仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第61夜:悪虐の坩堝

 シルヴァ達が地下深くの終牢獄へと向かったころ、グラス達もまた行く先々で遭遇するノスフェクトやゾンビを始末しつつ施設制圧の為進んでいた。

 

「δ4、右側カバーしてくれッ!」

「了解ッ!」

「気を付けろδ5、角から来るぞッ!」

「あぁっ!」

 

 グラスが率いる形となった分隊は、互いにカバーし合いながら施設内部を進んでいく。道中では時折ノスフェクトと騎士団が戦闘している状況にも遭遇し、彼らはそれを助けつつ進んでいた為進行は想定しているよりも遅かった。

 それでも彼ら、特にグラスは襲われている騎士を見過ごす事は出来ず、複数のゾンビやノスフェクトに組み付かれて食らいつかれているイジターを見れば真っ先に突撃しバスターショットで薙ぎ払い救出していた。

 

「うわっ!? うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

「δ5、あれッ!」

「チッ、おぉぉぉぉっ!」

 

 全身のスラスターを噴かせ、床の上を滑る様に高速で襲われている騎士に接近しエネルギーをチャージしたバスターショットを横薙ぎに振るえば、イジターに群がるゾンビ達が両断され崩れ落ちる。切り裂かれたゾンビ達から零れ落ちた大量の血が襲われていたイジターに降り注ぐが、彼は気にせずそのまま返す刃で残ったリザードノスフェクトに刃を振り下ろし、切り裂かれたノスフェクトは数歩後退り爆散した。

 

 ゾンビとノスフェクトを始末したグラスは周囲を警戒し、目に見える範囲で他の敵が見当たらないのを確認すると一時的に警戒態勢を解いてまだ倒れた状態で呆然とした様子のイジターに手を伸ばした。

 

「アンタ、大丈夫か?」

「う、ぁ…………」

 

 手を差し出されたイジターはその手を取って大丈夫かと逡巡した。なし崩し的にそうなってしまったとは言え、彼ら修道騎士団とS.B.C.T.は敵対関係にある。今彼らがここに居るのも、騎士団に攻撃を仕掛けるつもりだったからだろう事は混乱した頭でも察する事が出来た。

 そんな彼らの手を取って大丈夫だろうかとイジターは戸惑った。その戸惑いには敵対する事になってしまった事に対する罪悪感も含まれていたが、手を差し出されたイジターはその事にまで気付けるほどの余裕を持っていなかった。

 

 何時まで経っても手を伸ばしてこないイジターに、グラスは焦れて自分から相手の手を取り引っ張り上げるように立ち上がらせる。立ち上がらされたイジターは、未だ戸惑いを感じながらも必死に喉を震わせて言葉を紡ぎ出した。

 

「な、何故……」

「ん?」

「何故、助けた? 俺達は、アンタらに…………」

 

 言葉を口にしてから、イジターは己の思考の鈍さに自分で自分の頭を殴りたくなった。今言うべき言葉はそうじゃないだろう。どんな状況、どんな理由であれ自分は助けられたのだから、口にするべき言葉は問い掛けでは無く感謝の筈だ。

 横暴と暴虐な行動が目立つ修道騎士団であったが、少なくとも今グラス達が助けた彼は精神的にも真っ当な騎士であった。

 

 そんな真面な騎士からの問い掛けに、グラスはまたかと小さく溜め息をつく。さっきから騎士団員を助けると、毎回同じ様な事を聞かれるのである。正直な話、毎度同じ事を答えるのは辟易するのだが、そうも言っていられない為彼は溜め息を飲み込み答えた。

 

「そう言うのは後だ。罪とか責任とか、そう言うのは全部が落ち着いてから。先ずはこの事態を鎮静化させる。助けといて何だけど、邪魔はしてくれるなよ?」

 

