季桔市の教会地下に存在する修道騎士団の拠点の、そのさらに下の方に存在する終牢獄。そこには収監される囚人以外は見張りと処刑・拷問を担当する者以外は殆ど立ち寄らない。場所が場所と言うのもあって滅多な事では赴かないと言う事もあるが、最大の理由はそこに勤めている者達にあった。
現在終牢獄はエリーとその配下が担当しており、そしてエリーの配下は彼女に影響されてかそれとも彼女がそう言う輩を集めているのか、どいつもこいつもサディスティックで下劣な人間が多い。女中に手を出そうとする者も多く、中には実際に被害に遭った女中も居ると聞く。当然被害に遭った女中は上に抗議するのだが、女中の多くは奉公に来ている立場なので適当に流されるか逆に口を閉ざす事を強要される始末。必要以上に逆らえば逆に女中の方が終牢獄に放り込まれてしまうと言う事もあって、今では何をされても泣き寝入りするしかないと言う状況だった。
一応カタリナなどは女中が襲われている現場を見つければ、女中を助けてくれるし手を出した騎士には上級騎士としての権力を振るって厳しい処分を下したりした。
そんな事情もあってか終牢獄の近くに立ち寄る者は、特に女中の中には居なかった。それでも仕事で終牢獄に勤める騎士の身の回りの世話もしなければならない為、女中達は何時襲われるか分からない中怯えながら掃除に食事の手配などで下に降りていた。最近は主にシンシアなど腕利きの女中が中心となって終牢獄周りの仕事をこなしている。
その終牢獄に、自ら赴く女中達の姿があった。普段であれば絶対に近付こうとしない女中達が、手にバスケットを持ちながら終牢獄へと続く通路を緊張した面持ちで歩いていく。
女中2人が通路を歩いていくと、先の方に警備の修道騎士が2人居るのが見えた。警備と言う立場である筈の騎士2人は、しかしあまり真面目に警備するつもりが無いのかそれぞれ壁を背に腰を下ろし駄弁っている。
「しっかし、まさかあのカタリナ様が終牢獄にぶち込まれるなんてなぁ?」
「あぁ。だがチャンスだぜ。今はエリー様が楽しんでるが、あの人なら必ず俺達にも回してくれる」
「ヒヒッ! 楽しみだぜ、あの聖女って言われるカタリナ様を好きに出来ると思うとよ」
聞こえてくる下卑た会話の中心に居るのは、更迭され囚われの身となったカタリナの事だった。常日頃から俗な欲を隠さない連中は、カタリナに対しても常に劣情を抱いていた。普段は下手に手を出せば返り討ちに遭う事が分かっている為その欲を抑え、手頃な女中に手を出そうとしていた彼らだが、今はそのカタリナが彼らも手を出せる所に居るとあって昂ぶりを抑えきれないらしい。
そんな男達の下衆な物言いに女中2人は嫌悪に一瞬顔を顰めるが、感情を抑えて顔に薄い笑みを張り付けながら近付いていった。
「ん? 何だお前達?」
だらけているとは言えそこは警備を任された騎士なだけあって、不用意に近付いて来る者に対しては警戒を怠らない。立ち上がり剣を抜いて女中達に向けると、剣を向けられた女中2人は気圧される事無く手にしたバスケットを持ち上げて笑みを向けた。
「お疲れさまです。最近は特に大変だったと聞いたので、差し入れをと」
「差し入れ?」
女中の1人の言葉に、警備の騎士は訝しげな顔になり剣を構えながら近付きバスケットの中身を覗き込んだ。内部にはハムやチーズ、ボトルに入ったワインなどが入っている。意外と充実した差し入れの内容に、しかし1人の騎士は逆に怪しんだ。彼らは女中達が自分達に襲われる事を恐れて終牢獄に近付こうとしていない事を知っている。その女中達が自分達に差し入れなど、逆に怪しく思うのは当然であった。
「殊勝な事だが……怪しいな? お前達、俺達の事あまり良く思って無かったろ? 何か企んでるんじゃないか?」
性格は下衆でも騎士は騎士と言う事か。案外警戒心が強く頭も回ることに女中達は内心でドキリと心臓を跳ねさせながら、動揺を表に出さないようにと警戒された時の言い訳を口にした。
「その節は申し訳ありません。私共も自分の身は可愛いので、どうしても……」
「それに、そう言う奉仕は許可されておりませんので、迫られても私共としても身を守らなければなりません」
「騎士の皆様に尽くす事は本意ですが、皆様が道を踏み外さないようにする為には私共も敢えて距離を取らなければならないのです」
女中達の話には、まぁ納得出来るところもあった。自分達を恐れていると言うのは事実だろう。実際終牢獄勤めの騎士が女中を襲ったと言う話は彼らも耳にしたし、それを聞いた時は自分達も手を出そうかなどと考えたりもした。だが女中に手を出した騎士が厳しい処分を下されたとも聞いている為、彼らは女中に手を出す事は控えていたのだ。
