修道騎士団から連れ出される形で逃亡したカタリナと、彼女を慕う女中に孤児院の子供達を受け入れてからS.B.C.T.九州支部は厳戒態勢となっていた。カタリナは曲がりなりにも修道騎士団の上級騎士と言う高位の立場に居た女性。その女性が敵対組織に、寝返った訳ではなくとも身を置いていると言う状況は放置する訳にはいかない。仮にS.B.C.T.が逆の立場だったとしたら、こちらの情報が洩れる前に是が非でも奪還する。修道騎士団が同じ事を考えないと言う保証は無かった。
支部の施設周辺を各チームの隊員がロッテを組んで数組、ローテーションを組んで巡回している。これまでの戦いでδチーム以外が少なくない損害を出している為、巡回は主にその二つのチームが担当していた。特に特記戦力であるδ5ことレックスのグラスは敵の特記戦力であるアッシュなどと互角に渡り合えるS.B.C.T.の切り札だ。その戦力は可能な限り温存しなければならない。
支部の周囲を仲間のライトスコープ達が巡回する様子を、期待の星であるレックスが何とも言えぬ顔で眺めていた。そんな彼の姿に、京也は心配そうな声を上げる。
「あの、どうしたんですか?」
「ん? あぁ、いや。気にするな、大した事じゃない」
「そう、ですか……」
そっけなく答え、京也が大人しく引き下がった様子にレックスは少し対応が素っ気無さすぎたかと申し訳ない気持ちになった。
「悪い、別に気分を悪くしてた訳じゃないんだ。ただこういう時、待つしか出来ないってのは何時まで経ってもこう、来るもんがあるよなって思って」
思い出すのはまだ傘木社が健在だったころの事。あの頃、彼はリリィと共にただひたすら耐えるしか出来なかった。日々の人権を無視した実験、やりたくもない戦いを強要され、生き残る為にその手を汚す事もあった。いっその事悪の道に堕ちてしまえれば楽だったのかもしれないが、リリィの手前そんな無様を晒す訳にはいかないと彼は己を律し続けた。皮肉な事にそんな彼を想って、リリィもまた挫けそうになる心を擦り減らしながら人としての一線を越える事だけは踏み止まっていたのだ。2人は互いの存在が人としての道を完全に踏み外さないブレーキ役となっていたのである。
辛く苦しい日々を送りながら、2人は心の何処かで希望を持ち待ち続けた。何時かきっと、この地獄から自分達を救ってくれる誰かが来てくれると信じて。
その信じる気持ちも僅かに薄れつつあったある日、2人は希美と言う希望に出会ったのだ。
(思えば、戦いに出る希美を待つのが嫌だったってのも、俺が仮面ライダー目指す切っ掛けになったんだっけ?)
若かりし頃の自分、まだ京也と同じかそれより幼かった頃の事を思い出してレックスは思わず笑みを浮かべた。コロコロと表情が変わる彼の姿に、京也が不思議そうな顔で彼の顔を見つめていた。その視線に気付き、レックスは軽く自分の頬を叩くと窓から離れた。
「悪い悪い、待たせたな。さて、今日もやるか?」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
待機を言い渡されたレックスだったが、だからと言って何もしない訳にはいかない。何時戦いが起こっても良いように鍛錬は欠かす訳にはいかなかった。その相手として、彼は京也を付き合わせていた。京也は京也で、レックスと言う戦闘のプロに相手をしてもらう事で戦いのセンスを磨く事が出来る。最初こそ我流の喧嘩殺法に毛が生えた程度の戦いしか出来ていなかった彼も、これまでに培った経験もあってか直ぐに戦いのセンスを磨き時にレックスを唸らせるような動きも見せるようになっていた。
トレーニングウェアに着替え、トレーニング用のグローブとヘッドギアを身に着けた2人が対峙する。その様子をアルフが何処か眠そうな目でベンチに座りながら眺めていた。
「ふぁ……あふぅ」
ノスフェクトはどちらかと言うと夜行性の傾向が強いと言う。別に物語の吸血鬼のように太陽光で肌が焼かれると言う事は無いようだが、それでも太陽が天高く上る日中はあまり活動が活発にはならないのかああして気怠そうな姿が目立った。
