仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第32夜:初恋の邪魔者

 教会がウルフノスフェクトとタイガーノスフェクトに襲撃された日から早くも三日。その間、ノスフェクトは不気味なくらい大人しかった。実里の存在を知り、ヴラド復活の為に良質な稀血を多く求めている筈なのにである。

 

 これが何かの準備段階なのか、それとも単純に戦力を増した教会を警戒して活動を控えているのかは分からない。しかし少なくともアルフが感知できるほどの力を使っているノスフェクトが現れていない事は確かであった。

 とは言え京也は警戒を怠る事はしなかった。或いはこの静けさこそが敵の狙いであり、こちらが油断したところを狙っている可能性もあるのだから。

 

 そんな訳でこの日も京也は帰りを実里と共にし、彼女を家に送り届けてから帰宅への家路につく一日を送っていたのだが、この三日間気になる事が一つあった。

 揚羽が何かにつけてついてくるのである。

 

「でさでさ? この間ね――」

 

 今も歩きながら実里と他愛のない雑談に花を咲かせている。それだけならまぁ別に構わないのだが、気になる事があるとすれば彼女の立ち位置だろうか。前までであれば実里と隣り合っていた筈が、今は京也を実里との間に挟むような形で歩いている。傍から見れば京也が両手に花で歩いているように見え、京也は何だか周囲からの視線が気になってしまっていた。

 

 流石に気になったので、京也は思い切って揚羽に訊ねてみた。

 

「えっと、磯部さん?」

「ん? な~に?」

「何か……最近変じゃないかな?」

「変って、何が?」

「何がって、その……」

 

 話し掛けてはみたものの、何と訊ねればいいかで京也は悩んでしまった。自分を間に挟む様に実里と距離を取っている様にも見えるのだが、それにしては実里への接し方自体は変わっていない。普通に笑い合って今も雑談に興じていた。実里からも揚羽と関係が悪くなったというような話も聞かなかった。

 どうしたものかと逆に閉口してしまった京也。するとそれを見兼ねてか、実里が彼に代わってここ最近揚羽に感じている違和感を口にしてくれた。

 

「揚羽、最近何で部活の助っ人やらないの? ここの所毎日ウチらと一緒じゃん?」

 

 そう、揚羽はこの数日他の友人からの部活の助っ人要請を断って、京也達と一緒に帰宅していたのだ。今までにはあまり見られなかった事なので、断られた方の揚羽の友人は揃って珍しい事もあると目を丸くしていた。

 そこを指摘されると、一瞬揚羽が身を固くしたのを実里は見逃さなかった。そして先程までの様子は何処へやら、明らかに動揺した様子で何とか言葉を絞り出そうとしていた。

 

「あ、えっとね……その……違うんだよ。私は、えっと……」

 

 今度は揚羽の方が言葉に詰まってしまった。揚羽の目からは京也と実里の2人がアルフに操られている状態だ。そんな2人に素直にアルフの危険性を説くような事をすれば、逆に自分が厄介者として最悪排除されてしまう。その恐怖を隠しながら何時も通りに接するように心掛けてきたのだが、こうして指摘されるとそのメッキも途端に剥がれて内に秘めていた恐怖心が顔を出す。

 何とかしてこの場を誤魔化す事は出来ないかと揚羽が悩んでいると、向かい側からアルフがやって来た。外に出ても違和感のない服装をした彼女は、帽子で出来る限り日差しから身を守りながらも京也の姿を確認すると嬉しそうに笑って近寄ってきた。

 

「京也ッ!」

「アルフ! 迎えに来てくれたの?」

「うん!」

 

 尻尾があれば千切れそうなほど振っているだろうという程に嬉しさを隠しもせず京也に近付いてきた。そしてそのままの勢いで京也に抱き着き、猫が甘える様に頬擦りしようとした。

 ところがその瞬間、揚羽が彼の腕を引っ張りアルフから引き剥がしていた。突然の事に引っ張られた京也と彼から引き離されたアルフは勿論、傍から見ていた実里ですらも驚きに目を丸くしている。

 

