ヴァーニィが自身の血に記憶された死者の軍勢を引っ込めた後に残された修道騎士団の本隊は混迷の坩堝にあった。死を予感させる悪夢の様な出来事、殺されこそしなかったが恐怖に戦意を完全に折られた彼らはもう戦う事は出来ず、動ける者は我先にと逃げ出そうとしていた。
「た、助かった……」
「もう嫌だッ!? 俺は、俺は帰るッ!」
「あっ!? おい待て、逃げるなッ!」
恐怖は容易く人間から統制を奪う。1人が逃げ出そうとするとそれを皮切りに次から次へと武器を手放しその場を離れようとし始め、戦意を失いながらもまだその場に立ち続けようという意志のある者の制止を振り払って逃げようとする。
だがそれを許さないのはシャドゥであった。彼は逃げ始めた者の先頭を行く者を容赦なく撃ち殺し、直ぐに戦いに戻るよう配下の者達を脅迫した。
「待て」
「がっ!?」
「えっ!?」
「逃げるな。下がる事は許さない。残る敵はブラボー型とヴァーニィだけなんだぞ。今戦わなくてどうする」
逃げようとする集団の前に立ち塞がり銃口を向けて戦いに戻るよう告げるシャドゥ。一部の者はそれに反発心を抱くが、逆らえば即座に引き金が引かれるだろう事を理解している為、恐怖にその場を逃げようとする心とシャドゥに逆らえないという恐怖に前にも後ろにも進めず足を止める。
修道騎士団が動きを止めている間に、仲間のノスフェクトの大半を先程の攻撃で失ったロードノスフェクトはゆっくりと地面に降り立つ。その隣には、ヴァーニィの攻撃を何とか逃れたクロコダイルノスフェクトの姿もあった。
「ヴラド様、無事だったッ!」
「ギュスターか。君も、大丈夫そうで何よりだよ」
「カミラはどうしたの?」
「彼女なら大丈夫さ。ホテルに残してある。それより……」
簡単に情報交換を終えたロードノスフェクトは、未だ混乱の中にあり逃走と攻撃の間で揺れ動いている修道騎士団に視線を向ける。戦力的には圧倒的に劣ってしまっているが、相手は先程のヴァーニィの攻撃で戦意を削がれている為実質的な戦力としては脅威となり得ない。
始末するなら今…………
「行くよ、ギュスター。残った連中を片付けよう」
「了解ッ!」
今の修道騎士団であれば烏合の衆も同然。立った2人とは言え上級ノスフェクトが揃えば蹴散らす事は容易い。
そう思っていた彼らの前に、ヴァーニィが再び姿を現した。派手に音を立てて、自身の存在を誇示するかのように現れたヴァーニィの姿にイジターの何人かは悲鳴を上げる。
「ヴァーニィ……!」
「こいつッ!」
身構えるロードノスフェクトに対し、主君の障害は排除せんとクロコダイルノスフェクトが飛び掛かる。だが今のヴァーニィの力はロードノスフェクトすら上回っているのだ。そんな彼にただの上級ノスフェクトが挑んでも勝負になる筈がない。
案の定ヴァーニィは大きく口を開けて襲い掛かって来たクロコダイルノスフェクトを、血を纏った蹴り一発でロードノスフェクトのすぐ傍まで蹴り返してしまった。
「ハッ!」
「がぁぁぁぁっ!?」
「ギュスターッ!?」
蹴り返されてきたクロコダイルノスフェクトをロードノスフェクトは抱き上げる。致命傷ではないが大きくダメージを受けた様子のクロコダイルノスフェクトはノスフェクト態を維持する事も出来ず元の少年の姿に戻ってしまった。
これ以上仲間のノスフェクトを失う訳にはいかないと、ロードノスフェクトはギュスターを近くに寝かせると今度は自分がヴァーニィに挑みかかった。
「これ以上はやらせないッ!」
両手に血で作り上げた剣を持ちヴァーニィに切りかかる。それに対しヴァーニィは血で槍を作り上げると、それでロードノスフェクトの剣を受け止めてしまった。
「くっ!」
「ハッ!」
初撃を受け止められ空中で静止した状態になるロードノスフェクトだったが、彼は攻め手を止める事無く攻撃をし続けた。空中で何度も体を捻り、時にはエネルギーを噴出させブースターの様に利用して勢いをつけ何度も刃を振り下ろす。
