仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第51夜:忍びの出立

 S.B.C.T.九州支部への攻撃と、その最中に起こったアルフの暴走は支部に身を寄せている部隊に少なくない衝撃を齎した。特に保護したアルフが暴走してリリィに襲い掛かった事実は、彼女がやはりノスフェクトであると言う事をまざまざと思い報せ、一部の者からは厳重に隔離すべしと言う声すら上がる程であった。

 

「何だかんだ言っても、やっぱりあのガキもバケモンじゃねえかッ! なら相応の扱いをするのが道理ってもんだろう?」

 

 談話室を兼ねた食堂でεチームのルイスが声高にそう告げれば、それに対してレックスが否と答えた。

 

「ユーリエも言ってたが、あれは生命の危機に瀕して起こった止むを得ない出来事だ。大体、下手な扱いしてそれが逆に俺達を見限らせる切っ掛けにでもなったらどうするつもりだ?」

「ハンッ! 流石化け物仲間は言う事が違うぜ。お前だって何時あんな風に暴れ出すか」

「あ?」

「おい止めろルイスッ!」

「レックス、押さえてッ!」

 

 意見のぶつかり合いから取っ組み合いの喧嘩になりそうだったのを、周囲の隊員が慌てて諫めるのも最早見慣れたもの。その様子を少し離れた所から見ていたオペレーターの3人は、こんな状況でも騒ぎを起こす野郎共に疲れたような溜め息を吐いた。

 

「全く、レックスったらすぐ熱くなるんだから」

「ルイスにも困ったものですね~。すみませんね、ウチの問題児が」

「あ、いいのよアイリス。別にあなたが悪い訳じゃないんだし」

「でも、実際の所大丈夫なの?」

「何が?」

 

 まるで子供の喧嘩を見守る親の様な態度で彼らの様子を眺めていたリリィに、コレットが疑問と不安を口にする。

 

「例の保護した子達、あなたとレックスが面倒を見る事になったんでしょう? 私は、ルイスとかみたいに過剰に警戒する事はしないけど、それでももしもって考えたら不安になるわよ」

 

 実際に人に慣れているとは言え、猛獣といきなり暮らせと言われて自然体でいられる人間は少ないだろう。ふとした瞬間に野生が顔を出して襲って来たり、そうでなくても力加減を間違えられて大怪我を負ってしまったりしないかと不安を抱くのは当然の事だ。コレットは内心、あの2人……とりわけアルフの面倒を見る役割を自分に押し付けられる事が無くて、ちょっぴりホッとしてしまったくらいだった。

 

 そんなコレットの不安はアイリスも理解できるのか、興味津々と言った様子でリリィの事を見ていた。

 

「そこは私も気になりますね。私あの子達の事遠目にしか見ていないので」

 

 不安を隠さないコレットに対して、アイリスは純粋に興味が勝っているような感じに聞いてきた。内容は異なるが自分に向けられる視線に、リリィは苦笑しながらも2人の不安を払拭する為アルフがどう言った少女かを口にした。

 

「そんなに不安になる事も無いわよ?」

「そうなの?」

「えぇ。この間もね――――」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 リリィとレックスが京也達の監視兼面倒を見る役となって最初の夜の事だ。

 

 一応監視という名目ではあるが、そこまで物々しい事はしない。リリィ自身に監視しようと言う気持ちが無かったし、彼女はアルフの事を警戒していなかったからだ。

 故に彼女は、京也とアルフの部屋にこそ居るが微塵も警戒してはいなかった。オペレーターとして資料整理の仕事もしなければならない為、彼女は自前のノートパソコンを持参しアルフに背を向けて作業をしていた。

 

 特別手伝えることも無いのでアルフは仕事をするリリィの後ろ姿を眺めていたのだが、何もすることが無いからかそれとも日光を避ける傾向にあるからか、気付けばアルフはベッドの上で横になって寝息を立てていた。アルフが寝ている事に気付いたリリィは、そんな心配はいらないのだろうが一応彼女が風邪を引かないようにと優しくシーツを掛け仕事を再開する。

 

 因みにこの時、京也はレックスに簡単なものだが戦闘訓練を受けていた。ここ最近の戦闘で彼自身自分の力不足を感じたのか、それまで何となくで粗削りだった自身の戦い方を見直すべくレックスに教えを受けていた。

 

