仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第66夜:終幕の序章

「ウ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!」

 

 自らの腕の中で動かなくなったアルフを抱きかかえながら慟哭するヴァーニィ・ロードブラッド。聞く者の腹の底に響くほどの声で泣く彼の姿は、悲しそうでありながら同時に壮絶な怒りに染まっており、近付きがたい恐ろしさを感じさせていた。並の人間であれば、あまりの恐ろしさに逃げ出していただろう。

 

 今の彼は決して刺激するべきではない。にも拘らず、マンティススパイダーノスフェクトは構わず今のヴァーニィに攻撃を仕掛けた。

 

「テメェ、調子に乗ってんじゃねえッ!」

「ッ! 待つんだ、ガルマンッ!」

 

 マンティススパイダーノスフェクトからすれば、本来格下である筈のヴァーニィに退けられ気圧されてしまった事が認められないのだろう。自分の方が上であるというプライドが、彼の目を曇らせて正常な判断力を失わせていた。ロードノスフェクトが制止しようとするが、その声も空しくマンティススパイダーノスフェクトがヴァーニィに襲い掛かる。

 

 その無謀な行動の対価は、物の数秒としない内に彼自身に返ってきた。

 

「な、にぃ……!?」

 

 マンティススパイダーノスフェクトが振り下ろした鎌を、ロードブラッドとなったヴァーニィは片手で軽々と受け止めてしまった。鋼鉄ですら切り裂くほどの切れ味を誇る刃を受け止めた彼の手は、傷一つ付く事無く刃を掴むとそのまま握り潰すようにして砕いてしまう。

 

 自慢の鎌が片手で飴細工の様に握り潰された光景にマンティススパイダーノスフェクトが思わず言葉を失い、ロードノスフェクトが逃げるよう警告する。

 

「逃げろガルマンッ!」

「うるせぇっ! 俺に命令するんじゃ――」

 

 こんな状況でも尚反骨心を失わないその胆力は大したものだっただろう。だがその無謀さのツケは大きく、彼はロードノスフェクトの言葉に従わなかった事をすぐに後悔する事となった。

 

「フンッ!」

「うごっ!?」

 

 ヴァーニィは鎌を握り潰した拳をそのまま握りしめて振るい、マンティススパイダーノスフェクトに裏拳をお見舞いして殴り飛ばした。殴り飛ばされたマンティススパイダーノスフェクトは壁を何枚も突き破って行き、ホテルの外へと放り出された所で何者かに受け止められる。

 最初彼は自分を受け止めたのはロードノスフェクトかと思っていた。こんな事をするのはノスフェクトの王でありながら身内には甘い彼くらいだろうと思っていたのだ。

 

「く……え?」

 

 だが振り返った彼が見たのは、ロードノスフェクトと似てはいたが血の涙を流す姿が決定的に違うヴァーニィ・ロードブラッドであった。一体何時の間に自分よりも先にホテルの外に出て待ち構えていたのかなどと考える間もなく、アルフを片腕に抱えた彼は受け止めたマンティススパイダーノスフェクトを持ち上げ地面に叩き付けた。

 

「ごはぁぁぁぁぁっ!?」

 

 地面にめり込む程叩き付けられたマンティススパイダーノスフェクト。ヴァーニィはたった今叩き付けたマンティススパイダーノスフェクトを冷たい目で見下ろすと、そのまま何度も踏み付けた。まるで地面の下に埋めようとしているかのようなその行動は、普段の彼を知る者であれば信じられない程乱暴な姿である。

 

「うぐっ!? がっ!? おごぉっ!? や、めっ!? ガフッ!?」

 

 ヴァーニィが足を振り下ろす度に体が埋まっていく状況に、マンティススパイダーノスフェクトは抵抗しようと背中の蜘蛛足で攻撃を仕掛けた。蜘蛛足の先にある鋭い刃がヴァーニィの体を切り裂こうと煌めく。通常のヴァーニィが相手であれば、それは今の暴挙を止められるだけの意味があっただろう。通常のヴァーニィの装備では、マンティススパイダーノスフェクトの攻撃を受け止められるだけの力はない。

