仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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どうも、黒井です。

今回は謎多き美女であるジェーンの秘密の一端が明らかとなります。


第43夜:無名の名前

 保護されてから数日、京也とアルフは未だに支部の宿舎で過ごしていた。修道騎士団に2人の存在が明らかとなってしまったからには、当分の間2人を住所がバレている屋敷に帰らせる訳にはいかなかった。そこで最も問題となるのは、2人が住んでいた屋敷に取り残される形となったジェーンの存在である。

 

「あの、すみませんレックスさん。家に連絡したいんですけどいいですか?」

「あぁ、ご家族が居るんだよな。いいぞ」

 

 そうして京也が屋敷に連絡を入れるも、あの日以降ジェーンは何時屋敷に居るのか分からず京也が電話をしても留守番にしかならなかった。一瞬、もしやもう騎士団の手が屋敷にまで伸びジェーンの身に何かあったのかと心配になったが、不安になる京也をアルフが宥めて安心させた。

 

「大丈夫……ジェーンなら、きっと無事」

「そうかな……でも……」

「大丈夫……」

 

 京也の不安をアルフが不思議な確信をもって否定する。揺るぎない彼女の言葉に、京也もジェーンのことを信じて不安にそっと蓋をした。

 

 その一方で、レックスの方でも独自に屋敷に残されたジェーンと言う人物に関しては2人と同様保護できないかと度々彼らから聞いた住所に直接赴いていた。しかし屋敷は何時行ってももぬけの殻であり、郵便受けには数日分の新聞が突っ込まれて溢れている。一番古い新聞の日付はちょうど京也とアルフをレックスが保護した直後。つまりこの屋敷の持ち主であるジェーンは、2人が保護されて以降帰ってきていないと言う事であった。

 

 この状況にレックスも不安を覚えた。もしや彼らが動くよりも前に修道騎士団が動いて、2人の居場所を強引に聞き出そうとジェーンと言う女性を連れ去ったのではないかと。

 

「くそ……あいつらに何て言えば……。それにしても……」

 

 訪問が無駄に終わり、またしてもレックスは悪態をつきながら踵を返す。支部へと帰る為移動用のバイクにまたがる最中、不意に彼は今の京也の家族構成に思いを馳せた。

 

 保護してから少し経ち、京也が精神的に大分落ち着いてきたと見たレックスは彼に事情聴取を行った。そこで彼らは京也がどうしてヴァーニィとして戦うようになったのかを聞き出したが、それよりも気になったのは彼の両親に関してである。

 京也には現在血の繋がった家族が居ない。何があったのかと訊ねてみるが、本人は何故そうなっているのか分からないとの事。気付けばジェーンと共にあの屋敷に住んでいたと。

 

(ジェーン……キョウヤの事を詳しく知ってるのはその女の方か……何者なんだ?)

 

 カギを握るのは間違いなくジェーンであると確信しながら、レックスはバイクを走らせ支部へと帰っていく。

 

 レックスが立ち去ってから時が経ち、夜も更けた頃その屋敷を訪れた者達が居た。修道騎士団である。エリー率いるイジター達が塀を乗り越え屋敷の中へと侵入し、京也とアルフの姿を探して内部を荒していく。

 

 その様子を遠く離れたビルの屋上からジェーンが眺めていた。彼女は屋敷の中が荒らされていく光景に、頬に手を当てて溜め息を吐いた。

 

「あ~ぁ~、あそこももうダメね~。また次の居場所に移らないと~」

 

 言葉の内容に反して、口調や雰囲気に不安は感じられない。まるで冷蔵庫の中が空っぽの状態で夕飯をどうしようかと悩むくらいの気楽さである。相変わらず掴み処の無い雰囲気であるが、それでも彼女に悩みが無い訳ではなかった。

 

(となると、あの子達をどうするべきか……)

 

 ジェーンが悩んでいるのは京也とアルフの2人の事である。彼らがS.B.C.T.に保護されたのは、ある意味で都合が良かった。自分が守らなくてもレックス達が2人の事を守ってくれる。ただ同時にそれはジェーンにとっては京也達との接触が容易ではなくなった事を意味しており、ジェーンは迎えに行きたくても行けないジレンマに珍しく重い溜め息を吐いた。