京也とスパーリングをしていたレックスは、そんな彼女の姿にちょっと心配そうな目を向けた。
「今日は随分と眠そうだな」
「え?」
「彼女だよ。最近あんまり眠れてないのか?」
リリィの話では、アルフの様子にあまり大きな変化はないと言う。食事は普通に摂っているし、定期的な血液も用意した輸血パックで済ませている。ヒアリングで何か不足は無いかと訊ねても彼女自身は特に不満を漏らさない為、リリィもあまり心配してはいないようだが今のアルフの様子を見る限り言う程問題ないと言う事は無いように思えた。
「もし何かあるなら遠慮なく言えよ?」
「いえ……大丈夫です。アルフは僕が守るので」
レックスの提案に対し、京也はそう言って強くパンチを放ってきた。まるでこちらを拒絶するような一撃に、レックスはパンチを受け止めて痺れる腕を見ながら少し考える。それは単純に意地になっているだけの様にも見えたが、それとは別の何か危ういものを感じてしまった。だがそれを態々指摘する程、彼も無神経ではない。相手は仮面ライダーである前に、多感な時期の1人の少年なのだ。そんな少年が、大切に思う少女の為に必死になって頑張ろうとしている。その意欲が溢れ出てしまっただけという可能性も高かった。
「……なら、もっと頑張らねえとな」
「はいっ!」
そのまま鍛錬を続けようとしたレックスと京也の2人だったが、その時突如アルフの腰掛けたベンチに置かれたレックスの荷物からスマホの着信音が鳴り響く。直ぐ傍で大きめのアラームのような音が響き、半分眠りかけていたアルフは大音量にビクリと体を跳ねさせ閉じかけていた瞼が開かれた。
「おっと、呼び出しか」
レックスは鍛錬を中断すると、ベンチに引っ掛けておいたタオルで汗を拭いながらスマホを取り出し通話ボタンを押した。スマホからはリリィの声が響き、内容は修道騎士団の動きを察知したというものであった。
『レックス、出動よ。修道騎士団が動き出した。連中案の定、一足先にこっちに仕掛けてくるつもりみたい』
「連中の出現地点は、やっぱり例の教会か?」
『みたいね。監視カメラの映像からも間違いないわ』
千里の調査、それと逃亡してきた騎士団の女中からの証言で、修道騎士団の拠点が教会の地下にあると言う事は確認が取れた。なのでS.B.C.T.は、一早く騎士団の動きを察知できるよう周辺の監視カメラにアクセスし何時連中が動き出してもすぐに分るよう備えていた。それが功を奏し、今回こうして先んじて敵の動きを察知出来たのである。
「確認された敵の戦力は?」
『カメラで確認出来た限りだと、連中の特記戦力である仮面ライダー2人。それと敵の量産型ライダーがウチのチーム一つ分』
「そこそこの戦力だな。だが多いとも言い切れない。連中も戦力の補充が間に合ってねえのか?」
『と言うより、この混乱で動かせる戦力が限られてるんじゃない?』
なるほどその可能性は高そうだ。聞けばカタリナは騎士団内部で決して小さくはない影響力を持っていた。そのカタリナを処罰する事に対して、騎士団内部でも意見が割れているのだろう。その結果アッシュとシャドゥでも自由に動かせる戦力が直属の配下くらいしか居なくなってしまったのだ。
「それで、どうする? こっちも部隊引き連れて迎え撃つか?」
『そうしたいところだけど、こっちはこっちで修道騎士団への攻撃計画で戦力を可能な限り温存しないといけないわ。特にウチのチームは全員が健在って事で、攻撃の主力だもの。他所のチームを動かすにしても、寄せ集めじゃ逆に戦力を消耗しそうだし……』
察知出来たはいいが、肝心の迎え撃つ為の戦力にも不安があった。これまでの戦いで消耗したγ、ε両チームの補充にはまだ時間が掛かる。もう間もなく補充の隊員が来ると言う話だが、その前に残りの戦力が消滅してしまっては本末転倒だ。
と、なると…………
『そう言う訳だから悪いんだけど、今回はレックスと京也君、それとアルフちゃんの3人で頑張ってもらえる? サポートはするから』
「ま、そうなるな。仕方ねえ、まぁ敵のライダー2人を俺とキョウヤで抑えれば、残りの雑魚共はアルフの嬢ちゃんだけで蹴散らせる、か?」
