「ふ~む、あそこにねぇ……」
ガルマンは遠方に見える病院を眺めながら、事前にペスター博士に言われた事を思い出していた。
『いいか、ガルマン。ユーリエ・ベルフェルを始末してこい。奴はこちらの事を知っている。これ以上情報がS.B.C.T.に流れて面倒な事になる前に、始末するんだ』
ペスター博士はユーリエの事を知っていた。嘗て傘木社が健在だった頃は、彼の下でノスフェクトの研究に携わっていた事を彼も覚えていたからだ。尤もノスフェクト研究が表向き中止させられてからは、ユーリエもファッジの研究に持っていかれてしまいそれ以降接点は少なくなってしまったが、それでもユーリエは彼が中止命令が出た後もノスフェクトの研究を続行していた事を知っている。
ノスフェクト関連の知識がある者が敵に居るか居ないかは非常に重要な要素であった。現時点でもS.B.C.T.の装備は銀成分を含んだ対ノスフェクト用の物となっている。これ以上更に対策を立てられる前に、彼女が動けずにいる今始末しておこうと博士は考えたのであった。
その始末を任されたガルマンは、渡されたユーリエの写真を改めて眺める。全身が写ったユーリエの写真を見て、彼はつまらなそうに溜め息を吐いた。
「貧相な体付きだぜ。これじゃあ始末する前に愉しむ事も出来やしねえ」
始末の仕方は特別指定されていないのをいい事に、ガルマンは彼女を始末する前に欲望を発散させて愉しむつもりであった。だがその相手が胸の小さな女性と知ると、彼のヤル気は一気に下がった。どうせ楽しむなら胸の大きな女性を徹底的に嬲りたい。
とは言え命令に逆らう訳にはいかないので、ガルマンは不満を押し殺してさっさと済ませてしまおうと写真をしまいノスフェクト態に変異する。取り合えずユーリエは適度に愉しんでから始末して、その後気に入る女性を見繕いそちらでじっくり楽しもうと考えつつ病院へと近付いていく。
今正にマンティススパイダーノスフェクトが近付いてきているとは露知らず、ユーリエはリリィと雑談に興じていた。暫く他愛のない話に花を咲かせ、適度に時間が経った頃にリリィは時計を見てそろそろ希美の方へ向かおうと立ち上がった。
「それじゃ、私はそろそろお暇するわ。この後ノゾミの方にも行っておきたいし」
「すまないね、長々と相手してもらって。退屈な入院生活の良い息抜きになったよ」
「入院が退屈なら、今はじっくり休んで少しでも早くに退院できるようにすること。いいわね?」
まるで母親か面倒見のいい姉の様な物言いをするリリィに、ユーリエは悪い気はせずクスクスと笑みを浮かべ頷いた。彼女の笑みと頷きにリリィも笑みを浮かべ、さぁ希美の方へ向かおうと何気なく顔を上げた。
その瞬間、彼女は窓の外からこちらに向けて飛び込んで来ようとしているマンティススパイダーノスフェクトの姿を見た。あまりにも現実離れしたその光景に一瞬思考が停止しかけたが、直ぐに状況を理解すると頭で考えるよりも体の方が先に動いていた。
「ユーリエッ!?」
「え? わぁっ!?」
リリィは咄嗟にユーリエの手を引っ張って倒れる勢いを利用して彼女をベッドから引き摺りだした。自分の体をクッション代わりにして、彼女を自分の上に重なる様に床の上に倒れ込む。ユーリエはリリィの豊かな乳房が自分の顔を包む感触を感じながら、それよりも困惑が勝り何がどうしたのかと目を白黒させ驚愕の声を上げた。
「い、一体何が――」
何が起きたのかとユーリエが口にするよりも前に、マンティススパイダーノスフェクトが窓を突き破って病室に入ってきた。リリィはユーリエを抱きしめながら上体を起こし、護身用に持っていた拳銃を抜いてマンティススパイダーノスフェクトに向ける。
