仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第68夜:魔女の目的

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 怒りと憎しみ、そして悲しみを起爆剤にして揚羽のバルトがロードブラッドのヴァーニィに肉薄していく。大槌を振り下ろす彼女に対し、ヴァーニィは片手に血の様なエネルギーを纏い正面から受け止めた。

 

「くっ!」

「ずぇぁぁぁぁぁっ!!」

 

 一撃を容易く受け止められたが、バルトの攻撃は止まらない。人間なら容易く叩き潰せそうな大槌を、見た目に反する速度で何度も振り下ろす姿はともすれば現実離れしていた。まるで人間サイズの台風のようであり、実際彼女が大槌を振り回せばそれだけで突風が巻き起こり土埃が舞い上がり掠っただけで大きい瓦礫は砕け小さい瓦礫は吹き飛んだ。

 

 近付く事すら憚られる今のバルトに、しかしヴァーニィは自ら火中に飛び込むかの如く接近していく。傍から見ればあまりにも無謀に見える彼の行動は、実際にはこれ以上ない程合理的であった。大槌による攻撃で最も威力が出るのは言うまでもなく先端の槌部分。それより遠ければ当然だが攻撃が当たらない為威力はゼロに等しいが、それよりも距離が近すぎる場合も威力は大幅に下がっていた。強烈な一撃も威力が乗りきらない状態であれば恐れる事は無い。

 それに今の揚羽を止める為には、可能な限り彼女に近付く必要があった。彼は接近した状態を維持し、彼女の動きに隙が出来るのを待ちながら彼女が振り回す槌の柄を受け止め、弾き、回避したりして対応していた。

 

「くっ! こ、の……あっち行ってッ!!」

 

 流石にこの至近距離を維持されては自分の方が不利と理解しているのか、バルトはクロスショットを抜きゼロ距離に近い距離で発砲しヴァーニィを引き剥がそうとした。ここまで近い場合、下手に大槌での攻撃に拘るよりも銃撃した方が早い。

 

 銃声と共に放たれる銃弾。だがその銃弾はヴァーニィの体を手応えを感じさせぬ様子で突き抜けていった。

 

「!?」

 

 ノスフェクトは勿論、ヴァーニィに対しても特攻となる筈の銀成分を多量に含んだ銃弾を喰らっておきながら全くダメージを負った様子を見せないヴァーニィに、バルトは一度手の中のクロスショットに視線を落としてから再び銃口を向け何発も発砲した。だが彼女の放った銃弾は命中した端からヴァーニィの体を突き破って行き、その度に彼の体からは血が滴り落ちるが彼はまるでダメージを感じた様子を見せずに近付いていった。

 

 攻撃が通用しているのか分からぬヴァーニィの動きに、畏怖の感情すら感じてバルトは一心不乱に発砲する。

 

「何で? 何で何で何で何で、何でッ!? 何で効いてないのッ! 倒れて、倒れてよッ!!」

〈One judge,Shooting cross〉

 

 普通の銃撃が駄目なのかとバルトはレバーを一度起こしてシューティングクロスをお見舞いするが、衝撃で一歩後ろに下がらせる事は出来てもやはり倒すまでには至らない。直ぐに再び歩み寄って来るヴァーニィの姿にバルトは半狂乱になって大槌を叩きつけようとした。

 

「あああぁぁぁぁぁぁっ!!」

「…………フッ!」

 

 渾身の力を込めてバルトが振り下ろしてきた大槌を、ヴァーニィは左手の手刀で弾き飛ばす。これまでの攻撃で本人も気付かぬ内に疲労を重ねていたバルトは、ヴァーニィの手刀で大槌を弾き飛ばされてしまった。大槌は見た目に反する軽い動きで弧を描き飛んでいき、地面に落下すると隕石が落下したかのように周囲に小さくクレーターを作り上げた。

 

「あっ!?」

「ゴメンね、磯部さん」

「えっ?」

「フンッ!」

 

