仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第63夜:狂信者の救い

 揚羽の窮地にやってきたアッシュは、しかし救世主と言うにはあまりに歪み悍ましかった。彼女はマンティススパイダーノスフェクトを後退させると、磔にされているシルヴァに後ろから近付き、身動きが取れない彼女の顎先を指でそっと撫でた。仮面越しに感じるアッシュの指の感触に、シルヴァは逃れようと身を捩った。

 

「う、くっ!」

「ウフフフフ……! 良い恰好ですね、カタリナさん? 待っていてください、あなたの事も直ぐに連れて行ってあげますから」

 

そう言ってねっとりとシルヴァの頬を撫でたアッシュは、手にした鞭を床に叩き付け砕き、身構えているマンティススパイダーノスフェクトと向き合った。

 

「さて、本当は揚羽さんを迎えに来ただけだったのですが、思わぬ収穫です。お礼に一思いに始末してあげますから、抵抗を止めてください化け物」

「ケッ、何言ってやがる。そいつらはどっちも俺の獲物だ。俺が連れて帰って愉しむんだよ。横取りするんじゃねえ」

「下衆ですね」

「お前もな」

 

 互いに口先で牽制し合いながら、じりじりと間合いを図っていく。その様子を見ながら、シルヴァは何とかこの拘束から逃れられないかと藻掻くが、蜘蛛の糸による拘束は強固で幾ら身を捩っても外れる気配がない。自分1人ではどうしようもないと諦めかけたその時、背後から複数の足音が近付いて来るのを感じた。まさかアッシュの配下かと肝を冷やすシルヴァであったが、よくよく耳を澄ませるとその足音にはサーボモーターの音が混じっている。イジターにはそんな音は混じらないので、そんな音が混じる足音となると必然的に接近してきているのが何者であるかが分かり仮面の下で笑みを浮かべた。

 

「マーシーさんッ!」

「ちぃ、何だよ思ってたよりヤバい事になってんじゃねえかッ!」

「寄り道した罰が当たったな」

 

 終牢獄に入る道は1つしかない為、アッシュがここに来た時シルヴァは彼らの安否を心配していた。だがどうやら彼らは一度終牢獄と上階を繋ぐ廊下から離れていたらしい。恐らくはノスフェクトかゾンビの追撃の為離れていたのだろう。それが功を奏し、アッシュと鉢合わせる事を避ける事が出来たのだ。彼らだけだと、酷だがアッシュに蹴散らされて終わっていただろうからこれは望外の幸運と言える。

 

 そしてこのタイミングで彼らが合流してくれた事は、シルヴァにとってこれ以上ない幸運であった。彼女は後ろから近付いて来るδチームの隊員達に、この拘束を解くよう頼んだ。

 

「皆さん、お願いしますッ! これを何とか出来ませんかッ!」

「だってよ、δ10ッ!」

「了解ッ!」

 

 シルヴァからの要請にδ10は足を止めると銃口を向け、狙いを定めて引き金を引く。狙うは勿論、シルヴァの両手をそれぞれ拘束している天井から伸びる糸の束。ノスフェクトの表皮をも穿つ銃弾は、見た目以上に頑丈な蜘蛛糸を容易く引き千切る。

 天井から吊るす様に両手を拘束していた糸束が無くなると、シルヴァは銀の細剣を使い両足を拘束している糸を切断し自由の身になるとすぐ傍で蹲る揚羽を支えるように抱き上げた。

 

「揚羽さん、大丈夫ですか?」

「うぐ、うぅ……」

「皆さん、ここは一旦退きましょう。上の方も落ち着いてきたでしょうし」

 

 自分もそうだし揚羽もだが、見ればδチームも大分消耗している。ここで無理をするのはあまり得策とは言えない。一度後退して体勢を立て直すのがこの場では最善と言えた。幸いな事にアッシュとマンティススパイダーノスフェクトは勝手に潰し合ってくれている。この隙にこの場から逃れられれば…………

 

「あっ! テメェら、逃げるつもりかッ!」

「困りますよ、カタリナさんッ! あなたも、揚羽さんも、一緒に来てもらわなくてはッ!」

「くっ!」

「そうは問屋が卸さねえってよ」

 

