終牢獄にて、2人の女性騎士を抱えたδ10を逃がすべくノスフェクトを足止めしていたδ8。圧し掛かられ押さえつけられながらも持ち堪えていた彼だったが、そこに新たに現れたノスフェクトが飛び掛かった。流石にノスフェクト2体に飛び掛かられては最早勝ち目は無しと、δ8も諦め襲い来る痛みに耐える為思わず目を瞑る。
次の瞬間、彼の耳に響いたのは2体のノスフェクトが自分の体を引き裂く音ではなく、耳慣れた銃声と直後に響いたノスフェクトの悲鳴であった。
「グギャァァァァッ!?」
「ッ、何ッ?」
何が起きたのかと目を開け仰向けに倒れた状態で周囲を見渡せば、δ10が逃げて行った方からδ7とδ9がガンマカービンを発砲しながらやって来るのが見えた。2人は手にした銃を発砲しδ8を押さえていたノスフェクトと新たに現れたノスフェクトを牽制しつつδ8を助け起こした。
「δ8、大丈夫か?」
「あぁ、何とかな。お前ら、あの女共は?」
「問題無し。全員無事に上に送ったよ。途中2人のレディを運んでたδ10とすれ違った。彼もすぐ戻って来るよ」
やってきた2人と話しながら、δ8は落としたガンマカービンを拾い上げマガジンを交換すると自身を押さえ付けていた方のノスフェクトに向け発砲する。無数の銃弾がノスフェクトの表皮を穿ち、内部で破裂しダメージを与えていく。
「ギギッ、ギギャアァァァァァァッ!?」
遂にダメージに耐えきれなくなったノスフェクトは力尽きて爆散し、後には哀れな犠牲者となった女中の亡骸と砕けたクロスブラッドが残される。
この場に居るノスフェクトが残り1体となった所で、廊下の奥からシルヴァとマンティススパイダーノスフェクトが何度も斬り結びながらこちらへとやってきた。
「くっ、はっ!」
「ちぃっ、オラァッ!」
シルヴァと何度も刃をぶつけ合う中で、埒が明かないと思ったのかマンティススパイダーノスフェクトが手の平から糸を放つ。粘着性の高い糸が投網の様に広がりながらシルヴァを絡め取ろうと迫り、それを見た彼女は咄嗟に真横に動く事で回避した。標的を失った糸の網はそのまま直進し、あろう事かδ8達に足止めされていたノスフェクトを絡め取り壁に磔にしてしまう。
「ガッ!?」
「あっ!?」
「今だッ!」
シルヴァを逃がしてしまった事にマンティススパイダーノスフェクトが思わず声を上げると同時に、δ8は動けなくなった対象を好機と見て他の2人と共に一斉に攻撃する。3人のライトスコープからの集中攻撃に、身動きが取れないノスフェクトはあえなく蜂の巣にされ先程のノスフェクトの後を追う事となった。断末魔の叫びと共に爆散し、後には磔にされた状態で息絶える女騎士の亡骸が残された。
他のノスフェクトを全て倒し、この場に残ったノスフェクトはマンティススパイダーノスフェクトのみ。δチームの頼もしさにシルヴァも仮面の下で小さく微笑みながら細剣を構え直し、一方でマンティススパイダーノスフェクトは忌々し気に舌打ちをするのであった。
***
シルヴァが終牢獄で女性騎士2人を助け出した頃、グラス率いる分隊はリリィ達のナビを受けながら指揮所と思しき場所を目指していた。
『そこを右に行ってッ! その先に目的の指揮所がある筈よッ!』
「了解ッ!」
道中のノスフェクトやゾンビを倒しながら進んでいたグラス達が目的地となる一際重厚な扉を蹴破る様に中に入れば、そこは既に血の海となっていた。元々は大学の講義室の様に壇上にコンソールが並んでいたその部屋は、体のあちこちを食い千切られた無残な死体が無数に転がっている。恐らくは突然の奇襲を受けて対応する間もなかったのだろう。中にはコンソールについた状態でノスフェクトに襲われたのか首筋を食い千切られて息絶えた死体もある。その光景に仮面の下で顔を顰めながらグラスは見える範囲の状況を伝えた。
「こちらδ5、指揮所に到着した。中は、酷いもんだ。何処を見ても死体ばかりだ」
『δ5、そこに敵の指揮官らしき人物の死体はあるか?』
「少し待ってください」