 

 と、そうこうしているとジェーンの視線の先では何の成果も得られなかったエリー達が屋敷から離れていくのが見えた。残念そうにしながら帰っていく修道騎士団の面々に、ジェーンはお疲れさまと手を振り今度は自分が屋敷に向かおうかと考える。

 

「取り合えず~、京也君のバイクは回収してあげないとね~」

 

 今後京也がどうするにせよ、移動手段のバイクは手元にあった方が良いに決まっている。

 

 そう思ってジェーンがビルの屋上から静かに飛び降りようとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女の腹を何者かが刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 突然の事に一瞬ジェーンも理解が追い付いていないかのように自身の腹を見て、そこから飛び出した刃を指で触る。貫かれた刃には彼女自身の血が付着しており、自分が何者かに背後から突き刺されたと理解した瞬間痛みと共に何かが腹の中から食道を通って逆流し口から吐き出された。

 

「ん……ごぼっ」

 

 赤黒い血の塊がジェーンの口から吐き出される。足元が見えない程の豊かな乳房を自身の吐血で汚しながら、ジェーンは痛みに悲鳴を上げたりする事なく肩越しに背後を振り返った。

 

「誰かしら?」

 

 振り返ったジェーンの背後に居たのはガルマンであった。ガルマンは腕から伸ばした鎌の様なカッターを使い、ジェーンの腹部を背後から刺し貫いていた。

 口から血を吐きながらもそれ以上のダメージを感じさせない様子のジェーンに、ガルマンは感心しながらも嘲笑を口元に浮かべながら口を開いた。

 

「初めまして、”評価試験体”」

 

 ガルマンが口にした評価試験体と言う単語を耳にした瞬間、ジェーンの目が明らかに険しくなった。ともすればそのまま相手を射殺すのではと言う程の鋭い視線に晒されながらも、その視線を向けられているガルマンはまるで気にした様子を見せない。

 

「その言葉を知っている……あなた、ペスター博士の手の者ね?」

「ご名答。俺はガルマン……ペスター博士に新たに作られた、アンタの後輩に当たる作品さ」

 

 そう言うとガルマンは勢いよくジェーンに突き刺した鎌を引き抜いた。傷口を広げながら引き抜かれた刃に、ジェーンが苦しそうに再び血を吐くが即座に片手に血の様なエネルギーを纏い反撃に転じようとした。

 

「ぐふ……くっ!」

「フッ……」

 

 だがジェーンの反撃は空振りに終わった。それだけに留まらず、続き攻撃を続けようとした瞬間ジェーンの体は何かで固められた様に動かなくなった。

 

「え?」

「ちょいっと」

「あぅっ!?」

 

 体が動かなくなった事にジェーンが驚愕し視線だけで周囲を見渡していると、ガルマンが何かを操作する様に指を動かした。するとジェーンの体は彼女の意志に反して勝手に動き、その場に膝をつき両手を頭の後ろに当てて胸を仰け反らせる扇情的なポーズを無理矢理取らされる。全く意図しない動きをさせられる驚愕と困惑に咄嗟に体を捩って体勢を変えようとするも、体は殆ど動かず突き出された巨乳を僅かに揺らすだけに留める。

 

 まるで男を誘っているようなジェーンの姿に、ガルマンは彼女の衣服の首元に腕から伸びたカッターを引っ掛けると一気に股下まで切り裂き無理矢理半裸に剥いた。

 完全に全裸になった訳ではないが、ボロボロの衣服で辛うじて乳房の頂など局部を隠した状態に逆に興奮しあと少しで乳首が見えそうになっている乳房を無遠慮に揉み始める。

 

「うひょぅっ! 資料で見てたから知ってたけど、生で見るとやっぱり大したもんだぜ。昔も()()()()にこの体で奉仕してたのかい?」

「あの人は奥さん一筋よ。それより、あなた……」

「あ、気付いた?」

 