 ところがシルヴァが揚羽を連れてこの場から離れようとしていると気付いた瞬間、マンティススパイダーノスフェクトとアッシュは互いに戦闘を止めシルヴァ達を捕えようと標的を変え接近してきた。つい先程まで互いに殺し合っていたとは思えない変わり身の早さに、シルヴァは儘ならないと歯噛みしつつ揚羽をδ10に託し自身は前に出てアッシュ達を受け止めようと身構える。

 

「私が前に出ます。皆さんは援護を――」

 

 その時、出し抜けに彼女達の後方から無数の銃撃が響くと、彼女らの間を銃弾が通り抜けて接近しようとしていたアッシュとマンティススパイダーノスフェクトの足を止めさせた。

 

「くっ!?」

「何っ、増援ッ!?」

 

 銃撃は上階の制圧を終えたγチームによるものであった。終牢獄以外の施設の制圧を粗方終えたγチームは、部隊を二つに分けて終牢獄と格納庫の方へと援護に動いたのである。

 

『現在γチームがδチームの援護に向かっています。下はどうですか?』

「今こっちに来たッ!」

 

 援軍が来てくれればこっちのものと、δ8が前に出て派手に発砲する。それに他の隊員達も続くと、アッシュとマンティススパイダーノスフェクトもこれ以上は流石にマズイと撤退を決断した。

 

「チッ、面倒クセェ……さっさとずらかるか」

 

 マンティススパイダーノスフェクトはそう言うと、弾幕の間を潜り抜けて近くの通気口へと飛び込んでいった。それを見た隊員が通気口がある面に向けて発砲し壁越しに銃撃するのだが、手応えは感じられず逃げしてしまった事を察する。一方のアッシュは、1人取り残された事で窮地に陥る。マンティススパイダーノスフェクトが逃げた事で標的が1人に絞られた為、全員の攻撃がアッシュ1人に集中したのである。

 

「ぐ、くぅ……!?」

「よし、このまま追い込めっ!」

 

 如何にスペックの差があるとは言え、ここまで追い詰められれば話は違ってくる。アッシュは防御に回らざるを得なくなり、その防御も次第に突破され装甲やボディースーツが損傷していく。

 

 壁際に追い詰められ四方八方からの集中攻撃を受けるアッシュの姿に、シルヴァは辛そうに顔を逸らした。彼女に対しては思うところもあるし、善人ではないという事は嫌と言うほど分かっている。あんな目に彼女が遭っているのも、ある意味では因果応報と言えるかもしれなかった。それでも、その姿を前に、満足が出来てしまう程シルヴァは他人を憎みきる事は出来なかった。

 

「ッ……」

 

 シルヴァが俯き視線を逸らした。その瞬間をアッシュは待っていた。彼女にとって周囲のライトスコープは塵芥に等しい。一番警戒すべきシルヴァが、自分に対して警戒を解いてくれたこの瞬間こそが彼女にとっての一番の好機。

 

「く、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 突然追い詰められたと思っていたアッシュが雄叫びと共に突撃し始める。最後の悪足搔きかとライトスコープ達が思ったその時、アッシュは廊下と言う狭い空間で跳躍したかと思ったら手にした鞭を振るって揚羽を捕まえているδ9を打ち払い壁に叩き付けた。

 

「ぐぁっ!?」

「δ9ッ!」

「クソがッ!」

 

 δ9が壁に叩き付けられ行動不能になったのを見て、他の隊員が即座にアッシュに攻撃しようと銃口を向ける。だがそれをシルヴァが宥め抑えた。今アッシュの傍には生身の揚羽が居る。ここでアッシュを攻撃しようとすれば、余波が揚羽にまで及び傷付けてしまいかねなかった。

 

「ダメですッ! 今撃ったら揚羽さんがッ!」

「ッ、チッ!」

 

 シルヴァの指摘されてライトスコープ達が引き金に掛けた指を離す。その間にアッシュは、解放した揚羽そ背に庇いこの場から逃した。

 

「今の内に逃げなさい。時間は私が稼ぎますので」

「エリーさん……!」

 

