カタリナの奪還ないし始末に失敗したアスペン達は、教会地下の拠点に帰還するなりS.B.C.T.からの襲撃に警戒すべく体勢を整えていた。彼らだって馬鹿ではない。身内があちら側に寝返った以上、もうこの場所が隠し通せるようなものではなくなっている事くらい容易に想像できる。
慌ただしくなる教会地下拠点。その賑やかになった拠点の中に、招かれざる客が紛れ込んでいる事に気付いている者は誰も居なかった。
「グヒヒ……!」
「ひ、ぎ……!? あがぁ…………」
拠点内部の人気のない区画の奥。そこにはゴタゴタに紛れて侵入したガルマンが潜んでいた。彼は監視カメラの死角をついて通風孔などを利用し、女性騎士や女中を密かに連れ去ってはこの部屋で散々に嬲り犯し、最後には血を死ぬまで吸って楽しんでいた。
「か……あ、かは……あ゛ぁ゛……」
周囲に衣服を破かれ全裸に近い状態の女性の死体に囲まれながら、今正に嬲られた末に血を吸われて新たな犠牲者が息絶えた。冷たくなって声も上げなくなった犠牲者を、ガルマンは口元の血を拭いながらゴミを扱う様に放り捨てる。
「ふぅ……久々にたっぷり愉しめたぜ。さて、そろそろ頃合いか」
このゴタゴタを利用して騎士団の女性を攫い嬲り犯して殺してきたが、流石にそろそろ騎士団側も異変に気付くだろう。幾ら慌ただしくても、不自然に姿が見えない者が増えれば違和感を感じない訳がない。今頃は迎撃準備の傍らで、姿の見えなくなった女性騎士や女中の捜索が行われているに違いない。
ガルマンは周囲に転がる女性の死体を見て、厭らしい笑みを浮かべた。ここ数日は実に愉しめた。特に女性騎士は嬲られながらも抵抗する意志を見せる者も多く、そう言った者達を無理矢理組み伏せて犯す事に彼は至上の幸福を感じていた。女中の様な何の力もない女性が泣き叫ぶ様を見ながら犯すのも良いが、半端に力と強い精神を持つ女性を組み伏せて反抗的な目を向けられながら犯すのも最高だ。出来る事ならばもう暫く愉しみたいところではあったが、そろそろ気付かれるだろうし仕事に取り掛からなければカミラ辺りに文句を言われる。
(チッ、あの女……ヴラドのお気に入りでなけりゃさっさとぶち込んでやるってのによ……)
ああいうお高く留まった女を組み伏せ、どちらが上であるかを思い知らせながら犯してやるのが最高だと考えながら、ガルマンは持参したクロスブラッドを複数取り出しそれを女性の死体に次々と刺していった。歪な十字架が刺さった女性達の体は震えながら赤黒い血で覆われ、次の瞬間には複数のノスフェクトが部屋の中に蔓延っていた。
「シャァァァァ……」
「グルル……」
犠牲者達が変異させられたのは何れも鼠の特性を持つラットノスフェクトであった。個々の力は決して強いと言う程ではないが、素早く動き回る上に通気口などを自在に移動できる。この地下と言う上以外に逃げ場がない空間で、普通の人間が満足に動けない通気口を動き回れるラットノスフェクトはこれ以上ない脅威となるだろう。
ガルマンは今にも飛び出したくて仕方がないと言いたげに涎を垂らしながら唸るラットノスフェクト達を見て満足そうに頷くと、頭上の通気口を粉砕しそこを指差した。
「行け。ここに居る連中を皆殺しにしろ」
上位存在であるガルマンの命令を受けて、ラットノスフェクト達は弾かれるように動き出し我先にと通気口へと侵入し施設内のあちこちに散らばっていく。それをガルマンが見送った直後、部屋の外に数人の人の気配を感じた。
『おい、こっちって……』
『あぁ。この辺はあまり使ってない区画の筈だ』
『誰? 誰か居るの?』
恐らくは何人か騎士や女中が消えた事に気付き、捜索に動いていた騎士達だろう。その中に女性の声が混じっている事に、ガルマンは醜悪な笑みを浮かべるとマンティススパイダーノスフェクトの姿となった。
彼がノスフェクトの姿に変異すると同時に、ドアノブが回り騎士の1人が警戒しながら部屋に入って来た。ドアを開け、室内から漂ってきた血の臭いに騎士の胃が縮むのと、マンティススパイダーノスフェクトが飛び掛かるのはほぼ同時であった。
