仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第35夜:京也の後悔

 S.B.C.T.のグラス、修道騎士団のアッシュ、そしてジェーンが変異したスパイダーファッジによる三つ巴の戦いは、スパイダーファッジが2人の仮面ライダーを翻弄する形で推移していた。

 

「あはは~、こっちこっち~♪」

「クソッ! ちょこまかしやがってッ!」

「逃がしませんよッ!」

 

 スパイダーファッジは糸を巧みに扱い、近くの建物に糸を引っ掛けて自分の体を引っ張り上げたり何時の間にか空間に張り巡らせた糸を足場に不規則な動きを見せたりなど、2人の仮面ライダーの予想を上回る動きを見せていた。素早く縦横無尽に動き回るスパイダーファッジの予測不能な動きは、最新鋭のグラスの視界でも捉える事は難しい。

 

 2人の仮面ライダーが事実上スパイダーファッジ1体に足止めされている間に、二つの勢力は互いに戦力をぶつけ合い消耗し合っていた。

 

「ぐぁぁっ!?」

「δ6ッ!?」

「δ7、δ6を下がらせろッ!」

「了解ッ!」

 

 δ3とδ4が前面で盾となり、障害物となって修道騎士団のイジターの攻撃を引き付けている。それでも完全に防ぎきる事は難しく、一瞬の隙を突かれる形でδ6が負傷しδ7により下がらされた。それを他の隊員がサポートしつつ、一方で先程の戦いで無力化した修道騎士団の団員を拘束しようとしていた。

 

「δ9、そこの寝っ転がってるシスターみたいなの引っ張ってけ。援護はしてやる」

 

 δ8がマガジンを交換しながらδ9に言えば、δ9は小さく肩を竦めた。

 

「そいつは光栄だけどね。残念ながら、奴さんはそれを許してくれ無さそうだ」

 

 修道騎士団の団員がS.B.C.T.に拘束されるのはマズイと当の本人達も理解しているのか、電流を浴びせられ変身が解除されながらも動ける者達は痺れる体を引き摺って仲間の方へと動いていた。そしてアッシュに率いられていた団員も、仲間をS.B.C.T.に捕らえられてなるものかと仲間の援護を受けながら剣を手に突撃してきていた。イジターの性能は量産型とは言え単純にスペックで比較すればライトスコープのそれを上回る。何より接近戦での能力は、短剣しか持たないライトスコープに比べればイジターの方が優れていた。

 

 イジター達は己の有利な距離で戦おうと距離を詰め、δチームは彼らを近付けまいと必死に応戦した。今は連携に優れているδチームが陣形を維持しているから対処できているが、一度陣形が崩れればそこから切り崩されて各個撃破されかねない。それ故団員の捕縛よりも反撃を優先させざるを得ず、それが次第に倒した団員を徐々に逃す結果に繋がっていた。

 

「どうしよう、このままだと折角倒した連中に逃げられる……!」

「んなこた言われなくても分かってんだよッ! 何とかできねえかδ10ッ!」

「うぅ~……!?」

 

 そもそも彼らは連れ去られたユーリエを助ける為に来たと言うのにこの状況だ。さっきからコレットからの通信も無くなっているし、状況が混沌として来てどうすればいいのか分からない。焦りがδチームの動きから精細さを奪い、徐々にだが陣形に乱れが生じてきた。

 

「δ0? δ0ッ! どうした? さっきから静かだけど?」

 

 イジター達との戦いに集中している彼らは、今リリィがどういう状況なのかを知らない。それが状況の悪化に拍車を掛け、遂に盾を持っている2人を突破されイジター達の接近を許してしまった。

 

「うぉぉっ!?」

「狼狽えるな、応戦しろッ!」

「クソ、近付くんじゃねえッ!」

 

 盾を持つ2人を突破したイジターが斬撃モードのイジターレイピアで後ろの隊員に斬りかかる。δ8は接近してきたイジターをガンマソードで迎え撃ち、彼が1人のイジターの攻撃を受け止めるとその瞬間δ10がδ8の影から銃口を向け引き金を引いた。放たれた銃弾はイジターを押し返し、後ろに下がった相手にδ8はすかさず至近距離からの銃撃を叩き込んだ。マガジン一つを空にするほどの銃撃は、接近してきたイジターを容易くひっくり返し変身を解除させた。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「あぁ、中身は女だったか。悪いな姉ちゃん」

