束の間、戦いは止まり周囲は静寂に包まれていた。揚羽の腕の中で実里が冷たくなり、彼女はトドメを刺す形となった京也を憎しみと怒りの籠った目で睨み付けている。そしてノスフェクトと戦っていたグラスとバルトは、それぞれが戦っていたノスフェクトと対峙しながらも視線は京也の方へと釘付けになっていた。
「まさか、あの時の学生がヴァーニィ……」
「あれって、前に教会に来てた男の子よね」
それぞれがそれぞれ、何らかの形で京也の事を見た事があった。故にこんな所で彼の正体を知る事となり、驚きを隠す事が出来ずにいた。
そんな中で、揚羽は再び怨嗟の籠った声を上げる。
「ねぇ、何で……? 何でみのりんを殺したのッ!?」
「う、ぁ……ぁ……」
揚羽の言葉に、京也は答える事が出来ない。彼だってオウルノスフェクトが実里だったなんて知らなかったのだ。いや、これは言い訳か。どう言い繕っても、実里を守る事が出来なかったのは事実なのだ。彼女を守る為に一緒に行動をするようになったと言うのに、肝心な時にこれでは意味が無いではないか。京也は実里を守り切る事が出来ず、死なせてしまっただけでなく彼女にトドメを刺してしまった事に対する衝撃で頭の中が真っ白になってしまった。何も考える事が出来ない中、彼の舌の上には先程飲んだ実里が変異したノスフェクトの血の味がしっかりと残っている。
「ん……!? んぶっ!? うぇ……!?」
前にも実里の血を飲んだ事はあったが、あの時と今回では状況が違う。ノスフェクトにされた時点で……或いはそれよりも前に、実里は死んでいた為実際には京也がトドメを刺した訳ではないのだが、形としては京也がトドメを刺したも同然の状況であった。それを実感した途端彼は猛烈な吐き気に襲われ、その場で蹲り腹の底から中身を吐き出そうとした。だが出てくるものはなく、唾液が口から零れるだけに留まる。
揚羽はそんな彼に詰め寄り責め立てようとした。
「返してッ!? みのりんを返してよ、この化け物ッ!?」
「ッ! こら、止めろッ!」
京也を一方的に責める揚羽を見て、グラスは咄嗟にクロコダイルノスフェクトを放って彼女を押さえに掛かった。前後の状況や彼女達の事情・関係を詳しく知らない彼ではあったが、それでも今の京也を見て揚羽に責めさせるのは良くない事だと察したのである。
「止めろ、落ち着けッ!」
「放してよッ!? みのりんを返して化け物ッ!? この人殺しッ!!?」
「あぁ、あ……!? あぁぁぁっ!? あぁ……!?」
揚羽の言葉が京也の心をズタズタに引き裂いていく。絶望に京也は何も答える事が出来ず、蹲って涙を流すしか出来ない。
その様子を見ていたクロコダイルノスフェクトは、満足したようにギュスターとしての姿に戻ると両手を頭の後ろで組んで踵を返してその場を離れていった。
「ふ~、もうお腹一杯だし、今日はもう帰ろ~っと。じゃ~ね~」
「あ、ちょっ! 待ちなさいよッ!」
その場を離れるギュスターを逃がすまいと追おうとするバルトであったが、それを邪魔する様にシャークノスフェクトが立ち塞がる。一気に色々な事が起こってこちらも頭の中がちょっとこんがらがっていた彼女は、目の前に立ち塞がったシャークノスフェクトを感情に任せて叩き潰した。
「邪魔すんなッ!」
〈Judgement meteor!〉
クロスショットのレバーを二回起こして発動した必殺技。エネルギーを収束させた大槌の一撃が隕石の様に頭上からシャークノスフェクトを叩き潰す。その一撃にシャークノスフェクトは耐えきれず爆散し、倒れると変異が解けクロスブラッドを排出しながら元の姿に戻った。元の姿はこちらも学生であり、目の前で倒れた女子学生の遺体にバルトは胸糞が悪くなり舌打ちをする。
