仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第70夜:友の帰還

 ロードブラッドのヴァーニィとロードノスフェクトが睨み合っていたのは時間にして数分も経っていなかった。互いに自身の内部に保存されている血の情報から生み出した軍勢をぶつけ合っていたが、それでは埒が明かないと己自身で相手を倒そうと同時に相手に接近し握り締めた拳をぶつけ合う。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「おぉぉぉぉっ!」

 

 拳に血をエネルギーの様に纏わせ、殴打の威力を向上させて相手の顔に叩き込む。クロスカウンターの要領で互いに相手の顔を殴り合ったヴァーニィとロードノスフェクトは、衝撃で互いに距離を取ると共に手から流した血を固めて剣を作りそれを振るって切り結び始めた。

 

「はぁっ!」

「くっ! ふっ!」

「ちっ! やぁぁっ!」

 

 ロードブラッドとなったヴァーニィと覚醒したロードノスフェクトの力は、最早完全に等価となっており互いに一歩も譲らない。ヴァーニィが剣を振り下ろせばロードノスフェクトはそれを弾いて刺突を放ち、迫る切っ先をヴァーニィは剣の腹を使って滑らせて受け流すと横薙ぎの一撃を放ち相手の胴を寸断しようと試みた。

 

 同等の力を持った者同士のぶつかり合いは余波だけで周囲に被害を齎し、巻き込まれる形で両者の配下となる軍勢が吹き飛ばされ元の血に戻っていく。

 

 一進一退の攻防が行われていたが、軍配は徐々にロードノスフェクトの方に傾きつつあった。力自体は同等であるのなら、勝敗を分けるのはテクニックの差となる。京也はレックスらに訓練を付けてもらいはしたが、出だしが素人だった事もあって戦いには素人臭さが残る。一方のヴラドは元々戦う為に生み出された事もあって、粗削りながらも戦う技術に関しては京也より一歩先を行っていた。

 

 その僅かな差がここで如実に表れ、一瞬の隙を突かれる形でヴァーニィの手から剣が弾き飛ばされる。

 

「あっ!?」

「もらった……!」

 

 剣を弾かれ無防備となったヴァーニィに、ロードノスフェクトが追撃の斬撃を放とうと構える。その瞬間ヴァーニィは自身の血を操り濁流の中に自らを巻き込ませる。血の濁流に乗って逃げるつもりかとロードノスフェクトが追おうと前に出た瞬間、その濁流の中から一本の砲身が突き出て火を噴いた。

 

「なっ!? ぐっ!」

 

 予想だにしていなかった砲撃に、ロードノスフェクトは慌てて全身を止めバランスを崩し倒れ込む事で砲撃をギリギリのところで回避した。直ぐ傍を砲弾が通り過ぎていく感覚に肝を冷やしながら見上げると、濁流が収まりその中から大型武器のグレイブレイカーを砲撃モードで構えたヴァーニィが姿を現した。

 

「避けられた、か……」

《ごめん、京也。もっと早くに持ってこれれば》

「いや、当たっても倒せてた保障は無いし大丈夫だよ。ありがとう、アルフ」

《ん》

 

 グレイブレイカーを持ってきたのはアルフであった。自由に動ける権利を持っている彼女は、戦いの最中必要になるだろうからと1人別行動をして彼の武器を持ってきていたのである。

 自由に行動できるという事は、このまま攻撃に移る事も可能と言う事。アルフはノスフェクト態となってヴァーニィに近付こうとする死者を薙ぎ払うと、ヴァーニィの砲撃を回避しようと倒れ込んだロードノスフェクトに攻撃を仕掛けた。

 

《今度は、前みたいには行かない……!》

 

 力が完全に戻り切っていなかった以前とは違い、ヴァーニィと一つになれた事で今の彼女は本来のもの以上の力を手に入れていた。もし今の彼女が過去の上級ノスフェクト達と戦う事があれば、1人で圧倒してヴァーニィの出番も無かったかもしれない。

 

