仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第64夜:京也の逆鱗

 日本における修道騎士団の拠点となる施設の制圧は完了した。この戦いでS.B.C.T.は多数の騎士団員を捕縛する事に成功し、その捕縛した団員を通じて騎士団の本部と大本である教会本部に日本政府を通じて抗議を行った。今のところ騎士団本部と教会側からの返答はなく、沈黙を貫かれている状況だった。

 

 当然だがそんな対応に、実際に現場で騎士団に悩まされた隊員達が黙っていられる訳がなく、九州支部内では多数の不満の声が上がっていた。

 

「ったく、騎士団やら教会の連中はまだ黙ってやがるのか?」

「らしいよ。総司令や日本政府も国連経由で再三抗議してるらしいけど、イタリアやバチカンが防波堤になってるって」

「ケッ、どいつもこいつも神の言いなりってか。下らねえ」

 

 憤るアルバートをテックが宥めている。それを横目で見ながら、レックスはレックスでロイや秀樹と議論を交わしている。

 

「実際の所、騎士団連中は何時まで黙ってるつもりなんだろうな」

「ほとぼりが冷めるまで、じゃないの?」

「冷めるんですか?」

「さぁ?」

「冷めないだろ? 連中こっそり日本に入ってきて、派手にドンパチやってあちこちに被害出してるんだぞ?」

 

 実際、修道騎士団が横から乱入してきたせいで被害が拡大した場合もあるし、彼らの影響は決して無視できるものではなかった。特にアッシュが前に出るようになってからはその傾向が強く、しかも連中は街や市民への被害を全く考慮しない。それもあって余計に被害が拡がる事もあり、それへの対処もあってS.B.C.T.は彼らに対して並々ならぬ憤りを感じていたのだ。

 

 隊員達が議論を交わしている横で毎度の如く手にした本のページを捲っていた昭俊は、レックス達の方をチラリと見やると不意に口を開いた。

 

「沈黙は時として雄弁以上に物を語る。沈黙こそが連中の答えだ」

「後ろめたさは無いし、まだ何か企んでるって事か?」

「或いは、連中でも意見が割れてて答えてる暇はないって事じゃねえか?」

 

 昭俊のさり気無い言葉に吾郎と一也が顔を見合わせる。確かに、意見が割れていると考えればこの沈黙も納得できた。素直に謝ろうと言う穏健な考えを持つ派閥と、自分達の非を認めないか自分達の正義を疑わない過激な派閥が対立して意見が纏まらず、それがこの沈黙に繋がっているのだろうと彼らは考えた。

 

 実はこれに関しては派閥の事もそうだが、何よりもカタリナが事実上S.B.C.T.に参加した形になっている事がより混乱を助長する形になっていた。騎士としても修道女としても注目を集めていたカタリナが、S.B.C.T.に協力して施設を襲撃したと言う事実は既に本部にも通達されている。それが彼らをさらに混乱させ、最早騎士団と教会の本部は収拾が難しい状態になっていたのだ。

 

 因みにその渦中の人物であるカタリナは、先の襲撃で傷が開いたのもあり現在ベッドの上で医務室に缶詰めにされていた。放っておくと勝手に起きて鍛錬したり何時間も祈りを捧げようとするので、定期的にリリィが様子を見に来ていた。

 

「カタリナさ~ん? 大人しくしてますか~?」

「リリィさん……そんなに何度も来なくても、もう勝手な事はしませんから大丈夫ですよ」

「さ~てどうですかねぇ? カタリナさんも結構頑固ですから」

「それは……」

 

 一応身の程を弁えてはいるつもりだが、それでもやはりジッとしては居られないのかどうしても体を動かしたくなってしまう。流石に今の状態で鍛錬しては傷の治りにも響くので、体が鈍らない程度の運動とこれまでの戦いで命を落とした人々への祈りだけに留めるつもりではあったのだが、リリィ達はそれも許さずベッドの上で療養する事を強要した。過保護、過剰干渉の様にも見えるかもしれないが、それくらいして大人しくさせなければ彼女の傷は癒えないのだ。

 

