未知の敵であるノスフェクトとの戦いから一夜明けて、季桔市近郊の支部へと帰還したS.B.C.T.δチームは先日の戦いの疲れを癒した後、件の敵に関する情報を整理していた。
「さて、諸君。まずは昨夜の戦いではご苦労だった。多少の怪我人は出たが、それでも誰1人欠ける事無くこうしてブリーフィングが出来る事を嬉しく思う」
結成以降、S.B.C.T.では人員の欠員など日常茶飯事だ。ιチームの様に一部隊丸ごと全滅する事もあり得ない事ではない。それを考えると、こうして欠員が出ずに済んだ事は喜ぶべき事だし、何よりもこの部隊の練度の高さを伺わせた。
「諸君も気になっているだろう昨夜の怪物だが、これに関して科学調査班から有益な情報を得られた。詳しい事は、彼女から」
そう言って敦がブリーフィングルーム正面の壇上から降りると、それまで壁際に控えていた眼鏡をかけた細身の女性が彼に代わって壇上に上がった。紫掛った銀髪を項の所で一纏めにした、首に変わったチョーカーを巻いた女性だ。その女性は壇上に上がり、席についた隊員とリリィを一瞥すると手元のノートパソコンを操作して正面のモニターに映し出された画像を背に口を開いた。
「まずは初めまして。私は科学調査班に所属する、ユーリエ・ベルフェルだ。早速だが、先日君達が遭遇した敵に関して話をさせてもらうよ」
隊員の中には壇上に上がったユーリエに対し興味を持つ者も居たが、向けられる好奇の視線を無視して彼女は背後の画像……先日の戦闘で各隊員のカメラで撮影されたバットノスフェクトの画像をポインターで照らしながら話し始める。
「結論から言おう。この怪物の名はノスフェクト。嘗て傘木社で、ファッジと競合し研究がされていた生物兵器だ」
「競合? ファッジ以外に傘木社が研究してる生物兵器があったのか?」
のっけから驚きの内容が飛び出し、この場に居る者の中で特に傘木社と密接な関りがあったレックスが思わず席を立った。興奮する彼を隣の席に座る秀樹と後ろのテックに押さえられるようにして席に座り直す。彼が落ち着きを取り戻したのを見て、ユーリエは話を続けた。
「そう、傘木社が研究しているのはファッジだけではなかったんだ。尤も、ノスフェクトは競合に負けて研究中止が言い渡され、資料だけが残っている状態だった筈なんだがね……」
「その資料から、戦力を求めた残党がノスフェクトを復活させた……ってところか?」
ユーリエの話からノスフェクトが再び姿を現した理由に見当をつける隆だったが、それはユーリエ自身により否定された。
「いや……と言うよりも、研究が中止されて以降も秘密裏に研究が続けられていた可能性が高い。ノスフェクトに関しては欧州支社が中心になって研究が行われていたんだが、研究中止が言い渡されて以降も研究が続けられていた痕跡が確認された。恐らくノスフェクトの研究の中心人物だったペスター博士が独断で研究を続行していたんだろう」
彼女の話にレックスは苦い顔をした。彼とリリィはアメリカの支社から日本に送られた経緯を持つが、欧州ではそんな事が行われていたのか。アメリカでも基本はファッジとベクターカートリッジに関する研究が中心だったので、ノスフェクトと言う単語は初耳であった。
「……傘木社が関わっていると言う事は、やはりこのノスフェクトにも?」
「そう、これにも超万能細胞が使われている。ただ安定性はファッジには遠く及ばなかったらしいけれどね」
「と言うと?」
「ノスフェクトを生み出すには、同じノスフェクトが作り出す『クロスブラッド』が必要なのさ。そして、クロスブラッドは同じノスフェクトでも上級のノスフェクトでなければ生み出せない。機械的に生成できるベクターカートリッジに比べて、生産性や安定性で劣るノスフェクトに関する研究が打ち切られるのも当然だね」
話しながらユーリエはノートパソコンを操作し、幾つかの画像を新たに表示した。そこには一見すると注射器にも見える赤黒い十字架の画像が映し出される。あれが件のクロスブラッドと言う奴だろう。
クロスブラッドは上級ノスフェクトが生み出し、生み出されたクロスブラッドを人間に挿せば内部にインプットされた遺伝子情報を元に人間の肉体をノスフェクトに変異させる事が出来る。こうして生み出されるのがノスフェクトと言う怪物であり、先日の警察官も同様にノスフェクトにされたのであった。