「ガァァァッ!」
「うっ!? え? う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
反応が遅れた騎士は部屋から飛び出したマンティススパイダーノスフェクトに押し倒される。自分が押し倒したのが男であると知ったマンティススパイダーノスフェクトは、男には興味ないと言わんばかりに即座に首筋に食らいつき喉元を食い千切りながら血を吸いさっさと始末した。
「ノ、ノスフェクトッ!?」
「あぁっ!?」
仲間の騎士が目の前で殺された光景と、拠点の中にノスフェクトが侵入していた事に共に行動していた騎士2人は咄嗟の判断に遅れた。その間に騎士の1人を殺したマンティススパイダーノスフェクトは、女性騎士を手から放った糸で壁に磔にし、もう1人を腕の鎌で首を切断して即死させた。
瞬く間に仲間が2人殺された事に、磔にされた女性騎士は次は自分の番かと恐怖に震えた。
「あ、あぁ……!? 助け、助けて……!?」
顔を青褪めさせ震えながら助けを求める女性の修道騎士。マンティススパイダーノスフェクトはその騎士を見ると、人間の姿に戻り磔にした女性を壁から引き剥がすと先程の部屋の中に引き摺り込んで衣服を引き裂いた。そのまま露わになった素肌に舌を這わせるガルマンの嗜虐的な視線から、これから自分が女として嬲られる事を察して悲鳴を上げる。
「ヒッ!? い、イヤァァァァァァッ!? 誰かッ!? 誰かぁぁぁぁぁッ!?」
人の少ない区画とは言え、声を上げれば誰かが来てくれると信じて女性騎士は必死に声を上げる。ガルマンはそんな女性を嘲笑った。
「無駄だぜ、幾ら叫んでも誰も来ねえよ。てか、来る余裕なんてねえだろ」
「え……?」
「耳を澄ませてみな」
ガルマンに言われるまま息を潜め周囲の音に意識を集中させる。ある程度防音も考えられた作りではあるが、それでも耳を澄ませば近場の音であれば聞こえてくる。
微かに聞こえてきたのは、阿鼻叫喚の悲鳴であった。
『うわぁぁぁぁぁぁっ!? あっちへ行けぇぇぇッ!? た、助けてくれッ! あ、あぁ、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
『て、敵だッ!? 化け物だぁぁぁッ!?』
『お、落ち着けッ! 冷静に対処を、ぎゃっ!?』
『いやぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
『助けてッ!? 誰か助けてぇッ!?』
まさか騎士団の拠点内部にノスフェクトが出るなんて思っても見なかっただろう騎士達は、突然の襲撃に反撃する間もなく次々と襲われていた。そして襲われ殺された騎士は、ゾンビとなり動き出し次の犠牲者を生み出す。安全だと思っていた地下の拠点が、逃げ場のない地獄へと変わった事を認識させられ、女性騎士は絶望に顔を青褪めさせ言葉を失った。
「あ、あぁ……あぁぁ…………!?」
「へへっ、分かったみたいだな? それじゃあ精々楽しませてもらうぞッ!」
「ひっ!? い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
***
そして現在、S.B.C.T.は地下が阿鼻叫喚の地獄となっている事を知り、どうするべきかと議論する。
「δリーダー、どうする? 降りるか?」
「いや待て、今下手に降りれば三つ巴の戦いになって余計に混乱するぞ」
εチームとγチームの隊長が敦にどうするか問い掛ける。この状況は流石に予想外だったので、彼もどうするべきか頭を悩ませた。
『むぅ……』
「このまま放っておけば、下の方で勝手に潰し合ってくれるんじゃないか?」
「まぁ、時間はかかるだろうがな」
議論はどちらかと言うと、この戦いに介入するよりも騒動が収まるまで静観する方向で動いていた。余計なリスクを冒すよりは、漁夫の利を狙った方が被害も少ないと言うある意味で合理的な判断から来るものである。