 

 しかし今の彼はノスフェクトの真の王として覚醒した、圧倒的強者であった。そんな彼に悪足搔きに等しい攻撃など無意味である。寧ろ王に対してこの程度の攻撃、無礼にも程があった。

 

 4本の脚による鋭い一撃を、しかしヴァーニィは腕を使って振り払う事もせず足元から伸ばした血の腕で全て受け止めてしまう。

 

「ぐっ!? なっ!?」

 

 マンティススパイダーノスフェクトの蜘蛛足による攻撃を受け止めたヴァーニィは、空いている片手を手刀の形にするとその手に血を纏わせ血の刃を伸ばした。そしてその状態の腕を軽く一振りすれば、マンティススパイダーノスフェクトの背中の蜘蛛足は草を刈る様に容易く切り裂かれる。

 

「ギャァァァァァァッ!?」

 

 蜘蛛足だけでなく背中をも切り裂かれ、激痛に悲鳴を上げるマンティススパイダーノスフェクト。今までこんな痛みを受ける事が無かったので、最早彼は戦意を維持する事も出来ず蹂躙される痛みと恐怖に心の底から震えあがるしか出来ずにいた。

 

 戦う意志を失ったマンティススパイダーノスフェクトは何とか今のヴァーニィから逃れようとするが、背中を踏みつけられている為の下ようにも逃げられない。そしてアルフを弄ぼうとした彼を許すつもりは今のヴァーニィにはなく、血の腕を使ってマンティススパイダーノスフェクトを拘束すると無防備な首を掴んで持ち上げた。

 

「うぐ、が……!?」

「……」

「ヒィ……!?」

 

 持ち上げられたマンティススパイダーノスフェクトは、ヴァーニィに顔を覗き込まれて情けない悲鳴を上げた。まるで品定めされているかのような視線、今まで自分が弱者を相手に向けてきたそれを自分に対して、それも圧倒的に力の差がある相手から向けられて彼は生まれて初めて肝が冷えるという感覚を理解した。

 

 ヴァーニィは怯えて震えるマンティススパイダーノスフェクトを暫く見つめると、徐にクラッシャーを開き肩口に食らい付いた。

 

「ガヴッ!」

「ぎゃぁぁぁぁっ!?」

 

 食らい付くと同時にマンティススパイダーノスフェクトの全身に血で出来た杭が突き刺さり、そこからも血が吸い取られていく。木の根が地中の水分を吸い取る様に血液を吸われ、肩口から持ちを啜られてマンティススパイダーノスフェクトはあっという間に体内の血液を奪われていった。

 

「やめ、ろ……!? や、め……!?」

 

 抵抗しようにも全身を血の杭で滅多刺しにされている為身動きが取れない。血を吸い取られ過ぎて力を失い、ノスフェクト態を維持できなくなっても尚ヴァーニィの吸血は終わらずガルマンは見る見るうちに体が萎んでいきカラカラのミイラの様になってしまった。

 

「あ、あが……お、おれ、が…………この、おれが……こ、こんな、ガキ……に、ぃ……」

 

 ガルマンは最後の瞬間まで己が負けた事を信じられないまま息絶えた。残された吸い殻と言えるカラカラになったガルマンの体は、ヴァーニィの足元から膨れ上がる様に湧き出た血に飲み込まれて亡骸の一片に至るまで全て取り込まれてしまう。

 

 その光景を見ていたロードノスフェクトは、己の未熟さに奥歯を食い縛った。

 

 ガルマンは確かに、人間性は終わっている。人間であった頃から他者を貶め蹂躙する事に幸福を感じ、ノスフェクトとなってからもその王であるヴラドに対して不遜な態度を崩さず反抗的な姿すら見せた。人間だけでなく、同じノスフェクトであるカミラさえも弄ぼうとするほどのロクデナシである事には流石のロードノスフェクトも溜め息を吐かずにはいられない。

