S.B.C.T.九州支部が襲撃された件に関しては、修道騎士団内部でも意見が分かれるほどの事態となっていた。宗教組織ではあるが、所属している者全員がエリーやその配下の様に狂信的な訳でも過激な訳でもない。所謂穏健派と言えるような、武力を振りかざすのは最終手段でありそれ以外では守る為に使うべきであると考える者も多数存在していたのだ。
襲撃事件以降、騎士団内部でも意見が割れ議論が起こる程の事態に発展していたが、その中で特に黙っていなかったのは普段大人しい穏健派筆頭とも言えるカタリナであった。彼女は自分のあずかり知らぬ内にS.B.C.T.九州支部が襲撃されたと知るや、彼女は一直線にアスペンの執務室に殴り込みをかける様に抗議しに向かった。
「一体どう言う事ですかッ!?」
アスペンの執務室の前に控えている衛兵の役割を果たすイジターを押し退けて部屋に入ったカタリナが開口一番声を上げる。彼女が上げる声としては珍しく腹の底から絞り出された迫力のある声に、彼の秘書をしている修道女は思わず肩をビクリと震わせた。戦いの場以外でカタリナがここまで声を上げるとは相当な事態だ。
しかし当のアスペン本人はと言うと、カタリナの放つ威圧感など何処吹く風と言った様子で手元の書類にペンを走らせている。
「何の話だ?」
「惚けないでくださいッ! 何故こちらからS.B.C.T.の方達に喧嘩を仕掛ける様な事をしたのかと聞いているのですッ!」
以前教会に向かって来ていたδチームを待ち伏せて仕掛けた事は、まぁ理解はできる。修道騎士団は一応秘密組織なのだ。どんな形であれ他組織の干渉を受けないようにする為、迎え撃って追い払う必要はあった。尤もそれだってユーリエを攫ったりしなければ済む話ではあったが、それも彼女が元々傘木社の研究員だったと言う事が要因の一つではあるのでカタリナとしては安易に批判する事が難しい問題である。
だが今回の襲撃に関しては黙ってはいられなかった。
「我々とS.B.C.T.は、本来であれば目的と同じとする組織である筈ですッ! 私達は異形の怪物から人々を守る為に剣を取り戦う事を選びましたッ! その私達が何故彼らと争う必要があるのですかッ!」
一応修道騎士団には怪物の討伐とは別に、異教徒狩りと言う仕事もありはした。とは言え実のところ教会や騎士団本部でも今の時代に異教徒狩りはどうなのかと意見が分かれており、表向きには異教徒に対しても寛容にするよう言われてはいた。それでもエリーの様な過激な者は、騎士団の発足意義を盾に今も尚異教徒に対しても目を光らせていたが。
そんなカタリナの抗議に対し、アスペンは彼女の事をチラリと見て手元の書類に再び目を落とすと何て事はないと言うように何故襲撃したのかを話した。
「簡単な話だ。連中はヴァーニィとそれに協力する上級ノスフェクトを匿った。ならば化け物を討伐する事が使命の我々が、動かない訳にはいかないだろう?」
何を当たり前の事をと言わんばかりのアスペンの言葉に、カタリナは一瞬言葉に詰まった。確かにノスフェクト討伐の名目があるならば、騎士団として動かなければならないと言う考えが頭に浮かぶ。だがそれと今回の行動が正しいかを天秤に掛けると、やはり今回の行動は間違っていたのではないかと言う気持ちが強く出た。
それはヴァーニィの正体を知ってしまったからでもあるだろう。カタリナはヴァーニィの正体が京也である事を知っているし、彼と直接話をした事もある。その時の印象を言えば、何処にでもいる普通の男の子でしかなかった。間違っても自分から人間を襲うような事はしないし、ヴァーニィの力も人間を守る為に使う優しくて勇気のある少年だ。
「ですが彼は……ヴァーニィは今まで、人間相手に牙を剥いた事はありませんッ! 彼が戦うのは何時だって人々をノスフェクトから守る為……」
「そう見えているだけだ。お前は何も知らない」
「どう言う事ですか?」
アスペンの物言いにカタリナは違和感を感じた。彼の言い方はまるで誰よりもヴァーニィの事を知っていると言いたげである。
カタリナが怪訝な顔をしてアスペンの事を見れば、彼は小さく溜め息をつくとペンを置き書類から顔を上げて目の前に立つカタリナの顔を見上げた。