しかしそれに対しカタリナが待ったを掛けた。
「ま、待ってくださいッ! 確かに皆さんにとって騎士団は敵であるかもしれません。ただ、施設には騎士団に奉公に来ているだけの方も少なくありませんッ! 彼女達を見捨てるなんて、そんな事……」
それ以前にカタリナは彼ら彼女らを見捨てる事に対しては否定的であった。最早切り捨てられた自分ではあるが、今正に危険な目に遭い惨い死に方をするのを見捨てられるほど非情になれる性質ではないのだ。カタリナが抗議すれば、この場に居る二つのチームのリーダー達は顔を見合わせ呻き声を上げる。
「ん~、そう言われてもな……」
「どうする? δリーダー?」
彼らは最終的な判断を敦に委ねた。今回の一件の最終的な責任者は当初からこの事件に携わって来た彼にある。後から増援として参加した彼らには最終的な判断を下せるほどの権限はない。
決断を迫られた敦は、悩みながらもハッキングして得られた拠点内部の様子を改めて眺める。その彼の目に、通気口に生身の状態の騎士が引き摺り込まれる光景が入りそれが決め手となり決断した。
『突入しよう。ノスフェクトの連中、どうやら通気口の中を動いているらしい。下の戦いが長引けば通気口を通って外に出る奴も出てくるだろう。そうなれば被害は周辺にまで拡がる』
敦が突入を決めれば、それに従うしかない。それに周辺に被害が拡がれば元も子もないので、両チームのリーダーは異を唱える事無く従い突入準備に取り掛かった。
「よし、突入準備だッ!」
「δチーム、先ずは君らからだ」
「了解ッ!」
「エレベーター、来ます」
偽装されたエレベーターが到着し、入り口が大きく開かれる。δチームの隊員とカタリナがそれに乗り込み、下へと向かうスイッチを押せば扉が閉まり部屋が振動と共に下へと降りていく。
下に向かうにつれて、エレベーターの外からは無数の悲鳴が聞こえてきた。それだけで今ここがどうなっているかが分かるというものであり、ヘルメットで見えないが隊員達の表情も緊張に引き締まる。
誰の物かも分からぬ、唾を飲んで喉を鳴らす音が聞こえたような気がすると同時にピンと言う軽い音と共に一際大きな振動と共にエレベーターが止まった。その音に誰もが気を引き締める中、ドアが開き――――
「ガル、グルルル……!」
「グジュ、グジュル……」
目の前で1人の修道騎士にラットノスフェクト2体が群がり、引き裂いて肉を喰らい血を啜っている瞬間に出くわした。ノスフェクト達は修道騎士の死体を貪る事に夢中になっており、エレベーターのドアが開いた事にまだ気付いていない。
……と思っていたら、気配で気付いたのかノスフェクト達が顔を上げてエレベーターの方を見た。口の周りを新鮮な血で赤く染めたラットノスフェクト達は、δチームに対し威嚇し飛び掛からんと身構える。
「くっ!」
が、それより早くにカタリナがクロスショットを抜き純銀弾をぶっ放した。ノスフェクトにとって猛毒となる銃弾は、狙い違わずラットノスフェクト達の片目にそれぞれ命中し視界を奪われた事と銀で体を焼かれると言う二重の激痛で相手をのたうち回らせた。
「「ギャァァァァァァァッ!?」」
「今ですッ!」
「! 突入ッ!」
カタリナが作った隙を無駄にしない為、δチームは即座に内部に突入しつつまだのたうち回っているノスフェクト2体を集中攻撃で瞬く間に始末した。ノスフェクト達が死ぬと、変異が解けて元の人間だった頃の姿に戻る。ノスフェクト化させられていた為元に戻っても息を吹き返す事は無いが、それでもカタリナは元に戻った者の姿にそれが騎士団の関係者である事に即座に気付き痛ましそうに顔を顰める。
「やはり……!」
「隊長、エレベーターホールは確保しました。順次各部隊の突入をお願いします」
『よし。δ2、δ3はその場を確保。残りはδ5とミス.マーシーを中核に部隊を二つに分け先行しろ』
「了解」
δ2が報告と指示を受けている間に、レックスとカタリナはそれぞれグラスとシルヴァに変身し次の攻撃に備えた。
