仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回はちょっとしたサプライズな展開があります。


第33夜:蜘蛛の再臨

 ブラッディ・ヴァーニィに変身した京也が、遂に強敵である上級ノスフェクトのヴォーダンを完全に消滅させた。全ての血を吸い尽して倒したので、もう絶対に復活する事もない。正真正銘、混じりけの無い勝利にアルフと実里の2人は喜び彼の勝利を讃えていた。

 

「やったね、紅月君ッ!」

「これでもう、アイツは復活できない」

「うん」

 

 互いに肩や手を叩き合う3人。その喧騒に刺激されてか、それとも回復したのか最初にヴォーダンに殴り倒されて気絶していた揚羽が目を覚ました。

 

「あ、ぅ……?」

 

 殴り飛ばされて気絶した為、目覚めは最悪で頭がズキズキと痛む。頭痛に苛まれながら揚羽が体を起き上がらせると、それに気付いた京也が2人から離れて膝をつき揚羽に手を差し伸べた。

 

「あっ! 磯部さん、大丈夫? 怪我は?」

「あかつき、くん? あ、れ……私……」

 

 最初揚羽は、気絶から回復したばかりで状況を全く飲み込めていない様子だった。もしかすると頭を軽く打って記憶が少し飛んだのかもしれない。

 あまり調子が宜しくなさそうな親友の様子に、実里が不安になってアルフから離れ京也と共に揚羽の前に膝をつく。そこで揚羽は何とはなしに実里の首筋を見て、そこに真新しい噛み痕とその噛み痕の中に目立つ二つの孔の存在を確認してしまった。

 

「ッ!?」

 

 それを見た瞬間揚羽の意識は一気に危機感から覚醒した。そして2人の背後にアルフの姿を見つけると、なりふり構わず2人の手を掴んで立ち上がり大慌ての様子でその場を離れるべく駆け出した。

 

「2人共、こっち!」

「えぇっ!? い、磯部さんッ!?」

「ちょ、揚羽ッ! どこ行くのッ!」

「えっ……?」

 

 突然揚羽が京也と実里の手を引いて何処かへと走って行ってしまった。その光景にアルフは唖然となって立ち尽くし、手を引かれている2人は何が揚羽をこんな風に搔き立てているのか分からず困惑しながらも彼女を宥めようとした。

 

「待って待って! 磯部さん、ストップ!」

「揚羽ッ! どうしたのよッ!」

「良いから早くこっちッ! 今は兎に角、あの化け物から離れないとッ!」

 

 そう言って揚羽が向かおうとしているのは、カタリナが居る教会であった。あそこなら助けてくれると、彼女の中で教会は安全地帯となっていた。つい先日そこがヴォーダンとカミラに襲撃された事等、この時の彼女の頭からはすっぽりと抜け落ちていた。

 

 一方の京也と実里は、突然の揚羽の行動に混乱しているのもあって彼女の言う化け物がヴォーダンの事だと思っていた。完全に気を失う直前に、ヴォーダンがウルフノスフェクトとなって襲ってきた瞬間を見たのかもしれないと。

 

「大丈夫だよ磯部さんッ! あの狼の怪物ならぼっ、んん、仮面ライダーが倒してくれたからッ!」

「そうだよ揚羽ッ! だから落ち着いてッ!」

 

 そう言って2人は揚羽を落ち着かせようとするが、彼女にとっての化け物とはウルフノスフェクトではないと言う事をまだ知らなかった。

 故に2人は、この後の揚羽の言葉に衝撃を受ける事となる。

 

「違うのッ! 私が言ってるノスフェクトはそっちの事じゃないッ!」

「えっ! ちょっと待って、磯部さん何処でノスフェクトの事を?」

「ウルフノスフェクトじゃない……!? 揚羽、まさかッ!?」

 

 ここで実里は漸く、揚羽の言う化け物がウルフノスフェクトではなくアルフの事を指しているのだと言う事に気付いた。揚羽はアルフが実里から吸血している瞬間を目撃し、その光景からアルフが最近街を騒がせているノスフェクトと同じ存在であると言う事を知ってしまったのである。