 ガルマンがジェーンの後輩と言うには、少し違和感があった。彼はジェーンやアルフらと同じく上級のノスフェクトなのだろう。だがジェーンやカミラ、ギュスターの動きを封じるこの能力は明らかに催眠とは別のものだ。そしてジェーンは、彼の腕から伸びた鎌や自身の動きを拘束している物の正体に気付きそこから彼の秘密に辿り着いた。

 

「あなた、無脊椎動物のノスフェクトね?」

「大正か~い♪ 俺はペスター博士の最高傑作、これまでに存在しなかった無脊椎動物をモデルにし、さらに2種類を組み合わせた初の無脊椎混合型ノスフェクト……」

 

 誇らしげに告げながらガルマンの姿が変わる。背中からは4本の蜘蛛の脚が伸び、両腕には手首の辺りから鎌が伸びた蜘蛛と蟷螂を彷彿とさせる姿の異形。

 その名も…………

 

「マンティススパイダーノスフェクトさッ!!」

 

 高らかに宣言するマンティススパイダーノスフェクトだったが、それを前にしたジェーンは彼を鼻で笑った。確かに彼の存在は脅威だ。無脊椎動物は脊椎動物に比べて圧倒的に種類が多く、能力も多彩である。それをノスフェクトに反映させる事が出来れば、ファッジをも超える存在に至る可能性もあった。

 だがガルマンはその第1号であり、言い換えれば性能試験の為の試作品と言う見方も出来てしまう。そしてペスター博士の性格を考えれば、ジェーンは博士にとってはガルマンも所詮は実験体に過ぎないと気付いたのだ。

 

「おめでたい頭ね~。自分が実験動物だって事にも気付いてないなんて~」

「ククッ、そう言うなよ。それに、アンタだって人の事は言えないんだろ?」

 

 今度はジェーンも口を噤んだ。沈黙を選んだ彼女の姿に気を良くしたマンティススパイダーノスフェクトは、ガルマンの姿に戻ると再び彼女の男を魅了する肢体を弄り始めた。

 

「博士から聞いたぜ、評価試験体。アンタ、社長が最初に超万能細胞を使って死者蘇生実験で生き返ったんだってな?」

 

 そう……それが彼女の正体であった。ジェーンは元々は身元不明の女性の死体であった。だが妻を失った雄成は、自身が開発した超万能細胞による驚異的な再生能力で死者を蘇らせられないかと期待し、裏で手に入れた死体だったジェーンに超万能細胞を注入。その結果蘇って生まれたのがジェーンである。

 

 見事に死者を蘇らせる事には成功したが、しかし完全な復活とはならずジェーンは死ぬ以前の自身に関する全ての記憶を失っていた。これでは生き返らせても意味がないと、雄成はその後も死を超越した存在を生み出せる超万能細胞の開発の為の研究を続ける事となった。

 

「それからは、アンタは社長の助手兼実験体として、生み出された技術を真っ先に試す為の評価試験体になった訳だ。その過程でノスフェクトになっちまったのが、今のアンタって事だろ?」

「流石にペスター博士は詳しいわね~。……でもあなた~、そこまで知ってるならもっと警戒するべきだったわね~」

「あ?」

 

 訝し気な顔をするガルマンに、ジェーンはニヤリと笑った。

 

「自分で言ってたじゃな~い、私は会社で作られた技術を真っ先に試されたって~。その中には~、こ~んなのもあるのよ~」

 

 次の瞬間、ジェーンの体はジェル状に変化し彼女の体を拘束していた極細の蜘蛛の糸から抜け出してしまった。それは嘗て、レックスが傘木社に囚われていた時に変異させられたリキッドファッジのそれと同じ能力。レックスはファッジとして全身を液状化させる事が出来るが、その変異により適合できるようにと彼自身の体も体を無数の微小生物で構成させられ恐ろしい程の軟体性を有していた。当時のレックスは元が普通の人間だったので体が柔らかくなる程度で済んでいたが、ジェーンはノスフェクトの特性も合わせて人間の姿の時でも体を液状化させる事が可能であった。

 

「何ッ!?」

 