窓を突き破ったマンティススパイダーノスフェクトは、まずユーリエの姿を確認し続いてリリィの事を見てニヤリと笑みを浮かべた。
「ハハッ……何だ、居るじゃねえかイイ女が。ターゲットは貧相な体付きで詰まらねえと思ってたが、こんないい女がセットなら悪くねえ仕事だぜ」
まるで全身を舐める様なマンティススパイダーノスフェクトの視線にリリィは嫌悪感から全身に鳥肌が立つのを感じた。視線と今の発言だけでリリィはコイツがどうしようもないゲスであると見抜き、向けられた視線を振り払うかのように発砲しつつユーリエをこの場から逃がそうと一緒に立ち上がり彼女をドアの方へ押し出した。
「ユーリエ、早く逃げてッ!」
「待ちたまえッ!? 幾ら何でも君1人では無理だッ!」
「そう思ってるなら早く逃げて、助けを――」
「させると思ってんのかよッ!」
マンティススパイダーノスフェクトは助けを呼ばれる前にユーリエを捉えようと糸を飛ばした。投網の様に粘着性の糸の網がユーリエの体を包み床に押し倒してそのまま身動きを封じてしまう。
「うあぁっ!?」
「ユーリエッ!?」
「お前も逃がさねえッ!」
「きゃぁっ!?」
糸の投網で床に拘束されたユーリエに気を取られた隙に、リリィも糸を体に巻き付けられ身動きを封じられる。両腕を体にくっつけた状態で拘束されたリリィは、マンティススパイダーノスフェクトにより突き飛ばされ前のめりに倒れ尻を突き出す様な体勢で床の上に倒れた。
「あぅっ!?」
「ヒヒヒッ……そっちの女に比べて、お前はいい体してんじゃねえか。嬲り甲斐がありそうだぜ」
マンティススパイダーノスフェクトの手がリリィの突き出された尻を厭らしく撫で回す。ゴツゴツしたノスフェクトの手が尻を撫でる感触にリリィが必死に抵抗しようとするが、ノスフェクトの蜘蛛の糸は頑丈で全く解ける気配が無い。抵抗も出来ず体を嬲られる感触に、リリィは無意味と知りつつも体を捩って抵抗の意思を示し続けていた。
「んっ!? うぅぅ……いや、ヤダッ!?」
「あ、ぁぁ……!? リ、リリィ……!?」
「堪らねえな、お前がどんな風に乱れるのか楽しみだぜ。だが、その前に……」
マンティススパイダーノスフェクトは一頻りリリィの尻を撫で回すと、先に仕事を済ませてしまおうとリリィの方へと向かう。被せられた糸の網の中で藻掻くユーリエを、網の中から引っ張り出して改めて床の上に仰向けに寝かせて拘束すると、彼女が身に着けている衣服を力尽くで引き裂き裸体を露にさせた。リリィの様に起伏に富んだ魅力は無いし、今はエリーの拷問の痕で痣や傷が残っている。面白味のない体だとマンティススパイダーノスフェクトは落胆の溜め息を吐き、サッサと済ませて本命のリリィを嬲ろうと考えた。
「ふん、思った通り貧相な体だぜ。少しはお前でも愉しめるかと思ったが、止めだ。お前はサクッと始末して、あの女をじっくり味合わせてもらうとするか」
腕の鎌を伸ばして切っ先をユーリエの首元に当てマンティススパイダーノスフェクトがそう呟く。突き付けられた切っ先がユーリエの白磁の様な肌を僅かに切り裂き、血が滲み出て流れ落ちる。首筋の肌を傷付けられる感触にユーリエが痛みと恐怖に顔を引き攣らせながら目を瞑り、リリィが何とか拘束から抜け出して彼女を助けようと虚しい努力をしていた。
マンティススパイダーノスフェクトはそんな彼女を嘲笑う様に一瞥すると、ユーリエを始末しようと腕の鎌を突き立てようと腕を振り上げる。
「死ねぇぇぇッ!」
「うぅ……!?」
「ユーリエッ!? 止めてぇぇぇぇッ!?」