 これから一撃お見舞いする彼女に向け、ヴァーニィは短く謝罪した。これまでに何度も暴言を吐かれ、痛い目にも遭わされた彼女だが、他ならぬ彼女が誰よりも苦しんでいる事は彼も理解していた。最愛の親友を失いどうすれば良いのか分からなくなってしまった。己の中で暴れ狂う怒りと憎しみ、悲しみの処理の仕方が分からず苦しんでいたところを、エリーに唆され敵対してしまっただけなのだ。言ってしまえば彼女も被害者であり、そんな彼女に怒る事も憎む事も出来る訳がなかった。

 

 だが彼女を正気に戻す為には、ある程度の痛みも必要であった。痛みを受ける事で一時とは言え怒りと憎しみを忘れてもらわなければ、彼女に声が届く事は無い。

 

 故にヴァーニィは、心を鬼にして彼女の腹にエネルギーも血も纏っていない蹴りを叩き込んだ。それでも今の彼の一撃は分厚い壁を一撃で抉るほどの威力がある為、蹴りを喰らったバルトは一瞬蹴りを喰らった場所から上半身と下半身が別れてしまったかと錯覚するほどの衝撃と痛みを受けた。

 

「んぶぇっ!?」

 

 胃の中身が全て逆流するかと思う程の一撃に吹き飛ばされたバルトは、そのまま背後の壁に激突する。

 

「がはぁっ!? うぐぅ、ぅぅ……」

 

 背中から激突し、壁にめり込んだバルトは変身が解除される。元の姿に戻った揚羽の姿は以前の健康的な様子が見る影もなく、目の下に隈を作り髪も手入れがされておらず汚れてボサボサになっていた。それが実里を失い全てを投げ出してしまった彼女の今の姿だと思うとヴァーニィは心が苦しくなるのを感じながら、前のめりに倒れる彼女に近付いていった。

 そして、倒れ行く彼女の体をそっと受け止めると、そのまま優しく壁に寄りかかる様に座らせた。

 

「はっ、はっ……殺すの? 私の事も……」

 

 揚羽は変身が解除されながらも、相手を射殺す様な鋭い目をヴァーニィに向けた。彼はそれを正面から受け止めつつ、彼女の口から出た言葉に対し首を静かに左右に振る。

 

「いいや……」

「殺せばいいじゃない……! 殺して、もう殺してよッ!? もう、もう疲れたの……! 私……私は……!」

 

 

 

 

《もう止めて揚羽ッ!!》

「………………え?」

 

 

 

 

 憎しみ続けることに疲れ、何も成し遂げられない自分に失望し、親友を失った日々に絶望した。最早生きる希望が見いだせなくなり、どうせならこのまま殺されたほうがマシだと死を懇願し始めた揚羽。その彼女の耳に、親友である実里の声が確かに響いた。だが実里は確かに死んだ筈。ならばこの声は、実里を求めるあまり聞こえてしまったただの幻聴だ。そう思った矢先、再びハッキリと実里の声が揚羽の耳に響く。

 

《お願い揚羽、もう止めてッ! 前の優しい揚羽に戻ってッ!》

「みの、りん?…………!!」

 

 聞こえてくる実里の声に、揚羽が顔を上げるとそこには見紛う事ない実里の姿があった。求めてやまなかった、だが再び会える筈がないと理解していた実里の姿に、揚羽の両目から涙が溢れ出した。

 

「みのりん……! 何で、どうして? だってみのりん、あの時確かに……」

《うん、死んだよ。ウチの体は確かにあの時、ノスフェクトにされて死んじゃった。でも、紅月君がウチの最後の血を飲んで受け入れてくれたからこうしてここに居られるの》

「どういう、事?」

 

 実里の説明を受けても理解できず揚羽が首を傾げると、実里の隣に下から飛び出す様にアルフが姿を現して詳しく説明した。

 

《ヴァーニィは、京也は飲んだ相手の血の情報を保存し続ける事が出来る。それは本来、京也のダメージを肩代わりする為のものであると同時に、京也が振るう力の源。でも京也の力は、今までずっと眠ってたから……》

 

 ロードブラッドとして覚醒したヴァーニィと京也は、これまでに吸血してきた相手を自身の中に情報として保存し続ける事が出来る。そして保存された情報は、保存されている限り、そして彼が生きている限り永遠に意識だけの存在として生き続ける事が出来る。つまり、京也の中では今までずっと実里が意識だけの存在として生き続けていたのである。