《あぁぁぁぁっ!》

 

 ノスフェクト態となったアルフ……アルファノスフェクトがロードノスフェクトに襲い掛かる。ブラッディ・ヴァーニィよろしく手足に血を纏った彼女の攻撃が体勢を崩したままのロードノスフェクトに迫り――――

 

《させませんよッ!》

《あっ!?》

 

 その一撃を、ロードノスフェクトの中から飛び出したタイガーノスフェクトが受け止めた。ヴァーニィがアルフと実里を完全に支配下に置かず自由に動ける権利を与えているのと同様に、ヴラドもまたカミラに対しては自由に動けるようにしていたのだ。それは彼女を愛しているが故でもある。互いに愛する者は支配せず、共に歩ませようとする。京也とヴラドには共通する点があった。

 

 その共通点に目を向ける間もなく、アルファノスフェクトとタイガーノスフェクトはヴァーニィとロードノスフェクトの邪魔をしないようにと戦いながらその場を離れた。

 

《くっ、邪魔ッ!》

《それは、こちらのセリフですッ!》

 

 2人の美女が変異した怪物が戦いながらその場を離れていくのを、ヴァーニィとロードノスフェクトは揃って見送った。その視線にはそれぞれの愛する者を心配するのと同時に、信頼しているのがありありと見て取れた。

 

「アルフ……」

「カミラ……」

 

 意識せず、2人はそれぞれが愛する者の名を口にした。今度は揃って互いが同じ事をしている事に気付き、2人はどちらからともなく相手を見やり思わず苦笑を浮かべた。

 

「僕達、変な所で似てるね?」

「そうみたいだね」

「この戦い……止める事、出来ないかな?」

 

 ここまでやり合っておきながら今更と思わずにはいられないが、それでもヴァーニィは敢えてロードノスフェクトに停戦を提案した。それが無理な願いと分かっていても、それでも口にせずにはいられない。

 

 案の定ロードノスフェクトは首を左右に振って拒絶の意を示した。ただその様子は、先程の荒々しさが鳴りを潜め寂しそうな、悔いる様な様子である事が気になった。

 

「それは無理だね。この戦いは、僕らノスフェクトがこの世界で生きる場所を勝ち取る為に必要なものなんだ。ここで戦うのを止めたら、僕らは居場所を無くし世界から存在を消されてしまう。そう……これは生存競争なんだよ」

「そ……っか」

「そう言う君こそ、そちらに居て良いのかい? 今の君は僕達の側の存在だ。この戦いに勝てても、君に居場所は無いと思うよ?」

 

 そう、ロードノスフェクトの言う通りだ。今の京也は肉体的に完全にノスフェクトになってしまった。仮にこの戦いで勝利を収められたとしても、その後どうなるか分からない。危険生物として隔離されるか、もしかすると隙を突いて始末されるかもしれない。S.B.C.T.が直接それを行わずとも、政府や国際機関がそれをやらないとも限らなかった。

 

 ただ確実に言えることは、この戦いに勝てても肩身の狭い思いをする事は確実だと言う事である。それならばいっその事、ロードノスフェクトに与し世界にノスフェクトの居場所を作る戦いに協力するのも一つの手であるかもしれない。

 

 しかし…………

 

「残念だけど、それは出来ないよ」

「何故?」

「僕にとって大切なのは、アルフだけじゃないからだよ」

 

 思い起こすのはこれまでに関わってきた数多くの人達。揚羽に、カタリナ、レックス他δチームの隊員達……いずれも掛け替えのない人々だ。そんな彼らと敵対してまで、無理して居場所を作ろうなどとは思えない。

 それに、そこまでして居場所を作る必要は無いと考えていた。そんな事をしなくても、自然と居場所は出来ている物だ。

 

 実験の為とは言え全てを奪われ塗り替えられた自分が、仮初とは言え家族を得られた様に。

 

「だから僕と君が手を取り合う事は出来そうにない。残念だけどね」

「そうか……残念だよ、本当に」

 