リリィの悲鳴のような声が響く中、マンティススパイダーノスフェクトの鎌が無慈悲にユーリエの首に振り下ろされ…………
「「させるかッ!!」」
………ようとした所で、マンティススパイダーノスフェクトが開けた穴からグラスとコガラシが飛び蹴りしながら飛び込んで、ユーリエに凶刃を振り下ろそうとしていた襲撃者を蹴り飛ばした。
「ぐおぉぉっ!?」
「逃がすかッ!」
蹴り飛ばされたマンティススパイダーノスフェクトは扉を突き破って廊下へと飛び出し、コガラシはそのまま後を追うように廊下に出て忍者刀で追撃する。
一方グラスは部屋に残り、糸で拘束されている2人を解放して救出した。
「大丈夫か2人共ッ!」
「えぇ、何とかね」
「ユーリエ?」
「大丈夫だ。危ない所だったよ、助かった」
「でも何でここに?」
今日は見舞いに来るのはリリィだけで、レックスは支部に待機と言う事になっていた筈だ。それも今はコガラシこと千里が来ているから、そちらとの情報共有などやる事は多いと聞いた。にも拘らずその千里が変身するコガラシ共々ここに来ている事にリリィが首を傾げるとグラスはマンティススパイダーノスフェクトと戦っているコガラシを顎で指しながら答えた。
「彼がユーリエと話したいって言うんでな。ここに来てみたら外から見えるくらいデカい穴が開いてるんで、まさかと思えば案の定だ」
「私に? まさか前の職場関係か?」
裏で諜報を担う万閃衆が自分に用事があるなど、傘木社絡み以外に考えられない。ユーリエが予想して言葉を口にすれば、グラスは小さく頷きながら立ち上がった。
「大体そんな所だ。何にしても運が良かった。アイツは俺らが何とかするから、2人は安全な所に――」
コガラシと2人掛りなら、例え上級ノスフェクトであろうとも負ける気はしない。グラスが自信たっぷりに告げながら立ち上がった所で、彼の背後の窓を見たリリィはそこで見たものに目を見開き悲鳴のような声を上げた。
「レックス、後ろッ!?」
「え? がぁぁっ!?」
リリィの警告も空しく、グラスは背後から飛んできた赤黒い衝撃波を受けて廊下に吹き飛ばされた。グラスが吹き飛ばされた先にはコガラシが居り、マンティススパイダーノスフェクトと互角以上に戦っていた彼は壁を突き破って飛んできたグラスに驚き目を見開いた。
「うぉぉっ!? 何だどうしたッ!?」
「ぐ……クソッ! 誰だッ!」
2人でユーリエが入院していた病室を見ると、そこに居たのは人間離れした美丈夫であるヴラドがゆっくりと病室の床の上に降り立っている所であった。病室に入ったヴラドは周囲を見渡し、ユーリエの姿を見ると彼女に向け歩き出しながら姿をノスフェクト態に変異させた。
ヴラドのノスフェクト態はアルフのそれと同様、ヴァーニィと近い姿をしている。何も知らずにあの姿を見れば仮面ライダーと誤認するのではと思ってしまう程であった。
そのノスフェクト態のヴラドが、目まぐるしく変化する状況に困惑しながらも迫る脅威に震えて後退るユーリエ。このままではマズイと、コガラシはマンティススパイダーノスフェクトへの攻撃を中断しヴラドに突撃し勢いに任せて彼を病室の外へと押し出した。
「させるかぁぁぁっ!」
風の力を借りてタックルする要領でヴラド共々病室の外へと飛び出すコガラシ。その間にグラスは体勢を立て直すと、コガラシに追い詰められようとしていたマンティススパイダーノスフェクトと対峙する。
「ふぅ……危ない所だったぜ。どうにもあの忍者の相手はやり辛い。さて、今の内に……」
「やらせると思うのか? お前の相手は俺だ、クソ野郎」
