仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第54夜:サディストの愉悦

 ヴァーニィとアルフの2人が修道騎士団の襲撃によりδチームから引き離された後も、δチームとノスフェクトとの戦いは続いていた。グラスはクロコダイルノスフェクトと一進一退の攻防を繰り広げ、他の隊員達もヴァーニィと言うノスフェクトに対する特攻戦力が抜けた後も互いにカバーし合って何とか食い下がっている。

 

 しかしそれは裏を返せば相手に対して決定打を与える事が出来ていないと言う事であり、体力が徐々に削り取られていると言う事をも示していた。事実隊員達の動きが最初の頃に比べて僅かにだが鈍くなってきている。疲労が色濃く出てきているのだ。対してノスフェクト側には体力を消耗している気配が無い。体力が無尽蔵なのか、それとも消耗を感じていないのか。

 

「くそっ、アイツらどんだけタフなんだよ……!」

「ぼやいてる場合か、カバーしろッ!」

「分かってるッ!」

 

 苦しい戦いを仲間が強いられている事にはグラスも気付いていたが、彼が相手にしているのは上級ノスフェクト。生憎と仲間のフォローをしながら戦う事が出来るほど生ぬるい相手ではない。仲間の隊員が徐々に後退させられている様子を歯噛みして見ながら、バスターショットを振り下ろせばクロコダイルノスフェクトはそれを振り回した尾で防いで見せる。

 

「ハハハッ! どうしたの、お兄さん? お仲間がそんなに心配?」

「この、ガキが……!」

 

 グラスが仲間の様子を案じながら戦っている事に気付いたクロコダイルノスフェクトが煽る様な事を言えば、彼は思わず激昂して後先考えずに突撃してしまいそうになる。しかしそれが安い挑発であると言う事を理解している彼は、ざわつく心を宥め冷静さを保ちながら対峙しようと努めた。

 

 安易に挑発に乗ってこないグラスの姿にクロコダイルノスフェクトはつまらなそうに鼻を鳴らすと、一瞬の隙を見て大口を開け一気にグラスの体を食い千切ろうと迫った。顎を巨大化させ迫って来るクロコダイルノスフェクトの姿に、グラスはベルト上部のスイッチを連打してエネルギーをチャージしたバスターショットで迎え撃とうとする。

 

「ガァァァァッ!」

「来てみろ、クソが……!」

 

 あっという間に両者の距離が縮まり、クロコダイルノスフェクトの口が閉じられグラスのバスターショットが振るわれそうになる。

 

 その瞬間、何処からか飛来した赤黒い液状の物体が意志を持っている様に動きクロコダイルノスフェクトを撥ね飛ばした。

 

「うわぁっ!?」

「あ?」

 

 突然の事に撥ね飛ばされたクロコダイルノスフェクトは勿論、その様子を見ていたグラスも驚愕に動きを止める。

 グラスが見ている前で、赤黒い液状物質……体を液状化させたノーバディノスフェクトはそのまま見た目通りの流れるような動きで戦場を縦横無尽に動き回り、ノスフェクトを片っ端から撥ね飛ばし体勢を崩していく。そしてδチームからノスフェクト達を引き離すと、指揮車の直ぐ傍に降り立ち液状化を解き元の姿に戻った。姿を現したノーバディノスフェクトの姿に警戒するδチームであったが、その両腕に京也とアルフが抱えられているのを見て向けそうになった銃口を慌てて下ろした。

 

「何だ、新手かッ!」

「待てッ! アイツ、ヴァーニィの少年達を抱えているッ!」

 

 δチームが見守る前で、ノーバディノスフェクトは抱えている2人を優しくその場に下ろした。そして徐に気絶しているアルフの口を開かせると、その上に持って行った自分の手を自分で切り裂いて流れ出た血を彼女の口の中に流し込んだ。流し込まれた血でアルフの口元が赤く染まるが、気絶している彼女はノスフェクトとしての本能からか口の中に入って来た血を嚥下した。

 

「ん……ん……ん? んんっ!」

 

