仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第49夜:実里の声

 ヴァーニィの前に立ち塞がったのはイジターに変身した揚羽であった。以前の溌剌とした笑みも忘れ、怒りと憎しみに染まり歪んだ顔で変身した彼女は、イジターレイピアを抜くとヴァーニィに斬りかかった。

 

「アァァァァァッ!」

「ッ!? 磯部さん、待ってッ!」

 

 ヴァーニィの制止も聞かず、揚羽の変身したイジターは我武者羅にレイピアを振るい切り付けようとする。幸いな事にその動きは決して洗練されたものではなく、精々が付け焼刃程度の腕であり動揺したヴァーニィでも防ぎ受け流す事は容易であった。

 

 攻撃を受ける事は無かったが、それでも嘗ての友が立ち塞がり自分に攻撃してくると言うのは彼にとって衝撃であり、反撃に出るなど出来る訳もなく防戦一方となっていた。

 

「磯部さん、お願いだッ! 話を聞いてッ!」

「五月蠅い、化け物ッ! みのりんの仇ッ!」

「うわっ!?」

 

 必死にイジターに変身した揚羽を説得しようとするヴァーニィであったが、彼女は聞く耳持たずでタックルして彼を床に押し倒すと逆手に持ったレイピアを彼の首に突き立てようとした。

 

「死ねぇぇぇぇッ!!」

「くぅっ!?」

 

 首に突き立てられようとしていたレイピアを咄嗟に刀身を掴む事で防ぐヴァーニィだったが、言うまでもなく刀身は銀成分を含んでいる為彼にとっては猛毒に等しい。それを銀成分が特攻となる姿で掴んだのだから、彼の手の平は切り裂かれ焼かれその激痛に彼は悲鳴を上げた。

 

「う、ぐっ!? あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「死ねッ! 死ね死ね死ねッ! みのりんを、みのりんをよくも……!」

 

 手を切り裂かれ焼かれながらも何とか刀身を掴んで押さえているヴァーニィに、イジターはダメ押しするかのように体重を掛け刀身を押し込もうとした。刀身に圧力が掛かり、より深く手の平を切り裂かれ焼かれる感触に一瞬手に込める力が抜け刀身が彼の首に近付いた。

 手の平の中を滑り落ちる刃の感触に慌てて彼は力を込め直し、ギリギリのところで刀身を押し留める。だがこの時点で切っ先は首から僅か数ミリと言うところまで近付いており、このままでは彼の首を貫かれるのも時間の問題であった。

 

 この事態にアルフはノスフェクト態となってイジターを押し退けヴァーニィを助けようとしたが、アッシュがそれを許さず銀の鞭を振るって彼女を打ち倒した。

 

「京也ッ!」

「させませんよッ!」

「あぁぁっ!?」

 

 背中を銀の鞭で強かに撃たれ、床に押し倒されるアルフ。アッシュは倒れた彼女を更に痛めつける様に何度も鞭を振るって無防備な背中を打ち、銀の鞭に背中を撃たれボディースーツが引き裂かれ背中の皮膚が焼かれて引き裂かれる激痛に何度も彼女は悲鳴を上げた。

 

「あぐっ!? あぁぁっ!? うあぁぁっ!?」

「アハハハハッ! さぁ、泣いて叫んで、自らの存在を神に懺悔なさいッ!」

「ア、アルフ……!?」

 

 耳に入るアルフの悲鳴に、ヴァーニィは彼女を助けに行きたくて仕方なかった。だが彼自身も今正に窮地に陥っており、とてもではないが彼女の援護に向かえる状況ではない。

 

 動揺からか、ヴァーニィの刀身を押さえる手の平の力が弱まった。それを感じ取ってイジターは、これで決めようとレイピアに全体重を掛けて彼の首に刃を突き立てようとした。

 あと少しで彼の命を奪い、実里の仇を討てる。そう思った彼女は、仮面の下で狂気に歪んだ笑みを浮かべていた。

 

「待っててみのりん……今、みのりんの仇を……! 仇、をぉぉぉぉッ!」

「ぐ、あぁ……!?」

 