 

 倒したイジターは女性が変身していたものらしく、甲高い悲鳴を上げながら変身を解除される。それを尻目にδ8は空になったマガジンを交換しようとするが、今ので持参していたマガジンを全て使い切ってしまった事に気付いた。次のマガジンを取り出そうとして手が何も掴まなかった事に舌打ちして銃を捨て短剣を構える。

 

「チッ、ついてねえ」

「δ8、弾が無いなら俺のを使えば……」

「お前の分は大事に取っとけ。お前の手数が減る方が問題なんだよ」

 

 δ8が弾切れになった事に気付いたδ10が咄嗟に自分の弾を分け与えようとするが、δ8はそれを断った。特記戦力であるδ5のグラスが部隊のエースなら、ここぞと言うところで頼りになる部隊の何でも屋的な存在であるδ10は部隊の切り札だ。その彼の手数を減らすのは愚策に過ぎる。それにδ8は元ボクサー、どちらかと言うと銃撃戦よりは接近戦の方が得意だった。

 

 その彼の前に1人のイジターが向かってくる。彼はそれを短剣と拳で迎え撃つ。

 

 すぐ傍で激しい戦いが行われているのと時を同じくして、京也の方も揚羽と未だ揉めていた。

 

「磯部さん、兎に角落ち着いてッ!」

「落ち着くのは紅月君達の方だよッ!」

「磯部さんッ!」

 

 拳銃を取り上げられても尚アルフを敵視し、京也と実里をアルフから引き離そうとする揚羽を京也が必死に宥めようとしていた。揚羽はアルフの一面しか見ていない。誤解を与えてしまった事は事実だが、誤解ならば説得すれば解けると懸命に説得しようとしていたのだ。

 

「認めるよ、磯部さん。確かにアルフはノスフェクトだ。でも、彼女は危ない存在なんかじゃないッ!」

「何でそう言えるのッ! 紅月君もみのりんも、あの怪物に操られてるかもって考えないの?」

「アルフは、そんな事しないッ!」

 

 京也が懸命に説得するが、揚羽は聞き耳を持ってくれなかった。完全にアルフの事を危険なその他ノスフェクトと同列に扱ってしまっている。取り付く島もない様子に、京也はどうすればいいのかと頭を抱えた。

 

 すると、それを見兼ねたアルフが実里から離れ揚羽へと近付いて行った。

 

「あ、アルフちゃん?」

「ッ!? こ、来ないで化け物ッ! 紅月君、みのりん、逃げようッ!」

「磯部さん、待ってッ!」

 

 近付こうとしてくるアルフに、揚羽は京也と実里と共に逃げようとした。だが京也は逆に彼女を引き留め、実里もそれに加わり揚羽を宥めようとした。

 

「揚羽、落ち着いて。お願いだから、アルフちゃんの事ちゃんと見て」

「み、みのりん……!?」

 

 親友が自分ではなくアルフに味方する物言いをする事に揚羽がショックを受けていると、揚羽の数歩前でアルフが立ち止まった。片手は先程揚羽に撃たれた銃創を押さえており、まだ修復が終わっていない傷口からは血が流れ出て指の隙間から零れ落ちている。

 

 血を流しながら近付いてきたアルフの姿に揚羽は顔を恐怖に引き攣らせ後退るが、アルフはそんな彼女の目を真っ直ぐ見ながら口を開いた。

 

「私、確かにノスフェクト。人間じゃない。京也の血を何度も吸ったし、実里の血も飲んだ。人を、操れるのも本当。揚羽の事も、少しだけ操った事、ある」

 

 京也と実里の血を吸われていただけでなく、自分も彼女に操られていた事があると聞かされ揚羽は愕然となる。自分の中に悍ましい何かが入り込んだような感覚になり、思わず吐き気を催してしまった。

 

「ん、ぶ……!?」

「揚羽ッ!?」

 

 気分悪そうに口元を抑える揚羽の背中を実里が擦る中、アルフは言葉を続けた。

 