δ5は通信機から聞こえる敦の声に応えていると、一足先にδ2とδ6が室内の探索を行う。コンソールの影等を覗き込み、倒れた団員の生死を確認する為上半身を持ち上げた。どの団員も倒れている者は息絶えており、確認できる範囲で息のある者は皆無であった。
「こちらδ4、生存者は居ない」
「こちらδ6、こっちもです。皆死んでる……」
δ4とδ6が残念そうに首を振りながら報告するのを聞いて、グラスも重苦しい溜め息を吐きつつ一縷の望みを懸けて視界モードを赤外線に切り変えた。室内の様子から襲われてからそれなりの時間が経っている事は明らかであり、死体は皆冷たくなっている。そんな中で生存者が居れば、ハッキリした熱源が見られる筈であった。
果たして期待していなかった彼の目には、仲間のものとは明らかに違う熱源が室内に存在している事を確認する。
「ッ! 待て、熱源がある」
「えっ!」
「何処にッ!」
この辺り一面死体しか見当たらない部屋の中で、本当に生存者が居るのかと2人が室内を見渡す中、グラスは視界に映る熱源に向けて真っ直ぐ向かっていく。
そこにあったのは資料をしまっておく戸棚であった。彼は戸棚の下の両開きする収納スペースを開き、そこに体を丸めて隠れていた騎士団員と思しき男性を見つける。
グラスが戸棚の下を開くと、中で震えていた男性は悲鳴を上げて暴れ始めた。
「ひぁぁぁぁぁぁっ!? 止めろッ!? こっちに来るなぁッ!?」
「おい落ち着けッ! 俺達はノスフェクトじゃねえ。別に取って食ったりはしねえから……」
隠れていた男性を落ち着かせようとするグラスであったが、この部屋で起こった惨劇に完全に正気を失ったらしき男性は半狂乱になり飛び出し、護身用だろう拳銃を抜くとグラスと2人のライトスコープにひっきりなしに向け威嚇していた。
「来るなッ! こっちに来るなッ!」
「その銃を捨てろッ!」
「こっちに来るなッ!?」
「捨てろッ!!」
一応δ4とδ6も銃口を向けつつ、声を荒げて武装解除を促した。男性は尚も拳銃を振り回していたが、一向に攻撃を仕掛けてこず声を掛けるだけに留めるグラス達に興奮も冷めてきたのか次第に落ち着きを取り戻してから拳銃が零れ落ちる。そしてまだ恐怖に混乱した顔をしてはいるが、自分がどういう状況なのかは分かるのか震えながらも両手を頭の高さまで上げて降参の意を示した。
「来るな……来ないでくれよ……? あ、アンタ達は……」
やっとまともに話が出来るようになったのを見て、グラス達は安堵の溜め息をつく。まだ困惑してはいるようだが、それでも先程に比べれば大分マシだと一息つきながらグラスは男性に自分達の事を含めて状況を説明した。
「俺達はS.B.C.T.のδチーム。ここへは元々、襲撃を仕掛けるつもりで来たんだが……まぁそれはいい。それより、一体何がどうしてこうなったんだ?」
男性はグラス達が騎士団を襲撃してきたS.B.C.T.であると聞かされ身構えたが、今すぐ自分を害するつもりではないのだと察すると落ち着きを取り戻し自分が知る限りのこれまでの経緯を説明し始めた。曲がりなりにも敵対状態の組織と仲良くするなど問題だが、頼れる見方は居らず何時何処から敵が出てくるかも分からない状況では、下手に逆らうよりも協力して守ってもらった方がずっと賢い。
「く、詳しい事は分からない。気が付いたら、あちこちでノスフェクトやゾンビが暴れてて……アスペン神父に指示を仰ごうとしたら、奴らが扉を開けて中に入ってきたんだ。俺は偶々隠れられるところの傍に居たから、急いで隠れてやり過ごしたけど…………!?」
部屋にノスフェクトやゾンビが雪崩れ込んできた時の事を思い出したのか、男性が再び震え始めた。隠れていた為その光景を直接目にする事は無かったのだろうが、それでも薄い扉一枚を隔てた先から聞こえてくる悲鳴や叫び、人間が引き裂かれ食い千切られる音に彼は祈りながら助けを待っていたのだ。その間の恐怖は如何ばかりだっただろう。そんな状況に長時間置かれれば、半狂乱になっても仕方ない。