 更に強く押し込まれた刃が、彼の手の平を切り裂き喉元に迫る。これで実里の仇を討てるとイジターに変身した揚羽が歓喜した、その時である。

 

 彼女の耳に、焦がれていた親友の声が響いた。

 

――揚羽、もう止めてッ!!――

 

「ッ!?!? え……みのりん?」

 

 聞こえる筈がない友の声に、イジターはあと少しでヴァーニィの首元に突き立てられそうだったレイピアを掴んだまま周囲を見渡した。当然何処を見ても実里の姿がある筈はない。彼女はあの日あの時、学校で揚羽の腕の中で死んでいたのだ。彼女の声が聞こえるなどある筈がない。

 では幻聴の類だったのかと言われれば、そうとは言い切れない自分が居る事に彼女は気付いていた。今聞こえてきた実里の声は妙に生々しく、直ぐ耳元で叫ばれたかのように彼女の耳の奥に残っていた。

 

 この瞬間、彼女の中からはヴァーニィへの、京也への怒りと憎しみは消え去り、迷子の子供が母親を探しているかのように視線を彷徨わせ実里の姿を探した。あり得る筈がないと頭では分かっているのに、心が彼女を求めて霧の中を探す様に手を伸ばしフラフラとヴァーニィから離れた。彼に突き立てようとしたレイピアはとっくに彼女の手から滑り落ち、軽い音を立てて床の上を跳ねる。

 

「みのりん……? みのりん、何処? 何処に居るの?」

「何をしているのですッ!?」

 

 これに戸惑ったのはアルフを痛めつけていたアッシュである。あと少しでヴァーニィを始末できたと言うのに、その絶好の好機を自ら手放すなどあり得ない。

 アッシュの戸惑いと怒りも今の彼女には届かず、揚羽が変身したイジターは実里の姿を探して夢遊病者の様にフラフラとどこかへ消えていった。その光景にアッシュは舌打ちをすると、自らの手でヴァーニィにトドメを刺そうと倒れたままの彼に近付いていく。窮地を脱したヴァーニィだったが、両手を銀の刃に切り裂かれながら刀身を受け止め続けた事にかなりの体力を消耗したのかまだ体勢を立て直せていなかったのだ。

 

 このままでは彼が危ないと、アルフは痛む背中を堪えて這うようにアッシュに近付き、彼女の足にしがみ付いてそれ以上彼に近付くのを引き留めた。

 

「ダ、ダメ……! 京也は、やらせない……!」

「気安く触れるな、この化け物がッ!」

 

 片足にしがみ付くアルフを、アッシュはゴミを見るような目で見降ろしながら何度も鞭を振り下ろした。鞭が振り下ろされる度にアルフの背中はボディースーツが引き裂かれ、その下の白い肌が千切れて鮮血が飛び散る。その度にアルフの口からは甲高い悲鳴が上がり、見る見るうちにアルフの周りは彼女自身の血で汚れていった。

 

「あぐっ!? うぐ、あぁぁっ!? あぁぁぁぁっ!? ぎぃっ!? ぐぅぅぅっ!?」

「アルフ……!?」

 

 アルフの悲鳴に、ヴァーニィは今度こそ彼女を助けようと立ち上がりアッシュに立ち向かおうとした。だが彼が立ち上がった瞬間、アッシュはクロスショットを抜き彼に向け3回引き金を引いて銀の銃弾を彼の胴体に打ち込んだ。

 

「うぐ、あっ!? ぐ、は……!?」

 

 銀の銃弾が鎧を打ち砕き、肉体を穿ち体の内側を引き裂き蹂躙する。銀の成分が彼の体を焼き、あまりの激痛に彼は悲鳴を上げる事も出来ずその場に力無く横たわった。そこで限界が来たのか、彼は倒れたまま変身が解け、そのまま血の海に沈むように動かなくなる。

 

「京也……!?」

 

 動かない京也にアルフは最悪の結末を予想し仮面の下で顔を青褪めさせる。アッシュはそんな彼女の腕を振り払い京也に近付き、倒れたまま動かない彼の髪を掴んで持ち上げ生死を確認した。