怪しい所はまだあるが、言ってる事の全てが嘘と言う訳ではなさそうだと一応の納得を見せ警備の騎士2人は剣を収めた。剣が鞘に収まったのを見て安堵した女中は、バスケットからグラスを取り出しワインを注いで差し出したワインが注がれる音と漂う芳醇な香りに騎士達の顔も綻ぶ。
「さ、どうぞ」
「ハムにチーズもございますよ」
差し出されたワインの入ったグラスを取る騎士達だったが、一瞬今は一応職務中という事に口を付ける事を躊躇する。だが上級騎士のルクスは日中から普通に飲酒している事を思い出し、遠慮なく口を付けた。自分達より立場が上の上級騎士だって平然と飲んでいるのだ。なら自分達だって許されていい筈である。それにこんな所に来る者も殆ど居ない。
そう自分に言い聞かせ、騎士達はグラスに口を付けた。喉を通るワインのアルコールに騎士達は直ぐに気分が高揚し、女中達も騎士達を調子に乗らせるように次々と酌をしたり摘まみのハムやチーズを進める。
暫くは女中達に良いように飲まされていた騎士達であったが、不意に眠気が襲ってきたのを感じた。
「ふぁ……」
「あ、れ……?」
何か違和感を感じながらも、アルコールで思考が鈍った騎士達は違和感の正体に気付く事無くその場に崩れ落ちるとそのまま意識を手放そうとする。だが完全に意識が途切れる前に、女中達とは別の女性の声が朦朧とした意識の中で頭に響いた。
「騎士カタリナとルクスの装備は取り上げた後何処に置いた?」
「あ、あ……?」
「答えて。2人の騎士の装備は何処にある?」
何故そんな事を答えなければならないのかと思いはしたが、疑問を感じる一方で頭の何処かは質問に答えようと勝手に口を動かした。
「騎士カタリナの装備は、彼女を捕らえている牢獄の直ぐ近くの部屋に……騎士カタリナの装備は知らない……」
「そう……ご苦労様。おやすみ」
何処か残念そうな声を上げながら女性がそう言うと、騎士は意識を手放し眠りへと落ちていった。
腕の中で寝息を立てる騎士を、質問した女性であるルクスはそっと床に寝かせると協力してくれた女中2人に頷きかけた。
「ありがとう、協力してくれて。ここまでで十分よ」
「ですが、この先にも警備の騎士は居ますが……」
「ここから先の連中はコイツ等よりは警戒心が強いわ。同じ手は通じない。それに、あなた達にはやってほしい事があるし」
どんな理由であれ、これからルクスがやろうとしている事は騎士団に対する明確な反逆である。それに手を貸したとなれば、この2人の女中もただでは済まない。カタリナを助ける為とは言え、自分の都合に2人を巻き込んで処分を受ける事を放置する事は出来ない。
故にルクスは、この2人に孤児院の子供達を連れ出す事を頼んでいた。カタリナが出奔すれば残された子供達がどうなるか分かったものではない。カタリナが懸念していた通り、エリーがカタリナに代わって子供達の世話をし、その過程で洗脳的教育を施す可能性は十分にあった。
それに子供達はカタリナに対する人質になる。子供達の身の安全を盾にすれば、逃がしたカタリナがまた戻ってしまう。そうなる前に、子供達も安全な場所に避難させる必要があったのだ。
「だからお願い。ここから先の事は私1人でもなんとかなるから」
そこまで言われては仕方がない。カタリナ救出の為にもう少し尽力したい気持ちはあったが、ここから先荒事が待っているのであれば自分達は足手纏いとなってしまう。ここはルクスを信じて、自分の身を護ると同時に子供達を連れ出さなくては。
「分かりました、お任せください」
「カタリナ様の事、お願いします!」
同じくカタリナを慕う2人の女中の言葉に、ルクスは頷いて答えると眠った騎士の片方からイジターの装備一式を剥ぎ取り変身するとその姿で終牢獄の中を進んでいく。施設内部で訓練場以外で変身する者は珍しいが、終牢獄と言う場所であれば警備の名目で違和感は小さくなる。
目論見通り、途中他の騎士とすれ違う事はあったが、周辺を警戒するように動けば警備であると勘違いしたのか違和感を抱かれる事なくそれどころか軽く会釈して去っていった。上手い事潜入できている事にルクスは内心で安堵しながらカタリナの姿を探す。
そして程無くしてルクスは1つの牢獄の中に居るカタリナの姿を見つけた。ボロを身に纏わされ、破れたぼろの間や剥き出しとなっている腕や太腿などに痛々しい傷がある彼女の姿に、ルクスは思わず息を飲む。
(カタリナッ!?)
