ユーリエが教会周辺で誘拐された事を皮切りに、強制捜査の為孤児院のある教会へと向かっていたS.B.C.T.δチーム。途中アルフの尋問の為レックスが残り、代わりに京也・実里・揚羽の3人を乗せたワゴン車が率いる3台のトレーラーからなる車列は、突如道を塞ぐ様に待ち構えていた仮面ライダーイジター達による妨害を受けていた。イジター達はトレーラーから降りてきたδチームの9人に対し、容赦のない銃撃をお見舞いした。
「クソッ! アイツら街中だってのにお構いなしかよッ!」
「言ってる場合かッ! 兎に角応戦だッ!」
「チクショウッ!」
待ち伏せされていた事と、戦場が住宅の近い街中だと言う事でδチームの隊員は行動を制限されていた。今回の戦いは普段のそれとは大違いなのだ。
基本彼らが出動するのは事が起こった後であり、その時には混乱もあるがそれでも住民は既に逃げる方向で動いている。だが今回は違う。つい先程までは静かで平穏な街中だったのだ。それが突如戦場となった事で、周辺住民は銃声を聞いてからやっと異変に気付いたくらいだった。
結果、突如巻き起こった騒動に近隣の住民が何事かと顔を出し、そしてライトスコープと正体不明の集団が戦っている様子に戦き逃げ出し、周囲はあっという間に混乱状態となってしまった。
この事態に、δチームのオペレーターのリリィは支部で待機している敦に通信で指示を仰いだ。
「δリーダー、緊急事態ですッ! こちらは現在、件の正体不明の量産型ライダーと思しき集団の妨害を受け戦闘状態に突入。周辺にはまだ多数の市民が残っており、混乱が拡がりつつありますッ!」
『了解した。こちらから警察に呼び掛け、市民の避難誘導を要請しておく。そちらは被害が拡がらないよう、注意して行動しろ』
「了解! そう言う訳よ、あなた達ッ! 反撃は最低限、避難が完了するまでは防戦に徹してッ!」
それは非常に厳しい指示であった。何しろ彼らが攻撃を控えると、その分敵の攻撃が激しくなるからである。あちらは周辺への被害などお構いなしに派手にぶっぱなし、既に周辺には被害が拡がりつつある。幸いなのは人的被害は今のところなく、建造物への被害の身に留まっている事だがそれも長引けばどうなる事か。
「防戦に徹しろって言ったってなぁ……!」
「δ8、文句を言うなッ! 隊長にやれと言われたからにはやらねばならんッ!」
「うぉっ!? ふぅ、あぶねぇ……」
「δ9、大丈夫?」
「あぁ、何とか」
周辺では悲鳴があがったりと騒ぎが酷くなっていくが、δチームの隊員達もそれに負けないくらいてんやわんやであった。待ち伏せ自体は寧ろ慣れている。彼らが戦う相手はこちらの存在に気付くと物陰に潜んで待ち伏せ突然襲い掛かって来る事がよくあるからだ。
しかしそれは基本、怪人が相手の場合であり複数存在しても行動は個々の能力に任せた連携の無い戦いが多かった。間違っても徒党を組んで互いに連携したり、こちらの弱い所を突いてくるような厭らしい戦いをしてくる事はない。
「くぅ~ッ! こういう時、δ5が居てくれたらなぁ……」
誰かが思わずこの場に居ないレックスのグラスを求める。こんな状況でも彼が居れば逆転できる可能性があった。機動力に優れ、多少の攻撃など物ともしない彼が居れば、あの程度の連中立ちどころに蹴散らして状況を打開する事も不可能ではなかっただろう。
「今更そんな事をグダグダ言うなッ! 今はとにかく時間を稼ぐッ! δ3、δ4ッ! トレーラーから盾を持ってこい!」
「了解」
「え~っと? ”盾”は何処に”立て”掛けてあったっけな?」
「おい、ぶちのめすぞ? 下らねえこと言ってねえでさっさと行け」
こんな状況だと言うのにδ3の吾郎は下らない駄洒落を口にする。その駄洒落にδ8のアルバートはヘルメットの下で額に青筋を浮かべ、近くを通り過ぎるδ3の脇を肘で突いた。脇腹に走る鈍い痛みに咽ながらトレーラーへと引っ込んでいくδ3と寡黙なδ4を尻目に、残された6人はどうやって連中を切り抜けるかを考える。
「さて、どうしたものか……ん?」
δ9が銃撃しながら周囲を見渡していると、イジターの近くに自販機が3つ並んでいるのを見た。そして次いで視線を上に向け、頭上に張り巡らされた電線を見てピンときた彼は早速実行に移すべく相方のδ10の肩に手を置いた。