部屋に入って改めてユーリエを襲おうとしたところで目の前に立ち塞がるグラスの姿に、マンティススパイダーノスフェクトは面倒くさそうに溜め息を吐いた。
「ったく、どいつもこいつもよぉ……人の楽しみを邪魔するとは、いい度胸じゃねえか」
「他人を食い物にする、お前の楽しみなら喜んで邪魔させてもらうぜ……!」
言うが早いかグラスは両腕のバックラーからカッターを伸ばしてマンティススパイダーノスフェクトに切りかかった。突然の事で病院の中は混乱しており、まだ避難出来ていない入院患者が大勢居る。そんな中で高火力且つ大型のバスターショットは使えない。
だが同時にグラスはさっさとこの戦いを終えたくて仕方なかった。今この病院には希美も入院している。もう満足に動く事も出来ない彼女には非難すら大きな負担となるだろう。この戦いは長引かせる訳にはいかない。
だがそういう時に限って敵は厄介なものであった。このマンティススパイダーノスフェクト、言動はクソ野郎で反吐が出る様な性格をしているが、戦闘力は間違いなく高く武装が制限されているとは言えグラスでも攻めあぐねてしまっていた。
「オラァァッ!」
「くっ!?」
マンティススパイダーノスフェクトが振り下ろした腕の鎌による一撃を、グラスが左腕のバックラーで受け止める。並の攻撃であれば受け止めきれる防御を、マンティススパイダーノスフェクトは一撃で崩して見せた。そして彼の体勢が崩れた所を見逃さず、続く斬撃でグラスは装甲から火花を上げながら押し返されひっくり返る。
「ぐぁぁぁっ!? く、そ……!」
「ヒヒヒッ……!」
グラスとマンティススパイダーノスフェクトが病院内で一進一退の攻防を繰り広げているのと時を同じくして、コガラシもヴラドを相手に苦戦を強いられていた。
「おぉぉっ!」
【忍法、分身の術ッ! 達筆ッ!】
分身の術で複数人に分身したコガラシが一斉にノスフェクト態のヴラドに飛び掛かる。視界を埋め尽くさんばかりに増え迫るコガラシを前に、ヴラドは微塵も狼狽える事無く地面に手をつくと、そこから染み出す様に赤黒い血がヴラドの前方に広がっていく。血の海の様になった地面の上にコガラシ達の影が重なった、その瞬間血は一瞬で結晶化し鋭い杭の様な棘となって無数のコガラシ達の体を貫いた。ヴラドの目の前に無数の棘により全身を刺し貫かれてモズの早贄の様になったコガラシ達の姿が乱立する。
だが、ヴラドが仕留めたコガラシは全て分身であった。本物は分身を多数出現させた時点でヴラドの視界から外れ、ひっそりと背後に回り一撃で急所を仕留められる瞬間を狙っていたのだ。予想よりも早く、あっさりと分身を破られてしまったがここまで来れれば十分。血の結晶で貫いたコガラシが全て煙と共に木の葉となって消えてしまった光景にヴラドが視線を右往左往させている間に、本物のコガラシは背後から轟雷を振り下ろした。
「……ッ!」
声を上げず静かに愛刀の轟雷を振り下ろしたコガラシ。しかしヴラドはそれに気付いていたのか、それとも刃を振り下ろされる気配を察したのか、素早く背後を振り返ると迫る刃を片手で受け止めてしまった。
「なっ!?」
完璧なタイミングで振り下ろした筈の一撃が受け止められ、束の間コガラシは言葉を失ってしまった。対するヴラドはコガラシの動きを止めると、その隙を突いてエネルギーを込めた拳を彼の腹に叩き込んで殴り飛ばした。マズイと思った時には既に遅く、コガラシは腹に思い一撃を喰らい大きく後ろに吹き飛ばされる。
「がはぁぁぁぁぁっ!?」
コガラシが殴り飛ばされた先にはこの病院の建設の記念碑の様な物があったが、殴り飛ばされたコガラシの勢いには耐えきれず粉砕されその残骸の上に彼は倒れ込んだ。