「チッ、こっちもやっぱり学生だったか。それより……」
バルトは視線を京也達の方へと向けた。そこでは暴れる揚羽をグラスが必死に取り押さえ、揉み合う2人の前で京也が絶望した表情で涙を流しながら蹲っている。この状況に彼女はどうするべきかと頭を抱えた。修道騎士団の上級騎士としては、このまま京也を見逃す訳にはいかない。ノスフェクトと同じく他者の血を啜るヴァーニィは彼女達にとって排除すべき化け物であり、この場で叩き潰すか連れ帰り浄化と言う名の拷問に掛けなければならなかった。
しかし…………
(嫌だなぁ……)
このまま馬鹿正直に京也に手を出す事に、バルトはどうしても気が進まなかった。状況を見た限り京也は決して他人を害したくてやっている訳ではなさそうだ。変身前の彼と僅かにでも関り、普段の彼の様子を見て、そしてノスフェクトと戦い倒した相手が実は知人でその相手の死の一端を自分が担ってしまった事に絶望する。そんな彼をやれ化け物だやれ異教徒だと言う理由で処断する事は彼女には出来なかった。
「あ゛~……もう、どうすっかな~……」
思わず懐に手を突っ込んでスキットルを取り出そうとするが、変身していては飲めないと気付き苛立ちを紛らわせるように溜め息を吐く。
そのまま彼女が悩みながら京也達を見ていると、目覚めて僅かながら回復した体力でノスフェクト態になったアルフが京也の傍に降り立った。
「きょ、京也……!?」
「あ、お前は……!」
「で、出たッ!? 化け物ッ!? ねぇ、早くコイツ倒してよッ!」
ノスフェクト態のアルフを揚羽が指さしグラスに排除を頼む。だがグラスとしては、先日の戦いで修道騎士団を止める為だけに戦った彼女を敵と見る事は出来ず、何より泣き崩れる京也を気遣う姿に攻撃する事は憚られた。
彼らが見ている前でアルフは泣き崩れる京也を連れてこの場を離れようとした。だが、やはり元々ボロボロの状態で無理をしてここまで来たのは無茶が過ぎたらしい。京也に肩を貸そうとした所で再び限界が来て、逆に彼女も崩れ落ちて変異が解けてしまい素顔が晒されてしまった。
アルフの正体にグラスは先日スパイダーファッジが逃した少女の姿を思い出し、ここで脳内で点と点が線で繋がる。
「君は……! そうか、君が……」
「なにボサッとしてるんですかッ! 早くコイツ等を……!」
何やら納得した様子のグラスに対し、揚羽は必死になって訴えた。だが彼はそれには構わず、崩れ落ちた2人に優しく手を掛けると変身を解除して話し掛けた。
「大丈夫だ、安心しろ」
「え……?」
「俺はお前の味方だ。まずは色々と話を聞きたいところだが、とりあえずここを離れるか」
話をするにしても、ここは少し騒がしすぎる。何にしても、先ずは落ち着ける場所に移動しなければ話をするどころではないだろう。レックスは京也とアルフの2人を事情聴取の名目で保護し、詳しい話を2人から聞き取るつもりでリリィに連絡を入れた。
「リリィ、こっちの戦闘は取り合えず収束した。生存者の保護と調査をγチームと共同で頼む」
『了解。で、それだけ?』
「カメラで見てただろ? 客連れてくから、用意を頼む」
取り合えず京也とアルフを支部に連れて行くことを伝えると、リリィの方もそれを了承してくれた。程無くして指揮車が来てくれるだろう。
それを聞いて黙っていられないのが揚羽であった。完全に京也とアルフを実里を殺した犯人と思い込んでいる彼女は、彼を始末するどころか優しく接するレックスの対応に不満どころか憤怒を露わにした。
「何でそんな優しくするのッ! そいつみのりんを殺したのに、何でッ!!」
「は~い、どうどう。あなたも少し落ち着きなさいって」