「でも、私は、人を傷付けたい訳じゃない。人を、傷付けられたくない。京也は、私の大切な人……実里も、友達……」

「アルフ……」

「アルフちゃん……」

 

 アルフがここまで自分の事を語るのは珍しい事なので、京也ですら彼女の言葉に聞き入ってしまっていた。たどたどしくも必死に自分の事を知ってもらおうと絞り出されたアルフの言葉には不思議な重みが感じられた。言葉に掛けた想いの強さだろうか。その重みに揚羽も先程までの勢いを気付けば失ってしまっていた。

 

「わた、しだって……紅月君の、事……」

 

 完全にアルフの雰囲気にのまれた揚羽は彼女を化け物と断じる事が出来なくなり、やっと絞り出せた言葉は自分も京也に好意を抱いていると言う事だけであった。

 自分以外に京也の事を好いている少女が居る事に、アルフは嫉妬心を抱くと同時に奇妙な嬉しさも感じこんな状況であるにもかかわらず彼女の顔には薄っすらと笑みが浮かんだ。

 

「実里と友達なら、揚羽も、友達……なら、揚羽も、守る」

 

 そう言うとアルフは京也達に背を向けた。向かう先はS.B.C.T.と修道騎士団が戦っている戦場。ゆっくりとそちらへ歩いていく彼女の後ろ姿に、京也は嫌な予感を感じて思わず彼女を引き留めようと手を伸ばした。

 

「アルフ? アルフ、何するつもりッ!?」

 

 京也の声にアルフは振り返ると、ニコリと笑みを浮かべた。そして再び前を向くと、拳を握り絞り出す様に声を上げた。

 

「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……! ぁぁぁああああああああああっ!」

 

 アルフが全身に力を入れると、内側から滲み出た血が彼女の全身を包み込む。包み込んだ血は最初は液状だったがすぐに固まる様に形を形成していき、彼女の姿を鎧を身に纏った姿に変えてしまった。

 

 口元以外を赤黒いラバースーツの様な物で包まれ、その上に同色の鎧を身に纏う。その姿は口元が露出してはいるが、それ以外は目元の複眼など仮面ライダーと見紛うような見た目であった。

 

「アルフ……その、姿は……」

 

 京也ですら初めて見るアルフの姿。彼は直感でそれが彼女のノスフェクトとしての姿であると理解した。だがその姿は特定の生物を連想させるものではない。その事が奇妙で、京也は彼女を引き留める事も忘れてその姿に見惚れてしまっていた。

 

 その間にノスフェクトとしての姿になったアルフは、一足飛びに戦場のど真ん中に飛び込んだ。主に狙うのは、周囲の被害も考えず戦いの輪を広げる修道騎士団のイジター。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!」

「ッ!?」

 

 真っ先に狙われたイジターは、突如現れ飛び掛かって来たアルフのエネルギーの様に血を纏った一撃を喰らい一撃で壁に叩き付けられ変身を解除される。そこで他のイジター達もアルフの乱入に気付き、血を纏うその姿に彼女がノスフェクトであると気付くとS.B.C.T.の存在も忘れて一斉に銃口を向けた。

 

「う、撃てぇッ!」

 

 四方から次々と放たれる銀の銃弾。アルフは身を翻してそれを回避するが、完全にとはいかず何発かは彼女の体を掠り更に何発かは鎧の上で弾けた。

 

「う、ぐ……くッ!」

 

 彼女にとって猛毒に等しい銀の銃弾を喰らい、彼女の露わになっている口元が苦痛に食い縛られる。だが彼女は痛みに耐え、この戦いを終わらせるべく修道騎士団を退かせる為戦い続けようとした。

 

 その時、彼女の頭上から蒼い大槌が振り下ろされる。

 

〈Judgement meteor!〉

「フンッ!」

「ごふっ!?」

 

「「アルフ(ちゃん)ッ!?」」

 

 京也達が見ている前で、アルフの上に振り下ろされた大槌が持ち上げられる。大槌はそのまま持ち主である仮面ライダーバルトの肩に担がれ、彼女はまるで木刀か何かの様にそれを軽々と扱い肩を槌の柄でトントンと叩いていた。

 

「あんまり騒がしいもんだから来てみたら、何これどういう状況? アッシュ! S.B.C.T.とは必要以上に事を起こすなって言ったでしょッ!」

 