「ヤッ! ハッ! デヤァッ!」
素早く重い一撃を何度も見舞うロードノスフェクト。その激しい連撃は、通常のヴァーニィであれば数発も受け止める事は出来ず防御ごと切り裂かれてしまっていただろう。
だがロードブラッドとなったヴァーニィはそれらの攻撃を容易く受け止め、弾き返し力尽くで体勢を崩させた。空中と言うただでさえ踏ん張りが利かない状態で、更に体勢を崩されロードノスフェクトは拘束されていないにも拘らず動きを封じられる。
「ぐっ!?」
体勢を崩されマズいとロードノスフェクトが思った次の瞬間には、ヴァーニィが槍をロードノスフェクトの体の中央に突き刺す。その際に彼は槍を投げるように手放し、串刺しにされたロードノスフェクトは後方に吹き飛ばされ壁に磔にされる。
「ぐがぁぁぁっ!?」
「ヴラド様ッ!?」
「あ、が……ぐぅ、く……」
昆虫標本の様に壁に槍一本で磔にされたロードノスフェクトは、口から血を吐きながら胸に突き刺さった血の槍を引き抜こうとする。だが突き刺さった槍はまるで返しがついているかのようにビクともせず、主君を手助けしようとギュスターはなけなしの力を集めて再びノスフェクト態に変異し槍を引き抜こうとするもやはり抜ける気配は無かった。
「クソッ! クソクソクソッ! この、抜けろ、抜けろよッ!」
「はぁ、はぁ……う、ぐぅ……!?」
「あぁッ、ヴラド様ッ!? ご、ごめんなさ……!?」
クロコダイルノスフェクトが槍を引き抜こうと奮闘していると、その動きが逆に痛覚を刺激したのかロードノスフェクトの口から苦悶の声が上がる。主君を逆に苦しめてしまった事に焦るクロコダイルノスフェクトであったが、ロードノスフェクトは同胞を責める事はせずそれどころか自らの体を傷付け力尽くで槍による拘束から解放された。
「いいんだギュスター……ッ!? ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
自分で自分の体を抉り、大量の血を滴らせながら拘束から解放されるロードノスフェクト。だがその代償はやはり大きく、致命傷に匹敵するほどのダメージに変異を維持する事が出来ず人間の姿に戻ってしまった。そのまま地面に膝をつきそうになる彼を、クロコダイルノスフェクトは慌てて支えホテルの中へと逃げ込もうとする。
「くっ……」
「ヴラド様、しっかり! 今はとりあえず……」
ヴラドをカミラの元へと連れて行こうとするクロコダイルノスフェクトであったが、ヴァーニィは逃がすつもりはないのか槍に使った血を回収するとヴラドにトドメを刺すべく近付いていく。手に新しく血の槍を作り出し、穂先に当たる部分で地面を擦り傷を付けながら迫る姿は正に死神を言うのが相応しい姿であった。
見るからに恐ろしいとしか言いようのないヴァーニィの接近に、クロコダイルノスフェクトは主君を守るべく立ち塞がろうとした。
「来るなら、来いッ! ヴラド様は、これ以上傷付けさせないぞッ!」
「…………」
俗に化け物と呼ばれる類の存在でありながら、人間と同様に仲間を想い同族の為に命を懸けるその姿にヴァーニィは思わず躊躇してしまう。真のノスフェクトとして覚醒した彼だが心は人間のつもりだし、そのノスフェクトも互いを想い合っているのだ。そんなのを見せつけられては躊躇するのも仕方がない。
そしてその躊躇はこれ以上ない程の貴重な時間となり、結果的にヴラド達の事を救う事に繋がった。ヴァーニィが躊躇している隙に、シャドゥにより駆り立てられたイジター達が自棄になってヴァーニィに攻撃を仕掛けたのである。
「おらぁぁぁぁぁっ!?」
「このっ! こんのぉぉぉぉっ!」
「あっ!」
「ッ! 今だッ!」
ヴァーニィは心を折ったと思っていた騎士団からの攻撃に対応が遅れてしまう。この千載一遇の好機に、クロコダイルノスフェクトはヴラドを担いでホテルの中へと入ると匂いを頼りにカミラの元へと向かった。