「い、磯部さん?」

「ど、どしたの揚羽?」

「う、あ……!」

 

 やってしまった後になって揚羽は顔に焦りを浮かべた。今のは本当に考えてやった訳ではなく、アルフが京也に抱き着いたのを見た瞬間咄嗟に体が動いてしまったのだ。これ以上2人を触れ合わせてはいけないと思ったのか、気付けば京也を引き寄せ逆に自分が彼を抱きしめる様にしながらアルフの事を睨んでいた。実里の声を聞いて我に返った揚羽は、今になって自分がかなりマズい事をしてしまったと焦った。

 揚羽としてはアルフに不審に思われないように京也と実里を見守るつもりだったのに、気付けば思い切った行動をしてしまった。これでは逆にアルフに警戒されてしまう。

 

 そうは思っても、体はそれに反して京也の事を抱きしめてしまい、更に2人は体を密着させる。着痩せする揚羽の制服に包まれた柔らかな体の感触に京也が頬を赤く染めると、それを見てアルフが嫉妬に眉間に皺をよせ揚羽から京也を取り戻そうとするように揚羽が掴んでいるのとは反対の腕を掴んで自分の方に引き寄せようとした。

 

「むぅ……!」

「あ、わっ!? ちょ、アルフ? 磯部さんも、ちょと待って……!」

 

 京也は焦った。右腕をアルフ、左腕を揚羽にそれぞれ抱きしめる様に掴まれ引っ張られている。アルフは勿論だが、実里も制服の下には程良く発育した健康的な肉体を秘めている為、抱きしめられると外見以上の柔らかさを感じてしまう。普段からスキンシップが激しいアルフに引っ付かれている為女体の柔らかさは馴染みがあるが、馴染みがある事と冷静さを保てるかどうかは別問題。しかも密着された事で2人の体臭が直に感じられ、それが京也の本能を刺激し興奮を後押ししていた。

 

「あ、あわわ……!?」

「むむむ……」

「うぅ~……」

「え、え~っと……?」

 

 焦る京也に、彼を挟んで睨み合うアルフと揚羽。実里はその状況に、どうしたものかと3人の顔を順番に見比べた。

 すると不意に実里と京也の目が合った。彼はこの状況でまだ一応冷静さを保った様子の実里に、視線だけで助けを求めた。声を発しないのは、何だか迂闊に2人を刺激してしまいそうな気がしたからである。

 

(す、須藤さん何とかしてッ!?)

(な、何とかって言われても……)

 

 京也の視線に実里も彼の考えている事を察するが、さてどうしたものか。と言うか、実里にとっても今の揚羽の行動は予想外であった。今の揚羽の姿は、傍から見ればどう考えてもアルフと京也を取り合っている様にしか見えない。恋愛に関しては幼稚園小学生レベルの認識しかしていなさそうな、あの揚羽がである。

 何だか珍しいものを見ているような気になって、もう少しこの状況を眺めていたいと言う誘惑に駆られそうになった。だがそれだと京也がこの状況で放置される事になり、それはそれで彼が可哀想だと実里は誘惑に負けそうになった自分を諫めるととりあえず揚羽を京也から引き剥がした。

 

「はいはい、揚羽。紅月君が可哀想だから、とりあえずこっちおいで」

「あっ、あぁ~! み、みのりんちょっと待って!」

 

 京也から引き剥がされて名残惜しそうに手を伸ばす揚羽だったが、実里が相手だと本気で抵抗出来ないのかズルズルと引き摺られていく。そして揚羽が離れると、この瞬間を逃すまいとアルフが揚羽から京也を守る様に彼の事を抱きしめた。京也は自分の物だと言う事を知らしめるようなアルフの行動に、揚羽は怒り・嫉妬・絶望が入り混じった目を向けながら実里に近くの角の向こうへと引っ張られていく。

 

 そして実里は、京也とアルフから離れると思い切って揚羽に聞いてみた。

 

「ねぇ揚羽? もしかしてだけど、揚羽って紅月君の事好きなの?」

「うぇっ!? す、好き、て……」

「じゃあハッキリ聞くね? 揚羽って、紅月君に恋してるの?」

 