「分かった。取り合えず、俺達の目標はここを制圧する事だ。その過程でついでに入り込んだノスフェクト共を倒すが、それと同時に指揮官のアスペンとやらも捕縛しときたい。何処にいるか分かるか?」
「あ……えっと……」
グラスがアスペンの居場所を問い掛けると、途端に男は口籠り視線を左右に彷徨わせる。流石にそこまで明確な裏切り行為をすればただでは済まないだろうから、躊躇うのも仕方がないのかもしれない。それでもδ6が銃口を向ければ、彼は大人しく口を割った。どの道今の彼はS.B.C.T.の捕虜も同然だし、下手に逆らって見捨てられでもしたら次の瞬間にはノスフェクトに襲われてしまうかもしれない。それならここで彼らについて、守ってもらう方が余程利口だ。諺にもある。長いものには巻かれるのが一番だ。
「ちょ、ちょっと待って……」
男性はまだ生きているコンソールを探すと、そのコンソールに付いた状態で体のあちこちを食い千切られて息絶えたオペレーターを、おっかなびっくり退かしてコンソールを操作して施設内の状況を調べた。
後ろから男性の作業を見ているグラス達。あちらこちらで緊急を示す表示が赤く点滅し、あちらこちらで未だ混乱状態が続いているのが分かった。
しかしこれだとアスペンが今どこで何をしているのかが分からない。もしかすると奇襲を受けて既に死んでいるのかと訝しんでいると、男性がディスプレイに表示される施設内のマップの一部を指差した。
「あ、ここっ! 多分アスペン神父はここに居るッ!」
男性が指差したのは、地下施設上層部に位置する場所であった。マップには緊急車両格納庫と表示されている。
「何故ここだと?」
δ4が問い掛ければ、男性はその部分のマップを拡大表示しながら答えた。
「ここは、騎士団でも限られた人しか動かす事が出来ないんだ。もしもと言う時にアスペン神父みたいな上級職の人を逃がす為の車両がある場所だから」
つまりアスペンや、恐らくエリーらは他の騎士団員を見捨てて自分達だけサッサと逃げ出そうとしているという事か。それを知ってグラスは不快感に顔を顰めつつ、手に入れた情報を速やかに後方に伝えた。
「δ0、こちらδ5」
『こちらδ0。どうかした?』
「こっちは今騎士団の指揮所に居るんだが、敵指揮官の現在地が分かった。今そっちにデータを送る」
グラスはコンソールを操作して、地上で待機している指揮車に手に入れたデータを送信した。施設のデータを取得しその中でアスペンが居るだろうポイントをハイライトされたのを見て、リリィはオペレーター席で強く頷いた。
『来た……! こちらδ0、こちらδ0! δチーム各員に伝達、至急施設上層部の緊急車両格納庫に向かってください。そこに敵の指揮官が居ますッ!』
「連中が逃げられないように、出入り口を封鎖したりは出来ないか?」
『それはこちらにお任せくださ~い。ちょちょいのちょいっとぉっ!』
急げば間に合うだろうがもしもと言う事を考えてグラスが敵の足止めを要請すれば、通信機からアイリスの声が聞こえてきた。優れたハッカーである彼女の手に掛かればこの程度造作もない。しかも今は内部に侵入した隊員も色々と仕掛け、更には内部の詳細なマップまであるのだ。今、この施設の全ては彼女の手中に収められていると言っても過言ではない。
『件の格納庫から外へ通じる全ての扉をロックしました。ついでに目標地点への扉は全て開放したので、ノスフェクトやゾンビの妨害を除けば邪魔される事なく辿り着ける筈ですよ』
「サンキュー、ε0。よし、お前ら行くぞッ!」
「あぁっ!」
「了解ッ!」
「あ、あの~、俺は……?」
グラス達が上に向かいアスペン達と対峙していようとしている所で、この場で1人騎士団側の人間である男が居心地悪そうに手を上げた。捕虜となったからとは言え、爆速で情報を漏らした事は明確な裏切り行為であり、正直な話今アスペン達の元へと向かうのは遠慮したい。気まずいなんて物ではないのだ。かと言ってここに一人取り残されていくのも不安だし…………