 更に不幸なのは、揚羽とアルフの接点が殆どない事であった。実里は京也が変身して戦う瞬間まで見てしまい、そこから2人に接触を図って最終的に事情を知る協力者の様なポジションに納まった。だが一方で揚羽はそんな機会に恵まれる事も無く、また京也と実里も必要以上に他人を巻き込むような真似は避けようと揚羽も遠ざけていた事が裏目に出た。

 

 今揚羽は、アルフと言う上級ノスフェクトから京也と実里を引き離してカタリナに保護を求めるべく必死になっていたのである。

 

 そうこうしている間も、揚羽は2人の手を引いて着実に教会へと近付いていた。そして3人の後ろからは、困惑しながらも追いかけてくるアルフの姿がある。このままだと確実に面倒な事になると京也と実里が危機感を募らせていると、3人の傍に1台のワゴン車が停まった。ワゴン車が停まると窓を開けて運転手が顔を出し、何やら切羽詰まった様子の揚羽に何があったのかを問い掛けてきた。

 

「お嬢ちゃん、一体どうしたそんな慌てて?」

 

 ワゴン車から顔を出したのはレックスであった。そのワゴン車はS.B.C.T.のものであり、連れ去られたユーリエ救出の為教会に強制捜査に入ろうとしていたのである。ワゴン車の後ろには3台のトレーラーが続いている。

 

「レックス、どうかした?」

「あぁ、何か普通じゃないトラブルがあったらしい。女の子が2人に、男の子が1人、何かから逃げてる感じだ。どうした? 何かあったか?」

「レックス、今はそれどころじゃないでしょう!」

「だとしても、放っておけないだろ」

 

 お人好しと言うか、人情に篤すぎるレックスの行動に指揮所スペースに居るリリィは大きく溜め息を吐いた。何しろこの強制捜査は、迅速さを優先させて最低限の動ける人材だけを大急ぎで用意した突貫の行動なのだ。諸々の処理の為、敦すら今この場にはいない。彼は彼で、今回の行動の処理をする為支部に残り総司令の宗吾や政府とのやり取りで忙殺されている。

 それに時間を掛ければかけるだけ、(暫定)教会側に猶予を与えてしまう。猶予だけであればいい。下手をすると逆にこちらが教会側から攻撃される材料を用意させてしまいかねなかった。それに何より、今回は連れ去られたユーリエの身に危機が迫っているかもしれないのである。

 だからこそ急ぐべきだと言うのに、レックスは何かから逃げてきた様子の3人を気に掛けると言う。これで溜め息を吐かずにいられる訳が無かった。

 

「レックス、悪い事は言わないからその子達は放っておいて、今は急いで教会に向かうべきよ!」

「おい、大丈夫か?」

「聞きなさいよッ!」

 

 リリィの言葉に構わずレックスは運転席を下りて揚羽達に事情を尋ねる。堪らずリリィが怒鳴れば、レックスは耳を押さえて顔を顰めた。

 

「分~かったよ。だがこっちも放っておけないからな。お前ら、取り合えずコイツに乗りな」

 

 何かから逃げているのなら、一緒に移動してしまった方が安全だとレックスはワゴン車の後ろのドアを開けた。部隊指揮用の機材が押し込められている後部座席のスペースは決して広いとは言えないが、それでも彼ら3人を乗せるだけのスペースはある。最悪1人は助手席に乗せればいい。

 

 ところが揚羽は後部座席には乗り込まず、相手がS.B.C.T.であると知りこの際彼らでもいいと後ろのアルフを指差しながら助けを求めた。

 

「助けてくださいッ! ノスフェクト、化け物に追われてるんですッ!」

「ッ! ノスフェクト? お嬢ちゃん、何でその名前を?」

 