「δ10、俺が合図したら上の電線を切断して地面に垂らしてくれ」
「え? 電線?」
「あぁ。宙ぶらりんじゃないぞ、地面に付くようにだ。出来るか?」
「やってみる」
δ10からの返事に頼もしさを感じながら、δ9は自販機にありったけの銃弾を叩き込んだ。対怪人用の特殊弾は自販機を徹底的に破壊し、中の飲料を全て吐き出した。中には内部で容器を粉砕されたからか、自販機から直に垂れ流しになる飲料もある。
弾が切れるとδ9はマガジンを取り換え、イジターの近くに幾つもの缶や瓶、ペットボトルが転がっているのを見るとそれにも向けて銃弾を叩き込む。銃撃戦の最中であったので、イジター達は足元が多種多様な飲料で濡れている事に気付いていない。
「今だッ!」
「了解ッ!」
δ10が頭上の電線を銃撃で切断する。そして支えるものが無くなった電線は、そのまま重力に引かれてブランコの様に弧を描いて地面に近付き…………
濡れた地面に接触した瞬間、強烈な電流が濡れた場所を流れ、その中に立っていたイジター達が軒並み感電し動けなくなってしまった。
『『うわぁぁぁぁぁぁっ!?』』
周囲にイジターに変身している者達の悲鳴が響く。と同時に、近隣の家屋の幾つかからは照明が消えた。電線が切れた事で電力の供給が滞ってしまったのだ。事は一刻を争うとは言え、これは後で始末書の1枚は覚悟するべきかもしれない。その場合誰が書くかと言う話になるが、今回はδ9の発案なので言い出しっぺの彼が書くのが筋というものだろう。
「ま、仕方ないよな」
「付き合うよ。やったの俺だし」
肩を竦めるδ9の肩をδ10が優しく叩く。相方の気遣いに、δ9の口からは小さく笑みが零れる。
そんな話をしている間に、立ちはだかっていたイジター達は次々とその場に倒れていった。如何に仮面ライダーとは言え、流石に街の生活を支えるほどの電力には耐えきれなかったのだ。ショートして通電が止まった瞬間、イジター達はバタバタと倒れ同時に変身も解除された。
明らかとなったイジターに変身していた者達の姿は、何処からどう見ても神父や修道女にしか見えない。これで教会とは無関係と言い張るのは無理があるくらいだ。その光景にδチームはやはり今回の一件には教会が関わっていたのだと確信し、更に詳しい話を聞くべく全員捕えようとした。
だが彼らの歩みは突如振るわれた鞭により阻まれた。
「何ッ!?」
「うぉっ!?」
「ぐっ!?」
風を切って振り回された鞭は牽制目的で振るわれたのか、直撃を受けた隊員は居ない。だが余波や跳ねた鞭の先端が当たった者は居り、それを喰らった者達は思わず足を止め後退った。
「くっ、誰だッ!」
δ2が鞭の飛んできた方に銃口を向けると、そこには灰色の鎧を持つ仮面ライダーアッシュが部下のイジターと共に佇んでいた。彼女が率いるイジターの人数は先程δチームが戦ったそれより多い。先程の数でさえまともに戦えばどうなっていたか分からないと言うのに、更に多い人数に加えて特記戦力の仮面ライダーまで居る。
この光景に支部からカメラを通じて戦場の様子を見ていた敦も声に焦りを滲ませた。
『いかんな……流石にあの人数は相手にしきれない。しかも仮面ライダーまで……δ5、グラスはどうしたッ!』
これは流石にレックスのグラスが居なければ最悪部隊が全滅してしまう。敦の言葉にリリィは未だスパイダーファッジと戦っているだろうグラスへと通信を送った。
「δ5? δ5! 敵の増援が来たわ、それも仮面ライダーが混じってる! 急いでこっちに急行してッ!」
『δ5、すぐこっちに来てッ!』
リリィからの通信に、グラスはグラスで焦りを感じずにはいられなかった。何しろスパイダーファッジがなかなかに強くて、先程から一進一退の戦いを繰り返していたのだ。
「チクショウ……次から次へと面倒な事になりやがるぜ……!」
焦るグラスであったが、実はスパイダーファッジの内心も決して穏やかとは言い難かった。こちらはこっそりと周囲に張り巡らせた糸を使って遠くの情報も音として探知し、アルフが向かった先で何が起きているかは大まかにだが把握していた。このままだとδチームだけでなく教会のライダー部隊までもがアルフを捕捉してしまう。
