え~、まず最初に。今回から本作はこれまで私が手掛けてきた作品を超えるほどのドロッとした展開を迎えます。先に断っておきますと、読んでて辛くなるシーンも多くなるかと思いますがどうかご了承ください。
突如校舎の中から聞こえてきた悲鳴に、ヴァーニィ達は互いに顔を見合わせ大慌てで戻った。
そこで彼らが目にしたのは、血の海になっている廊下と貪る様に生徒に食らい付き血を啜るシャークノスフェクトの姿であった。
「ガルッ! ガルルルッ! ジュルルルルッ!」
「あいつ……!」
ここに来るまでに何人もの生徒が犠牲になった事が伺える。その光景に激昂したヴァーニィは、飛び掛かる様にボレーキックを放ちシャークノスフェクトを壁に叩き付けた。蹴りが命中した際に血を啜られていた生徒の亡骸がシャークノスフェクトの口から離れ、鈍い音を立てて床に落ちる。
「大丈夫ッ!?」
受け身も取れず廊下に落ちた生徒を心配して抱き上げるヴァーニィだったが、この時点で生徒は既に息絶えていた為彼の手には冷たい感触だけが伝わった。間に合わなかった事に彼は悲しさと悔しさに仮面の下で顔を歪め、涙を堪えるように肩を震わせる。
「く、そ…………!? コイツぅぅぅッ!!」
またしても学校にノスフェクトが襲撃を掛けてきた。彼にとって学校は日常の象徴であり平和の形だった。それを荒された事に、彼は自分でも抑えきれない怒りを抱き生徒の亡骸をそっと廊下の上に横たえシャークノスフェクトへの攻撃を再開した。拳を握り締め、叩き付けられた壁から離れた直後のシャークノスフェクトに叩き込む。
「はぁっ!」
怒りを乗せたヴァーニィの拳がシャークノスフェクトの体にめり込んだ。直後、彼の口から苦悶の声が上がり弾かれるように殴った拳を引っ込めた。
「ぐぁぁっ!?」
「紅月君、どうしたのッ!?」
攻撃したのはヴァーニィの方なのに、彼も明らかにダメージを受けたような反応に実里が心配の声を上げる。一方アルフは引っ込められたヴァーニィの拳を見て、その拳がズタズタに切り裂かれて血を流している光景に目を見開いた。
「京也の手が……!?」
「えっ!?」
「な、何で……?」
攻撃した筈のヴァーニィの方が何故ダメージを受けたのか? その答えに気付いたのは、他ならぬ攻撃した本人であった。
「こ、こいつ……!? 鮫肌って奴か」
近くでよく見るとシャークノスフェクトの表皮は鋭い棘の様な鱗で覆われていた。単純な防御力が望める様な鱗ではないが、代わりに攻撃してきた相手に対し逆にダメージを与えて攻撃を躊躇わせる事は出来る。実際迂闊に攻撃すれば自分が痛い目に遭うと分かった瞬間、ヴァーニィの攻勢が明らかに弱くなった。
ヴァーニィの攻め手が弱くなったのを見て、今度はシャークノスフェクトの方が攻勢に出る。鋭い牙を剥き出しにしてヴァーニィに食らい付こうと飛び掛かり、彼がそれを回避するとその隙を狙うように尾を振るって無防備な腹を鮫肌の尾で殴り飛ばした。
「あぐぁぁっ!?」
単純な殴打の一撃だけでなく、おろし金の様な鮫肌の一撃に体を削られ、一度に二つのダメージにヴァーニィが悲鳴を上げながら壁に叩き付けられる。
明らかに苦戦している様子のヴァーニィの姿に、実里はアルフの肩を掴んで自分の血を吸わせようとした。
「アルフちゃんッ! ウチの血を吸って、紅月君に力を!」
「ん!」
無手での攻撃ではシャークノスフェクト相手に圧倒される。クロスブレイカーがあればそれに越したことはなかったが、大型武器のクロスブレイカーは学校に持ってこれない。普段であればアルフが持ってくるのだが、今回は変身はしても戦う予定は無かった為アルフも手ぶらであった。
この事態を打開するには、己の血をそのまま攻撃や防御に転用出来るブラッディ形態になるしかない。
実里が制服の首周りに余裕を作り、アルフが血を吸いやすいようにしてやる。アルフが露わになった実里の首筋に口を近付けようとするが、それを見た揚羽は反射的に実里を抱き寄せアルフの吸血行為を中断させてしまった。