「そうだな、お前には話しておこう。あのヴァーニィと言う存在について」
そう言うとアスペンは秘書をしている修道女を下がらせ、カタリナと2人きりになると自身が知る情報を語り始めた。彼の口にする話の内容に、カタリナは次第に驚愕に目を見開き口元を手で覆った。信じられないと言いたげな顔で僅かに慄きながら一頻り話を聞いた彼女は、衝撃の内容に唇が震えるのを止められないながらも何とか言葉を口にした。
「ま、まさか……そんな事が……!? じゃあ、あの子は……!」
「そうだ、だから倒さねばならない。それがより多くを救う事に繋がるのだ。分かるだろう?」
「ッ!?」
カタリナの内心は大きく揺れていた。今聞いた話が真実ならば、京也は……ヴァーニィはやはり倒さなければならない。それが彼女の使命でもあるからだ。
だがそれを理解しても尚、彼女の中には京也を信じたいと言う思いが強かった。
「ですが…………」
揺れ動くカタリナであったが、状況は、アスペンは、彼女が何時までも思い悩む時間を与えてはくれなかった。
「支部への直接攻撃は失敗に終わったが、前回の戦闘で連中の戦力を削ぐ事が出来た。恐らく次にノスフェクトが何か事を起こせば、ヴァーニィも出てくるだろう」
「……今S.B.C.T.には仮面ライダーコガラシが合流していると耳にしましたが?」
「それならもう居ない。忍びは忙しくて引く手数多だからな、何時までもこんな所で足止めを食う訳にはいかないんだろう」
抜け目のないアスペンの情報網に、カタリナは舌を巻くと同時に苦い顔になる。もしコガラシがまだいるのであれば、或いはヴァーニィが前に出る必要もなくなり狙われる危険も低くなるというのに…………
(ッ! 私は……)
そこまで考えた所で、カタリナは自分が騎士団の思惑と使命に反する考えを抱いている事に気付いた。嘗ては彼女も敵と見ていたヴァーニィを、京也の事を守るべき人と考えていたのだ。その事実に驚きはしたが、しかし決して悪い気はしなかった。
悩む彼女の姿を見てどう思ったのか、アスペンは彼女から視線を外すと彼女に次の戦闘では待機を命じた。
「お前は暫く待機だ」
「!? 何故ですッ!」
「当たり前だ。今のお前を安易に作戦に加えられると思っているのか?」
思わずカタリナは言葉に詰まる。騎士団内部での自分の評価は理解しているつもりだ。他者を慈しみ、敵に対しても慈悲と思いやりの心を忘れない。仕留めた相手に対しても祈りを捧げる彼女の姿に、彼女の事を聖女と称する者すらいた。
そんな彼女が敵の事を思い、悩んでいる。普段の彼女であれば悩みながらもその悩みと後悔を背負い、思う相手を仕留めてその冥福を祈るくらいで済むだろう。しかし今の彼女は…………
「ルクスの様にクロスショットを没収されないだけありがたいと思え。俺からこれ以上話す事はない。下がれ」
その言葉を最後に、アスペンは再び視線を机の上の書類に落としペンを取った。これ以上は本当に話す事は無いし、話しかけられても相手にしないと言う強い意志にカタリナは鉛を飲み込んだような顔をしながらその場を後にした。
暫く廊下を1人トボトボと歩いていたカタリナだったが、不意に俯けていた顔を上げた。目の前に1人の少女の姿を見つけたからだ。
「あ、あなたは……!?」
カタリナの前に居たのは揚羽であった。彼女は他の女性修道騎士と同じ修道服を改造した制服に身を包み、髪を首の所で一纏めにしている。だが何よりカタリナが彼女を見て驚いたのはその顔だった。
カタリナの記憶にある揚羽は快活で優しく、常に明るい女の子であった。だが今、彼女の顔に笑みは無く、あるのは怒りと憎悪からくる険しさしかない。あまりの変わりようにカタリナは一瞬それが揚羽であると分からなかったほどである。
気付けばカタリナは何故こんな所に居るのかと、揚羽の肩に掴み掛っていた。
「揚羽さんッ! 何故、何故あなたがここにッ! それに、その格好は……」
動揺を隠せないカタリナだったが、揚羽はそんな彼女の手を煩わしそうに振り払い距離を取った。まさかの対応にカタリナも唖然となる中、揚羽は彼女から視線を逸らして吐き捨てる様に答えた。