「ノスフェクトにされた人間は、元に戻れないんですか?」
テックが手を上げて訊ねた。先日の戦いで彼らが戦ったバットノスフェクトは倒れると体からクロスブラッドが排出され、その場で砕けた。警官はその後死亡が確認された訳だが、今後ノスフェクトによる被害が増えるのであればノスフェクトにされた人間の救助も必要となる。可能であれば、変異させられてしまった人間も助けたい。
だが彼らの願いも空しく、ユーリエの口から出たのは無情な答えであった。
「難しいね。実験の結果ではノスフェクトが倒れる程のダメージを受けるとそのダメージはそのまま変異させられた人間にも残る。実際に人体実験で変異させたノスフェクトを十字砲火に晒した結果、倒れて変異が解けた人間はそのまま死亡したとある。ファッジと違って単純に遺伝子を上書きするのではなく遺伝子そのものを侵食するのがノスフェクトなのだと思われる。だからノスフェクトを殺せば、そのまま変異させられた人間も死んでしまう」
「つまり、昨日のあれは決して仮面ライダーの所為って訳じゃないんだな」
齎された答えに、しかしレックスは不謹慎にも安堵を感じてしまっていた。これで警官死亡の原因がヴァーニィにあるとなれば、彼は辛い戦いに身を置く事になる。まだどんな人物が変身しているのかを知らないレックスではあるが、彼1人が責められるような事が無い事には思わず安心を感じてしまった。
レックスが1人安堵の溜め息を吐いていると、今度はアルバートが手を上げてユーリエに質問した。
「なぁ、一個気になる事あるんだが」
「何かな?」
「ファッジとの競合に負けたって事は、そのノスフェクトって奴はファッジより弱いのか?」
パッと見、と言うか印象的には競合……コンペで負けたと言う事はノスフェクトはファッジに劣っていたと言う印象になりがちだが、それは決して正しいモノの見方ではない。ノスフェクトがファッジに負けたのは飽く迄も総合的に見て、と言う話であり単純な生物兵器としてみれば寧ろファッジよりも厄介な点があったのだ。
「必ずしもそうとは言えない。いや、それどころか生物兵器としてはファッジを超えるかもしれない」
「と言うと?」
「単純な戦闘力ではノスフェクトの方がファッジよりも優れていると言う話だよ」
ユーリエの答えにアルバートが好戦的な顔になる。一也も同様に目を輝かせ、それを見たリリィは思わず額に手を当て溜め息を吐いた。
「その、ノスフェクトがファッジより優れている点とは?」
「端的に言えば、戦う相手から力を得られると言う点だ。もう分かっているだろうが、ノスフェクトは吸血行為で他の生物の血液を奪い取れる。そしてノスフェクトは、血液を摂取すれば摂取しただけ強くなれるんだ」
ただし彼女が言うには、下級ノスフェクトでは吸血で得られる強化も言う程大きくは無いらしい。だがそれでも受けた傷を瞬時に回復させたり、自身の能力を強化したりは出来る様で、下級であろうともノスフェクトは非常に危険な相手であるらしい。
下級のノスフェクトでこれなのだから、上級ともなれば更に強く危険であるとの事。
これだけでも十分すぎる程に厄介な情報だが、これに加えてさらに厄介な情報があった。
「そして……これが最も重要な話なんだが、上級ノスフェクトはクロスブラッドを生み出せると言うだけでなく、人間の姿で居る事も出来る」
「それは、人間に擬態すると言う事ですか?」
「擬態……とは違うな。人間の姿を保ったままノスフェクトとしての力が使えると言うのが正しい。クロスブラッドを作れたりなんかだ」
これはかなり由々しき事態だ。何しろそこら辺を普通に人間を怪物に変えられる存在が闊歩しているかもしれないのである。そして外見上人間と上級ノスフェクトの違いは基本無いと来た。これで被害を押さえろと言うのは難しい。
「まぁ、ノスフェクトは常人に比べて比較的紫外線や光に弱い。そこら辺で見分けようと思えば出来なくもないのだろうが……」
その後もユーリエの話は続いた。彼女の話を聞き、これから自分達が戦う事になる敵の情報を頭に叩き込みながら、レックスはある疑問を抱いた。
幾らなんでもノスフェクトに関して詳しすぎないだろうか?