 一応グラスが釘を刺せば、助けられたイジターはそれ以上何か言うでも、ましてや隙ありと攻撃してくるでもなく大人しく頷き両手を上げて降参を示した。どの道先程ゾンビとノスフェクトに群がられた時にダメージを負い、これ以上の戦闘は出来ない。仮にここで攻撃しても、瞬く間に制圧されて終わりだろう。そんな無様を晒すくらいなら、さっさと降伏した方がいい。

 

 降伏した騎士に対し、グラス達は武装はそのままに後ろに下がらせた。エレベーターホールの方に向かえば、控えている部隊が後を引き継いでくれる。念の為リリィ達に新たな捕虜を送ったと告げ、改めてグラス達は先を進んだ。

 

 角や十字路を警戒しながら進むグラス達。その道中、警戒の為歩みが遅くなったタイミングでδ6が少し意外そうな様子で呟いた。

 

「しかし、思ってた以上に騎士団連中もボロボロだな」

「ん?」

「だって曲がりなりにも連中の拠点だぞ? 奇襲を受けているにしても、流石に対応が悪すぎないか?」

 

 さっきから見ている限り、騎士団は組織的な抵抗が出来ているとは言い難かった。反撃は散発的であり連携が取れているとは思えない。騎士達は各自独自の判断で抵抗し孤立している状況だったのだ。故に助けられた騎士は軒並み士気も最低であり、助けられた者達は例外なく大人しく指示に従い投降してきていた。

 

 指揮系統が機能していないと言うのはこれまでの報告で後方に待機している敦達も察していた。

 

『もしかすると、連中は指揮系統を真っ先に狙ったのかもしれない』

「指揮系統を?」

『そうだ。奇襲でまず真っ先に敵の指揮官か通信設備を麻痺させれば、騎士団は組織的な反撃を封じられ各個撃破を余儀なくされる』

 

 そう言う事なら、なるほどこの混乱も納得できる。如何に個々の能力が高かろうとも、正確な情報が入ってこない状況では最善の行動など取れる訳がない。

 以上の事から、グラス達が次に行うべき行動は概ね決まった。

 

『δ5、騎士団の通信設備か指揮所の様なところを目指せ。こちらが施設の通信を掌握し、騎士達に降伏を促すと同時にあわよくば指揮下に加える』

「降伏勧告はともかく、指揮下に加えるなんて出来ますか?」

『可能なら、だ。連中も死にたい訳ではないだろうし、生き残る為には一時的に言う事の一つも聞くだろう』

 

 勿論、それは希望的観測に過ぎない。信仰心の強い奴はS.B.C.T.に従う事を良しとせず、玉砕覚悟でS.B.C.T.とノスフェクト両方を相手に戦おうとするだろう。徹底抗戦されてはこちら側への被害も増える。そうなるくらいならば力尽くで制圧するしかない。

 

 尤もここまで来る間の様子を鑑みるに、案外うまくいく可能性もあると敦は考えていた。奇襲され散発的な反撃しか出来ず、徐々に追い詰められている騎士達の士気は驚くほど低い。この状況下で戦略的にチェックを掛けられた上に、彼らにとって求心力の一つとなっているカタリナがS.B.C.T.側についているとなればすんなりいう事を聞いてくれる可能性は高かった。

 

「了解。ただこっちからじゃ指揮所に該当する場所が分からない。δ0、ナビしてくれ」

『了解よδ5』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 グラス達が通信施設ないし指揮所を目指し始めた頃、シルヴァ達は道中で騎士や女中などを助けつつ最下層に位置する終牢獄へと入っていた。こちらもノスフェクトの侵入を許したのか、あちこちに血が飛び散り騎士とゾンビの死体があちこちに転がっていた。

 この惨状を前に、シルヴァやδチームの隊員達の脳裏には不安が過る。

 

「こんな状況で、投獄された連中生きてるのか? これ檻の中も安全じゃねえだろ?」

「おまけにここ、話を聞く限りじゃ拷問もしてるみたいだし、そんな目に遭った人がノスフェクトやゾンビに襲われでもしたら……」

 