 ノーバディノスフェクトの血でエネルギーを回復したからか、アルフが目を覚ます。そして自分に血を飲ませているノーバディノスフェクトを見て目を見開き起き上がり、彼女の名前を口にしようとしたがそれは口元に当てられた人差し指で遮られた。

 

「じ、ジェー、んむ……!」

「し~」

 

 驚いたアルフを宥めたノーバディノスフェクト。彼女が落ち着いたのを見ると、ノーバディノスフェクトは指揮車の扉をノックして外から話し掛けた。

 

「もしも~し、聞こえてる~? この間私が届けたあれ~、持ってきてるならこの子達にあげちゃってね~」

 

 それだけ告げるとノーバディノスフェクトは再び体を液状化させあっという間にその場から姿を消した。突然やって来てはあっという間に去っていった、まるで嵐の様な存在にδチームの多くの者が唖然としていると、出し抜けに銃声が響き隊員達がそちらを見た。

 そこでは、グラスが体勢を立て直したクロコダイルノスフェクトにバスターショットを向け牽制の射撃を行っている所であった。

 

「δ0、稀血だッ! その子に稀血を飲ませろッ!」

「え? あ、そうだった!」

 

 以前の九州支部襲撃後にジェーンから京也のバイクと共に届けられた稀血の入った輸血パック。もしもと言う時の為に彼女はそれを幾らか持ってきていた。保存用の容器から輸血パックを一つ引っ張り出すと、リリィはそれを京也を起こそうとしているアルフへと手渡した。

 

「京也? 京也ッ!」

「う、ぅぅ……」

「アルフちゃん、これッ!」

「! ん!」

 

 アルフに揺すられて京也が目を覚ます。同時にリリィが輸血パックを手渡すと、アルフはそれを受け取り直接齧り付いて中に入っている稀血を飲む。人間にとっては分からない、稀血特有の豊潤で甘美な旨味に一瞬目元が蕩けそうになったが、それを堪えて一気に飲み干した。稀血の効果でアルフは一気に体力を回復させ、同時に稀血を原料にクロスブラッドを生成する。

 

「んぐ、かはっ! ふぅ、ふぅ……京也」

「い、つつ……え? あ、よし!」

 

 目覚めたばかりで意識がハッキリとしていなかった様子の京也だったが、アルフの顔と彼女が持つクロスブラッドに状況を察し、クロスブラッドを受け取り立ち上がるとヴァンドライバーに装填して再びヴァーニィに変身した。

 

「変身ッ!」

〈ダイシリアス! オーバートランスフュージョン!〉

 

 稀血の力を得て一気にブラッディ形態に変身したヴァーニィは、手足に血を纏ってノスフェクトの集団の中へと突撃する。

 

「ガァァァァァッ!!」

 

 久し振りのブラッディ形態で大暴れするヴァーニィ。血を纏った手足を振るえば、遠心力で広がった血が刃の様に下級ノスフェクトの体を抉り切り裂いていく。中には飛んでその場から逃げようとするノスフェクトも居たが、そう言った奴には血の槍を作り出し槍投げの要領で投擲し空中で串刺しにして撃ち落とした。そして落下しても尚生きているノスフェクトには、直接食らいつき干からびるまで血を啜り、その血を糧に残りのノスフェクトを始末していった。

 

 完全にノスフェクトを狩る獣と化したヴァーニィを前に、クロコダイルノスフェクトはこの場は逃げる事を選んだ。流石にグラスとブラッディ・ヴァーニィを同時に相手にするのは彼でも骨が折れる。あの2人を相手にするなら、せめてカミラか気に食わないがガルマン、欲を言えばヴラドの力が必要だ。

 

「ちっ、ここまでか……仕方がないか」

「あ、待てッ!」

 

 近くのマンホールを粉砕してその中へと飛び込んでいくクロコダイルノスフェクトに気付いたグラスが追撃しようとするが、バスターショットの銃撃は当たる事無く背後の壁を穿つだけに留まり逃げられてしまった。その光景にグラスは悔しそうに歯噛みしつつ、ノスフェクトを倒し終えてその場に佇むヴァーニィの姿を改めて眺めた。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 倒すべき敵を全て倒し終え、呼吸を整えているヴァーニィ。一見するとまるで獣の様なその雰囲気に、グラスは一抹の不安を感じないではなかった。このまま彼を戦わせて良いものかと悩みはするが、ノスフェクトに特攻を持つ彼の存在はどう考えてもカギとなる。