 ヴァーニィからの返答に、これ以上の問答は無意味と悟ったのかロードノスフェクトが構えを取る。それを見て、ヴァーニィも話はここまでとグレイブレイカーを構え狙いを定める。

 

 湧き上がる闘志。それに呼応してか、周囲の死者が沸き立ち戦いは激しくなっていく。だがその中心にいる2人の心は、不思議なほど落ち着いていた。

 

「僕達、何かが違えば仲良くできていたかもね」

「そうだったら、素晴らしいね。さぁ、話は終わりだ」

「うん……」

 

「世界に僕らノスフェクトの居場所を作る為に…………」

「皆を守る為に…………」

 

 そうして再び、戦いは始まった。ヴァーニィが引き金を引き、砲弾が放たれるとロードノスフェクトはそれを紙一重で回避し接近して血を纏い鋭くなった爪を振るう。ヴァーニィが横に転がって回避すると同時に爪が振り下ろされると、余波で地面と壁が抉れロードノスフェクトの前に5つの大きな爪痕が刻まれた。

 

 この至近距離では砲撃が出来ないとヴァーニィがグレイブレイカーを持ち替え大剣モードで斬りかかれば、ロードノスフェクトは腕を振るうと同時にその軌跡に血の結晶を作り出して斬撃を防いだ。

 

 互いに譲らぬ一進一退の戦い。両者の戦いはまだ終わる気配を見せる事は無かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 一方その頃、1人被害を減らす為ロードノスフェクトの生み出した死者の群れと戦うシルヴァ。彼女はこの大群を前に正に一騎当千の活躍をしていた。

 

「フッ! ハッ!」

 

 兎に角目に映る死者は片っ端から切り裂いていく。死者を生み出しているのはロードノスフェクトだけでなくヴァーニィもなので、そちらは出来れば危害を加えるような事をしたくは無いのだが、正直な話どちらがどちらかなんて分からない。ただ死者の中には明らかにシルヴァの事を避ける者も居れば、逆に敵意剥き出しで襲い掛かって来る者も居るので、そこで見分ける事自体は可能だったがそれをいちいち見極めるのは存外神経を使う。加えて彼女は万全という訳ではなかったので、戦いと敵の見極め、そして負傷で普段以上に体力を消耗してしまっていた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 堪らずシルヴァは束の間足を止めた。銀の細剣は構え続けているが、その腕は震え今にも落ちてしまいそうである。限界が近いのだ。だが肝心の敵は未だに減る気配を見せず、切った端から次々襲い掛かって来る。キリがない状況も彼女から体力を奪い、休む間もなく戦い続けシルヴァは視界が疲労で歪むのを感じた。

 

「う、く……!? くぅ……ですが、まだ……!」

 

 ここで彼女が戦うのを止めたら、ヴァーニィやグラス、撤退したS.B.C.T.の隊員達に被害が及ぶ。それを黙ってみていられるほど、彼女は自分だけを可愛がれる人間ではない。寧ろ他人の苦難を己1人で受け止めようとしてしまう女性だ。

 

 故に彼女は、スーツの下で傷口が開き血が滲んでいようとも、手足に鉛が付いて様に体が重くなろうとも構わず戦い続ける事が出来た。時に死者が飛びつき、食らい付いて来たり引っ掻いて来たり、手にした武器で攻撃してきたりしても彼女は少し怯むだけで剣を落とさず戦い続けた。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 孤軍奮闘するシルヴァであったが、それを黙って見過ごさない存在が居た。クロコダイルノスフェクトである。先程のヴァーニィの攻撃を掻い潜ったクロコダイルノスフェクトは、主君であるヴラドが生み出した軍勢がシルヴァ1人に次々と倒されていく光景に彼女を真っ先に倒すべき存在と認め、隙を見て顎を巨大化させて食らい付いた。

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!!」

「あっ!?」

 