「ぐふ……うぐ、ぅ…………!」
全身がバラバラになったような痛みと、明滅しぼやける視界の中でコガラシは何とか立ち上がると覚束ない足取りになりながらも両足でしっかりと立ち、歪んだ視界を側頭部を叩き頭を振る事で何とか正した。視界がハッキリすると、ヴラドは分身を消し去る際に使った血を回収し立ち上がったコガラシに近付いて来る。余裕の表れなのか、ゆっくり足を踏みしめながら近付いて来るヴラドを前に、コガラシはこのままでは倒すどころか追い払う事すら難しいと感じざるを得なかった。
(くそ、やっぱりカイデンにならないと厳しいか……よし)
ヴラドが迫ってきている中、コガラシは轟雷を地面に突き立て心を落ち着けると、変身を解いて新たな巻き物を取り出し印を結んだ。
「忍法、変身の術ッ! コガラシ、カイデンッ!」
【忍法、変身の術ッ! 神羅万象、免許皆伝、疾風の如く忍ぶ者! コガラシ、皆伝!】
場面は再び院内に戻り、グラスとマンティススパイダーノスフェクトの戦いはグラスの方が徐々に追い詰められていた。
「はぁぁぁっ!」
「がぁぁっ!? ぐ、ぅ……」
グラスがここまで追い詰められているのは全ての武装が十分に使える状況ではないと言うのが一つだが、もう一つの理由は院内にまだ避難が出来ていない人々が多数居る事が理由であった。戦いの最中、逃げようとしたり動けずにいる患者や見舞いに来た人達に気を遣い、時に庇いながら戦うグラスに対しマンティススパイダーノスフェクトはそれらを全く気にしない。それどころか奴は敢えてそちらを狙う事でグラスに隙を作らせ、そこを突いてくると言う狡猾にして卑劣な戦い方で彼を追い詰めていた。
「はぁ……はぁ……」
全身傷だらけとなったグラスを前に、マンティススパイダーノスフェクトは余裕たっぷりの様子で佇んでいた。グラスは両腕のカッターを構え何とか立ち続けているが、呼吸は荒く今にも崩れ落ちそうな様子である。最早どちらが勝つかなど明らかな状況に、マンティススパイダーノスフェクトは勝ち誇った様子で口を開いた。
「これでお前も終わりだな。お前を始末したら、あの女を始末してもう1人は……ヒヒッ」
「クソ野郎……!」
このまま彼が負ければ、ユーリエが殺されリリィはコイツの嬲り者にされる。そんな事させてなるものかと己を奮い立たせるグラスだったが、彼の心に反して体の方はあちこちが悲鳴を上げ満足に動かない。このままではマズイ……と彼が危機感を抱いていると、彼の肩に誰かが手を置いた。こんな時に一体誰だと手を置かれた方の肩を見ると、そこに居たのは何と寝ていなければならない筈の希美であった。ベッドに寝てなければならない彼女がここに居る事に、グラスは仮面の下で目を見開く。
「はぁ……はぁ……」
「ノ、ノゾミッ!? 何やってるんだこんな所で、寝てないと……いや、逃げろッ!」
ここに居ると彼女まで巻き込まれる。そう思って彼女を下がらせようとするが、病院服姿の希美は自分が下がるどころか逆にグラスを下がらせ自分が前に出た。一体何をするつもりだと彼が引き留めようとすると、彼女はここで漸く口を開いた。
「全く……まだまだね、レックス?」
「ノゾミ?」
グラスが見守る目の前で、希美はマンティススパイダーノスフェクトを見据えると腰にブレイドライバーを装着。タートルベクターカートリッジとクロコダイルベクターカートリッジを起動させ、ドライバー上部のソケットに装填した。
「ノゾミ、何をッ!? ダメだッ!? ノゾミはもう戦える体じゃ……!?」
〈CROCODILE〉〈TURTLE〉
