仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第67夜:王の目覚め

 正気を失ったヴァーニィ・ロードブラッドを前に、グラスは苦しい戦いを強いられていた。

 

「ガルァァァァッ!!」

「くそっ!? キョウヤッ! 正気に、戻れッ!」

 

 容赦なく放たれる拳や蹴り、血を纏った攻撃を必死に防いでいたグラスだったが、これ以上は持ち堪えられそうになくまた埒も明かないだろうという事で、多少の負傷は我慢してもらおうとベルト上部のイグニッションスイッチを押しバスターショットにエネルギーを充填。きつめの一撃によるショックで彼を強制的に正気に戻そうとした。よしんば正気に戻らなかったとしても、ショックで意識を失うなどして大人しくなってくれさえすればそれで御の字だ。

 

 しかし彼の目論見は外れた。エネルギーを充填し赤熱化したバスターショットの刃がヴァーニィに触れた瞬間、彼の体は水の塊を剣で切り裂いたように弾けてしまったのだ。

 

「何ッ!?」

 

 グラスはそれを即座にヴァーニィが体を液状化させて攻撃を無力化したのだと気付き、反撃が来ることを警戒しようと身構えた。だが彼が身構えるよりもすぐにヴァーニィは体を再構築すると、全くダメージを感じさせない様子で片手を血で巨大化させ、鋭い爪の生えた手でグラスを切り裂き吹き飛ばした。

 

「がはぁぁぁっ!?」

 

 火花を散らしながら吹き飛ばされ、地面に叩き付けられたグラス。ヴァーニィは倒れた彼にトドメを刺すつもりなのか、血によって巨大化していた手の形状を変化させ片腕そのものを鋭い穂先を持つ槍に変化させた。それを構えて近付いて来るヴァーニィを前に、グラスはダメージの残る体を引き摺る様にして後退りながらどうやって彼を正気に戻せるかを考える。

 

「くそ、どうする……どうすれば良い……」

『レックス、逃げてッ! ユーリエ、何とかならないのッ!?』

『無茶を言ってくれるな、流石にあれは私でもどうする事も出来ないよッ!』

 

 通信機の向こうではリリィがユーリエに助けを求め、助けを求められたユーリエも困惑した様子を隠せていない。その間にもヴァーニィはグラスの前に立ち塞がり、未だに倒れている彼の腹を足で踏んで押さえ付けながら首元に槍の穂先を突き付ける。

 

「ぐ、ぅ……!?」

『レックスッ!?』

『δ5、退避しろッ!』

 

 リリィと敦が必死になって逃げろと告げてくる。だが今のこの状況、逃げる為にはスラスターを使って強引に振り払うしかないのだが、肝心のスラスターは先程のヴァーニィの一撃で動作不良を起こしシステムを再起動中の為使用不可能となっていた。次に使えるようになるのに後1分は掛かる。とてもではないが間に合わない。

 

(クソ……ここまでか……!)

 

 グラスが半ば諦めかけたその時、何者かがグラスにトドメを刺そうとしていたヴァーニィに飛びつき強引に引き剥がした。

 

「京也ッ!」

「ッ!?」

「うぉっ!? あ、あれは……!」

 

 ヴァーニィに飛びついたのは、ノスフェクト態となったアルフ……アルファノスフェクトであった。彼女の乱入によりヴァーニィは強制的にグラスの上から退かされ、踏み付けられていた腹が解放された彼は体を起き上がらせて取っ組み合いになっているヴァーニィとアルファノスフェクトの事を見やる。

 

「ガルッ!? ガァァァッ!!」

「京也、私ッ! 落ち着いて、京也ッ!」

「グルァァァッ!」

 

 正気を失った今のヴァーニィには、アルフの事も分からなくなっているらしく暴れるのを止めようとしない。やはり今の彼を止める為には、手荒だがショックを与えるしかないと考えたグラスはアルファノスフェクトに加勢しようと先程落としたバスターショットを拾い上げた。

 だが彼がアルファノスフェクトの方へ向かおうとすると、それを他ならぬ彼女が拒絶してしまった。

 

「駄目、来ないでッ!」

「何言ってんだッ! お前1人に任せられる訳ないだろうがッ!」

 

 グラスは今のアルファノスフェクトのコンディションを知らない。故に彼は、アルファノスフェクトが無理をしてヴァーニィを止める為決死の覚悟で飛びついたと思っているのである。実際、今のアルファノスフェクトは回復はしたが完璧とは言い難い。ヴァーニィに死ぬ一歩手前まで血を吸われた仮死状態で放置され、ジェーンの血を分け与えてもらって何とか回復したばかりなのだ。本来であれば回復に使われたエネルギーが体に馴染むまで僅かな時間であっても休息するのがベストである。