 だが、彼も同じノスフェクトである。この地球上に新たに生まれた種族であるノスフェクト。例えその始まりが非人道的な実験の果てにあって、地球上の生物からは望まれない誕生だったとしても、それでも彼は自分達を新たな種族として繫栄させたいと願いその為に行動してきた。ノスフェクトの地球での繁栄、その大願の為であれば、ガルマンの性格に難がある事等ロードノスフェクトにとっては些細な問題であった。

 

 その掛け替えのない仲間の1人が、今目の前で失われてしまった。その事にロードノスフェクトは静かな怒りを燃やし、ガルマンの……否、今までにヴァーニィにより屠られてきた全てのノスフェクトの無念を晴らすべく持てる力の全てを懸けて襲い掛かった。

 

「おぉぉぉぉっ!」

 

 ロードノスフェクトは自らの血で剣を作り出すと、それでヴァーニィに斬りかかる。それに対しロードブラッドのヴァーニィはゆっくりと視線をそちらに向けると、広げた手の平から血を流したかと思うとその血が剣の形となってロードノスフェクトの剣を受け止めた。

 

「くっ!?」

 

 ヴァーニィは元々ブラッディ形態で既に結晶化させた血を武器にする事もあった。そんな彼が更に強化され真の王となったのだから、全ての能力がロードノスフェクトのそれを上回っていても何ら不思議はない。今のヴァーニィは悲しみに支配され暴走状態にあるという事を除けば、あらゆる面においてロードノスフェクトすら上回っていた。

 

「フンッ」

「ぐあぁぁぁぁっ!?」

 

 受け止めた剣をヴァーニィが軽く振るえば、ロードノスフェクトは木っ端の様に容易く振り払われ吹き飛ばされていく。壁を突き破ったロードノスフェクトをヴァーニィが追いかけていくと、そこはホテルの外であり今正にグラスとクロコダイルノスフェクトが戦っている最中であった。

 

「ん? なっ!」

「ヴラド様ッ!?」

 

 クロコダイルノスフェクトと激しい戦闘を行っていたグラスは、突然壁を突き破って出てきたロードノスフェクトに面食らい動きを止めた。一方クロコダイルノスフェクトの方も、自分の主にして最強のノスフェクトと信じて疑わなかったロードノスフェクトが明らかに一方的に蹂躙されている様子に狼狽え、グラスの存在も忘れて地面に膝をつく主君に駆け寄った。

 

「ヴラド様、大丈夫ッ!? しっかり……」

「ぐ、ぅ……すまない、ギュスター……それより、君も早くここを離れろ。あのヴァーニィはマズい……」

 

 直に戦って痛感した。ロードノスフェクトとロードブラッドのヴァーニィでは力の差があり過ぎる。これで彼に理性があれば或いは元来持つ甘さがブレーキとなって力の差もある程度縮まるのだろうが…………

 

「キョウヤッ! その姿は……いや、それよりも大丈夫だったのか?」

 

 一方グラスは、外見に変化があってもヴァーニィが無事である事に一応の安堵を感じたのか無警戒に近付いていく。連れ去られてからどんな目に遭ったかと気を揉んでいたので、こうして元気な姿を見せてくれた事に迂闊にも安心してしまったのだ。

 

 だからだろうか、彼は気付かなかった。今のヴァーニィは最早ただの獣であり、ある意味で捕食者としてのノスフェクトとして完成されているのだという事に。

 それを誰よりも理解し、また同時に気付いたのは、皮肉な事に本来は敵対するロードノスフェクトと後方からモニターで見ている敦だった。

 

「止せ、彼に近付くなッ!」

『油断するなδ5ッ!』

「え? え?」

 