どうすればいいかと男が訊ねてくれば、グラス達は互いに顔を見合わせ肩を竦めた。
「ま、途中までは一緒に来てもらうしかねえな。こんな所に一人取り残されたくはねえだろ?」
「それは、勿論……」
「じゃ、決まりだな」
「心配しなくても、途中で後続の部隊に捕虜として引き渡す。一緒に来られても邪魔でしかないしな」
方針が決まるとその後の行動は早かった。グラスとδ4、δ6は上に向け移動し始める。途中他所の部隊がノスフェクトやゾンビ、混乱して攻撃してくる騎士を相手にするのを援護したりしながら最初に辿り着いたエレベーターホールに戻ると、δ2、δ3が合流した。
「よぉ、待ってたぜ!」
「ここからはγチームがここを確保してくれる。俺達も一緒に行くぞ」
「分かった。それじゃγチーム、コイツ頼んだ」
捕虜にした男をγチームに引き渡したグラス達は、少し離れた所にある緊急車両格納庫へと向かった。
程無くして辿り着いた格納庫では、非常用の車両と外に出る為の扉が突然うんともすんとも言わなくなった事にアスペン達が右往左往している様子が見て取れた。
「何をしている、早く開けろ」
「そ、それが、こちらからの操作を受け付けませんッ!?」
「アスペン神父、これは……!」
「あぁ、してやられたな」
可能性はゼロではないが、ノスフェクトがやったと考えるよりはこのタイミングでS.B.C.T.の襲撃があったと考えるのが普通だ。確信をもってアスペンが頷きながら振り返ると、そこにグラス達が到着しアスペンとエリー、そしてその配下に銃口を向け投降を促す。
「ここまでだッ!」
「全員武器を捨てて投降しろ。投降すれば身の安全は保障する」
グラス達の警告に対し、アスペンは忌々し気に唸ると吐き捨てるように問い掛けた。
「やってくれたな……この騒動、貴様らが仕組んだのか?」
「襲撃した立場ではあるが、ノスフェクトの事を言ってるなら俺達は無関係だ。それより、大人しく降参しろ。もうお前達に逃げ場はないぞ」
施設内の各所は既に制圧しつつある。内部に蔓延るノスフェクトやゾンビは粗方殲滅完了し、戦いの趨勢は決しつつあった。グラス達が勝利を確信するのも無理はないだろうし、この状況になれば彼らも降参するだろうと考えるのは当然である。
だがそんな彼らに対し、アスペンは呆れたように息を吐くと徐にクロスショットを抜いた。まさかこの状況で抵抗するつもりかとグラスが銃口を向け威嚇しようとした、その瞬間…………瞬きした次の瞬間には目の前にアスペンが迫ってきていた。両者の間には数メートルの距離があったにもかかわらずだ。
「なっ!?」
「フンッ!」
「ごほっ!?」
突然の急接近にグラスも反応が遅れ、その間にアスペンの掌底が彼の腹にめり込み後方に吹き飛ばした。
「え? えっ!?」
「レックス!?」
レックスが変身したグラスが、生身の人間相手に反応する間もなく吹き飛ばされた事に残りの隊員達が唖然となる。それでもこれまでの訓練の成果か即座に銃口を向けて牽制しようとするが、相手が生身の人間であるという事実が彼らの動きを鈍らせた。
アスペンはその隙を見逃さず、回し蹴りでδ2を蹴り飛ばしたかと思えばクロスショットを振り回しながら流れるように他の隊員達を次々と撃ち抜き倒していく。
「うわっ!?」
「ぐっ!?」
「がっ!?」
「ごほっ!?」
ファッジを始めとした特異生物相手に、一応渡り合う事が出来るパワードスーツでもあるライトスコープが生身の人間相手に一方的に叩きのめされるという悪夢のような光景。しかしグラスは体勢を立て直すと、相手が只者ではないと認識を改め骨の一本や二本を奪う覚悟で押さえつけに掛かった。
「コイツッ!」
「フンッ……」
〈in Jesus' Name we pray.〉
「ッ!」
だがアスペンは彼が取り押さえようとするよりも前に、ベルトに装着したクロスショットに十字架を装填し引き金を引いてシャドゥに変身してしまった。
「……変身」