 仕方なくカタリナはベッドの上で横になりながら両手を組み祈りを捧げる日々を送っていたのだが、彼女の脳裏を過るのは行方を眩ませたアスペンと揚羽達の事であった。

 

「……リリィさん、アスペン神父達の行方は?」

「ん~、警察の協力も得て探してはいるんですけどねぇ。何処にどうやって隠れてるのか全然尻尾を見せないんですよ。頼れる忍者も今は居ないですし」

「そう、ですか……」

 

 カタリナが特に心配しているのは揚羽の事であった。今の彼女は危うい。ともすれば何かの衝撃で心が壊れてしまいかねない。出来る事ならば今すぐにでも揚羽を見つけ、場合によっては多少手荒な手段を使ってでも保護し心のケアをしなければならないと考えていた。

 

 だが今の彼女達が探さなければならないのは、アスペンや揚羽達だけではなかった。

 

「……京也さん達もですか?」

「うん……こっちは完全に手掛かり無し。探しようが無くて……」

 

 騎士団施設襲撃前にヴラドにより連れ去られた京也とアルフ。現状最も危険なのは間違いなくあの2人だ。何しろヴラド達ノスフェクトにとって、ヴァーニィとして何体ものノスフェクトを倒してきた2人は不俱戴天の仇の筈だ。普通に考えれば、2人は既に始末されている筈である。

 

 だが…………

 

「彼らはあの2人を、その場で殺さずに連れ帰った。それはつまり、直ぐに殺すつもりはなく連れ帰って何かをするつもりがあると言う事です」

「今もまだ生きていると考えれば幸運なのかもしれませんけど、逆に言えば死なない程度に痛めつけられたり非道な目に遭ってる可能性がある…………一番最悪なのは、連中が実は背後に傘木社の関係者が居て、あの2人を使って実験をするつもりがあるって事です」

 

 過去に傘木社の実験動物にされてきたリリィだからこそ真っ先に思い至った可能性である。そもそもノスフェクトに関しては、その活動理由も含めて分かっていない事も多い。これで活動しているノスフェクトが下級ばかりであったのなら、何処かの秘密研究所で事故があってノスフェクトが脱走、凶暴化して暴れていると考えてもいいのだが、理性的な思考が出来る上級ノスフェクトの存在が彼女達の頭を悩ませていた。

 

「ともかく、今は一刻も早くあの2人を見つけ出さないと。多分そこがノスフェクトの巣窟みたいなところでもあるんだし」

「そうですね。その時は私も……」

「ならその為に、カタリナさんはここでしっかり大人しくしててくださいね?」

「は、はい……」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、ヴラドの隠れ家となっているホテルの一室では、アルフに京也が覆い被さり荒い息をついていた。薄暗い部屋の中で、京也は半裸に剥いたアルフの白磁のような白い肌の上に汗を垂らし血走った目で彼女の事を見つめている。

 

「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

「京也……」

 

 京也はアルフの上に覆い被さった姿勢のまま動かず、アルフも彼に組み伏せられた状態から動かない。まるで時間が止まったかのように同じ姿勢で動かずにいる2人の姿に、様子を見に来たカミラは呆れとも侮蔑とも取れる顔をしながら面白くなさそうに吐き捨てた。

 

「フンッ、随分頑張るじゃないですか。理性なんてとっくの昔に無くなってる筈なのに……」

 

 京也はあの時、カミラの催眠光を受けて理性を失い限界まで増幅された性欲に突き動かされアルフに襲い掛かり彼女の衣服を引き裂いた。そのまま彼女に襲い掛かり、数日に渡りアルフの事を徹底的に凌辱させるつもりであった。

 ところが予想外な事に、衣服を引き裂いた状態で京也は動きを止めそれ以上彼女を襲う事をしなかった。怪訝に思いカミラが京也の顔を覗き込むと、彼は欲情し血走った目でアルフの事を見つめながら唇を血が出るほど食い縛り血の涙を流して静止していた。

 