 

 が、彼女は悠長に休むつもりは毛頭なかった。そんな事をしている間に、京也にもしもの事があっては大変だからだ。アルフは京也にとって掛け替えのない存在だが、アルフにとても京也は掛け替えのない存在になっているのである。例えそれが遺伝子的に定められ、暗示によって刷り込まれた感情であったとしても、今この瞬間彼の事を愛しく思う彼女の心は本物であった。

 

 故に、彼女は自らの危険を顧みず、彼を止め正気に戻す為命を懸けているのである。

 

「私の事は、良いから……! くっ、レックスは逃げて……!」

 

「んな事出来る訳が「2人だけにして、お願いッ!」ッ!?……分かった。だが、無理はするなよッ!」

 

 グラスは後ろ髪を引かれる思いになりながらも、自身のコンディションも考慮し一旦後方へと下がり部隊と合流する事を選んだ。そろそろ部隊の再編も終わっている頃だろう。仲間達と合流し、然る後今の子の事態への対策を取らなければ。

 

 ヴァーニィと取っ組み合いになりながらも、アルファノスフェクトは後退していくグラスの姿に安堵の溜め息を吐く。これで周囲を気にする事なくヴァーニィを止める為全力を出す事が出来る。

 

「京也……あぁぁぁぁぁぁっ!」

「ッ!?」

 

 周囲に巻き込まれる者が居なくなった事を確認したアルファノスフェクトは、ここで漸く全力を出した。全身から放たれる赤黒い波動はロードブラッドのヴァーニィであっても踏ん張りが利かなくなるほどの衝撃と圧力があり、思わず彼女から手を放して後ろに数歩後退ってしまった。

 

 体を仰け反らせながら後ろに下がるヴァーニィの隙を、アルファノスフェクトは見逃さずさらに攻め手を激しくした。

 

「ぜあぁぁぁぁぁっ!」

 

 アルファノスフェクトはブラッディ形態のヴァーニィ同様、攻撃に合わせて血の結晶を作り出し変幻自在な攻撃を可能とする。その能力を持って、彼女はヴァーニィを追い詰め隙を見て吸血すべくタイミングを見計らった。

 

 だがロードブラッドとなったヴァーニィの能力は、彼女の予想を上回る力を持っていた。彼はアルファノスフェクトが攻撃の軌道に血の結晶を作り出すと、それを自分で掴んで逆に彼女を攻撃するのに使い始めたのだ。

 

「あぁぁっ!? ぐっ!」

 

 自分が攻撃に使おうとしていた結晶を奪い取られて逆に自分が攻撃されるという結果に、アルファノスフェクトは悲鳴を上げながらも流石と心の何処かで感心していた。彼は自分が思っていた以上に強くなっている。その事に場違いだが嬉しさすら感じてしまっていた。

 

 そんな彼だからこそ、戻ってきてほしい。戻って、何時もの優しい彼に戻ってくれと願いながら望まぬ戦いに身を投じる。

 

「京也ッ!」

 

 手に血を集束させ、攻撃力を上げた殴打を放つ。だがヴァーニィはそれを容易く受け止めると、逆に彼女の腹にスクリューの様に血を回転させた拳を叩き込んだ。

 

「ぐぶっ!? あ゛……!?」

「ア゛ァ゛ッ!」

「ごほっ!? はぁ、はぁ、あ゛ぁ゛ぁ゛ッ!?」

 

 反撃に一瞬動きを止めてしまったアルファノスフェクトに、ヴァーニィからの容赦ない攻撃が襲い掛かる。片手を掴んで引っ張り上げると、サンドバックの様に何度も彼女の体を殴りつけた。アルファノスフェクトは必死に彼の攻撃を防ごうとするが、一撃一撃が彼女の力を遥かに上回っている為防御ごと彼女の体を打ち抜き全身が砕けそうになる激痛に悲鳴が上がった。

 

「あぐっ!? ぐ、うぅ……あぁぁぁっ!」

「ガッ!?」

 

 だがアルファノスフェクトだって負けてはいない。ヴァーニィの攻め手が緩んだ瞬間、力を振り絞り片手を掴んでいる彼の手を振り払い、自由を取り戻すと彼に反撃の隙を与えず苛烈な攻勢に転じた。