 となると、それを問答無用で討伐しようとする修道騎士団はやはり厄介だ。一刻も早く対処する必要がある。その為には…………

 

(本格的に動くべきかもな。センリのお陰で連中の拠点も確実に分かった事だし)

 

 早々に教会との戦いに決着をつけ、ノスフェクトの一件を片付けるべくグラスは気合を入れ直すのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 季桔町にある孤児院と併設した教会の地下は、日本における修道騎士団の大きな拠点となっている。内部は外見では分らない位広く、騎士団員の訓練施設を始め様々な設備があった。

 

 その拠点の更に地下深く、一般団員は滅多に足を踏み入れない区画の一室に、カタリナは囚われていた。

 

 先の戦いで京也とアルフの2人を守り逃がした彼女は、騎士団の団員にあるまじき行いをしたとして糾弾され上級騎士としての地位を剥奪。罪人としてここに囚われていたのだ。元々着ていた上級騎士を示す正装は脱がされ罪人にふさわしい粗末な衣服に着替えさせられた彼女は、両手に枷を嵌められ拘束された状態で天井から伸びる鎖で吊るされている。ギリギリ爪先が床につくかどうかという高さに吊るされた彼女は、両手にだけ体重が掛かる状態でエリーからの折檻と言う名の拷問を受けていた。

 

「フフッ! アハハッ!」

「うっ!? く、ぁ……!?」

 

 食肉の様に吊るされたカタリナに向け、エリーが嬉々とした様子で何度も鞭を振るう。風切り音の直後に渇いた音が響く度に、カタリナが身につけさせられた衣服が破れその下の皮膚が裂けて血が噴き出す。既に何度も鞭で叩かれたのか、カタリナの体はあちこちが傷だらけで足元には流れ落ちた血と彼女自身が流した汗で小さく水溜りが出来ていた。

 

「フフッ、堪りませんね! あのカタリナさんを、こうして痛めつける事が出来るなんてッ!」

「ぐぅっ!?」

 

 罪人として囚われ牢獄に入れられた後、カタリナは殆ど休む間もなくこうしてエリーに甚振られ続けていた。それはエリー本人の希望でもあった。彼女は前々から、こうしてカタリナを痛めつける事を夢見ていたのである。

 

「さぁ、その顔をもっと苦痛に歪めてくださいッ! 美しく気高いあなたが、恐怖と苦痛に顔を歪める姿を私に見せてくださいッ!」

 

 生粋のサディストであり狂信者でもある彼女にとって、それまで教会と騎士団に貢献してきたカタリナが道を踏み外し罪人に堕ちたと言う状況はこれ以上ない程理想的な展開であった。これなら大手を振るってカタリナを思う存分甚振る事が出来る。

 

 聖女とまで称されるカタリナを、己の手で甚振り穢す事が出来る快楽は、それまで彼女が行ってきた異教徒への拷問を遥かに超えていた。俄然気分は昂ぶり狂ったように何度も鞭を振るい、カタリナの穢れの無い白く美しい肌が傷と血で汚れていく。鞭が風を切り肌を叩く音がする度に、苦痛を堪えるカタリナの押し殺した悲鳴と歪んだ顔もエリーを興奮させていた。

 

「ウフフッ、アハハハハッ!」

「あ゛っ!? う゛、ぐぅっ!? はっ、はっ、い゛っ!? う゛ぁ゛……かはっ、ぅぅ……」

 

 あまりにも理不尽な暴力に対し、カタリナは何も言う事はなくただ苦痛に耐え続けていた。彼女は今のこの状況すら受け入れているのだ。己が組織の意向に反したことは理解している。どんな理由であれ、不当な方法で組織に反旗を翻したのは事実。生真面目な彼女はそう考え、自分が罰せられるのは当然と不満の一つすら抱いていなかったのである。

 