「……みのりんの仇を討つんです。京也……あの化け物を、みのりんを殺したアイツをこの手で殺してやる為に……!」
爪が手の平に食い込んで血が滲むほど拳を握り締める揚羽の姿からは並々ならぬ怒りが感じられる。何があったかはカタリナも聞いているから、彼女は揚羽の思い込みを正す為説得しようと詰め寄った。
「揚羽さん、聞いてください。それはあなたの勘違いです。ノスフェクトにされた人は、その時点で死んでいるんです。実里さんの事は残念ですし私も悲しい。ですが、京也さんを憎むのは間違っています。彼は変えられてしまった実里さんを止める為に――」
「五月蠅いッ!!」
必死に揚羽を説得しようとするカタリナであったが、彼女はそんな彼女の言葉を怒声で遮り耳を塞ぎ更に距離を取った。以前の揚羽しか知らなかったカタリナは、想像もできない彼女の姿に衝撃を受け呆然と彼女の事を見つめるしか出来ない。
「あ、揚羽さん……?」
「五月蠅い、五月蠅い五月蠅い五月蠅いッ!? アイツは、あの化け物は私が殺すんだッ! みのりんの仇を討たないと、私がやらないといけないんだッ!!」
まるで発狂したように叫びながら髪を振り乱す揚羽の姿にカタリナが圧倒されていると、何処からかふらりと現れたエリーが揚羽をカタリナから守る様に抱きしめた。
「大丈夫ですよ、揚羽さん。あなたは何も間違っていません。そうです、化け物は全て例外なく殺さなければなりません」
「そう……そうですよね。だから、京也も殺さなきゃ……」
「そうですそうです。そうすれば、死んだあなたのお友達も、本当の意味で安らかに眠れる筈です」
口調は優しく揚羽を諭している様に見えるが、カタリナからはエリーが心の底から嬉しそうに楽しそうにしている笑顔が丸見えだった。彼女は悩み心が乱れている揚羽を、自分の手の平の上で操り導いている今の状況を楽しんでいる。揚羽の苦悩を自身の愉悦の糧にしているその姿に、カタリナは憤り詰め寄ろうと一歩前に足を踏み出した。
「エリーさん、あなたと言う人は……!」
そのままエリーに掴み掛り揚羽から引き剥がそうとするカタリナだったが、その前に揚羽がエリーから離れると立ち塞がる様に両手を広げて通せんぼした。侮蔑すら含んだ揚羽の視線を前に、カタリナも怯みその場で足を止める。
「あ、揚羽さん……」
「もう、アンタの言葉には靡かない……! 口先ばかりで誰も助けず何もしない、アンタなんかに……!」
「!?!? ぁ…………」
自分の望む答えをくれない、希望をくれないカタリナよりも、確かに導いてくれるエリーの方が今の揚羽には魅力的に見えていた。それと真逆の、復讐を邪魔してくるばかりのカタリナは最早揚羽にとって邪魔でしかなかった。
煩わしいという感情を隠しもせず睨み付けてくる揚羽に、カタリナは何も言い返す事が出来ず萎れる様に上げかけた手を下ろし俯いてしまう。自分が口だけという自覚は少なからずカタリナ自身にもあったからだ。争いは良くない、誰に対しても慈悲をと口では言いながら、やっている事は始末屋に近い。教会は自分にシスターとして人を説く事よりも剣を手に取り化け物や異教徒を討つ事を望み、自分にはその為の力が備わってしまっている。自身が思い描く姿とは真逆に向かうしかない能力があることに、カタリナ自身常に悩んでいた。それをナイフのように鋭い言葉で指摘され、カタリナは打ちひしがれてしまったのだ。
何も言い返さず黙り込んでしまったカタリナに、揚羽は鼻で笑うと踵を返しその場を離れた。エリーは去っていく揚羽を見送り、一度俯くカタリナを見ると再び楽しそうに笑みを深めた。まるで道化の様に口と目を三日月型に歪め、打ちひしがれたカタリナの姿を堪能すると満足し揚羽の後に続くように去っていった。
一人取り残されたカタリナは、己への不甲斐無さに身を震わせていた。揚羽の言う通りだ、自分は何だかんだ言っても結局は戦うしか出来ない。他人を諭そうだなんて烏滸がましい、愚か者に過ぎないのだ。
「……でも、それでも……」