「まさか、アンタと肩を並べる事になるとは思って無かったよ」
「あなたとは戦う事になると思っていましたが、何が起こるか分からないものです」
「はっ……」
「ふふっ……」
「「……変身ッ!」」
〈Access,In focus.〉
〈in Jesus' Name we pray.Amen〉
変身したグラスとシルヴァを中心として、敦の指示通り部隊が二つに分けられる。グラスを中心にδ2、5、6の4人のチームと、シルヴァを中心としたδ7から10の5人のチームだ。
先行部隊が編成されると、それぞれ別の方向へと向かい内部の制圧へと動く。
グラスが居るチームは駆け抜けながら途中遭遇するゾンビやノスフェクトを撃ち殺していく。ここがノスフェクトの襲撃を受けてそれなりの時間が経っているのか、ゾンビが次々と現れ襲い掛かって来る。どのゾンビも体の一部が欠損した姿であり、その姿に痛ましいものを感じながらも彼らはこの戦いに蹴りをつけるべく前に進み続ける。
一方シルヴァが向かった先ではまだ騎士団による抵抗が見られた。負傷者を一か所に集め、生き残りの騎士達が彼ら彼女らを背に庇いながら群がって来るゾンビやノスフェクトを必死に迎え撃つ。
「撃て撃てッ! 近付けるなッ!」
「クソッ、今一体どうなってるんだッ!」
「アスペン神父は? エリー様はどこで何をやってるのッ!」
どうやらこの混乱の中で指揮系統もまともに機能していないらしい。騎士達は皆独自の判断で行動せざるを得ず、それがこの混乱を更に助長する要因となっているようだ。
そんな彼らを見捨てられるカタリナではなく、彼女は抵抗する騎士達の姿を見た瞬間飛び出し両手に銀の細剣を持ち騎士達に群がるゾンビを次々と切り捨てた。
「ハァァァァァッ!」
気合の声と共に振るわれた細剣が銀の軌跡を描き、刃が煌めく度にゾンビの首が落ち崩れ落ちていく。彼女に遅れてδチームの分遣隊も射撃を開始し、ここで漸く騎士達もS.B.C.T.の侵入に気付いた。だが彼らにとって重要だったのは、S.B.C.T.の侵入よりもシルヴァ……カタリナが帰ってきた事にあった。
「何だ、S.B.C.T.ッ!?」
「それにあれは、シルヴァッ!!」
「カタリナ様ッ!」
戦場を駆けるシルヴァの姿に騎士達の指揮が目に見えて上がった。どうやらこの場に居る者達はエリーやアスペン配下の狂信的な連中とは違うらしい。純粋にカタリナを慕い、彼女の存在に心強さを感じているのだ。
期待と羨望、喜びの視線に複雑な何かを感じながらも、シルヴァは率先してゾンビを仕留めていくと目の前にラットノスフェクトが姿を現した。口には先程まで貪っていた女中の物と思われる死体を咥え、迫るシルヴァの姿に口を離して死体をその場に落として身構える。
「キシャァァ……!」
身構えるラットノスフェクトだったが、シルヴァは構わずそのまま突き進む。その際片手でベルトに装着されたクロスショットのレバーを2回起こし、手にした銀の細剣にエネルギーを送り込んだ。
〈Two judge.Shining blade.〉
「ハァッ!」
両手に持った細剣が光を放ち、それが眼前のラットノスフェクトの目を眩ませる。眩しさに相手が動きを止め、その隙にシルヴァは接近してすれ違いざまに左右に持った細剣で相手を切り裂いた。煌めく刀身の光に視界を奪われていたラットノスフェクトにこれを防ぐ事は出来ず、体を十字に切り裂かれて爆散した。
「ギャァァァァ……!?」
ラットノスフェクトを始末した事で、周囲の敵は一時的だろうが姿を消した。脅威が過ぎ去った事に窮地に陥っていた騎士達は、安堵に胸を撫で下ろすと同時にシルヴァへと駆け寄っていった。
「カタリナ様ッ、来てくださったんですねッ!」
「しかし、カタリナ様、彼らは……」
「ご心配なく。彼らは無法な輩ではありません。敵対する意志を見せなければ、安全を保障してくれます」
尤もこの状況で無用な戦いをしようとする者も居ないだろうとシルヴァも分かってはいた。少なくともエリーの配下の様な過激派でも無ければ、現状も相まって素直に投降してくれるだろう。