 そうして暫く部屋にはリリィがキーボードを叩く音だけが響いていたのだが、アルフが途中で目を覚ました。静かに目覚め、目を開けたアルフの視界に映るのは自分に背を向けてキーボードを叩くリリィの姿のみ。無防備なその姿を見たアルフは、不意に強烈な喉の渇きを感じ引き寄せられるようにベッドから出てリリィの背後に近寄った。その目はまるで獲物を狙う捕食者のそれだった。仕事に集中していて且つ、アルフを警戒していないリリィは彼女から向けられている危険な視線に気付いていない。

 

「ふぅ……! ふぅ……!」

 

 逸る気持ちを抑えようとしている様に微かに息を荒げるアルフ。視線はリリィの柔らかな首筋に向けられ、そこに向け口を開き鋭い牙を剥き出しにして…………

 

「――――ん?」

 

 そこでふと違和感を感じたリリィが背後に意識を向けると、すぐ後ろに人の気配を感じた。それがアルフのものであるとすぐに理解した彼女は、少し気になって作業を止めると椅子を回転させた。

 

 振り返った彼女が見たのは、何かを堪える様に目を潤ませ涙を堪えながら自身の腕に食らい付くアルフの姿であった。

 

「えっ!?」

「ふぅっ!? ふぅっ!? ふぅっ!? ん、ぐ……!?」

 

 自分で自分の腕に食らい付く様は一見異様であったが、しかしリリィが動揺したのはほんの数秒だけであった。彼女は直ぐに気付いたのだ。アルフが自分の中で暴れるノスフェクトとしての本能と必死に戦い、血を求める自分を抑え付けようとしている事に。

 

 先日の支部襲撃事件で、アルフは生命の危機に瀕し死を回避する生存本能から暴走状態となってしまった。あれで何かしらの箍が外れたのか、それまで抑えられていたノスフェクトとしての本能……即ち他の生命の生き血を求める本能が強くなってしまったのだ。

 

 それをアルフは、己の意志で堪えている。人間で言えば耐え難い程の空腹と喉の渇きを感じているにも拘らず、彼女はそれを自分で抑えているのだ。それは並の精神力で出来る事ではない。

 

(この子は……)

「うぐ……!? ん、んん……!?」

 

 リリィが見ている前で、アルフが辛そうに自分の中で暴れる衝動を抑え付ける。その姿に心打たれたリリィは、気付けば自分で自分の人差し指を噛んで血を流し、それをアルフに差し出していた。

 

「ッ!!」

「我慢しないで。辛いんでしょ? さ、これを」

「で、でも……」

「いいから。こっちこそごめんね。あなたの事を考えれば、普段から飲める血を用意しておくべきだったのに」

 

 ここに来てからアルフは京也が変身する時以外は普通の者と同じ物しか口にしていなかったので失念していた。彼女だって血を求めるノスフェクトなのだ。ならばこういう時の為に彼女が飲める血を用意する必要があった。先日レックスと千里がジェーンから託されたと言う稀血はヴァーニィを強化する為に必要な物だからと保管していたが、それとは別に輸血パックを用意しなければとリリィは頭にメモしながらアルフに自身の血を分け与えた。

 

 最初こそ躊躇っていたアルフだったが、それでもやはり欲求と衝動には勝てなかったのか引き寄せられるように血が滴るリリィの指に口を近付けた。血に関しては敏感なアルフの嗅覚は、リリィの指先に滲む血の臭いを感じ取り口の中に涎が溢れる。そのままアルフは舌を伸ばしてリリィの血を舐め取り、舐めるだけでは満足できず指先を加えてしゃぶり始めた。

 

「んむ、ん……! チュウチュウ……」

「ん……! ゴメンね、加工品であんまり美味しくないだろうけど」

 

 実際の所、改造処置が血の味にどれ程影響するのかは分からない。ユーリエが言うには血は栄養素などが直接溶け込んでいる為エネルギー補給の手段として優れているからノスフェクトは積極的に狙うのだと言っていた。飽く迄エネルギーを求めて血を狙っているのなら、味の良し悪しは気にしていないかもしれない。今のはアルフがリリィの血を啜る事への罪悪感を減らす為のちょっとしたジョークである。

 