 

「死にましたか?」

「ぁ……ぐ……」

 

 髪を掴んで頭を持ち上げられると、彼の口からは小さいが確かに呻き声が漏れた。意識は失っているが生きてはいるらしい。そのしぶとさにアッシュは舌打ちする彼の頭を床に叩き付ける様に手を離して立ち上がる。

 

「チッ、しぶといですね。まぁいいでしょう、もうコイツは終わりです。本当はあちらの化け物共々連れて帰って浄化してやりたいところですが、何時S.B.C.T.がこちらに気付かないとも限らないので、やるべき事をさっさと済ませてしまいましょう」

「ま、待って……」

「ん~?」

 

 さっさと京也にトドメを刺してしまおうとするアッシュに、アルフは尚も床を這いつくばいながら果て進む。そんな彼女の健気な姿を、しかしアッシュは虫けらを見るような目で見ると鼻を鳴らし周囲で漸く体勢を立て直したイジター達に始末するよう命じた。

 

「全く……流石は化け物ですね。しぶとくてなかなか死なない……あなた達何時まで休んでいるつもりですか? 神に仕えようと言うのであれば、例え手足が捥げようと腸が零れようと神を冒涜する異教徒と化け物を屠る為に戦いなさいッ! その化け物をさっさと始末するのですッ!」

 

 アッシュに急かされ、イジター達は慌てて立ち上がりレイピアを抜いて這いつくばうアルフを取り囲む。ここで彼女に逆らったり、言う事を聞かず暢気に腰を下ろしたりしていては、それこそ異教徒の烙印を押されて拷問に掛けられ殺されてしまう。アッシュの……エリーの恐ろしさを誰よりも知る彼らは、彼女の機嫌をこれ以上損ねる事が無いようにと気合で立ち上がり、京也の元に這って向かおうとするアルフに銀成分を含む刃のレイピアを突き立てた。ここまでのダメージで京也以外見えなくなっていたアルフにこれを避けたり防いだりする余裕は無く、彼女は体のあちこちを銀の刃に刺し貫かれた。

 

「あが、あ゛……!?」

 

 無数の銀の刃を突き立てられ、アルフが苦痛の声を上げながら背筋を仰け反らせる。尤もレイピアで床に縫い付けられているので、仰け反れる角度は大きくはない。全身を刺し貫かれ口から血が逆流し、仮面の口元からゴボリと赤黒い血が零れ落ちる。

 

 常人であればこれでお陀仏だっただろうが、曲がりなりにも彼女も上級ノスフェクト。力が完全に戻ってはいなくても、その生命力は強く虫の息ではあるがまだ生きていた。

 ここまでされてもまだ生きている彼女の生命力に慄きながらも、イジター達はならばと彼女が動かなくなるまで何度も何度も刃を突き立てた。アルフの生命を踏み躙ろうとするかのように何度も無数の刃が彼女に突き立てられ、彼女の体がズタズタに切り裂かれていく。刃が突き立てられる度に彼女の体が跳ね、床には彼女の体から流れ落ちた血が広がっていく。

 

 アッシュはイジター達がアルフをズタズタにする様子を仮面の下から恍惚とした表情で見つめている。アルフへの凶行が終わったのは、彼らが疲労を感じいい加減止めてもいいかと判断した時であった。

 

「ふぅ……ふぅ……」

「も、もういいか、流石に……」

「あぁ……」

 

 攻撃、と言うより暴虐を止めた彼らがその場から数歩後退ると、アルフの姿が見えるようになった。

 

 そこで横たわるアルフ……否、最早アルフ()()()と言うべきものを見て、アッシュは思わず熱の籠った吐息を吐いた。

 

「あぁ……! 素晴らしい! 皆さんの手でその化け物を神の御許へと送ったのですね!」

 

 アルフの姿は酷いものであった。全身ズタズタどころかグチャグチャで、仮面も割れて彼女の素顔が露わになっている。彼女の目には光も無く、ピクリとも動かないその姿は完全に死んでいる者のそれであった。