「ッ、ルクスさんッ!」
何時の間にか揚羽の背後に回っていたバルトは、変身を解いて憤る揚羽を宥めに掛かる。肩を掴まれ後ろに下がらされた揚羽は、カタリナと同じ仮面ライダーに変身するルクスに抗議した。
「ルクスさんまで、どうしてッ!? カタリナさんと同じ仮面ライダーなら、アイツ倒してよッ!」
怒りで完全に我を見失っている揚羽の様子に、ルクスは頭を掻きながら溜め息を吐いた。このままでは話もロクに出来そうにない。
「だから、落ち着けっての。取り合えず、後で教会に来なさい。そこでじっくり話をしましょ。ね? カタリナも居るからさ」
カタリナの名は今の状態の揚羽にも通用するのか、先程に比べて少し冷静さを取り戻した。しかしやはりまだ京也とアルフに対する怒りを抑えきれないのか、視線だけで人を殺せそうな目を2人に向ける。レックスがその視線から京也とアルフを守る様に立ち塞がると、揚羽はボロボロと涙を流してその場から逃げるように立ち去っていった。
「~~~~ッ!?」
無言で去っていった揚羽の後ろ姿にルクスは重い溜め息を吐いた。この後はあの揚羽を相手にしなければならない。カタリナも居るから大丈夫だろうとは思うが、今の揚羽は一歩間違えると何をしでかすか分からない怖さがあった。何とか無難な所に着地できるといいのだが。
そんな事を考えながら、ルクスは視線をレックスの方に向けた。レックスは依然として京也達を守る様に立ちはだかりながら、険しい目を彼女に向けている。
「お前は聞いた事がある。この街の教会に勤める酔いどれシスターだったか?」
「え? リリィさん私の事そんな風に言ってるの?」
「いや、話を聞いて俺がそう呼んだだけだ。間違いじゃないらしいな?」
「……まぁね」
酔いどれと言う部分に関しては言い訳しようのない事実な訳だし、認めざるを得ない。普段から礼拝堂で酒を飲む事を平然とする上に、今だって懐にスキットルを忍ばせておいて違うなどとは口が裂けても言えない。往生際は悪くないのだ。
「で、どうする? 今度は私とやり合う?」
現状、所属そのものを明確にしてはいないが修道騎士団とS.B.C.T.は敵対関係にある。今回は共闘と言う形を取ったが、敵がいなくなった今その関係も消え去り本来の関係に戻ってしまった。何よりレックス達はユーリエを救出したいのだ。それに一番近い位置に居るルクスをこのまま放っておくことは、本来であればあり得ない事である。
しかし、レックスは視線を背後の京也とアルフに向けると溜め息を吐いて首を左右に振った。
「いや……これ以上は無駄に被害を広げるだけだし、今回は止めておく。この子らも連れて行かないといけないしな」
「あ、そ。なら私もこれで失礼するわ。この後も色々と忙しそうだし」
そう言ってルクスも踵を返すと、懐からスキットルを取り出し中身を呷って一服し始めた。離れていく彼女の背に、今度はレックスが挑発的な事を告げた。
「そう言うお前は? この子らの事、報告するのか?」
修道騎士団はノスフェクトとそれに準ずる存在と目しているヴァーニィを敵視し排除を目的としている。ここでルクスを見逃すのは、彼の存在を彼女の仲間に暴露される危険を孕んでいた。それを許すくらいなら、危険を承知でもう一戦する事も辞さない。
だが彼女は普段の飄々とした不真面目な雰囲気を纏いながら、惚けた顔で逆にレックスに訊ねた。
「んぇ? 何かあったっけ?」
「あ?」
「私はノスフェクト倒しに来ただけだし、それ以外なんて別に興味ないんで。それじゃ」
スキットルを軽く振りながら今度こそルクスはレックスの視界から消えていった。彼女の姿が見えなくなると、レックスは肩を竦め彼女に対する認識を改める。どうやら少なくとも、ルクスは話の分かる女性であるらしい。アッシュに変身するエリーとは豪い違いだ。まぁ、この場合はエリーの方が尋常ではないのだろうが。