それでも尚、諦めきることは出来なかった。例え偽善と罵られようと構わない。誰が何と言おうと、石や泥を投げつけられようと、争いを望まないこの心だけは偽りたくないから。
覚悟を決めたカタリナは、顔を上げ廊下を歩き始める。その先に、何が待っているかを予期しながら…………
***
S.B.C.T.九州支部では先の襲撃から大分復旧が進んでいた。主戦場となった駐車場にはまだ戦闘の傷跡が残っているが、破損した車両は全て撤去され、アルフが暴走した裏口の方はセキュリティ設備も含めて完全に復旧が済んでいる。特にエリー達により無力化されたセキュリティに関しては徹底して復旧どころか強化されており、セキュリティ設備に何か異常があれば即座に通知が届くように改良されていた。この問題は既に他の支部や本部にも伝えられている為、今頃他のS.B.C.T.関連施設でも同様の対策が取られているだろう。
そんな支部の一画、隊員達が鈍ったりしない様にする為の訓練施設では、ズボンとタンクトップ姿のレックスが同じ格好をした京也を相手に訓練を施していた。
「たぁぁぁぁっ!」
「遅いッ!」
拳を握り殴り掛かる京也であったが、新人類であり部隊のエースとして数々の戦闘を経験したレックスには最早止まって見える程であった。余裕でギリギリを見極め京也の拳を回避すると、そのまま彼の腕を取り殴り掛かって来た勢いを利用して背負い投げをお見舞いした。
「う、うわっ!? ぐぅっ!?」
背中を床に強かに打ち付けられ、肺から空気を強制的に吐き出させられて悶える京也に、レックスは厳しい言葉を投げ掛けた。
「どうしたどうした? そんなんじゃ追撃喰らってすぐにお陀仏だぞ? 痛みに悶えてる暇あったら立て、ほらっ!」
「う、く……!」
煽る様に手を叩き急かしてくるレックスを前に、京也は痛む背中と息苦しさに喘ぎながらも立ち上がり再び拳を握り飛び掛かる。今度は愚直にツッコむのではなく、レックスに教えられたフェイントを交えての攻撃。目が良いレックスを欺きながらの攻撃は高難易度のパズルの様に難しかったが、彼自身京也を相手にレベルを下げてくれているのかギリギリで京也の手が届くか届かないかと言う所を見極めた動きで迎え撃った。
「フンッ! くっ、このっ!」
「よっ、おっと! 良いぞ、その調子だッ!」
京也の戦いは決して洗練されたものではなく、殆ど勢いと能力に任せた突撃に近かった。だから強力なブラッディ形態であるときはまだいいが、基本フォームの姿では限界がある。一応武器であるクロスブレイカーや自身の血を使った籠手と爪を使った攻撃、更には他者や他の生物の能力を血を介して自身のものに出来る能力もあるが、いずれにしてもそれに頼ってばかりで自力を上げなければ本物の実力者であるカタリナや圧倒的に上位の存在であるガルマン、ヴラドには敵わない。
故に京也はこうして戦闘のプロであるレックスからの訓練を受けているのである。全ては強くなり、人々を、何より……アルフを確実に守る為に。
「フンッッッ!」
一瞬の隙を見つけ、渾身の拳を叩き込む。これまでで一番いいタイミング、且つ鋭い一撃に、レックスは拳が迫る中で嬉しそうに笑みを浮かべた。
そしてそのまま笑みを浮かべつつ、涼しい顔で京也の拳を受け止めるとその勢いを利用して一本背負い。床に叩き付けると体力を使い果たして動けない京也の眼前に振り下ろした拳を突き付けるように寸止めした。
「がはっ!? ぐ、ぅぅ……」
「……勝負あり、だな」
再び肺から空気を吐き出させられ、酸欠と痛みに喘ぐ京也にレックスは手を差し出す。視界が歪む中、京也は差し出された手を取ると痛みに耐えながら何とか立ち上がる。彼を立ち上がらせると、レックスは汗を拭うのもそこそこに訓練で彼の体に付いた埃や汚れを軽く払い落とした。
「頑張ったな、大丈夫か?」
「は、い……けほっ、何とか」
「そうか。しかし、流石にこれまで仮面ライダーとして戦ってきただけの事はあるな」
「そうですか?」
「あぁ、呑み込みが早い」
本心からの言葉である。訓練内容自体は終始レックスが京也を圧倒してはいたが、その中で京也は教えた事や見て覚えた事を吸収し活かして見せた。伊達にこれまで1人独学で戦ってはこなかったと言ったところか。下地が出来ていた為、レックスはそれを軽く修正してやるだけで良かった。
