせ、ルクスは反吐が出ると言いたげに小さく舌打ちをした。要するに拷問をして情報を吐かせ、用が済んだら殺すという事である。ルクスはそこまででもないが、カタリナは孤児院の子供達の面倒を見に来てくれるという事でユーリエとも親交がある。

 そんな彼女が例えS.B.C.T.の関係者であるとは言え、酷い拷問に掛けられ殺される等納得できる話ではなかった。

 

「待ってくださいッ! 彼女は確かにS.B.C.T.の関係者かもしれません。でも、あまり手荒な事は……!」

 

 

 

 

「騒がしいな」

 

 

 

 

 

 カタリナがエリーに詰め寄ろうとしていると、横から1人の男性が口を挟んできた。剣呑な雰囲気を纏った、まるで抜き身の刃の様なその男性が歩くと周囲の騎士は慌てて道を譲り恭しく頭を下げる。その様子からは明らかにその男性に対する畏怖と、中には尊敬の念も感じ取る事が出来た。

 突如響いた男性の声にカタリナ達もそちらを見て、彼の姿を確認すると姿勢を正した。

 

「ア、アスペン神父……!」

 

 この男性の名前はアスペン。教会の神父であり、修道騎士団の上級騎士。その実力はカタリナに匹敵すると言われているが、それに匹敵するのは高い信仰心であった。信仰心の高さはカタリナも大概ではあるが、彼は神の名の下に化け物だけでなく異教徒を始末する事に躊躇が無い。躊躇いが無い分、カタリナと比べて攻撃に容赦がなく苛烈で場合によっては彼女以上に力を発揮した。

 

 そんな神父が目の前に居る事に、そして信心深く容赦がない彼の存在にカタリナは運ばれていくユーリエをチラチラと見ながら顔を上げ物申した。

 

「あの、アスペン神父! 彼女の、ユーリエさんの事ですが……」

「それなら既にエリーに指示を出している。あの女の持つ情報は貴重だ、必要な情報を全て引き出せと」

 

 アスペン神父はカタリナと同じ上級騎士だが、立場は彼の方が上でありカタリナ達も彼の言葉に逆らう事は難しい。それでもカタリナは恐れず進言する事を止めなかった。このままではユーリエが拷問に掛けられた挙句殺されてしまう。いや、殺される前に死んでしまうかもしれない。狂信者と言えるエリーの拷問は死んだほうがマシと言う程であり、これまでに何人もの人々が彼女の毒牙に掛かり命を落としてきた。

 

 この決定に対し、カタリナは徹底的に抗議しようとした。彼女はそんな事をされる様な女性ではない、彼女は子供達にも優しく接する事の出来る女性だと。懺悔室でカタリナに過去の罪を悔いている事も明かし、少しでも償いが出来る様にと今の仕事をしているとも言っていた。

 確かに異教徒ではあるかもしれない、しかし彼女達が信仰する神は本当に異教徒を痛めつけることを望んでいるのだろうか。カタリナはそれが疑問に思えてならず、不要な非道は逆に主を苦しめることになるのではと言う危惧も抱いていた。

 

「待ってください神父様ッ!? 彼女は、ユーリエさんは確かに過去に罪を犯しています。私はそれを彼女自身から聞きました! ですが懺悔は済み、彼女は心を入れ替え善行に勤しんでいますッ! 不要な拷問はどうか考え直してくださいッ!」

 

 必死にユーリエを見逃してもらおうとするカタリナであったが、ルクスはそんな彼女の肩を掴んで引き寄せた。一縷の望みに掛けてユーリエを許してもらおうと懇願するカタリナに対し、ルクスはアスペン神父やエリーの為人を知っている為何を言っても無駄だと分かっているからだ。

 勿論引き留められてカタリナは彼女に反発した。

 

「ルクスさん、何故ッ!?」

「無駄よ。アンタだって分かってるでしょ?」

「ッ!?」

 

 ルクスの言う通りだった。カタリナもそうだが、アスペン神父とエリーの信仰心は篤い。それこそ神の名の下であればどんな非道も正当化されると考えるくらいには。その信仰心により、何人もの人々が悲惨な目に遭ってきた事をカタリナは知っている。そんな者達の中には、本当に何の罪もない者も含まれていた事もだ。

 知っていながら、自分は彼ら彼女らを助ける事が出来なかった。カタリナは未だにその事を覚えており、嘆き、犠牲となった者達の名前を胸に刻み毎日彼らの死後の安らぎを願っての祈りを欠かしたことはない。

 

 今回も同じだ。止める事は出来ず、ユーリエが連れていかれるのをただ見ているしか出来ない。

 

 無力な己の罪を悔い、カタリナは俯き方を震わせ爪が食い込むほど拳を握り締める。ルクスは自責の念に駆られる友の肩を優しく抱きながら、運ばれるユーリエの姿を憐れみと共に見送るのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方、ユーリエが連れ去られた事にS.B.C.T.は当然だが騒ぎになっていた。警戒していた集団に、よりにもよってこちらの研究者を攫われたのだ。ノスフェクトを敵視している集団に、嘗てノスフェクトの研究に携わっていたユーリエが攫われる。偶然の事とは思えない。何らかの形で彼女が嘗て傘木社でノスフェクトに関わっていた事が知られ、それを狙って攫われたに違いなかった。

 

 この事態にリリィは自分を責めた。恐らくユーリエが狙われたのは自分が原因だ。彼女は孤児院の中で、ユーリエと過去の事を話してしまった。その時周囲にはカタリナも含めて聞き耳を立てている者は居ないと思っていたのだが、今になって考えれば迂闊だったろう。孤児院は教会の一部であり、その教会があの集団と繋がっているのであれば建物の内部に侵入者対策で隠しカメラや盗聴器の類があってもおかしくない。その盗聴器に2人の会話が聞かれ、リリィが教会を探ろうとしている事とユーリエが嘗て傘木社に所属していたことがバレてしまったのだ。

 

 レックスに救助された後、リリィは傷の手当てもそこそこに必死になって情報をかき集めユーリエの行方と救出の為の準備に追われていた。

 その姿は鬼気迫るものを感じさせ、アイリスとコレットの2人は気迫に圧倒されながらも明らかに無理をしている彼女を宥めようとしていた。

 

「リ、リリィ落ち着いて。ね?」

「まだ本調子じゃない筈よ? 気持ちは分かるけど、そんな状態じゃ十分な仕事なんて出来ないわ。今は休んだ方が……」

「そんな事言ってられないわ」

 

 2人からの言葉にリリィは早口で返し、視線は目の前のモニターから片時も離す事はなかった。手元は忙しなくキーボードを叩き、視線がモニターと手元を何度も往復している。

 

 あの時、連中はユーリエだけでなくリリィの事も連れ去ろうとした。その時取り押さえられ、そこで彼女は連中の危険性を理解した。奴らは嘗ての傘木社の連中と同じだ。自分達の信じるものの為であれば何処までも残酷になれ、その名の下に横暴に振る舞う事に躊躇しない。己の欲望を他者にぶつける事に何の罪悪感も抱かない連中なのだ。もしレックスが間に合わずそのまま連れ去られていたら、どんな目に遭っていたかなど考えたくもない。死んだほうがマシと思えるような悲惨な目に遭っていた可能性もあった。

 

 そんな連中にユーリエが連れていかれた。今頃彼女がどんな目に遭っているか、それを思うとリリィは少しもジッとしてはいられなかった。

 

(待っててユーリエ! 絶対、絶対助けるから……!)




と言う訳で第31話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回もよろしくお願いします!それでは。
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