「止めてよッ!? みのりんにこれ以上酷い事しないでッ!」
「揚羽、違うってッ! これは必要な事なんだからッ!」
「だからって……!」
先程色々と説明を受けはしたが、それでもやはり完全に納得するには時間が必要だった。まだ揚羽の中ではアルフに対する疑念が残っており、その疑念が実里への吸血を認めてくれず結果的にヴァーニィの強化を邪魔する形となる。
その間にもヴァーニィはシャークノスフェクトの猛攻に晒され、遂にナイフの様な牙がヴァーニィの腕に深く食い込んだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
腕の肉を切り裂かれ、流れ出た血を啜られる。自身の命であり力の源でもある血を吸い取られる悍ましさに、ヴァーニィは自身が傷付くのも構わず何度もシャークノスフェクトの体を殴りつける。ヴァーニィの拳が叩き付けられる度に彼自身の拳が傷付いていくが、鮫肌は相手にもダメージを与えると言うだけで自身へのダメージを軽減するものではない。何発か殴られ、堪らずシャークノスフェクトはヴァーニィの腕から口を離して距離を取った。
「うぐ、あ…………!? く、ぅぅ……」
シャークノスフェクトは口を離してくれたが、ヴァーニィの腕にはシャークノスフェクトの牙が何本か残っていた。血を流す傷口と牙が刺さったままの腕の痛みに彼が膝をつくと、彼が纏っているコートが液状化して足元に崩れるように広がった。戦いに使えるだけの血液が無くなって来た証拠だ。追い詰められたヴァーニィの姿に、実里は必死になって揚羽を説得した。
「揚羽、お願いッ! アルフちゃんを信じてッ! このままじゃ、紅月君殺されちゃうよッ!」
「でも……だけど……!? うぅ、うぅぅぅぅぅぅ……」
揚羽だって京也を見捨てたい訳ではない。このままだと彼が危ないと言う事は彼女にも分かる。しかし、だからと言って実里が吸血されるのを黙って見ている事は…………
「~~~~ッ!」
悩んだ末に、揚羽は苦しそうな顔で目を瞑りながら顔を背けた。それは言葉にしないが、アルフが実里の血を吸う事を許容する事を示すサインだった。葛藤の中で揚羽が理性を総動員して認めてくれたのを察し、実里は自分達を信じてくれた親友に心から感謝した。
「揚羽、ありがとうッ! アルフちゃんッ!」
「うん……揚羽、ありがと」
2人からの感謝の言葉が、刃となって揚羽の心に突き刺さる。揚羽が胸の痛みに苦しんでいる横で、アルフが改めて実里の首筋に牙を突き立て血を吸い始めた。
「カプ……」
「んくぅっ! んぁ……ぁ……ふぅ、うぅっ……!」
目を閉じている為揚羽にはその光景は見えないが、耳には実里が喘ぐ声が入って来る。聞いた事の無い幼馴染の喘ぎ声に、揚羽は心配と不安を感じながら2人を引き離そうとする手を必死にもう片方の手で押さえていた。
「ん、ん……ふぅ…………んっ! ゴホッ!」
実里の血を十分吸い、稀血からクロスブラッドを生成。口から飛び出したそれをアルフはヴァーニィに届けるべく、彼にトドメを刺そうとしているシャークノスフェクトを蹴り飛ばした。
「京也に、近付くなぁぁぁッ!!」
「ッ!?」
ヴァーニィに意識を向けていたシャークノスフェクトは、アルフからの奇襲に近い飛び蹴りを喰らい大きく吹き飛ばされる。ひっくり返ったシャークノスフェクトが起き上がるのに四苦八苦している内に、アルフはヴァーニィに実里の血から作ったクロスブラッドを手渡した。
「京也、これ」
「アルフ、須藤さん……ありがとう」
気が狂いそうになる喉の渇きに耐えながら、鉛の様に重い体を起き上がらせ立ち上がるヴァーニィ。その手には新しいクロスブラッドが握られ、彼はそれをドライバーのドクロの口の中に装填しブラッディ形態となった。
〈オーバートランスフュージョン!〉
稀血のクロスブラッドを取り込んだヴァーニィは、先程までの渇きと重さから嘘の様に解放された。稀血が彼に力を与え、両手足にオーラの様に血を纏う。
彼が力を得ると、それに気付いたシャークノスフェクトは明確な脅威を感じたのか僅かに後退る。