アルフの話だと最近は大分力も戻って来たらしい。今ウトウトとしている彼女の様子からはとてもそうは見えないが、まぁいざ戦闘になれば危機感から目も覚めるだろう。
そんな事を考えていると、トレーニングルームの扉が開かれた。レックスが何気なくそちらを見ると、そこにはまだ顔や腕に絆創膏や包帯を巻いたカタリナの姿があった。まだ本調子とは言い難いのか壁に手をつき肩で息をしている。
まだ安静にしているべき彼女がこんな所に居る事にレックスと京也の2人は思わず目を瞬かせた。
「ちょ、はっ!? カタリナ、アンタ何してんだこんな所でッ!」
『はぁっ!? カタリナさん!? ちょっとレックス、どう言う事よッ!』
「どう言う事って、それを聞きたいのはこっちだッ!」
困惑してスマホ越しに騒ぐレックスとリリィ。その喧騒に目を開けたアルフも、カタリナの姿には目も覚めるのかギョッと目を見開くと素早く京也の傍へと向かう。彼女はまだカタリナの事を警戒しているのだろう。だが京也はそんな彼女を宥めながら押し退けると、無理をしてここに来た様子のカタリナに話し掛けた。
「カタリナさん、どうしてここに? 医者の先生はまだ安静にしてなきゃダメって言ってたって聞きましたけど……」
「お医者様の目は隙を見て逃れてきました。無理を承知でお願いします、私も一緒に連れて行ってくださいッ!」
さらっと医者から逃げてきた事を告げるカタリナの思い切りの良さに思わず開いた口が塞がらなくなるレックス。彼女は所謂優等生タイプとまではいかないまでも、決まりや医者からの指示などは守るタイプだと思っていたのだ。
「おいおい、馬鹿言うんじゃないよ。幾ら何でもそんな事出来る訳ないだろ?」
「だとしてもです。私は最早除籍されたにも等しい身ですが、自分が所属していた組織が起こす問題を見過ごす事は出来ません。どうか……どうか!」
「ん~……」
そんな事言われたって連れて行ける訳がないではないか。レックスは思わず呻いた。保護と言う形ではあるが、意味合い的には半分ほど捕虜に近い。元とは言え彼女は敵対状態の修道騎士団の上位に位置する存在だったのだ。その彼女がS.B.C.T.に居ると言う事実は、今まで以上に騎士団の情報が手近にあると言う事であり、それを手放す様な事になる事態は避けるべきなのである。まかり間違ってカタリナが再び騎士団に連れ戻されたり、その場で殺される様な事になればそれこそ組織として大きな損失となる。それを所詮は一隊員でしかないレックスに決める事は出来なかった。
「……ならせめて、隊長と話をつけて来い。ま、無駄だとは思うけどな」
敦は強面に違わず厳格な人物である。カタリナが負傷していると言う事を踏まえても、許可が出される事は無いどころか即行で医務室に放り込まれるに決まっていた。
ところが数分後、事態は思わぬ展開を迎える。何とカタリナは敦の許可をもぎ取って、京也達と共に向かってくる騎士団の迎撃に出ると言うのである。
これには当然レックスも目玉が飛び出るほど驚いたし、それを聞いた彼は即行で敦に確認を取った。
「ちょ、隊長ッ! マジで彼女付いて来させるんですか? 最悪連れ戻されたりするかもしれないんですよ?」
『分かっている。だが現状、動かせる戦力が少ない事は事実。彼女は誠実な人間だと言う事は分かっているから、間違ってもこちらを後ろから撃ってくるような事はしないだろう』
「だからって……!」
『それに、敵側にはまだライダーが1人残っている。それが出てきたりしたら、今度はお前達の方が窮地に陥る。それだけは避けねばならない』
絶対安静を言い渡されたカタリナだが、それでもこれまでの戦いで彼女の強さは理解していた。今の彼女であれば、全力が出せないまでもアルフとの共闘で雑魚散らしと強敵に食い下がるくらいの事は出来るだろう。その間にレックスと京也が敵のライダーを退ける事が出来れば、被害を限りなく少なくした状態で終わらせる事が出来る。
それに、多少の打算も含まれていた。カタリナの影響力は敦が思っていた以上のもの。その影響力を持って、襲撃を仕掛けてくる一団の戦意を削ぐ事が出来ればと考えていたのだ。