 あまりにも高潔で気高く、清廉な彼女の意思は拷問をしているエリーにも伝わっていた。だが皮肉な事にそれが更に彼女を昂らせ、鞭を振るう腕に力を込めさせた。

 

「嗚呼、嗚呼……! 素晴らしいです、カタリナさんッ! こんな状況でも気高さを失わないその強さ、本当に美しいですッ! もっと、もっとあなたが美しく乱れる姿を私に見せてくださいッ!」

「あ゛、あ゛ぁ゛っ!? ぐっ!? うっ、あぁあっ!? ぎっ!? あっ、うっ、あ、ぁぁぁぁっ!?」

 

 興奮のあまり股を濡らしながらエリーが鞭を振るい、その度にカタリナの体が左右に揺れ悲鳴が上がる。

 

 教会の地下深くに、カタリナの悲痛な悲鳴が響く。狂気に囚われた聖女の悲鳴は、その後も暫く続き聞こえなくなったのは数時間後の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カタリナ更迭の報は瞬く間に騎士団内を駆け抜けた。単に上級騎士と言うだけでなく、その人柄、強さと美しさを兼ね備え、それでいて慈愛の心を持ち誰に対しても優しく親身に接するその姿は末端の騎士団員にまで知れ渡っており、中には彼女の事を本物の聖女と称する者も少なくない。

 

 そんな彼女がアスペン達に逆らって化け物とされるヴァーニィとアルフを自らの意思で逃がした。その事実に多くの者は衝撃を受け、中には何かの間違いだと現実を受け入れようとしない者も居た。

 波紋は大きく広がり、議論する者達も居る中、当然彼女もその事を聞きつけ大いに動揺した。

 

「はぁっ!? カタリナが更迭ッ!? ちょ、どう言う事よッ!」

 

 クロスショットとロザリオを没収され、事実上の謹慎を受けていたルクスは不貞腐れる様に教会でスキットルを片手に箒で敷地の中を掃除していた。そこに見知った眼鏡の女中が慌てた様子で駆け寄ってきて、何事かと酩酊しながら話に耳を傾ければカタリナが更迭されたと言う衝撃の内容に流石の彼女も酔いが一気に醒め詳しい事を聞こうと女中に詰め寄った。

 

「何があったの? まさかエリーに嵌められた?」

「い、いえ……私もそこまで詳細を知っている訳ではありません。ただ聞いた話によると、カタリナ様が化け物への攻撃を止めさせ見逃した事で更迭されたと……」

「! あの2人か……」

 

 ルクスはすぐに分った。カタリナが助けて見逃させたと言うノスフェクトとは、京也とアルフの2人の事だ。あの2人は一貫して人間を守る為に戦っている。そんな2人を討つ事に対し、カタリナは常々疑問を抱いていた。大方今回、カタリナはあの2人が人を守ろうとしている所を理不尽且つ一方的に討伐しようとするアスペンのやり方に遂に反発したのだろう。それがアスペンの不評を買い、更には反逆と言う事でエリーに口実を与え更迭されたのだ。

 

「事情は大体わかった。それで、カタリナは今は?」

「……カタリナ様は、地下の終牢獄に入れられたと……」

「!? よりによって一番ヤバい所じゃない……!」

 

 教会地下にある修道騎士団の設備には、大きく分けて二種類の牢獄が存在する。

 

 一つは通常の牢獄。こちらは処分待ちの囚人や捕虜を収監しておく為の牢獄であり、扱いとしては普通の刑務所とそこまで変わることはない。事情によっては釈放もされるし、手荒な扱いもされる事はない。

 

 問題はもう一つの終牢獄であり、こちらに入れられた者は基本的に人間扱いされなかった。ここに入れられた者からは人権が剥奪され、あらゆる苦痛を与えてでも情報を絞り出し、或いは苦しませる為だけに拷問される。苦痛を与える事で魂を浄化し、神の御許へと魂を送ると言うのが主な名目だ。その実情からここは牢獄と言う名の、エリーを始めとした狂信者達の玩具箱だと称する者も居た。

 

 そんな所にカタリナが放り込まれた。それはつまりもう彼女は騎士団にとって不要な存在であり、エリー達に玩具として与えても構わないとアスペンが切り捨てたと言う事に他ならない。その事にルクスは憤りを隠せなかった。

 

(終牢獄には処分待ちの囚人も何人も居る。エリーのことよ、カタリナを穢す為ならそいつらの中にあの子を放り込むくらい普通にやる……!)