「グルル……」
「逃がすかッ!」
ここであのノスフェクトを逃がしたら、また無関係の人が襲われる。それを許さない為、ヴァーニィは腕の血から刃を飛ばしてシャークノスフェクトの逃げ道を塞いだ。赤黒い刃が廊下を抉り、咄嗟にそこから離れようとしたシャークノスフェクトにヴァーニィが襲い掛かる。
「ハァァァァッ!」
ブラッディ形態となったヴァーニィ相手に下級ノスフェクトは最早役者不足であった。彼が腕を振るえばその軌跡に結晶となり硬質化した血が残り、反撃しようとしたシャークノスフェクトの攻撃が弾かれる。そしてその隙に彼は空中に残った結晶を掴んで振り下ろし、殴りつけて攻撃するとそれに怯んだシャークノスフェクトに追撃の拳を叩き付けた。
「だぁぁぁッ!」
「グルァァァァァッ!?」
ヴァーニィの猛攻にシャークノスフェクトは反撃は愚か防御も儘ならない様子だった。その光景を離れた所から眺めていた実里達は、アルフに守られながらもヴァーニィの勝利を確信する。
その時、アルフは背筋に氷柱を突っ込まれた様な感覚に襲われた。何かが自分達を狙っている。それも上級ノスフェクトだ。アルフは咄嗟にノスフェクト態となって、自分達を狙っている上級ノスフェクトからの襲撃に備えた。
「グルル……!」
「え、なになにっ!」
「アルフちゃん、どうしたの?」
突然臨戦態勢となり周囲を警戒するアルフに実里も揚羽も困惑する。2人からの問いに応えずアルフが周囲を隈なく見渡していると、出し抜けにアルフの真下から巨大なワニの口が飛び出し彼女の体を挟んで持ち上げた。体に食い込む鋭い牙とプレス機の様に体を押し潰してくる顎の力に、アルフは全身の骨がバラバラになったような激痛を感じ悲鳴を上げた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」
「何これッ!?」
「アルフちゃんッ!?」
耳に聞こえてくるアルフの悲鳴と揚羽と実里の慌てた声に、ヴァーニィもシャークノスフェクトへの攻撃の手を止めそちらを見てしまった。
「アルフッ!?」
近すぎる場所に居る2人には何が起きているのか分からない様子だったが、離れた所から見ているヴァーニィには全体の状況が良く分った。
「あれは……ワニ?」
アルフを真下から奇襲したのは巨大なワニの顎……クロコダイルノスフェクトであった。巨大化させたクロコダイルノスフェクトの顎に挟まれたアルフは、そのまま下から這い出たクロコダイルノスフェクトに大きく振り回され何度も壁や床に叩き付けられる。
「がふっ!? あがぁっ!? う、ぐっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」
「ああ、アルフちゃんッ!?」
「待ってみのりんッ! 危ないよッ!」
叩き付けられる度にアルフの口から悲鳴が上がり、鎧が砕けてボロボロになっていく。見ていられず実里が手を伸ばすが、今近付けば実里も被害を受けると揚羽が彼女の名を呼び引き留めた。
するとその声を聞いて、アルフを咥えたクロコダイルノスフェクトが視線を2人の方に向けた。
「ぁ゛……ぅ゛ぅ゛……」
痛めつけられたアルフは見るも無残な姿となっており、最早殆どボディースーツと半分割れた仮面を身に着けているのみ。その残ったボディースーツもあちこちが千切れて穴が開き、その下に隠されていた白磁の様な肌が傷付き露わになっていた。
ボロボロのアルフを咥えたクロコダイルノスフェクトの姿は、獲物を仕留めた猛獣そのものでありそれを見上げる形となった揚羽と実里を震え上がらせる。
「ひっ!?」
「う、ぁぁ……!?」
「に、にげ、て……」
クロコダイルノスフェクトに恐怖し足が竦んだ2人に、アルフが息も絶え絶えになりながら手を伸ばし逃げるように言う。だが直後、クロコダイルノスフェクトはまだ意識があるアルフを痛めつける様に顎の力を強くし体を締め付けられて彼女の口からは絞り出す様な悲鳴が上がった。
「あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」
「アルフッ!? くそ、止めろぉぉぉぉッ!」
耳に入って来るアルフの悲痛な声に、ヴァーニィはクロコダイルノスフェクトに挑みかかる。もうシャークノスフェクトなんて相手にしている場合ではない。一刻も早くアルフを助け出さなくては。
ヴァーニィが向かってくるのが見えたクロコダイルノスフェクトは、咥えているアルフを口を振り回して放り投げ、窓の外へと投げ捨ててしまった。それを見て実里は揚羽の手を振り解き外へと向かってしまう。
「アルフちゃんッ!? 大変、行かなきゃッ!?」
「みのりん、待ってッ!?」
自らの手を振り払い外へと向かっていく実里を追いかけようとする揚羽だったが、クロコダイルノスフェクトが尾を廊下に叩き付けると穴が拡がり揚羽の足がそれに取られて転倒。そのまま落ちそうになるが、あわやと言うところでヴァーニィに助けられた。
「あっ!? あ、あ、あっ!? きゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
「磯部さんッ!」
「う、ぁ……! あ、紅月君ッ!」
「そのまま、動かないで……!」
ヴァーニィが穴の縁から手を伸ばし、地下に落ちそうになる揚羽を引っ張り上げる。生身でこんな事をやろうとすれば最悪一緒に穴の中へ落ちてしまいかねないが、変身していれば片手で揚羽を引っ張り上げる事も可能であった。そうしてヴァーニィが揚羽を引き上げた、その瞬間を狙ってクロコダイルノスフェクトが尾を振るい2人を纏めて殴り飛ばそうとした。
「ッ! 危ないッ!?」
「きゃっ!?」
迫る尾の存在に気付いたヴァーニィが咄嗟に揚羽を抱きしめる様に守ると、2人纏めて強靭な尾に殴り飛ばされ壁に叩き付けられる。
「がっ!?」
「うぐっ!?」
壁に大きく罅が入るほどの力で叩きつけられた2人。普通の人間がノスフェクトの本気の一撃で殴り飛ばされれば全身の骨がバラバラになってもおかしくないが、揚羽は幸いな事にヴァーニィがクッションとなってくれたおかげで全身を強かに打ち付ける程度のダメージで済んだ。その代わりヴァーニィは受け身も取れず大きなダメージを負う事となってしまったが。
「が、は……!?」
「ゲホッ!? ゲホ、ゲホッ!?」
壁に叩き付けられた2人はそのまま廊下の上に倒れる。クロコダイルノスフェクトの尾による一撃は非常に強力で、ブラッディ形態となったヴァーニィであっても一瞬意識を失うかと思う程であった。
一方揚羽はと言うと、今までの人生で経験した事の無い痛みに恐怖し視界が明滅する中、それでも尚外へと飛び出していた実里を追おうと言う事を聞かない体を必死に動かし腕の力だけで這って外に行こうとする。
「はぁ、はぁ……み、みのりん……! みのりん、待って……」
「磯部さん……くっ!」
実里を心配する揚羽の気持ちはヴァーニィにも痛いくらい分かる。彼だって外に放り出されたアルフの事が心配だ。あれ程のダメージ、回復させるのだって一苦労だろう。
「フフフッ!」
クロコダイルノスフェクトは藻掻く2人を嘲笑うようにシャークノスフェクトと共にゆっくりと近付いていく。迫る2体のノスフェクトの姿に、ヴァーニィは体が上げる悲鳴を無視して立ち上がり揚羽の腕を引っ張って立ち上がらせた。
「うぅ……!?」
「磯部さんは早く外の2人の所に行って。ここは僕が何とかするから……!」
「で、でも……」
「早くッ!」
躊躇う揚羽に対し、ヴァーニィが語気を強めて言う。普段あまり聞く事の無い彼の怒鳴り声に、揚羽は肩をビクンと跳ねさせると最初ゆっくり後退り、次第に駆け足になってその場を離れていった。
1人残される形となったブラッディ・ヴァーニィは、揚羽に危険が及ぶ事が無くなった事に安堵の溜め息を吐く。が、直ぐに何時までも気を抜いていられないと目の前に立つノスフェクト2体に目を向けた。
(さて……あのワニのノスフェクト、強いぞ……僕1人で何とかなるか?)