 積み重なったダメージと疲労で反応速度が下がったシルヴァにこれを回避する事は出来ず、飛び掛かって食らい付いてきたクロコダイルノスフェクトの顎に体の右半分を挟まれる。そのままプレス機に掛けられた様に体の右半分を押し潰される感触と鎧やスーツを突き破って突き刺さる牙に、彼女の口から堪らず悲痛な悲鳴が上がった。

 

「あぐっ!? あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」

 

 体の半分を食い千切られそうな感触に悲鳴を上げるシルヴァを、クロコダイルノスフェクトは甚振る様に振り回し壁や地面に叩き付ける。そして十分に痛めつけると、最後に壁に投げつけた。

 

「がはっ!? う、うぐ……ぅあ゛……ぁ」

 

 クロコダイルノスフェクトの攻撃でボロボロになったシルヴァは、まだ変身自体は維持していた。ただもう気力だけで変身を維持し立ち続けている状態で、意識は朦朧としているしクロコダイルノスフェクトに食らい付かれていた体の右半分の感覚がない。右手に持っていた剣は辛うじて指に引っ掛かっている状態で、最早これ以上戦えるとは言い難い有様であった。

 

 満身創痍になったシルヴァの姿を、クロコダイルノスフェクトは嘲笑う。

 

「あははっ! まだ戦う気? そんな状態で? 体の半分動かないでしょ? 右手の剣、落っこちそうだよ?」

 

 シルヴァは彼ら上級ノスフェクトの間でも要注意人物として警戒されていた。ヴォーダンを始め上級ノスフェクトらと互角に戦う彼女の力は、敵ながら天晴で危険な存在と認知されていたのだ。

 そんな彼女が最早立つのもやっとという有様なのである。これで調子に乗るなと言うのが無理な話であった。

 

 だが彼は知らない……シルヴァの、カタリナと言う女性の本当の強さは力ではなく心にあるのだと言う事を。

 

「ふぅ、ふぅ……くっ!」

 

 徐にシルヴァはまだ十分に動く左手の剣を強く握りしめると、何を思ったのかその柄頭で自分の仮面の口元を殴りつけた。先程のクロコダイルノスフェクトの攻撃でボロボロになっている仮面に罅が入ると、彼女は何度も仮面の口元を剣の柄頭で殴り続ける。

 その奇行とも取れる彼女の行動に、クロコダイルノスフェクトも訳が分からず不気味なものを見る目で見ていた。

 

「な、何やって……」

「ふんっ!」

 

 奇異なものを見る相手の視線を気にせず、シルヴァは一際強く口元を殴りつけた。その衝撃に遂に仮面が白旗を上げ、口元の部分を中心に仮面が砕けた。露わになった口周りには血がこびり付いているが、彼女はそれに頓着せず力の入らない右手に気合で力を籠め剣をしっかりと握り直させると、動かない右腕を口に加えて腰を低くした。それはどう見ても戦う為の構えであり、彼女は動かない右腕を口で咥える事で尚も戦い続けようとしたのだ。

 

「ま……まば……戦えふぁす……!!」

 

 あんな状態になりながらも尚戦い続けようとするシルヴァの姿に、追い詰めている筈のクロコダイルノスフェクトが逆に圧倒された。

 

「な、何……何なの、コイツ……!?」

 

 勝機などある筈がないのだ。満身創痍で体の半分は動かない。四面楚歌で周囲は敵に囲まれると言う絶体絶命の状況、普通なら諦めて身を差し出す様に抵抗を止める筈なのである。だが彼女はどうだ? 彼女は自分の辞書に諦めると言う文字がないと言うかのように抵抗の意思を捨てず、腕一本でも動くならば戦い続けると言う強い意志を感じさせた。人間など強い個体は居ても所詮は自分達の餌という認識しかなかったクロコダイルノスフェクトは、異質な存在であるシルヴァに対し畏怖の念すら抱いていた。

 

(コイツは危険だ……危険すぎるッ! 何が何でも! 今この場で! 確実にトドメを刺しておかないと……!!)