どうやらカタリナは拷問を受けた末に気絶しているらしく、両手を天井から鎖で吊るされた状態でピクリとも動かない。見える範囲で牢獄の中を見渡し気配を探るが、カタリナ以外の人の気配は感じられなかった。エリーはカタリナにたっぷり拷問をして満足したらしい。いや、次の拷問の準備に取り掛かっていると言ったところか。あの女の考えは容易に想像できる。
警備の騎士の話ではこの部屋の直ぐ近くにカタリナの装備があるらしい。ルクスは素早く近くの部屋を探し回り、開けられる部屋を全て開けたがそのいずれにもカタリナの装備は見当たらなかった。
残されたのは施錠された部屋だけであり、あるとすればここ以外にない。流石にカタリナの装備を無防備な状態で放置はしないか。しかし鍵が掛けられているとなると少し面倒な事になる。何とかしてカギを開けて部屋に入らなければならない。
(ま、こんな事もあろうかとね)
しかしルクスは慌てずピッキングツールを取り出した。カタリナの牢獄などが施錠されている可能性は考えている。こんな時の為、ルクスは鍵開けの為のピッキングツールを用意していたのだ。
手慣れた様子でルクスはピッキングしてカギを開けると部屋に入る。どうやらこの部屋は拷問器具などを保管しておく部屋らしい。内部には鞭を始めとして顔を顰めたくなるほど悍ましい拷問器具が幾つも置かれている。ルクスは背筋に冷たいものが走るのを感じつつ、室内を見渡してカタリナのクロスショットとロザリオを見つけそれを手に取ると即座にカタリナの牢獄へと向かいカギを開け中に入った。
牢獄の中に入るなり、ルクスは吊るされたカタリナを優しく拘束から解放し優しく床に下ろし傷だらけで気を失った彼女に声をかける。
「カタリナッ!」
***
カタリナは貧しい農家の長女として生まれた。家族は両親に加えて弟と妹が3人。日々を生きる事に必死な為、カタリナは学校に行く事も出来ず一日を両親の手伝いと弟妹達の世話に追われていた。
お洒落なんて以ての外、年頃の少女が本来享受すべき楽しみなど何一つ知る事無く、カタリナは毎日薄汚れながら過ごす日々を送っていた。
しかし彼女は周囲に不満を漏らしたことは一度も無かった。それどころか彼女はこの頃から既に自分より他者を優先する施しの精神を身に着け、ただでさえ少ない食事を弟妹は勿論両親にまで分け与え自分には我慢を強いていた。
「もういいの? お姉ちゃんの分もあるよ?」
「でもお姉ちゃん、全然食べてない……」
「私は大丈夫。お腹そんなに空いてないから」
「カタリナ、そんな無理をしなくても……」
「ううん、大丈夫。私は、皆がお腹いっぱいになってくれればそれでいいから」
それは本心からの言葉である。彼女は例え腹と背中がくっつきそうなほど空腹を抱えていても、己の欲を抑えて自分より幼い弟妹を優先し、自分より稼げる両親を優先させた。
他者を優先させる彼女の精神性は、弟妹が生まれた時に決定的に形成されたと言ってもいい。忙しい両親に代わって自分が弟妹を守り育てなければと言う気持ちが、彼女の精神を成熟させ現在のカタリナに繋がることとなった。
そんな辛く貧しい日々の中で、彼女が唯一縋っていたのが神の存在であった。彼女は日々を空腹と共に過ごし、時に家族の目を盗んで野草を口にして空腹を紛らわせていた彼女は、ある時道に迷っている男を手助けした事があった。その時助けられた男がお礼に何を望むか訊ねた時、カタリナは彼が持っていた聖書を望んだ。彼女としてはただ本に興味があっただけであり、最低限の読み書きが出来る範囲で本を読んでみたいと望んだだけの話であった。
しかしその聖書との出会いが彼女を変えた。他者を愛し、他者の為に尽くすと言う神の在り方に彼女は深く共感し、そんな神の事を彼女はもっと知りたいと思うようになっていった。
それから彼女は両親の手伝いと弟妹の世話の間を縫って聖書を読み、分からない所は学んで理解し、聖書の内容を隅から隅まで読み込んだ。何度も聖書の内容を繰り返し読み耽った頃、彼女は自分が住んでいる村にも小さいが教会がある事を知り、以降は欠かさずミサに参加し神に祈りを捧げた。