「彼らを治療も兼ねて、後方に下がらせたいのですが……」
「それはこちらで――」
δ10が負傷した騎士団員を引き受けようとした時、徐に騎士の1人がシルヴァに対し頭を下げた。
「カタリナ様……その、本当に申し訳なく…………」
1人が頭を下げれば、動ける者達もそれに続いて頭を下げた。彼らが言っているのは、カタリナが更迭された際に何の動きも見せなかった事だろう。カタリナの為人は騎士団であれば誰もが知っている。今回彼女が京也達を助けた事に関しても、彼女が彼らの本質を正しく見抜き脅威ではないと判断したからこそ助けたのだろうと言う事は想像がついていた。つまり、彼らはアスペン達の判断の方が誤りであると分かっていた。分かっていながらカタリナの事を見捨てるような事をしたのである。
騎士や女中の一部が彼女を助ける為に動き、その結果加担した者の一部が囚われ終牢獄へと入れられた事も知っている。それを知った時、彼らが真っ先に考えたのは加担しなくて良かった、であった。我が身可愛さにカタリナを見捨てた事に安心してしまったのである。その事は罪悪感となって彼らの心にへばりつき、こうしてカタリナと直に対面した事でそれが更に強くなっていた。
罪悪感に押し潰されそうになる騎士達の姿に、シルヴァは責める事をしなかった。責めはせず、しかし肯定もせず、ただ彼らの手を取り一言だけ告げた。
「良かった……皆さんが無事で」
「ぁ……」
「カタリナ、様……」
静かな一言が、彼ら彼女らの心に染み渡る。こんな時でも彼女は変わらず他人を慈しみ、心から思い遣る事が出来る。そんな彼女の優しさと強さに騎士達は心洗われた様に涙を流してその場に膝をついた。
「う、ぅぅ……!」
「カタリナ様……カタリナ様……!」
動ける騎士は勿論、負傷で動けない者達も祈る様に跪こうとする。シルヴァはそれを宥め、動ける騎士達に動けない者達を運ばせた。
「私の事は良いですから、今はそちらの怪我をしている方達を。彼らの事、お願いしても構いませんか?」
「分かりました。さ、こっちです」
δ10の指示で負傷者の搬送が行われた。動ける騎士達が中心となって搬送が行われる中、女性騎士の1人が心底申し訳なさそうにしながら終牢獄に騎士の一部が投獄された事を告げた。
「あの、カタリナ様……実はあなたが投獄された後、ルクス様に賛同してあなたを助ける為に騎士の何人かが動き、発覚した一部の騎士が終牢獄へ……」
「! 分かりました。そちらは私が向かいますので……」
恐らくその投獄された騎士の中に、目の前の女性騎士の友人が居たのだろう。友を心配する彼女の心情を汲み取り、シルヴァは女性騎士を安心させる為肩に手を置き頷いて見せた。シルヴァの言葉に安心したのか、女性騎士の肩からは力が抜け改めてδ10の指示の元負傷者の搬送に加わった。
エレベーターホールへ向かう彼らを見送ると、シルヴァは仮面の下で真剣な表情になり残りの隊員に告げた。
「すみません。勝手に行き先を決めるのは問題だと分かっているのですが……」
自分を助けようと動き、その結果終牢獄へと放り込まれる等間違っている。恐らく投獄されたのは女性騎士だろうが、女性があそこに放り込まれたらどんな目に遭うかは容易に想像出来た。あそこには何かしらの事情で投獄され欲に飢えた男が何人も居るのである。虜囚とした女を苦しめ辱めるのには困らない。
終牢獄へと送られた女性騎士達を憂いるシルヴァに対し、δ9は彼女の肩に手を置き頷いてみせた。
「気にする事ないよ。どっちみちこの中全部制圧するんだし、虜囚が居るならそれを先ずは助けないと」
「! ありがとうございます!」
話は纏まり、シルヴァ達は地下へと向け移動していく。途中通信でε、γ両チームも突入を完了し、内部の制圧に動いていると言うのを聞いた。全体的にはS.B.C.T.の思う通りに動いているらしい。
気になる事があるとすればアスペン達の動きが分からない事と、そもそもこの騒動の原因となったノスフェクトは何なのかが分からない事だが…………