 彼女達上級ノスフェクトの催眠光は非常に強力だ。ジェーンは嘗てくノ一として心身共に鍛えられた椿を催眠で惑わし、自身が経営する喫茶店の常連にして千里達を招き、用が済めばその記憶を全て消すと言う事をやってのけた。椿に洗脳している間は店に来た千里達の事も軽く洗脳し、廃屋を(あたか)も普通の個人経営の喫茶店に思わせていた程だ。

 鍛えられた千里達でさえそうなのだ。ましてや鍛えられた訳ではない京也であれば、とっくの昔に理性を失い休む間もなくアルフの事を犯し尽して彼女の心を壊していた可能性もある。にも拘らず彼は未だに衣服を引き裂く以上の事をしないのは、理性ではなく本能で彼女の事を傷付けないようにしている事の証明であった。

 

 大した精神力と言わざるを得ない。正直感心もするところではあるが、生憎とカミラには敵である彼を称賛する程の器のデカさはなかった。彼女にとってはただただ煩わしいだけである。

 

「はぁ、もういいです。面倒だから、こっちに変えましょう」

 

 そう言うとカミラは京也をアルフから引き剥がすと、躊躇いなく彼の首筋に食らい付き血を啜り始めた。

 

「ひぐぁッ!? あが、あ……!?」

「京也ッ!?」

 

 カミラに血を啜られ体を痙攣させる京也の姿に、アルフが悲鳴のような声を上げ手を伸ばす。だがこの数日一滴の血も飲んでいない今の彼女の力は見た目相応の少女以下の力しか出す事は出来ない。カミラが軽く足で払えば、簡単に蹴り転がされ立ち上がれなくなってしまう。

 

「あぐっ!? う、うぅ……」

「んぐ、んぐ…………ん、はぁっ! ふぅ、ふぅ……んぐっ! ん゛、ん゛……ゴポッ!」

 

 京也の血からカミラがクロスブラッドを生成する。アルフ同様数日間飲まず食わずで放置されていた京也は、精神力だけで耐えていた事もあり体力を著しく消耗していた。その状態で更に吸血までされてしまった彼は、激しい貧血と脱水症状で半分死に掛けの状態でカミラに首根っこを掴まれている。

 

「はぁ、はぁ……ぅ、ぁ…………」

 

 血の気を失い土気色となった状態でカミラの手の中でぶら下がる京也に、カミラはヴァンドライバーを無理矢理装着させるとバックルを開き生成したクロスブラッドを装填し強制的に彼を変身させた。

 

〈ダイシリアス、キョウヤ!〉

「うぐっ!? あ、あ゛…………!?」

「京也……!?」

 

 強制的にヴァーニィに変身させられた京也の姿に、アルフの目から涙が零れる。まるで彼を奪い取られてしまったかのような感覚に、胸に穴が開いた様な虚無感が彼女を襲った。

 

 変身させられたヴァーニィは、意思のない人形の様にその場に佇み動かない。その様子にカミラは値踏みするように上から下まで眺め、嘲る様に小さく鼻を鳴らした。

 

「フンッ、こんな簡単な事だったなんてね。こんな事ならさっさとこうしとけば良かったわ」

 

 これでヴァーニィは自分達の戦力となった。上級ノスフェクトに匹敵する強大な戦力が、己の意思を持たず自分達の意のままに操れるようになったのだ。これからは馬車馬や奴隷の様にこき使ってぼろ雑巾になるまで使い潰してやろうとカミラがほくそ笑んでいると、部屋にガルマンが入って来る。

 

「よぉ、カミラ」

「何の様かしら?」

「そう邪見にするなよ。それよりその女、もういらねえのか?」

 

 ガルマンが下卑た笑みを浮かべながらアルフの方を指差せば、体が満足に動かせない半裸のアルフは恐怖に戦き必死に距離を取ろうと後退る。手足を動かしてその場を動こうとするが、弱った体で手足を使っても移動がままならず陸に打ち上げられたタコが藻掻くように手足を動かすしか出来ない。

 

「あなた、騎士団の支部で随分とお楽しみだったんじゃないの?」

「硬い事言うなよ。その女も狙ってたんだ。もう用はないってんなら俺にくれよ」

 