 ここで行われる事を誰よりも知るシルヴァは、2人の言いたい事を理解して胃が縮むのを感じた。ここに送られた騎士、とりわけ女性騎士であれば、どんな目に遭うかは想像するに難くない。そんな状態では満足な抵抗も出来ず、餌にされるのを待つ家畜状態となってしまう。

 試しに近くの牢獄を覗き込めば、そこには男の囚人が収容されていたのか檻が破られ中には体のあちこちを食い千切られた男性の遺体が転がっていた。ゾンビになる間も無くズタズタにされた囚人の姿に、シルヴァは彼が何をしたかも知らぬがせめて安らかに眠ってくれと祈りを込め十字を切った。

 

 そこから終牢獄の中を進んでいくシルヴァ達であったが、行く先々で見るのは死体ばかりで時々ゾンビやノスフェクトの生き残りが居る程度であった。

 

 いよいよもってここには生き残りは居ないのではないかと思い始めたその時、出し抜けに扉の一つが開かれるとそこからラットノスフェクトに押し倒されながらイジターが転がり出てきた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ガルルッ!」

 

 ラットノスフェクトはイジターに喰らい付こうと牙が並んだ口から涎を垂らしながら迫り、イジターは食らいつかれまいとその口にレイピアを挟んで何とかそれ以上顔を近付けられるのを防いでいた。しかしこの時点で既にイジターの方は消耗しているのか、剣で防いでいるノスフェクトの顔が徐々に近づきつつあった。このままでは剣も振り払われて食らいつかれてしまう。

 

 そうはさせじとシルヴァはイジターに覆い被さっているラットノスフェクトの首を銀の細剣で切り裂き絶命させた。絶命したノスフェクトは変異が解け、後には暴行された後が目立つ女性騎士の死体が残される。

 

「この女、随分な目に遭った後でノスフェクトにさせられたみたいだな?」

「もしかして、この人が……?」

 

 嫌な予感を感じたδ8とδ10の言葉に、シルヴァは今正に襲われていたイジターに真実を問い掛けた。

 

「あなた、エリーさんの部下ですね?」

「ま、まさか、カタリナ様……!?」

 

 問い掛けるシルヴァの声にそれが正しくカタリナである事を察したイジターの口からは怖れを含んだ声が零れた。上の方で助けてきた騎士達とは明らかに違う。カタリナに対して後ろめたいとかそう言うレベルではなく、明確に報復を恐れた声色にこのイジターがエリーの部下である確信を得たシルヴァは強めに再び訊ねた。

 

「教えてください。この方は私が投獄された後にここに囚われた騎士の方ですか?」

 

 シルヴァの問いに、イジターは震えながら首を左右に振って答えた。

 

「ち、ちが、違うッ!? コイツは、それとは別の奴だ、コイツは知らない……!」

「本当か? よく見ろ、この面だ」

 

 錯乱して相手の顔が見れていないのではと思ったδ8が、捕えたイジターの顔を無理矢理女性騎士の死体の方に向けさせる。女性騎士の死体は酷い扱いを受けてからノスフェクトにされたのか、制服は無残に引き裂かれ露わとなった地肌のあちこちには歯形などの暴行の痕も見られる。カタリナからエリーの配下は女性に対して何をするかを聞かされていた為、δ8らはこれもコイツ等の仕業で、徹底的に弄ばれて牢屋に放置されていたところをノスフェクトに変異させられたのではと考えたのだ。

 

 しかしそれを見せつけられたイジターは、頭を押さえ付けられながら必死に首を左右に振った。

 

「ち、違うっ!? コイツは、コイツに関しては知らないッ!?」

「『は』、って事は他には思い当たる節があるって事だな? 言え、そいつは何処に――」

 