果たしてカミラは直ぐに見つかった。あの後目覚めた彼女は、自力でヴラドの元へと向かおうと移動していたのだ。ズレた眼鏡を直す余裕も無く、血の跡を残しながら壁に体を押し付け無理矢理体を支えながら一歩一歩歩みを進めていたカミラは、ヴラドがクロコダイルノスフェクトに抱えられて移動している姿に心を締め付けられたような顔になり手を伸ばした。
「う、ぅぅ…………あ、ぁぁ……!? ヴラド様、何とお労しい……!?」
「他人の事言ってる場合? 自分だってボロボロのクセに」
「うるさい……ギュスター、あなたが居ながら何故ヴラド様がこの様な……!」
「良いんだカミラ。これは僕が望んでこうなったんだから。それより、駄目じゃないか。君だって傷付いているのに、無理に動いたりしちゃ……」
ヴラドとカミラは互いを心配し合い、共に支え合いながらその場に腰を下ろす。それを見届けたクロコダイルノスフェクトは、自分がここに居ては邪魔になるし、何より自分にはやらねばならない事があると踵を返しその場を離れていく。
「僕はもう行きますよ。ヴァーニィ達を1人でも減らさなきゃ」
「あ、ギュスター……」
「じゃあね!」
何処か覚悟を感じさせるクロコダイルノスフェクトの様子にヴラドが引き留めようとするが、彼はそれを聞かず戦場へと戻っていく。残されたヴラドがその後ろ姿を見ていると、カミラは彼の体に身を預けるように寄りかかり抱きしめた。
「ヴラド、様……」
「カミラ? どうしたんだい?」
カミラの様子が何処かおかしい。そう感じたヴラドが声を掛けると、彼女は潤んだ瞳で彼の事を見つめながら自分の血を全て飲むよう懇願してきた。
「お願いです、ヴラド様……! 私を、私の全てをあなたのモノにしてくださいッ!」
「ッ!? それは……」
これまでにも何度もヴラドはカミラの血を飲んできた。だがそのいずれの場合でも、ヴラドが吸った血の量は決して多くは無かった。まだ完全に力が戻り切っていなかった頃は、足りないエネルギーの補給の為致し方なく彼女から血を分けてもらっていた。が、本来であればそのような事したくは無かったのだ。必要以上に彼女を傷付けるような事をしたくなかったから。
だが、もうそんな事を言っていられるレベルではない事はカミラ本人がよく理解していた。ヴラドに血を分けてもらい一時的に持ち直しはしたが、暴走したヴァーニィから受けた傷は致命的であった。しかも攻撃の際にカミラ自身の血から生成した毒を打ち込まれたのか、今も尚彼女の体を蝕んでいた。きっともう長くはない。
このまま衰弱して死を迎えたら、カミラの情報はヴァーニィに利用されてしまう。無為に死ぬだけでなく、ヴラドの脅威となってしまうなど耐えられない。
ならばいっその事、残りの全てをヴラドに捧げて魂も含めて彼の一部となった方がずっと望ましかった。
「もう、私は長くはありません。このままでは、あのヴァーニィに私の全てが囚われてしまう……! その前に……ヴラド様、お願いです。私の全てを、あなた様と一つに……!」
カミラの覚悟は本物だ。死んでしまう位なら、ヴラドの一部となり彼と共に生き、彼の力となりたいと心から願っている。揺るがないその意志に、これまでも、そしてこれからも自分を支えようとしてくれているその忠義と愛に報いるべく、ヴラドは彼女を受け入れることを選んだ。
「分かったよ…………カミラ、ありがとう」
「ヴラド様…………」
弱々しくなったカミラを優しく抱きしめながら、ヴラドの牙が彼女の首筋に迫る。彼の熱い吐息が首筋に掛かり、牙を突き立てる場所を見定めるように舌がゆっくりと這う。その度にカミラの体は期待と快楽、歓喜に震えた。
「んっ! ぁ……」
まだ血を吸ってもいないのに悩ましい声を上げてくれる彼女に、こんな状況でも愛しさを感じてしまうヴラド。両者の関係は主君と従者の様な関係ではあるが、両者の間には確かに愛が存在していた。カミラは勿論、ヴラドもまた彼女の事を愛していたのだ。どんな時でも自分の事を第一に考え、支え続けてくれる彼女の事を愛しく思い大切にしていた。その彼女の命を自ら奪う事に対して、後ろ髪を引かれる思いは未だに存在している。