 リリィのジョークがアルフに伝わったのかは分からないが、先程よりはアルフの表情が落ち着いてきたように見える。いや、ただ血を補給出来て欲求が落ち着いてきただけかもしれない。いずれにしてもアルフは自身の内部で荒れ狂う衝動が落ち着き、辛さから解放された。

 十分満足できるほどリリィから血を分けてもらえたアルフが咥えていた指から口を離すと、リリィの指先は彼女自身の血とアルフの涎に塗れている。リリィがその指先をハンカチで拭う姿に、落ち着きを取り戻したアルフは心底申し訳なさそうな顔で肩を落としながら謝った。

 

「あの……ゴメンなさい。私、あなたの……」

 

 正気に戻って、改めて自分がリリィに迷惑を掛けてしまったと頭を下げた。そんな彼女にリリィは自分で嚙み切った指に絆創膏を貼りながら笑顔で答えた。

 

「気にしないで。さっきも言ったけど、あなたの体質の事をちゃんと考えなかった私も悪かったわ。寧ろあそこまで耐えてた、あなたの強さは凄いと思う」

 

 傘木社の実験動物だった頃、リリィは小さく縮こまって震えるしか出来なかった。抗おうとかそんな事考えもしない。ただただ震えながらその日その日を生きる事しか考えられなかった。希美と出会う事が無ければ、あのまま腐るか死んでしまっていたかもしれない。

 そうでなくても、傘木社での決戦でリリィはレックス共々雄成により遺伝子レベルで抗えない洗脳により希美のヘテロと戦わされた。心では希美と戦いたくないと思いながらも、体は雄成の命令に従いレックスと2人で希美を痛めつけてしまった。今でもあの時の事は後悔しているくらいだ。

 

 今のアルフは外見の年齢で当時のリリィ達と大体同じくらい。にも拘わらず彼女はリリィと違って己の中で荒れ狂う衝動を耐え、本能に任せてリリィに襲い掛かる様な事はしなかった。それだけでも彼女は尊敬に値した。

 

「だからそんなに自分を卑下しないで。あなたはとても強い女の子だからさ。ね?」

 

 リリィにそう言われて微笑みを向けられると、アルフも少しハニカミながらそれに応える様に笑みを返すのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「――――って事があってね」

 

 以上の事をリリィはあっけらかんと2人に話したが、それを聞いた2人、取り分け不安の方が勝っていたコレットは心配と焦りに思わず立ち上がって彼女の肩を掴んだ。

 

「ちょちょっ!? リリィ、アンタそれ大丈夫なの? そんなあっけらかんとして言う事じゃないわよッ!」

「大丈夫だって。あの後ちゃんと輸血パックも申請して用意してもらったから、あの子も血が欲しくなっても問題無いし」

「そう言う問題じゃなくてッ!」

 

 コレットが心配しているのはアルフが吸血衝動に駆られてリリィが襲われそうになったことそのものであり、アルフが血を吸いたくなった事への対策が出来ているかと言う事ではない。アルフが衝動を抑えるのが難しくなったと言う事は、今後段々と衝動が強くなったり何らかの拍子に衝動を抑えきれなくなる可能性がある事を意味していた。もしその所為で暴走したアルフが自分達や一般市民に襲い掛かる様な事になったら……と、コレットは考えてしまったのである。

 

 一方アイリスはと言うと、こちらは地味に気になっていたリリィの指の怪我の原因が分かってスッキリした様子だった。

 

「あぁ、指の怪我どうしたのかと思ったらそう言う事だった訳ね」

「そう言う事。まぁあの後はあの子も吸血衝動を感じてる様子はないから、そう心配する事は無いわよコレット」

「何を根拠にそんな……」

 

 未だに納得しきれないコレットをリリィは宥める。2人のやり取りを眺めつつアイリスが何気なく視線を揉めていたレックス達の方に向ければ、あちらはそれぞれの部隊の隊長の仲裁もあってとりあえず収まったらしい。尤も当の本人達はまだ収まり切っていないらしく、特にルイスの方は鋭い視線を変わらずレックスの方へと向けていたが。

 

「やれやれ……」

 

 何処もかしこも慌ただしい状況に、アイリスの小さな溜め息が零れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、S.B.C.T.九州支部の周囲を動き回る人影があった。言わずもがな、先日の襲撃でロクに目的を達成できなかった修道騎士団である。一度は襲撃に失敗した彼らだったが、諦め悪く再び仕掛けようとしてきたのだ。