 バルトはグラス、スパイダーファッジと戦っているアッシュを見つけると手にした大槌を地面に突き立てる様に叩き付けながら怒鳴った。動きの掴めないスパイダーファッジへの対処に四苦八苦していたアッシュだが、流石に返事をしない訳にはいかないからか一度後ろに下がってバルトの言葉に答えた。

 

「それは仕方ありません。何しろコイツ等は神を信じない不信神者共です。そんな連中が不敬にも神の御前である教会に土足で踏み入ろうとしていたのですから、迎え撃つのは当然の事でしょう?」

「騒ぎを起こすなっつってんのよッ! アンタは穏便に済ますって事が出来ない訳? S.B.C.T.とは必要とあれば共闘する事だってあったかもしれないのよッ!」

「必要を感じませんね。化け物と異教徒共の始末に、このような不信神者共の手を借りるなどそれこそ不敬に当たります」

 

 唐突に始まったバルトとアッシュの口論に、グラスもスパイダーファッジも戦いを止めていた。と言っても戦いを止めた理由はそれぞれ異なる。グラスは未だ彼らにとって正体不明な相手である修道騎士団の内情などを探る為に攻撃の手を止め記録の為ヘルメットに内蔵されたカメラを向けた。

 

(さっきから聞いてれば、不敬だ異教徒だって所からやっぱり連中は教会と深い関りがあるみたいだな。しかし教会がこんな武装勢力を持ってるなんて初耳だぞ……)

 

 自分達の知らない所で意外な連中が自前の戦力を有している事に、グラスは思わず唾を飲み込んだ。

 

 一方スパイダーファッジはどうやってバルトの足元のアルフを助け出すかを考えていた。この展開は彼女にとっても予想外であり、事は一刻も早く事態を収束させる必要に駆られていた。

 

(まっずいわね~……まだアルフちゃんの力は完全に戻ってない。そんな状態で無茶をすれば最悪取り返しがつかなくなる)

 

 かくなる上は多少力技でも騒ぎを一度広げて大立ち回りしながらアルフを回収しようかと考え始める。

 

 その時、バルトの一撃で地面にめり込まされていたアルフがガクガクと震える手足を使って起き上がろうとした。見ると先程の一撃でかなりのダメージを受けていたのか、彼女の身を纏う鎧の大半が血に戻って崩れ落ちている。頭を覆う兜は片目の部分が割れて赤い瞳が露出しているし、胸や腹の鎧は完全になくなりラバースーツに包まれただけの巨乳が露わになっている。

 

「うぐ、ぅ……くっ」

「ん? おっと」

「あぐっ!?」

 

 アルフが立ち上がろうとしている事に気付いたバルトは、彼女を逃がすまいと足で踏み付け動きを封じた。

 

 彼女が足蹴にされている光景に、京也の中で何かが切れた。彼は揚羽の手を振り払ってアルフの元へと向かうと、タックルでバルトを押し退けた。

 

「このぉぉぉぉっ!」

「あっ! 紅月君ダメだよッ! 待ってッ!」

「え? どぉっ!?」

 

 京也のタックルはバルトにとっても意外だったのか、意表を突かれた様に突き飛ばされそのまま前転するようにずっこけた。倒れたバルトには構わず、京也は傷付き倒れたアルフの体を優しく抱き上げる。

 

「アルフ、アルフッ! しっかりして、アルフッ!」

「はっ、はっ……き、京也……ダメ。ここ、危ない……」

 

 自分が瀕死になっているにも関わらず尚京也の事を気遣うアルフの姿に、彼は奥歯を食い縛り己の不甲斐無さを悔いた。こんな事になったのも全ては自分が揚羽にも全てを打ち明けておかなかったからだ。冷静に考えれば分かる事だった。揚羽と実里は基本行動を共にしているのだから、どちらか片方が不審な行動を取ればもう片方がそれを怪しむ。何時もと違う行動を取り始め、自分から距離を取り始めた実里に揚羽が異変を感じ取るのは必然だった。

 もし、ここで京也が早々に揚羽にも自分の事やアルフの事を揚羽に打ち明け巻き込んでいればこんな事にはならなかったかもしれない。こんな事をしでかした揚羽だが、彼女は本来誰とでも分け隔てなく接する純粋で優しい少女だ。あまり他人と積極的に接する方ではない京也にも、自分から声を掛けてきてくれた。そんな彼女であれば、秘密と事情を知りさえすればアルフの事も受け入れてくれたはずだ。

 

(僕が……僕がもっと、磯部さんの事を信じていれば……!)