 こんなあっさりと抜けられるとは思っていなかったガルマンが驚愕のあまり思考が停止している間に、液状化したジェーンは素早く彼の背後に移動すると体を再構成。そのまま一気にノスフェクト態に変異すると、無防備なガルマンの背中に蹴りを放った。

 

「ごはぁっ!?」

「これはさっきのお返しよ~」

 

 蹴り飛ばされたガルマンだったが、そのまま勢いを利用して転がり距離を取ると立ち上がりながらノスフェクト態に変異した。

 

「テメェ、プロトタイプのアルファ型以前の実験体のクセに……!」

「タフな実験体だからね~。色々な技術を詰め込まれてるのよ~。例えば~、こんなのとか~」

 

 ノスフェクト態のジェーン……ノーバディノスフェクトが手を上げると、そこから黒紫色の粘つく液体が滲み出て零れ落ちる。垂れた液体がコンクリートに触れると、その部分が白い煙を上げて溶け始めた。腐食性の高い毒液……これはリリィが変異させられた、トクシックファッジの能力だ。

 

 ノーバディノスフェクトの足元が溶けている光景を前に、マンティススパイダーノスフェクトは両手首の鎌を擦り合わせ威嚇する。

 

「ハッ! そんなんで俺を脅すつもりか? だとしたら残念だな。その程度でビビる俺じゃねえぜ」

「みたいね~。でも~、それが逆に視野を狭めてるって気付かない~?」

「何だと?」

 

 ノーバディノスフェクトは何も意味もなく威嚇の為に足元を溶かしている訳ではなかった。マンティススパイダーノスフェクトは気付いていないが、彼女の足元は融解が進むにつれて強度が下がっている。そしてその強度が一定のレベルを下回った、その瞬間…………

 

「出来ればあなたはここで仕留めておきたいけど~、そうも言っていられないみたいだから今日はこれで失礼するわ~」

 

 突然ノーバディノスフェクトの姿がマンティススパイダーノスフェクトの視界から消えた。何が起きたのかと彼が周囲を見渡すと、彼女の足元が溶けて脆くなり穴が開いていた。彼女が足元を溶かしたのはこの為だったのだ。足元を脆くして、自重で崩し真下の階に逃げ込む為に。

 

 彼女が階下に逃げたと気付いたマンティススパイダーノスフェクトは急ぎ穴の中を覗き込み、そこに何も居ない事を確認すると躊躇なくその中に飛び込んだ。

 

「ちっ、何処だ……何処に行きやがった……!」

 

 ノーバディノスフェクトの姿を探すマンティススパイダーノスフェクトだったが、彼女は既にこの部屋には居なかった。この部屋に逃げ込んだ時点で、彼女は体を液状化させて近くの通気口に潜り込んで逃げ出していた。

 

 ビルの外に逃げたジェーンは、そのまま闇夜に溶け込む様に移動しながら屋敷へと潜り込んだ。修道騎士団によりあちこちが荒らされた屋敷の中を液状化したまま移動し、自身の部屋に入り込むとベッドの上で元の姿に戻った。

 

「う、ぁ……ふぅ、ふぅ……」

 

 元の姿に戻ったジェーンの腹には依然として刺し貫かれた傷から血が零れ落ちている。どうやらあの鎌、ただの斬撃だけでなく僅かにだが毒を帯びているようだ。でなければただの刺し傷程度がここまで回復に時間が掛かる訳がない。

 彼女は血の滴る傷を片手で押さえながらベッドサイドのテーブルに偽装した冷蔵庫の中を漁りそこから輸血パックを取り出した。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 ジェーンは引っ張り出した輸血パックに直接牙を突き立て、その中の血液を吸い上げた。パックはあっという間に中身を吸い尽され、僅かに輸血用の血液を残して潰れた空のパックを彼女はそのまま床に放り捨てるとベッドの上で目を瞑った。

 

「ふぅ……」

 