 

 先ずは自分の配下に憧れを交えた欲望を発散させ、その上で更に囚われてお先真っ暗な、理性の箍が外れた終牢獄の囚人に最後の晩餐の如く絶世の美女であるカタリナを与える。理不尽に囚われた上に明日の命も分からぬ絶望、人間扱いされない事への怒りとストレスを抱える彼らであれば、許可さえ得れば餌に群がる蟻の様にカタリナを凌辱するに決まっている。

 薄汚い男達に嬲られ穢されるカタリナの姿を、エリーが笑いながら眺める様子が目に浮かぶようであった。

 

「そんなの許せる訳ないじゃない……!」

 

 即座にルクスはアスペンの元へと向かい直談判した。確かにカタリナがヴァーニィを助けた事は問題なのかもしれない。だがヴァーニィは今まで人間を助ける為に戦ってきたのだ。その事はやはり考慮して然るべきだろうし、それを差し引いてもこれまでのカタリナの貢献を考えれば終牢獄送りにする程の事ではない筈だ。何よりも彼女の更迭は騎士団に大きな波紋を呼ぶ。規律は大切かもしれないが、何でもかんでも処せばいいというものではない。

 

 そう言った事を半ば勢いに任せて談判したルクスであったが、アスペンは全く聞く耳を持たなかった。

 

「処分は変わらん。カタリナの事は全てエリーに任せた」

「だからッ! そもそもその処分がおかしいって話をしてんのよッ! 大体処分するならあの拷問マニアの方が先でしょッ! アイツの所為でどんだけ事態が面倒臭い事になったと思ってんのよッ!」

 

 異教徒を塵芥の様に扱うエリーが好き放題に動いた結果、S.B.C.T.とは関係が拗れて完全に敵対する事となってしまった。手を取り合う事が出来ればノスフェクトとの戦いで大きな助けとなってくれたかもしれないのにである。

 

 そこまで考えて彼女はふと、アスペンが元傘木社の人間であったと言う事を思い出した。彼がここまでノスフェクト討伐に拘るのも、元はと言えば傘木社時代に社長である雄成からそう命じられたから。

 そこまで考えて、彼女はアスペンが考えている事に気付いた。

 

「アンタまさか……古巣が無くなる原因だからってS.B.C.T.も纏めて排除しようとしてたんじゃないでしょうね?」

 

 ルクスがそう指摘すると、それまで彼女に見向きもせず書類にペンを走らせていたアスペンの動きがピタリと止まった。そしてゆっくりと顔を上げると、探るような目をルクスに向けた。その視線に気圧された様に言葉に詰まっていると、瞬き一つせずアスペンが口を開いた。

 

「……下らぬ事を言うな。S.B.C.T.は邪魔にしかならないからどうとも思っていないだけだ。それが結果的に敵対する事に繋がったが、状況を考えれば遅かれ早かれ連中とは敵対した筈だ」

「どうして?」

「連中はあの小僧……ヴァーニィがどう言う存在なのかを知らない」

 

 その言葉にルクスは息を飲み目を見開いた。その言葉が意味するのはつまり、彼はヴァーニィについて詳しい事を知っていると言う事に他ならない。

 

「どう言う事? アンタ何知ってるのよ? あの子が変身する、ヴァーニィって一体何なの?」

 

 好奇心に突き動かされルクスが問い掛けると、アスペンは視線を再び手元に戻し書類にペンを走らせ始めた。答える気配を見せない彼にルクスが焦れそうになっていると、不意に彼は思い出したように話した。

 

「あれは……人類を滅ぼす存在だ。確実に仕留めなくてはならない」

「え……?」

「S.B.C.T.は確証を得るまでは奴を守るだろうし、甘っちょろい連中は真実を知っても尚奴を信じようとする。そうなっては最悪の事態を避ける事は出来ない。だから確実に始末する必要があるんだ。例えその為にS.B.C.T.と敵対する事になろうとも」