「い、いや…………!?」

 

 自分の意思に関係なく自分の扱いが決まろうとしている状況に、アルフが震えながら首を左右に振る。カミラは慄く彼女を一瞥すると、直ぐに興味無さそうに視線を外しヴァーニィを引き連れてこの場を去ろうとした。

 

「好きにすれば? 私はコイツを博士の所に連れて行くから」

「へへっ! それじゃあ遠慮なくッ!」

 

 言うが早いか、ガルマンはカミラが居る前でアルフに覆い被さり残された彼女の衣服を引き千切り裸体を晒させると彼女の柔肌に舌を這わせ始める。頬や首筋、乳房から腹部と味わう様に舌が体を這いまわる感触に、アルフは子供の様に泣き叫んだ。

 

「イヤァァァァァァァッ!? イヤッ、イヤァァァァッ!? 京也ッ!? 京也ぁぁぁぁっ!?」

「無駄だよ、アイツはもうカミラの操り人形だ。安心しろ、あのガキの代わりに俺がお前を死ぬまで可愛がってやるからよッ!」

 

 手の平に収まらないサイズの乳房を乱暴に揉みしだき、指の痕が痛々しく残るとガルマンは彼女の太腿を押さえて足を開かせその間に顔を埋めようとした。アルフは涙を流しながら首を必死に左右に振り、意思を奪われたヴァーニィに助けを求める。

 

「嫌だッ!? 嫌ッ!? 助けて京也ッ!? 京也ぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

「ぐへへっ!」

「イヤァァァァァァァッ!?」

 

 今正にガルマンによりアルフが心身共に蹂躙されそうになった、その時……カミラの後に続くヴァーニィに異変が生じた。

 

「うぐ、あ゛…………!」

「ん?」

 

 一瞬体をビクンと痙攣させ動かなくなるヴァーニィ。彼の口から漏れた呻き声にカミラが振り返ると、そこでは彼が俯いた状態で足を止めていた。ついて来ていない彼に怪訝そうな顔になりながら再度ついて来るよう指示を出す。

 

「何してるの、早く来なさい」

 

 しかしヴァーニィは反応を見せない。催眠は確かに効いている筈なのに言う事を聞かない彼に苛立ち近付いて腕を掴み引っ張ろうとした。

 

「全く、使えないわね。ほら、早く――――」

 

 次の瞬間、カミラに掴まれるよりも先にヴァーニィの手が彼女を掴むと、乱暴に引き寄せクラッシャーを開き彼女の首筋に食らい付いた。

 

「――――え?」

「あ?」

「うぅ……え? き、京也……!?」

 

 突然の事に理解が追い付かないカミラ達。そんなの関係ないと言わんばかりに、ヴァーニィは牙を突き立てたカミラの首筋から血を吸い始める。自分の血が吸われ始めて漸く危機感を抱いたカミラが必死に抵抗するが、ヴァーニィの力は緩まずポンプが水を吸い上げるようにカミラの血を吸い続けた。

 

「あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!? 止め、止めろぉぉぉぉッ!!」

 

 慌てたカミラがノスフェクト態となり拳を彼の頭に叩き付けたが、彼の顎の力は緩まずそれどころか更に強く牙を食い込ませてきた。だがカミラが感じているのは痛みではなく抗い様の無い快楽。体の奥底から快楽を無理矢理引っ張り出されているような感覚に、彼女は自分と言う存在がヴァーニィに奪い取られているような感覚になり恐怖を感じた。

 

「い、いや……いや、いやぁぁぁぁぁっ!? やめ、て……!? 私は、私は、ヴラド様の……ヴラド様だけの……お、おねが、あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 ノスフェクト態も維持できなくなり力無くだらりと腕を下ろすカミラ。彼女の抵抗が無くなった辺りでヴァーニィはやっと彼女を解放すると、腕の中で虫の息となり弱々しい呼吸を繰り返す彼女をゴミを捨てるように近くに放った。投げ捨てられたカミラは受け身も取らず叩き付けられたカミラは、床をゴロゴロと転がり壁にぶつかった所で止まる。

 