 

「ふっ! はっ! やぁぁぁぁっ!」

「グゥッ!? ガッ!? グルルッ!?」

 

 血を纏いながらの攻撃はロードブラッドのヴァーニィであっても衝撃を完全に殺し切れないのか、一撃喰らう度に彼も衝撃で体を揺らした。攻撃の度にその軌跡に血の結晶が出来、ヴァーニィからの反撃を防御する。彼は先程同様その結晶を掴んで自分の武器としようとしたが、彼女も馬鹿ではなく同じ手を二度も喰らわないようにする為生成された結晶は彼が掴もうとした瞬間には砕けて武器として使えなくなる。相手の能力を利用しようとする、彼の思考を逆手に取った戦いに彼女は活路を見出していた。

 

「京也ッ! 目を覚まして、京也ッ!」

 

 今の彼は誰かに操られている訳ではない。自分にとって大切な者を、自分の手で傷付けてしまったという罪悪感と絶望に自分自身を見失ってしまっただけなのだ。そんな彼を正気に戻す為には、彼の目が覚めるほどの衝撃を与え自分が無事である事を何とかして彼に知らせなければならない。

 

 その為にアルファノスフェクトは心を鬼にして彼に攻撃し、閉ざされた彼の目と耳を開かせようと奮闘した。

 

「ハァァァッ!」

「ガ、グッ!?」

 

 血の様なエネルギーを集束させたアルファノスフェクトの蹴りが、ヴァーニィの胸板に直撃する。その瞬間呼吸が止まったのか彼の口から苦しそうな声が上がり、それが彼女の胸を痛めさせ動きを鈍らせた。

 

「ぅぅ……京也……」

「! グルァァァァッ!」

「あっ!?」

 

 それが致命的な隙となった。ヴァーニィは自らのダメージを押し退けるように手を伸ばすと、蹴りを放ったアルファノスフェクトの足を掴むとそのまま振り回して地面や壁に何度も彼女を叩きつけた。しまったと彼女が思った時にはもう遅く、地面や壁に叩き付けられる衝撃に彼女は全身がバラバラになるかと思う程の激痛に苛まれた。

 

「あぐっ!? がはっ!? あ、あぁぁぁぁぁっ!?」

 

 まるで犬が玩具を振り回す時の様にしっちゃかめっちゃかに振り回され、全身隈なくあちこちに叩き付けられて体力を消耗させられる。振り回されるのを止められた時には、彼女は全身ズタボロで掴まれている足以外を重力に任せてだらりとぶら下げるしか出来なくなってしまっていた。

 

「が、は……あ゛、ぁ゛ぁ゛…………」

 

 もう指一本動かせなくなった彼女に対し、ヴァーニィは容赦しなかった。徐に彼女を壁に投げつけたかと思うと、その壁に自身の血を先回りさせる。壁に広がった血はまるで獲物を待ち受けるイソギンチャクの様に血の触手を無数に作り出すと、叩き付けられた彼女に巻き付き壁に磔にした。

 

「うぁぁっ!? う、くっ!?」

 

 手足に巻き付き壁に磔にしてくる血の触手を何とか引き剥がそうとするアルファノスフェクトだったが、巻き付いた触手は硬質化しピクリとも動かない。

 

 ヴァーニィは動けなくなった彼女に近付くと、鋭くした爪と牙を使って彼女をズタズタに引き裂き始めた。

 

「ガルァッ! ガルルルルルッ!」

「あぁっ!? うあぁぁぁぁっ!? き、京也、止めっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!? いぎっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」

 

 彼女の身を包む鎧やボディースーツが、切り裂かれ引き千切られ食い千切られていく。どれだけ彼女が悲鳴を上げようと、ヴァーニィの凶行は止まる事無く遂には仮面を引き剥がされ強制的に元の姿に戻されてしまった。

 

「ガゥッ!」

「あがっ!? か、は…………はぁ、はぁ……京、也ぁ」

 

 首から下は股下辺りまで爪と牙でズタズタに剝かれ、露わにさせられた乳房から腹は満遍なく傷だらけで血が滴っている。仮面を引き剥がされた顔は消耗しきっており、目は虚ろだが視線はしっかりと彼に向かっていた。

 

 息も絶え絶えになりながら、それでも尚彼の事を信じて呼び掛けるアルフ。その声が届いたように彼は傷付いた彼女の頬を優しくそっと撫でる。普段彼がやってくれるように、温もりを伝える様な触れ方に束の間アルフは全身に走る激痛に苛まれながらも心が安らぐのを感じ、彼の手に身を委ねるように目を閉じる。