 

 それは嘗て、双子であるが故に臓器移植で姉妹である亜矢の中に生き続ける事が出来た真矢と同じ状態であると言えた。ただ彼女と違うのは、京也の意識1つで彼の血を媒体にして体を構築できるという事。

 実里とアルフの足元を見れば、ヴァーニィから流れ出た血が広がっておりそこに足首まで浸かった様な状態でそこに立っていた。

 

 とは言えここまで理屈を言われても、揚羽の頭には殆ど入ってはいなかった。今の彼女にとって重要なのは、親友である実里が再び自分の前に現れてくれた事だけである。

 

「みのりーーんッ!!」

 

 ヴァーニィに敗れて心身共に疲れ切って、指一本動かす事すら億劫だったからだが嘘のように軽くなり揚羽は実里に抱き着いた。久し振りの実里の温もりに、揚羽は子供の様にワンワンと泣き喚き再会の喜びを表現した。

 

「みのりん、みのりん……! 会いたかった、会いたかったよッ!! ずっと……ずっと、ずっと……!」

《揚羽……ゴメンね? ウチが死んだ所為で、紅月君にも揚羽にも凄く辛い思いをさせちゃって……》

「違う、そんなの違う……!? 私が悪いのッ! 私が……紅月君も辛かった筈なのに、自分の事だけ考えて……みのりん、紅月君……ごめんなさいッ! ごめ゛ん゛な゛ざい゛ぃぃぃぃ……!!」

 

 実里と再会出来た事で、これまでずっと彼女の中で燻り続けていた罪悪感が一気に噴き出した。本当は彼女だって分かっていたのだ。京也に当たっても意味がない。だが最初に実里の死の瞬間を見て、悲しみが溢れ出して心が壊れそうだった彼女は全ての事実に蓋をして分かりやすい”悪者”を作り出し、憎み続ける事で無理矢理にでも心を守り続けていたのである。

 だがそれももう終わりだ。仮初の肉体で現出した存在とは言え、こうして実里に会う事が出来た。それだけで揚羽には十分であった。

 

 それからも揚羽は実里の腕の中で泣き続け、実里は子供の様に鳴き喚く揚羽の頭と背中を優しく撫で宥めた。ヴァーニィとアルフはそんな2人を優しく見守り、彼女が落ち着くまで待ち続けた。

 

 そうして暫く待ち、やっと揚羽の泣き声が聞こえなくなると実里は泣き疲れて眠った彼女を優しく下ろし横に寝かせた。背中を丸めて眠る揚羽の頭を今一度優しく撫でると、立ち上がって振り返りヴァーニィと目を合わせた。その彼女の目には、強い意志の力を感じさせた。

 

「もう、いいの?」

《うん。どの道、もう揚羽とはずっと一緒に居られないし》

 

 ヴァーニィと繋がった状態の実里は、一定以上の距離を離れる事が出来ない。それにアルフとは違い、彼女は表に出るのに京也の力が必要となる。例え意識があったとしても、今まで通りに過ごす事は出来ないだろう。それでもこうして揚羽と再び触れ合えたことは、彼女にとっての救いとなっていた。

 

 そして救われたからには、それに報いなければならない。もうこれ以上、自分の様な者を生み出さない為には、この騒動を完全に終わらせなければ。

 

《行こう、紅月君。アルフちゃん》

《ん》

「分かった……!」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方、街は修道騎士団とノスフェクト軍団により激しい戦闘が行われていた。イジターとノスフェクトが入り乱れて、最早乱戦としか言いようのない有様。戦いの余波で街が次々と破壊され、騎士の、ノスフェクトの死体が積み上がっていく。

 

 その乱戦の中で、シャドゥは目に映るノスフェクトを始末しながらノスフェクトの王に肉薄し手にした銃を発砲した。

 

「見つけたぞ、ブラボー型」

「僕は……ヴラドだ」

 