「がはぁっ!? あぐ、あ゛……ヴラド様……ヴラド様……」

 

 人間であれば失血死しているだろう程の量の血を吸われたカミラだったが、流石上級ノスフェクトと言うべきかまだ生きている。吸血と叩き付けで大きくダメージを受けた彼女は、腕の力だけで必死に這ってその場から逃れようとした。ヴァーニィはそんな彼女に興味はないのか一瞥もせず、視線をアルフに覆い被さっているガルマンの方へと向けた。

 

「ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……!」

「何だ、お前……」

 

 獣の様な唸り声を上げるヴァーニィに、ガルマンもアルフを弄んでいる場合ではないと立ち上がりノスフェクト態になる。両腕の鎌を構えたマンティススパイダーノスフェクトに、ヴァーニィは血の軌跡を残しながら突撃した。

 

「ガァァァァァァッ!!」

「チッ!」

 

 雄叫びを上げながら迫るヴァーニィに対し、マンティススパイダーノスフェクトは無数の糸を放出し絡め取ろうとした。だが糸がヴァーニィに触れた瞬間、彼の体から血の様に赤いエネルギーが放出され糸を焼き尽くしてしまった。通常の蜘蛛の糸も耐熱性は高い方だが、マンティススパイダーノスフェクトの糸はその比ではない。少なくともただの炎で焼き切る事など出来る筈がない程の耐久性がある筈なのに、まるで紙屑の様に一瞬で燃え尽きた糸にマンティススパイダーノスフェクトも言葉を失った。

 

「な、ぁ……!?」

「ガルァァァァァッ!」

「がふっ!?」

 

 動きを止めたマンティススパイダーノスフェクトを殴り飛ばしたヴァーニィは、そのままアルフの元へと向かうと全裸で横たわった彼女を優しく抱き上げる。

 

「ア、ルフ……」

「京、也…………ふ、ぅ……」

 

 自分を助けてくれたヴァーニィにアルフは安堵し、彼に抱きしめられていると言う状況も相まってそのまま意識を手放してしまった。

 気絶したアルフを抱きかかえたまま立ち上がったヴァーニィは、目を妖しく煌めかせながら振り返る。その視線の先に居るのは、先程殴り飛ばしたマンティススパイダーノスフェクト。

 

「ぐ……!? クソッ!」

 

 立ち上がったマンティススパイダーノスフェクトは、ヴァーニィに殴られた個所を忌々し気に拭いながら再び構えを取る。

 

「何だ……何なんだよ、お前は……!」

 

 ヴァーニィから感じる威圧感は、あのヴラドにも匹敵するものであった。一体何があったのか分からず困惑するマンティススパイダーノスフェクトであったが、このまま退くのは彼のプライドが許さない。せめて一矢報い、アルフを奪い取って徹底的に甚振り弄ばなければ収まりがつかなかった。

 

「そいつを、寄こせぇぇぇぇッ!」

 

 叫びながらマンティススパイダーノスフェクトは周囲の景色に溶けるように姿を消した。擬態能力で姿を消したマンティススパイダーノスフェクトに、しかしヴァーニィは欠片も動揺する事なく静かにその場に佇んだ。ゆっくりと視線を巡らせ室内を見渡し消えた相手の姿を探す彼を、マンティススパイダーノスフェクトは嘲笑いながらゆっくりと背後に回り右手の鎌を振り上げた。

 

(クヒヒ……馬鹿め。所詮ガキはガキだな……!)

 

 マンティススパイダーノスフェクトはそのまま鎌を振り下ろし、ヴァーニィを切り裂き彼からアルフを奪い取ろうとした。

 だが振り下ろされた刃がヴァーニィを切り裂くかと思われた瞬間、足元の影から無数の血の槍が伸びて背後に居たマンティススパイダーノスフェクトを滅多刺しにした。

 