 

「ん……」

 

 ヴァーニィの事を信じて安心した顔になるアルフ。だが彼は、そんな彼女の信頼を裏切るかのように出し抜けに牙を剥くと彼女の肩口に食らい付いた。

 

「…………ガヴッ!」

「ひぎぃっ!? あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」

 

 先程は偶発的な吸血であったが、今度は彼は暴走状態とは言え自らの意思で彼女の血を吸っている。彼が食らい付いたところから自身の命であり力の源でもある血が吸い取られていくのを感じながら、同時に気が狂いそうになるほどの快楽にそのまま身を委ねてしまいそうになる。

 

「あ、うぁ、あ、は……あぁぁ……ん、くぅぅ…………!」

 

 今正に命そのものを吸い取られているとは思えない艶やかな声を上げるアルフ。だがこれは好機でもあった。ジェーンは言っていた、彼と血を吸い合えと。今が正にその時。自分の意識がある内に彼が血を吸ってくれたこのタイミングを逃して、次にチャンスは訪れない。

 

 アルフは意識が飛びそうになるほどの快楽の中で、必死に彼の首筋に顔を近付けるとなけなしの力を振り絞って彼の首筋に自身の牙を突き立てた。

 

「あ……ガ、ヴ……!」

「!?」

 

 アルフが食らい付いてきた事はヴァーニィも当然気付いた。だが彼は彼女の口を振り払う事はせず、そのまま血を吸って吸い殺そうとするかのように吸血を続けた。一方のアルフもそれに負けじと血を吸い始め、2人は互いの血を吸い合った。

 

「じゅる……じゅる……ふ、うっ!」

「んく、んく……ん、んんっ!」

 

 吸血によって自分に入って来る血の甘さと、吸血される事によって得られる快楽に2人は互いに身を悶えさせる。それでも尚2人は互いの血を吸う事を止めず、それどころか気付けばヴァーニィは彼女の拘束を解き自由にさせていた。腕が動かせるようになるとアルフはその手を彼の背中に回し、彼にしっかりと抱き着きながら彼と血を入れ替えるかのように吸血を続ける。そしてヴァーニィの方も、何時の間にか彼女の背に腕を回し絶対に話さないというかのように抱きしめていた。

 

 互いに血を吸い合い、互いの血液を循環させる2人の吸血鬼。血が混ざり合い循環する中で、彼の体に変化が起きた。混ざり合った血液が彼の体を再構築し、内部構造を作り替え、彼を……京也を、偽りの吸血鬼から本当の吸血鬼へと作り替えた。それと同時に彼は正気を取り戻し、狂気から解放され取り戻した意識の中やっと彼女と言葉を交わす事が出来るようになった。

 

「「ぷはっ」」

 

 2人は示し合わせた様に互いに口を離し、口元を血で汚しながら見つめ合う。

 

「アルフ……!? ゴメン、ゴメンね……!? 僕は、僕は君に、とんでもない事を…………!?」

 

 守ると決めたのに……例えそれが洗脳で刷り込まれたものだったとしても、この気持ちは本物であると信じて彼女を守りたかったのに、その彼女を彼は自分の手で傷付けてしまった。その罪悪感に彼は押し潰されそうになり、変身も解け素顔で彼女と相対した彼の目からは涙が零れ落ちていた。

 

 アルフはそんな彼の頬にそっと口付け、そのまま唇で彼の涙を拭うと流れるように唇で懺悔を口にする彼の唇を塞いだ。

 

「むぐっ!」

「んむ……ん、ふ」

 

 彼女からのキスに目を白黒させていた京也だったが、蕩けるような彼女とのキスに彼も罪悪感も何もかもを忘れて彼女とのキスに没頭していく。キスの最中、アルフは幼い子供をあやす様に京也の頭を撫で、彼女の手が優しく撫でていく感触に安心感を覚え、罪悪感に荒れ狂っていた心が凪いでいった。

 

 京也の心が落ち着いたのを見計らってアルフは撫でるのを止め唇を離す。離れる唇には、まるで離れる事を惜しむかのように血の混ざった唾液が2人の唇を繋いでいた。

 

「落ち着いた?」

「ん、うん……ごめん。いや……ありがとう」

「ふふっ……」

 