 突然の制止の言葉……それも自分の上司だけでなく本来は敵の親玉までから掛けられた事に、グラスは困惑し動きを止めてしまう。

 

 その隙を見逃さず、ヴァーニィは一番近くに居る獲物であるグラスに襲い掛かった。

 

「ガァァァァァッ!」

「何ッ!? キョウヤ、待てッ!?」

 

 突然クラッシャーを開き牙を剥いてきたヴァーニィに、グラスは困惑と驚愕を感じながらも何とか受け止めた。彼の両肩を押さえる事で、牙が突き立てられる事を防ぐと狂った様に食らい付こうとしてくる彼に必死に呼び掛けた。

 

「キョウヤ落ち着けッ! 一体何が……! そうか、お前ら何しやがったッ!」

 

 あの温厚な少年が有無を言わさず獣の様に襲い掛かってくる筈がない。十中八九ロードノスフェクト達が何かしたのだとグラスがヴァーニィを押さえながら睨み付けると、あながち間違いでもないが決定的でもない事実にロードノスフェクトは気まずそうに視線を逸らした。

 

「僕らは……知らない。こんなの、知らなかったんだ……」

「はぁっ?」

『δ5、疑問は後ッ! 今は彼を宥める事を考えてッ!』

 

 要領を得ないロードノスフェクトの言葉に素っ頓狂な声を上げながら首を傾げるグラスの耳に、リリィの切羽詰まった声が響いた。彼女も何とか冷静さを保とうと必死なようだ。無理もない。ついこの間まで仲間だった筈の少年であり仮面ライダーが、自分達に牙を剥いているのだから。不謹慎かもしれないが、クロコダイルノスフェクトの攻撃でグラス以外の隊員が全員後退する事になったのは不幸中の幸いだったかもしれない。クロコダイルノスフェクトにロードノスフェクト、それに加えて暴走状態のヴァーニィなどが加われば負傷者では済まない事態になっていた可能性がある。

 

 だが今この時この瞬間、運命を司る神はどうやら余程退屈していたらしい。ただでさえ混沌としつつあるこの状況下で、火に油を注ぐかの様に面倒ごとを増やしてくれたのだから。

 

 その面倒ごとに真っ先に気付いたのは、後方の指揮車で情報を管制しているリリィであった。唐突に届いた凶報に、彼女も悲鳴のような声を上げつつ敦とグラスにその情報を伝えた。

 

『ッ!? 海上保安庁より緊急連絡ッ! 近海に突如国籍不明の大型潜水艦が浮上ッ! 更に潜水艦から多数の輸送ヘリが飛び立ち、こちらに向けて飛来しつつあるとの事ですッ!』

『何だとッ!? 一体何処のどいつ…………まさかコイツ等、逃げ出した騎士団の連中かッ!』

 

 敦の予想通りであった。突如近海に現れたのはアスペンが要請した増援であり、乗員は全員所謂過激派の騎士でアスペンに忠実な者ばかりであった。所謂狂信者と言える者達が今正にこの場にやって来ようとしていたのである。

 

 騎士団の接近はペスター博士も察知していた。多数の輸送ヘリがこちらへ向かってきている事を察知した彼は、流石にロードノスフェクト達だけでは持て余すと迎撃の為に実験用に収容していた下級のノスフェクトを解き放つ。

 

『ヴラド、悪い報せだ。先日襲撃した騎士団の生き残りが仲間を呼び寄せたらしい。こちらに向かってきている』

「博士ッ!」

『なのでこちらも迎え撃つ為に実験体を多数放出する事にした。上手く使うと良い』

 

 博士の言葉が終わると同時に、ホテルからは様々な種類のノスフェクトが姿を現した。ノスフェクト達は何れもロードノスフェクトを主と認め、それに付き従う様に周囲に集まった。周囲に集まったノスフェクトの姿に、ロードノスフェクトは一瞬悲しそうな目をしながら騎士団が向かってくる方に視線を向けた。