だがこのままだと、大切な彼女の存在が全て宿敵ヴァーニィに奪われてしまう。それは自身が傷付けられる以上に苦しくて、想像するだけで鳥肌が立つほどだった。そんな事になるくらいならば、彼女の望み通り命を奪ってでも彼女の全てを自分1人のモノにする。
その意志の元、ヴラドの牙がカミラの首筋に突き立てられ今までにない勢いで彼女の血を吸い上げる。
「んぁぁぁぁぁぁぁぁっ! あ、はぁぁぁぁっ!! は、あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
猛烈な勢いで血を吸い上げられるのと入れ替わる様に、強烈な快楽が流し込まれてくる。あまりの快楽に一瞬でカミラは達し、もう一歩も動けなかった筈の体は迸る快楽に雷に打たれた様にビクビクと痙攣した。あまりの暴れっぷりにヴラドの牙を振り払ってしまいそうになったが、彼は彼女を絶対に放さないと言わんばかりに抱きしめ血を吸い続ける。その間彼女の口からは天にも昇る様な快楽から激しい嬌声が飛び出し、血の気が失われていく筈の頬には上気からくる赤みが差していた。
「あ、あ……あぁ……! ヴラド、様ぁ……! もっと……も……と……んぁ、あ……」
命の灯が血と共に失われていくのがカミラには分かった。だが同時に自分と言う存在がヴラドの一部となっていくことも感じ取れ、それがこの上ない幸福となって彼女の心を満たしていた。
「あ、ぁぁ……愛して、います……! ヴラド様、愛しています! これまでも……そして、これからも……私の心は、常に……あなたと、共に…………!」
血の最後の一滴、命の灯が完全に消え去ろうとする最中に、カミラの口から偽りのない愛が囁かれる。その言葉を聞いて、ヴラドは影から血をスライムの様に溢れさせると自身とカミラを包み込んだ。このままだとカミラも血を吸い尽される直前はミイラの様に醜い姿となってしまう。それは彼女に対する侮辱だ。故にヴラドは、彼女がまだ美しさを保っている内にその姿を保存する様に自らの血で残りの彼女の全てを取り込んだのである。それはもしこの状況を外部の者が見ていた場合、彼女の美しい姿をこれ以上他者に晒さない為と言う意志もあった。自分の愛する美しい従者を、余人の目に晒すなどあり得ない。
そしてカミラの全てはヴラドと一つになった。それは同時にこれまで彼女が取り込んできた命の全てもヴラドが取り込んだという事でもあり、多数の命が自分の中身満ちていく感覚に彼は束の間酔いしれるように目を瞑り体を震わせた。
同時に、彼は自分の中で何かが変化していくのを感じた。今までぶつかっていた壁を、乗り越えられたような奇妙な感覚。
それはヴラドが、ヴァーニィ同様真のノスフェクトとして覚醒出来た事を意味している。ヴラドはこれまでに何度もカミラの血を吸ってきたが、先程彼は己の血を彼女に飲ませた。つまり、ヴラドとカミラもまた互いの血を交換し合ったのである。
その結果、互いの血を飲み合った京也とアルフ同様の異変がヴラドにも発生。ノスフェクトの王ではあっても、完璧ではなかったヴラドが真のノスフェクトとして覚醒した。
カミラの全てを自らの中に取り込み、彼女と一つになったヴラド。自分が完璧な存在となれた事を実感した彼は姿を再びロードノスフェクトのそれに変えると、自身と一つになった事でカミラの姿が消えた自身の腕を見つめ体を震わせる。震えは徐々に大きくなっていき、遂には堪えきれなくなったかのように天を仰ぎ見ながら雄叫びのような叫びを上げた。
「う、あ、あぁ……あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それは自分が真のノスフェクトとして覚醒した事に対する歓喜なのか、それともどんな形であれ自分の目の前からカミラが消えた事に対する悲しみなのか。