「なっ!? が、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 完全に予想外の攻撃に全身を刺し貫かれ吊り上げられたマンティススパイダーノスフェクト。ヴァーニィはゆっくり振り返って無数の血の槍で吊られた姿を見ると、アルフを抱き上げているのとは逆の腕を振り被りその腕に血の様に赤いエネルギーを溜めた。それが振るわれるとヤバいと察したマンティススパイダーノスフェクトが制止の声を上げるが、当然と言うべきかヴァーニィはその声に耳を貸さずエネルギーを放出しながら腕を振るった。

 

「ま、待て……や、止めろ……!?」

「グルァァァァッ!」

「がはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 弱り切った体を必死に引き摺って床を這い、ヴラドの元へと向かおうとしていたカミラはすぐ後ろから聞こえてくる破壊音と悲鳴に肩をビクリと震わせながら床を這う事を止めなかった。今のヴァーニィは危険だ。何がどうしてああなったのかは分からないが、自分が開けてはならぬ扉を開けてしまったのだろうと言う事は何となく分かった。

 

「はぁっ、はぁっ……! どうして……どうして、こんな事に……! ヴラド様……ヴラド様、助けて……!?」

 

 困惑しながらもヴラドに助けを求めるカミラだったが、唐突に目の前に現れた柱に顔をぶつけた。

 

「うっ!? な、何…………!?!?」

 

 否、それは柱ではない。一体何時の間にそこに居たのか、カミラの前にはアルフを片腕で抱きしめ抱えているヴァーニィが佇んで自分を見下ろしている。

 

「あ、あぁ……、あ……!?」

 

 冷たく見下ろしてくるヴァーニィの視線に、カミラは初めて恐怖と命の危険を感じた。原始的な感情に体がガタガタと震え顔を青褪めさせる。ヴァーニィは恐怖に戦き震えるカミラの前で腕を振り上げ、その腕に血が集まり鋭い爪の生えた手となり振り下ろされた。

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 

 

 

 このホテルは全域がペスター博士一派の施設へと改造されている。何か異変が起これば即座に警報が鳴り、警備の兵が現場へと急行するようになっていた。

 今回の出来事でも監視室は即座に異常を察知し、元保安警察だったアントファッジが次々と出動。暴れ始めたヴァーニィを鎮圧ないし処分するべく現場に向かい、そこに居るアルフを抱きかかえたヴァーニィに射撃を開始した。

 

「撃てぇッ!」

 

 アントファッジが発砲した銃弾が次々とヴァーニィに殺到する。ペスター博士は独自の人脈と技術力でライトスコープらが使用している銃弾に近い性能の銃弾を開発し使用している為、これらの銃弾もヴァーニィやアルフにとっては特攻となる筈であった。

 

 しかし…………

 

「た、隊長ッ!? 攻撃が届いていませんッ!?」

「何ッ!?」

 

 アントファッジの銃弾は全てヴァーニィの前に張られた血のシールドにより防がれていた。血は硬質化し高い強度を持っている。さらに表面が湾曲している為、銃弾は全てその曲面に沿って2人からそれて明後日の方へと飛んでいってしまう。

 

 無数の銃撃に晒されながら、ヴァーニィは自分に敵対するアントファッジ達を静かに眺めていた。まるで品定めするような視線に隊員達が恐怖を感じそれを振り払うため一層激しく攻撃を集中させた。

 その瞬間、ヴァーニィのクラッシャーが開き牙を剥き出しにして咆哮を上げながら突撃を開始した。

 

「グルアァァァァァァッ!!」

「く、来るぞッ!?」

「怯むな、撃てぇぇッ!」

 

 自分達ではヴァーニィには勝てないと分かっていたが、ここで背を向けてもすぐに追いつかれて皆殺しにされるのが関の山だと言う事は彼ら自身が嫌でも理解している。今の彼らに出来る事は少しでも抗い時間を稼いで、ヴラドかギュスターが来てくれることを期待するだけであった。

 

 勝ち目のない戦いに臨むアントファッジ達に肉薄したヴァーニィは、腕を振るい血の様なエネルギーの放出で敵の陣形を崩した。そして攻撃が一瞬止んだ次の瞬間、彼は手近に居るアントファッジに食らい付きその血を啜り始めた。

 

「ガルッ!」

「ぎゃぁぁっ!?」

「ひ、ひぃぃっ!?」

「この、化け物がぁぁぁっ!?」

 