 

 揚羽を信じる事と、巻き込んだ彼女の身を守る責任を背負う覚悟を決めていればこんな事にはならなかったのにと京也は後悔した。そして、これが終わったら必ず揚羽にも全てを打ち明けようと心に決めつつ、アルフをこの場から連れ出そうとする。

 

 しかしそれはアッシュにより阻まれてしまった。彼女は京也がアルフを連れて逃げようとしている事に気付くと、鞭を振るって彼の腕に巻き付け引っ張ったのだ。

 

「うわっ!?」

「逃がしませんよ。その化け物は勿論、化け物と親しくしているあなたにも神による浄化が必要なようです」

 

 アッシュは京也の腕に巻き付けた鞭を思いっ切り引っ張った。京也の腕の骨を砕く勢いで締め付けてくる鞭に、彼の口から苦悶の悲鳴が上がる。

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ちょっとアッシュッ!」

「止めろッ!」

 

 京也の悲鳴にバルトとグラスがアッシュの凶行を止めさせようと手を伸ばす。だがそれよりも早くに、飛び出したスパイダーファッジの蹴りがアッシュを蹴り飛ばし京也の腕から鞭を外した。

 

「止めなさいッ!!」

「ぁ、ぐぁっ!?」

 

 アッシュを蹴り飛ばして退かせると、スパイダーファッジは京也に近付き彼の耳元で小さく囁いた。

 

「ここは私が何とかするから、京也君はアルフちゃんと早く逃げなさい」

「ッ! もしかして、ジェーンさん?」

 

 声は変質しているが、それがジェーンである事に京也も気付いた。彼の言葉にスパイダーファッジは小さく頷くと、残った修道騎士団とS.B.C.T.の目を引き付けるべく再び暴れ出そうとした。

 だが京也にはここで自分だけが逃げる訳にはいかない理由がある。

 

「で、でも、磯部さんと須藤さんを置いていく訳には……」

「そっちは大丈夫よ、気にしなくていいわ。君は自分とアルフちゃんの事だけを考えて」

 

 珍しく間延びもせず、真剣な声色でスパイダーファッジ……ジェーンは京也に逃げるよう告げた。それだけ今の状況は深刻と言う事か。彼女の真剣な姿に、京也も思わず息を飲んだ。

 

 京也とスパイダーファッジが何を話しているのかは分からないが、何らかのやり取りをしているのはグラス達にも分かった。それはつまり京也とスパイダーファッジの間には言葉を交わし合う何かがあると言う事の証明であり、グラス達は京也を色々な意味で重要人物として記憶しあわよくばこの場で同行を願えないかとすら考えた。場合によっては最悪、捕縛して連行する必要もあるかもしれない。

 

 だがアッシュはそうではなかった。彼女にとって異教徒と化け物は全て敵に過ぎず、それに接触を図る者も同類であった。

 スパイダーファッジに蹴り飛ばされた状態から復帰した彼女は、飛び掛かりながら鞭を振るった。

 

「ハァァァッ!」

「チッ!」

 

 背後から迫るアッシュの存在に気付いたスパイダーファッジは、京也との会話を切り上げアッシュへの対処に移った。空中に張り巡らせた蜘蛛の糸でアッシュの体を受け止め、そのまま絡め取り振り回してイジター達の中へと放り込む。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 

 アッシュを放り投げながら、スパイダーファッジはハンドサインで京也を下がらせた。それに彼は頷くと、傷付いたアルフを引き摺る様にその場を離れる。誰も居ない方に向かっていく彼に、揚羽は手を伸ばし実里がそんな彼女を引き留めた。

 

「あっ!? 紅月君、待って!?」

「ダメよ揚羽ッ! そっちに行ったら危ないって!」

「放してよみのりんッ!? このままじゃ、紅月君があの化け物に……!?」

 