 

 そうしなければ何時か必ず、自分や主君ヴラドにとっての大きな障害となる。倒せる今の内に確実に倒しておかなければと、クロコダイルノスフェクトは彼女の頭を食い千切るべく牙を剥き出しにし飛び掛かった。

 

「がぁぁぁぁぁぁっ!」

「ふぅ、ふぅ……くっ!」

 

 飛び掛かって来るクロコダイルノスフェクトを前に、シルヴァは決死の覚悟であった。彼女自身、勝てるとは思っていない。満身創痍の今の自分では、一瞬拮抗するのが精一杯と言ったところだろう。それでも戦う。自分が戦う事で誰かが少しでも助かるのなら…………

 

「さ、せ、る、かぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ごはっ!?」

「…………えっ?」

 

 覚悟を決めたシルヴァであったが、天は彼女を見捨てはしなかった。何処からか飛び込む様に大槌を振るった青い仮面ライダー……バルトがシルヴァに襲い掛かろうとしていたクロコダイルノスフェクトを殴り飛ばしたのだ。完全に予想外の一撃を喰らって、クロコダイルノスフェクトは真横に吹っ飛び壁を突き破ってその先へと消えていった。

 

 クロコダイルノスフェクトを殴り飛ばして着地したバルトは、シルヴァを守る様に死者の群れの前に立ち塞がると大槌を構えながら肩越しに振り返った。

 

「大丈夫ですか、カタリナさんッ!」

「揚羽……さん? あなたは……」

 

 シルヴァの事を気に掛けてくるバルト……揚羽からは、少し前まで感じていた危険な気配が無くなっていた。憑き物が落ちたような彼女の様子は、シルヴァが良く知る優しくて明るい彼女の雰囲気そのものであった。シルヴァの唖然とした声に、バルトは周囲を警戒しながらも心底申し訳なさそうな様子で頭を下げた。

 

「本当……ごめんなさい。私、カタリナさんだけじゃなくて沢山の人に迷惑を掛けちゃった。紅月君にも、凄く……凄く……。紅月君が悪い訳じゃないって、本当は分かってた筈なのに……」

 

 本当に自分は愚かだったと、バルトは己の幼稚さに恥ずかしくて死にたくなった。その場の激情に駆られて京也に怒りを押し付けるなど……。彼の中に宿っていた実里の声を聞くまで目を覚ます事なく、彼を含め多くの人々に迷惑を掛けてしまった事はどれだけ謝罪を重ねても償いきれるものではない。

 

 今の彼女には、贖罪が必要であった。

 

「カタリナさん……これが終わったら、懺悔室を使わせてもらえませんか?」

「え……?」

「気持ちを整理したいんです。これまでの事と、これからの為に」

 

 その為にまずは、この状況を突破しなければならない。周囲からは死者がじりじりと迫り、クロコダイルノスフェクトも体勢を立て直したのか壁の穴から這い出てきた。バルトの一撃でダメージは受けたようだが、分かり易く傷がついただけで倒せたり致命傷を与えられるほどではなかった。素人の自分では不意を突いてもこの程度だと、分かってはいたがそれでもその事実を突き付けられて彼女は思わず呻き声を上げた。

 

「そう簡単にはいかないか……!」

「お前……、ただじゃ済まさないからな……! 手足食い千切ってズタボロにしてやるッ!」

 

 クロコダイルノスフェクトの怒りに呼応するように、ロードノスフェクトが召喚した死者の群れが包囲の輪を狭めていく。このままシルヴァとバルトの2人を嬲り殺しにするつもりなのだ。この数とクロコダイルノスフェクトをバルト1人で食い止めるのは不可能に近い。満身創痍で足手纏いになる可能性が高いが、それでも何もしない訳にはいかないとシルヴァは指一本動かすだけでも億劫になる体を無理矢理動かしてバルトのサポートをしようとした。

 

 並び立つシルヴァとバルトの2人。クロコダイルノスフェクトはそんな彼女達に手を一振りして死者を一斉に襲い掛からせた。

 