「仕方ないわね~」
「あ? 何1人でゴチャゴチャ言ってやがるッ!」
兎に角さっさとスパイダーファッジを始末しようとグラスが銃撃しながら接近し、バスターショットを斬撃モードにして振り下ろす。彼女はそれを紙一重で回避し、バク転しながら後方に下がると地面ではなく
「何ッ!?」
空を飛べる見た目をしていないにも拘らず、両腕を組んで空中に佇むスパイダーファッジをグラスは状況も忘れて見上げてしまった。仮面の奥から感じる驚愕の視線に、スパイダーファッジは心底面白そうに笑みを浮かべ胸元を強調するような動きで腕を組み直し片手を口元に持って行った。
「ウフフ~、なかなかやるわね~。もうちょっと遊んであげたいところだけど~、お互いそろそろ時間切れみたいよ~」
撤退を伺わせるスパイダーファッジの言葉。その言葉にグラスは内心で悔しがると同時に安堵もしていた。ここで決着をつけられなかったのは残念だが、これ以上彼女の相手をしている訳にもいかなかったのでここで彼女が退いてくれるのは正直ありがたかった。
勿論それを表に出す様な事は絶対にしないが。
「お前、逃げるのかッ!」
「そっちだって~、早くお友達と合流したいでしょ~? 知ってるのよ~」
「ッ!」
スパイダーファッジからの指摘にグラスは思わず息を飲んだ。この場に居ながら彼女が離れた場所の状況を把握している事に驚いたのだ。見た所スパイダーファッジに通信機のような物を装着している様子がない事、そもそも何者かと情報のやり取りをしている気配がない事も彼の驚愕に拍車を掛けていた。
ますます以てこの相手は只者ではない。ここで逃がすのはまずいのではないかと言う気持ちは当然あったが、それ以上に窮地に陥っている仲間達やそれに同行している京也達の事が心配であった。量産型はともかく、ワンオフのスペックを持った仮面ライダーが相手となるとライトスコープでは力不足だ。相応の数を集めれば対応できなくもないだろうが、少なくともあの人数でどうにかなると考えるのは希望的観測にも程がある。一刻も早く合流しなければ、最悪の事態も予想された。
グラスの逡巡が目に見えて分かる様になった。その瞬間を見極めたスパイダーファッジは、一瞬の隙を見て後方に大きく跳び、パラシュートの様に広げた糸で風を拾いそのまま凧の様に飛ばされていった。あまりにも一瞬の出来事だったので、グラスも反応が遅れて見送ってしまう。
「あっ!?」
「じゃ~ね~」
「く、待てッ!」
手を振って飛び去っていくスパイダーファッジにグラスは銃口を向けようとする。だが彼が銃口を向けた時にはスパイダーファッジは建物の間を縫うように飛んでいってしまっており、グラスは泣く泣く上げた銃口を降ろすしか出来なかった。
「クソ……あいつ、一体何だったんだ?」
今の戦い、スパイダーファッジは全く本気を出していなかった。完全に遊びの延長で相手をしている事が分かり、グラスは子供扱いされているような気になり悔しくて仕方が無かった。
だがそれ以上に不気味でもある。正体は分からないが、あのスパイダーファッジは力の使い方を理解している様に見えた。少なくとも偶然ベクターカートリッジを手に入れただけの素人の悪党でない事は確かだ。
あのスパイダーファッジは一体何者なのか? 疑問は残るが、今はそれどころの話ではないと自分に言い聞かせ、グラスは地上を滑る様にして高速でチームに合流すべくその場を離れるのだった。
一方、その場を離れたスパイダーファッジは適当な所で下りて一息つくと、こちらも京也達に合流すべくそちらに向け移動を開始した。グラスが向かえば少なくとも京也は大丈夫かもしれない。だがアルフがどうなるかは分からないし、イレギュラーが発生して予想外の事態に見舞われないとも限らなかった。そうなった時、その場に居れば最悪の事態は回避できる。
「そうならない事が一番だけどね~。頑張ってよ~、仮面ライダーグラス~」