(コイツは化けるかもしれないな)
京也のこれからの成長を楽しみにしながら、レックスは彼にタオルとドリンクを手渡した。受け取ったタオルで京也は汗を拭い、水分補給にドリンクを飲む。レックスからの扱きで渇きに渇いた体は水分を欲し、あっと言う間に渡されたドリンクをボトル半分ほどまで飲み干してしまった。
いい飲みっぷりにレックスは笑いながら自身も汗を拭いつつドリンクのボトルに口を付けた。
2人が訓練の疲れを癒しクールダウンしていると、そこに何やら急いだ様子のアルフが駆け寄ってきた。レックスは彼女の慌てように首を傾げたが、京也は彼女がこういう反応をしている時に何が起きているかを知っている為タオルと空になったボトルをベンチの上に置いて自分から彼女に近付いた。
「どうした?」
「アルフ、出たの?」
「うんッ! ノスフェクト、それも上級……!」
2人のやり取りにレックスは目を見開き、近くに置いてあった通信機を手に取った。着信はない。まだリリィ達の元にこの情報は届いていないという事だ。
話には聞いていたが、本当にアルフはノスフェクトの動きをいち早く察知する事が出来る。それを目の当たりにして、感心しつつレックスはこの事をリリィ達に知らせた。
「リリィ、俺だ。今こっちにアルフが来て、ノスフェクトが出たって言ってる」
『えっ!? ちょ、待って。こっちには何の情報も出てないわよ?』
「多分人気のない所か、通報する間もなくやられてるんだろ。今までもよくあった事だ」
ノスフェクトの厄介な所の一つに、基本的に行動が静かな事にあった。確かに学校を襲ったり往来で無数のゾンビを生み出したりと派手な事もするが、気付けば被害が出ていて彼らS.B.C.T.は後手に回る事が多かったのだ。そんな中で、アルフのノスフェクトの動きを感知できる能力は貴重であった。後手に回ってしまう事に変わりはないが、少なくとも仕立て人であるノスフェクトに逃げられる危険は減る。
「直ぐ出撃する。他の連中は?」
『準備に時間が掛るわ。何しろいきなり過ぎるから……』
「しゃーねーか。俺とキョウヤ、アルフで先行する」
『待って、2人を連れて行く気? それは危険よッ!』
京也……ヴァーニィとアルフの2人は修道騎士団に狙われている。他のノスフェクトと違い、基本大人しくて人間相手に甘さがあると分かっているからだ。戦いで弱い奴から優先的に狙うのは当然の事。狙われやすい、狙われている2人を現場に連れて行けば、鉢合わせした騎士団に集中攻撃される危険があった。
以上の理由からリリィは京也とアルフを同行させる事に対して渋っていたが、レックスの考えは違った。
「いや、寧ろ一緒にいた方がいい。2人を置いて行くと、また騎士団の連中が2人を狙って襲撃してくるかもしれない」
これまでの戦闘で、δチームはともかくεチームとγチームには少なくない犠牲者が出ている。この上ノスフェクト出現現場にレックスを含んだδチームが向かってしまえば、支部に残された戦力が心許無くなってしまう。そんな状態で再び襲撃を受ければ、最悪またアルフが暴走したり京也がただでは済まない事になってしまいかねなかった。
何より通報が無い今、彼らが迅速にノスフェクトが居る現場へ向かう為にはアルフの案内が必要となる。そして京也はアルフが居なければ変身できない。となると2人は一緒に行動させなければならず、それならば結局のところレックス達と一緒に行動する事にならざるを得ないのだ。
「つう事で、2人は一緒に連れて行く。文句は無いな?」
ここまで理由を並べられては、リリィとしても嫌とは言えない。実際アルフが言うノスフェクトの出現を彼女の方では感知出来ていないのだ。
『…………分かった。確かに、2人を一緒に連れて行かなきゃいけないみたいね』
「そう言う事だ。他の連中も直ぐに準備させてくれ」