 尚も暴れて話を聞く耳持たない揚羽に、実里は業を煮やして思い切った行動に出た。彼女に思いっきり抱き着き、耳元で静かに言葉を告げたのだ。

 

「揚羽、聞いて。揚羽がアルフちゃんを怖がる理由も分かるよ? でも違うの。ウチも、紅月君も、アルフちゃんに操られてなんかいない、それは確か。って、言っても信じられないよね?」

「みの、りん……?」

「だから、明日。明日、紅月君と一緒に全部説明するね。約束する……それじゃあ、ダメかな?」

 

 流石に親友にここまで真剣に頼まれては、揚羽としても頷かない訳にはいかなかった。少し躊躇いながらも、揚羽は実里の言葉にしっかりと頷いて見せた。その答えに実里は安堵し小さく息を吐いた。

 

「良かった……揚羽、ありがとう」

「うん……」

 

 まだ完全に全てが解決したわけではないが、ともあれこれで少しは進展する。実里がそう安堵していると、不意に壁に貼り付けられていたリリィが助けを求めてきた。

 

「ねぇちょっとッ! お願いだからそろそろ助けてッ!」

「え? あぁっ!? は、はいッ!」

「こ、これ、触っても大丈夫なの?」

「うぉぉっ!? 何じゃこりゃッ!?」

 

 揚羽と実里が恐る恐るスパイダーファッジの糸を外そうとしていると、背後からδ8が驚愕の声を上げるのが聞こえた。2人が振り返るとそこには案の定δ8の姿があったが、部外者である2人はそのライトスコープの中身を知らないのでポカンとしている。

 

「リリィッ!? お前何時の間にこんな事になってんだよ!?」

「来るのが遅いのッ! こっちからの通信が無くなった時点で気付いてよッ!」

 

 δ8がここに来たのはリリィからの支援が途切れたからだ。あの後もδチームと修道騎士団は戦っていたのだが、リリィからの情報支援が無くなれば戦況は徐々に苦しくなってくる。δチームは頻りにリリィに情報支援を要請したのだが、一向に返事がない事に焦れてδ8が様子を見に来たらこの有様だった訳だ。

 

「何で早く俺達の誰かを呼ばないんだよ?」

「この状態になった衝撃で通信機落ちちゃったのよ。いいから早く助けて」

「ちょっと待ってろ」

 

 こうしてδ8によるリリィの救出が行われ、揚羽と実里の2人はそれを下がって見ていた。

 

 一方、スパイダーファッジはグラスとアッシュだけでなく新たに参戦したバルトの相手を同時に行い、次第に追い詰められつつあった。グラスが銃撃しそれを回避すれば、アッシュの鞭が飛んできてそれを糸で防げば隙ありと言わんばかりにバルトが大槌を振り下ろしてくる。

 幸いなのはグラスとアッシュ達の間に連携しようと言う考えがない事だろうか。グラスはグラスで、彼の思惑に沿ってスパイダーファッジを無力化し連行しようと考えていた。

 

(コイツは、そこらの悪党でも残党でもねえ。何かが可笑しい。ここで絶対に捕まえるッ!)

 

 意気込むグラスであったが、バルト達にはそんな事知った事ではない。彼女達はここで意地でもスパイダーファッジを始末するつもりで激しい攻撃を仕掛けていた。その攻撃はグラスの介入すら妨害する勢いであり、彼も気付けば手出しする事が出来ない程になっていた。下手に彼が攻撃すれば、アッシュかバルトも巻き込んでしまう。

 本来であればあまりあの2人にまで配慮する必要はないのだが、だからと言って2人を無視して攻撃する事は彼には出来なかった。

 

「チクショウ、あいつら何なんだよ……!」

 

 悪態をつくグラスであったが、2人の相手をしているスパイダーファッジは堪ったものではなかった。

 

(くっ……流石に、これ以上は……)

 

 見れば京也達も十分遠くに離れたらしく、姿を確認する事は出来ない。実里と揚羽もS.B.C.T.に無事保護されたようだし、これ以上彼女がこの場を引っ掻き回す必要はない。

 そろそろ頃合いかと逃げ出そうとしたその時、彼女が退こうとしたのに気付いたのかアッシュがそれより早くに彼女を鎖で拘束した。

 