ともあれ、これで本当にやっとこさこの騒動も終わりを迎えた。レックスは安堵に息を吐き肩から力を抜くと、今にも崩れ落ちそうな京也と意識を保つのもやっとと言った様子のアルフを運ぶ為2人に手を貸すのであった。
その頃、揚羽は1人泣きながら逃げる様に学校を後にしていた。
「うぅ、うぅぅ……!? うぁぁぁぁぁ、ぁぁぁ……!?」
彼女の胸を占めるのは、実里を失った事への悲しみと今まで自分を騙していたと認識している京也への怒りであった。なまじ彼に恋心を抱いてしまっていた為、特に裏切られたと言う気持ちは強く絶望のあまり思考が纏まらない。
「うぐ、う゛う゛う゛……み゛の゛り゛ん゛ッ!?」
当てもなく彷徨っている揚羽。そんな彼女の前に、1人の修道女がふらりと姿を現した。
「うぅ……ぁ」
「どうも、こんにちわ」
揚羽の前に姿を現したのはエリーであった。季桔市の高校でノスフェクトによる騒動が起こったと聞き、最初は彼女が手勢を率いて向かおうとした。が、場所が高校と言う事でルクスがそれを止めさせ自分1人が向かったのである。エリーの配下はノスフェクト討伐の為であれば周囲の被害などお構いなしに戦う。余計な被害を増やす訳にはいかないと言うルクスの考えによるものであった。
当然エリーはこれに不満を露わにした。ユーリエに対する拷問も止めさせられてしまい、溜まったフラストレーションをノスフェクト討伐で発散しようとした矢先にこれだ。
結局は留守番させられる事になったエリーだが、当然それで黙っているような女ではない。ルクスが高校に向かった後、それを追う様に1人静かに行動を開始。感付かれない様に慎重に移動していたため時間が掛かってしまったが、それでも高校に辿り着く事が出来た。しかしその時点で戦闘は終わっており、現場にノスフェクトの姿は無かった。
ノスフェクトと戦う事は出来なかった。しかしその代わり、面白いものを見る事が出来た。揚羽が京也を化け物扱いして詰め寄り、そこにアルフがやって来る光景である。これは見過ごせないと、エリーはルクスやカタリナよりも先に揚羽と接触を図ったのだ。
「あなた、は……」
「ウフフ♪」
揚羽は何故か引き寄せられるようにフラフラとエリーに近付いて行った。エリーはそれを両手を広げて迎え入れ、彼女を優しく抱きしめ耳元で囁くように声を掛けた。
「さぁ……悩んでいる事、胸の内に秘めている事を全て曝け出してください。神は全てを聞き入れて下さることでしょう」
「あ……ぁぁ……!」
親友を失った悲しみと京也への怒りに荒れ狂っていた揚羽の心に、エリーの言葉は恐ろしい程優しく沁み込んでいった。揚羽は縋る様にエリーに身を委ね、先程あった出来事を全て包み隠さず口にしてしまう。
揚羽から話を聞いたエリーは、最初驚き次の瞬間には禍々しい笑みを浮かべるのであった。
***
「ぅ……うぅ、ん……んん?」
カタリナによりエリーによる拷問から解放されたユーリエは、教会のベッドの上で目を覚ました。彼女が目覚めると、直ぐ傍に控えていた女中と思しき眼鏡の女性が声を掛けてくる。
「お目覚めになりましたか?」
「ここは……君は……?」
「少しお待ちください、カタリナ様を呼んできますので」
眼鏡の女中はユーリエの問いには答えず、静かにその場を離れていった。残されたユーリエは女中が出ていった扉を見てから、ベッドに身を委ね天井を眺めながら大きく息を吐いた。
「はぁぁ…………私、生きてるのか」