科学調査班として資料を集めたのだとしても、ノスフェクトに関して情報を持ち過ぎだ。単純に能力だけであればともかく、ファッジとのコンペに負けた事だとかかなり傘木社の内情にも関わる情報もあった。
ユーリエの話が頭上を通り過ぎていくのを感じながら、レックスはチラリと視線をリリィへと向けた。見れば彼女もユーリエの知識量に違和感を覚えているのか訝しげな表情を向けている。
と、不意にレックスとリリィの視線がぶつかり合った。視線だけ向け合ってアイコンタクトを取ると、2人は小さく頷き合う。
人知れず意思疎通を2人がしている事等知る由もなく、ユーリエはノスフェクトに関する話を続けていた。
***
一方、京也は何時も通り学校に登校して自分の席で朝日に照らされながらぼんやりと何も書かれていない黒板を眺めていた。彼の朝は何時もこれだ。この時間帯は頭の回転が鈍くなり、何を考える気力も湧かずこうして無為な時間を過ごしている。
HRが始まるまでの時間、周囲で他の生徒がわいわい騒ぐのをBGMにちょっぴりウトウトし始めた時、教室の扉が勢いよく開かれ同時に今の京也と打って変わって元気の塊の様な声が室内に響いた。
「おっはよーッ!」
「おはよ~……」
教室に入ってきたのは揚羽と実里だった。夏の太陽の様な笑みと共に入ってきた揚羽の挨拶に、教室に居た生徒達は挨拶を返す。
その挨拶に紛れる様に実里が控えめの声で挨拶した。その様子はやや疲れを感じさせ、2人がノスフェクトから逃げていた事を知っている京也はちょっぴり心配する。
京也からの視線に気付く様子もなく2人は自分の席へと向かう。彼女達の席は京也と近かった為、2人が席につくと声を掛けやすい位置になる。昨日の事などが気になった京也は、2人が席につくと椅子の位置はそのままに体だけ少し寄せて声を掛けた。
「須藤さん、大丈夫?」
「へ?」
「き、ん゛ん、何か今朝は何時もより疲れてるみたいだから」
一瞬昨日逃げていた事を口にしようとしたが、それを言葉にすると面倒な事になりそうだと思い慌てて
言い直して今目に見えて分かる異変から話題を切り出した。
京也からの問いに納得した様子の実里は、何と言うべきかと迷い視線を彷徨わせた。何しろいきなり怪物に襲われたと話して、それを納得してもらえるだろうかと不安になったのである。
傘木社が原因で起こるようになった特異生物災害。その被害はテレビなどで見る事が出来るが、それがいざ我が身に降りかかるとやはり現実離れした事のように思えてしまう。もし自分が何も知らない立場で、襲われたと言う者からいきなりそんな話を聞かされてもすぐに信じるのは難しい。何しろ天災と違って特異生物災害は基本的に非常に局所的な出来事だからだ。現場近くにいたならともかく、その場に居なければ実感が湧かないのは仕方がない。
実里が答えに迷い口を半開きにして頬を掻いていると、横から揚羽が割って入り実里に代わって先日の出来事を話した。
「あっ! 京也君聞いてよ、昨日すっごく危なかったんだからッ!」
「って言うと?」
「アタシとみのりん、昨日変な怪物に襲われたんだってッ!」
「ちょ、揚羽……!」
いきなりノスフェクトに襲われた時の事を話す揚羽に実里が慌てて彼女を制止しようとする。内容が突拍子もない事はそうだが、何よりもこの教室の中では彼女の声が大きい。当然彼女が口にした言葉は一瞬で教室内に広がり、それを聞いた他のクラスメイト達は普段耳にする事の無い非日常に興味を引かれ一斉に周囲に集まってきた。
「ちょ、磯部さんそれ本当?」
「襲われたって、怪物にッ!?」
「もしかして、仮面ライダーとかS.B.C.T.見た?」