***
一難去ってまた一難とはこの事か。δ2は新たに現れたイジターとアッシュの姿にヘルメットの下で冷や汗を流しながらそんな事を考えた。先程自分達と同数のイジターを相手にするのも大変だった。尤もその理由はイジターの性能以上に、周辺への被害を抑える為の戦いをしなければならない事が関係していた。制約がある中での戦いをこなさなければならないからこそ、自分達と同数の相手にも手を焼かされた。
だがそこに敵性仮面ライダーが加わると途端に難易度が跳ね上がった。これっぽっちの人数で、あの集団を突破し教会まで辿り着く事は難しいと言わざるを得ない。しかもこの場を突破しても、後詰であと2人は敵の仮面ライダーと対峙しなければならないのだ。端的に言っても絶望的な状況である。仮にグラスが居てくれたとしても、どこまで対処できるか…………
「隊長、隊長! 聞こえますか?」
『聞こえている、δ2』
「隊長、ここは撤退しましょう」
δ2は思い切って撤退を敦に進言した。誠に遺憾ではあるが、ここで下手に抵抗したら被害が大きくなる危険がある。この連中は周辺への被害を無視した戦いをするのだ。これ以上の戦闘続行は事実上不可能と言っていい。
敦自身もその考えは抱いていたのか、通信機越しに唸り声が聞こえるほどに悩んだ。ユーリエの安否は未だ分からず、もしかすると急がなければ彼女の命が危ういかもしれない。彼女を傘木社から助け出した張本人である敦からすれば放ってはおけず、ともすれば意地でも助けに行きたいと言う気持ちが強かった。
しかしそれで被害が増えたり無用な被害を出す様な事になればそれこそ目も当てられない。彼はδチームの隊長であり、隊長に求められるのは感情による指揮ではなく取捨選択の末の最善の指揮なのだ。
暫し悩んだ末、敦は口を開き撤退の指示を出そうとした。
『総員――――』
敦の口から撤退の言葉が出そうになった次の瞬間、停車しているS.B.C.T.のトレーラーを飛び越えて合流したグラスがアッシュとイジターの集団の中へと飛び込んだ。
「ハァァァァァァッ!」
「ッ!?」
「δ5ッ!」
グラスが飛び込んできたのを見て、誰かが希望を含んだ声を上げた。今やδチームの旗印の様な存在となったグラスの参戦は、それだけでチームの心を奮い立たせる。
仲間の期待を一身に受けたグラスは、その期待に応える様にアッシュを押し出し周囲のイジターを蹴散らしていく。
「邪魔だぁッ!」
「くっ!? この、不信神者がッ!」
アッシュが鞭を振るうが、グラスは全身のスラスターを活用して壁を走り周囲の地形を利用した三次元的な動きで敵を翻弄する。予想外の動きを見せるグラスを前に、イジターは完全について行くことが出来なくなり攻撃も空を切る。だがグラスを捉え損ねた攻撃はそのまま周囲の建造物への被害へと繋がり、それを見たグラスは舌打ちをして無駄撃ちするイジターを蹴り飛ばす。
「無暗矢鱈にぶっ放すなッ! 周り見ろッ!」
「がっ!?」
「コイツッ!」
「遅いッ!」
「ごはっ?!」
一気にイジター達に肉薄したグラスが、相手に行動される前に無力化していく。ライトスコープと違い量産型とは言え仮面ライダーは仮面ライダー。個々の性能は決して低い訳ではないのだろうが、元の身体能力の違いか潜ってきた場数の違いかイジター達はグラス1人に一方的な展開になっていた。
これに乗じてδチームも前進し、グラスとの連携で逆にイジター達修道騎士団の方が追い詰められ始めた。
それを黙って見ているアッシュではない。
「これ以上はやらせませんッ!」
風を切って振るわれた鞭。以前は不意打ちで首を絞められ壁に叩き付けられる要因となった一撃だが、同じ攻撃に二度やられるほどグラスも間抜けではない。しっかり警戒していた彼は、鞭が風を切る音が聞こえた瞬間身を低くして鞭による一撃を回避した。
「チッ!」
「お前は……!」
グラスは以前ユーリエが攫われた際、その場にアッシュが居た事をしっかり覚えていた。ここで彼女を捕らえて話を聞く必要がある。
「お前らッ! ユーリエを何処にやったッ!」
「答える必要はありませんね」
バスターショットを振るうグラスに対し、アッシュはクロスショットを抜き銃撃で対応する。距離を取りながら戦うアッシュは隙を見て鞭を振るい、グラスは銃撃を弾きながら鞭を回避しスラスターを全開にして前に出る。