『とにかく、今は時間がない。こうしている間にも敵はこちらに向かってきている。レックス、言いたい事は分かるがここはそれを抑えて出動してくれ』
有無を言わさぬ敦からの指示に、この時ばかりはレックスも心に空虚を感じずにはいられなかった。敦の事は尊敬しているし信頼しているが、彼は部隊を率いる隊長と言う立場であり自分は命令を受けて動く隊員でしかない。その立場の違いからくるものの見方の違いを改めて目の当たりにし、隊長職との認識と意識の隔たりにレックスは自分が所属しているのが組織なのだと言う事を実感させられた。
「……了解」
『すまんな。免罪符を言う訳ではないが、彼女の事も面倒を見てやってくれ』
「分かってますよ。そのつもりです」
とは言え、完全に非情になった訳ではないと言う事は理解している。申し訳なさそうにレックスに託してくるのは、それだけ彼の事を敦が信頼しているからだしカタリナ達の事も心配しているからだ。それが分かっただけでもレックスの心は幾分か軽くなったし、これだけで心を許してしまえる自分のチョロさに我ながら心配になりながらも彼は気持ちを切り替え出動した。
「変身ッ!」
〈In focus〉
レックスはグラスに変身すると専用バイクのエアホースを召喚しそれに跨り、後ろにカタリナをタンデムさせた。一方の京也は、先日ジェーンが届けてくれた愛車にアルフ共々跨る。
「カタリナ、あんたは俺の後ろに乗ってくれ」
「はい。失礼します」
「そう言えばアンタ、装備は?」
「大丈夫です。ここに……」
グラスの問いにカタリナは自分用のクロスショットとロザリオを見せる。彼女を連れ出す際、ルクスが一緒に持ち出しシンシアに託して彼女と共にここに運ばれた物だ。危険を冒してまで自分を助け出し、更にその後困る事が無いようにと装備も用意しておいてくれたルクスにカタリナは感謝すると同時に今彼女がどうしているかが心配になり、胸が締め付けられるような気持ちになった。
(ルクスさん……どうか、ご無事で……)
友の無事を祈りながら、カタリナはグラスの腰に両腕を回ししっかりと掴まった状態でエアホースに揺られた。空を飛ぶエアホースの乗り心地に少し圧倒されながらも、彼の肩越しに前方に騎士団の姿を確認すると思わず声を上げた。
「! 居たッ!」
「しっかり掴まってろッ!」
カタリナが声を上げると同時に、グラスはエアホースを降下させるべくハンドルを握り締める。
出し抜けに重力が失われ、胃の中がひっくり返るような感覚に襲われながらもカタリナは悲鳴の一つも上げる事無くグラスと共にS.B.C.T.九州支部を目指し街中を進軍する修道騎士団の前に躍り出た。
「おら、よぉぉぉぉっ!」
「ん? !? う、うわぁぁぁぁっ!?」
グラスがハンドルを切りながら降下すれば、エアホースは横にスライドするような動きで修道騎士団の先鋒集団を撥ね飛ばしながら着陸する。着陸と同時にグラスとカタリナが地面に降りれば、彼女の姿に騎士団側から少なくない動揺が拡がった。
「カ、カタリナ様……!?」
「くっ……!?」
エリーの拷問で大分消耗していた筈のカタリナが出てくるとは思っていなかったのだろう。ここでカタリナが対峙してくる事は彼らにとっても想定外の展開だったらしい。それを見てか、カタリナはまだ交渉の余地があると見て彼らの事を説得して引き下がらせようとした。
「騎士団の皆さん、ここは退いては貰えませんか? 彼らは……S.B.C.T.は決して敵となる方達ではありません。私達が戦うべき相手は――」
飽く迄も戦わずに戦闘を回避しようとするカタリナであったが、彼女の言葉を遮るように一発の銃声が響き渡る。それがシャドゥの発砲したクロスショットであり、それがカタリナの胸元を狙って放たれたと直感で感じたグラスは咄嗟に彼女を押し倒して銃弾から守った。結果放たれた銃弾はグラスの装甲に弾かれ火花を上げるだけに留まる。
「危ないッ! ぐっ!?」
「あぅっ!? あっ! だ、大丈夫ですか!?」
「ッ……つぅ……。あぁ、何て事ねえ。だが……」