 

 支部は先日の襲撃の後片付けも漸く終わりが近付き、残骸や瓦礫の撤去は粗方終わった様子だった。終わりが見えてきた事で徐々に警戒も緩んできた様子だ。

 

 修道騎士団はそのタイミングを狙ってきた。彼らは意地でもヴァーニィとアルフを始末したいらしい。現状居場所がハッキリしていないヴラドに対し、彼らの方は居場所が分かっている。どちらが狙いやすいかと言われれば答えは明白であり、修道騎士団の考えも分からなくはなかった。

 

 闇夜に紛れて、少しずつ支部に接近し侵入を試みようとするイジター達。だがそんな彼らを狙っている者が居た。

 彼ら以上に闇夜を駆ける事に長け、世の影で密かに悪を誅する者……忍びである。

 

 出し抜けにイジター達を目掛けて放たれた無数の手裏剣。鋭く回転しながら飛来した刃がイジターの鎧を切り裂き、侵入しようと進めていた歩みを止めさせた。

 

「うわっ!?」

「くっ!?」

「誰だッ!」

 

 まさかここでいきなり攻撃されるとは思っていなかった騎士団の者達は突然の奇襲に動揺し手裏剣が飛んできたと思しき方を見た。

 そこで彼らは、空に浮かぶ月をバックに街灯の上に佇むマフラーを靡かせた忍者、仮面ライダーコガラシの姿を見た。

 

「悪いが、ここから先は通行止めだぜ」

 

 コガラシは眼下で狼狽えた様子のイジター達を見渡し告げると、音もなく街灯から飛び降り轟雷を抜いて刃の腹で左手を叩いた。挑発するようなコガラシの態度に、何より静かに放たれる威圧感に気圧されたイジター達は前に進むどころか逆に後退ってしまった。

 

 そんな彼らを押し退ける様に前に出たのはアッシュであった。懲りずにアルフの討伐に熱を上げる彼女は、その邪魔をしようとするコガラシをも排除しようと気炎を上げた。

 

「どうやらここにも不信神者が居たようですね。いいでしょう、邪魔をしようと言うのであればお相手しましょう」

 

 アッシュはコガラシに対抗するように手にした鞭を地面に叩き付ける。硬質的な鞭が地面を叩き、衝撃でアスファルトが抉れ弾け飛ぶのを見てコガラシは静かに身構え何時でも動ける体勢を取った。アッシュもそれに対抗するように鞭を構え、両者の間に緊張が走る。

 

「「…………」」

 

 コガラシとアッシュの睨み合いを、イジター達が固唾を飲んで見守っている。呼吸も忘れてしまいそうになる緊張感の中、先に動いたのはアッシュの方であった。

 

「ッ!」

 

 風を切り裂く勢いで振るわれた銀の鞭。ヒュッと音を立てて襲い掛かった鞭を、コガラシは難なく身を伏せて回避するとそのまま体を低くしたまま駆け出しアッシュへと肉迫した。迫るコガラシに対し、アッシュは巧みに鞭を操りその背に叩き付けようと鞭を振り下ろした。

 しかし風を読むコガラシにその程度の小細工は通用しない。まるで背中に目がついているかのように、コガラシは紙一重でアッシュの一撃を回避しそのまま肉薄すると下から掬い上げる様に轟雷を振り上げて相手の胴を切り裂いた。

 

「ぐあぁぁぁぁっ!? くぅっ、小癪なッ!」

「まだまだこれからッ!」

 

 アッシュは決して弱い訳ではない。彼女もカタリナと肩を並べる地位に就けるほどの実力者である事は間違いなく、事実ライダーシステムを手に入れる前から彼女は騎士団の一員として戦い続けてきた。

 ただ、今回は相手が悪かったとしか言いようがない。ここに居るのは次代の万閃衆を担う若き忍びであり、嘗て卍妖衆の野望を打ち砕いた仮面ライダーなのだ。

 

 コガラシはその実力を持って、アッシュを追い詰め風遁の術を込めた拳で殴り飛ばした。

 

「オォォォォッ!」

「がっ、はぁぁぁっ!? あぐ、うぅ…………!?」

 

 コガラシの一撃を喰らい、大きく後ろに殴り飛ばされ地面に叩き付けられたアッシュを動けるイジターが心配して駆け寄る。

 