 δ8が尋問する最中、シルヴァは死した女性騎士の冥福を祈ろうと傍に近付き虚ろに開かれた瞼を閉ざし祈りを捧げようとした。

 そこで彼女は、女性騎士の体に刻まれた歯形の形状に違和感を感じその部分を凝視した。そして彼女は、その歯形が普通の人間のそれよりも犬歯が発達したものである事に気付く。

 

「これは……そう言う事ですか」

「あぁ? どうした?」

「その方が仰ってる事は事実でしょう。この子は彼らに害された訳ではなさそうです」

 

 シルヴァは改めて祈りを捧げ女性騎士の魂がせめて安らかに眠れることを祈る。祈りの姿勢で固まるシルヴァに、δ8は詳しい事を問い掛けた。

 

「どう言う事だよ、何で分かる?」

「歯形……」

「歯形?」

「この子の体の歯形、犬歯が発達している様に見えます。恐らくはノスフェクト……それも上級のノスフェクトによるものでしょう」

 

 人間の姿で女性を嬲る上級ノスフェクト。その行動に該当する存在は1人しか存在しなかった。

 

 無脊椎動物である蜘蛛と蟷螂の能力を持ったマンティススパイダーノスフェクトことガルマン。人知れずここに侵入した奴は、人目を盗んで女性騎士を捕らえると弄んで自身の欲求を満たし、そして飽きたらノスフェクトに変異させて暴れさせたのである。ここ最近の騒動で騎士団内部もゴタゴタし、何人か姿が見えなくなっても気付くのが遅れるだろう事はシルヴァには容易に想像できた。その間にガルマンはノスフェクトを増やし、そして一気にそれを解き放って暴れさせたのだ。騎士団側も内部にいきなりノスフェクトが現れては対応が遅れるのも当然である。

 

 シルヴァは仮面の下で痛まし気に顔を歪めると、イジターに捕らえた女性騎士の所在を訊ねた。兎にも角にも、今は優先して助けねばならない。もし囚われた女性騎士がノスフェクトやゾンビに襲われて、新たなゾンビになりでもしたら面倒だ。

 

「何処です? 私の脱走に加担して囚われた方達が居るのは?」

 

 圧を感じさせるシルヴァからの問い掛けに、イジターは震える指で先程自分が居た部屋を指差す。そちらを見ればその部屋は監視室であり、内部には多数のモニターがあった。囚人を監視する為の監視カメラの映像であり、無数のモニターの中にはこの騒動で破損したのか映像が途絶えている物も少なくなかった。

 

 それでもシルヴァは、それらの映像の中に求める存在を見つけた。幾つもある映像の中に、女性騎士が2人天井から伸びる鎖で両手を広げた状態で吊るされているのが見えたのだ。

 

「居た……!」

 

 モニターには牢屋の番号が振られている為、それが何処なのかはすぐに分った。

 

 即座に救出に向かうべく、シルヴァ達はイジターを拘束すると即座にそちらへと向かった。監視室の中にイジターを放置する際、この状況下で1人取り残される事に何やら喚いている様子だったが彼女らはそれを無視して女性騎士を助ける為動き出す。

 幸いな事に女性騎士が囚われている牢屋は監視室からそう遠くはない。数分もせず牢屋に着くと、鋼鉄製の扉に嵌められた鉄格子からシルヴァが中を覗き込んだ。

 

「ッ!」

 

 薄暗い牢屋の中に女性騎士2人の姿が浮かび上がる。鉄格子越しにだが見えるその姿は酷いもので、制服は殆ど衣服としての機能を失い見える地肌のあちこちには拷問の痕だけでなく男達に弄ばれた後も見える。エリーの配下か、それとも牢獄の囚人の男に愉しませたのだろう。散々に弄ばれ、心身共に消耗しきった女性騎士2人は吊るされた状態で虚ろな目を虚空に向けピクリとも動かない。一瞬死んでいるのではとも思ってしまったが、その可能性を頭から追い出しシルヴァは鋼鉄製の扉を破って内部へと突入した。