 性分から来るものか、一度は再び謝罪を口にしたが今彼女が求めているのはそれではないと気付いた京也は、直後に感謝の言葉を口にした。彼女が身を挺して止めてくれたから彼は正気に戻る事が出来た。彼女が止めてくれなければ、彼自身が人々に仇成す脅威として討伐対象となっていただろう。

 

 彼を止められた事に、アルフも安堵し彼の温もりを感じる為ギュッと抱き着いた。甘えるネコの様に首筋に頭を擦り付けてくる彼女を、京也も優しく受け入れ彼女の髪に顔を埋める様に抱きしめる。

 

「良かった、何時もの京也だ。……でも、ゴメン」

「ん?」

「京也、本当に変わっちゃった……もう、戻れない」

 

 先程、2人は互いの血を飲み合った。互いの血が混ざりあい、それにより京也の体は変身していなくてもノスフェクトと同じとなる。本当の意味で吸血鬼となってしまったのだ。無論それは遅かれ早かれであり、ここに捕まる直前辺りから既に彼の肉体の変化は始まっていた。長い事ヴァーニィとして戦い続ける事で肉体が変化し、何か一つでも切っ掛けがあれば完全な変異を遂げていたことは確実だ。

 

 だが今回、その切っ掛けがアルフである事に変わりはない。自分が彼から普通と平穏を奪ってしまった事を自覚しているアルフは、今度は彼女の方が罪悪感に表情を暗くしてしまう。

 そんな彼女の額に、京也は優しくキスを落とした。

 

「ん……京也?」

「ありがとう……僕を、アルフと同じにしてくれて」

「え?」

 

 罪悪感を感じるアルフであったが、対する京也の方は彼女に感謝していた。あのまま変異しないままだったら、京也は何時か必ずアルフを残して逝く事になってしまっていた。ノスフェクトは人間に比べて寿命が長く、そもそも身体能力が違う為何時までも一緒にと言う事は難しかった。だがこれで彼は何の気兼ねも無く彼女と同じ時間を過ごす事が出来る。愛する彼女と何時までも一緒に居たいと思う彼にとって、それはこれ以上ない程の幸福であった。

 

「これで僕は、ずっとアルフと一緒に居られる。アルフと同じ時間を生きられる。僕だってアルフ、君が好きなんだ。君と一緒に居たい。だからアルフ、ありがとう……僕を、君と一緒に居られるようにしてくれて。僕を、受け入れてくれて」

「京也……!」

 

 京也からの愛の告白と求める言葉に、アルフは感極まり思いっきり抱き着いた。今までは身体能力の違いから控えめに済ませていた抱擁だったが、もうそんな遠慮をする必要は無い。彼の体は彼女に追い付いたのだ。大人のライオンが本気で人間にじゃれ付けば人間は一溜りも無いが、ライオン同士であれば何の問題も無くなる。アルフはこの日、本当の意味で京也の事を抱きしめる事が出来たのだ。

 

「京也……違うよ」

「ん? 何が?」

「私が、京也を受け入れたんじゃない。京也が、私を受け入れるの。ね? 分かるでしょ?」

 

 傍から聞いていれば何の事か分からないアルフの言葉。だが今の彼は、彼女の言葉の意味が全てわかった。

 

 京也は真のノスフェクトとして覚醒を果たした。それは元々ペスター博士が求めそうなるよう彼を調整した結果でもある。だがジェーンの横槍もあって、その在り方は博士が望んでいたものとは異なる形で実現した。

 

 京也の体はノスフェクトの王となった。王と言う事は、配下が居るという事。その配下とは、彼がこれまでに飲んできた血の持ち主である事に他ならない。そう、アルフもまた彼の配下の一員となっていたのだ。彼はそれを受け入れただけ。ただ他の配下と違うのは、アルフもまた京也の血を飲んだ事で彼と深い深い所で繋がり合っているという点であった。だからこうして彼の隣に自由に立つ事が出来ている。

 

「さぁ、行こう、京也。もう、全部終わらせよう」

「……うん!」

 

 誘ってくるアルフの言葉に、京也は目を自らの意思で血の様に赤く煌かせると口を開いた。人間だった時に比べて犬歯が鋭く伸び、唾液を滴らせる牙を彼は再びアルフの肌に突き刺し血を啜る。

 

「んぁぁっ! あ、はぁぁ……! あ、あ、あ……あふ、うぅん!」

 

 ノスフェクトの特性として、唾液は獲物が暴れたりしないようにと媚薬の効果を持つ。だが京也のそれは通常のノスフェクトよりも効果が高かった。アルフは一瞬で体の内側が燃え上がる様な昂ぶりを感じ、天にも昇る様な陶酔感に自力で立つ事も出来なくなり膝が崩れそうになるのを京也が抱きしめて受け止めた。