「大丈夫? 怪我とかしなかった?」
周囲に集まった生徒達が矢継ぎ早に質問する。その内容は滅多に遭遇する事のない非日常への興味からくる内容だったが、京也はその声の中で純粋に2人の身を案じた問いを口にした。昨夜京也は逃げている途中の2人とすれ違ったが、あの時は一瞬だった事もありそこまでしっかりと2人の状態などを確認できていなかった。
京也からの質問に、実里は疲れた笑みを浮かべつつ答えを返す。
「あ、はは……うん。ウチらはそんな大した怪我じゃなかった。ちょっと膝とか擦り剥いちゃったけど……」
「でもでも! S.B.……何だっけ? その人達に助けてもらったから、大丈夫だったよ!」
「S.B.C.T.! 間近で見たのか! くぅ~! 俺も見たかったな~ッ!」
実里と揚羽の話に、一部のミリオタの生徒が興奮した声を上げる。近未来的な装備のS.B.C.T.は、最早SF好きやミリタリー好きにとって注目の的だ。中には彼らを間近で見ようと、SNSで現在の状況などを絶えずチェックし事件が起こった現場が近くであればそこへ急行しようとする者まで居る始末である。S.B.C.T.側からすれば迷惑でしかないが。
興奮する一部の生徒にこれまた一部の女子が冷めた視線を向けた。無理もない、当の本人達はそれどころではなかったのだから。文字通り命の危機を感じていた2人の前で、事件に巻き込まれた事が幸運だったかのような反応を見せるのは不謹慎に当たる。
「ちょっと、揚羽と実里はそれどころじゃなかったのよッ!」
「少しは考えてよ」
「も~、空気読めてないんだから」
女子からの一斉のバッシングに、興奮した生徒も失言に気付き委縮してしまう。そんな生徒を哀れに思いつつ、京也は2人の身に大事が無かった事に安堵した。ノスフェクトに変異させられた警官は助ける事が出来なかったが、彼女達だけでも無事でいてくれた事は喜ぶべき事だ。
教室内はそれから暫く騒がしかったが、担任が来てHRが始まると生徒達は座席に座らされる。
HR中、担任の話が頭上を通り過ぎていくのを感じながら京也が欠伸を噛み殺していると不意に隣の席から揚羽が小声で声を掛けてきた。
「そう言えばさ、紅月君」
「ん? 何?」
ぼんやりとした頭で揚羽の声に反応する京也。今日も変わらず朝が眠くて仕方がないと、再び出て来そうになる欠伸を押さえつけていると、揚羽の口から思わぬ言葉が飛び出た。
「昨日さ、紅月君バイクに乗って怪物が出た所に行ってなかった?」
まさかの言葉に京也は一瞬呼吸が止まった。一気に頭が覚醒し、視線が思わず泳いでしまうがそれでも何とか怪しまれないようにと言葉を紡ぐ。
「あ、えっと……い、いや? 何で?」
昨日現場へ向かう時は私服に着替えていたし、フルフェイスのヘルメットで顔を隠していた。だから同年代と言うところまでは特定されても個人までは特定できない筈だった。にも拘らず何故揚羽は昨日すれ違ったバイクの運転手が自分ではないかと疑ったのかが京也は分からず、冷や汗で腋の下が冷たくなるのを感じた。
「ん~、何となく? 顔とかは見えなかったんだけど」
どうやら女の勘と言うか、とにかくそう言う第六感的な物で違和感を抱かれたらしい。これには京也も肝を冷やした。揚羽は一件子供っぽく元気なだけが取り柄の様に見えて、こういう物事の真実を見抜く確かな目を持っていた。今までは勘が鋭いな程度にしか思っていなかったが、その勘の鋭さが自分に向けられるとこんなに恐ろしいのかと京也は戦慄せずにはいられなかった。
兎に角この場ではこれ以上感付かれないようにと内心の驚愕を何とか隠しながらしらばっくれる。