その後は比較的スムーズに事が進み、京也とアルフを交えたδチームが現場へと出動する。レックス達は何時も通り車両に乗り込み、京也も先日ジェーンが届けてくれたバイクに跨った。そして肝心の案内人であるアルフはと言うと、彼女は京也に先んじてノスフェクトの気配がある場所へ向けて近くの建物の屋根を足場に飛び跳ねて向かっていた。京也はそのアルフを追跡し、δチームがその後に続く。
バイクを先頭としたワゴン車、トレーラーの車列と言う傍から見ると奇妙な一団は、程なくしてノスフェクトが暴れている現場へと到着した。
「ガルルルッ!」
「あが……ひ、ぎぃ……!?」
アルフが降り立った先の場所では、クロコダイルノスフェクトが1人の男性に喰らい付き体を食い千切る勢いで血を吸っている。その周囲には他にも襲われた人が居たのか、血の大半を吸い尽されて土気色をした死体が転がっていた。死体はどれも老人の様に見えるが、体液を失ってそう見えるだけで実際はもっと若々しい見た目だった筈だ。
クロコダイルノスフェクトはアルフと京也、そしてその後に続いてやってきたδチームの姿を確認すると、咥えていた犠牲者を放し口周りの血を舐め取り身構えた。
「へぇ~、本当にそいつらと一緒に居るんだ?」
物珍しそうに京也達とδチームを交互に見るクロコダイルノスフェクト。獲物を狙うようなその目に、京也は自然とアルフを守る様に立ち塞がりながらヴァンドライバーを装着した。
「これ以上、お前達の好きにはさせないぞッ!」
「食事をして何が悪いのさ? そっちのそいつだって、生きる為に他の人間の血を吸ってるんだろ?」
この指摘には京也も即座に言い返す事が出来なかった。アルフは基本普通の食事を京也達と一緒に摂るが、ノスフェクトの本能を抑える為定期的に輸血パックから血を吸っていた。どう取り繕おうとアルフも奴らと同様体が他の生物の血を欲しているのは事実であり、それを否定する事は彼女自身を否定する事にも繋がってしまう。まだまだ人生経験が未熟と言わざるを得ない京也には、それに対する言い返しが思いつかなかった。
言い淀む京也を前に鼻で笑うクロコダイルノスフェクト。だがそこに指揮車から降りてきたレックスが否と答えた。
「お前らと一緒にするな。少なくともこの子には、お前らと違って自分が他人に迷惑を掛けてるって自覚がある」
「他人~? 餌に対して迷惑とか何さぁ?」
「それが分からない時点でお前らはこの子とは大違いだよ。覚悟しろよ?」
「それはこっちのセリフだ、よっと!」
レックスと話しながら、クロコダイルノスフェクトは手の中に複数のクロスブラッドを取り近くの遺体に向け投げつけた。突き刺さった十字架を中心に遺体に根の様に血が広がっていき、全身を包むとその姿をノスフェクトに変異させた。ノスフェクトに変異した嘗て人だった者達は、威嚇する肉食獣の様な唸り声を上げギラギラに光る眼を向けてくる。
憐れな犠牲者たちの成れの果てを見渡しレックスは一度強く目を瞑り、目を再び開くと同時に腰にドライバーを装着しキープレートを取り出した。
「ったく、故人はもっと大事に扱えよ」
『総員、戦闘用意ッ!』
「了解、変身ッ!」
〈Access.In focus.〉
トレーラーから降りてきたライトスコープの前に先んじる様に立つレックスがグラスに変身する。彼が変身したのを見て、京也もそれに続くようにアルフに血を吸われ生成されたクロスブラッドで変身した。
「ガヴッ」
「んぐ! うぅぅ……!」
「ん、ん……ぐぷっ! ふぅ……京也」
「ん、ありがとう。変身ッ!」
〈ダイシリアス! キョウヤ!〉
京也がヴァーニィに変身し、アルフもノスフェクト態となる。場に居る全員が戦闘態勢となると、クロコダイルノスフェクトが配下のノスフェクトに攻撃を指示し一斉に襲い掛かる。その途端無数の銃声が響き渡り、δチームとノスフェクトの戦闘が始まった。
無数の銃撃で迎え撃つδチームの弾幕を潜り抜けて肉薄するノスフェクトをグラスとヴァーニィ、アルフが迎え撃つ。
忽ち乱戦状態となるその光景を、エリーの率いる修道騎士団が獲物を狙う狩人の様に見つめていた。
と言う訳で第52話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。