慌てて希美を止めようとするグラスだったが、それより早くに仮面ライダーヘテロに変身してしまった。
〈HORSESHOE × CROCODILE × TURTLE Mixing Genetic information〉
「変……身……!」
〈Create, Capture, Out of Control. Brake the chain〉
残り少ない命の灯を燃やし尽くす勢いで変身したヘテロは、しかしやはり本人の体が限界だからか変身した時点ですでに足取りが覚束ない様子だった。
「はぁ……あ、ぅ……」
「はっ! 何だ、フラフラじゃねえか。そんな様で、俺の相手が務まるかってんだよッ!」
「クソッ!」
瀕死のヘテロに意気揚々と襲い掛かるマンティススパイダーノスフェクト。グラスはヘテロを守ろうと前に出ようとするが、ヘテロは彼が追い付くよりも先に前に動き、自分からマンティススパイダーノスフェクトの鎌の一撃を喰らった。
その瞬間、信じられない事にマンティススパイダーノスフェクトの鎌がヘテロの装甲の上を滑る様に弾かれた。
「な、に……!?」
「フッ……」
「ぐぉっ!?」
攻撃が完全に往なされ、動きを止めたマンティススパイダーノスフェクトの懐に、ヘテロが潜り込みタックルをお見舞いする。自身の攻撃の勢いも利用されてのタックルは見た目以上の威力となり、喰らった相手は胴体が陥没したかと思う程の衝撃に蹈鞴を踏みながら後ろに下がる。
そこで今度はヘテロが攻勢に出た。回し蹴りを放つと足に纏ったエネルギーがワニの口の様に開き、マンティススパイダーノスフェクトの体を食い千切る勢いで蹴り飛ばした。
「ぐぁぁぁぁぁぁっ!?」
「レックス……よく見ときなさい」
「ノゾミ?」
ヘテロ……希美には一つの懸念があった。それは仮面ライダーとなったレックスが、自身の力に振り回されたりしないかと言う事だった。嘗ての自分もそうだった。まだファッジになって暴れていた頃の自分は、能力を十全に使いこなしていると思っていたがその実、与えられた力に振り回されていただけだった。レックスの場合は憧れもあって、猶更その傾向が強いだろうと思っていたら案の定だった。
だから彼女は今この場で、彼に力を使いこなすと言う事を教えるつもりだったのである。
「アンタのそのグラスって奴……重装甲・高火力・高機動を備えた性能ってところね。なら、こんな場所でも苦戦する理由は無い筈よ」
「だ、だが、こんな所じゃスピード出す訳にも……」
「何ゴチャゴチャ話してんだッ!」
自分を無視してグラスと話し込むヘテロの姿に、マンティススパイダーノスフェクトは舐められていると見て激昂し斬りかかる。余所見しているヘテロはこれに気付けない。グラスが警告しようと口を開きかけるが、ヘテロは見てもいないのに最低限の動きだけで攻撃を受け流し逆に膝蹴りを叩き込んで相手をひっくり返してしまった。
「うごはぁぁぁっ!?」
「いっつも……全開で使う事が、多いからじゃないの? 時には小出しで、使う事も、必要よ……」
「自分の能力を、しっかり、意識しなさい……門守は、それが強さの秘密だった」
マンティススパイダーノスフェクトを返り討ちにしながら、ヘテロはグラスへの講義を止める事はしない。その間も彼女の体は不自然に揺れ続け、何時倒れてもおかしくない様子であった。
このままでは何時彼女の命が燃え尽きてもおかしくない。グラスは焦りと危機感に彼女に抱き着いてこれ以上の戦いは止めるよう懇願した。
「分かった、もう分ったからッ! だからノゾミ、早く変身を解いて……」
「ねぇ、レックス……」