 

「さぁ、行こうか」

 

 騎士団の迎撃に向かおうとするロードノスフェクトに、クロコダイルノスフェクトは互いを押さえ付けようと取っ組み合いをしているグラスとヴァーニィを指差した。

 

「あれ? アイツ等放っておいていいんですか?」

「構わないよ。こっちの方が重要だし、それに……」

 

 ロードノスフェクトは今一度ヴァーニィと、それを押さえ付けようとしているグラスを一瞥した。

 

「く、そっ!? 落ち着けキョウヤッ! 正気に戻れッ!」

「ガルルルッ! ガァッ! ガルァァァッ!」

「キョウヤッ!」

 

「……あっちで互いに潰し合ってくれるならそれでいいよ。それに、ヴァーニィを正気に戻せるならそれに越したことはない」

 

 結局、ロードノスフェクトが苦戦しているのは今のヴァーニィが正気を失い本能的な破壊衝動だけで戦っているからだ。何らかの方法で彼本来の人間性を取り戻す事が出来さえすれば、それがブレーキとなって全力を出さなくなる筈だった。

 それに如何に凶暴になったとは言え、騎士団の纏まった戦力と比べればヴァーニィ1人の脅威など高が知れている。

 

「行くよ、ギュスター」

「は~い」

 

「ガァァッ!」

「くっ、キョウヤッ!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 混沌とした状況が進む中、ヴァーニィに血を吸われて動かなくなったアルフはその場に置き去りにされたまま放置されていた。マンティススパイダーノスフェクトがロードブラッドとなったヴァーニィに襲い掛かる際、彼が僅かに残された理性で彼女が巻き込まれないようにと優しくその場に横たえたのである。

 

 目を瞑り静かに横たわるアルフは、元々色白の肌をしていた事もあって死んでいるかのようであった。

 

 そんな彼女の傍に、音もなくジェーンが現れしゃがみそっとその体を抱き上げる。

 

「…………」

 

 普段怪しくニコニコと笑みを浮かべている彼女には珍しく、感情を感じさせない無表情で目を瞑ったアルフを見つめている。遠くから聞こえてくる戦闘の音を聞き流しながら、ジェーンは徐に自らの手首を食い千切り血を流すとそれをアルフの口の中に流し込んだ。

 

「何時まで寝てるつもりかしら~? さ~、早く起きなさ~い」

 

 どんどん流し込まれていくジェーンの血は、アルフの口に入りきらない分がどんどん零れ落ちていく。自身の血が床に零れていくのも構わずそのまま流し込み続けたジェーンが見ていると、アルフの喉がゆっくりと動き口の中の血を一口分飲んだ。

 

「ん、く…………!!」

 

 ヴァーニィに危険な域まで血を吸われアルフも危険な状態に陥っていた。が、彼女は完全に死んだ訳ではなかった。生命維持も困難になるほど自身の血が減った事を察した彼女の体は、生き延びる為仮死状態となってギリギリのところで生命を繋ぎ止めたのである。元から白い肌をしていた事もあって、仮死状態になると本当に死んでしまったように思えてしまう程だった。

 

 そんな彼女も、ジェーンに血を分け与えてもらえれば復活する事は可能だった。だがそれはジェーンに多大な負担を強いる。仮死状態になるほどの消耗から回復するのだ。体は本能的に更なるエネルギー源を求め、本人の意思に反して目の前の餌に食らい付き更に血を啜る。

 

「はぐっ! んぐ、じゅるる……ごくごく……!」

 

 理性を失った必死な様子でジェーンの腕に食らい付き、一心不乱に彼女の血を啜るアルフ。どんどん血が吸い取られていく感触に、しかしジェーンはアルフを振り払うそぶりを見せずそのまま彼女にされるがままに血を吸われ続けた。寧ろ彼女はアルフにもっと飲めと言うかの様に、食らい付かれているのとは別の方の腕でアルフの体を支えている。

