仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第56夜:拳銃の重み

 カタリナに偽装したマネキンを抱き唖然とするアッシュを前に、ルクスが変身したイジターが高笑いをする。その笑いに我に返ったアッシュは、偽物と分かったマネキンを叩きつけるように投げ捨て倒れたまま笑っているイジターの首元を掴んで持ち上げた。

 

「うぐっ!?」

「これはどういう事ですかッ! カタリナさんは……カタリナさんは何処にッ!」

「くっ…………フフッ、そんなの、一つしかないでしょ?」

「ッ!? まさか…………」

 

 そう、ルクスは最初からカタリナをS.B.C.T.に保護してもらうつもりで動いていたのだ。シンシアに受け取った荷物こそがこのマネキンであり、その時点でルクスはカタリナを彼女に任せていた。今頃はきっと、逃がす予定の子供達と共にS.B.C.T.の元へと連れて行かれている筈だ。

 

 アッシュ達であればS.B.C.T.であっても襲撃はするだろう。だが少なくとも終牢獄でエリーの玩具にされているよりは、S.B.C.T.に保護してもらっていた方がずっといい。その為であれば、ルクスは危険を冒して囮となり注意を引く事も出来た。

 

 まんまと自分達がルクスの手の平の上で踊らされていた事に今更気付かされたアッシュは、感情に任せてイジターを投げ捨てると木に叩き付けられた彼女を銀の鞭で何度も殴りつけた。

 

「クソッ! このっ!」

「ぐっ!? あっ!? あ、ぐっ!? あぁぁっ!?」

 

 イジターに変身したルクスも応戦しようとするが、持ち上げたイジターレイピアは真っ先に弾き飛ばされ、装備を失ったイジターは何度も振るわれる鞭により嬲る様に痛めつけられ見る見るうちにボロボロになっていった。

 

 その間にアッシュの配下も集まり、銃撃モードのイジターレイピアを構えつつルクスが痛めつけられるのを黙ってみている。

 

 暫くアッシュが苛立ちを発散させるようにルクスのイジターを何度も鞭で引っ叩き続け、ズタボロになったイジターがその場に膝をついたところで彼女は鞭を引っ込めた。代わりに腰からクロスショットを抜くと、ボロボロになって動けないイジターに向ける。満身創痍となったルクスのイジターは、まだ辛うじて変身を維持してはいるが意識は朦朧として今にも倒れてしまいそうであった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「本当に、邪魔な人ですよあなたは。私とカタリナさんの間に割って入るなど」

「は……はんっ、カタリナはアンタなんかが釣り合う女じゃないって事よ」

 

 この期に及んで尚減らず口を叩くルクスにアッシュが奥歯を噛みしめるが、それも直ぐに醜悪な笑みの変わった。

 

「ですが、それもこれまでです。あなたは言い逃れが出来ない程の裏切りを見せた。その報いを受けてもらいます」

 

 アッシュのその言葉を合図に、周囲のイジター達が引き金に掛けた指に力を込める。まだ撃ちはしない。撃つのはアッシュの指示があってからだ。

 周囲から銃口を向けられ、自身は満身創痍……絶体絶命の状況に、ルクスは変身を維持したまま仮面の下で笑みを浮かべながら逃げ伸びたカタリナに胸中で別れを告げた。

 

(あ~ぁ……ここまで、か。最後に一杯、飲んどきたかった……な。カタリナ…………元気でね)

 

 ルクスが胸中でカタリナへの別れを告げると、それを待っていた訳ではないだろうがアッシュが指示を出すと共に引き金を引いた。

 

「さようなら、ルクスさん…………やりなさい」

 

 一斉に銃口が火を噴き、無数の銃弾が変身したルクスの体を貫いていく。最初の一瞬は何とか耐えようとしていた彼女も結局は暴力に抗う事は出来ず。次々と体を穿っていく銃弾にルクスの体が歪なダンスを踊り、そのまま後ろに押されて遂には足を踏み外し山の斜面を転がり落ちていった。

 

「う、ぐっ!? あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 悲鳴を上げながら山の斜面を転がり落ちていくルクスのイジター。転がり落ちる最中に変身が解除されたルクスは、血だらけのボロボロの姿で流れの急な川に落ちそのまま下流に流されていく。ルクスの最期を見届けようと斜面を駆け下りたアッシュは、ルクスが流した血で赤く染まった水面が流れにのって離れていく様子に満足そうに頷き変身を解除した。

 