「逃がしませんよッ!」

〈Three judge! Admonition chain〉

 

 アッシュのスカートが変化し、鎖となってスパイダーファッジを縛り付ける。ファッジとしての面が色濃く出ているおかげか彼女の体が銀で焼かれる事は無かったが、強固な鎖は彼女の動きを完全に拘束してしまっていた。

 

「くっ!?」

 

 それでも何とか逃げ出そうとするスパイダーファッジ。しかしバルトは動けなくなった彼女を見逃す様な事はせず、アッシュに彼女が拘束されたのを見た瞬間クロスショットのレバーを4回動かした。

 

〈Four judge. God's execution!〉

「オラァァァァァァァッ!!」

「ぁ……」

 

 放たれたバルトのゴッズエクスキューション。拘束されたスパイダーファッジにこれをどうにかする術はなく、放たれた跳び蹴りを彼女は諸に喰らってしまった。

 

「ぐぅ……!?!?」

 

 バルトの蹴りが直撃すると同時にアッシュは拘束を解き、解放された事でスパイダーファッジは蹴り飛ばされた。そして落下したその場所で爆散し、大きな爆炎と煙が空に上がった。

 立ち上る炎と煙を、バルトは何とも言えない様子で見上げていた。

 

「あ~ぁ……よりにもよってコイツと協力する羽目になるとはね」

 

 仕方がないから連携したし、同じ組織に属する者として協力して戦う訓練もしてきた。だから今回のような事も難なくできたが、本音を言えばそりが合わないアッシュとの共闘は彼女としては御免被りたい事であった。これがカタリナの変身したシルヴァであれば快くアッシュとも共闘したのであろうが…………

 

「危ねえッ!?」

「え? どわっ!?」

 

 出し抜けにグラスがスラスターを全開に噴かせてバルトにタックルし、その勢いで彼女を地面に押し倒した。バルトは突然の事に加えて敵意が感じられなかった事で反応が遅れ、されるがままに彼に押し倒されてしまった。

 

「げ、っふぅ……!? ちょ、アンタいきなり何――」

 

 直後、赤いエネルギーの光弾が先程までバルトの居た所を通り過ぎていった。あのままあそこに居たら、直撃を喰らってただでは済まなかっただろう。そう考えると今更ながら彼女は冷や汗をかいた。

 

「ッ!? あ、アンタ……」

「あの野郎、ただのファッジじゃねえなッ!」

 

 一応は敵対していた相手だと言うのに、損得考えず自分を助けたグラスの姿にバルトは友人の姿を重ねた。先程までと違う目でバルトが見てきている事に気付かず、グラスは爆炎の中に向けて銃撃モードのバスターショットを向ける。

 

 するとスパイダーファッジが爆散したところを中心に衝撃が走り、その衝撃が風を巻き起こし炎と煙を吹き飛ばした。

 視界を遮っていた炎と煙が無くなると、そこに居たのはスパイダーファッジとは全く異なる怪物であった。

 

 まず目を引くのはその顔だ。一言で言えばのっぺらぼう。まるで殻をむいたゆで卵の様に起伏の尚つるりとした顔は、ともすればそう言う仮面の様に見えてしまった。いや、実際仮面でもあるのかもしれない。よく見ると完全な無地ではなく、ぬぼっとした表面の下にうっすらと仮面ライダーの複眼の様な物が見える。

 頭全体を半透明なヘルメットの様な物で覆われ、後頭部は首の上の所から赤黒い髪の様な物が垂れていた。その髪の様なものは、それ自体に神経が通っているかのように重力や風に逆らって動いていた。

 首から下も異様だった。先程アルフがノスフェクトらしからぬ、ともすればヴァーニィにも似たラバースーツと鎧に身を包まれていた。今のジェーンの姿もそれに近かったが、ジェーンのそれは鎧に統合性が感じられない。全く形状の違う鎧が肩、腕、腰、足にそれぞれ装着され、胸元も右胸の部分が覆われていない歪な形状の鎧で覆われている。

 

 スパイダーファッジに変異していたジェーンが新たに変異し明らかにした、彼女自身のノスフェクト態。その異様な姿を前に、グラスもバルトも、アッシュも気圧されたように動けずにいた。ノスフェクトとなったジェーンはそんな彼らを一瞥すると、久し振りに露わにした自身の姿を見て溜め息を吐いた。