「き、昨日は僕、家で宿題やったり夕飯の支度したりしてたし……だからバイクで2人とすれ違ったりはしてなかった筈だよ」
「そっか~。じゃああれ誰だったんだろう?」
かなり冷や汗などを掻いてしまったし、声も震えてしまっていた気がするが揚羽はそれに気付く事無く誤魔化されてくれた。尤も勘の鋭い彼女の事だ。未だ違和感は抱いているかもしれないが、この場ではこれ以上追及する気はない様だ。気の無い返事を返しつつ、視線を教壇の方へと向け小さく鼻歌を歌い始めた。
何とか誤魔化せたことに京也は心臓が早鐘を打つ胸に手を当て静かに深く息を吐く。戦った時以上に神経をすり減らしたかもしれない。
思わぬストレスに、京也は脳裏にローラの姿を思い浮かべ、早く彼女の待つ家に帰りたいと思いながら一限目の授業の教材を鞄から引っ張り出すのだった。
***
その頃、まだ日が高い街の中で日陰の多い建設途中のビルの中では人知れず惨劇が起こっていた。
「あが……お゛ぉ……! か、ぁ゛……」
先日揚羽と実里を襲い、警官2人を亡き者にした女性が建設現場の中で作業員の首筋に食らい付き血を啜っていた。見渡せば周囲には他にも首筋に噛み痕を付けられ血を流した作業員の死体が転がっており、そして壁際には夢遊病者の様に魂が抜けたような顔をした作業員が並んでいるのが見える。
女性は血を吸われ過ぎて動かなくなった作業員をごみを捨てる様に放り捨てると、口から歪な形の黒い十字架を吐き出しそれを握り潰すと次の作業員を手招きした。手招きされた作業員は、頭上から糸で操られているかのように覚束ない動きで女性の元へと向かい、今し方目の前で惨劇を見ているにも拘らず抵抗することなく首筋を差し出し、女性は躊躇なく牙を突き立てると音を立てて血を啜った。
「お゛っ! ほ、ほぉぉ……!」
己の命の通貨である血を吸い取られていると言うのに、作業員は苦痛よりむしろ快楽を感じているかのように恍惚とした表情で吸血を受け入れた。女性が喉をゴクゴクと鳴らして血を飲み、その音が響くにつれて作業員の体は空気が抜けた風船の様にシワシワになっていく。
あっという間にミイラになった作業員を女性は再び乱暴に放り捨てる。血を抜かれた遺体が小さな音を立てて床に倒れるのを見もせず、女性は口元を拭いながら小さくゲップをした。
「ケプッ…………ふぅ」
何処か満足そうに息を吐く女性。直後、女性の口から再び十字架……クロスブラッドが飛び出した。彼女の足元には他にもこれまでに吸血した作業員を吸血して精製されたクロスブラッドだったものが転がっている。
そう、この女性は上級ノスフェクトだったのだ。上級ノスフェクトの女性は、新たに口から出てきたクロスブラッドを手で口から引き抜いた。
先程まで出来たのは歪な形をした、見るからに不良品と分かる物ばかり。だが今度は違った。色はこれまでと同じ黒だが、形はヴァーニィが使う様な注射器を思わせるしっかりと形の定まった十字架となっていた。
「ふっ……」
上級ノスフェクトの女性は精製できたクロスブラッドに満足そうな笑みを浮かべると、それを大事そうに胸の谷間へと突っ込み代わりに別のクロスブラッドを取り出した。灰色に赤い血管のような模様が走ったクロスブラッド。彼女はそれを、まだ吸血していない作業員の首筋へと突き刺した。
「あ゛っ!? う、あが……!?」
作業員はクロスブラッドが突き刺さった部位を中心に苦悶の声を上げながら全身を赤黒い血の様な液体で包まれる。体を包んだ液体が沁み込む様に作業員の体の中へと入っていくと、そこに居たのは作業員ではなく下級ノスフェクトであるトカゲの様な体をしたリザードノスフェクトであった。