「フフッ……これで邪魔な奴はいなくなった。ずっとこうしたかったですよ、ルクスさん♪」

 

 自分とカタリナの間に割って入る女狐と言えるルクスは、エリーにとって目の上のタンコブであった。その彼女を自らの手で始末出来た事に、エリーは清々しい気持ちになりながら踵を返して事態の収拾と連れ去られたカタリナの奪還の為動こうとした。

 

 その時、彼女は足に何かがぶつかるのを感じて視線を落とした。そこにあるのは泥で汚れながらも形を保っているスキットルがあった。ルクスの私物だろう。変身が解け転げ落ちる最中に懐から零れ落ちたのだ。

 

 忌まわしい女の私物がまだ残っている事に、エリーは感情のまま踏み潰そうと足を上げた。が、何を思ったのか少し考えこむと持ち上げた足を下ろしスキットルを拾い上げた。

 

「フフッ、いいプレゼントが出来ました」

 

 上機嫌に笑いながらエリーはゴミを扱うように拾うと今度こそ教会へと戻っていった。

 

 エリーが地下の騎士団の拠点へと戻ると、そこでは別動隊として動かした彼女の部下とアスペンによりカタリナ逃亡に助力したと思しき女性の騎士2人が取り押さえられ連行されている所であった。

 

「くっ、このっ! 離してッ!」

 

 取り押さえられた女性騎士2人は拘束から逃れようと身を捩るが、取り押さえているイジター達は2人を嘲笑うように2人の腕を捻り上げ頭を下げさせる。無理矢理頭を下げさせられ苦悶の声を上げる女性騎士2人に、エリーは近付くと顎を掴んで上を向かせるとその頬を殴る勢いで引っ叩いた。

 

「あぐっ!?」

「あぁっ!?」

「ふざけた真似をしてくれましたね。あなた達、ただで済むと思っていますか?」

 

 騎士団屈指のサディストであるエリーに睨みつけられ、女性騎士の片方はこれから自分がどうなるのかを思い恐怖に体を震わせる。だがもう片方は、エリーに睨みつけられてもなけなしの気力を振り絞り睨み返して口を開いた。

 

「ふ、ふんっ! ただで済まないのはどっちでしょうね? カタリナ様程の方にあんな事をして、神はあなたの狼藉を見逃しませんよッ!」

 

 気丈な女性騎士の言葉に、エリーは小馬鹿にするように鼻を鳴らすと2人を終牢獄へと連れて行かせた。

 

「この2人は終牢獄へと放り込みなさい」

「「ハッ!」」

「い、いやっ!? 離してっ! いやぁぁぁぁぁぁっ!?」

「くそぉぉっ! 離せ、離せぇぇぇぇぇっ!!」

 

 女性騎士2人は悲鳴を上げながらイジターに引き摺られるように連れて行かれ、忌々しい女性騎士2人が居なくなるとエリーは鼻から小さく息を吐き今後の事を考えた。目下最優先にすべきは、逃亡と言うか連れて行かれたカタリナの行方である。

 

「ルクス……あの女がカタリナさんを連れて行くような場所となると…………」

「まぁ妥当なのはS.B.C.T.だろうな」

 

 顎に手を当てて考えるエリーに答えを示す様にアスペンが告げる。実際他の場所は考えられない。修道騎士団からカタリナを匿い怪我の治療と体力の回復が望めるような場所など、そこくらいしか考えられなかった。

 

「ルクスはS.B.C.T.の連中とも親しい。それにカタリナもあそこの連中とは知り合いだった筈だし、助けを求めるのに最適な連中ではあるだろう」

「ですが、こちらにはカタリナさんが気に掛けている孤児院の子供達が居ます。あの子達を餌にすればカタリナさんを取り戻す事は容易なのでは?」

 

 平然と幼い子供達を犠牲にする事を口にするエリー。もしこの場にカタリナが居れば、彼女であろうともその場で拳を握り殴り掛かって来ただろう。

 

「それは不可能だ。あの騒動の最中に、どうやら別に動く奴がいたらしい。こちらが子供達を人質にすると読んで、先手を打ち子供達も逃がされていた」

 

 抜け目のないルクスの策に、エリーは悔しそうに歯噛みする。こうなった以上、カタリナを取り戻すにはS.B.C.T.に強襲を掛けるしかないだろう。つい先日襲撃を掛けたばかりで、まだ警戒しているだろう連中に再び襲撃を仕掛けるのは返り討ちに遭うリスクがあった。

 