 放たれた銃弾をロードノスフェクトは血を鎧の様に纏った腕を振るう事で弾き、お返しに手を振れば飛び散った血が一瞬で硬質化して鋭い矢の様にシャドゥに向け飛んでいく。迫る血の矢を撃ち落とすシャドゥだったが、ロードノスフェクトは血の矢を次々と放ってくる為迎撃が間に合わない。已む無くシャドゥが横に転がって回避すれば、流れ弾が彼の背後に居たイジター達に襲い掛かる。

 

「うわっ!?」

「がっ!?」

「ぎゃぁっ!?」

 

 血の矢はイジター達に命中すると、鎧やボディースーツを突き抜けて肉体に食い込む。そして矢が刺さった騎士は、そこから血を吸い取られあっという間に干からびてしまった。

 

「うあ、あ、あぁぁぁぁ……!?」

「……直接牙を突き立てなくても血を吸い取れるのか」

 

 矢が刺さった騎士の血は、刺さった矢から伸びる血の道を通ってロードノスフェクトへと流れ込んでいく。離れた所に居る人間の血をも吸い取れるロードノスフェクトの力は、放置しておけば確実に地球上の全生命に影響を与える事が予想される。それを許す訳にはいかないと、シャドゥは自分に襲い掛かって来るノスフェクトをノールックで返り討ちにしながらロードノスフェクトを倒そうと挑みかかった。

 一方ロードノスフェクトも吸血を中断すると血の剣を作り出し、シャドゥを迎え撃とうとして…………

 

「「ッ!?」」

 

 出し抜けに2人揃って同じ方を向いた。明後日の方向、沈みゆく夕日で空が血の様に赤く染まった空に、黒い点が存在している。その点は徐々に大きくなっていったかと思うと、次の瞬間両者の間に隕石の様に何かが降り立った。

 

「な、何……!」

「くっ!」

 

 割って入る様に落下したそれが巻き起こす砂埃でシャドゥ達の視界は塞がれ、落下の瞬間の音は空気の壁となってシャドゥとロードノスフェクトのみならず線上にいる全てのイジターとノスフェクトの動きを止めさせた。

 

 戦場に居る全ての者の視線が一点に集中する。その中心と言える砂埃が晴れると、そこに居たのはマントを靡かせながら佇むロードブラッドとなったヴァーニィだった。シャドゥは初めて見るロードブラッドとなったヴァーニィの姿に言葉を失い、ロードノスフェクトはヴァーニィから感じる気迫に意識せず一歩後退った。反応はそれぞれ異なるが、共通しているのは今のヴァーニィは自分達の知るそれではないという確信である。

 

 そのヴァーニィが、視線を巡らせ自分の周囲に居る全ての者達を見据えた。赤い複眼がシャドゥを、ロードノスフェクトを、イジターとノスフェクト達を捉えた瞬間、この場の全ての者はヴァーニィ1人に攻撃を集中させた。

 

「くっ!」

 

 シャドゥが発砲しヴァーニィの頭と胸を撃ち抜いていく。

 

「ハァァァッ!」

 

 ロードノスフェクトが手にした血の剣を振るい、ヴァーニィを膾切りにすると地面から何本もの血の槍を突き出させヴァーニィを滅多刺しにし空中に磔にする。

 

「「「「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」

「「「「シャァァァァァァァァァァッ!!」」」」

 

 そして全てのイジターとノスフェクトは、生贄か罪人の様に掲げられたヴァーニィに一斉に群がり、爪を牙を、刃を銃弾を突き立て穿ち食い千切り、ありとあらゆる手段で確実に始末しようと暴虐の限りを尽くした。

 

 ヴァーニィたった1人にあまりにも過剰過ぎる攻撃。それを行っている者達が共通して抱いているのは、恐怖であった。

 今ここで確実に彼を仕留めなければ恐ろしい事になる。目の前に居るのは、自分達の存在を脅かす圧倒的な捕食者だ。何が何でも今この時この瞬間に、確実に仕留めなければならないと、全ての者達が共通して認識し動いたのである。

 

 あまりにも絶望的な状況。何も事情を知らない者がこの光景を見れば、誰もがヴァーニィの死を予感しただろう。

 