2人の仮面ライダーが一進一退の攻防を繰り広げる周囲では、ライトスコープとイジターが激しく銃撃戦を繰り広げる。
指揮車からリリィと共に京也達が戦闘の様子を固唾を飲んで見守る。背後に感じる3人の気配にリリィは一瞬彼らをさっさとこの場から逃すべきかと考えた。ここに居るよりは戦闘に巻き込まれる危険が少ない。
しかし彼らを乗せる事になった経緯を考えると安易に外に放り出すのも気が引けた。揚羽が言うには、京也と実里が上級ノスフェクトに狙われているとの事。今ここで外に放りだせば、そのノスフェクトに2人が襲われるかもしれない。
もちろんこれは揚羽の勘違いが続いているだけの話であり、アルフに2人を害するつもりは微塵もない。しかし質が悪い事に、実里が上級ノスフェクトに狙われているのは紛れも無い事実であった。
「δ3、δ4。もっと前に出てちょうだい。盾を前面に出して、部隊の前進を支援するの」
リリィがδチームの隊員に指示を出していく。部隊の様子と戦闘の動向に意識が向いていた為、彼女は気付いていなかった。
グラスとスパイダーファッジの戦闘に乗じて追跡してきたアルフが、遂にワゴン車まで辿り着いてしまった事を。
「居た、ここ!」
「! アルフッ!」
「アルフちゃんッ!」
「あっ!?」
背後でワゴン車の扉が開かれ、アルフが車内に入ってこようとする。モニターを見やすくする為暗くなっている車内に、アルフの赤い瞳が不気味に浮かび上がる。
それを見て揚羽は軽く恐慌状態になった。恐れていた怪物が自分を追いかけ、自分の大切な人たちを襲おうとしている。彼女にはアルフの姿がそのように見え、そう思った次の瞬間彼女は咄嗟にリリィのホルスターから拳銃を引き抜きアルフに銃口を向け引き金を引いてしまっていた。
「来ないで、化け物ッ!?」
「ッ!?」
まさか揚羽が銃を抜いて来るとは思っていなかったので、アルフも自身に向けられる銃口に目を見開き動きを止める。ノスフェクトとしての本能は向けられる敵意と迫る危機に反撃すべきと叫んでいるのだが、揚羽が京也と実里の友達である事を知っているが故にそれを止めようとして動けなくなってしまったのだ。
アルフが動けずにいる間に、揚羽は引き金を引いてしまう。だが銃弾が吐き出される、その一瞬前に京也が揚羽を突き飛ばし銃口の向きを変えさせた。
「ダメだッ!」
「わっ!?」
「がぁぁっ!?」
「アルフちゃんッ!?」
アルフの胸の中心に向けられていた銃口は、京也が彼女を突き飛ばした事で向きを変え心臓は逸れた。しかし完全に明後日の方を向く事はなく、銃弾はアルフの肩を抉り彼女を車外に押し出した。肩から血を噴き出しながら車外に吹き飛ばされ地面に仰向けに倒れるアルフに、血相を変えて実里が駆け寄る。
「アルフちゃん、アルフちゃんしっかり!」
「大、丈夫……うぐっ!?」
季桔市に派遣されているS.B.C.T.の装備は、対ノスフェクト用に例外なく銀成分を含んだものとなっている。当然リリィ達オペレーターが自衛用に支給されている拳銃の銃弾にも含まれており、本来であれば牽制程度にしかならないだろう銃撃でも今のコンディションが不完全なアルフにとっては十分な脅威となっていた。銃弾が当たった部位からは血が流れるだけでなく煙が上がっている。
背後で起こっているゴタゴタに、リリィは頭を抱えた。こちらは部隊の支援をしなければならないと言うのに、揚羽は彼女の拳銃を勝手に使ってしまうし撃たれた少女は普通の人間ではないしで、正直1人で捌くには勘弁してくれと言いたくなるような有様であった。
取り合えずリリィは揚羽から拳銃を取り返し、これ以上下手に発砲されない様にした。まかり間違って味方や機材に発砲されては溜まったものではない。
「何て事を……返しなさい!」
「あっ! でも、あの化け物がみのりんを!」
「止めてよ揚羽ッ! アルフちゃんをそんな風に言わないでッ!」
実里は信じられなかった。あの揚羽が何故こんなにもアルフの事を敵視するのかと。誰とでも仲良くなれる彼女であれば、アルフとも多少の抵抗はあっても仲良くなれると信じていたのに。
「だって私見たもんッ! その化け物がみのりんの血を吸ってるところッ!」