「アッシュ様ッ!」

「ぐぐ……っ」

 

 イジターの1人に助け起こされたアッシュは、そこで限界が来たのか変身が解除される。元に戻ってしまった己の姿に目を見開いているエリー。その前に轟雷を手に持ったコガラシが近付いてきた。手に刃を持ったコガラシの姿は、エリーやイジターから見れば死神にも等しい存在に見えた。

 

「どう? まだやる?」

「くっ……!?」

 

 最早完全に勝った気になっているコガラシを、エリーは睨み付けるしか出来ない。実際、もう勝負はついていたからだ。引き連れてきた部下は殆どが戦闘不能、自身も戦えなくなった。動けるイジターはまだ居るが、この程度の人数ではコガラシ相手に逆に蹴散らされる。

 それに、S.B.C.T.の増援の危険もあった。今はまだ気付かれていないが、コガラシが信号弾の一つでも上げればその瞬間動けるS.B.C.T.の隊員がすっ飛んでくる。グラスにでも来られては、エリー共々全員お終いだ。

 

 事ここに至り、エリーは潔く撤退する事を選んだ。

 

「退きますよ。これ以上は無理です。口惜しいですが…………」

 

 敵を、不信神者を前に撤退するなどエリーにとっては業腹ものであった。だが背に腹は代えられない。これ以上の戦力の消耗はアスペンも放ってはおかない。ここは撤退するのが一番利口な判断であった。

 

 夜闇に紛れる様に引き下がっていく修道騎士団の者達を、コガラシは静かに見送った。もし連中が諦め悪く自爆覚悟で戻ってきた場合の事を警戒してか、油断なく監視しつつコガラシはその場で佇み続けていた。

 

 暫く彼がその場で佇み、修道騎士団の連中の姿が見えなくなると、そこでコガラシは肩から力を抜き大きく息を吐いた。

 

「ふぅ……行ったか」

「どんな塩梅だ?」

 

 コガラシが一息つき、変身を解くとそこでレックスが声を掛けてきた。声に反応して千里がそちらを見れば、そこには案の定レックスが居て持っていた未開封の缶コーヒーを放り投げてきた。千里はそれを危なげなくキャッチし、プルタブを開けて中のコーヒーを口に流し込んだ。

 

「ん、サンキュー」

「上手く行ったか?」

「あぁ」

 

 先程の戦いを誰かが見ていたら、疑問を抱いた事だろう。何故コガラシはエリー達をみすみす逃がす様な事をしたのか、と。彼の実力をもってすれば、先程襲撃を掛けようとしてきた連中など簡単に全員叩きのめして捕縛する事も出来た筈である。だが実際には、彼は相手の戦闘力を奪いはしても倒すまではせず逃げるのを素直に見逃していた。

 

 それは決して彼が相手を侮っているからではない。彼には彼なりの思惑があって敵を見逃したのである。

 

「連中の何人かに発信機を取り付けておいた。奴らがアジトに戻れば、そこで動きが止まるだろ」

 

 これが千里の狙いであった。彼の活躍で修道騎士団の、教会の不審な部分は全て洗い出されていた。この日本で好き勝手に行動する為、騎士団の教会の上層部は日本の政治家に対して賄賂を渡し活動を支援させていたのだ。それらの情報は千里の手によりS.B.C.T.に渡され、それを元に日本政府経由で癒着した政治家などを糾弾する予定であった。

 

 騎士団を日本で援助する者が居無くなれば、後は日本の騎士団の本拠地を潰すだけ。千里はその本拠地の位置を探る為、敢えてエリー達を逃がしたのである。

 

「悪いな、お前らも人手不足で色々と大変だってのに」

「気にすんなって、これが俺の仕事だし。とは言え、これ以上はちょっと厳しいけどな」

 

 千里を始め、潜入し人知れず情報を集める忍びの存在は今の日本にとって必要不可欠だ。故に彼ら万閃衆の忍びは常に引っ張りダコであり、特に千里は若くて実力者と言う事もあって殆ど休む間もない位であった。お陰で唯と触れ合う時間も少ないし、前々から気になっていたジェーンに関する調査も遅々として進んでいない状況であった。

 

「今回の事で、少しはあの人に関する事も分かったつもりだけど……やっぱり直接会えるなら会いたいもんだ」

 