「だから、絆されたカタリナも一緒に始末するって事?」

「そうだ。ヴァーニィに対して情を持った。もうアイツは必要ない」

 

 書類から顔を上げずに告げるアスペンからは、議論はこれで終わりだと言う雰囲気を感じた。もうこれ以上は何を言っても意味が無いと察したルクスは、苛立ちに奥歯を噛みしめ苦い顔をしながらその場を後にした。蹴破る様に扉を開け、叩き付ける様に扉を閉めて去っていったルクス。彼女が部屋から去ると、アスペンは顔を上げて彼女が出ていった扉に目を向けると通信機に手を伸ばして部下に指示を出した。

 

「私だ。カタリナの周りの警護を厚くしておけ」

 

 あの様子だとルクスが反旗を翻すのも時間の問題だろう。先に始末しても良いが、カタリナの更迭でただでさえ揺れ動いている状況下でそんな事をすれば騎士団が割れる可能性もある。流石に騎士団に瓦解されてはノスフェクトどころかヴァーニィ討伐も儘ならない。残念だがルクスを処すのであれば、それ相応の理由が必要であった。

 

 この彼の判断は見事にルクスの行動を見抜いており、カタリナを助け出そうとした彼女は予想を上回る警備の厳しさに悔しそうに歯噛みしていた。

 

「くそぉ……! あの野郎、そこまでしてカタリナを始末したいわけ?」

 

 地下施設を行き交うイジターの姿に、顔を顰めながらルクスは一旦引き返した。クロスショットも取り上げられた今、下手に騒ぎを起こしても返り討ちに遭うのが関の山だ。それに騒ぎを起こせば、助け出す前にカタリナが被害を受ける危険もある。警備を破って助けに向かった時点で騒ぎは起こるだろうが、起こるタイミングは遅ければ遅いほどいい。最良なのはカタリナを連れ出して安全な場所に向かった後で騒ぎが起こることだが、まぁそれは望み薄だろう。

 

「兎にも角にも、やっぱり私1人じゃ色々と厳しいわね…………よし」

 

 ルクスは計画を練り直した。予想を上回る警備には驚かされたが、それならばそれでやりようはある。

 

 彼女が向かったのは騎士団員の世話を焼く為施設に勤めている女中達が居る場所だった。女中たちが休憩する時などに使うレストルームのような部屋にルクスが立ち入ると、普段滅多にこの部屋に訪れる事が無い彼女の姿に多くの女中は目を丸くしていた。

 

「あ、あの、ルクス様? 何か御用でしょうか?」

「シンシアは居る?」

 

 突如訪れたルクスに近くに居た女中が問い掛けると、彼女はシンシアと言う女中を探していると答えた。ルクスがその女中の名を口にし、話し掛けた女中が名前の人物を探そうと振り返る。が、ルクスが探す女中は自分の名前が出るとそれに反応したのか自分からルクスの前に姿を現した。

 

「お呼びでしょうか、ルクス様?」

 

 やって来たのは黒髪に眼鏡の、よくカタリナの世話をしている女中であった。カタリナ繫がりで交流のある女中の姿に、ルクスは普段の不真面目な雰囲気も鳴りを潜めて協力を要請した。

 

「カタリナを助けたいの。力、貸してくれない?」

「私は一介の女中に過ぎません」

「知ってる。でもいいの? アンタだって、カタリナに対する今の処遇が気に入らないんじゃないの?」

 

 ルクスの指摘に女中は顔色一つ変えずただ黙って視線を横にズラした。生真面目と言うか堅物と言った言葉が似合う彼女はこの程度の事で動揺を見せる事はしないが、思うところはあるのかそれともそれが彼女なりの返答のつもりの様だった。そして今のルクスにとっては、それだけで十分な返答である。

 

「今あの子がどんな目に遭ってるか、想像もしたくない。こんなの間違ってるって、アンタも、皆もそう思ってるんでしょ?」

 