 悩みどころではあったが、しかしここはそのリスクを承知の上で動く必要があるとアスペンは判断する。他の者ならいざ知らず、カタリナはその影響力もあり早い段階で手元に置いておかなければならない。時間を掛ければそれだけ彼女を慕う騎士が離反する可能性が高くなる。今回のように裏切る騎士が続出するリスクに加えて、カタリナの口から修道騎士団の情報が洩れる可能性を考えれば、多少無理をしてでも力尽くでカタリナを取り戻しに向かう価値はあると見ていた。

 

「直ぐに部隊を編成しろ。準備が出来次第、出撃する」

「はい」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 修道騎士団がS.B.C.T.に襲撃を仕掛けようとしている一方で、S.B.C.T.の方もまた修道騎士団の拠点に襲撃を仕掛ける算段を整えていた。秘密裏に修道騎士団の事を調べ上げていた千里により、騎士団の拠点に関する詳細な情報を揃える事が出来た。これ以上作戦の妨害や無用な被害を出される事が無いよう、一刻も早く動く必要があった。

 

 唯一の懸念事項は一応欧州の教会が母体である事であり、下手をすると外交問題に発展しかねない点ではあるが、これまでの事を理由に黙らせる材料も揃っていた。何よりこちらも千里により、教会が抱えるスキャンダルなどを掴んでいる。文句は言わせない。

 

 リリィがアイリス、コレットと共に修道騎士団襲撃の為の準備を整えている。彼女の耳に来客が来たと告げられたのは、そんな時であった。

 

「リリィ、何か外にあなたに会いたいって人が来てるらしいわよ」

「へっ? 私に?」

 

 唐突な来客、それも自分を指名してきた事にリリィは思わずきょとんとした顔をした。この状況で自分を訊ねてくるような相手に、リリィは皆目見当もつかなかったからだ。

 とは言え放置する訳にはいかないので、首を傾げながらコンソールを離れ表へと向かっていったリリィ。彼女が表に出ると、そこには3人の女中の姿がありそれが更に彼女の混乱を加速させた。

 

「? ?? え、え~っと……」

「突然の訪問、失礼します。リリィ様」

「あ、は、はい……?」

 

 困惑するリリィにシンシアが代表して頭を下げると、その後ろに控えている女中2人も続けて頭を下げた。何も分かっていない中でそんな事をされたら余計に混乱しそうなものだが、リリィはそれでも何とかシンシアが時々教会で顔を見た事があった事を思い出した。

 

「あ、えっと、あなた教会の……?」

 

 教会に女中が居ると言うのが何とも奇妙だったので記憶に残っていた。リリィが指摘するとシンシアは無言で頷き、彼女が自分の事を認識してくれたと見るやすぐさま本題に入った。

 

「単刀直入に申し上げます。カタリナ様と、子供達を匿ってほしいのです」

「はぇっ!?」

 

 いきなり何を言い出すのかと目を見開いたリリィに、シンシアは手招きをして彼女達が乗って来た2台の車へと近付かせた。シンシア達が乗って来たのは普通の車とマイクロバス。その内普通の車の方には傷だらけのカタリナがシートベルトで座席に固定されており、その痛々しい姿にリリィも驚愕し扉に張り付いた。

 

「カタリナさんッ!? え、何これ? どう言う事?」

 

 何故カタリナがこんなに傷だらけになり、更には孤児院の子供達までもがここに居るのかが分からず取り乱すリリィに、シンシアは何があったのかを説明した。

 

 先の戦いでカタリナがヴァーニィとアルフを見逃した事でアスペン達の不興を買い、罰として上級騎士としての地位を剥奪された挙句投獄され拷問を受けた事…………

 

 ルクスを始めとして騎士団内部にはその事に反感を抱き、カタリナを救出する為反旗を翻した事…………

 

 カタリナだけを連れ出しても子供達が人質に取られてしまうので、危険を承知で子供達を連れ出した事…………

 

 頼れるのがここしかなかったからここに連れてきた事など…………

 

「……そのような理由で、誠に勝手ではありますが頼らせていただきました。御迷惑をどうかお許しください」

「迷惑だなんて……でも、そんな事をしてあなた達は大丈夫なんですか?」

 

 カタリナ程の人物であっても地位を剥奪し拷問するような連中だ。ハッキリ言ってしまえば地位が低い、下働きの女中程度ゴミの様に扱われてもおかしくない。こうしてカタリナを連れてくるのだって相当な危険を冒している筈だ。リリィがその事を心配すれば、シンシアは小さく笑いながら頷いた。