「やれッ!」

 

 四方八方から襲い掛かって来た死者に対し、シルヴァは自由に動く左腕と口に加えた右腕の剣を使って対抗した。満身創痍の疲労困憊になろうとも、彼女が振るう剣の軌跡は鋭く美しく、刃が触れた死者は刃を構成する銀の成分により焼き切られて灰に帰る。

 

 変わらず死者を屠り安らかな眠りへと誘っていくシルヴァであったが、敵を1体屠る毎に彼女の体は悲鳴を上げた。とっくの昔に限界を迎えていた体はもう戦いに耐えられるものではなく、一歩動く度に全身が砕けそうな激痛が走る。まるで命の灯を糧にして戦っているような感覚だった。

 

「ぐ、ぐぅ……! く、あぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 激痛に意識が朦朧となり、肺が空気を受け入れていないかのように息苦しくて仕方がない。何時倒れてもおかしくない状態でありながら、シルヴァは気力だけで変身を維持しバルトに近付く死者を次々と切り捨てていた。

 

 そのバルトは、手にした大槌を振り回して目に映る敵を片っ端から殴り飛ばしていく。技術もへったくれも無い、子供が我武者羅にバットを振り回しているかのように大槌を振るった。一見すると幼稚で子供っぽい戦い方だが、これで十分なくらい周囲は敵だらけでありその敵は愚直な突撃しかしてこなかった。大槌を適当に振るえば、それだけで一度に複数の敵を屠る事が出来る。

 これだけを聞けば楽勝の様な気になるが、事はそう簡単ではなく次から次へと途切れることなく襲い掛かって来る死者の群れはそれだけで精神的に彼女を追い詰めていた。

 

「こん、のぉぉぉぉぉっ!」

 

 終わらない敵の群れを前に、バルトの心の奥に絶望と恐怖が沸き上がりそうになる。彼女はそれを傍で戦うシルヴァの奮闘を見て心を奮い立たせ、折れる事無く大槌を振るい目に映る敵を叩き潰す。その甲斐あってか先程に比べ明らかに敵の勢いが弱まり、僅かながらであっても呼吸を整える暇が出来た。

 

「「はぁ、はぁ、はぁ……」」

 

 互いに背中合わせになりながら体を支え合い、周囲を警戒する2人。最早両手どころか両足でも足りない数の仲間がたった2人に灰にされたと言うのに、死者の軍勢は尚攻撃を止めることは無い。当然か、彼らは感情も無くただ主であるロードノスフェクトの意思に従い戦うだけ。恐怖や情けなどを相手に掛ける様な事はしない。

 

 それだけではなく、クロコダイルノスフェクトも居た。

 

「グルアァァァァァァッ!!」

「くっ! カタリナさん、避けてッ!」

「あっ!?」

「どりゃぁぁっ!」

 

 2人の体を食い千切らんと大きく口を開けて飛び掛かって来たクロコダイルノスフェクトに、バルトは咄嗟にシルヴァを突き飛ばしつつ大槌を振り回す。大きく弧を描く様に振り回された大槌は、クロコダイルノスフェクトの顎をかち上げるように殴りつけ吹き飛ばす。

 

「おぐぅっ!?……この、ガキがぁぁぁっ!」

「あっ!?」

「揚羽さんッ!?」

 

 バルトの大槌に顎を砕かれん勢いで殴られたクロコダイルノスフェクトであったが、ただではやられず殴られた勢いを利用して丸太の様な尾でバルトを横から薙ぎ払った。大槌を振り上げた体制の彼女にこれを回避する術はなく、咄嗟に腕を引いて防御しようとするも空しく脇腹を尻尾で殴り飛ばされ壁に叩き付けられた。

 

「あがぁっ!? あ、ぐ、ぐぐ……」

「揚羽さんッ! く、今そちらに……」

 