 漸く上級ノスフェクトの1人を自分達の手で始末できた事への歓喜に打ち震えるアッシュは、まだ気絶している京也にもこの光景を見せ付けようと彼の背中を殴って叩き起こそうとした。

 

「ほら、起きなさい。あなたのお友達はもう既に旅立ちましたよ?」

「ぁ、ぅ……ぅぅ……」

 

 何度か背中を小突かれる京也であったが、アッシュにより撃たれたダメージが大きいのかまだ目覚める気配がない。小さく呻きながらも目覚めない彼に、アッシュはつまらなそうに鼻を鳴らしてクロスショットの銃口を突き付けた。

 

「フン……もういいです。あなたもあの化け物と同じ場所に送って差し上げますよ」

 

 クロスショットの銃口を京也の後頭部に押し付け、引き金に掛けた指がゆっくりと引かれる。

 

 その光景を直接見ている訳ではないが、それでもアルフは彼の身に迫る危機を本能的に感じ取っていた。

 

(京也……京也……!)

 

(助けない、と……京也を!)

 

 彼らはアルフが死んだと思っていたようだが、彼女はか細くだがまだ生きていた。ノスフェクトとしての力を総動員して、死につつある体を覚醒させ零れ落ちた血が彼女の意思に従い映像を巻き戻す様に彼女の体へと戻っていく。その異常に京也に注目しているアッシュは勿論、そちらに注目していたイジター達も気付かない。

 

「……ん?」

 

 漸くイジターの1人が異変に気付いたが、その時には床に広がっていた血の殆どがアルフの体へと戻り彼女の傷付いた体を修復している所であった。明らかにヤバいその光景に、気付いたイジターは驚き声を上げながらレイピアを彼女の体に突き立てようとした。

 

「ヤ、ヤバいッ!? コイツまだ生きて――」

 

 復活しつつあるアルフの体に刃を突き立てようとするイジターであったが、彼のその行動は些か遅かった。

 

 次の瞬間、跳ねる様に立ち上がったアルフは一瞬で傷付いたノスフェクト態を回復させると、仮面のクラッシャー部分を開き自分にレイピアを向けていたイジターの首筋を食い千切った。

 

「あ゛……!?」

「え?」

 

 突然の出来事に他のイジター達は反応出来ていない。その隙にアルフは自身から零れ落ちている血を羽衣か何かの様に身に纏い、それを振り回して周囲のイジター達を吹き飛ばした。

 

「うわぁっ!?」

「がぁぁぁぁっ!?」

「ちっ!」

 

 突然復活し暴れ始めたアルフに、アッシュも京也の事に構っていられる余裕を無くしそちらへの対処に意識を向けた。京也に向けていたクロスショットの銃口を、自身に迫るアルフへと向け引き金を引く。

 

「この、化け物がぁぁっ!!」

「ガルァァァァッ!!」

 

 獣の様な叫び声を上げながら、アルフが血の滴るクラッシャーを開いてアッシュに襲い掛かる。彼女が近付くよりも先に引き金を引いたアッシュだったが、放たれた銃弾はアルフの前で硬質化した血に弾かれ彼女には当たらなかった。その光景にアッシュは目を見開きながらも何度も引き金を引くが、銃弾は全て弾かれ接近を許してしまう。

 

「ガァァッ!」

「くぅっ!?」

 

 ヴァーニィと同じように血を纏って鋭い爪の生えた大型の籠手を装着した手を伸ばすアルフを、アッシュは寸でのところで掴んで逆に投げ飛ばそうとした。確かにそれでアルフは投げ飛ばされ、一瞬両者の距離は離れた。

 だがアルフは驚異的な反応速度で爪を天井に食い込ませて床に叩き付けられるのを防ぐと、そのまま天井を素早く這うように動いて再びアッシュに迫っていった。アッシュは銀の鞭を取り出してアルフを叩き落そうとするが、頭上と言う普段あまり攻撃をしない方向への攻撃は狙いが正確に定まらず、右に左にと動き回るアルフを捉える事が出来ず再びの接近を許してしまった。

 

「馬鹿の一つ覚えですね! 何度来ても同じ事……!」

 