 ノスフェクトの名前は一般に知れ渡っているものではない。これを知っているのは関係者だけだ。レックスはこの時点で揚羽達が普通の少年少女ではないと察し険しい表情で3人を見た。

 焦ったのは京也と実里だ。揚羽はS.B.C.T.にアルフがノスフェクトであると明かしてしまった。指を差されて正体をバラされたアルフは目を見開き足を止めてしまっている。

 

 幸いなのは、相手が話の通じそうなレックスであるところだろうか。声の感じから京也はレックスがこれまでに何度か接触してきたδチームの隊員であると気付き、彼になら詳しい事情を話しても大丈夫かとそちらに歩み寄ろうとした。

 

 だがその瞬間、後部座席からリリィが手を伸ばし3人を指揮所内に引き摺り込んだ。

 

「レックス、時間がないわ! 私はこのまま後ろの連中を連れて教会に行くから、そっちは事の真偽を確かめておいて! 通信は開けたままで!」

「了解!」

「あ、ちょっと待って!」

 

 京也が止める間もなく、リリィは後部座席の扉を閉めてロックすると、運転席に移りワゴン車を走らせた。指揮車が停車した事で停まっていたトレーラー3台も動き出し、その場にはレックスとアルフだけが残される。

 

「さて、お嬢ちゃん? さっきの嬢ちゃんの話だと、君がノスフェクト、それも見た感じ上級ノスフェクトって話だが……」

 

 レックスはアルフに話し掛けながら、懐からサングラスを取り出して目に掛けた。これはユーリエからの入れ知恵である。上級ノスフェクトはより確実に獲物を捕らえる為、目から催眠光を放ち人間の意識を混濁させ抵抗する力を奪うと聞いた。それに対処する為、特殊な偏光ガラスで作られたサングラスを掛け催眠光を防ぐ事が推奨されている。

 サングラスに催眠光を防ぐ効果がある事はアルフにも直ぐに分かった。故に彼女は強制的にレックスを黙らせて京也を追いかけに行く事も出来ず、しかし京也と実里以外に心を開いていない彼女はレックスとの対話に応じる姿勢を見せなかった。後退りするアルフの姿はレックスには当然不審に映り、警戒心を刺激しグラスドライバーを装着させた。

 

「どうした? 何も答えないのか?」

「…………ッ」

 

 無言で後退るアルフを徐々に追い詰めていくレックス。

 

 その2人の様子を、建物の上からジェーンが眺めていた。彼女はアルフを追い詰めていくレックスの姿に、溜め息を吐くと豊満な胸の谷間に手を突っ込んだ。

 

「仕方ないわね~。本当は手荒な事はしたくないんだけど……このまま顔を出すともしかしたら()()()()()()()()()()から……」

 

 ぶつくさ呟きながらジェーンが取り出したのは、一個の手の平に収まるサイズのカプセルであった。それは傘木社が開発し、会社が崩壊した後世界中にバラ撒かれる事となったベクターカートリッジである。ジェーンは胸の谷間から取り出したそれを見て、小さく笑みを浮かべると軽くキスをして上部のコックを捻り押し込んだ。

 

〈SPIDER〉

 

 起動させたスパイダーベクターカートリッジを、ジェーンは迷わず自身の首筋に押し当てた。途端、ジェーンの体が変異し蜘蛛と人間を混ぜ合わせたような歪な姿をした怪人になる。

 

 ジェーンが変異した怪人、スパイダーファッジ。嘗ては希美も傘木社の幹部としてその姿となり、この世界での最初の仮面ライダーである門守 仁こと仮面ライダーデイナと幾度も激闘を繰り広げた。その姿を借りたジェーンは、手から出した糸を建物の屋上に貼り付けて、バンジージャンプの要領で2人の間に降り立った。

 

「うぉっ!? な、なぁ……!?」

「え!?」

 