自分を心配してくるカタリナを後ろに押し込む様に立ちはだかりながら、グラスはバスターショットの銃口をシャドゥの方へと向け牽制しつつ問い掛ける。
「お前、コイツは仲間なんじゃねえのか? 良く迷いなく殺しに掛かれたな?」
「フン……邪魔をした上に逃げ出す様な奴に最早価値は無い。邪魔な奴は排除する、何が可笑しい?」
シャドゥの対応には全く熱が感じられなかった。感情も無く、ただ目的の為の障害を排除しながら前に進み続けるサイボーグの様な印象に、グラスはこれ以上の会話は無意味と戦闘の構えを見せた。
その直後、遅れて京也がアルフと共にバイクで現場に到着した。彼も先程の銃声は聞こえていたのか、地面に座り込んでいるカタリナと彼女を守る様に立ちはだかるグラスの姿に急いでそこへと駆け寄りカタリナが立つ手助けをした。
「カタリナさんッ! 大丈夫ですか?」
「え、えぇ……私は……。アスペン神父、あなたは……」
自分を躊躇なく殺そうとしたシャドゥの行動に、カタリナはもう教会に自分の居場所は無いのだと察し一瞬目の前が真っ暗になりそうになった。だがその瞬間、彼女の意識を現実に引き戻したのはエリーが変身するアッシュの声であった。目当てのカタリナを見つけられた事と京也、アルフが来てくれた事に何処か歓喜した様子で口を開いた。
「嗚呼ッ! 嗚呼ッ! 見つけましたよカタリナさんッ! あの売女に連れて行かれてから、どうしているかと心配していましたが元気そうで何よりですッ! それに化け物まで一緒に居てくれるとは行幸ッ! さぁ、帰りましょうカタリナさん。アスペン神父は厳しい方ですが私が説得します。ですから……」
どうせ帰ったら帰ったで、またカタリナを拷問して弄ぶつもりだろうに何をいけしゃあしゃあと宣うのかとグラスが仮面の下で顔を顰める。独り善がりにも程がある物言いに、聞くに堪えないとグラスが発砲しようと引き金に掛けた指に力を込めようとした。
だが次にアッシュの口から出た言葉に、動揺したカタリナが前に飛び出した事でそれも中断される。
「幸いな事にもうあの女が邪魔をしてくる事は絶対にあり得ません。今度こそ、私が心行くまでカタリナさんの事を――」
「ッ!? 待って! ルクスさんに……ルクスさんはどうしたんですかッ! 彼女は、一体…………」
ルクスの無事を願ったカタリナの縋る様な声に、アッシュは仮面の下でニヤリと笑うと懐からある者を取り出しカタリナの足元目掛けて放った。カツンと音を立てて地面に落ちたそれは、汚れて所々凹んだりしてはいるが見覚えのあるスキットル。ルクスが愛用していたそれをアッシュが放ってきた事実にカタリナは胃が縮んでひっくり返りそうになる感覚と同時に体の芯が冷える様な感覚を感じて思わず小さな悲鳴を上げた。
「あ、あぁ……!? こ、れは…………あぁ、ぁぁぁぁ…………!?」
震える手でスキットルを拾い上げたカタリナの目からは涙が零れ落ちる。ルクスがこれを手放す事は無かったのだ。それをアッシュが持っていると言う事は、つまりはそう言う事であり…………
絶望に声を震わせながら心の何処かで予想が外れてくれと願うカタリナに、アッシュは追い打ちをかけるようにルクスの最期の瞬間を告げた。
「全く、無様な最期でしたよ。カタリナさんの偽物を用意して私達を騙した挙句、追い詰められて蜂の巣にされて川に落ちたんですからね」
鞭で徹底的に痛めつけた上で、一斉射撃で防ぐ間も無くズタボロにしてやった。川に落ちて流されていく彼女の周囲は彼女自身の血で赤く染まっていた為、どう足掻いても死んだだろう。溺死か、若しくは出血死かは分からないが。
「酷い……!」
「クソアマが……!」
得意げに告げるアッシュの言葉に京也とグラスは嫌悪感を露わにした。が、肝心のカタリナが反応を示さなかった。彼女はただ、手の中にあるスキットルを涙ながらに見つめているだけだった。
カタリナにとってルクスは掛け替えのない友である。その友が、自分を助け出す為に犠牲となった。それは重荷となって彼女の肩に圧し掛かり、ともすればそのまま潰れてしまいそうになる。自分を厳しく律するカタリナにとって、自由に生きるルクスの姿は眩しく映り、そんな彼女にカタリナは精神的にかなり助けられていた。ルクスが居てくれるから、カタリナは自分を見失う事なく迷いはしても前に進む事が出来ていたのだ。