〈Amen〉
シャドゥは変身すると再びベルトからクロスショットを外し、銃口をグラスに向け躊躇なく引き金を引いた。グラスはそれを体の側面のスラスターを使って横に回避すると今度は背面のスラスターを使って一気に加速しバスターショットを振り下ろした。
「ハッ!」
「ヌッ……!」
素早いグラスの動きにシャドゥは反応し、振り下ろされた刃を横から殴りつけるようにして軌道を逸らした。攻撃を受け流されて隙が出来たグラスに、シャドゥは至近距離から銃撃して引き剥がして距離を取らせる。
「ぐぁぁっ!?」
グラスを引き剥がしたシャドゥは、手にしたクロスショットをスピンコックしエネルギーをチャージするとその銃口を膝をついたグラスではなく閉ざされた扉の方に向け引き金を引いた。
〈One judge! Shooting cross!〉
「くっ!?」
閉ざされた隔壁に着弾した銃弾は分厚い隔壁を粉砕し穴を開ける。シャドゥは空いた穴を指差し、配下をそこから外に逃がした。
「撤退しろ。もうここはダメだ。ここは退いて、本隊と合流する」
「本隊だぁっ!?」
まさかの単語にグラスが言葉を失う。本隊と言う事は、即ち騎士団の増援がこちらに向かって来ているという事。シャドゥはそれだけの戦力をもって、ヴァーニィを含む全てのノスフェクトを殲滅するつもりなのだ。そんな事を許せば最後、季桔市は修道騎士団とノスフェクトによる全面戦争の場となり無関係な人々にも多大な犠牲が出る事は容易に想像できた。
「お前、正気かッ! そんな戦力ぞろぞろと連れてきて、周囲への被害は……」
「それがどうした?」
「何だと?」
容赦なく街を戦場にしようとするシャドゥを責めるグラスだったが、彼から返ってきた言葉に思わず言葉を失う。
「全人類と高々数百数千程度の住民の命……どちらが優先すべきかは火を見るよりも明らかだろう。街一つが地図から消滅しただけでより多くの人間が助かるなら、安い買い物だと思うがな」
あっけらかんとした様子で告げるシャドゥに、グラスも何も言えなくなる。いや、言いたい事はそれこそ本当に山ほどあるのだ。ただ、言いたい事があり過ぎて逆に何を言えば良いのか分からなくなってしまった。だがそれ以上に感じた事は、コイツとは絶対に通じ合う事は出来ないという事だった。目の前に居る男は異質だ。とてもではないが話が通じるとは思えない。
黙り込むグラスを無視して、シャドゥは部下を指揮しているエリーに指示を出した。
「エリー、磯部を回収しろ。何処かをほっつき歩いてるんだろ」
「了解しました」
シャドゥの指示を受けてエリーはアッシュに変身して施設内部に戻っていく。そう言えば揚羽やバルトの姿が見当たらなかった。何処にいるのかと思ったが、どうやらシャドゥ達とは別行動をして内部のノスフェクトを狩って回っているらしい。
止める間もなくその場を去るアッシュを見送ったグラスは、呻き声を上げながらも今はとりあえず目の前のシャドゥを何とかすべきだと気持ちを切り替え立ち上がるとバスターショットを構えた。グラスが構えを取ると、シャドゥもそれを牽制するようにクロスショットを構える。
睨み合う両者が、再び動き出したのは同時であった。シャドゥがクロスショットを向け引き金を引くと、グラスはそれを最小限の動きで回避しつつ突撃した。
「ハァァァッ!」
次々と放たれる銃弾を、全身のスラスターを上手く使い紙一重で回避し最短距離で相手に近付く。そして十分な攻撃圏内に近付くと、彼はバスターショットを振り下ろしシャドゥを切り裂こうとした。だがシャドゥはまるでグラスの攻撃の軌道が見えているかのようにまたしても回避し、攻撃を躱され隙を晒したグラスの脇腹を撃ち抜こうとした。
「舐めるなぁぁぁぁッ!」
「!?」
だが同じ轍を踏む程彼も愚かではない。このタイミングで回避される事は予想していた彼は、先程のシャドゥの動きから相手がどの様に回避するかを予想し、回避された瞬間にはそれに対処し取り回しに難があるバスターショットを手放し前腕部のバックラーから伸ばしたカッターを振るいクロスショットを弾いた。予期せぬ攻撃にシャドゥの反応は遅れ、弾かれて明後日の方を向いた銃口が火を噴き何もない天井に穴を穿つ。