 突然空から降ってきたスパイダーファッジの姿に、レックスもアルフも驚愕に目を見開く。特にレックスが感じている驚愕は大きかった。彼は直接見た事は無いが、それでも資料で昔希美が戦闘時に変異していたスパイダーファッジの姿は見ている。その資料と寸分違わぬファッジの姿、しかし希美である筈がないそのファッジの存在に、彼の警戒心は一気に最大限にまで引き上げられた。

 

「スパイダーファッジ!? 何で、いや、誰が……!」

『レックス? レックス、どうしたの?』

「悪い、そっちには暫く合流できそうにない。ファッジが出た。それもスパイダーファッジだ!」

『えっ!?』

 

 この状況で突如スパイダーファッジが出てくる事はレックスだけでなくリリィ等にとっても予想外だった。それもその筈で、スパイダーベクターカートリッジは通常のベクターカートリッジよりも制御が難しいとされている。それ故に嘗ての傘木社では肉体に改造を施された希美が幹部として猛威を振るう事が出来た訳だが、現在多く出回っているベクターカートリッジは大抵が制御は容易だが能力もそこそこの所謂下級の物が大半であった。一部には厄介なものもあるし、ファッジ自体が場合によっては突然変異的に強化される事があるので油断は出来ないが、それでも素の能力が高いカートリッジは殆ど出回らない。

 

 その数少ない例外が目の前にいる。それが意味する可能性は決して多いものではなかった。

 

(コイツ、残党の誰かか? それとも偶々上級のカートリッジが出回ってたのか……)

 

 対峙するスパイダーファッジを前に思考を巡らせるレックスに対し、スパイダーファッジは背後のアルフに軽く視線を向けると後ろ手に下がる様ジェスチャーで指示した。それと僅かに感じる匂い、気配からアルフはそれの正体がジェーンである事に気付く。

 

「ッ……うん」

 

 無言で早く逃げろと告げてくるジェーンに、アルフは小さく頷くと踵を返して濃くなってきた街の影の中に溶け込む様に姿を消した。逃げるアルフの姿にレックスは歯噛みしつつ、キープレートを取り出しスパイダーファッジと戦うべく変身する。

 

「チッ、次から次へと……このクソ忙しい時によぉッ!」

 

 思わず悪態をついていると、スパイダーファッジは人間の姿であれば胸元が強調されるように両腕で自らの体を抱きしめながら口元に片手を当てて言葉を紡いだ。

 

「忙しいんだったら~、早くお仲間と合流した方が良いんじゃないの~? 私は別に~、もう用事は無い訳だし~」

「ッ、女……?」

 

 生憎と変異の際に声が変質しているからか、声を聞いただけではそれがどんな人物なのかを予想する事も難しい。少なくともこの時点でレックスはスパイダーファッジの正体に見当はつかなかった。

 だが見当はつかなくとも、このタイミングで突如現れアルフを逃がしたと言う事実は無視できない意味を持つ。

 

「お前、あの上級ノスフェクトの仲間だな?」

「さぁ~? どうかしら~? ただの愉快犯かもしれないわよ~?」

「何だっていい。お前は禁止されてるベクターカートリッジを不法所持している。特に、そのカートリッジはな……」

 

 過去の希美の罪を穿り返そうとしているかのようなスパイダーファッジの出現は、レックスにとっても認められるものではなかった。今の希美は嘗て傘木社の幹部をしていた頃の彼女とは違う。それを証明する為、レックスはここで目の前のスパイダーファッジを倒すつもりであった。

 

 気合と闘志を滾らせるレックスの姿に、スパイダーファッジは何が楽しいのかクスクスと笑いを零していた。

 

「ウフフフフ~! 良かったわね~、こんなに愛してくれる人が居て~」

「あ? どう言う意味だ?」

「さぁ~?」

「……まぁいいさ。お前を倒せば済む話だ」

〈Access〉

 

 何やら含みを感じるスパイダーファッジの言葉に首を傾げながら、レックスはキープレートをグラスドライバーに装填してハンドルを回して変身した。

 

「変身ッ!」

〈In focus〉

 