まるで自身にとっての半身の様な存在であった彼女が失われたという事実に、カタリナは深い悲しみに沈みこのまま目と耳を塞いでしまいたくなった。
だが彼女はそれを耐えた。全てを投げ出し自暴自棄になってしまいたくなっても、それは自分の為に全てをなげうってくれたルクスやルクスに協力してくれた全ての者達への侮辱であると思い留まったのである。それはある意味で、ルクスが最後に残してくれた強さだったのかもしれない。
自分に強さをくれた彼女に、どうすれば報いる事が出来るか? そう考えた時、カタリナは自然と両手でスキットルを包み、そのまま跪いて涙を流しながら祈りをささげた。
「主よ……どうか、どうか……! ルクスさんに……彼女に、安らぎと救済をお与えください……! 優しく、清らかな彼女に、慈悲をお与えください……お願いします…………!」
悲しみに暮れながらも尚美しい彼女の姿に、アッシュは身を震わせた。こんな状況、どんな相手に対してでも慈愛の心で接し、祈りを捧げる彼女の美しさと気高さはあんな拷問程度では微塵も翳りはしない。それを目の当たりにして、アッシュは嬉しくて仕方なかった。
だがシャドゥからすれば今のカタリナの在り方は煩わしい事この上なかった。祈るだけなら誰でも出来るし何時でも出来る。そして祈り程度でどうにかなるなど、あり得ない。少なくともシャドゥ……アスペンはそう考えていた。彼にとって信仰は所詮幻想であり、弱者が最後に縋る逃げ場でしかなかったのだ。
「くだらん……残念だよ、カタリナ」
言うが早いか、シャドゥは素早くクロスショットを抜くとカタリナ目掛けて発砲した。彼がカタリナを撃ったことにアッシュは一瞬動揺する。彼女はカタリナを連れて帰り、拷問の続きをしたかったのだ。
だがその焦燥も次の瞬間には吹き飛んだ。シャドゥが発砲した直後、立て続けに響く発砲音はその場にいる者全ての耳に届いた。そして次の瞬間、アッシュとシャドゥは鎧の上で銃弾が弾けるのを感じ覆わずその場でよろめいた。
「うぁっ!?」
「なっ!?」
何事かとアッシュが咄嗟にカタリナの方を見れば、何時の間にか彼女はクロスショットを構えていた。クロスショットの銃口からは硝煙が上がり、間違いなく今の発砲はカタリナによるものである事を物語っている。
誰もが見つめる中、カタリナは涙を流しながらも力強い目でアッシュとシャドゥを睨みつけながら静かに口を開いた。
「そして……あなたの教えに反し、感情のまま引き金に指を掛け剣を手に取る私をどうか、お許しください」
手の中にあるスキットルを、カタリナは宝物を扱う様に優しく懐へと忍ばせるとクロスショットをベルトに装着しロザリオから十字架を外してクロスショットの装填口に差し込んだ。
〈in Jesus' Name we pray.〉
「変身ッ!」
〈Amen〉
シルヴァに変身したカタリナは、アッシュとシャドゥ達を前に両手を胸元で組み、これから行う暴力への謝罪と祈りを捧げる。
「主よ……申し訳ありません。これから暴力振るう罪深い私を、どうか許さないで。そして、ルクスさんと、私がこれから手を掛ける者達の魂に、救済を……!」
言うが早いか、シルヴァは一気にアッシュ達へと突撃していく。対してアッシュは鞭を構えて迎え撃ち、シルヴァは銀の剣を構えてアッシュと正面からぶつかり合った。
「くぅっ!」
「うぐ、くぅぅ……!」
嘗ては仲間同士であったシルヴァとアッシュ。互いの武器を間に挟んで鬩ぎ合う両者の仮面の下では、それぞれ対照的な表情が浮かんでいた。
シルヴァは仮面の下で険しい顔をし、アッシュは対照的に満面の笑みが浮かんでいる。だが仮面を被っている2人の表情に気付ける者は誰も居らず、火花は2人の仮面だけを照らすのであった。
という訳で第57話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。