 そう実里に問われて、最初揚羽は反応しなかった。まるで時間が止まったかのようにその場で固まり、そしてたっぷり数秒過ぎてから一気に顔を赤くして頭から湯気を立てた。ポンと何かが弾ける音が聞こえそうなほど見事な顔の変色っぷりに、実里もちょっぴり驚き体を仰け反らせる。

 

「こ、ここここここ、恋! 恋って、みっみみみ、みのりん!」

「はいはいはい、落ち着きなって。とりあえず深呼吸して。はい、息吸って~」

「すぅ~……」

「吐いて~」

「はぁ~……」

 

 揚羽を落ち着かせながら、実里は温かな目を彼女に向けていた。まさかあの揚羽が恋愛に目覚めるとは思っていなかったのだ。先を越されたような気もするが、それ以上に微笑ましい。何しろ揚羽ときたら、昔から実里にべったりだったのだ。友達を作るのが得意なので実里以外にも親しい者は居る揚羽だが、それでも何だかんだで最終的には実里の傍に戻って来る。それはそれで心地がいいのだが、同時に何時までも自分に依存していてはいけないだろうと言う気持ちもあった。揚羽も何時かは自分と別の道を歩む。その時に自分の存在が枷になってしまわないかと心配していたのだが、こうして自分以外に想いを向ける事が出来るのなら安心できる。

 

 ただ惜しむらくはその恋愛対象がよりにもよって京也と言う事か。既にアルフが居て、互いを想い合っているのが分かる2人を引き離すのは不可能だろう。つまり、揚羽の初恋は叶う事はない。

 

 親友の初恋を応援したいと言う気持ちはあるが、同時に京也とアルフの関係を崩したくないと言う気持ちもある実里としてはとても複雑な心境であった。

 

「ねぇ揚羽? 落ち着いて考えて」

「う、うん……」

「揚羽が何時から紅月君の事を好きになったのかは聞かないけど、ハッキリ言うよ。紅月君はもうアルフちゃんの事が好きなの。それは見てれば分かるでしょ?」

「!?」

 

 目を背けたい事実を突き付けられ、揚羽が呼吸を止める。衝撃を受けた親友の姿に胸を痛めながら、これも揚羽の為と自分に言い聞かせ実里は言葉を続けた。

 

「私も揚羽を応援してあげたいけれど、こればっかりは諦めた方が良いと思う。ウチ、揚羽が自分の気持ちを優先させすぎて紅月君に嫌われる様な事になってほしくないよ」

 

 実里の説得に、揚羽がふら付きながら背中を壁に預けた。痛々しさすら感じさせるその姿に、実里は罪悪感を感じながらも揚羽を優しく抱きしめ落ち着かせようとした。

 

 だが揚羽は、そんな実里の手を思わず振り払った。

 

「ッ!?」

「あ、揚羽……?」

 

 何やら揚羽の様子がおかしい。そう感じた実里が覗き込む様に彼女の顔を見れば、揚羽は何処か怯えを含んだ表情で実里の事を見ていた。

 

「違う……違うのみのりん……」

「違う? 何が?」

「それだけじゃない……そうじゃないんだよ……」

「どういう事? ねぇ揚羽、何が――」

 

 何が彼女をこんなに怯えさせ困惑させているのかが分からず、実里は彼女を出来るだけ刺激しないように手を伸ばそうとした。

 

 そんな2人を、離れた所から見つけた者が居た。人間の姿をしたウルフノスフェクトことヴォーダンである。

 

 ペスター博士と合流し、支援体制が整った事で以前に比べてヴラドに献上する血液の収集も容易になった。何しろ博士が裏ルートで医療機関に掛け合い、稀血の全血製剤を入手すればいいだけなのだから。

 それでもヴォーダン達は街に出て血を集める事を止めなかった。確かに血の収集は容易になったし、ヴォーダン達も事を荒立てず嗜好品感覚で血を飲めるようになった。だがそれでも、狩猟本能とでも言えば良いのだろうか。与えられた血だけで満足出来てしまう程、彼らは穏やかではなかった。