彼女が祈ることはただ一つ、1人でも多くの人々が飢える事無く笑顔で過ごせる日々が来ることであった。その為であればどんな事でもする覚悟があった。
数年を信者として過ごし、貧しい家族を支えながら神に祈る日々を送っていたカタリナ。その彼女に転機が訪れたのは、彼女が18歳になった頃の事である。
この頃には弟妹達も大分大きくなり、自分の事は自分で面倒が見れるし両親の手伝いが出来るようになっていた。そう言う事もありカタリナは自由に出来る時間が増えていた。これは偏に今まで我が身を削って家族を支えてきた彼女を、彼女の家族が想って彼女の望む事をやらせようとした事が大きい。
自由な時間が増えた彼女は本格的に教会に入信し、シスターとして奉仕活動に勤めていた。彼女は変わらず自分よりも他者を思い遣り、そして同時に信じる神の事をもっとよく理解しようと真摯に祈りを捧げていた。
そんな彼女の敬虔な姿勢が、教会の上層部の目に留まった。彼女の真摯な姿に教会の神父が彼女の事を教会上層部に教えたのである。
そうしてやって来た教会上層部の者は、目にしたカタリナの姿に目を奪われた。
貧しい家の出と聞いていたが、その割にカタリナは美しい少女だった。他者を見る目は慈愛に満ち、自分の食べ物すら他者に分け与え施す優しく気高い精神。そして何より真剣に祈りを捧げる彼女の姿は正に聖女と言っても過言ではない。彼女の姿に教会の上層部は彼女を聖女として祀り上げ広告塔とする事を決めると、彼女を親元から離して協会本部で面倒を見ようと画策した。
より神の近くで神に仕えられると告げれば、カタリナは二つ返事で了承し教会本部へと向かった。家族と離れる事は寂しいが、自分が神に仕え奉仕すればその分家族が少しでも救われると考え生まれ育った村を離れ教会本部へと赴く。
そこで彼女は愕然となった。教皇はともかくとして、その周りに居る私腹を肥やした幹部達の姿にである。とてもではないが神に仕え、神に祈る者の姿ではない。勿論全員がそうと言う訳ではなく、彼女と同じく神に仕える事を第一に質素に日々を過ごしながら人々に教えを説く事に心血を注ぐ者も居る。だがそれでも、自分を祀り上げようとしている者達は私服に身を肥やした者達であり、そして彼らは自分自身をも狙っている事に彼女は気付いた。
乖離する理想と現実に悩み、彼女はその悩みを相談するように日々祈りを捧げていた。
そんな時である。カタリナが修道騎士団の存在を知ったのは。
教会勢力から派生した武装組織。存在意義は人知れず人々を襲う怪異や、神に仇成す異教徒を屠る事。後者はともかく前者の活動目的はカタリナにとって無視できないものであり、自分の力が微力でも故郷の家族の助けになるのであれば……まだ見ぬ苦しい生活をしている誰かを助ける事が出来るのであればと、カタリナは一も二も無く騎士団への参加を決めた。
何より後押しとなったのは、祈りを捧げている時に天啓の様な物を授かった事である。騎士団の存在を知った直後、彼女は悩んだ。このまま教会本部で広告塔の様な事をするつもりはないが、だからと言って剣を手に取る様な事をしていいのかと。悩み祈る彼女の脳裏に、直感のように剣を手に取る己の姿が浮かんだのである。
それが本当に天啓の類であったのかは、今となっては分からない。だがこれを切っ掛けにして、カタリナは騎士団へと参加し訓練の中でその頭角を現していく。
日々をシスターとして、そして騎士として奉仕と祈り、鍛錬に費やしていく。時には異教徒とされた人々を手に掛ける事もしながら日々を過ごしていた。
ルクスと出会ったのは、そんな日々の中であった。
『カタリナッ!』
最初は、日中から大っぴらに酒を飲む彼女の姿に呆れ叱ったりもした。だが態度は不真面目だが、実力は本物でありカタリナはルクスと研鑽を共にし歩んでいく。そしてそんな中で、2人は気付けば互いを信頼し合う仲になっていった。何が切っ掛けだったかと言われればカタリナ自身首を傾げるしかないが、しいて言えば上手い事噛み合ったからだろう。カタリナの誰でも尊重する性格と、ルクスの分け隔てなく相手と接する性格が噛み合い違いを信頼するようになっていったのだ。