 吸血され、自分の一部が京也と一つになっていくことをアルフは実感する。その感覚に彼女はこれ以上ない幸福感を感じ、文字通り彼と一つになる感覚に歓喜の笑みを浮かべた。

 

「京也……京也ぁ……!!」

 

 嬌声と共に彼の名を呼んだアルフの体が、突如として液状化し残らず最後の一滴まで飲み干される。それは飲み込まれたというよりは、自分の意思で彼の中へと入っていったようでもあった。実際、アルフは自分の意思で京也と一つとなる事を望み、それを実行に移したに過ぎない。

 

 そしてアルフの全てを取り込んだ京也は、彼女の全てが自分の中に満ちていく感触を堪能するように目を閉じ佇んだ。が、直後目を見開くと血と唾液を吐き出しながら咳き込み、それと同時に口からクロスブラッドを一つ吐き出した。

 

「んぐっ! かっ、かはっ……ごほっ!」

 

 吐き出されたクロスブラッドは普段アルフが吐き出すそれと違い、金色に赤い血管の様なラインが入った特別なクロスブラッドであった。それは本当のロードブラッドの鍵となるクロスブラッドである。京也は自分の口から飛び出したそれを愛しそうに見つめた。

 

「さぁ……行こう、アルフ」

《うんっ!》

 

 頭の中にアルフの声が響く事に、彼は驚く事無く嬉しそうに笑みを浮かべるとヴァンドライバーに装填した。

 

「変身……!」

〈ダイシリアス! ロード!〉

 

 ベルトのドクロがクロスブラッドを飲み込む様に口を閉じると、京也の全身を怪しく輝く血が包み込む。その血は彼の体に沁み込む様に形を変えていき、赤黒いボディースーツと赤みがかった金色の鎧、そして深紅のマントとなり、彼を王として相応しい姿に変身させた。

 

 京也自身がノスフェクトとして覚醒し、自分の意思で吸血鬼となった彼が変身する真のノスフェクトの王としての力を得たロードブラッドとなったヴァーニィは、顔を上げると少し離れた所から聞こえてくる騒ぎに乱入しようとそちらに向け一歩歩を進めた。

 

 刹那、彼は足を止めると明後日の方に向けてマントを翻した。バサリと音を立てて広がったマントは瞬時に硬質化し、それが彼の視界の外から振り下ろされた大槌を受け止める。

 

「見つけた、化け物ッ!」

「磯部さん……」

 

 教会地下での戦いで1人見捨てられるように取り残された揚羽は、頼れる者が居なくなっても1人で京也のヴァーニィを目指して放浪していた。今の彼女に残っているのは、ヴァーニィに対する怒りだけであり、まるで実里の存在を忘れないようにするかのように彼女は己の怒りを燃やし続けた。その怒りを力に変え、渾身の力で大槌が振り下ろされる。

 

 振り下ろされた大槌はヴァーニィのマントにより受け止められ弾き返される。揚羽が変身したバルトはその衝撃に後ろに回転しながらも、空中で体勢を立て直し一回転して着地した。

 

「ふぅ……! ふぅ……!」

 

 渾身の一撃を防がれながらも、彼女の戦意は1ミリも衰える事はない。寧ろ怒りを燃料に、戦意を昂らせ握り潰す勢いで大槌の柄を握り締める。

 

「みのりんの……みのりんの、仇ぃ……!!」

 

 怒りと憎悪に心を支配され、本来の優しさを失ってしまった揚羽。嘗ての太陽の様な存在感を失ってしまった彼女の姿に悲しさを感じているのは、ヴァーニィだけではなかった。

 

《紅月君、お願いッ! 揚羽を……あの子を止めてッ!》

「……分かってるよ」

 

 頭の中に響く声に、ヴァーニィは静かに頷き構えを取る。静かに凪いだ心でバルトを見据えるヴァーニィは、手に血で出来た剣を構えると片手を自分の方に振って彼女を誘った。

 

「来なよ。磯部さんの怒りも何もかも、全部受け止めるから」

「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 ヴァーニィの挑発とも取れる言葉に、バルトは激昂の叫びを上げながら突撃していく。その手に怒りと憎しみを込め、バルトはヴァーニィに飛び掛かりながら大槌を振り下ろすのだった。




と言う訳で第67話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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