 何より、全血製剤と生き血では鮮度が違うのか、彼らは輸血パックのそれより人間に直接牙を突き立て血を啜る事を好んだ。ヴォーダンは特にその傾向が強い。

 

 そんな彼が新たな獲物を求めていた時に見つけたのが実里と揚羽であった。実里が稀血持ちである事を真っ先に突き止めていた彼は、見つけた実里の姿に口内に涎が溢れてくるのを感じ舌なめずりをした。

 

「お、アイツ……! へへっ、今日はツいてるぜ!」

 

 見つけるが早いか、ヴォーダンは2人に近付くとこちらに背を向けている揚羽を裏拳で殴り飛ばして道の脇に退けた。

 

「きゃぁぁっ!?」

「揚羽ッ!? ちょ、あんた何やって……!」

 

 突然近付いてきたかと思ったら、揚羽を殴り飛ばした男に実里は恐怖と怒りを同時に感じて倒れた揚羽に駆け寄りながら睨み付ける。殴り飛ばされて倒れた拍子に頭を打ったのか、揚羽は気を失ってしまっていた。実里は動かない揚羽を優しく抱き起こし、物言わぬ親友に必死に声を掛けた。

 

「揚羽? ねぇ揚羽! しっかりして!」

「ぅ、ぅぅ……」

 

 実里の声に、揚羽は小さく呻くだけで応えない。脳震盪でも起こしているのか、完全に気を失ってしまっていた。

 

 ヴォーダンに殴り飛ばされた際の揚羽の悲鳴と、気絶した彼女に呼び掛ける実里の悲痛な声は京也達の耳にも入っていた。何か異変が起こったのだと察した2人が角を曲がると、そこで2人もヴォーダンの姿を見つけた。

 

「須藤さん、どうしたの!」

「ッ!? 京也、上級ノスフェクトッ!」

「え? あっ!」

「おっと、お前らも一緒だったか。へへっ、丁度いい……!」

 

 ここであったが百年目。これまでに飲まされた煮え湯や、一度は殺された恨みを晴らすべくヴォーダンはノスフェクトの姿となった。その姿に実里は戦き気絶した揚羽を引き摺ってその場から離れようとする。

 

「こ、コイツって……!?」

「くそ、またお前かッ! アルフッ!」

「うん!」

 

 京也は早速ヴァーニィに変身してウルフノスフェクトを迎え撃とうとした。だがそれを許すほど、相手は暢気してはいなかった。京也が腰にヴァンドライバーを装着しアルフが彼の首筋に牙を突き立て血を啜ろうとした、その瞬間ウルフノスフェクトが2人の間に割って入る様に襲い掛かった。

 

「させるかぁッ!」

「うわっ!?」

「くっ!?」

 

 飛び掛かって来たウルフノスフェクトに、2人は左右に分かれる事で難を逃れた。

 

 最初の攻撃は失敗に終わったが、ウルフノスフェクトとしてはこれで十分な成果であった。まず彼が狙ったのは2人を分断する事。これまでの戦いで、彼はヴァーニィの最大の弱点が変身に際して2人が揃う事である事を理解していた。

 そして分断してからの判断も的確であった。彼はそのままアルフを集中して狙い始めたのである。

 

「はっはぁっ!」

「うわっ!?」

「アルフッ!」

 

 ウルフノスフェクトが振るう爪でアルフの衣服がその下の皮膚ごと切り裂かれる。致命傷にこそならないが、次々に振るわれる爪で見る見るうちにアルフはボロボロになっていき、服の下に隠されていた白磁の様な肌に赤い線が刻まれいた。

 

「オラァッ!」

「あぁぁぁっ!?」

「止めろぉっ!」

 

 アルフがウルフノスフェクトの詰めで胴を大きく切り裂かれる。その姿に京也は激昂して生身でありながらウルフノスフェクトに飛び掛かった。当然非力な人間の姿では勿論満足に対応する事は出来ず簡単に振り払われてしまう。だが京也は諦める事をせず、何度も飛び掛かってはウルフノスフェクトの意識をアルフから反らそうとした。