不安は、ある。上級ノスフェクトのウルフノスフェクトを倒せたヴァーニィだが、だからと言って逆上せ上がる様な楽観的な性格をしていない。上級ノスフェクトを1体倒せたからと言って、自分が劇的に強くなっているとは彼自身思ってはいなかった。
それでも、彼は戦わなければならない。戦わなければ、他の生徒や揚羽、何より稀血を持つ実里の命が危ないのだ。逃げると言う選択肢は彼には最初からなかった。
「さぁ、来いッ!」
ブラッディ・ヴァーニィが両手に血を硬質化させた剣を持ち、2体のノスフェクトに戦いを挑もうとした。その時、彼らの耳に特徴的なサイレンの音が聞こえてきた。
「このサイレンは……!」
「ん~?」
どうやらこの騒ぎに学校関係者の誰かがS.B.C.T.に通報してくれたらしい。校門から次々とS.B.C.T.の輸送トレーラーが入ってきて、ライトスコープが次々と降りてくる。
「γチーム、総員突入ッ!」
やって来たのはコレットがオペレーターを務めるγチームだった。隊長のスコープを先頭に9人のライトスコープが校舎の中に入り、そこに広がる惨状に思わず足を止めた。
「こ、これは……!」
「酷い……」
「γ0、見えるか?」
『えぇ、確認できています。どうやら今回のノスフェクトは相当に凶暴な奴みたいですね』
辺り一面血の海、と言う状況自体は彼らが担当する事件の性質上あり得ない事ではない。ただその場所が学校と言うのが、彼らの心に重く圧し掛かった。彼らが到着するまでの間に、どれだけの少年少女が犠牲になったのかと考えるとそれだけで居た堪れない気持ちになる。
「総員警戒しろ。まだノスフェクトは内部に居ると思われる。生存者の捜索と並行して、ノスフェクトへの警戒を怠るな」
γリーダーの指示に隊員達が頷くと、彼らは部隊を二つに分けた、一つは上の階に向かうスコープが率いるチーム。もう片方はγ2が率いる1階を捜索するチームだ。
γチームが校舎の中に入ってきたのを知ったクロコダイルノスフェクトは、シャークノスフェクトに顎をしゃくって対処させた。シャークノスフェクトは静かに頷くと、γチームが居る方へと向かっていく。
やって来たS.B.C.T.が襲われると見たヴァーニィは咄嗟に手にした剣をシャークノスフェクトに投擲しようとする。が、それはクロコダイルノスフェクトにより阻まれてしまった。
「ガルァァァァッ!」
「くっ!」
大きく口を開けて飛び掛かって来たクロコダイルノスフェクトに、ヴァーニィが両手の剣で対応する。交差させた剣がクロコダイルノスフェクトの顎を受け止め、尚収まらない勢いにヴァーニィの体が僅かに後ろに下がらされる。
それでも何とかクロコダイルノスフェクトを止められたヴァーニィだが、直後彼の耳に無数の銃声と怒号、悲鳴が聞こえてきた。
『キシャァァァァッ!』
『うわぁぁぁぁぁぁっ!?』
『敵襲ッ! 敵襲ッ!!』
『γ0、敵だッ! ノスフェクトがこっちに、ぎゃぁぁぁぁっ!?』
『下がれッ! 一旦下がるんだッ!』
何人もの生徒の血を啜ったからか、シャークノスフェクトは下級でありながら相当な強さを持っているらしい。戦闘のプロである筈のS.B.C.T.が既に何人か犠牲になっているのが声で分かる。このままだと下手をすれば全滅の危険もあると、ヴァーニィはそちらに向かいたかったがクロコダイルノスフェクトはそれを許してくれそうにない。
「く、くそ……!」
「イヒヒッ!」
苛立たし気にヴァーニィが睨み付ければ、クロコダイルノスフェクトは無邪気に厭らしく笑い顎の力を強くした。するとその顎の力に耐えきれなかったのか、血を硬質化させた剣が限界を迎え罅が入り始めた。
「なっ!? チィッ!」
ヴァーニィは咄嗟にクロコダイルノスフェクトの腹を蹴り飛ばして強制的に距離を離した。直後両手の剣が粉々に砕け散り、バラバラになった血の結晶は彼の足元に散らばると元の血に戻って意志を持つ様にヴァーニィの体に戻って来る。