 

「あなた達ッ!」

 

 シルヴァに続きδ8とδ10も部屋に入るが、2人も囚われた騎士達の有様に言葉を失った。生きているかも怪しいと思ってしまったが、近付いたシルヴァは2人がまだか細いが息をしている事を確認し一先ず安堵した。

 

「生きてる……良かった……!」

「ぅ……ぁ……」

「かた、りな……さま……?」

 

 安堵するシルヴァの声に反応してか、2人の騎士がゆっくりと顔を上げる。2人はシルヴァの姿を確認し、彼女が健在である事を見ると自分達の状況にも構わず安心したように顔を綻ばせた。

 

「かた、りなさま……よか、た」

「ぶじ、でしたか……」

 

 自分達の方が余程酷い目に遭っていると言うのに、自分の無事を喜んでくれる彼女達にシルヴァは申し訳なくなり仮面の下で目に涙を浮かべずにはいられなかった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!? 私が、私の所為で、あなた達がこんな……」

「……とりあえず、これ外すぞδ10」

「分かった」

 

 自責の念で涙を流すシルヴァを他所に、δ8と10の2人が女性騎士達を拘束している鎖を外してゆっくりと床に下ろした。拘束を外された2人は自力で立つ体力も残っていないのかその場に崩れ落ちそうになり、それを2人が支えつつそっと横に寝かせた。清潔的とは言えないし寝心地も最悪だろうが、吊るされて体力を消耗し続けるよりは何倍もマシだ。

 2人の女性騎士を床に寝かせて休ませると、δ10は即座に後方の指揮所に連絡を取った。

 

「δ0、こちらδ10。現在最下層付近の牢獄で要救助者を2名確保。かなり消耗してる」

『確認してるわδ10。医療班を待機させてるから、直ぐ上に連れてきて』

「了解。……そう言う訳なんで、少し辛いでしょうけど失礼しますよ」

 

 δ10は一言断ると、拷問の末男達に弄ばれた女性騎士の片方を優しく抱き上げた。本当は引き裂かれて衣服としての役割を果たさなくなった制服の代わりにシーツか何かを被せて露わにさせられた柔肌を隠してやりたかったが、生憎と周囲にそれに適した物はない。仕方なくそのまま抱き上げるとδ8もそれに倣いもう1人を抱き上げて運び始める。

 その際女性騎士の1人は、未だ泣き崩れているシルヴァに語り掛けた。

 

「カタリナ、様……そんなに、自分を責めないで。私達は望んであなたの為に行動したのですから」

「どうして、そんなに……」

「私達も、あなたの事が好きなんですよ。ルクス様には負けますが、ね?」

「だから自分を責めないでください。あなたを助けられた、それだけで私達は十分なのですから」

 

 この2人は、揺るぎない意志でカタリナを救う為に危険を顧みず行動した。その結果自分達が嬲られ穢されても、それでカタリナを助けられるならそれだけで2人は救われた。自分達の行動が無駄ではなかったのだから。

 

 2人の想いを受け取ったシルヴァは、少なくともこの場でこれ以上嘆く事を止めた。これ以上自分を卑下する行為は、彼女達の誇りと献身を傷付ける。懺悔するべき時は今ではないと、彼女は自らを律すると純粋に2人の無事を喜び助けられた事に感謝した。

 

「ん、うん…………ありがとう。あなた達も、生きててくれて良かった……」

 

 シルヴァからの感謝と安堵に、2人は弱々しくも満足そうな笑みを浮かべるとそこで意識を手放した。元々気合で意識と正気を保っていたのに、カタリナの無事を知れた上に感謝までされて緊張の糸が切れたのだ。疲労が一気に押し寄せ意識を保てなくなり、スイッチが切れた様に気を失った2人を急いで治療すべく3人は来た道を戻り始める。

 