 解放されて即座に逃げ出そうとした揚羽だったが、しかしアッシュ1人をこの場に残して自分だけ逃げる事に後ろ髪を引かれ躊躇した。この戦力差、シルヴァまで居る状況で1人残るのは、戦いの経験が浅い揚羽でも絶望的だという事が分かる。そんな揚羽の不安が分かるのか、アッシュは彼女の頭を軽く撫でて安心させた。

 

「ご安心を。私はまだ死にはしませんよ。あなたには色々と教えたい事もありますしね」

 

 出会いは偶然だったが、アッシュは揚羽の事を気に入っていた。それこそ自分の後継にしようと考えるほどには。最愛の友を失い、絶望に振り回され仇を討つべく剣を手に取り我武者羅に突き進む姿は、アッシュからしても好感が持て色々と教えようという気になったのだ。

 そんな彼女を助ける為であれば、多少の危険などどうと言う事ない。

 

「さ、行きなさい。道中軽く掃除しておきましたから、以前教えた通りに逃げれば外に出られる筈です。外に出たらアスペン神父と合流を」

「は、はい……!」

 

 アッシュに背を押され、揚羽がその場に背を向け逃げ出した。S.B.C.T.の隊員達がその後を追おうとするが、アッシュはそれを許さずエネルギーを充填させた鞭を薙ぎ払いシルヴァ以外のライトスコープを軒並み叩き伏せ動きを封じた。

 

「追えっ、逃がすなッ!」

「行かせませんよッ!」

〈Judgement stream〉

「「「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」

 

 放たれたアッシュの必殺技で薙ぎ払われたライトスコープ達。シルヴァはギリギリのところでアッシュの攻撃を回避した為大事には至らなかったが、お陰でこの場で立っているのは彼女1人と言う状況になってしまう。視線を廊下の向こうに向ければ、揚羽の背はもう見えなくなっていた。彼女を説得できるかと思っていたのに逃げられてしまった事にシルヴァは仮面の下で顔を顰め、対するアッシュは目的を達成できたことに満足そうに息を吐いた。

 

「フフッ、神は私と揚羽さんに微笑んでくれたようですね?」

「いえ、まだですッ! 今からでも間に合わせますッ!」

 

 ここで揚羽を捕え説得し、力を捨てさせなければ最悪の事態にもなりかねない。シルヴァは使命感に近い意識を抱き、揚羽を引き留めるべく彼女の後を追おうとする。だがその為には、目の前に立ち塞がるアッシュをどうにかしなければならない。

 

 アッシュを突破し揚羽を追う為シルヴァは銀の細剣を構え、アッシュもそれを迎え撃つべく身構えた。

 

「エリーさんッ! そこを退いてくださいッ!」

「お断りします、よっ!」

「くっ!」

 

 振り下ろされるアッシュの鞭をシルヴァは横に転がって回避する。しかしアッシュの鞭捌きは卓越しており、手首の動き一つでまるで意志を持っているかのようにシルヴァを追跡。回避したばかりで体勢が崩れているシルヴァの片足に巻き付くと、アッシュは鞭を引っ張って彼女を振り回し壁に叩き付けた。

 

「あぐっ!?」

「ほら、まだまだっ!」

「あぁっ!?」

 

 そのままアッシュにより振り回されあちこちに叩き付けられるシルヴァは、体のあちこちを壁や床、天井に叩き付けられ体がバラバラになるのではと言う程痛めつけられる。ただでさえアッシュ……エリーから受けた拷問のダメージが完全に抜けきっておらず、また先程のマンティススパイダーノスフェクトとの戦いで消耗した今の彼女にとって、このダメージはあっという間に彼女の体力を削るものであった。

 

「がはっ!? あ、ぐ……うぅ……」

「フフフッ♪」

 

 散々にあちこちに叩き付けられ、漸く解放された時にはシルヴァはボロボロで自らの力で立つ事も儘ならなかった。辛うじて剣は手放していないが、立ち上がろうと床についた手足は生まれたての小鹿の様にガクガクと震え何度も立ち上がろうとしては失敗して床に崩れ落ちる。

 