本人も理解しているか分からぬまま、ロードノスフェクトは叫びながら足元から血の海を広げるとそこからこれまでに血を吸い取り込んできた者達を自身の眷属として呼び出した。
***
その頃ヴァーニィは、半ば恐慌状態で襲い掛かって来た修道騎士団の団員たちを赤子の手をひねるかの様に返り討ちにしていた。
「はっ!」
「ぐあぁぁっ!?」
「ふんっ!」
「がふっ!?」
「づあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
完全なロードブラッドとなったヴァーニィを前に、イジター程度では最早束になっても敵う事は無かった。彼が腕や足を振るえば、その軌跡から血の様に赤い波動が放たれ触れる事無くイジター達が木っ端の様に吹き飛ばされる。仮に接近する事が出来ても、鋼鉄を超えるほどに硬質化した血が盾となって攻撃を防ぐ為ダメージが入らない。もし盾を潜り抜ける事が出来たとしても、無限に近い命のストックを有している今のヴァーニィの前には無意味だろう。今の彼の中には、ジェーンから引き継いだ膨大な数の命が宿っている。
そもそもの話、恐慌状態では騎士団も普段の動きを発揮する事は出来ず幼稚な突撃を繰り返す事しか出来ない。そんな攻撃で傷付けられるほど、ヴァーニィは弱い男ではないのだ。
配下が次々と蹴散らされていく光景にシャドゥは忌々し気に仮面の下で奥歯を食い縛る。だが彼にとって面白くない状況は尚続く。先程後退したδチームが、部隊を再編して更に他の部隊とも合流して攻撃を再開したのだ。
S.B.C.T.の部隊はヴァーニィに群がるイジター達に威嚇射撃を行い、動きを止めた隙に接近し制圧した。
「動くなッ!」
「貴様ら全員逮捕だッ!」
「そう言う訳だ。いい加減、観念するんだな」
「ちぃぃ……」
次々と武装解除させられ拘束されていくイジター達。グラスは後方からその様子を見ていたシャドゥに迫り、聞くとは思っていないが降伏勧告を行った。当然シャドゥはそれで納まる筈がなく、こうなったら自分1人でもヴァーニィを討ち取るべく前に踏み出そうとした。
その時、地鳴りのような叫び声がホテルから聞こえてくる。その声にヴァーニィを含む全員がホテルの方を見ると、次の瞬間濁流の様に無数の死者が飛び出し襲い掛かって来た。先程のヴァーニィがやったのと同じ、だが感じられる殺意はヴァーニィの時の比ではない。あまりの勢いと威圧感にS.B.C.T.までもが恐怖し後退ってしまう。
「な、何だありゃっ!?」
「う、撃てッ! 撃てぇッ!」
あれを近付けてはマズいと即座に反撃に出るS.B.C.T.。だが津波の様な死者の濁流は止まる事無く、一番近くに居たεチームが真っ先に飲み込まれた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
「助け……!?」
「ひぃぃっ!?」
『皆ッ!?』
指揮車でその様子を見ていたアイリスの口から悲鳴のような声が上がった。εチームの各隊員が身に着けたカメラは次々と映像が途絶し、隊員達のバイタルも停止していく。一瞬で自分のチームが全滅した光景に、アイリスだけでなくコレットも言葉を失い思考が停止してしまった。
『あ、あぁ……!』
『何よ、これ……』
彼女達は知らない事だが、同じような事を先程ヴァーニィも行っていた。だがその時は明確にノスフェクトだけを狙い巻き込まれたイジターは痛めつけるだけに留めていたが、今度の濁流はそんな生易しいものではなかった。本当の津波同様、巻き込まれた生ある者は須らくその命を刈り取られる恐ろしい存在だったのである。
このままでは他の隊員も巻き込まれる。後方から様子を見ていた敦が、全部隊に撤退を指示するのと濁流を止める為ヴァーニィが力を発揮するのは殆ど同時であった。