 

 たっぷり数分近くジェーンの血を吸ったアルフは、万全の体調を取り戻すとやっと落ち着いた。そしてそこで漸く彼女は、ジェーンから危険なレベルで血を吸い取ってしまった事に気付きただでさえ白い肌を青褪めさせた。

 

「ん、ん……はぁ、ふぅ…………ん? あっ!?」

「おはよ~。目覚めの一杯はどうだったかしら~?」

「ジェ、ジェーンッ!? ご、ごめん、なさい……!? 私、私……ジェーンに……」

 

 同じノスフェクトだからこそ分かる。今のジェーンは危険な状態だ。今の彼女はもう満足に戦う事も出来ないだろう。大幅に血を失った彼女は、以前の力の大半を失ったアルフ同様ノスフェクト態になる事も出来ないに違いない。

 

 本来であれば笑っている余裕も無いであろうに、ジェーンの顔には依然として何が楽しいのかニコニコと笑みを浮かべている。

 

「気にしないで~。それより~、今京也君が大変なのよ~」

「あっ! そうだ、京也ッ!」

 

 朧げにだが、アルフもヴァーニィがロードブラッドとなってからの様子を覚えていた。自分を殺したと思い悲しみと怒りに心を支配され、本来の優しさを失い本能の赴くままに破壊を行う彼の姿は痛々しくて見ていられない。急いで助けに向かわなければならないが、どうすれば今の彼を正気に戻す事が出来るか…………

 

「ど、どうしよう……」

「そんなの簡単よ~」

「えっ!」

「あなた達が~、お互いに血を吸い合えばいいのよ~。そうすれば~、ヴァーニィはきっと元に戻るし~、強さも今までの非じゃないわ~」

 

 現時点でもロードノスフェクトを凌ぐほどの力を発揮しているというのに、これ以上更に上の力があるのかとアルフも言葉を失った。だがジェーンに言わせれば、今のロードノスフェクトは決して完全とは言い切れなかった。

 

「彼も身内に対しては優しいからかしらね~。まだ全力を出し切れない状態でいる内に~、確実に倒しておいた方が吉よね~」

「どう言う事?」

 

 意味深なジェーンの言葉にアルフが首を傾げるが、彼女はそれに応えず笑みを浮かべながらアルフの頭を軽くポンポンと叩き今はヴァーニィを正気に戻す事だけを考えさせた。

 

「今は他の事を考えなくてもいいわ~。ほら~、京也君が待ってるわよ~」

「あ…………うん!」

 

 ジェーンに背中を押され、頷いたアルフはノスフェクト態となるとヴァーニィの元へと向かっていった。それを見送ると、直後にジェーンはその場に崩れ落ちるように倒れる。

 

「は……あ……ッ!? く、ぅ……さ、流石に~……ちょっと辛いかし、ら~……」

 

 アルフを回復させる為、文字通りその身を削ったジェーン。普段の掴み処の無い余裕を感じさせる表情を維持する事も困難なほど消耗した彼女は、体を引き摺る様にして近くの壁へと寄りかかり体を休ませる。

 

「ともあれ、これでもう安心……かしら~? 念の、為……様子、見に行った方が、いい……かも、ね…………」

 

 もしもと言う時の保険を考えつつ、ジェーンはゆっくりと瞼を下ろした。そして糸が切れた様に頭がガクンと下を向くと、重力に引かれて体が横に滑るように倒れそのまま動かなくなるのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 その頃、リリィの報告にあった修道騎士団の輸送ヘリ群は、一路季桔市を目指し飛行していた。4機の輸送ヘリの一団が空を駆けていく姿は滅多にお目に掛かれるものではなく、その物々しい様子に地上から見上げる者の中には不安を抱いたり、またある者は興奮したりと反応は様々である。

 