 そんな3人の前に1体のノスフェクトが姿を現す。それはただのノスフェクトではなく、この騒動の発端となった外道の輩、マンティススパイダーノスフェクトであった。

 

「おっとぉ……まさかこんな所でこんな極上の獲物が手に入るとはな?」

「コイツ……!?」

「クソッ! このクソ忙しい時に……!」

 

 今は一刻も早く地上に連れ帰り医療班に引き渡さなければならない要救助者が2人居ると言うのに、こんな奴の相手などしてはいられない。しかしコイツは彼らをここから逃がすような事はしないだろう。奴の事だ、全員この場で倒した挙句、δ8とδ10はノスフェクトにし残ったカタリナと死に掛けの女性基礎2人を嬲り者にするつもりだ。

 

 δチームの2人が強敵の出現に冷や汗を流していると、シルヴァが前に出て銀の細剣を構えた。

 

「お2人は彼女達を連れて急ぎ地上へ。私はここで足止めをします」

「だが、アイツは……」

 

 δチームの2人はマンティススパイダーノスフェクトの強さを分かっている。グラスと互角に戦う奴は、ここの様に閉鎖空間では特に力を発揮する。その能力は場合によってはグラスすら凌駕するほどだ。正直言って彼女1人では持て余す危険もあった。

 しかしそれは彼女自身も理解している。理想を言えばグラスと2人で組んで当たるのが最善であるとは思うが、状況はそんな事を言ってはいられない。今は一刻を争うのだ。贅沢を言える余裕は無く、取れる選択肢は1つしかなかった。

 

「ご心配なく。そう簡単に巻けるつもりはありません。危険を察したらすぐに逃げますので。だからお2人は、彼女達の事をお願いします」

 

 シルヴァは一度剣を下ろし振り返ると、2人の腕の中で意識を失う女性騎士達の頬を優しく撫でた。気を失った女性騎士達は、シルヴァから伝わる温もりに安堵したように安らかな顔をしている。その2人の様子にシルヴァは仮面の下で聖母の様な慈しみに満ちた笑みを浮かべると、再び振り返り剣を取ると今度は振り返らず逃げるよう促した。

 

 自身の前に立ち塞がるシルヴァを前に、マンティススパイダーノスフェクトは下卑た笑みを浮かべ腕の鎌を舐めた。

 

「ヒヒヒッ……そう急ぐなよ、ゆっくりして行けって。あ、野郎はとっとと殺すから覚悟しとけよ」

「チッ……この、ゲス野郎……」

「ミス.マーシー、コイツはッ!」

「ご心配なく。直ぐに追いつきますので」

 

 睨み合うシルヴァとマンティススパイダーノスフェクト。膠着は一瞬、次の瞬間には同時に飛び出し鎌と細剣がぶつかり合い火花が散り、薄暗い終牢獄の廊下を照らした。

 

「行ってッ!」

「ハハァッ!」

 

 細剣と鎌が激しくぶつかり合い、その瞬間だけ廊下が昼の様に明るくなる。その光を背後に受けながらδ8とδ10はそれぞれ気を失った女性騎士を抱えて地上に向け駆けていく。消耗した彼女達には負担になるだろうが、今暫くの辛抱だ。

 

 と、そんな彼らの前にゾンビとノスフェクトが姿を現す。数はそう多い訳ではないが、要救助者を抱えた今コイツ等の相手をするのはなかなかに骨である。

 

「あっ!?」

「チィッ!」

 

 この時、δ8の判断はなかなかに早かった。彼は自分が抱えていた女性騎士をδ10に押し付けると、代わりに彼のガンマカービンを奪い取る様に受け取り2丁の銃を眼前のノスフェクトとゾンビに向けた。

 

「コイツ頼むッ!」

「あ、ちょ、δ8ッ!?」

 