 だが状況は既に、衝動的な行動では最早どうにもならない位進んでしまっていた。もうとっくの昔にそれが出来るだけの状態は過ぎ去っていたのである。

 

「攻撃中止ッ!」

「皆、そこまでだ」

 

 シャドゥとロードノスフェクトが、それぞれの配下を一度宥めた。ヴァーニィ1人にここまで攻撃を集中しては、結果がどうなっているかの確認が出来ない。

 尤も、普通であればここまでやれば最早結果など見る必要も無いのだろうが…………

 

 それぞれの指揮官の指示で、イジターとノスフェクトがそれぞれヴァーニィが居た場所から距離を取る。果たしてそこにあったのは、過剰なまでの攻撃で原型も残さないレベルではないくらいチリチリのグチャグチャになったヴァーニィの姿が…………無かった。

 

「えっ?」

 

 それは果たして誰の声だったのか、理解できる者は誰も居ない。ただこの場の全員にとっての共通認識である事は間違いなかっただろう。

 

 何故ならそこにあったのは、赤黒いスライムの様な血の塊が浮かんでいる光景であったのだから。血の塊はゆっくりと地面に降り立つと、粘度を捏ねるように形を変え元のロードブラッドのヴァーニィとなった。あれだけの攻撃に晒されても、全くダメージを負った様子のない姿にイジターだけでなくノスフェクトですら畏怖を感じ思わず後退る。

 

 すると今度はヴァーニィが動いた。彼が地面に片膝をつき、突き刺す様に地面に片手を触れるとそこから濁流の様に大量の血が周囲に広がった。足元に迫る血に、何かを感じたのかシャドゥとロードノスフェクトが大きく跳躍して離れると、次の瞬間信じられない事が起こった。

 

 何と地面に広がった血の絨毯から、まるで這い出るように無数のノスフェクトが姿を現したのである。否、ノスフェクトだけではない。目から血の涙を流す人間だったモノ達、更には恐らくはファッジだろう明らかにノスフェクトとは違う異形までもが次々と這い出てきて、目に映る生者に襲い掛かった。

 

「ア゛ァ゛……ア゛、ア゛……」

「ゴァァ……」

「グルル……」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「撃てッ! 撃てぇぇぇッ!」

「ガルルッ!」

「シャァァッ!」

 

 修道騎士団もノスフェクトも関係なく襲い始めるヴァーニィの血から這い出た異形達に、本来敵対していた両者は共に抗う為反撃する。だが異形の群れは次から次へと出てくる。何より勢いがあった。あっという間に修道騎士団は死者の濁流にのみ込まれる。

 

 止まることの無い死者に襲い掛かられるという地獄の様な光景に騎士達の悲鳴が周囲に響き渡る。襲われるのはノスフェクトも同様で、まるで自分達の仲間を増やそうとしているかのようにヴァーニィから出てきた異形に襲い掛かられた。

 

 危うい所で死者の濁流から逃れたシャドゥとロードノスフェクトは、眼下で広がる阿鼻叫喚の地獄のような光景に言葉を失った。

 

「何だ、あれは……あれは何だッ! ブラボー型ッ! 一体あれは何なんだッ!」

「…………あれは恐らく、情報の逆流だ」

「情報の逆流?」

 

 

 

 

《あれは、どういう事なの? あれって、紅月君の中に居た人達だよね?》

 

 動揺の疑問はヴァーニィの中に居た実里も抱いていた。地獄を生み出した張本人は、その光景を見やすいようにシャドゥ達が降り立ったのとは別のビルの上に移動し、眼下の光景を見下ろしている。その彼の左右にはアルフと実里が居て、同じヴァーニィの中に居た存在である筈の実里は変わらず穏やかなまま下界で広がる地獄の様子に体を震わせていた。

 

 その疑問に答えたのは、ヴァーニィを挟んで彼女の反対側に居たアルフである。

 

《あれは、京也の中に存在する情報を逆流させた存在。京也の中の全てを攻撃に転換させた、京也だけの城塞》

 