 

「えぇ、危険は承知の上です。ですがそれでも、私達はカタリナ様を助けたかったのです」

 

 揺るぎないシンシアの言葉に、2人の女中も続けて頷く。カタリナはそれほどまでに慕われていたと言う事であり、同時にリリィはそれに納得するととりあえず人を呼んで治療を必要とするカタリナを運ぶ為担架を持ってこさせた。

 

「隊長、すみません。直ぐに正面に救護班と一緒に来てください。要救助者が1名と、保護を求める人が多数の子供達と一緒に来ています」

 

 リリィの要望に敦は直ぐに救護班と共に来てくれた。どうやら敦にとっても今回の事は寝耳に水な出来事だったようで、相変わらずの強面だが困惑しているからかいかつさが普段より鳴りを潜めていた。

 

「これは、どう言う事だ?」

「どうやら修道騎士団の内部で分裂が起こったようです。彼女達が……って、あれ?」

 

 リリィが事情の説明と共に騎士団から逃れてきたシンシア達の事を話そうとそちらを見ると、シンシアは自分が乗って来た車に乗り込み引き返そうとしていた。一体何処に行くのかと窓に貼り付き問い掛ければ、何と彼女は教会に戻ると言い出したのでリリィは慌ててそれを引き留めた。

 

「ちょちょ、どこ行くんですか?」

「勿論、教会地下の騎士団の拠点に」

「ちょぉっ!? 待って待って、今戻ったらあなたどうなるか分からないわよッ!」

「詳しい事情はまだ良く分っていないが、謀反を起こしてみすみす戻れば君も拘束されるのではないのかね?」

「御心配には及びません。そちらの2人はともかく、私は騒動を隠れ蓑にしてこっそり動きました。ですので私が詰め寄られる事はないでしょう」

 

 それは希望的観測でしかなかった。確かにカタリナ逃亡と言う程の事態になれば、女中1人が抜けても気にされる事はないだろう。しかも当初肝心のカタリナはルクスが連れて逃げたと思われていたのだ。エリー達の目はそちらに向かっており、シンシアがどうしているかなどは全く気にされてはいない。よしんば戻ったエリーがシンシアの事を疑う事があっても、彼女自身は買い出しに出ていたと言う事で残った女中達と口裏を合わせる事になっていた。

 

「ですので、まぁ何とかなるでしょう。それに……」

「それに……何です?」

「私には残った女中達を纏める責務があります。彼女達を放って、自分1人が安全な場所に隠れるなど出来ません」

 

 薄い笑みを浮かべるシンシアの姿に、リリィはそれ以上何も言えなくなってしまった。確かにこの混乱で女中達の指揮を執る者が居なければ、エリーを始めとした過激派な連中にどういう扱いを受けるか分かったものではない。最悪疑わしきは罰せよとばかりに、少しでも怪しい者を片っ端から投獄しかねない。カタリナも居ない今、女中達を纏めつつ無用な衝突を避ける役割を持つ者は絶対に必要だ。

 

「……分かりました。カタリナさん達は、私達が責任をもって匿います」

「よろしくお願いいたします。では、これで」

 

 安堵したような笑みを浮かべながらシンシアは車を運転してその場を離れていく。去っていったシンシアの後ろ姿を見送っていると、背後から子供達が泣く声が聞こえてきた。振り返ると敦がマイクロバスの中を覗き見ようと顔を近付けている様子が見られる。どうやら彼の強面に子供達が怯えてしまったらしい。子供達に泣かれて敦もショックを受けたのか、何とも居た堪れない様子でマイクロバスから離れる。それと入れ替わる様に女中2人がバスの中へと入り、泣く子供達を宥めていた。

 

 その様子にリリィは溜め息をつくと、落ち込む敦の肩に手を置いた。

 

「隊長……」

「……何も言うな」

「はいはい。それよりこれからの事を考えましょう。子供達の部屋とか、色々用意しないといけないんですから」

 

 これから忙しくなると言うのに更に仕事が増えた事に、リリィは頭痛を覚え思わず頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ルクスにより連れ出され、シンシア達によりS.B.C.T.九州支部に運び込まれたカタリナはそこで治療を受けるとそのまま医務室のベッドの上で丸1日眠り続けていた。エリーの過酷な拷問を受けて消耗した体力、それもカタリナは普段から質素な食事のみで過ごしていた為余分なカロリーは無い筈だが、それでも1日眠っただけで目覚める事が出来たのは、彼女のタフネスがなせる業かそれとも拷問が本格化していなかったからか。