 

 その彼の健闘とこの隙に揚羽を引き摺ってアルフの元へと向かった実里の手を借りて、アルフは一旦ウルフノスフェクトから距離を取る事が出来た。この隙に、実里は自分の血をアルフに飲ませて京也をヴァーニィに変身できるようにした。

 

「アルフちゃん、早くッ!」

「んッ!」

 

 実里が襟元を広げてアルフが首筋に噛み付きやすいようにした。アルフは小さく頷いて答えると、早速噛み付き牙を突き立てて実里から血を吸いだした。

 

「んくぁっ! あ、あぁ……う、ぁぁぁ……!」

「んく、んく……プハッ」

 

 アルフにとっても稀血は極上の美酒に等しい。本来であればもっと味わって飲みたいところだったが、今はそんな余裕は無い為アルフは急いで血を吸いあげてクロスブラッドを生成した。かなりの勢いで血を吸いあげられたからか、アルフが口を離すと実里は貧血を起こしたようにふら付き倒れそうになる。アルフはそんな彼女を支えて優しく壁に寄りかからせると、口から飛び出たクロスブラッドを京也に向け放り投げた。

 

「京也ッ!」

「ッ! くっ!」

「させるかッ!」

 

 アルフの声に振り向いた京也が飛んでくるクロスブラッドに手を伸ばす。ウルフノスフェクトはそれをさせないようにと、爪の生えた手でクロスブラッドを横取りしようとした。スタート地点がほぼ同じで、生物としてのスペックの違いが諸に出たからかウルフノスフェクトの方が先にクロスブラッドに手が届きそうになってしまう。

 

 しかしウルフノスフェクトがクロスブラッドを手にする事は無かった。アルフはウルフノスフェクトが動き出した瞬間、右手に力を込め血を纏わせるとその手を振るい血をウルフノスフェクトに向けて飛ばしたのだ。

 飛ばされた血は一瞬で凝固し、無数の投げナイフの様になってウルフノスフェクトに殺到する。次々と飛んでくる鋭利な刃となった血が強靭な体毛ごとウルフノスフェクトの体を切り裂いていく。

 

「ぐぉぉっ!? この、アマぁっ!」

 

 自慢の体毛をいとも容易く切り裂かれた事に驚きながらも、邪魔をされた事に激昂するウルフノスフェクト。腹いせに大きく口を開けて遠吠えと共に衝撃波をアルフに向けて放ち吹き飛ばそうとするが、それよりも早くにクロスブラッドを手にした京也がヴァーニィに変身し立ち塞がる方が早かった。

 

「変身ッ!」

〈ダイシリアス! ミノリ! オーバートランスフュージョン!〉

 

 京也はブラッディ・ヴァーニィに変身すると、ウルフノスフェクトの前に立ち塞がり放たれた衝撃波をクロスさせた両腕の前に凝固した血の障壁を展開させて防ぐ。結晶の様になった血の壁はウルフノスフェクトの攻撃を完全に防ぎきり、その際に砕けた血の結晶を逆にウルフノスフェクトに向け飛ばして反撃する。

 

「喰らえッ!」

「くそっ!?」

 

 次々と飛ばされる血の刃は、アルフのそれと同様ウルフノスフェクトの体を体毛も関係なく切り裂いた。自分の防御力が完全に負けている事に、ウルフノスフェクトは動揺を隠す事が出来なかった。

 

(ば、馬鹿な……!? 何だコイツ、何だこれはッ!? 俺が、この俺が、こんなガキと()()()()()()にッ!?)