正直ちょっと意外だった。もう自分はここで終わりだと思っていた。と言うより、ここで死んでも良いとすら思っていた位だ。自分はそれだけの事をしてきた、これは報いだと自分に言い聞かせて。
「まだ死なせては貰えない、と言う事か」
世には死にたくない、死ぬとは思っていなかった者があっさり死んでしまう一方で、彼女の様に死んでもいいと思う者がしぶとく生き残る事が多々ある。儘ならない世の中にユーリエが自嘲的な笑みを浮かべていると、扉が開かれ先程の女中を連れたカタリナがやってきた。
「ユーリエさんッ! 良かった、目が覚めたのですね」
「シスター・カタリナ? と言う事は、ここは教会…………あ」
そこでユーリエは思い出した。激しい拷問で意識が朦朧とし、夢と現実が曖昧になっていた状態で微かにだが彼女はカタリナに助けられたような記憶がある。あまりにも記憶が朧気だったのでこうして彼女の姿を見るまで忘れていた。だがこうして対面し、ハッキリとはしないが記憶の中にカタリナが居る事を踏まえると、大体の状況を察する事が出来た。
「シスター・カタリナ……質問しても?」
「はい」
「君は……私を誘拐した連中の仲間かね?」
「…………はい」
少し間を置いてから静かに頷いたカタリナの姿に、ユーリエはただ一言「そうか」とだけ答えてベッドに深く沈む様に体から力を抜いた。そんな彼女に、カタリナは深く頭を下げ謝罪した。
「ユーリエさん……本当に、本当に申し訳ありません……! あなたをこんな目に遭わせてしまい、直ぐに助けに向かう事が出来ず……」
ユーリエがこんなにボロボロになったのは自分が迷っていたからだとカタリナは自分を責めた。自分がもっと早くに決断し、ユーリエを拷問から救い出していればこんな事にはならなかった筈だ。責任を感じて申し訳ない気持ちで一杯になったカタリナは、これだけで足りる訳がないと分かっていながら他に出来る事はないと頭を下げる。
自分に頭を下げるカタリナの姿を前に、ユーリエは困った様に頬を掻こうとした。が、体のあちこちがまだ痛み腕も満足に動かせない彼女は、痛みに顔を顰めると溜め息を一つ付いてから口を開いた。
「いつつ……!? はぁ……結論から言おう。気にしていないよ、シスター・カタリナ」
「ですが……!?」
「私がこんな目に遭うのは、因果応報と言う奴だ。私はこんな事をされるだけの事をしてきたんだ」
「しかしあなたはそれを悔いている。そしてそれを償う為にS.B.C.T.に身を置いているのではないのですか?」
「それはそうなんだけどね……」
何と答えればいいか分からなくなり、ユーリエは困ってしまった。実際、こんな目に遭いはしたが彼女は教会に対してそこまで悪印象を抱いては居なかった。流石に実行犯であるエリーに対しては、自分からS.B.C.T.の情報を引き出そうとしてたりで色々と思うところが無い訳ではなかったが、少なくとも今すぐカタリナを責めたりする様な気にはならなかった。
それに、繰り返すようだがユーリエはこれを自分が受けるべき罰と捉えていた。拷問されている間彼女の脳裏に浮かんだのは、終わる事のない苦痛以上に、過去に傘木社に所属していた頃目の当たりにした実験動物にされた被験者やその犠牲となった人々の姿であった。何も知らない人々を、こんな目に遭わせる事に自分も加担してきたのだと言う悔恨の念に苛まれていた。
「だから、私としては君らに対して恨みはない。安心してくれ」
「だとしても……それでも、私の仲間があなたをこんな目に遭わせてしまった。その事に対しては申し訳なく思っています。あなたは既に懺悔しているし、償いの為に自ら動いている。そんなあなたがこんな目に遭うのは間違っています。主もこの様な事を本当にお望みであるのか……」