『カタリナッ……!』
正直、カタリナはルクスに救われたと思う事が何度もあった。異教徒とは言え他者を殺める事に思い悩むカタリナを、ルクスは何時もと変わらぬ様子で接し彼女の悩みを解し前を向かせた。ルクスが居なければカタリナは何度も悩みの渦から抜け出せず、前に進めず高みに至ることも出来なかっただろう。故にカタリナは、ルクスにとても感謝していた。
ルクスが居てくれたからこそカタリナは…………
「カタリナッッ!!」
「――――ぅ……ぁ?」
すぐ傍で響くルクスの呼び声に、カタリナはふっと目を覚ました。目を開ければ目の前にはこちらの顔を覗き込んでくるイジターの顔がある。目覚めてすぐの内は頭が上手く働かずぼんやりとしていたが、次第に意識がハッキリしていくとカタリナは自分が拘束から外され床に下ろされた状態で優しく抱き上げられている事に気付いた。
「こ、これは……あなたは……ルクスさん?」
「カタリナ……! 良かった……」
カタリナは声から目の前のイジターがルクスである事に気付き、ルクスが変身したイジターはカタリナが意識を取り戻した事に安堵の息を吐いた。
しかし何時までも安心してはいられない。何時エリーや他の騎士に気付かれないとも限らないのだ。早くここからカタリナを連れ出そうと、イジターは出来るだけ彼女に負担を掛けないよう気を付けながらしっかりと抱き上げ立ち上がる。
「うぐ……!?」
「ゴメンね、痛いよね。でも少しの間我慢してて」
イジターは周囲を警戒しながらカタリナを抱き上げたまま牢獄の外へと出ると、そのまま彼女を連れて外へと向かっていった。ルクスが自分を外へと連れ出そうとしている事に気付いたカタリナは、痛みに苛まれながらも彼女を止めようと声を上げた。
「だ、駄目ですルクスさん……! こんな事をしては……あなたまで、罰せられてしまいます。それにこれは、私への罰……今まで多くの命を殺めてきた、私が受けるべき罰であり試練なんです。だから……」
「それ以上に沢山の人々を想って自分の身を削って来たのは他ならぬアンタでしょうがッ! そのアンタが、何でこれ以上罰を受けなきゃならないのよッ! そんなのおかしいって! それを認める様な神なら、いない方がずっとマシよッ!!」
暴論とも取れるルクスの言葉であったが、拷問による疲労と彼女の気迫にカタリナは何も言い返す事が出来なかった。
「アンタはもっと報われていい。アンタは何時も頑張ってるんだから、少なくともこんな所であんな女の玩具になる必要なんてない。アンタにはもっと居るべき場所がある筈よ」
真剣に語り掛けながら、ルクスが変身したイジターが終牢獄の外へと出た。終牢獄への唯一の入り口にはまだ眠っている見張りの騎士2人が居て、そのすぐ近くには制服に身を包んだ女性の修道騎士が2人佇んでいた。
「来たッ!」
「こっちです、早くッ!」
カタリナを抱きかかえたイジターの姿を見つけると、女性騎士2人は止めるどころかルクス達を誘導する様に手招きする。どうやら彼女達もカタリナへの処遇に不満を覚え、彼女を救う為にルクスに協力する事を選んでくれたらしい。
「ゴメンね、付き合わせちゃって」
「何を言いますか」
「私達だって、今回の事には思うところはあるんです」
最初、ルクスが声を掛けたのは飽く迄も女中達だけであった。だが実際に策を練っていくと、どうしても女中達だけでは不安が残る。なので一か八か、ルクスは普段の態度からカタリナの事を強く慕う女性騎士を中心に声をかけてみた。すると意外な事に、あっさりと協力を申し出てくれた上に他の同志となる騎士にも声をかけ仲間を増やしてくれた。お陰でカタリナの事を大分逃がしやすくなった。
「後の事はこちらで何とかしておきますので……」
「カタリナ様を、早くッ!」
2人の女性騎士の言葉に頷くと、ルクスは傷付いたカタリナを抱えながら教会地下から外へと出ていく。そこで彼女はシンシアから”荷物”を受け取ると、予め逃走用に用意されたサイドカー付きのバイクに跨り走り出していく。