(あ、危なかった……あのまま噛み砕かれてたらまた血を取られるところだった)
ブラッディ形態となった事でヴァーニィに蓄えられている血の量は大幅に増えた。しかし、それでも戦闘で消耗はするし結晶となった血を取られても消耗する。故に先程の様に、相手の口に血の結晶を突っ込む行動は最悪相手に自身の血を取られる行為になりかねない。
勿論それはノスフェクトが相手の場合であり、これがファッジなどが相手だった場合相手の中に入り込んだ血を操って逆に敵を内側から破壊する事も可能であった。
しかし相手は流石の上級ノスフェクト。一筋縄ではいかない戦いに、ヴァーニィは構えを取りながらどうこの状況を切り抜けるかを考えるのだった。
***
校舎の外に放り出されたアルフを追って、実里が廊下を駆け抜け外に向かった。道中、廊下はあちこちが血の海であり吐き気に耐えながら普段は歩く廊下を走っていると、血で滑り易くなった廊下に足を取られて転んでしまった。
「あぅっ!?」
血で滑る廊下で転んでしまった為、実里の制服にも廊下に広がる血が付着する。頬にも血が付き生臭い匂いが鼻を衝くが、実里はそれを堪えて手の甲で頬の血を拭いながら外に出てアルフが居るだろう所へと向かった。
「アルフちゃんッ!」
果たして、アルフの姿は直ぐに見つかった。校舎裏に倒れているアルフは、残されていた仮面も外れてボロボロの穴だらけの赤黒いボディースーツを身に着けているだけの状態で地面に俯せに倒れている。実里が声を掛けながら近付き、そっと抱き起すとアルフの瞼が震えゆっくりと開かれ血の様に赤い瞳に実里の姿が映る。
「ぅぅ、ぁ……み、みのり……?」
「うん、ウチだよ。大丈夫? ウチの血、飲む?」
アルフが上級ノスフェクトなら、彼女も稀血を飲めば力を付けられる。実里は彼女を助ける為、咄嗟に自身の血を飲ませようと首筋を彼女に近付けた。ノスフェクトとしての本能か、クロコダイルノスフェクトの攻撃で大幅に消耗した実里の体は稀血と言う極上のエネルギー源を求めて牙を剝き出し彼女の血を啜ろうとした。
が、寸前で思い留まり実里の体を押し返した。
「ダ、ダメ……!」
「え、アルフちゃん?」
「ダメ……実里、友達……こんなこと、ダメ……」
実里は食料などではない。京也を強くする為仕方なく吸血するが、それ以外の目的で血を吸う事をアルフは嫌悪していた。それは彼女の矜持に反するからだ。何よりみだりに他者の血を吸わない事は、人間社会で生きていく上で余計な諍いを起こさない為に必要な事であった。
「でも、ジェーンさんから聞いたけど、紅月君の血はよく吸ってるんじゃ……?」
「京也は、特別……京也だけは…………!?」
突然アルフが目を見開き息を飲んだ。何かに恐怖している様に唇を震わせ呼吸も儘ならない様子に、実里がどうしたのかと首を傾げた。
「アルフちゃん? どうしたの?」
「あ……ぁ……に、逃げ、て……実里、逃げて……!」
「え?」
一体何から逃げると言うのか? 最初どういう事か分からなかったが、アルフの事を見ていて気付いた。彼女の視線が自分の背後に向いている事に。
それに気付いた瞬間、実里は背筋が震えあがる感覚を覚えた。今になって漸く彼女も自身の背後に佇む気配に気付いたのだ。そして背後の存在に気付いて実里は愕然となる。何故気付かなかったのかと思う程の重苦しい威圧感が背後から感じる事に。
「はぁ……!? はぁ……!?」
「逃げて……逃げて実里……!?」
アルフが必死に訴えるし、彼女自身の本能も逃げろと警鐘を鳴らしている。にも拘らず、彼女の足はまるで固められたように動かず背後を振り返る事しか出来ない。
恐る恐る、ゆっくりと背後を振り向くとそこで彼女は背後に佇む存在に目を奪われた。
「あ……あ、あぁ……!」