「待った!」
「え?」
移動の途中、負傷した騎士団員を後続の部隊に引き渡し戻ってきたδ10が突然声を上げて全員の移動を止めさせる。シルヴァは何事かと彼を不思議そうに見るが、他の隊員達は彼が持つ小型のアタッシュケースの様な機材に注目していた。
「何かあったか?」
「すぐそこの部屋、動体反応がある」
δ10が持っているのは今回の様な作戦の為に用意された動体探知機である。簡単なソナーの様な物で動いている物に反応し、近くに動くものがある事を教えてくれた。彼らが相手をする敵の中にはダクトの中など狭い所を動き回る奴も居る為、そう言ったものをいち早く発見するのに役立っていた。
欠点があるとすれば動いていないものに対しては反応しない事であるが…………
そんな動体探知機が、直ぐ傍の部屋で動く何かが居る事を探知した。それもそれなりに纏まった数だ。δ10が指し示した部屋を見て、シルヴァはそこが女中達の控室である事に気付いた。
「あそこは騎士団で働く女中の方達の控室ですね」
「……δ8、カバーしてくれ」
「おうよ」
δ9とδ8が警戒しながら部屋の扉に近付く。慎重にドアノブに手をかけノブを回せば、部屋は鍵が掛かっていないのかあっさりと開いた。δ9とδ8が顔を見合わせ頷き合い、タイミングを合わせてドアを開き内部に銃口を向ける。
その瞬間中から銃声が響き、同時にδ9の側頭部を銃弾が掠めた。
「ッ!?」
「野郎……!」
「ストップストップ!」
中から攻撃された事にδ8が咄嗟に反撃しようとしたが、δ9はそれを彼の銃身を下から押し上げる事で宥めた。銃弾は側頭部を掠めただけで大したダメージとなっていないし、何より中に居た者達を見ればそれが敵ではない事はすぐに分った。
「大丈夫、大丈夫だから……」
「はぁ……はぁ……!」
室内に居たのは案の定女中達であった。数人のメイド服姿の女中達が、互いに身を寄せ合い震えている。そんな中で1人だけ、黒髪をアップに纏め眼鏡を掛けた女中が血の滲む脇腹を片手で押さえながら手にした拳銃をドアの方に向けていた。恐らくはこの混乱の中、流れ弾に当たったか何らかのトラブルで負傷しながらも他の女中と共に部屋に閉じ籠って助けを待っていたのだろう。周りの女中の様子からも、この眼鏡の女中が纏め役なのはすぐ分った。
δ9は彼女らを安心させるべく、ガンマカービンを下に置き攻撃しない旨を目で見て分かるようにしながら両手を軽く上げつつ声を掛ける。
「我々はS.B.C.T.、訳あってここに攻撃を仕掛けたけど皆さんを傷付けるつもりはありません。だから心配しないで……」
穏やかな声色と柔らかな物腰で女中達の警戒を解こうとする。が、そうは言ってもそう簡単に信用できるものではないのか眼鏡の女中は相変わらず警戒を緩めず銃口を向け続けていた。彼女が持つ拳銃は対人用の口径も小さな拳銃だ。恐らく彼女が個人的に護身用として持っていたのだろう。そんなものではノスフェクトは勿論、ライトスコープに対してもダメージにはなり得ない。それが分からない程愚かではないだろうが、後ろの女中達を守ると言う意志からか退く気はないようだった。
こんな所でモタモタしては居られないとδ8が力尽くで制圧しようと一歩前に踏み出す。あの程度の装備なら脅威にもなり得ない。しかしδ9はそれを宥め、あろう事かヘルメットを外して素顔を晒して彼女達を安心させようとした。
『ちょ、δ9何やって……!?』
「おいおい……!」
当然後方のリリィやδ8は声を上げるが、δ9はそれを気にせず彼女達を少しでも安心させようと改めて声を掛けた。
「大丈夫、俺達は君達の味方だから……」
δ9の必死の声掛けに対し、眼鏡の女中は少し銃口を下げ口を開いた。
「S.B.……C.T.……カタリナ様は……?」
「ここです、シンシアさん」
眼鏡の女中……シンシアがカタリナの事を訊ねれば、部屋の外に居たシルヴァが顔を覗かせる。彼女の姿と声にシンシアを含め女中達の表情が安堵に緩むと、δ9は彼女達に手を差し出した。