 アッシュは苦しみながらも藻掻くシルヴァの姿にサディスティックな笑みを浮かべると、鞭を振るい立ち上がろうと持ち上がった背中を何度も打ち床へと押し付けた。

 

「フンっ! ハッ!」

「あ゛ッ!? う、ぐぅっ!? あぁぁっ!?」

「ほらほら、もっといい声で泣いてくださいよカタリナさんッ! そら、そらぁっ!」

「あ゛あ゛あ゛ッ!? ぐぐ、ぐぅぅぅっ!? はぁ、はぁ……あ゛あ゛っ!?」

 

 高笑いするアッシュに何度も鞭うたれ、その度にシルヴァの口から悲痛な叫び声が上がる。美しかったシルヴァの鎧は見る見るうちにボロボロになり、ボディースーツも破れてその下の素肌から血が滲み白い体を赤く染めていく。

 

 たっぷり数十秒鞭で滅多打ちにされたシルヴァは、あまりの激痛に次第に悲鳴も上げる事が出来なくなる。意識も朦朧とし、何時気絶して変身が解除されてもおかしくない状況であった。最早気合だけで変身を維持している彼女を、アッシュは首に鞭を巻き付け自身に向け引き寄せた。

 

「流石ですね、カタリナさん。ですがねっ!」

「うぐぅっ!?」

 

 必死に立ち上がろうとしていたところに、首に鞭を巻き付けられたシルヴァは抵抗も出来ず引き寄せられる。そして半ば力無く引き寄せられた彼女を、アッシュは殴りつけて床に叩き付けると今度は自分の手で彼女の首を掴んで持ち上げた。

 

「ふんっ!」

「がはっ!?」

「フフッ、傷付いても美しいですよカタリナさん?」

「ぐぅぅ……!?」

 

 首を掴まれ持ち上げられ、気道を塞がれる苦しさにシルヴァが喘ぐ。先程床に叩き付けられた際、衝撃で遂に剣を手放してしまった。無防備となった彼女の両手は力無くだらんとぶら下がり、最早抵抗も出来ない有様であった。

 

 そんな彼女の変身しても分かる起伏に富んだ肢体を、アッシュはねっとりと纏わりつくような手つきで弄った。

 

「本当に、美しいです……」

「う、うぅ……!? あっ!? え、エリーさ、やめ……!?」

 

 傷付いたボディースーツ越しに引き締まったシルヴァの腹筋を撫で、腰の後ろに手を回して尻を揉み、背中を撫でると先程の鞭打ちで敗れて血が滲んだ傷口に爪を突き立てる。

 

「いぎっ!?」

「ウフフフ……さぁ、そろそろ行きましょうか? アスペン神父は最早あなたに価値を見出していませんが、私は違います。絶対に殺しません。殺さず、私の手元で存分に可愛がって差し上げます。毎日毎日、良い悲鳴を心行くまで聞かせてくださいね♡」

 

 このままアッシュに連れて行かれたら、考えるだけでも恐ろしく悍ましい目に遭わされるのは目に見えている。勿論シルヴァにそんな事を悦ぶ趣味はない。幸いな事にアッシュは既に勝った気でおり、警戒が緩んで隙だらけだ。この隙にと、シルヴァは少し上げるだけでも億劫になる腕をゆっくり動かし、腰のクロスショットを気付かれないように抜くと至近距離から何発も銃撃し強引に引き剥がした。

 

「それは……是非とも、お断りしますッ!」

「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 完全に油断していたアッシュにとって、至近距離からの銃撃は回避も防御も出来るものではなかった。強烈な銃弾を何発も腹に浴びて、堪らずシルヴァの首から手を放してもんどりうってひっくり返る。首が解放されたシルヴァはその場に崩れ落ちそうになるが、気合でそれを耐えると気力だけで立ち落とした細剣を拾うと必死に体勢を立て直そうとしているアッシュに先程のお返しとばかりに何度も刃を叩きつけた。

 

「ああああああっ!」

「あっ!? くっ、あぁぁっ!? ぐっ!? かはっ!? ぐ、ぐぁぁっ!?」

 