 何故自分達に近付いたのか、何が目的なのか、分からない事はまだまだ多い。それを問い質すには、彼には時間が足りていなかった。

 

「儘ならないもんだぜ」

「なら、その人に関しては俺も気を付けておくよ。何せ今は、あの2人が居るんだ。そのジェーンって女も、きっと近くにいるだろう」

「悪いな」

「気にすんな」

 

 数秒間を置いて、2人はどちらからともなく笑い合った。決して大きな声ではないが、堪えきれないと言うように小さく肩を震わせて笑い合い、発作のような笑いが過ぎ去ると千里は爽やかな顔をして別れを告げた。

 

「さて、そろそろ次の仕事に行くとするわ。じゃあな」

「あぁ。頑張れよ」

「応ッ!」

 

 レックスからの激励に拳を握って答え、次の瞬間千里の姿が霞の様に消えていった。それを見送り、レックスは胸中を過る寂しさを誤魔化す様に星の瞬く夜空を見上げるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 S.B.C.T.九州支部が襲撃された件は、当然だがペスター博士達傘木社残党とヴラドの耳にも入っていた。普段はノスフェクトの研究とヴラドの行動以外にこれと言って興味を示さない博士にしては珍しく、今回の件に関しては少なくない関心を向けていた。

 尤もその関心が向かう先は、S.B.C.B.そのものではなくそこで保護されている京也とアルフに向いているらしかったが。

 

「――以上が現地の様子です、博士」

「ご苦労、ガルマン」

 

 ペスター博士は直属と言えるガルマンから報告を受け取っていた。あの襲撃が起こった際、それを察知した博士は密かにガルマンを送り込み、そこで起こった出来事を報告させていたのである。ガルマンは高い隠密性を誇る。彼がその気になれば、誰に気付かれる事も無くあの混乱の様子を観察する事も可能であった。

 

「しかし何故観察程度で? 俺がその気になればあの場であの女だけでも連れて帰る事は出来ましたが?」

 

 今回の不可解な命令に対して、ガルマンは少なくない疑問と不満を抱いていた。彼の能力を持ってすれば、暴走状態であろうとアルフを無力化する事も不可能ではない。もし許可を得られればアルフに加えて、一緒にリリィも連れ去り前回何も出来なかった鬱憤を彼女の体で晴らす事も出来た筈なのだ。だがペスター博士からは一貫して観察だけに留めるように言われた。まるで自分では力不足だと言われているようで、ガルマンは不満があった。

 

「簡単な話だ。ここからが、重要なのだよ」

「ここから?」

「そう、ここからだ」

 

 ペスター博士の不可解な言葉にガルマンは首を傾げるが、博士が何かを答える事はしなかった。これ以上は聞いても何も答えを得られないと悟ったガルマンは、その場を後にすると昂るフラストレーションを発散出来る相手を求めて夜の街へと向かっていった。

 

 後に残された博士は1人ガルマンから得られた情報を元にデータを纏めている。その背後に音もなく近寄ったのは、ノスフェクトの王たるヴラドであった。

 ヴラドは博士の背後に近寄ると、静かに口を開いた。

 

「彼女の様子は、どうですか?」

「ヴラドか……あぁ、順調のようだ。多少の遅れはあったようだが」

 

 何時の間にか背後に居たヴラドに驚く事も無く、ペスター博士は静かに答える。答えながら、博士は内心でジェーンに対して苛立ちを感じ悪態を吐いていた。

 

(全く……雄成の犬め。大方あの女が何か余計な真似をしたのだろうが、それもここまでだ)

 

 思えば修道騎士団もなかなか頑張ってくれていた。最初こそ自分をしつこく付け狙う鬱陶しい連中だと思っていたが、気付けばこちらが何も言わなくても勝手にS.B.C.B.の相手やアルフ達を追い詰めてくれている。なかなかに便利な連中だと博士も機嫌を良くしていた。

 

「同じ犬でも、あの女とは大違いだな。もう暫く頑張ってもらうとしよう」

 

 ペスター博士がほくそ笑みながら呟くのを後ろから聞きながら、ヴラドは博士の目の前の画面に注目していた。

 

 画面上には幾つものデータやグラフが表示されていたが、その中で一際目を引く一文があるのを見つけ注視する。

 

 そこに書かれていたのは…………『プロジェクト・ヴァーニィ』と言う一文であった。




と言う訳で第51話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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