 変身したグラスがバスターショットを斬撃モードで構える。今にもスパイダーファッジの事を真っ二つに切り裂こうとする気迫に溢れた彼を前に、しかしスパイダーファッジからは変わらず笑みが零れていた。

 

「出来ると良いわね~」

「やって見せるさッ!」

 

 まるで挑発しているかのようなスパイダーファッジの物言いに、グラスは背中のスラスターを全開にして一気に接近した。迫る鋭い斬撃は、最早ファッジ程度であれば容易く切り裂き下級ベクターカートリッジによるファッジであれば一撃で倒す事も出来ただろう。ファッジが世に出てからそれだけの時間が経ったのだ。技術の発展は、過去の怪人であるファッジを時代遅れにさせつつあった。

 

 しかし…………

 

「ッ! な、にッ!?」

 

 突然グラスの動きが途中で止められた。剣を振り上げた手は何かに引っ張られた様に振り下ろす事が出来なくなり、スラスターを全開にして突撃していた体はブレーキを掛けられた様にそれ以上進まなくなる。空中で止まったグラスが困惑していると、スパイダーファッジが彼の前に近付き装甲を引っ掻く様に撫でた。すると彼女の指先が、目に見えない何かを摘まんだ。

 

「それは……!」

 

 スパイダーファッジが何かを摘まむ仕草をしたのを見て、グラスはバイザーを下ろして視界を変えた。紫外線や赤外線で見てみると、途端にそこに何があるのかを見る事が出来た。

 

「ダメよ~、相手をよく見て戦わないと~。特にファッジはね~」

 

 スパイダーファッジはグラスが飛び掛かってきた瞬間、超極細の糸を自分の前に張り巡らせて即席の網を作り上げた。目にも見えない程細い糸による網は見ただけで分かる様な物ではなく、そして通常の蜘蛛のそれを遥かに超える強度の糸はスラスターを全開にして突撃するグラスの勢いを完全に受け止めてしまった。

 

 空中で身動きを止められたグラスは、慌てて全身のスラスターを噴かせて熱と勢いで糸を引き千切ろうとした。だが彼が自由を取り戻すよりも前に、スパイダーファッジが彼を蹴り飛ばす方が早かった。

 

「そ~れ♪」

「グハッ!?」

 

 スパイダーファッジがグラスを蹴り飛ばすと、糸が外れて彼の体が自由になる。思わずバスターショットを手放してしまいそうになるがそれを気合で堪え、空中で姿勢制御すべくスラスターを噴かせた。だがスパイダーファッジは彼が姿勢制御する猶予を与えず、自分から飛び掛かると姿勢制御の為手足を広げている彼の体を今度は下に向けて蹴り落とした。

 

「がふっ!?」

 

 全身の筋肉をバネの様に使ったスパイダーファッジの蹴りは見た目以上の威力を誇り、蹴り落とされたグラスの体はコンクリートの地面を砕き軽くめり込むほどの威力で叩きつけられた。

 

 体が僅かに埋まった状態で全身を激痛に苛まれながら、それでもグラスは歪む視界の中でしっかりと敵の姿を捉え重いバスターショットを持つ方ではなく空いてる方の腕を持ち上げバックラーの先端を向けた。スパイダーファッジがバックラーの先端部分を見れば、バックラーの影に隠れる様に刃が見える。

 それを見た瞬間彼女は僅かに体を逸らせた。直後、バックラーからワイヤーに繋がった刃が射出された。

 

 このワイヤー付きのブレードはグラスの隠し武器だ。ワイヤーは敵に巻き付き拘束するだけでなく、壁や天井にグラスの体を引っ張り上げたり今回の様に不意打ちに使用した後巻き上げる役割を持つ。

 

 隠し攻撃を回避され不意打ちに失敗したグラスだが、彼もただでは起きなかった。外れたブレードはそのままスパイダーファッジの後方の電柱に突き刺さり、引っ掛かって彼の体を引っ張り上げるのに役立った。そして引っ張り上げられる勢いを利用して、グラスはスパイダーファッジに接近してバスターショットによる斬撃をお見舞いする。