『後退だッ! 全部隊後退しろッ!』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヴァーニィは全身から波動を放出し、津波のように迫る死者の群れを逆に吹き飛ばした。流石に今のヴァーニィであればこの程度は造作も無かったが、しかし迫る死者の群れは止まる事無く次々と押し寄せてくる。押し返せたのは一時的でしかなく、次の瞬間には再び彼らを飲み込まんと迫って来た。
このままでは後ろの隊員達が巻き込まれてしまう。そう思ったヴァーニィは迫る死者の濁流を食い止めるべく自身も足元から血の河を広げて自身の中に保存されている情報から多数の人やノスフェクトを呼び出し押し留めた。
「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」
「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!」
ホテルから溢れ出る死者と、ヴァーニィから湧き出る死者。二つの死者がぶつかり合い押し合いへし合う光景は地獄そのものであり、生き残りの隊員の中にはヴァーニィに対して畏怖の視線を向ける者も少なくなかった。
そんな中でヴァーニィに並ぶ者が居た。グラスである。彼は残りの隊員を他の仲間に任せると、自身はヴァーニィを援護すべくその隣に降り立ち敵の数を少しでも減らすべくバスターショットを一心不乱に撃ちまくった。
「クソッ! 後から後から、どんだけ湧いて来るんだコイツ等はッ!」
「レックスさんッ!」
「よぉ、キョウヤ! 元気そうで何よりだッ!」
本当は、今のヴァーニィに対して聞きたい事は色々とあった。その姿は何だとか、この力はどうしたのかとか、そもそもあの後どうなったのかとか、気になる事は目白押しである。
だが今の彼にとって何よりも重要なのは、ヴァーニィが変わらず自分達の味方でいてくれているという事であった。再び仲間として共に立ち、仲間や人々を助ける為に脅威に立ち向かってくれている。それはグラスが……レックスが信じる仮面ライダー像そのものであり、その通りの光景を見せてくれるヴァ―ニィの姿に彼は自分の見る目は間違っていなかったのだと実感し喜びと頼もしさで胸が一杯だった。
彼となら共に戦える。そう確信し支え合うべく彼が打ち漏らした敵を払うべく引き金を引いていたグラスは、視覚外から発砲してくるシャドゥに気付いた。その狙いは相変わらずヴァーニィに向いており、銀銃弾が今のヴァーニィを傷付けることが無いようにとグラスは飛んできた銃弾を咄嗟に斬撃モードにしたバスターショットで切り払った。
「んなろッ!」
「チッ、何処までも邪魔をしてくれる」
「そりゃこちのセリフだッ! お前、今のこの状況分ってんのかッ!」
事情は分からないが、状況的に考えてホテルから溢れ出てくる死者の群れは敵ノスフェクトの能力である可能性が高い。それに現状対抗出来ているのはこちらに味方してくれるヴァ―ニィのみであり、その均衡を崩す事は更なる悲劇への引き金となり得る。そんな中で尚ヴァーニィを討とうとしてくるシャドゥは、最早頑固を通り越して狂っているとしか思えなかった。
「今コイツに何かあったら、この死人の群れが季桔市全体に広がってもおかしくねえッ! そうなればどれだけの被害が出るかも分からねえんだぞッ!」
「それがどうした」
「はぁっ!?」
「俺の使命は、全てのノスフェクトの殲滅。そいつもノスフェクトであるなら、俺が討つには十分な理由になる」
「だから……あぁ、いや、もういい。良く分ったよ。お前は話が通じる相手じゃない」
何者かにそうするよう強く洗脳されているのか、それとも何かがあって彼の中の判断力が壊れてしまっているのかは分からない。ただ一つはっきりしているのは、シャドゥは話が通じる相手ではないという事であった。
こうなったら最早説得は不可能。止める為には力尽くで何とかするしかない。