 鋭い斬撃や刺突がアッシュの灰色の鎧を切り裂いていく。アッシュも必死に抵抗するが、先程の銃撃でダメージを受けた事で動きが鈍り、またシルヴァがダメージを感じさせない洗練された剣技で攻撃を仕掛けてくる為抵抗は意味をなさず一方的に何度も斬りつけられていた。

 

 シルヴァの怒涛の攻撃を前にアッシュは気付けば鞭を落とし、それを確認した彼女はアッシュを蹴り飛ばした。

 

「がはっ!?……う、ぁ……ぁ……」

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 蹴り飛ばされ床に叩き付けられたアッシュ。一方のシルヴァも、これまでの無理が祟り体力的な限界が近付いてきていた。

 これ以上長く時間を掛けていられない。シルヴァはクロスショットのレバーを4回起こし、アッシュとの因縁を断ち切る為必殺技を発動させた。

 

〈Four judge. God's execution!〉

「くっ!?」

 

 銀の細剣が形状を変え鎧に戻ると同時に、スカートが鎖に変化しボロボロになったアッシュを十字の磔にする。迫る鎖にアッシュも逃れようとするが、鈍くなった動きでは間に合わず磔にされ身動きを封じられた。

 

 動けなくなったアッシュに、シルヴァはエネルギーをチャージした飛び蹴りをお見舞いする。

 

「ハァァァァァァァァァァァッ!!」

「あ、あぁ……あっ……!」

 

 光を放ちながら迫るシルヴァ。その姿にアッシュは神々しさを感じ、今正に自分の命が危ないという状況であるにもかかわらず彼女は仮面の下で恍惚な顔になりシルヴァから目を離さなかった。

 

 そして遂に、シルヴァの必殺技ゴッズエクスキューションがアッシュに炸裂する。磔にされて身動きが取れないアッシュにこれをどうにかする術はなく、体を穿つ勢いで炸裂した飛び蹴りは鎖を引き千切りアッシュを壁に叩き付けめり込ませた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?!?」

 

 壁にめり込んだアッシュの口から断末魔の叫び声が上がる。トドメとなる一撃は確実にアッシュの命に届き、仮面の口元からは溢れ出た血が零れ落ちた。

 

「がふっ、ごほっ……」

「はぁ……はぁ……くっ」

「あ゛……」

 

 暫し蹴りを放った体勢で動きを止めていたシルヴァは、足を下ろすと支えを失いゆっくりと前のめりになり倒れるアッシュの体を受け止めた。それと同時に2人の変身が解除され、そこには共に修道騎士団の制服に身を包んだ2人の姿があった。

 

 カタリナの顔に浮かんでいるのは悔恨、悲しみであった。ルクスの仇を討ったことに対する達成感や清々しさなど何処にもない。あるのはただ一つ、人1人の命を奪ってしまった事に対する後悔である。

 エリーはそんな彼女の気持ちを理解していた。彼女の事を注目していたエリーだからこそ、それが理解できたのだ。死相が浮かび、口から絶えず赤黒い血の塊を吐き何時命の灯が消えてもおかしくない状況下で、それでもなお彼女はカタリナの腕に収まり懺悔を向けられているという事実に満足していた。

 

「エリーさん……う、くっ!?」

「がはっ、ぐふっ……ふ、ふふふ……何て顔、を、してるんで、すか……カタリナ、さん……」

 

 今にも泣きそうな顔をしているカタリナの頬に、エリーが自身の血で汚れた手を添える。穢れの無いカタリナの白い肌に、エリーの血の赤が塗りたくられる。

 

「私は、後悔していませんよ。こうして、あなたに看取られている……今この瞬間、あなたは、私だけを見ている……ふ、ふふ……最高じゃありませんか」

「エリーさん……私は……」

 

 正直、今のカタリナにとってエリーは何と評していいか分からない存在であった。ルクスを奪われた事に対する怒りはあるが、彼女はそれを理由にエリーを貶めるような真似をしたくなかった。怒りや憎しみに身を任せてはいけないと自身を律し、心を落ち着けようとすればするだけ胸が痛んだ。この場では揚羽を追う為にそれを妨害するアッシュを排除するという理由を作って戦いはしたが、本音を言えば仲間であった彼女とは戦いたくないと言う思いの方が強かった。