ルクスが逃亡してから数分後、地下施設内部は俄かに慌ただしくなる。カタリナの逃走がバレたのだ。真っ先に疑われたのは当然ルクスであり、また彼女1人でカタリナを連れ出す事が出来る訳ないと察したエリーにより協力者を炙りだす為の捜索がルクスの追跡と同時並行で行われた。
教会地下が騒がしくなったのを見て、シンシアはルクスの幸運を祈りつつ巻き込まれないようにその場を離れる。直後、逃げたルクスとカタリナを追跡する為エリーが部下を連れてバイクに乗って出ていった。
「やってくれましたね、ルクスさん……! 私のカタリナさん、返してもらいますよッ!」
「エリー様ッ! 協力したと思しき者はどうしますか?」
「全員纏めて終牢獄へ放り込みなさいッ!」
逃走したルクスは直ぐにエリーに捕捉された。傷付いたカタリナに負担を掛けないよう速度を落とした事が仇となったのだろう。エリーはルクスの姿を見つけると、即座にクロスショットの銃口を向け引き金を引いた。
「見つけましたよッ!」
「くっ!」
背後から聞こえてきた銃声にルクスは素早くハンドルを切って銃撃を回避。それを皮切りにエリーの後に続く騎士も次々と銃撃し、街中でバイクによるチェイスと銃撃戦が行われた。ルクスもイジターに変身して反撃しつつ逃走を続け、気付けば彼女とそれを追う一団は山道へと入っていた。周囲への被害を少しでも減らすと同時に、狭い山道に入ることで追手を撒く事を目的としていたのだ。
狙い通り狭くて曲がりくねった山道では動きが制限されるからかエリーの背後の部下の数が減った。それでもエリーは危険を顧みず執拗に追跡を続け、遂にはルクスに追いつき彼女が乗るバイクに並走した。
「ルクスさん! 今すぐ投降しカタリナさんを返してくださいッ! そうすれば温情のある扱いを約束しますよ?」
「嘘も休み休み言いなさいよッ! アンタの言う温情何てロクなもんじゃないでしょうがッ! 大体ここでカタリナを取り返されたら、どうなるか分かったもんじゃないわッ!」
イジターに変身したルクスが並走するエリーに銃撃しつつ距離を取ろうとする。だがエリーはそれを軽々と回避すると、乗っていたバイクを乗り捨てルクスが運転するバイクの背後に変身しながら降り立った。
「変身ッ!」
〈Amen.〉
ルクスのバイクに強制的にタンデムすると、アッシュは彼女の首に腕を回して首を絞めつけながら振り回す。
「うぐぅっ!? がっ!?」
首を絞められた状態で振り回された為、ハンドルがあらぬ方向へと切られバイクはコントロールを失った。山道でコントロールを失ったバイクは即座に道を外れ横転し、その衝撃でルクスのイジターとアッシュ、そしてサイドカーに乗った
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ッ! っと」
意図せず転倒させられ投げ出されたまま地面に叩き付けられるイジター。一方アッシュはバイクが横転すると同時に飛び降り、投げ出されたカタリナを回収して着地した。イジターは顔を上げた時にはカタリナがアッシュの腕の中に居る事に、悔しそうに拳を握り締める。
「フフッ……返してもらいますよ、カタリナさんを」
「くぅっ…………」
ルクスが変身したイジターの前で、アッシュは勝ち誇りながら布を退かしてカタリナの顔を拝もうとした。
だが…………
「なっ!?」
アッシュの腕の中に居たのはカタリナではなかった。それどころか人間ですらない、マネキンだ。マネキンに布を巻き付けていたのである。
取り戻したと思っていたカタリナが偽物だった。その事実にエリーが愕然としていると、堪えきれないと言うようにルクスが呵々大笑し始める。
「くっ……! ふ、ふふ……あははははははははっ!!」
愉快と言う気持ちを隠しもせず大笑いするルクスが変身したイジターに、アッシュは射殺す様な視線を向けるのだった。
という訳で第55話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。