「キョウヤ、すまない。ここは1人で任せることに――――」
「1人ではありません」
この大群を、同じような力を持っているとは言えヴァーニィ1人に押し付けるのは心苦しいが、かと言って片手間に何とか出来るほどシャドゥは容易い相手ではない。仕方がないがシャドゥは自分が対処し、この場をヴァーニィ1人に任せようとしたその時、周囲に凛と響き渡る声と共に白銀の鎧を身に纏ったシルヴァが降り立った。
まだ傷が完治しておらず、支部の医務室で療養している筈の彼女がここに居る事にグラスは面食らう。
「お、お前ッ! また医務室抜けてきたのかよッ!」
「すみません、度々ご迷惑をおかけして。ですが、そうも言っていられない状況の様ですので」
確かに、この状況では戦力は1人でも多い方がいい。特にシルヴァは対ノスフェクトの戦力としては極上だ。ノスフェクトに対して特攻を持つ彼女の存在は、必ずヴァーニィにとっても大きな助けとなる。彼女の場合は特にその人格面でも頼りになる。
頼りにはなるのだが…………
「無茶しやがって……またリリィ達にどやされるぜ?」
「承知の上です。それもまた、修行なのでしょう」
呆れた様子のグラスの言葉に、シルヴァがクスリと笑いながら返す。こっちにも頑固者が居た事にグラスは思わず溜め息を吐くが、こっちの方が百倍千倍万倍もマシだと気を取り直しシャドゥへの対処に向かった。
「分かった、任せる。……最悪の場合は……」
「お気遣い結構です。全て、お任せします。……すみません、押し付けるような事をして」
敵対する関係となってはしまったが、シルヴァはシャドゥに対して未だ未練と言うか仲間意識を持っていた。それは彼女の底知れぬ優しさがあればこそ。例えどれだけ立場が変わろうとも、他人を見限り見捨てる事が出来ないのは彼女の利点であり欠点でもあった。そんな彼女に、シャドゥと止める事は難しい。そう言う面倒ごとは、ある意味で部外者である自分が全て背負う事だとグラスは彼女の謝罪に手を振って返した。
「気にすんな。そっちこそ、頼んだぜ」
「はい。京也さん、露払いは任せてくださいッ!」
そう言うとシルヴァはヴァーニィが生み出した死者を飛び越え、ホテルから溢れ出てくる死者の群れに銀の細剣で斬りかかった。死者であってもノスフェクトの能力から生み出されたものだからか、やはり銀は特攻となり熱したナイフでバターを切る様に次々と切り裂かれ灰となって崩れていく。頼もしいその姿に、グラスは再び発砲してきたシャドゥの銃弾を切り払いながらそちらへと向かっていった。
「お前の相手は俺がしてやるッ!」
「邪魔を、するなぁッ!」
シルヴァが死者の群れを、グラスがシャドゥの相手をしてくれる。これで自分はホテルから溢れ出てくる死者の群れを押し留める事に集中できそうだ。
そう思った矢先、奇妙な事にホテルから出てくる群れの動きがピタリと止まった。突然の事態にヴァーニィも自身が呼び出した死者を止め、シルヴァもまた攻撃を止めて不思議そうに周囲を見渡す。
「これは……何が……!?」
不意にシルヴァがホテルの方を見ると、そこにはエントランスから静かに歩み出てくるロードノスフェクトの姿があった。それを見た瞬間シルヴァは内臓が縮んだような感覚を覚え、意識せず呼吸を止めてしまう。それほどまでに、今のロードノスフェクトから放たれる威圧感は凄まじかったのだ。
存在感そのものが違う。そう感じさせるロードノスフェクトを前に、平然としていられたのは同じくロードブラッドとなったヴァーニィだけであった。気付けば両者の間に存在した死者の壁は、まるでモーゼが海を割ったかのように左右に分かれていた。
無数の死者の群れに見守られながら、相対し睨み合うヴァーニィとロードノスフェクト。
それは決戦の始まりを予感させる光景でもあった。
と言う訳で第69話でした。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。