 またアルフが手を伸ばしてくるだろうから、また同じように投げ飛ばしてやろうと思っていた。だが、今度のアルフの動きは違った。

 

 手を伸ばしてきたところまでは同じ。ただ、それをアッシュが掴んだ瞬間投げ飛ばす為背を向け力を込めた彼女は、先程は感じた重さを全く感じない事に目を見開きながら勢いそのままに自分自身を投げ飛ばしてしまった。

 

「あっ!? な、何ッ!?」

 

 アルフがやった事は、何て事はない。ただ手を掴まれた瞬間籠手を分離しただけの事だ。当然アルフの体重を投げ飛ばすつもりだったアッシュは、必要以上の力を込めてしまい結果余分な力は逆に彼女の体を振り回し彼女自身を投げ飛ばしひっくり返してしまう。

 

 慌てて立ち上がりアルフの追撃に備えようとするアッシュであったが、その時にはアルフは血をエネルギーの様に拳に纏わせ一点に集中させた力を渾身の力で叩き込んだ。

 

「げぼっ!?」

 

 回避も防御も間に合わず、胴体に諸に一撃を喰らったアッシュはその勢いで背後の壁を突き破り外へと放り出されてしまった。残されたのは気絶している京也と明らかに普通の状態ではないアルフ、そして吹き飛ばされただけでまだ生きているイジター達だけとなる。

 

 最大の脅威であったアッシュをこの場から追い出したアルフは、彼女の追撃よりも目先の脅威であり先程自身を徹底的に痛めつけてくれたイジター達の方に狙いを変え、凶暴さを感じさせる目を向けた。

 

「グルル……」

「ひっ!?」

「う、うおぉぉぉぉぉっ!」

 

 体の芯が冷える様な殺気に震えあがる者が居る一方、恐怖を振り払うように剣を手に挑む者も居た。

 だがどちらを選んでも、彼らが向かう先は同じであった。理性と言う鎖から解き放たれた獣と化したアルフは、目に映る敵と判断したものに対しては一切の容赦なく襲い掛かる。

 

「ガァァァァァァァッ!!」

「う、うわぁぁぁぁっ!?」

「ひぃぃっ!?」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 アルフが腕を振るう度にイジターが吹き飛び、1人、また1人と首筋に食らい付かれ血を吸われて殺されていく。中には逃げ出そうとした者も居たが、アルフは誰も逃がすつもりが無いのか血を触手の様に伸ばして逃げようとする者を捕らえて1人殺すと次の奴に食らい付き殺していく。

 1人が隙を見て近くの部屋に隠れたが、アルフはそいつを見逃さず逆に追い詰めたイジターにも襲い掛かると部屋から押し出す様に床に押し倒し、他の者と同じように首筋に牙を突き立て血を吸って殺した。

 

 

「えっ!?」

 

 リリィとユーリエが戻って来たのはちょうどその瞬間だった。目の前で敵とは言え人間の血を吸い殺すアルフの姿に、リリィは言葉を失いその場に立ち尽くしてしまう。

 

 アルフは血を吸っていたイジターから口を離すと、そんなリリィに対しても敵意を向けた。極度の興奮状態となった今の彼女には、世界が完全に二分されていた。

 即ち京也とそれ以外の2種類だ。

 

 放たれる殺気にリリィは反射的に傍にいたユーリエを突き飛ばし、代わりに自身はアルフに押し倒された。

 

「くっ!」

「うぁっ!? リリィッ……!」

 

 アルフはリリィを押し倒すと、そのまま牙を彼女の首に突き立てようと顔を近付けてくる。鼻を衝く血の臭いに顔を青褪めさせながら、リリィは必死にアルフを押し退けつつ説得しようとした。

 

「ア、アルフちゃん、待って……! 落ち着いて、私よッ!」

「ガルルルル……!」

 

 リリィの声が周囲に響くが、アルフの耳には届いていないのか首筋に食らい付こうとする力は微塵も緩まない。このままではリリィも他の修道騎士団の者達と同じ運命を辿ってしまう。その光景にユーリエは思わず悲鳴を上げてしまう。

 