 あっという間に食らい付いたアントファッジの血を半分以上吸い取ると、肉を食い千切りながら放り捨て次の獲物に襲い掛かる。アントファッジも必死に抵抗したが、ヴァーニィは絶えず血の障壁を張っている為攻撃が届かない。

 

 そうしてヴァーニィは次々とアントファッジを血祭りにあげていく。牙で食らい付き、爪で刺し貫き、食い千切り引き裂き血を啜る。

 

 アントファッジ達は数分と経たずに全滅し、廊下は引き裂かれ食い千切られたアントファッジだった者達の無残な死体が無数に転がる地獄絵図となった。

 その中に佇むヴァーニィは、殺した者達の血に塗れながら同じく返り血で裸体を血に染めながら意識を失ったままのアルフに口付けをしアントファッジ達から吸い取った血を流し込む。

 

「んぐ……ん、ん……」

 

 漸く補給出来た血にアルフは意識を失いながら一心不乱に流し込まれた血を嚥下していく。完全とは言い切れないが血を補充して体力を回復させたアルフは、ヴァーニィが口を離すと瞼を震わせ目をゆっくりと開いた。

 

「ぅ、あ……京、也……?」

 

 目を開いたアルフが彼の名を呼ぶと、ヴァーニィは大型犬が甘えるように額を彼女の頬に擦り付ける。明らかに普段の彼と違う反応に最初困惑していたアルフだが、鼻を衝く血の臭いに周囲を見渡しそこに広がる光景と今の自分達の有様に彼女は何が起きたのかを察して目を見開く。

 

「き、京也……!? 京也、何を――――」

 

「居たぞッ!」

 

 ヴァーニィの凶行にアルフが慄いていると、増援のアントファッジが現れる。向けられた敵意に素早く反応したヴァーニィは、アルフを抱えたまま戦闘態勢となり牙を剥き出しにしながらアントファッジ達に襲い掛かった。

 

「ヴァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」

「京也ッ!? 京也待って、ダメッ!?」

「ガァァァァッ!!」

 

 今の彼にはアルフの声も届かない。彼は一匹の獣となって、守るべきアルフを抱きかかえた状態でアントファッジを次々に血祭りにあげその血を身に浴びていった。

 

 その光景をペスター博士がモニターで見ながら狂気に染まった笑みを浮かべている。

 

「クククッ……いいぞ、その調子だ。私の計画通りだぞ。もっとだ、もっと血を啜れ……それでお前は完成する!」

 

 ペスター博士がヴァーニィの様子を見て歓喜に震えている頃、ヴラドはヴァーニィが居なくなった現場に静かに姿を現した。彼は2人が監禁されていた部屋を覗き込み、そこから少し離れた所に倒れているカミラを見つけると悲しそうな顔になり跪いて彼女を抱き上げた。

 

「カミラ……」

「は……は、ぁ゛…………ぁ゛、ぁ゛……ヴラド、さま…………」

 

 カミラはまだ生きていた。ヴァーニィにより背骨をへし折られ内臓を潰されながらも、その驚異的な生命力で辛うじて生き永らえていたのだ。

 ヴラドはカミラから零れ落ちる血でその身を汚しながらも、まだ生きている彼女に己の血を分け与えて体を回復させる。

 

「済まなかったね、カミラ。さ、これで少しでも体を回復させるんだ」

「ん、ぁ……申し訳、ありません……」

「いいんだよ、カミラ。大切な君を失う訳にはいかない」

「ん……」

 

 ヴラドは死に掛けのカミラを優しく抱きしめ、彼女が少し回復して安らかに寝息を立て始めたのを見ると彼女を近くの部屋に入れベッドに寝かせた。穏やかな顔をして眠るカミラの頬を、ヴラドは愛おしそうに撫でると立ち上がり部屋を出て、ヴァーニィが向かっていった方を見やる。

 

「…………もう、許さないよ」

 

 短くそう告げたヴラドの目には、明らかな怒りの炎が宿っているのだった。




と言う訳で第64話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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