 

 信じ難い事実に、ウルフノスフェクトはプライドを刺激された。彼には自分が人間よりも優れた種族であると言う自負がある。人工的に生み出された存在である事は間違いないが、それでも人間以上の能力を持って生まれた事は紛れもない事実。そんな自分が自分より劣っている筈の自分達を模した程度の人間に敗北を喫すると言う事が信じられず、湧き上がる怒りが力を与えた。

 

「あり得るか……あり得て堪るかぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 激昂と同時にウルフノスフェクトの足元に血が広がっていく。あっという間にウルフノスフェクトの足元は血の海の様になり、その赤い水面から浮上するように次々と赤黒い体毛の狼が這い出し血の涎を垂らしながら唸り声を上げた。

 

「ガルルルル……!」

「ヴヴヴヴヴ……!」

 

 あっという間にウルフノスフェクトの周りには赤黒い狼が群れを成し始める。その群れのボスであるウルフノスフェクトは、自身が生み出した狼の群れ……使い魔を見渡し、不敵な笑みを浮かべると自身の群れをブラッディ・ヴァーニィに襲い掛からせた。

 

「へっ……行けっ!」

「グルァァァッ!」

 

 ウルフノスフェクトの号令を合図に一斉に襲い掛かる使い魔の狼達。統制の取れた動きで牙を剥き襲い掛かって来る狼の群れが、次々とヴァーニィの体に牙を突き立て肉を食い千切ろうとする。

 

 次々と群がって来る使い魔に集られ、ヴァーニィの姿が見えなくなった。失血のショックから立ち直りつつある実里は、彼の姿が赤黒い狼の中に消えて見えなくなった光景に悲鳴を上げた。

 

「紅月君ッ!?」

「ッ! 実里、待って!」

「え?」

 

 慌てて手を伸ばす実里だったが、アルフはそれを引き留めた。彼女は分かったのだ。群がられているが、今のヴァーニィには何の問題もない事が。

 

 それは直ぐに明らかとなった。群がる狼の間から血が滲み出てきたかと思えば、その血が一瞬で硬化し鋭く変化して槍となって使い魔を次々と突き刺し串刺しにしていく。それだけではない。串刺しにされた使い魔は元の血に戻ると、そのままヴァーニィの血と混ざって吸収されてしまう。

 

「なっ!?」

 

 自分の使い魔が歯が立たないどころか逆に吸収されてしまった事にウルフノスフェクトが言葉を失っていると、さらに驚くべき事が起こった。何と今度はヴァーニィの足元から血が広がり、そこから無数の蝙蝠が出現したのだ。ヴァーニィの使い魔である。先程の攻撃で、ウルフノスフェクトの出した使い魔を操る能力を覚えたのだ。

 

 使い魔の蝙蝠達はヴァーニィが無言で手を上げるとそれを合図に一斉にウルフノスフェクトに襲い掛かる。蝙蝠とは言え吸血鬼の使い魔であるそれらは、獲物に群がるピラニアの様にウルフノスフェクトの全身に噛み付き食い千切り血を啜る。

 

「うぉあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 数で飲み潰す筈が逆に自分が数の暴力で磨り潰されそうになる。ウルフノスフェクトは素早く動き回って蝙蝠を振り払いながら、爪で切り裂き叩き潰して蝙蝠を減らしていく。

 

「くそっ、くそっ!?」

 

 使い魔の蝙蝠への対処に掛かり切りになるウルフノスフェクト。だが彼の本当の敵は蝙蝠ではなく、それを操っているヴァーニィである。そしてヴァーニィは、相手の意識が自分から使い魔に移っている隙を見逃さなかった。

 

「はぁぁ……!」

 

 ヴァーニィが手を掲げると、そこから噴き出した血が空中で一本の槍を形作る。槍の穂先は真っ直ぐウルフノスフェクトへと向いている。肝心の奴はまだ、ヴァーニィが何かをしている事に気付いていない。

 

「づぁぁっ!!」

 

 気合と共に腕を振るうと血の槍が真っ直ぐウルフノスフェクトに向けて飛んでいく。ウルフノスフェクトは彼の気合の声にやっと自分に危機が迫っている事に気付き、蝙蝠に集られながらそちらを見て飛んでくる血の槍に目を見開く。

 

「な、ぁ……!? チクショウッ!?」

 

 咄嗟に体を捩って回避するウルフノスフェクトだったが、タイミングが少し遅かった。投擲された槍はウルフノスフェクトの左肩から先を吹き飛ばし、そのまま後ろの壁に突き刺さる。

 

「ぎゃぁぁぁあぁぁぁぁっ!?」

 