 

「…………ふぅ」

「「「ッ!?」」」

 

 たった一つの溜め息。しかしそれを聞いただけでグラス達は本能的に直感した。この相手に挑んではいけない。コイツは触れてはならない何かだと。

 

 先程までの喧騒が嘘の様に辺りがシンと静まり返る。耳を澄ませば、逃げ惑う周囲の住居の住民の慌てふためく声だけが聞こえてくる。

 そんな中で、ジェーンの前に降り立った者が居た。シルヴァである。

 

「ッ! シルヴァ……!」

 

 シルヴァの登場にバルトが思わず喜色を含んだ声を上げる。危機すら感じさせるこの状況で、騎士団最強とも言える実力者の彼女の参戦はこれ以上なく頼もしい。

 だがシルヴァはジェーンと戦うような事はしなかった。それどころか彼女は背後の騎士団に顔を向けると、騎士団の団員たちに撤退の指示を出したのである。

 

「……全員、今すぐ撤退しなさい。これ以上の戦闘は無意味です」

「なっ!? この異教徒共と化け物を見過ごすと言うのですかッ!」

 

 シルヴァからの撤退の指示にアッシュが真っ先に声を上げるが、彼女はアッシュからの抗議を一蹴した。

 

「何度も言いません。……今すぐ退きなさいッ!!」

「ッ!?…………くっ」

 

 ここまで強く言われては、アッシュとしても後退せざるを得ない。実際の所、ジェーンまで加えてこれ以上の戦闘を行えば周囲の被害はさらに増え、騎士団からも脱落者が出てもおかしくなかっただろう。そう思わせるほどの状況であった。街への被害はともかくとして、修道騎士を徒に消耗させればアッシュの立場も悪くなる。ここは後退するのが最善であるのは間違いない。

 納得のいかない所は幾つかあるが、他に手はないと渋々部下を伴って後退した。

 

 それを黙って見ているグラスではない。

 

「おい待てッ! お前ら、ユーリエを返しやがれッ!」

 

 撤退していくアッシュを引き留め、連れ去られたユーリエを返す様に要求するグラスだったが、それはシルヴァにより阻まれてしまった。目の前に体を割り込ませたシルヴァに、グラスは彼女の体を押し退けようとした。

 

「ッ、邪魔すんなッ! てか、お前もアイツらの仲間だろ? ユーリエをどうするつもりだッ!」

 

 グラスの詰問に、シルヴァは一言も発する事は無かった。彼女にも修道騎士としての責任がある。この場の戦いは多少強引に収める事はしたが、それ以上の事をするのは彼女であっても難しい。特に騎士団の捕虜となったユーリエの扱いなどに関しては彼女が下手に関与する事は出来ない。

 本心を言えば彼女だってユーリエに手荒な事はしたくないので解放したいと言う気持ちはあった。しかし彼女にそれを決める事は出来ない。そのもどかしさがジレンマとなって、居た堪れなくなり思わずグラスから顔を背けてしまった。

 

「…………ごめんなさい」

「え?」

 

 それでも、湧き上がる罪悪感を完全に隠す事は出来なかったのか、思わず謝罪の言葉が口をついて出てしまった。まさか謝罪されるとは思っていなかったのか、グラスも思わず呆けていると2人の様子を見ていたバルトがシルヴァの手を引いて2人を引き離した。

 

「ほら、私達もさっさと帰るわよ」

「えぇ……」

「それじゃあね。……さっきは、ありがと」

 

 そう言うと2人も強化された脚力で一足飛びにその場を離れ、あっと言う間にグラス達から離れていった。

 

 小さくなっていく彼女達の姿を見送り、グラスは何も言えず拳を握り締めるのであった。




と言う訳で第35話でした。

今回ようやくアルフとジェーンのノスフェクト態をお披露目出来ました。アルフのノスフェクト態は仮面ライダーっぽい怪人、ヴァーニィをそのまま怪人にしたような感じです。一方のジェーンの方は、のっぺらぼうモチーフのちぐはぐな姿をした見るからに異様な姿の怪人となります。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回もよろしくお願いします!それでは。
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