 ノスフェクトが内部に保存した吸血した相手の情報は、さらに上位の存在に吸血される事で引き継がれる。弱肉強食の生態系のピラミッドで、生産者が生み出した栄養を最終的にピラミッドの頂点に居る捕食者が得るように。或いは、生体濃縮を例に出した方が分かりやすいだろうか。

 

 これまでの戦いでヴァーニィが吸血してきたのは飽く迄ノスフェクトだけであったが、そのノスフェクト達がそれまでに吸血して殺してきた人間の情報も全てヴァーニィに引き継がれている。眼下に広がる血の尖兵の中に人間の姿があるのはそれが理由だ。ではファッジは何処から来たのかと言えば、それは今までアルフが飲んできたジェーンの血の中にあった情報である。

 

《今なら、分かる……ジェーンは、これを狙ってたんだ》

「アルフ……」

《私は本来、京也をヴァーニィにしてコントロール可能なノスフェクトにする為のカギでしかなかった。でも、ジェーンに保護されてから私は何度もジェーンの血を飲んできた。ノスフェクトであってノスフェクトでない、ジェーンの血を……》

「正解~♪」

 

 出し抜けに響いたジェーンの声に3人が振り返れば、そこには笑顔のジェーンが彼らに向け手を振っていた。

 

《ジェーン! 大丈夫?》

「これくらいへっちゃらよ~」

「ジェーンさん……そろそろ、色々と説明してもらっても良いですか?」

 

 探る様なヴァーニィの言葉に、ジェーンは普段は存在する妖艶さを取り払ったような笑みを浮かべて頷き口を開いた。

 

「私はね……実を言うと、ペスター博士の目的は大体知ってたのよ」

「それは、僕が理想のノスフェクトになる為に攫われて色々された事も含めて……ですか?」

「うん」

 

 ジェーンはペスター博士の野望を挫く為、独自の活動で京也を博士の研究所から奪い取ると彼の記憶の一部を能力で弄り、何も知らない無力な少年として手元に置き育てていた。そして博士の手勢の目を逃れながら虎視眈々と博士とその一派を一掃する手段を模索していた。

 が、アルフがヴァンドライバーを持参して京也と合流してしまった事で修正が必要になった。博士は自分の手元から離れた京也を自ら探すのではなく、遺伝子的に彼を求めずにはいられないアルフを解き放つ事で引き合わせる事を選んだのだ。結果としてその思惑は成功し、京也はアルフを守る為ヴァーニィに変身してしまった。

 

「こうなったら仕方ないし、私は彼の計画を利用する事にしたのよ~」

《どういう事ですか?》

「京也君を~、博士が制御できない仮面ライダーに仕立て上げようとね~」

 

 ジェーンは腹を空かせたアルフを落ち着かせる為、度々自身の血を飲ませていた。ジェーンは通常のノスフェクトではなく、その体には過去に傘木社が培ってきた技術の全てが乱雑に詰め込まれている。体を自在に液状化させる能力もその一つだ。そんな彼女の細胞を取り込めばどうなるか?

 

 アルフはエネルギー補給の過程で、徐々にだが内側からジェーンにより体を弄られていたのである。

 

「と言っても~、ノスフェクトの吸収能力を前には修正の前に血が吸収される事の方が多かったから~、ここら辺は根気が必要だったけどね~。ゆっくりすこ~しずつ……」

「つまりジェーンさんも、修道騎士団の人達みたいに全てのノスフェクトの殲滅が目的だったって事ですか?」

 

 口ぶりからするとジェーンもペスター博士を始末しノスフェクトを殲滅する事が目的のように思える。それに自身も含まれているかは別として、少なくともヴラドも何時かは倒す気でいたのかもしれない。

 ところがヴァーニィがそう問い掛けると、彼女はケラケラと笑いそれを否定した。

 

「アハハッ! 違う違~う、私の本当の目的はそんな事じゃないわ~。ま~、このまま博士にノスフェクトの研究を続けられて増やされ続けたら困るとは思ってたから~、そこら辺の利害は一致するかもしれないけどね~」

《でも……ジェーンは、アイツ等とは手を組まなかった》

「先がないって意味では~、博士もアイツらも一緒だしね~」

 