「くっ!」
「らぁっ!」
「ぐぉっ!?」
すかさず弾かれた銃口を再びグラスに向けようとするシャドゥであったが、この至近距離であれば彼の動きの方が早い。純粋な筋力だけに頼らぬ、腕のスラスターを利用して加速させたもう片方の腕のカッターが素早くシャドゥの胴を切り裂き衝撃で後退させた。
「く、くぅ……!?」
「へへ、どうだ!」
一進一退となるグラスとシャドゥの戦い。イジターが逃げていき、ライトスコープが傷付き倒れる中、両者は睨み合い膠着状態となるのであった。
***
一方地下の終牢獄では、依然としてシルヴァとマンティススパイダーノスフェクトの戦いが続いていた。
「ハッ!」
「くっ!」
シルヴァが銀の軌跡を残して剣を振るえば、マンティススパイダーノスフェクトはそれを腕の鎌で防ぎ後退する。その最中両手から無数の糸を投網の様に放ち彼女を捕えようとするが、彼女は可能な限り最低限の動きで回避し、回避しきれないものに関しては切り払う事で対処した。
こちらも上での戦いに負けぬ一進一退の攻防戦……しかしあちらと違うのは、シルヴァの方が既に大分消耗している事であった。
「はぁ……! はぁ……! くっ……」
「どうした、女ぁ? 随分と辛そうだな?」
マンティススパイダーノスフェクトからの指摘に、シルヴァは仮面の下で悔しそうに顔を顰める。
元々エリーの手で行われた拷問による消耗がまだ完全に癒えていない状態で、無理をして同行したのである。傷は開きボディースーツの下では傷口から血が滲んでいた。激痛に視界が歪み、膝が言う事を聞かずガクガクと震え始める。相手に弱みを見せまいとその場に膝をつく事はしないようにしていたが、それでも相手には察知されてしまった。
「へへっ、どうやらとっくに弱ってたみたいだな。その状態でここまで食らい付いて来るとは大したもんだが、それもここまでだな……!」
シルヴァの集中力が切れた一瞬の隙を突くようにマンティススパイダーノスフェクトが突撃してくる。シルヴァがそれを迎え撃つべく身構えていると、マンティススパイダーノスフェクトは彼女の眼前で視界を埋め尽くす様に枝分かれした糸を放った。相手の姿が掻き消えるほどの量の糸の壁を前に、シルヴァは咄嗟にクロスショットのレバーを二回起こしてエネルギーを刀身にチャージする。
「くっ!」
光り輝く刃が、糸の壁を切り開きその先に居るマンティススパイダーノスフェクトをも切り裂く。が、糸の壁の向こうにマンティススパイダーノスフェクトの姿は無かった。
「えっ!?」
「ははぁっ!!」
「あぅっ!?」
敵の姿を見失った事に、シルヴァの思考が一瞬停止してしまう。その隙に背後に回ったマンティススパイダーノスフェクトは、彼女の両手足を壁に固定しX字に磔にして動きを封じた。
「ヒヒッ! 隙だらけだぜ、女ぁ?」
「くぅ……!」
普段の、万全の状態の彼女であれば、この程度の目くらましに引っ掛かる事は無かっただろう。不調であったが故に判断と反応が遅れた彼女は、廊下の中央に両手足を広げた状態で固定され何も出来なくなってしまう。
抵抗する術を奪った彼女の体を、マンティススパイダーノスフェクトの手が弄り鎧やボディースーツ越しに彼女の豊満な四肢を弄ぶ。
「へへへっ、変身する前から思ってたけど、いい体してるよなぁ?」
「う、くぅ……!? や、放し……!」
「くひひっ! ホント、俺好みの堪らねえ体だ。上の連中もそろそろ数減らすだろうし、このまま連れて帰ってたっぷり愉しませてもらうとするかな」
下衆な考えを隠しもせず告げてくるマンティススパイダーノスフェクトを睨み付けるシルヴァだったが、その視線すらも今の相手からすれば最高のスパイスでしかない。こんな目をする相手が自分に嬲られてどんな悲鳴を上げてくれるかと想像するだけで股座がいきり立った。