グラスに抱きしめられ、ヘテロは彼に身を委ねるとそっと彼の頬に手を添え変身を解いた。死相の浮かんだ顔に、しかし彼女はしっかりと笑みを浮かべた彼女は震える唇を動かして彼に最期の言葉を遺した。
「アンタは、強い……きっと、門守にも負けない仮面ライダーになれる」
「ノゾミ……!」
「だから……がんばれ。リリィの、こと…………だいじに、ね……」
そこまで伝えると、彼女の瞼がゆっくりと閉じグラスの頬に触れていた手も滑る様に落ちた。小さく呼吸をしながら目を瞑る彼女の姿は一見眠っているかのようだが、そうではなく今正に彼女の命が燃え尽きようとしているのだ。
もう逃れようのない彼女の死が目前に迫っている事に、グラスは言いようのない悲しみを押し殺す様に彼女の体を抱きしめた。残り少ない命を自分を諭し導く為に使ってくれた彼女に、最期の瞬間まで自分達の事を想ってくれた彼女に縋る様に…………
「ノゾミ……ノゾミ…………!? く、おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
グラスは込み上げる悲しみを振り払うように雄叫びを上げると、希美の体を優しくその場に横たえると体勢を立て直したマンティススパイダーノスフェクトに殴り掛かった。一見すると愚直に突撃してきているだけにしか見えないグラスに、マンティススパイダーノスフェクトは極細の糸を無数に放って迎え撃つ。
「馬鹿が……!」
触れれば即座に絡みつき、外す事も難しい強力な蜘蛛の糸。グラスにはこれを見る事など出来ず、絡め取られてなぶり殺しにされる筈であった。
だがグラスはバイザーを下ろし、視界モードを暗視モードに切り替えた。紫外線で物を見る暗視モードにすると、目には見えない程の極細の糸も手に取るように分かる。グラスは落ち着いてマンティススパイダーノスフェクトが放った糸を見極めると、各部のスラスターを軽く噴かせて姿勢制御し蜘蛛の糸の間に空いた僅かな隙間に潜り込む様にして糸の網を潜り抜ける。
「何ッ!?」
予定通りであれば絡め取られる筈の場所で動きを止めずさらに接近してきた事に面食らうマンティススパイダーノスフェクトに、グラスが渾身の力で殴り掛かった。
「フンッ!」
「ぐぉっ!?」
グラスの攻撃はそれだけでは止まらない。相手が動きを止めたとみると、そのまま背部のスラスターで押し出しながら両腕のスラスターを使いパンチの威力を増して連続で顔を殴りつけた。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
「ぐふっ!? な、ごほぉっ!?」
強烈なパンチを何度も喰らい、マンティススパイダーノスフェクトの顔がボコボコになっていく。そのまま両者は病院の中を突き破る様にして外に飛び出し、カイデンとなったコガラシとヴラドが戦っている真っただ中に飛び込んでいった。
「ぐへぁぁっ!?」
「ッ、ガルマン?」
「はぁ、はぁ……」
「グラス、大丈夫かッ!」
ヴラドが顔をボコボコにさせて倒れているマンティススパイダーノスフェクトを心配する傍ら、コガラシ・カイデンも何やら消耗した様子のグラスに不安の声を上げる。
コガラシ・カイデンとグラスを見たヴラドは、病院を一瞥し次にマンティススパイダーノスフェクトを見やると、小さく息を吐きながら軽く頭を振り倒れたマンティススパイダーノスフェクトの腕を掴んで引っ張り上げる様に立ち上がった。
「退こう、ガルマン。これ以上は無理そうだ」
「は、はぁ? ふざけんなッ! この俺が、こんな奴に負ける訳がねえッ!」
「ダメだ。これ以上消耗する事に意味はない。君もそろそろ補充が必要だろう。ここは退くよ」