 ひと眠りして、起きる頃には腹の傷も癒えているだろう。そうしたら、京也が置き去りにしたバイクを届けてそのまま次のアジトを使える様にしに行こう。ジェーンはそう頭の中で計画を組み立てながら、傷付いた体を癒す為静かに眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ノスフェクトによる悪夢の様な高校襲撃事件が起きてから、早くも1週間が過ぎた。高校は依然として休校状態だ。無理もない、あの襲撃では多数の学生が犠牲となり、生き延びた生徒も中には目の前で起こった凄惨な出来事にPTSDを発症してしまった者も居る。戦闘の影響で崩れた壁などはまだ修復が済んでいないし、学校が再び機能するようになるには時間が掛かるだろう。

 

 だが、こう言っては何であるが、今の京也にとってはこの状況は正直ありがたいものがあった。学校に行けば嫌でも揚羽と顔を合わせる事になってしまう。彼女が京也と顔を合わせれば、あれからロクに話も出来ていない今、他の生徒が居る前で糾弾してくる事は目に見えている。

 とは言え京也はそれを責める気にはなれなかった。巻き込んでしまった実里を守り切る事が出来なかったのは事実なのだ。掛け替えのない親友であり幼馴染を、理不尽に失ってしまった揚羽の心の傷は如何程のものか、京也には想像もできない。

 

 しかしそうなると、京也は正直暇であった。学業は無く、家に帰る間も無く連れてこられた為私物の類は無い。一度は帰宅出来ないかとも思ったが、先日レックスが屋敷が何者かに荒された形跡があると教えてくれた。揚羽から彼の住所を聞き出した修道騎士団が、彼とアルフの身柄を抑えるべく仕掛けてきたのだ。その場で仕留める為か、それとも連れ去って拷問した末に殺されるのかは分からないが、どちらにせよ連中にだけは絶対に捕まってはならない。

 

 以上の理由から京也は必要以上にS.B.C.T.の敷地から出る事も難しかった。一応スマホはあるので、情報収集は出来るしそれで暇を潰す事は出来る。ただ、日がな一日借りた部屋に閉じこもってスマホを弄るだけ等気が引けてしまう。これではただの引き籠りだ。

 何より何もしていないと頭の中で嫌な考えがぐるぐる回ってどんどんネガティブな気分になってしまう。

 

 故に、現在京也は出来る範囲で施設内部で色々な雑用の手伝いをしていた。具体的には掃除やなんかである。最初は彼1人がやっていたのだが、気付けばアルフも一緒になって手伝いをするようになっていった。

 

 そんな彼の様子を、少なくともδチームの面々は好意的に捉えていた。

 

「紅月君、これここに置いておくね」

「あ、テックさん、ありがとうございます!」

「いいよいいよ、これくらい。こっちこそごめんね? こんな事やってもらっちゃって」

「いいえ、僕がやりたくてやってる事なんで」

 

 食堂のテーブルの上を拭いていた京也の傍に、テックがアルコールの入ったスプレーボトルを置いた。ちょうど彼が掃除中にアルコールが切れたのを見て、手伝わずにはいられなかったのだろう。テックは熊の様にガタイが良いが、見た目に反して温厚だし人当りもいい。最初に京也と接触したレックスを除いて、最初に京也と距離を縮めたのは彼であった。

 

 京也を手伝ってくれた事に感謝してか、アルフもテックに頭を下げる。こちらは京也とは違って内向的な面が強い為テックに対してもまだ距離を取っている感じだが、彼は全く気にした様子を見せず軽く手を振ってその場を離れた。

 

 離れたテックの向かう先には、食堂で掃除をする2人を見守る他の隊員の姿があった。アルバートは近くに来たテックに軽く手を上げながら、今の京也の様子を訊ねた。

 

「よ、テック。どうだ、あの2人は?」

「うん、紅月君はここに来た時に比べれば大分元気になったと思う。少なくとも少しは前向きになってくれたんじゃないかな?」

「あの頃はヤバかったからな。ちょっと目を離した隙に首括ったり手首切るんじゃないかってハラハラしたぜ」

 

 そこはレックスが一番懸念していた事なので、ここで保護した後は彼が積極的に接触を図りカウンセリングなどをして少しでも元気になってもらおうとしていた。

 尤もレックスが何かをしなくても、アルフが京也の心のケアに奮闘してくれたらしく京也の精神状態はレックスの予想以上の速さで回復してくれたのは幸いであった。

 