 

 何時如何なる時でも、どんな相手であっても慈しみ思い遣る事が出来る……出来てしまう。そんな彼女の美しさと気高さに、包まれながら死ねる事はエリーにとっても悪くない最期であった。心残りがあるとすればもっとカタリナの事を弄び心行くまで愉しみたかった事だが、こうして彼女の腕の中で彼女に看取られて逝けるのであれば悪くないと思えた。

 故に、エリーは自分を抱きしめ今にも涙を流しそうな彼女にこの言葉を掛ける事が出来た。

 

「うふ、ふ……相変わらず、美し、い……ですね。やはり、あなたは……わた、しの、聖女……で…………、す…………」

 

 言いたい事を最後まで言い終えたエリーは、最後に大きな血の塊を吐き出し力尽きた。カタリナの頬に添えていた手も力無く離れ、事切れたその顔はこれ以上ない位穏やかで満ち足りていた。

 

 嘗ての同僚が自分の手で死んだ事に、カタリナは胸が締め付けられる思いになりながらも涙を堪えた。彼女を殺したのは自分だ。そんな自分に、後悔と悲しみの涙を流す贅沢は許されない。

 故に、カタリナはエリーの死に対し祈りを捧げると共に、彼女の最期の言葉に対して一言だけ返した。

 

「私は……聖女などと呼ばれるべき人間ではありませんよ」

 

 この戦いを最後に、季桔町の教会地下に存在する修道騎士団施設は完全に制圧された。内部に蔓延っていたノスフェクトやゾンビは軒並み討伐され、騎士団の生き残りの多くは確保。その一方でアスペンを始めとした一部の者達の行方は要として知れず、しかしこの戦いで消耗したS.B.C.T.にこれを追跡するだけの余力はなかった。

 

 現在警察組織の協力で追跡しているが、捜査状況は芳しいとは言えず結局アスペン達の足取りは追えず逃がしてしまうのだった。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 エリーにより逃がされた揚羽は、傷付き疲れ切った体を引き摺ってエリーに教えられた場所へと向かっていた。しかし彼女が辿り着いた時、そこは既に誰も居らず車両が走り去った轍の跡が残るだけであった。

 

「は……え? 誰も、居ない……? 何で……」

 

 揚羽は知らない事だったが、アスペンは発信機でエリーが死んだ事を察した時点で撤退を決めていた。揚羽がまだ合流していなかったが、下の状況が分からない中で何時までも1人の為にリスクを冒す理由はない。下手をすれば追撃隊に後ろを突かれる危険もあったのだ。まだ捕まる訳にはいかないと、アスペンは揚羽を見捨て直ぐに動ける手勢だけを連れて逃げた。

 

 揚羽は切り捨てられたのだ。その事を理解し、行き場を失った彼女は力無くその場に崩れ落ちる。

 

「そんな……私、どうしたら…………」

 

 束の間絶望に打ちひしがれる揚羽だったが、彼女は頭を振って絶望を振り払うと自らの足で立ち上がった。

 

「まだ……まだだ……! まだ、終わってない……! 私は、アイツを……アイツ等を……!」

 

 元々揚羽は別に修道騎士団の理念などに共感した訳ではない。ヴァーニィを、京也を……ノスフェクトを全て殺す為には、修道騎士団が都合が良かっただけである。タイミングよくエリーが彼女に接触し、彼女に復讐の機会を与えてくれると言うから参加しただけだ。だからアスペンに見捨てられても、衝撃波そこまでではなかったのは不幸中の幸いか。

 

 幸いはもう一つある。クロスショットとロザリオはまだ彼女の手元にあると言う事だ。これがあれば彼女はまだ戦える。例え一人ぼっちになろうとも、彼女は自分の意思でノスフェクトを全て倒すまで止まるつもりはない。

 

「待ってて、みのりん……絶対に、仇は討つからッ!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 揚羽が1人になりながらも尚復讐を胸に動き始めた頃、その彼女の復讐の対象である京也はアルフと共にヴラドの元へと連れ去られていた。

 