 自分達が地上からどんな目を向けられているかなど意にも介さず、先頭のヘリに乗るアスペンは近付く目標を前に部下達に指示を出した。

 

「間も無く目的地に到着する。現地では既に戦闘が行われているらしい。優先攻撃目標はヴァーニィ、次点でその他のノスフェクトだ」

「しかし、本当に宜しかったのでしょうか? 本部や教皇猊下からは直ちに戻るよう指示がされていますが……」

 

 季桔市の教会地下での戦闘から辛くも逃れたアスペンは、直後に本部に応援を要請していた。無論騎士団の中には、今回の一件に関して苦言を呈したり、日本政府やS.B.C.T.といざこざを起こしまくったアスペンに対する不信感を抱く者も少なくない。今回の派遣だって、日本政府側からの苦情が来た時点で引き返させるはずであった。

 

 だがアスペンは用意周到な男であった。彼は予め自身の息の掛った者を本部に残しており、戦力を乗せた潜水艦が出港すると即座にそれをシージャック同然に占拠。結果騎士団本部は引き返せという命令を無視して日本の領海に侵入した潜水艦と戦力に頭を抱える事となる。

 

 敵だけでなく、味方にまで被害を齎すアスペンであったが、彼の目的は常に一貫していた。

 

「(ヴァーニィ……そしてノスフェクト……今度こそ、全て根絶してやる……!)……良いも悪いもあるか。我々が動かなければ、ノスフェクトがこの地上を闊歩する事になるかもしれないんだぞ。判断と対応の遅れが取り返しのつかない事態を招く。それともお前は、暢気にしている間にノスフェクトが地球の全生命を根絶やしにする事になっても構わないというつもりか?」

「い、いえ……!? そ、その様な事は……」

 

 疑問を口にした部下に対して、アスペンは有無を言わさぬ圧力で強制的に黙らせた。今回彼の部下となっている者の中には当然だが本部から増援として送られた者も居る。そしてその中には、過激思想のアスペンの考えに同調しきれない者も含まれていた。彼ら彼女らは訳も分からず輸送機に乗せられ、そしてアスペンの目的の為に分けも分からず戦わされようとしていたのである。

 

 思想的に言えばハッキリ言って足手纏いでしかないが、アスペンは彼らに対し端から戦力としての期待などしていなかった。彼らは言ってしまえばただの弾除け、こんな連中でもヴァーニィ以外のノスフェクトに対してならそれなりに食い下がってくれるので、その間に自分が本命を始末する時間が稼げればいいと考えていたのだ。目的の為には利用できるものは全て利用する。それがアスペンと言う男であった。

 

『間も無く目的地上空です』

「総員、降下準備ッ!」

 

 機内に響くアナウンスに、アスペンが指示を出せば部下達も急ぎ準備する。手早くイジターに変身した団員たちは、体に降下用のワイヤーを括りつけて扉の前で待機した。

 

 そして目的のホテル上空に到着すると、扉が開き次々と騎士団員が地上へと降りていく。先陣を切るのはアスペンが変身したシャドゥだ。彼が降り立つと、その目前には彼らの来訪を待ち構えていたロードノスフェクト率いるノスフェクト軍団が居る。

 

 降り立ったシャドゥは、クロスショットを構えながら周囲を見渡しヴァーニィもペスター博士の姿も見当たらない事につまらなそうに息を吐いた。

 

「フンッ、どうでもいいのばかりか……」

「悪いけど、君らの相手をしている暇はないんだ。さっさと終わらせてもらうよ」

「それはこちらのセリフだ、化け物め」

 

 睨み合うノスフェクト軍団と騎士団。そこから離れた所では今も尚、グラスとヴァーニィが戦っている。

 

「クソッ、どうすればコイツ正気に戻せるんだ……! あっちも大変だってのによぉッ!」

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

 

 混沌を極めつつある季桔グランドホテル周辺。その騒動は収まるどころか、更に苛烈さを増すのであった。




と言う訳で第66話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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