 δ10の抗議を無視して脇腹に抱えるように2丁の銃を構えたδ8は、両脇に抱えた銃の引き金を引き銃弾をバラ撒きノスフェクトとゾンビを退け道を拓いた。

 

「道開けろオラァァァァッ!」

「ガァァッ!?」

「δ10、今だッ!」

「δ8はッ!?」

「俺の事気にしてる場合か、早く行けッ! 運が良ければδ7とδ9に合流出来んだろ、行くんだッ!」

 

 勢いに任せてδ8がδ10を説得する。その間も引き金は引かれ続け、無数の銃弾がゾンビの体を穿ち崩れさせていく。ゾンビに対しては非常に有効な銀成分を含んだ銃弾はノスフェクトに対しても有効だったが、体表の鱗に弾かれるのか効果はゾンビほどではなく耐えながら徐々に前に進んできていた。ゆっくりとだが近付いて来るノスフェクトに、δ8は先に銃弾が切れた方の銃を投げ捨てガンマソードを抜き接近戦を仕掛ける。

 

「早くしろッ!」

「わ、分かった! 気を付けてッ!」

 

 δ10を送り出し、自身は1人ノスフェクトの相手の為この場に残るδ8。

 

 この時のδ8の行動は、勇敢ではあるが同時に危険で無謀でもあった。S.B.C.T.のマニュアルには基本的にファッジを始めとする特異生物とは1対1で相対してはならないとされているからだ。改良が繰り返されているとは言え、ライトスコープの性能はオリジナルのスコープに比べると大きく劣る。彼らは数で敵を追い詰める多対一の戦いを基礎戦術としているのだ。1対1では相手の能力や性能に押し負けて敗北し最悪死亡するリスクが高くなる。

 

 しかし今この時はそんな事を言ってはいられなかった。どちらか片方が残らなければ、自分達が助ける予定の2人の女性が戦いに巻き込まれて死んでしまう。より多くを助ける為には、取捨選択で危険に取り残される者を選ばなければならなかった。

 

 眼前のノスフェクトを力技で押さえつけていたδ8は、δ10の姿が見えなくなると体勢を整える為一旦後ろに下がり、残弾が1割を切っているマガジンを交換して身構える。対するノスフェクトは口から涎を垂らしながら身を低くして、即座にδ8に飛び掛かれるよう力を溜めた。

 

 殺意満々のノスフェクトを相手に、δ8は好戦的な笑みをヘルメットの下で浮かべ構えた銃の引き金を引いた。

 

「やろうってのか、このバケモンがッ!」

 

 放たれる無数の銃弾。ノスフェクトはそれを壁や天井に爪を引っ掛けて三次元的に動き回って翻弄し、δ8に接近するとそのまま飛び掛かり押し倒した。

 

「うぉぉっ!?」

 

 押し倒された瞬間にガンマカービンを落とし、ノスフェクトの尻尾で弾かれてあらぬ方へと転がっていく銃を恨めしそうに見る間もなくδ8は圧し掛かってきたノスフェクトに手にした短剣を叩きつける。ノスフェクトはノスフェクトでδ8に牙を突き立て血を啜ろうと躍起になり、両者はそのままもみ合いになり何度か上下を入れ替えた。

 

「このっ、く、そがぁぁッ!…………あ?」

 

 ノスフェクトに上から押さえつけられながら尚も抵抗するδ8だったが、ふと何かの気配を感じてそちらに目を向けると彼はとんでもない光景を目にした。

 

 何と彼に向けて新たにもう1体のノスフェクトが迫ってきていたのだ。煌々と目を輝かせて迫るもう1体のノスフェクトの姿に、流石のδ8も驚愕に目を見開き胸中に諦めの感情が浮かぶ。

 

「あぁ……クソ、ダメか…………」

 

 目の前のノスフェクトに抗いながら、最早ここまでと覚悟を決めるδ8。

 

 その彼に向けて、新たに現れたノスフェクトが飛び掛かるのだった。




と言う訳で第61話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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