生み出されたリザードノスフェクトに上級ノスフェクトの女性は軽く顎をしゃくる。リザードノスフェクトはそれを見て、一声鳴くと音もなく暗がりの中へと消えていった。
去っていくリザードノスフェクトを見送った上級ノスフェクトは、冷たい目でそれを見送り自身もその場を離れるべく踵を返す。
その彼女の目の前に、黒いボロ布を頭から被った何者かが立ち塞がった。
「ッ!?」
何時からそこに居たのか、目の前に現れた人影に息をのむ上級ノスフェクトの女性。だがそれも一瞬で、すぐその相手が何者であるかに気付くとそれまでの冷たい雰囲気から一転、恋する乙女の様に顔を綻ばせその場に跪いた。
「あぁ、来てくださったのですね……”ヴラド”様……!」
頬を紅潮させた上級ノスフェクトの女性が嬉しそうに言葉を発すると、ヴラドと呼ばれたその人物はボロ布の下から顔を覗かせる。ボロ布の下から見えるのは、精悍な顔をした青年であった。顔色が異様に青白く見える事を除けば、すれ違う女性の誰もが振り返るだろう美丈夫だ。
ボロ布の下から見えたその顔に上級ノスフェクトの女性がほぅ、と熱の籠った吐息を吐くとヴラドは黙って片手を差し出した。差し出された青白いその手は、彼の顔に反して枯れ枝の様にガリガリでカサカサだ。それを見て女性は我に返り、たった今精製されたクロスブラッドを胸の谷間から引っ張り出した。
「は、はいっ! こちらに……」
女性がクロスブラッドをヴラドの手に恭しく乗せると、彼は黒いクロスブラッドを握り締める様に自身の手に突き刺した。突き刺さったクロスブラッドは赤黒い血のような液体となってヴラドの体の中へと沁み込む様に入っていき、手でクロスブラッドを吸収したヴラドは先程に比べ幾分か潤いを取り戻し枯れ枝から老人のそれの様になった片手を何度も握ったり開いたりを繰り返した。
片手の調子を確かめるヴラドを女性は緊張した面持ちで見つめる。すると彼は、口元に薄っすらと笑みを浮かべると老人の様な手を引っ込め反対の手を女性に差し出す。そちらの腕は最初に差し出した方とは違い、顔に合った若々しい肌の色白な腕であった。
ヴラドは陶器の様なその手で女性の頬を優しく撫でながら立ち上がるよう促した。女性は彼の仕草に熱に浮かされた様に息を吐きながら立ち上がる。
「あぁ、あぁぁ……ヴラド様……!」
立ち上がった女性をヴラドは片手で抱き寄せる。彼に抱擁されて女性は夢見心地と言ったような様子で抱きしめ返すと、彼は女性の首筋に顔を埋めそのまま食らい付き彼女の血を啜った。
「あっ! あ、はぁぁぁぁ……! ヴ、ヴらど、さまぁ……! はぁぁぁぁぁ……!」
先程自分が作業員達にそうしていたように、ヴラドに吸血される女性。薄暗い建設途中のビルの中には、彼女の喘ぎ声が暫く響き渡っていた。
***
京也が授業を受けている間、アルフは1人家で彼が帰ってくるのを静かに待っていた。カーテンを閉め切った京也の部屋の中で、彼のベッドの中で布団に包まる様にして静かに微睡む。
その微睡みの中で、彼女は京也と出会った時の事を思い出していた。
京也とアルフが出会ったのは、4年前のある雨の日の事であった。
当時から季桔市のジェーンの家に居候していた京也は、この日部活が長引き日が落ちた街の中を家路についていた。ただでさえ日が落ちて暗いのに、畳み掛ける様に雨が降る。降り続く雨の音にうんざりしたものを感じながら早く帰ろうと足早に雨水を跳ね飛ばしながら歩いていた。
その時、ある路地の前を通り掛かった時、その路地の奥から何か物音が聞こえたような気がしたのだ。本当に微かな、何かが倒れるような物音。