 そんな事を話し合っていた時、吾郎は昭俊が手元の本を読みながら視線をチラチラとアルフの方へと向けている事に気付いた。基本本の虫な彼が他人に興味津々な様子を見せる事は珍しいので、気になって彼が読んでいる本を覗き込みながら声を掛けた。

 

「どうした中野? 何か随分とあの子に興味あるみたいだな? つか、今日は何読んでるんだ?」

 

 訊ねられて昭俊は黙って表紙を見せた。表紙には本のタイトルと著者の名前が書かれており、そこには「吸血鬼ドラキュラ」と「ブラム・ストーカー」とそれぞれ書かれていた。それを見て吾郎だけでなくアルバートやテックも何とも言えない顔になる。

 

「お前……本の内容とあの子を比べてたのか?」

「事実と小説は違う。その差異を見比べるのは、現実と虚構の乖離を明確にさせて物語の情景に彩を添える」

「そりゃこの本書かれた時点でノスフェクトなんて居なかったんだから違って当たり前だろうが」

「まぁあの子が吸血鬼って言われても、正直ピンとは来ないけどね」

 

 彼らがそんな風に雑談をしていると、後ろから近付いてきた隆が雑談に興じる4人を 咤した。

 

「お前らッ! 何時まで駄弁ってるつもりだ、訓練が――」

 

 五月蠅い奴に見つかったとアルバートが嫌そうな顔でそっぽを向き、昭俊が黙って本を閉じて吾郎とテックがバツの悪そうな顔をした。その瞬間、施設内にアナウンスが響き渡った。

 

『出動要請、出動要請。街にノスフェクトと思しき特異生物出現。特異生物出現。δチームは出動用意』

 

 スピーカーから響いてくるのはリリィの声だった。γチームは先日の戦闘で死傷者を多数出し待機せざるを得ず、εチームは学校周辺の調査・捜索に出張っている。必然的に即応できるのはδチームだけと言う事になった。

 

 アナウンスにδチームの面々の表情は引き締まり、頷き合う事も無く駆け足で輸送トレーラーの格納庫に入った。

 

「こっちだ!」

「応ッ!」

「急げ急げッ!」

「分かってるッ!」

 

 他の隊員は既に自分のトレーラーに到着していたのか、やって来た4人を急かす様に手招きする。それぞれ自分が担当のトレーラーに乗り込み、インナーのボディースーツに着替えると整備員の手も借りて手早くライトスコープの装備に身を包んだ。

 

「こういう時、変身ですぐに装備を身につけられる本場の仮面ライダーが羨ましいよ」

「そうなったら俺達整備員が揃ってお払い箱ですよ。準備OKですッ!」

「サンキュー、行ってくる」

 

 トレーラーの中で隊員達が装備を身に着け準備している間、レックスは指揮車の運転席で待機していた。他の隊員と違って装備を身に着ける時間が必要ない彼は、助手席に敦を乗せ現場まで指揮車を移動させる運転手も兼任していた。

 

 間も無く全員の準備が整う。出動の時が迫り、ハンドルを握る手に自然と力が入った。

 

 その時、指揮所スペースに待機していたリリィの背後でノックオンがした。こんな時に誰だと彼女が背後のドアを開けると、そこには京也とアルフの姿があった。それを見てリリィは思わず驚きの声を上げ、その声にレックスと敦の2人も振り返る。

 

「えぇっ!? あ、あなた達何でッ!?」

「えっ!?」

「君ら、どうして?」

 

 レックス達が驚く中、京也達はそのままワゴン車に乗り込もうとした。ドアの縁に手を掛けて乗り込もうとしてくる2人に、リリィは慌てて2人を押し出す様に押し留める。

 

「ちょちょちょっ!? 待って、あなた達には出動の要請も許可も出てない筈よッ!」

「それでも、ノスフェクトが出たんなら僕らが行かないと……」

「ノスフェクトなら私達で何とかするから、あなたは今は自分の事を考えて。まだ、怖いんでしょ?」

「ッ!?」

 