そこに居たのは1人の男性だった。正確に言えばその背後にもう1人、こちらは目を見張る様な美女が居るのだが、実里の目に映っているのはヴラドだけであった。
身に着けているものは決して華美とは言えず、ともすれば粗末にも感じられる。だがそんなものでその男性の美しさは損なわれない。寧ろその粗末な服装が逆にその男性の美しさを際立たせ、現実離れした何かを感じさせていた。
そこに佇んでいた美丈夫……絶世の美男子と言う言葉が相応しい存在、ヴラドは実里と目が合うと薄く笑みを浮かべて口を動かした。
「見つけた……君か」
「ひっ……!?」
言葉を紡ぐ、その仕草すら美しいのに悍ましさを感じ、実里は足が竦んで動けなくなる。ヴラドはそんな彼女に好都合とゆっくり近付き手を伸ばし、アルフは実里を守るべく消耗した体に鞭打って立ち上がるのなけなしの血を総動員して再びノスフェクト態となってヴラドに挑んだ。迎え撃とうとするカミラを、ヴラドは軽く手を上げて止める。
「あぁぁぁぁぁっ!」
「すまないが、邪魔しないでくれるかな」
「がっ!?」
決死の覚悟で挑んだアルフは、ヴラドの腕の一振りで薙ぎ払われた。一撃で殴り飛ばされ壁に叩き付けられたアルフが前のめりに倒れると、彼女の体が地面に落下する前に下から突き出した無数の血の槍が彼女の体をめった刺しにして空中に磔にする。
「あ゛ッ!? ごぼ、がはっ……!?」
全身をズタズタにされ、ヴラドが血の槍を戻すとアルフの体は力無く地面に落下し、ノスフェクト態が完全に解け傷だらけの裸体を晒す。その様子に実里は、助けに向かう事も出来ず体を震わせてヴラドを見上げるしか出来なかった。
「ひ、ぁ……ぁぁ……アルフ、ちゃん……!?」
本能で実里は察した。目の前に居るのは絶対的な捕食者だ。自分はただ、この捕食者に食われるのを待つ憐れな餌でしかないのだと理解させられた。
その捕食者の目が改めて実里の姿を捉える。アルフと同じ吸い込まれそうな深紅の瞳。その瞳が妖しく煌めくと、実里はそれまで感じていた恐怖が薄れまるで夢の中に居る様なフワフワとした気分になり立ち上がった。
「うぅ……は、ぁ、ぁぁ……」
寝起きの微睡の中に居る様な不思議な気持ちの中、実里の中でハッキリしている思考は目の前のヴラドに近付く事であった。彼女は茫洋とした顔でヴラドに歩み寄り、広げた彼の腕の中に倒れ込む様に身を委ねる。水から飛び込んできた実里にヴラドは笑みを浮かべると、口を開き鋭い牙を露わにして実里の首筋に牙を突き立てる。
「ひ、ぁ……! あぁ、うぁ……! あ、あん……あ、はっ!」
血を啜られ、実里が頬を上気させ喘ぎ声を上げる。今正に自身の命がどんどん吸われていると言うのに、彼女の顔には至上の幸福を感じている時の様な恍惚な表情が浮かんでいた。
そして、ヴラドに血を吸われて顔を蕩けさせる実里の姿を冷たい目で見ながら、カミラは胸元から1つのクロスブラッドを取り出すのだった。
「みのりんッ!」
遅れて揚羽が実里が辿り着いた校舎裏に出た。途中実里の姿を見失った揚羽だが、血の足跡が目印となって実里の向かった先を教えてくれた。
そうして校舎裏に辿り着いた揚羽は、そこで目にした光景に言葉を失う。
「え、あ……!?」
彼女が見たのは、校舎裏で全裸で血の海の中に倒れているアルフの姿。
そして、その傍に佇んでいる、1体のフクロウの様な姿のノスフェクトであった。
と言う訳で第38話でした。
はい、もうバッサリ言っちゃいます。実里はここで退場です。そもそも実里は元々は本作のかなり最初の方で名有りの登場人物としては真っ先に死亡する、いわば日常が崩れる象徴となる存在として描く予定でした。それが紆余曲折の果てにここまで生き永らえた訳ですが、長く伸びた運命もここで終わりを迎えてしまいました。実里が好きな読者の方がいらっしゃったらマジでご勘弁ください。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。