 片腕を肩口から吹き飛ばされ、激痛に悲鳴を上げるウルフノスフェクト。敵を追い詰めたのを見て、ヴァーニィは勝負を掛けるべく使い魔の蝙蝠達を呼び戻した。一斉にヴァーニィの元に集まっていく蝙蝠達は元の血に戻ると、彼の足元に影のように広がる血の海と混じっていく。

 使い魔たちは十分に目的を果たした。使い魔はヴァーニィの体の一部同然であり、それがウルフノスフェクトの血を吸って戻って来れば吸った血はそのままヴァーニィの中に還元されていく。態々敵に食い付いて吸血する必要が無いのだ。

 

〈アナライズ! アイデント、マジックバレット!〉

 

 ヴァーニィがベルトの両サイドのスイッチを押し、使い魔が集めた血からウルフノスフェクトに有効な毒素を生成。それを両足に集めて、必殺のプレスクリプション・フィニッシュをお見舞いする。

 

〈プレスクリプション・フィニッシュ!〉

「ぐ、うぅ……はっ!?」

「ハァァァァァァァァッ!!」

 

 片腕を吹き飛ばされた激痛に意識を朦朧とさせるウルフノスフェクト。向けられた殺気に顔を上げた時には、既にヴァーニィの必殺技は眼前に迫り回避も防御も間に合わない所まで来ていた。

 

 ヴァーニィのプレスクリプション・フィニッシュはそのまま何者に遮られる事も無くウルフノスフェクトに直撃し、力強いと言う言葉では不足な程の威力の一撃が相手を蹴り飛ばした。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 蹴り飛ばされたウルフノスフェクトが向かう先には、先程ヴァーニィが投擲して壁に突き刺さったままの血の槍がある。槍は前後が鋭い作りになっている為、蹴り飛ばされて勢いのあるウルフノスフェクトの体はそのまま槍の後端が突き刺さり串刺しにされた状態で壁にぶら下がる。

 

「ごほぁっ!? あ、ぐ……」

 

 自身の胸から突き出た血の槍を、残った方の手で力無く掴む。そこでウルフノスフェクトは違和感を覚えた。前回自分はヴァーニィの必殺技を喰らって爆散したと言うのに、今回はまだ生きている。もうロクに抵抗する事も出来ない程弱らされてはいるが、死ぬほどではないと言う事は理解できた。

 何故ヴァーニィは自分にトドメを刺さないのか? その事に疑問を抱いた時、ウルフノスフェクトの前にヴァーニィが立つ。ウルフノスフェクトが顔を上げて彼の姿を見た時、ヴァーニィのクラッシャーは開かれ今にも自分に食い付こうとしていた。

 

「はぁぁぁぁ……」

「ま、まさか……!? よ、止せッ!? 止めろッ!?」

 

 ウルフノスフェクトはヴァーニィが何をしようとしているかを察した。察してしまった。ウルフノスフェクトが復活できたのは、爆散した後に残った血と灰をヴラドが再利用してくれたからだ。それが出来ない、つまり血を一滴も残さないように倒されてしまえば、自分は完全に復活する事も出来ず文字通りヴァーニィの血肉となってしまう。

 

 悍ましい自身の消滅の未来に恐怖し、藻掻いて運命に抗おうとした。だが既に死神の鎌は振り下ろされていた。

 

「グァヴッ!!」

「がぁぁっ!?」

 

 何時の間にかウルフノスフェクトの体が人間のそれに戻っていた。ヴァーニィは串刺しになったヴォーダンの首筋に牙を突き立て、その血を一滴も残さないよう吸い上げ啜っていく。自分の命が、血が吸い上げられていく感触にヴォーダンの口から苦悶の声が上がる。

 

「うがっ!? あ、がぁ……ぐぁぁ……」

 

 ヴォーダンは見る見るうちに顔から生気を失っていき、肌が土気色になり萎れていく。そうして完全に全ての血を吸い取られ、絞り滓の様に骨と皮だけが残った状態になると、残った体も血に戻った槍に飲み込まれて完全に消滅する。

 