「ダメだ、止めろッ! リリィィィィィィッ!?」

 

 リリィの身を案じるユーリエの声が響くが、表の戦闘に皆意識を持っていかれているのか気付いてくれる者は誰も居ない。何かできないかと周囲を見渡した彼女は、倒れている者の中に京也の姿がある事に気付いた。

 

「あ、あれは……!」

 

 京也以外全てを敵と認識している……もしかすると京也ですら今の彼女には敵としか映らないかもしれないが……彼女を宥められるとすれば、それは京也しかいない。ユーリエは床に広がる血に足を取られそうになりながら、倒れた京也に近付くと気絶している彼を揺すったり軽く叩いたりして起こそうとした。

 

「おい君ッ! 起きろ、起きろって!」

 

 必死にユーリエが起こそうとするが、京也は起きる気配を見せない。時折小さく呻き声を上げるが、それだけだ。

 

 その間にもアルフの牙はリリィの首筋に迫る。もうこうなったら手段を選んでいられないと、ユーリエは起きる気配のない京也を抱え上げるとリリィに覆い被さっているアルフに近付き気絶した彼を文字通り押し付けた。

 

「ほら、君のお目当ては彼じゃないのか!」

「!?」

 

 突然押し付けられた京也にアルフは息を飲んで動きを止める。だがそれは一瞬の事で、京也を持ってきた事が逆に彼女の意識をユーリエに向けさせ仮面の奥から殺気の籠った視線を向けられた。

 

(あ、しくじったかも……)

 

 宥めるどころか逆効果だったかと顔を青褪めさせた次の瞬間には、アルフは京也を抱きしめながら硬質化した血を鞭の様に振るいユーリエに叩き付けた。生身の彼女がこんなものを喰らえばスイカを鉄パイプで叩いて砕くように体が引き千切られるだろう。ミンチになりながら体が千切れる自分の姿を幻視したユーリエだったが、もう今の彼女には逃げる余裕も無い。

 

 ユーリエが最早これまでと諦め、せめて痛みが一瞬で終わってくれればと目を瞑り迫る死に備えた。

 

 その瞬間、アルフの腕の中の京也の唇が小さく震えながら言葉を紡いだ。

 

「ア、アルフ……」

「!! ァ、ァ……キ、キョウヤ……」

 

 京也が彼女の名を呼んだ瞬間、アルフは血の鞭を霧散させ熱に浮かされたような声で彼の名を繰り返す。まだ完全に理性を取り戻したとは言い切れないが、それでも凶暴性は先程より鳴りを潜めた。

 

 一先ず脅威は去ったかとユーリエが腰が抜けた様にその場にへたり込み、リリィが尚もアルフの様子を観察していると、出し抜けに何者かが彼女の頭を掴んで引っ張る様に上を向けさせた。

 

「ウガッ!?」

「なっ!?」

「誰ッ!」

 

 まさかアッシュか誰かがアルフに隙が出来るのを狙っていたのかと警戒するリリィだったが、そこに居たのは以前δチームと修道騎士団がぶつかり合った時に一度だけ姿を見せたノーバディノスフェクトであった。リリィ達は知らない、ジェーンが変異したノーバディノスフェクトは、アルフの頭を掴んで上を向かせると開いた彼女の口の上に自身の左手を持って行った。

 

「は~い、大丈夫よ~。これでも飲んで~、落ち着いて~」

 

 そう言うとノーバディノスフェクトは自身の左手の手首を食い千切る様に切り裂き、そこから零れ落ちる血を無理矢理アルフの口に流し込んだ。ピッチャーから水を注ぐ様に流し込まれる血に、アルフは驚きながらもそれを飲み下していく。

 

「ゴボボッ!? ング……ゴクッ、ゴクッ……」

「は~い、良い子良い子~」

 

 たっぷり数秒ほどノーバディノスフェクトが血を飲ませると、目に見えてアルフから興奮の色が抜けた。腕に抱いた京也を落としこそしなかったが、しがみ付く勢いで抱きしめていた腕は今では彼を支える程度の力しか入っていない。

 