 壁に叩き付けられた際にバルトの手から大槌が零れ落ちた。クロコダイルノスフェクトが追撃しようと彼女に近付いていくのを見て、シルヴァは援護しようと重い体を引き摺って行く。だが死者たちがそれを許さず、彼女の意識がバルトとクロコダイルノスフェクトに向いたのを見て一斉に彼女に飛び掛かる。四方八方から迫る死者の群れを迎え撃つシルヴァであったが、万全の時ならともかく絶不調の今では先鋒を何とか切り伏せるのが精一杯で次から次へと雪崩れ込んでくる敵にシルヴァはあっという間に飲み込まれ地面に押さえ付けられてしまう。

 

「あ、ああ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 

 視界を全て死者で埋め尽くされ、死者の爪や牙が彼女の弱った体に突き立てられる。全身を引っ掻かれ食い千切られる感触に、シルヴァは意識が薄れていくのを感じながら残された力を振り絞って最後の祈りを神に捧げた。

 

(主よ……私はどうなっても構いません。ですからどうか、あの子は……揚羽さんだけは、助けて…………お願い、します…………神様)

 

 全身を嬲られながら祈るシルヴァ。その彼女の願いが天に届いたのか、次の瞬間無数の銃声が響いたかと思うと群がり覆い被さっていた死者が次々と倒れ灰になっていく。突然視界が開けた事に彼女が呆気に取られていると、不意に視界にイジターとライトスコープが映った。

 

「カタリナ様ッ! 大丈夫ですかッ!」

「ミス.マーシー、生きてる?」

「あなた、達は……」

 

 周囲を見渡せば次々とやって来る修道騎士団とS.B.C.T.の混合部隊。ついこの間まで敵対状態だった両者が共に死者の群れに挑み押し返そうとしている光景に、流石のシルヴァも呆けてしまう。彼女の様子に気付いたのか、声を掛けてきた騎士とライトスコープ――胸に刻まれたマークからδ9――が苦笑しながら答えた。

 

「我々は先日捕縛された騎士です、カタリナ様。この緊急事態に、特別措置で装備を返され戦力として参加させてもらえたんです」

「流石に遊ばせておけるほど余裕のある状況じゃないんでね。それに、あの狂った女や頑固な男の配下はともかく、他の連中は真っ当な感性の連中ばかりだったし」

「とは言え、加担していた事に違いはありません。この事態が落ち着いたら改めて我々は捕虜となる覚悟です」

 

 大体の事情を話されながら、シルヴァは近くの壁際に引き摺られていく。そしてそこで体を休めるように寄りかからされると、δ9とイジターは頷き合い他の者に混じって死者の群れを押し返す為戦いに戻っていった。

 

「皆さん……くっ!」

 

 目の前で広がる光景に、シルヴァは自分1人が暢気に休んでいる暇は無いと指一本動かすのも億劫な体に鞭打って立ち上がり一歩前に足を踏み出した。そこでバランスを崩し、前のめりに倒れそうになる。

 

 その彼女の体を誰かが受け止めてくれた。受け止められた衝撃で全身が痛み、痛みと共に襲い掛かって来た吐き気に耐える。

 

「うぐっ!?」

「……ったく、ホント真面目なんだから。少しは自分の体を労わってよね」

「………………えっ?」

 

 耳に響く1人の女性の声。酷く聞き慣れた、だがもう二度と聞く事は無いと思っていた声にシルヴァが痛みも何もかもを忘れて顔を上げる。

 

 そこに居たのは、頬に絆創膏を貼り額に包帯を巻いたシルヴァ……カタリナの掛け替えのない友人、ルクスが笑みを浮かべて彼女の事を受け止めている姿であった。仮面越しでも呆けている事が分かる彼女の姿に、ルクスはしてやったりな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「久し振り、カタリナ。元気してた?」




と言う訳で第70話でした。

水落ちで生存疑惑の掛っていたルクス、皆さんの予想通り帰還しました。演出的には死んでもおかしくない状態だった彼女が傷だらけになりながらも戻ってこれた理由に関しては次回描かれる予定です。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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