 明らかにやせ我慢している京也の様子にリリィが指摘すると、彼は肩を大きく震わせた。その姿にリリィはやはりと思った。直接手を下した訳ではないが、間接的に彼は友達である実里にトドメを刺す形となっていた。実際にはその前の時点で実里は死んでいた訳だが、京也の手と口には未だに死んだ実里の冷たくなった体と血の味がこびり付いている。あの時の事を思い出すと今でも悍ましさに手が震えてしまう。

 

 それでも彼は、その恐怖を振り払うべく戦いに出ようとしているのだ。無理をして戦おうとする彼を、リリィは心配してこの場に留まるよう説得しようとする。

 

「大丈夫よ、ウチの連中強いから。もし上級が出ても、レックスが居れば怖いもの無いわ」

「そう言う事だ。君が気にする事はない」

 

 レックスも援護射撃をするが、それでも京也は留まる事をしなかった。

 

「いいえ、お願いです行かせてくださいッ! 何もしないで待ってる方が、今は…………」

 

 頑なで、しかし切実な京也の懇願にリリィ達は何とも言えない顔になってしまった。彼は彼で、苦しみ悩んでいるのだろう。それが分かってしまうのが逆に辛い。

 

「隊長、どうします?」

「……普通に考えれば、彼は部外者だ。戦闘に同行させる訳にはいかない。しかし……」

 

 昨今の戦闘では、一度の戦闘で複数の上級ノスフェクトが出てくる事がザラになっていた。それに加えて修道騎士団の横槍もある。三つ巴の戦闘になれば、それだけ部隊だけでなく周辺への被害も増える。

 

 最高なのは京也に頼る事無くδチームのみで済ませる事だが、現実問題それは難しい話だった。最善なのは京也に協力してもらって、被害を最小限に抑える事だと隊長としての敦が囁いている。

 理屈はその通りで、実際頷けるところもあるのだが、心情的に敦は京也に協力を申し出ることに躊躇いがあった。悩むあまり腹の底から呻き声を上げていると、通信機に他の隊員達から出動準備完了の報告が入った。

 

『隊長、δ2以下全員の準備が完了しました。何時でも行けます』

「う、うむ……」

「隊長、私はこの子達を連れて行くことに反対です。まだ彼は精神的に若いんです。今無茶をすれば何が起こるか……」

「ダメと言ってもついて行きます。置いて行かれても後から追いかけます」

 

 京也の同行に頑なに反対するリリィだったが、京也は意地でも戦いに出る姿勢を見せアルフもそれに続く様に頷いた。この様子だと支部にあるバイクか何かを強奪同然に使ってついて来るかもしれない。それに何より、今は時間が無かった。こうして議論している間にも、ノスフェクトに襲われて命を落とす者が居るかもしれない。

 

 悩んだ末に、敦は首を縦に振った。

 

「仕方がない……ただし、こちらの指示に従ってもらう。それが絶対条件だ」

「はい」

「δ5、彼らの事は頼むぞ」

「分かってます」

 

 敦から許可が出た事で、京也は顔に安堵の笑みを浮かべアルフと共にリリィの隣に乗り込んだ。2人が車内に入り席につくと、ドアが閉められワゴン車を先頭にδチームを運ぶトレーラーの車列がサイレンを鳴らしながらノスフェクトが現れた現場に向けて走り出す。

 

 揺れる車内で、リリィはモニターを見ながら時折京也達に心配そうな目を向ける。何事も起こらない事を密かに願い、彼らの力を借りる必要がない事を願うリリィであったが、それが儚い願いである事をこの後彼女は実感する事になるのであった。




と言う訳で第43話でした。

謎の多かったジェーンの正体ですが、彼女は雄成による超万能細胞による死者蘇生実験体第1号でした。蘇生自体は出来ましたが、記憶が戻らなかったりと完璧な蘇生とは言えない結果でしたが、それでも実験体としては非常に優秀なのでその後も雄成の助手や秘書兼実験体をやって来たと言った感じです。
一見すると雄成側の存在に見えるジェーンが何故コガラシ以降の主人公たちの味方をしてくれているかは、またいつかと言う事で。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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