「……ん? 何だろ?」
気になって路地に入り奥へと向かった京也は、そこでボロ布を纏っただけの1人の少女……アルフを見つけたのだ。ボロ布の下から見える素肌はあちこちが傷だらけで、雨に打たれて体が冷えているのか目に見えて震えている。
その姿に京也は思わず傘を手放し倒れた彼女を抱き上げた。
「大丈夫ッ!? ちょっと、しっかり……ッ!! 君は……!」
慌てて駆け寄り抱き上げて、苦しそうに息をする彼女の姿に京也は目を見開き咄嗟に救急車を呼ぼうとスマホを取り出そうとした。
その時、背後に何かが降り立つ気配を感じた。水を跳ね飛ばして重い何かが地面に立つような音がする。
「ッ!?」
明らかに何かの気配を感じ、ゆっくりと振り返った京也の前には猫の様な見た目の怪物、ウルフノスフェクトが口の端から涎を垂らしながら佇んでいた。口から血生臭い息を吐き、血走ったような赤い目で睨んでくるウルフノスフェクトの姿に京也の目が驚愕に見開かれた。
「なっ!?」
ウルフノスフェクトの姿に、京也は慄きながら意識が朦朧としたアルフを抱え引き下がる。その揺れと、京也から伝わる体温でアルフの目が僅かに開かれる。
「ぅ……?」
僅かに意識を取り戻したアルフは、自分を抱きしめる京也の顔をぼんやりと眺め次に自分達の方にジリジリとにじり寄るウルフノスフェクトの姿を見た。その瞬間、アルフは目を見開き意識を覚醒させると弾かれるように京也に飛びつき彼の首筋に食らい付いた。
「あ……え……?」
突然の事に理解が追い付かない京也を他所に、アルフは彼の首筋に牙を突き立て生き血を啜った。温かな血を彼女が喉を鳴らして飲む度に、京也の口からは熱の籠った吐息が吐き出された。
「あ……! は、はぁぁ……! う、ぁ……」
今までに感じた事の無い快楽。身も心も彼女と溶け合う様な感覚に京也はウルフノスフェクトの事も忘れてその快楽に酔いしれた。
それをウルフノスフェクトは何時までも許しはしなかった。爪と牙を剥いて2人に飛び掛かると、アルフは吸血行為を中断して飛び掛かって来るウルフノスフェクトを迎え撃った。
「ハァッ!」
振り下ろされるウルフノスフェクトの腕を素足で蹴り飛ばすアルフ。その後も彼女は先程までの弱った様子が嘘の様にウルフノスフェクトと渡り合う。全裸にボロ布を纏っただけの粗末な姿で戦う彼女の姿は不思議な可憐さを感じさせ、先程吸血されていた時の快楽で頭が働かない京也も思わず見惚れてしまっていた。
が、やはり全快ではないのだろう。徐々にウルフノスフェクトに圧されていき、遂に振り回した尻尾の一撃で大きく吹き飛ばされ壁に叩き付けられた。
「うぐっ!? がはっ!? うぅ……」
「あっ!」
ボロボロになりながら崩れ落ちるように倒れたアルフに、京也は気付けば駆け寄り彼女を抱き上げてその場から逃げようとしていた。何故そんな事をしようと思ったのか彼自身も分からない。ただ、こうするべきだと本能的に思ってしまったのだ。
が、足元が雨で濡れていた事と焦っていた事もあって、足を滑らせて転んでしまう。その際にアルフを突き飛ばす様に放ってしまい、放られた彼女は雨に濡れた地面の上をゴロゴロと転がっていく。その時、地面の上に転がった際、アルフは起き上がると同時に突如口を押えて何かを吐き出すような仕草を見せた。
「うあっ!?」
「う゛っ!?」
濡れた地面の上に倒れる2人。ウルフノスフェクトはそれを好機と見たのか、舌なめずりをしながら2人に近付きまずは自分の邪魔をしようとする京也を仕留めようと爪の生えた片手を振り上げる。