 周囲を見渡してそう言えば、他の女中達も狼狽えていた。騎士団の中には女中に対して横柄な態度を取るものも居たし、露骨に色目を使ってくる輩も居た。無論騎士団員全てがそうと言う訳ではないが、それでも高圧的に言い寄られる女中を助けてくれる団員はそうそう居ないくらいには扱いが悪いと言わざるを得ない。

 

 そんな中でカタリナだけは彼女達女中に対しても敬意をもって接していた。決して高圧的に出る様な事はせず、それどころか彼女達が困っているのを見れば積極的に助けてくれることもある。カタリナは自分が上級騎士として不自由なく過ごせている影に、彼女達世話をしてくれる女中の存在があるからだと理解しているからだ。故にカタリナは彼女達女中を粗末に扱うどころか、彼女達の意思や心情を尊重し時には親身に接していた。

 その姿勢が中には奉公と言う形で勤めている女中達の心に響き、カタリナは彼女達からも強く慕われていたのだ。

 

 当然女中の中には更迭され終牢獄にカタリナが入れられたと言う処分に不満を抱く者も多い。だが彼女達は前述した通り騎士団の中で最底辺の立ち位置。抗議したとしても受け入れられる訳がなくそれどころか下手をすれば彼女達の方が逆に終牢獄送りにされてしまう。あそこに送られればどんな目に遭うかを分かっている為、不満を感じながらも貝の様に口を閉ざすしか出来なかった。

 

 だが、ルクスが動いてくれると言うのであれば話は別だった。

 

「ルクス様は……どうするつもりなんですか?」

 

 最初にルクスに応対した女中がおずおずとした様子で問い掛ける。それに対し、彼女は当然の事の様にカタリナを助けに向かうと答えた。

 

「勿論、カタリナを助ける。その為の手助けをして欲しいのよ」

 

 それは彼女達にとっても願ったり叶ったりだ。彼女達だってカタリナに対して日頃の感謝と恩を返したいと言う思いはある。問題があるとすれば、彼女達には何の力もない事であるが…………

 

「手助けと申されましても、ご存じの通り私達はしがない女中。声を上げようとも無視されるのが関の山かと」

「そんな難しい事をしてもらう必要はないわ。やるのは私。皆にはちょっとしたサポートをして欲しいの。安心して、皆に迷惑を掛ける様な事にはならないから」

 

 そう言われれば、女中たちの顔にもやる気が出てきた。特に下に居る連中は殊更に彼女達女中を見下してくる。そんな連中に一泡吹かせてやることが出来るなら、そしてそれでカタリナに少しでも恩を返す事が出来るなら、彼女達の中に断ると言う選択肢は存在しなかった。

 

 目に力が入っていく女中たちの様子に、シンシア目を伏せ小さく溜め息をついた。

 

「……ルクス様も、なかなかに食わせ者ですね。分かっていてここに来ましたね?」

 

 カタリナの人気はアスペンの想像を超えていた。ルクスはそこを突き、彼女を助け出す為女中たちの協力を取り付けたのだ。彼女達であればこう言えばきっと手を貸してくれると分かっていたから。

 普段飲んだくれている姿が目立つルクスだったが、その実強かな一面も持っていた。尤も強かな面が無いただの不真面目な猪武者であれば、上級騎士と言う地位に就く事は出来なかっただろう。能ある鷹は爪を隠すと言うが、彼女は正にそれであった。

 

 シンシアは分かっていた。表立って動く訳ではないとは言え、女中達に危険が及ばない訳ではない。下手をすれば協力者として纏めて拘束・投獄される危険だってあった。だがルクスは上手い事彼女達を煽り、唆して協力する流れに持って行ったのだ。これを狡猾と言わずして何と言おう。

 

「ゴメンね。どうする? 手、貸してくれる?」

 

 肩を小さく竦めながらルクスが問えば、シンシアは苦笑しながら両手を広げてみせた。それは降参の意思表示であった。彼女だってカタリナの事は助けたいのである。

 

「それで、私達は何をすれば?」

 

 その答えにルクスは不敵な笑みを浮かべ、カタリナ救出の為の策を告げるのだった。




という訳で第54話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは、
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