今のカタリナには下手な慰めの言葉は逆効果になりそうだ。ユーリエは早々に話題を切り替え、過去の事ではなく未来の事を話す事に決めた。
「それで? 私はこれからどうなるのかね? このまま捕虜として牢屋に入れられるのかね?」
まぁそれならそれでいいとユーリエが考えていると、カタリナの口からちょっと予想外の言葉が飛び出した。
「いえ……ユーリエさんは、お仲間の所へ返します」
「いいのかい? 自分で言うのもなんだが、君らにとって私は重要な情報源だ。まだロクに情報を引き出せていないだろうに、私を返したりしたら問題にならないかね?」
流石にユーリエを返す事に対しては女中も不安を感じているのか、控えめながら意見を口にしてきた。
「同感です。これ以上はカタリナ様自身の評価に関わります。最悪、罪人に堕とされる危険も……」
「その程度些細な事です。誰が何と言おうと、ユーリエさんはお仲間の所へ返します。例えアスペン神父だろうと――」
教会への不利益と言うよりはカタリナ自身を心配する女中の言葉に、しかしカタリナは頑なにユーリエを解放する意志を曲げる事はない。だがそこで、当のアスペン神父が部屋に入ってきた。
「邪魔をするぞ」
「あ、アスペン神父」
「ッ!?」
たった今話をしようとしていた相手が姿を現した事に、ユーリエは包帯で覆われていない方の目を見開いた。息を飲む彼女の姿に、アスペンは目を細めるとベッドに近付き顔を近付けるとカタリナ達に聞こえない声で小さく、しかし鋭く警告した。
「お前を害するつもりは私にはない。ただし、邪魔はするな」
「ッ、お前は相変わらず……!」
「私には成さねばならない使命がある。邪魔をするな。いいな、警告はしたぞ」
それだけ告げてアスペンはユーリエから離れて部屋から出ようとする。カタリナには一瞥もくれず、女中が頭を下げても反応せずに部屋を出ようとする彼に、ユーリエは恐れを知らないかのように声を掛けた。
「いいのか、私をこのまま返して? 私は構わずお前の事を仲間達に話すぞッ!」
暗にここで始末した方がお前の為ではないかと告げると、アスペンはつまらなそうに息を吐き肩を竦めて振り向きもせず答えた。
「好きにしろ。今更だ。既にS.B.C.T.とは修復不可能なレベルで敵対している。今更どうと言う事はない」
それだけ告げると、アスペンは今度こそその場を後にした。後に残されたカタリナは、気安く話す彼とユーリエの様子に困惑し女中と顔を見合わせてしまう。
「あの……ユーリエさん、アスペン神父と面識が?」
「ん? あぁ……まぁ、ね」
そこまで答えた所で、ユーリエは瞼が重くなるのを感じた。やはり過酷な拷問は彼女の体力をかなり持って行ったようで、まだ残った疲労とダメージを体が回復させようとしているらしい。
ユーリエは睡魔に身を委ね、微睡の中に沈んでいく。
「すまない……また少し眠らせてもらうよ」
「あ、そうですね。ゆっくり休んでください。その間にお仲間には連絡を取っておきますので」
「うん…………」
ベッドの中で、ユーリエが静かに寝息を立て始める。彼女の安らかな寝顔にカタリナは束の間安堵の笑みを浮かべると、次の瞬間には顔を引き締め踵を返した。
「彼女の事を頼みます」
「はい、お任せください」
眼鏡の女中がカタリナに頭を下げる。彼女はそれに頷いて答えると、部屋を出て周囲を見渡しエリーやアスペンの配下が居ない事を確認すると真っ直ぐ教会内にある電話の所へと向かった。教会の片隅に置かれた、外観に反して最新の電話機に近付くとカタリナは迷わずS.B.C.T.九州支部に電話を掛ける。番号を入力し暫くして、受話器の向こうから女性が応えた。
『はい、こちらS.B.C.T.九州支部です。どうしましたか?』