「えっ!?」
「ッ! まさか、あの時……」
ここで実里は先日の教会での戦いで、逃げ切ったと思った揚羽にアルフの吸血シーンを見られていた事を知った。実里もまたアルフによる京也への吸血の瞬間を見ていたが、あの時はその後彼がヴァーニィに変身して揚羽を襲おうとしたノスフェクトを倒してくれたところまで見ていたので変な誤解をする事も無かった。だが揚羽は違う、彼女はアルフが吸血してクロスブラッドを生成する所までしか見ていないのだ。これでは変な勘違いをしても仕方がない。
「ち、違うの揚羽ッ! 確かに、アルフちゃんは血を吸うけど、でもそれは……!」
「騙されてるんだよみのりんも、紅月君もッ! その化け物に操られてるんでしょッ! ねえお姉さんッ! 早く2人を助けてよッ!」
「あ、え!?」
揚羽がアルフを指差しながら、京也と共に自分を取り押さえるリリィに向け叫んだ。これには彼女も判断に迷う。事前に上級のノスフェクトが催眠で人間を操れると言う話は聞いていた。だが京也と実里の様子は操られていると言うにはあまりにも自我がハッキリしすぎているように感じられたのだ。ノスフェクトの催眠は飽く迄も獲物となる人間が逃げないようにと酩酊に近い状態にする程度だと思っていたので、ここまで普通の人間と変わらない反応を見せられて操られていると考えるのは難しかった。
とは言え、だ。アルフが普通の人間ではない事も最早間違い様の無い事実。銀の銃弾を受けて傷口から煙を上げるなど、ノスフェクトかそれに準ずる存在である事の何よりの証左。京也と実里の必死さは気になるが、重要参考人となるのであれば一時的に拘束して事情聴取の為連行するのもおかしな話ではないかと自分に言い聞かせ、リリィは取り返した拳銃を向けながらアルフに近付いた。
「ま、待ってくださいッ! アルフちゃんは、その……」
「言い分は後で聞くわ。今はこちらの指示に従ってちょうだい。と言うか、今忙しいの。だからこれ以上面倒は――」
「じゃあもっと面倒にしてあげる~」
突如頭上から聞こえてきた変声した女性の声にリリィが顔を上げると、直後に襲い掛かった粘着性の糸の束が彼女を壁に磔にした。
「あぁっ!?」
「ごめんね~、お勤めご苦労様~」
飛来したのはジェーンが変異したスパイダーファッジであった。スパイダーファッジはリリィを拘束すると、そのままアルフと実里へと近付いていく。当然実里は新たに現れた異形であるスパイダーファッジの姿に恐怖し慄いたが、アルフが彼女にしか聞こえない声で呟きそれが誰なのかを知った。
「ジェーン……」
「え? えぇっ!? こ、これが……」
思わず大声でジェーンの名を口にしてしまいそうになるが、アルフが血の付いた手で実里の口を塞いでそれは免れた。慌ててアルフが首を左右に振ると、ここでその名を出してはいけないのだと気付き実里も首を縦に振る。
何が何だかは分からなくとも、取り合えずジェーンが助けに来てくれたのだと言う事を実里が察してくれたのを見て、スパイダーファッジは実里から優しくアルフを受け取ろうと手を伸ばした。
「ごめんね~。でももう大丈夫よ~。さ、後はこっちで――」
「させませんよッ!」
〈Three judge! Admonition chain〉
アルフをスパイダーファッジが連れて行こうとするが、それをアッシュが妨害した。銀の鎖をスパイダーファッジに伸ばして、アルフが連れていかれるのを妨害したのである。スパイダーファッジに変異しているジェーンはノスフェクトだが、ファッジに変異している影響からか銀成分による被害も小さい。だが不意を突かれて鎖で引き摺られ、そのままアッシュとグラスが戦っている所に連れていかれてしまった。
「お前はッ!」
「ハ~イ、さっきぶりね~」
「異教徒に続き化け物まで来るとは、今日は忙しいですね」
S.B.C.T.と修道騎士団、二つの勢力がぶつかり合うど真ん中でグラスとアッシュ、スパイダーファッジが対峙する。
騒動はまだ収まる様子を見せなかった。
と言う訳で第34話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回もよろしくお願いします!それでは。