 

 ともあれ救出されたカタリナは、医務室の柔らかなベッドの上で目を覚ました。

 

「ふ、ぅ…………ここは……?」

 

 目覚めたばかりのぼんやりした頭で周囲を見渡す。見覚えのない部屋の様子は、エリーによりぶち込まれていた牢獄は勿論修道騎士団の拠点の部屋とも違う。鼻を衝く消毒薬などの臭いで、ここが医務室の類であると言う事は分かったがそもそも自分が何故ここに居るのかが最初彼女はピンとこなかった。

 

 訳が分からないながらも目覚めたのなら起きなければとカタリナが体を起き上がらせる。起きる為全身に力を入れると、その瞬間エリーにより好き放題に鞭で打たれた傷口が痛み筋肉が強張るが、彼女はそれを顔を顰めながらも堪えて起き上がりベッドから降りようとした。

 

 すると彼女が動く気配を察知してか、部屋の主である医者がベッドを覆っているカーテンを引きカタリナが起きているのを確認した。

 

「あっ、起きましたか!」

「は、はい……あの、ここは……?」

「まずは横になって。まだ起きるには早いですよ」

 

 医者はまずカタリナを再びベッドの中に戻し、落ち着かせると状況を説明し始めた。

 

「ここはS.B.C.T.の九州支部の医務室です。あなたは、ご自身の事は分かりますか?」

「はい……カタリナ・マーシー、です。どうして、私はここに……?」

「少し待っていてください。今リリィさんを呼びますので」

 

 カタリナの意識がハッキリしているのを確認した医者は、内線でリリィを医務室に呼び寄せた。それから程無くしてリリィは敦と共に医務室を訪れ、彼女はカタリナが目覚めた事に心の底から安堵した様子で息を吐いた。

 

「カタリナさんッ! 良かったぁ~……」

「リリィさん、あの……ルクスさんは?」

 

 リリィが来るまでの間にカタリナは記憶もハッキリしてきていた。牢獄で吊るされていた彼女をルクスが助け、運び出してくれた。運ばれている途中で意識が途切れた為、カタリナは記憶が混濁して先程まで何故自分がS.B.C.T.の医務室に居るのか分からなかったのだ。だが記憶を思い出した今、気になるのは自分を連れ出してくれたルクスの事だった。自分を助ける為とは言え騎士団に逆らったルクスが、今どうしているのかが気になって仕方がない。

 

 しかしリリィはルクスの現状を知らなかった。ここにカタリナを連れてきたのはシンシア達であり、ルクスはカタリナ達を逃がす為1人囮となってエリー達を引き寄せた。その結果ルクスはエリー達に捕捉された挙句、蜂の巣にされて川へと転落し流されていったのだが、彼女達がそれを知る由もないのは果たして幸か不幸か…………

 

「ゴメンなさい、それは私も分からないわ。あなたをここに連れてきたのはルクスさんじゃないの」

「え?」

「君は修道騎士団に勤めている女中により連れて来られたんだ。多くの子供達と共にな」

 

 それまで黙っていた敦がカタリナに簡単にここに来た時の状況を話した。その内容にカタリナは安心半分不安半分と言った様子で息を吐いた。

 

「そう、ですか……はぁ、良かった」

 

 カタリナが豊かな胸元に手を当ててホッと溜め息をつく。治療と療養をしやすくする為、元々着させられていた襤褸を脱がされ代わりに清潔な病院衣を身に纏っている彼女は、普段の修道女服以上に薄い生地で出来たそれで体の起伏が如実に分かる様になっていた。普段から自分よりも大きい胸の持ち主と思っていたリリィは、改めて見せつけられた乳房に密かに圧倒されながらも今後の事を確認した。

 

「それで、カタリナさんはどうするの?」

「どうする、とは……」

「騎士団と敵対するかどうかよ。もうあそこにあなたの居場所、無いんじゃない?」

 

 リリィの言葉にカタリナの目が見開かれる。分かってはいた事だが、改めて他人に指摘されると足場が崩れたような感覚に陥ってしまう。

 

 どんな理由であれ、カタリナは騎士団の一員としての責務を放棄してしまった。それは許されざる事だ。あの場所で京也とアルフを助けた事自体に後悔は無いが、結果として騎士団を追われる事になってしまった。それに関して何も思わずにいられるほど、彼女は能天気ではない。

 

「私は…………」

 