通話に出たのはリリィではなかった。ここに来た事は無いが、相手はεチームのオペレーターをしているアイリスである。リリィでなかったことにカタリナは安堵半分落胆半分になりながら、受話器の向こうのアイリスに用件を伝えた。
「……そちらから預かった、ユーリエと言う女性をお返ししますので、迎えを寄こしていただけますでしょうか? 場所は――――」
同時刻、レックスはリリィと共に一足先に支部へと帰還していた。レックスが運転するワゴン車の後部の指揮スペースには、リリィの他に2人の客が居る。ヴァーニィに変身していた京也と、そのパートナーであるアルフだ。京也はまだ実里が目の前で死んだことと揚羽に化け物と糾弾された事のショックから立ち直れていないらしく、支部に着いてドアが開いても憔悴した様子で動こうとしない。アルフが話し掛けても相変わらずだ。
「京也……」
「…………」
「ねぇ、レックス……この子……」
「あぁ」
レックスは神妙な顔で京也の事を見ていた。一部始終を見ていたレックスは、彼が受けた心の傷が大きい事を察していたのである。
京也と実里は友達であった。それも京也が仮面ライダーで、アルフがノスフェクトである事を受け入れてくれるほどの友達だ。恋仲であったかどうかまではレックスには分からないが、少なくともある程度秘密を打ち明けられる間柄であった事は間違いない。
そんな掛け替えのない友達が目の前で死んだのだ。それも、形としては京也がトドメを刺したのに近い。実際にはどうであれ、だ。そしてそれよよりにもよって実里の親友である揚羽に見られ、しかも彼女にその場で化け物と蔑まれ糾弾された。
正直、難しい話である。話だけを聞けば京也を糾弾した揚羽があまりにも無情に見えるが、揚羽は事情を何も知らないのだ。何も知らない彼女からすれば、親友が目の前で無情に殺された様にしか見えない。しかもリリィの話を聞く限り、揚羽は事情を中途半端に知ってしまっていた為にアルフの事等を誤解している。無知は罪と言うが、情報を断片的にしか得られず周囲に頼れるものが限られていた状況は不幸であったとも言えるだろう。揚羽1人を責める事は出来ない。
儘ならない現実に頭を悩ませながら、取り合えず何時までもここに置く訳にはいかないのでレックスは抱き上げるようにして京也を車から降ろした。
「よ、っと!」
「ぁ……きょ、京也……」
「大丈夫よ。彼が言ったでしょ? 私達は、あなた達の味方だから」
京也を抱き上げるレックスにアルフが僅かに警戒する素振りを見せるが、リリィがそれを宥めてみせた。リリィの真摯な態度に、アルフも彼女が本心からそう言っている事を察して大人しくなる。
そのままとりあえず2人を支部の中にある応接室に連れて行き、取り合えず事の顛末を隊長の敦に詳しく報告しようとした。
その時、応接室にその敦とアイリスの2人が飛び込んできた。これ幸いとレックスは早速京也とアルフの事を説明しようとした。
「あ、隊長! 丁度いい所に。報告する事が……」
「それどころじゃないですよ2人共ッ!」
「何? 何かあったの?」
何やら慌てた様子のアイリスがレックスの言葉を遮った。訳が分からずアイリスと敦の顔をリリィが交互に見ていると、敦が何やら難しい顔をしながら口を開いた。
「ついさっきの話だ。連れ去られたユーリエを返還すると言う連絡が入った」
「「…………えぇっ!?」」
敦から告げられた衝撃の内容に、レックスとリリィの2人は一度顔を見合わせると再び敦の方を見て驚愕の声を上げるのであった。
と言う訳で第40話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。