このまま彼女を簀巻きにして連れ去ろうとするマンティススパイダーノスフェクト。だがその背後から、大槌を振り回すバルトが飛び掛かった。
「ハァァァァッ!!」
「ッ! チッ!」
背後から迫るバルトの存在に気付いたマンティススパイダーノスフェクトは、咄嗟にシルヴァから離れ鎌を構える。シルヴァはあわやと言うところで自分を助けてくれたのがバルトであった事に、一瞬友であるルクスの姿を幻視した。
「ル、ルクスさん……?」
ルクスの名を呼ぶシルヴァであったが、残念な事に今のバルトに変身しているのは彼女ではなく揚羽であった。揚羽が変身したバルトは、距離を取ったマンティススパイダーノスフェクトに親の仇と言わんばかりに怒りと憎しみを込めて攻撃を仕掛ける。
「ノスフェクト……! お前達が、お前達が居なければみのりんは……!」
何度も振り下ろされるバルトの大槌。当然この槌も銀で出来ている為、一撃加わる毎にそのダメージはマンティススパイダーノスフェクトに大きく伝わり直撃だけは何とか免れているがそれも何時まで持つか分からない。何分怒りと憎しみが乗ってパワーが上がっている為、一撃一撃の重さが尋常ではないのだ。案の定防ぐのに使っている鎌には罅が入り、何時粉砕されてもおかしくない有様となっている。
これが通常のノスフェクトであればこのまま押し切られていただろう。しかしバルトが相手をしているマンティススパイダーノスフェクトは上級ノスフェクト。単純な力のみでなく、その狡猾さも決して侮れないものを持っていた。
「舐めるな、小娘ッ!」
何を思ったのかマンティススパイダーノスフェクトは自らバルトの大槌に鎌を叩きつけた。大槌の振り下ろし似合わせての鎌の一撃は、ただでさえボロボロだった鎌にトドメの一撃となるには十分な威力があり攻撃した側の鎌が砕け散る。
その砕けた鎌の欠片が飛び散った先にはバルトの仮面もあり、仮面に砕けた破片が当たると彼女は反射的に目を瞑ってしまった。
「ッ!?」
「いけない、揚羽さんッ!?」
「バカがッ!」
「げぼっ!?」
マンティススパイダーノスフェクトの狙いに気付いたシルヴァが声を上げた時には既に遅く、目を瞑り視界を塞いでしまったバルトの懐に入り込んだ相手の握り締めた拳が彼女の腹に深く突き刺さった。変身していた事で体は守られ、貫通どころか内臓が潰れる事も無かったが、それでも身動きが取れなくなるほどのダメージに彼女はその場に蹲ってしまった。
「げぼっ!? げほげほっ!? う、おぇ……!?」
ついこの間まで普通の学生でしかなかった彼女には耐えがたい激痛。そのまま変身が解けてしまった彼女に、マンティススパイダーノスフェクトは悠然と近付き手を伸ばした。
「チッ、手古摺らせやがって。まぁいい、コイツもそれなりにいい女みたいだから、折角だし一緒に連れて帰って――」
マンティススパイダーノスフェクトの手が揚羽へと伸びる。動けない揚羽はそれを睨み付ける事しか出来ず、これ以上の蛮行を許す訳にはいかないとシルヴァが必死に拘束を引き千切ろうとした。
果たして、揚羽に伸ばされたマンティススパイダーノスフェクトの手は再び乱入してきた者により弾かれる事となる。
「させませんよッ!」
「ぐっ!? ちぃ、今度は何だッ!」
またしても邪魔された事に怒り心頭と言った様子のマンティススパイダーノスフェクトが睨み付けたのは、シルヴァの後方であった。磔にされている彼女からは新たな乱入者の姿を見る事は出来ない。だがしかし、その聞き覚えのある声に彼女は安堵よりも危機感の方を募らせた。
「その声……エリーさん……!」
肩越しに背後にシルヴァが声を掛ければ、アッシュは今し方マンティススパイダーノスフェクトの手を打ち払うのに使った鞭を引き戻し、そして磔にされているシルヴァの後ろ姿に仮面の下で笑みを浮かべるのであった。
と言う訳で第62話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。