 アスペン神父はノスフェクト殲滅の為に、周囲のあらゆるものを犠牲としてしまう。それでは意味が無いのだ。彼がやろうとしている事は言ってしまえば害獣を駆除する為爆弾を落として周囲を巻き込み吹き飛ばそうとすることに等しい。それに手を貸すつもりも、させるつもりもジェーンには無かった。だから一定の目的は同じくしても、手を組む事をしないどころか邪魔すらしたのである。

 

 そうなると疑問なのは、ジェーンの真の目的である。

 

「ジェーンさんは何がしたいんですか?」

 

 探る様なヴァーニィの問い掛けに対し、彼女はクスリと笑みを浮かべ小さく息を吐いた。その瞬間ヴァーニィ達は違和感を感じ思わず身構える。敵意や害意の類を感じた訳ではないのだが、何と言うか気を引き締めなければならないと本能的に感じたのだ。

 それはジェーンの纏う雰囲気が一変した事に関係しているだろう。普段の掴み処の無いホワホワとした雰囲気は一瞬で霧散し、抜身の刃を見ているような気分になったのである。

 

「私はね、託されたのよ。その為には、1人でも多くの正しく力を振るえる人……仮面ライダーが必要なの」

《託されたって、何を? 何の為に紅月君を仮面ライダーにする必要があるんですか?》

「それは今は内緒~。杞憂で済めばそれに越したことは無いし~、今はそれよりもこの状況に集中してもらわないといけないしね~」

 

 

 

「でも、その時は必ず来る……京也君達みたいな人の力が必要になる時が…………」

 

 

 

 我が子を見る様な優しい目でヴァーニィの事を見ながら、ジェーンは彼の頬を優しく撫でる。仮面越しにも伝わる彼女の温もりに、アルフと触れ合う時とは別の安心感を感じていた彼にアルフは嫉妬したのかジェーンから奪う様に彼に抱き着く。

 

《むぅ……》

「うふふ~、大丈夫よ~、取ったりしないから~。それより~、そろそろ行った方が良いんじゃないの~?」

「そうですね。下の方も、落ち着いてきたでしょうし」

 

 ヴァーニィが下界を見下ろすと、彼の血から解き放たれた軍勢が元の血に戻り彼の中へと戻っていく。あれだけいたノスフェクトは全て洗い流す様に一緒に取り込まれていき、修道騎士団の団員たちはボロボロの状態でその場に取り残される。ヴァーニィが生み出した眷属は、ノスフェクトだけを始末し人間の軍勢は痛めつけるだけに留めたのである。もうあれでは戦えまい。

 

 後は双方の頭を潰すだけで、この戦いは終わる。ヴァーニィはこの狂った宴の幕を下ろすべく、屋上の縁に足を掛けた。

 

《あ、あの! 最後に一つ聞いておきたいんですけど、紅月君ってもう博士からは解放されたって事で良いんですよね?》

「そうよ~。私の血を飲んだアルフちゃんの血を飲んだ事で~、京也君も影響を受けて博士の洗脳は完全に機能しなくなったわ~。もうあなたを縛るものは何もな~い。安心して~」

「ありがとうございます、ジェーンさん。それじゃ、行ってきます」

 

 短く告げると、ヴァーニィの中にアルフと実里が入っていく。2人を自身の中に入れ守ると、ヴァーニィはビルから飛び降り修道騎士団の前に躍り出る。

 

 ジェーンはそれを笑みと共に見送るのであった。




と言う訳で第68話でした。

死んだ筈の実里でしたが、京也の中で意識だけに近い状態で存在し続けていました。覚醒しなければそのまま意識のある幽霊みたいな状態でしたが、京也がノスフェクトとして覚醒してロードブラッドを発現したことで仮初の体を得て実体化する事が出来るようになりました。以前揚羽が実里の声に反応してヴァーニィとの戦いを中断したのは、この京也の中の実里が一瞬顔を出す事が出来たからだったりします。

ロードブラッドとなったヴァーニィの能力は、ぶっちゃけて言うとヘルシングのアーカードみたいな感じです。城壁を築いた旦那みたいな能力だと思ってくれれば分かりやすいかと。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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