迫るウルフノスフェクトに後退る京也。その時彼の手に何かが当たった。投げつけて武器に出来る物なら焼け石に水であっても構わないと京也は見もせずそれを掴んで持ち上げた。
その際チラッと手に持ったそれを見た時、彼はあまりに奇妙なそれに思わず投げるのを中断した。
「ん? これ、は……」
鈍色のドクロの様な何か。そうとしか言いようのないそれを彼が注視していると、体を起き上がらせたアルフが這うようにして近付き彼の手から鈍色のドクロ、ヴァンドライバーをもぎ取った。
その彼女の口には銀色の血管のような模様が走った赤黒いクロスブラッドが咥えられている。
「え?」
突然のアルフの行動に京也が唖然とする中、彼女は彼の手からもぎ取ったヴァンドライバーを彼の腰に押し当てる。するとベルトが巻かれて京也の腰にドライバーが装着されたので、アルフはそれに満足そうに頷くとドライバーの左右のハンドルを引いてドクロの口を開かせ、その中に口に咥えていたクロスブラッドを入れハンドルを押してドクロの口を閉じさせた。
〈ダイシリアス! キョウヤ!〉
「な、何が……うっ!」
ベルトから音声が響き、何が何だか分からぬと言った様子の京也。その時、彼の体がベルトを中心に広がった赤黒い血のような液体で包まれ、それが沁み込むように無くなるとそこに居たのは京也ではない異形の戦士であった。
これが、仮面ライダーヴァーニィが世に生まれた最初の瞬間であった。
その後、ウルフノスフェクトから逃れた京也は迎えに来たジェーンと共にアルフを家へと招き入れ、その時から3人の生活が始まった。ジェーンは突然現れたアルフを少しも拒む事無く、今に至るまで京也共々面倒を見てくれていた。
その事をありがたく思う反面、何も聞いてこない彼女にアルフも最初訝しんだ。
尤も程無くして、彼女もまたジェーンの事を信頼するようになっていくのであるが。
「ん…………」
そこまで思い出したところでアルフは微睡から目覚めゆっくりと体を起き上がらせた。京也のベッドの掛布団が体からずり落ち、薄暗い部屋の中に黒いパーカーを見に纏った彼女のシルエットが薄っすらと浮かび上がる。
周囲を見渡し時計を探せば、時刻は午後4時に差し掛かる所。この時間帯なら、京也もそろそろ学校が終わり家路につく頃だろうか。
もう直ぐ京也が帰ってくる。そう思うと胸が温かくなり、アルフは今暫く彼の匂いが残るベッドの上で過ごそうかと体を横たわらせた。
その時、彼女は脳裏に何かが迸る感覚を覚えた。
「ッ!」
弾かれるように体を起き上がらせたアルフは、導かれるように窓へと近付きカーテンを開ける。まだ日が沈んでいない外から差し込む光に照らされ、思わず怯み両手で顔を覆いながら目を固く閉じた。
「うぅ……!?」
そこまで強い訳でも無い日差しに、しかしアルフの口から苦しそうな声が上がる。だが彼女は苦痛に耐える様に手を下ろし薄目で外を見ながら、窓を開けて窓辺に素足を掛けて外へと飛び出した。
日の光の下を、パーカーに素足と言う姿のアルフが屋根伝いに駆けていく。
その姿をジェーンが下から見上げていたのだが、アルフはそれに気付く事は無かった
と言う訳で第3話でした。
新キャラのユーリエ。彼女はこの作品においてキーパーソンの1人なので、今後もちょくちょく出番があります。
因みにユーリエは私の描く作品では珍しく明確にお胸がC以下の控えめな体型の女性だったりします。
京也とアルフのビギンズナイトはこんな感じです。ある日いきなり非日常に巻き込まれてそのまま戦いが日常になって言った感じですね。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。