 

「このぉッ!」

「ッ!」

 

 隠し武器のブレード飛ばしを回避する為そちらに視線を向けていたスパイダーファッジは、続く接近してくるグラスへの反応が遅れた。辛うじて回避したが、完全にとは言えず切っ先が僅かに脇を切り裂いた。致命傷には程遠いが、それでも明確なダメージにスパイダーファッジはその場から大きく距離を取った。

 

「クソ、良い反応しやがって……」

 

 敵ながら天晴な能力を見せるスパイダーファッジに舌を巻くグラスであったが、対するスパイダーファッジの方もまた侮れないグラスの能力……と言うより変身しているレックスの技術と咄嗟の判断力に素直に感心していた。

 

(ふ~ん……やるじゃない。()()()()()()が、随分と成長したわね~)

 

 感心しながらもスパイダーファッジは油断なくグラスの挙動を観察していた。その一方で、彼女はアルフが十分に離れつつあることをしっかり確認していた。

 

 蜘蛛は優れた感覚器官をもつ。それに加えて変異しているのは上級ノスフェクトであるジェーン。この二つが掛け合わさり、スパイダーファッジは広範囲で起こっている事を手に取る様に認識する事が出来た。今、アルフは順調にこの場から離れワゴン車に乗せられた京也を追いかけている。この調子なら、もう少しで追いつけるだろう。

 とは言え、追い付けたところで下手な事をすれば彼女だけでなく京也もただでは済まないだろうが。

 

「……さてさて~、どう幕を引いたものかしらね~」

 

 悩みながらも何処か楽し気なスパイダーファッジ。一方で、グラスはバスターショットを銃撃モードにして構えつつ、最新装備であるグラスと対等に渡り合うスパイダーファッジをどう攻略すべきかで頭を悩ませていたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 グラスとスパイダーファッジが激闘を繰り広げている間、現場から離れたワゴン車の中では運転しているリリィと京也による口論が起こっていた。

 

「降ろしてください、今すぐにッ!」

「そんな訳にはいかないのッ! あなたには色々と話を聞かなきゃいけないし、それ以前にこっちはこっちで忙しいんだからッ!」

「紅月君、押さえてッ!」

「紅月君ッ!」

 

 京也としてはあの場にアルフを残す事が酷く心残りであった。アルフがレックスを傷付けるとは思ってはいないが、あのまま問い詰められてしまえばどうなるか分からない。焦る京也は何とかリリィに車を止めてもらおうと詰め寄り、運転中の彼女の邪魔をするのは危ないと実里と揚羽は必死に彼を宥めた。

 特に揚羽はこれ以上京也がアルフに近付かないよう、教会かS.B.C.T.に保護してもらう事を優先させて必死に彼を押さえようとした。

 

「ダメだよ紅月君ッ! このままここに居た方が安全だからッ!」

「それじゃあダメなんだよッ! 磯部さん、何で……!」

「あぁ、もうっ! 五月蠅いッ!!」

 

 後ろで言い争う京也と揚羽達。口論の間も京也の手は運転しているリリィの肩を引いており、加えて背後からの喧騒に遂に彼女の堪忍袋の緒が切れ片手はハンドルを掴んだままもう片方の手がドアに振り下ろされた。エンジン音に混ざって車内に響く打撃の音とリリィの怒声に肝が据わっている京也はともかく、揚羽と実里の肩がビクンと跳ねる。

 

 大人からの本気の怒気を浴びせられ思わず後退る2人の少女に対して、京也は尚もリリィの肩から手を離さない。それどころか運転席に乗り込んで、何とかして車を止めようとまでする始末。その姿が揚羽にはますます彼が操られている様に見えてしまい、顔を青褪めさせどうすればいいかと唇を震わせながら見守るしか出来ない。

 

「いい加減にしてッ! こっちは本当に急いでるのッ! こうしてる間にも、どんな目に遭ってるか分からない人がこっちにはいるのよッ! お願いだからこれ以上邪魔しないでッ!!」