「さぁ、こっちに……君、怪我してるだろ? 治療もするし、全員を保護するから」
シルヴァの存在とヘルメットを外してまで警戒を解こうとするδ9の姿に漸く安心したのか、シンシアも拳銃を下ろした。その様子にδ9も安堵の息を吐き、怪我をした彼女を手助けする為その手を取ろうとして…………
彼は自分と彼女の間の頭上のダクトから何かが垂れてきている事に気付いた。
「?…………!? 危ないッ!」
「えっ? あぅっ!?」
δ9は咄嗟にシンシアの事を突き飛ばした。直後、ダクトから1体のノスフェクト……リザードノスフェクトが飛び出し、シンシアを突き飛ばす為前に出たδ9に上から襲い掛かった。床に押し付けられたδ9は咄嗟にガンマソードを抜き食らい付こうとしてくるリザードノスフェクトの口に刃を突っ込み食らいつかれる事をギリギリのところで防ぐ。
「ぐぅぅっ!?」
「ひぃっ!?」
「きゃぁぁぁっ!?」
δ9に覆い被さったリザードノスフェクトの姿に女中達が悲鳴を上げる中、シンシアは手にした拳銃を発砲して追い払おうとする。だが当然だがその程度でノスフェクトに傷をつける事は出来ず、彼女らの目の前でリザードノスフェクトはδ9を通気口の中に引き摺り込もうと尻尾で体を持ち上げ始めた。
「くっそぉ……! この、化け物ッ!」
「δ9ッ!?」
「させませんッ!」
このままではδ9が通気口に引き摺り込まれて殺される。だが今下手に発砲すれば向こう側に居るシンシア達に流れ弾が飛ぶ恐れがある。逡巡するδ8だったが、彼を押し退けて部屋に飛び込んだシルヴァがギリギリのところでリザードノスフェクトを銀の細剣で切り裂いた。
「ギャァァァァッ!?」
「ぐぉっ!?」
シルヴァに切り裂かれた事でリザードノスフェクトは傷付きδ9を放した。落下したδ9は背中と後頭部を床に強かに打ち付け、鈍い痛みに呻いていたところをシンシアにより助け起こされる。
「大丈夫ですか?」
「い、つつ……あぁ、俺はね。それより君、俺の心配してる場合じゃないでしょ?」
脇腹に血が滲んだ彼女に心配される訳にはいかないとδ9は直ぐに立ち上がると、逆に彼女の事を支える。そんな彼女にシルヴァが安心したように声を掛けた。
「シンシアさん、大丈夫ですか?」
「カタリナ様……えぇ、私は。傷もそこまで深くはありませんし」
「そう……良かった。皆さん無事なようで」
仮面で顔は見えないが、それでも彼女が心底安心している事は伝わったのかシンシアの表情も和らぐ。
2人が話している間に、δ8により助け起こされたδ9はヘルメットを被り直してシンシアを含めた女中達を避難させるべくδ7の手を引く。
「さて、それじゃあこのお嬢さん方を早く避難させよう。何時までもここに居ると、またあんなのが来るかもしれない。δ7、手ぇ貸して」
「ん? あぁ、おぅ」
正直この状況下で、数人の女中を2人だけで護衛してエレベーターホールまで連れて行くのはリスクがあるが、かと言ってここから先に向かうにはここを良く知るシルヴァ、武闘派のδ8、臨機応変に動けるδ10の存在が必要不可欠。誰かがシンシア達を避難させなければならないとなれば、消去法とリスクを可能な限り減らす意味でδ7とδ9が抜けなければならなかった。
それに何より、後続が来てくれている。εチームとγチーム、これらの部隊も拠点制圧の為に動いてくれているのであれば、今ここで2人が抜けても大きな問題にはならない。彼女達を避難さたら改めて合流すればいい訳だし。
「そう言う訳でδ0、分かってる限りで安全なルートのナビ頼んだ」
『了解』
「それじゃ、ミス・マーシー? 暫くの間よろしく頼みますよ」
「えぇ、お任せください」
「カタリナ様、皆さんも、お気をつけて」
δ7とδ9に護衛されながらシンシア達逃げ遅れた女中が離れていく。それを見送って、シルヴァ達は更に地下へと向かっていくのだった。
という訳で第60話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。