 2人はヴラドが滞在しているホテルに偽装した居城の一室に、距離を離した状態で天井から伸びる鎖に繋がれていた。揃って傷付き、拘束されている事もあって動く事も儘ならない。

 

「うぅ……」

「アルフ……くっ」

 

 あれからアルフは一滴の血も飲んでいない。その為体力は消耗しており、今の彼女は見た目相応の少女程度の力しか出す事は出来なかった。京也は何とか彼女を救おうと抵抗するが、変身していなければ彼もまた見た目に違わぬ力しかない為鎖を引き千切る事など出来ず、ジャラジャラと鎖を鳴らす事しか出来なかった。

 

 そんな2人が囚われている部屋に、カミラが静かに入ってきた。カミラは2人を交互に見て、2人の事を見下す様に鼻を鳴らした。

 

「フンッ、こんな奴らを生かしておかなければならないとは……」

 

 ペスター博士が生かせと指示をし、ヴラドがそれに従ったからこうして生かしているが、カミラとしてはさっさと始末してしまいたかった。これまでに何度も自分達の邪魔をしてくれた憎き相手、始末するなら今だ。

 だがその許可は下りず、それどころかペスター博士は自身の計画の為にカミラをも協力させた。本来ならヴラド以外の者の指示を受けるなど真っ平御免なのだが、ヴラド自身がそれを望んでいる為カミラは従うしかなかった。

 

 面倒くさそうに溜め息を吐いたカミラだったが、これもヴラドの為と気を取り直すとまずアルフに近付き彼女の両目を布で覆い目隠しをした。その状態で鎖を伸ばし、彼女が床に横になれるようにした。

 

「う……」

 

 吊るされた状態から降ろされ、漸く休めるようになったアルフは体を冷たい床に横たえる。両手は依然として拘束されている為逃げる事は出来ないが、体を休める事が出来るようになったのは素直にありがたい。

 

 しかし、カミラが優しさでこんな事をする訳がない。前述した通りこれはペスター博士からの指示なのだ。これが無ければ彼女は今すぐにでも2人を八つ裂きにしてやったところだ。

 

「まぁ、これでも多少は気が晴れるでしょうけどね」

「ま、待て……! アルフに、何をする気だ……」

 

 1人呟くカミラに、京也が息も絶え絶えになりながら止めようとする。何をするつもりなのか分からないが、アルフをこのまま放置する訳がないと思っていたのだ。

 

「私は何もしないわ。()()()をするのはあなたよ」

「何を……」

 

 カミラの真意が分からず困惑する京也の顎を掴んだ彼女は、彼と目を合わせて血の様に赤い両目を煌かせる。それがノスフェクトが使う催眠光であると気付いた時には既に遅く、京也は彼女の術中に嵌り急速に自意識を奪われていった。

 

「うあ……あ、ぁ……!?」

「ウフフ……!」

 

 京也が自分の意のままに操れるようになったのを確認したカミラは、彼の拘束を解いた。自由の身になった彼に、カミラはアルフを指差して指示を出した。

 

「私が止めるまで、この女を嬲り続けなさい」

 

 操られた京也はカミラの言葉に従う様に、床に倒れたアルフに近付くと彼女に覆い被さる。アルフは京也の匂いが近付いてきた事に安心するも、感じ取れる雰囲気が明らかに普段と違う事に困惑し恐怖した。

 

「きょ、京也……?」

 

 声を震わせ彼の名を呼ぶアルフだったが、彼はそれには応えず彼女の衣服に手を掛けるとそれを左右に思いっきり引いて引き裂き裸体を露にさせる。

 京也から感じる不穏な雰囲気と衣服を引き裂かれた事に、アルフは漸く本格的な危機を感じ思わず悲鳴を上げた。

 

「ヒッ!? イ、イヤァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 アルフに覆い被さり彼女の衣服を引き千切る京也の姿を、カミラは笑みと共に見つめていたのだった。




と言う訳で第63話でした。

今回でエリーは退場です。いや〜、なかなか長く生き残った気がします。
揚羽はアスペン達と合流に失敗したので、ここから先は独自の行動になります。次に出た時が決着かな?

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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