 ここに、ウルフノスフェクト・ヴォーダンは完全に消滅した。もう復活する事もない。脅威を排除出来た安堵にヴァーニィは腹の底から大きく息を吐くと、変身を解除して元の姿に戻った。

 

「ふぅ……」

 

 元の姿に戻った京也に、アルフと実里が近付いていく。

 

「京也ッ!」

「紅月君、やったね!」

「アルフ、須藤さん……」

 

 京也の、ヴァーニィの勝利に沸く2人の姿に京也自身も笑みを浮かべる。

 

 だがその心には、小さな違和感の様な何かが燻っていた事に彼は気付いていた。それが何なのか、彼自身理解できない。

 だが確実に存在するそれに、彼は心の底から喜ぶ事は出来ずだが表面上は強敵を倒せた事への安堵を2人にも伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?!?」

 

 時同じくして、この日ペスター博士に連れてこられた憐れな犠牲者となる女性から血を啜っていたヴラドが、突然目を見開き愕然としながら加えていた女性の亡骸を落とした。普段餌である人間が相手でも、丁重に扱う真摯な主にしては珍しい光景にカミラは驚き何事かと訊ねた。

 

「い、如何なさいましたか、ヴラド様? その人間に、何か問題でも?」

 

 まさか血がマズかった、等と言う事はないだろうが、万に一つもこの餌となった人間がヴラドを不快にさせる要因であるならば、例え自分達の生みの親にあたろうとも彼女はペスター博士に文句を言いに行くつもりであった。

 

 しかし、彼女の予想は外れた。ヴラドはカミラの問いにすぐには答えず、血で汚れた口元を抑えると泣きそうな顔でその場に蹲り消え入りそうな声で告げた。

 

「……ヴォーダンが、逝った。大切な仲間が、消えてしまったよ……」

「なっ!?」

 

 ヴラドから告げられた内容は、ただ事ではなかった。自分達上級ノスフェクトは、例え普通に倒されたとしても残された灰と血を使ってヴラドの手で蘇る事が出来る。だが、彼がこう言うと言う事はつまり、もうヴォーダンを復活させられるだけの血が残っていないと言う事になった。

 

 こんな事が出来るのは限られる。カミラは直ぐに犯人がヴァーニィである事に気付いた。

 

「あの、ガキッ……! 暫しお待ちを、ヴラド様。私が今すぐ、あの小僧と出来損ないの小娘を始末してまいりますッ!」

 

 カミラが激昂しながらヴァーニィ達の始末に向かおうとした。それは敵討ち以上に、敬愛するヴラドを悲しませたことに対する怒りの方が強かった。

 

 しかしヴラドは、自分の傍から離れようとするカミラを逆に引き留めた。

 

「カミラ、待って……」

「ッ、ヴラド様?」

 

 何故引き留めるのかとカミラが問おうとするよりも前に、ヴラドは彼女を引き寄せ腕の中にしっかりと抱きしめた。突然の抱擁にカミラが目を白黒させていると、ヴラドは彼女の耳元で囁くような声でここに残るよう願った。

 

「ここに居てくれ……ヴォーダンを失ったばかりで、心細い。お前まで居なくなるような事には、ならないでくれ……」

「ヴ、ヴラド様……! はい、私は、あなたの傍から絶対に離れたりはいたしません……!」

「ありがとう、カミラ……」

 

 カミラの答えに安堵した笑みを浮かべたヴラドは、そのまま彼女の首筋に食らい付き彼女の血を啜り始めた。

 

「あっ! あぁ、あぁぁ……!」

 

 床の上で男に愛される女が上げるような嬌声がカミラの口から零れ出る。悍ましくも淫靡なその光景を見るのは、2人の足元で既に亡骸となった女性のガラスの様な眼球だけであった。




と言う訳で第32話でした。

今回でヴォーダンは本当に退場です。血を一滴も残さず吸い尽されたので、もうヴラドでも復活させる事は出来ません。

とは言え、一難去ってまた一難。今後も揚羽やユーリエ関連で色々と問題が山積みな訳で、京也達は気が休まる時が無いかもしれませんね。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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