 

 リリィがここまで感情を露にするのは、偏に目の前でユーリエをみすみす連れ去られてしまった事が原因だった。何も出来ず、連れ去られる彼女を見ているしか出来なかった。あれから2日、今ユーリエがどんな扱いを受けて、どんな目に遭っているかを考えるととてもではないが気が気ではない。その焦りが京也達への対応に現れていたのだ。

 

 流石にこれ以上刺激するとリリィが強硬手段に出るだろう事は嫌でも分かった。懸命な判断は、ここで大人しく引き下がる事なのだろうと理解はできる。

 

 しかし同時にそれでも尚諦めたくないと言う気持ちが彼の心をざわつかせていた。アルフの為に何とかしなくてはならないという焦りが、まだ彼の手をリリィの肩から離させようとしなかった。

 何時まで経っても離れない京也の手に焦れたリリィは、運転しながら彼の事を殴ってでも黙らせようかと考え始めた。

 

 その時、前に視線を向けた彼女の目が道路の先で銃口を向けているイジター達の姿を見た。

 

「ッ!?!? 全車停止ッ!? 急いでッ!!」

 

 後方の車両に指示を出しながらコレットは自身もハンドルを切る。それと同時にイジター達は一斉に射撃してきた。放たれた銃弾が指揮車の装甲に突き刺さり、何発かは装甲で受け止められたが何発かは窓ガラスを突き破り京也達を襲った。

 

「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

「紅月君ッ!?」

 

 車内に飛び込んだ銃弾に京也が驚き飛び退いた。弾かれるように後ろに倒れた京也の体が揚羽と実里の体を押し倒し、2人の少女は倒れてきた京也の体と飛び込んできた銃弾、割れるガラスに驚き悲鳴を上げ、運転の為その場から動けないリリィは飛んできた銃弾や割れたガラスで頬や手を切られながらも脇道に入り射線から逃れる事に成功する。

 

「くぅっ! アイツら……!」

 

 再びイジター達の姿を目にしたリリィは、一瞬手を腰のホルスターの拳銃に持っていく。が、イジター達に即座に追撃してくる気配が無いのを見ると頭を切り替え部隊の指揮の為後部の指揮スペースに移る。急停車の際か先程の銃弾が掠めたのか、額から血が流れているのもお構いなしだ。途中立ち上がろうとした京也達を押し退けて座席に座ると、後方の車両に乗る隊員達の様子をモニターで確認しながら通信を送った。

 

「こちらδ0! δチーム、全員生きてるわね?」

『こちら、δ2。輸送1号車の隊員は全員無事だ』

『こちらδ6、δ7が頭を軽く打ったが大事はない』

『こちらδ8! 3号車も全員無事だ、行けるぞッ!』

「了解。前方に件の正体不明の量産型ライダー数人、敵対の意志ありと判断し、反撃行動に出るわ。支部の隊長と通信が繋がるまで、以降の指揮はδ0が取るわ」

 

 リリィの指示の元、トレーラーからは次々とδチームのライトスコープが降りてくる。そして前方のイジターの前で隊列を組み、ガンマカービンの銃口を向け身構えた。

 

 一色触発の空気。それを京也達は指揮者の中からモニター越しに見つめていた。




と言う訳で第33話でした。

まさかのジェーンがスパイダーファッジになるの巻でした。ここで彼女がノスフェクトとしての力を発揮しないのは、力の温存と攪乱、それとノスフェクト対策への対策です。ジェーンは既にS.B.C.T.等がノスフェクト対策に銀成分を武器に付与している事を知っているので、ノスフェクトに比べれば影響の少ないファッジに変異しました。
メタ的な話をすると、ここでジェーンが敢えてファッジになったのは、彼女の特異性を演出する意味でもあったりしますがね。

リリィは現在ちょっと色々焦っています。なので京也達への対応もちょっと乱暴。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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