 迷うカタリナに、敦は敢えて彼女の心を抉る様な事を告げた。即ち、これからS.B.C.T.は修道騎士団に対し攻勢を仕掛けると言う事である。

 

「我々は現在、季桔市内の教会地下に設けられた騎士団の拠点への攻撃を計画している」

「!?」

「信頼できる情報筋から、騎士団の拠点に関する情報は確保している。準備が整い次第攻撃を仕掛けに向かう予定だ。その時、君はどうする?」

 

 敵対するか、それとも今の騎士団のやり方を間違いであると共に攻めるか…………それとも全てとの関りを断ち、貝のように目と耳を塞ぎこれから起こることに不干渉を貫くか。

 

 確かに、今の騎士団……と言うかアスペンとエリーのやり方に対してカタリナは反感に近い思いを抱いていた。例え異教徒、化け物と呼ばれる者達であっても話が出来る者は居るし、争わずに済ませる事も出来る。無論全てがそうと言う訳ではない事は分かっている。特にノスフェクトの中で戦わずに済ませられる者は希少だろう。アルフの様な場合の方が少数派で、大多数は倒すべき敵なのだ。

 しかしだからと言って、思考停止して全てを一括りにする事には賛同できなかった。無駄と分かっていても、可能な限り戦いを避けられるなら避けたいと言う思いは常にあったのだ。

 

 それに何よりアスペンやエリーは、無関係な人々への被害を無視する傾向にある。弱き者、助けるべき者を見過ごせないカタリナにとってそれは相容れない考えであった。

 

 今の騎士団を牛耳っているアスペンのやり方にはついていけない。だがそれと騎士団と敵対する事は、必ずしも繋がりはしない。騎士団の事を考えるのであれば、敦たちの行動は止めなければならない。しかし助けられた音を仇で返すのも…………

 

 悩むカタリナの前に、リリィがポンと放る様に彼女の装備を置いた。クロスショットとロザリオが目の前に置かれ、カタリナは目を瞬かせる。

 

「えっ……」

「ルクスさんが回収してたんだって。これはあなたに渡しておくわ。もしかするとあなたを取り戻そうと、残った騎士団の連中が来るかもしれないし」

「医者としてはあまり無茶をして欲しくはありませんけどね」

 

 暗に非常時には戦う事を進めるリリィに、離れた席から医者の声が飛んできた。一応治療を施し、大事には至らないと分かってはいるが今のカタリナを戦わせる事には医者として頷く事は出来なかったのだ。リリィだって今のカタリナが戦う事は負担が大きい事くらいは分かっている。だがそれで抵抗する術を失い結果最悪の結末を迎えてしまっては意味がない。

 

 純粋な親切心で戦う力を返されたカタリナは、渡されたクロスショットをゆっくりと持ち上げた。

 

(重い…………)

 

 手にズシリと響く重さは普段と何ら変わることは無い筈なのに、この時は持つ事も難しいと思う程重く感じられた。それは物理的な重さなのか、それとも責任の重さなのか今のカタリナには判断がつかなかった。

 

 騎士団の一員としての立場を考えるのであれば、今すぐこの銃口を敦に向けて引き金を引くべきなのだろう。だが今のカタリナにそれをしようと言う気は起きなかった。

 

「私は……どうすれば……」

「それを決めるのは君自身だ。我々が何か言う事は出来ない」

「カタリナさんの事は拘束しないわ。ただ、一応規則で監視だけはつけるから。……ゴメンなさい」

「いえ……」

 

 本来であれば独房に入れられるのが普通なのだ。それがこうして清潔なベッドのある部屋に、しかも装備まで返された状態で拘束もされないなど破格にも程がある待遇である。それに不満など言える訳もなく、カタリナは寧ろリリィ達に感謝していた。

 

「ここまでしてくださり、ありがとうございます」

「……もし何かあれば、遠慮なく呼んでくれ。と言っても、これから作戦だから、直ぐに対応する事は出来ないだろうがな」

「今は兎に角ゆっくり休んで」

 

 そう言うと2人は医務室を後にした。残されたカタリナは、医者が書類を処理する音を耳にしながら、ベッドに横になると1人静かに白い天井を見上げていた。

 

(ルクスさん……私は…………)

 

 この場に居ないルクスの無事を願い、同時に今後の選択をどうするか悩みながらカタリナは瞼が重くなるのを感じた。まだ完全に回復しきっていないのだから仕方ない。

 

 カタリナはそのまま再び眠りに落ち、穏やかな寝息と共に束の間悩みを忘れるのであった。




という訳で第56話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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