 もう十分と判断したノーバディノスフェクトは、左の拳を握り腕に力を込めて血を止めた。それと同時にアルフの変異が解け、体を覆っていた鎧とボディースーツが流れ落ちる血の様に溶けてなくなると後には京也を抱きしめる全裸のアルフだけが残された。京也を抱きしめつつも意識を失った様子のアルフを、ノーバディノスフェクトは優しく支えてゆっくりと2人揃って床の上に横たわらせる。リリィはユーリエを支えながらその様子を見ていた。

 2人を優しく扱うノーバディノスフェクトの姿に、リリィは彼女が敵ではないと判断して話し掛ける。

 

「あなた、前にレックス達が会った事のあるノスフェクトよね? 教えて、あなたは、あなた達は一体何なの? 味方? それとも……」

 

 リリィからの矢継ぎ早の問い掛けに、しかしノーバディノスフェクトは答えない。人差し指を口元の所に持っていき唇に当たる部分を押さえる仕草だけを見せると、アルフと京也の2人をその場に静かに寝かせ体を液状化させ近くの通気口の中へと入っていった。

 

「あれは……!」

 

 逃げられた事もそうだが、何よりもその逃げ方にリリィは既視感を覚えた。忘れる筈もない。あの体を液状化させ狭い隙間に逃げ込む動きは、彼女の恋人であり辛い子供時代を共に過ごしたレックスが傘木社の実験で変異させられた特殊なファッジであるリキッドファッジの能力に他ならない。

 それを全く系統の違うノスフェクトが見せた。リリィは今見たものに関して、何か知っている事はないかとユーリエに問い掛ける。

 

「ねぇユーリエ、ノスフェクトってああいう能力も持ってるものなの?」

「さて……どうだったか。私が把握している限りではそんな奴はいなかった筈だ。いや待てよ……?」

「何か知ってるの?」

 

 組織の在り方に疑問を持ちながらも恐怖心で離れる事が出来ずにいたユーリエは、その危うさを見抜かれていたからか研究員としては下から数えた方が早い程度の扱いであった。そんな彼女でも、研究員の間で囁かれていた噂程度は知っている事がある。

 

「私も直接見た訳ではないが、傘木 雄成の秘書は超万能細胞の実験で蘇生させられ、会社で作られた技術を真っ先に試験される実験体だと言う話を聞いた事がある。もしかすると、レックスに施された技術も、その前後で件の実験体で試験された可能性もある」

「さっきのが、その実験体だって?」

「可能性の話だ。単純にノスフェクトが私の知らない間に進歩してああいう能力を手にした可能性もある。だとしてもあのノスフェクトが彼女に味方をしておきながら、私達とは必要以上に接触しようとしない事には疑問が残るがね」

 

 まだまだ謎は多い。だが予想は出来る。2人を保護した時、京也から現在の生活の状況を聞いた時に彼が話していた。今はジェーンと言う女性が持っている屋敷で過ごしていたと。先日レックスが訊ねた時はもぬけの殻だと言っていた。

 

(そのジェーンって人は、2人の秘密を知っている。そしてさっきのノスフェクトのあの態度……可能性は高いわね)

 

 もう一度屋敷に訪問して、詳しく調べてみる必要があるだろう。リリィがそんな事を考えていると、ユーリエは肘で彼女の脇腹を小突きながら横たわっている2人を指差した。

 

「ところでリリィ、あの2人をあのままにしておいていいのかね?」

「え?……あ、あぁっ!? そうだった!?」

 

 こんな騒ぎが起こっていながら誰も来ないと言う事は、内部のセキュリティが未だに機能していないか表がまだまだ忙しくてそれどころではないと言う事になる。

 

 他にも処理しなければならない事はあるが、ともあれあの2人を何時までも寝かせておく訳にはいかない。特にアルフは全裸なのだ。他の野郎が来る前に何とかしなければならない。

 

 リリィはユーリエを一旦近くに座らせると、そこらに転がっている遺体を跨がないよう気を付けながら2人を部屋へと連れて行き、序でにユーリエも運ぶとアルフに適当に服を着せて2人をベッドに寝かせるのだった。




という訳で第49話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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