ヴラドは問答無用でマンティススパイダーノスフェクトを連れて撤退を選んだ。逃がすものかとコガラシ・カイデンが術を放つが、それが炸裂するより早くにヴラド達の姿が血のような液体で包まれ次の瞬間弾けるように姿が消えた。ここで倒せるなら倒しておくべき者達を取り逃がしてしまった事にコガラシ・カイデンが悔しそうに唸っていると、グラスは病院へと急いで戻っていった。
「あ、おいグラスッ!」
コガラシ・カイデンが呼び止めるのも聞かず、グラスは先程飛び出した穴から病院の中へと戻り希美を横たわらせた場所へと戻った。彼が戻ると、そこにはリリィとユーリエも来ていた。希美はリリィの腕に抱かれており、リリィは命の灯が消えようとしている希美に必死に呼び掛けている。グラスは無駄と知りつつ、変身を解いて彼女らの元へと駆け寄った。
「ノゾミッ!? ノゾミ、ヤダッ!? 嫌だよ、ねぇっ! お願いだから、ノゾミ……!?」
「わがまま……いうんじゃ、無いの。いいのよ……私のせいで、たくさん、不幸になった人、いるし……こうなる運命だったのよ」
「ノゾミッ!?」
「ノゾミ、駄目だッ!」
既に生きる事を諦めている希美に、リリィとレックスの声はもう届かない。彼女は今の自分に満足していた。傘木社の幹部として戦い、多くの人々を殺め、不幸にしてきた。確実に地獄行きの自分の最期が、愛する者達に看取られるなんて上等すぎる。これだけでも彼女は報われる想いであり、それ以上の事等望んでいなかった。
「レックス、リリィ……ありがとう。げんきで、ね……がんばるのよ」
「「ノゾミッ!?」」
死相の浮かんだ希美の顔は、しかしこの上なく満たされた幸せそうな顔であった。2人の目から零れる涙が雨の様に降り注いで希美の顔を濡らす中、彼女は安らかな顔で目を瞑り眠る様に意識を手放しながら最期の言葉を口にする。
「嗚呼…………幸せ……」
満たされず苦しんでいた希美の最期の言葉は、身も心も満たされた事による満足した安らかなものであった。しかし、彼女の命が失われる光景を目の前に、レックスとリリィはただ涙を流していた。
「あ、ぁぁ……!? うっ!? うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「クソ……クソぉ……!?」
姉であり、母の様でもあった掛け替えのない存在が失われ、荒れた院内の廊下に2人の慟哭が響き渡る。
だがそれをかき消す様に、ユーリエが力強い声を上げ2人の泣き声をかき消した。
「まだだッ! まだ、終わっていないッ!」
「え?」
「ユーリエ?」
突然のユーリエの言葉に、2人の希望に縋る様な視線が突き刺さる。向けられる視線からユーリエは目を逸らさず、ついこの間までボロボロだった入院患者とは思えぬ目で頷き返すと2人に残された希望がある事を告げた。
「結論から言おう。彼女はまだ生き永らえる事が出来る」
という訳で第46話でした。
下衆な男に襲われて辱められそうになっている女性の姿は燃えます。こういうのを書いてるからレイトショーでもそっち方面のリクエストが多いんだろうなぁ。
そして希美ですが、何時までも入院状態で放置はできないし安易に治す訳にもいかないのでこんな形となりました。改心したとは言え、なぁなぁにするにはやってきた事がやってきた事ですしね。最初はそのまま物語からも脱落する予定でしたが、思うところもあって流れは変えました。とは言え今後ヴァーニィで彼女が登場する事はない予定ですが。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。