ロードブラッドの力を制御したヴァーニィと、覚醒したロードノスフェクトの力を研究室からモニターしていたペスター博士は2人が見せる能力を前に歓喜の声を上げていた。あれこそが彼の求めていた完璧なノスフェクトの能力。ファッジなど足元にも及ばない、全てを凌駕する最強の生物兵器としての能力であった。
「いいっ! いいぞっ! そうだ、その力だッ! ふっはははははははっ!!」
これで彼が求める能力水準には達した。そしてどちらも理性をしっかりと保ち、むやみやたらと他の生物に襲い掛かる様な愚かな事はしない。本能に従って延々と考え無しに生物の命を奪うような獣とは違い、本当に必要な時以外に他の生物は襲わない穏やかさがある。生憎とヴァーニィはこちらの制御を受け付けていないが、理性を保っているのであればあの程度誤差の範囲だ。
自らの望む理想の生物兵器が完成した事に、ペスター博士は嘗てこの兵器の研究を中断させようとした雄成に勝ち誇った声を上げた。
「どうだ見たか、傘木雄成ッ! 私はやり遂げたぞッ! 貴様が早々に見限ったノスフェクトを、私が仕上げてみせたんだッ! あはははははははははっ!」
狂ったように嗤うペスター博士を、彼のサポートを行う他の研究員が少し畏怖しながら見ている。とは言え何時までもあのままで居られては話が先に進まないので、研究員の1人が恐る恐る声を掛けた。
「あの、博士? あ、あちらはどうしますか?」
「ん~?」
研究員の声に博士がそちらを見れば、声を掛けた研究員はモニターの一つを指差している。見ればそこにはグラスとシャドゥが激しい戦いを繰り広げている様子が映し出されていた。
ヴァーニィとロードノスフェクトにより戦力をズタズタにされ、配下を全て失ったシャドゥ。新たにやって来た騎士団は飽く迄カタリナ達を助けこの事態を収束させる為にやって来たのであって、扱いとしては捕虜のまま。何より彼らにとって、シャドゥ達は自分達を見捨てた許し難い存在である為、最早彼の言う事は絶対に聞かない。実際彼らが来た時シャドゥが援護を求めた際、彼らはきっぱりと断って来たのだ。シャドゥは、アスペンは完全に見限られた。
孤立無援となったシャドゥであったが、彼は戦いを止めることはしなかった。全てのノスフェクトを、ヴァーニィとロードノスフェクトを始末すると言う目的を果たす為に戦い続ける。その障害となっているグラスを排除する為、彼は味方が居ない状況で尚戦意を失う事は無かった。
モニターでその様子を見ていたペスター博士は、つまらなそうにフンと鼻を鳴らした。
「律儀な男だよ、本当に。とっくの昔に死んだ男の命令に何時まで従ってるんだか…………」
「それで、どのように?」
「放っておけ。こちらが何もしなくても、あちらはS.B.C.T.が始末してくれる」
見た所グラスとシャドゥの戦いは一進一退、なかなかにいい勝負を見せてくれる。あの様子ならシャドゥを弱らせてくれるだろう。もしかするとそのまま倒してくれるかもしれない。よしんば倒せなかったとしても、グラスと戦い消耗したシャドゥなどロードノスフェクトの敵ではない。慌てずともあちらは勝手に倒れてくれるとペスター博士は確信していた。
「それより、さっさと撤収するぞ。どの道ここはもうダメだ。早く新たな拠点に移らなければな」
ペスター博士の撤収命令に、他の研究員たちも慌てて資料を纏めこの施設を引き払う用意に移った。この戦いの結果がどうなるかはまだ分からないが、仮にノスフェクト側が勝利出来たとしてもこの施設の場所が割れてしまった以上ここは捨てなければならない。最悪大国が日本に全ての厄介事を押し付け、街ごとこの施設を吹き飛ばさないとも限らないのだ。
必要な資料を記録媒体に移し替え、運び出す準備に掛かる。その際博士は今一度モニターを見やり、ヴァーニィとロードノスフェクト、そしてグラスとシャドゥの戦いを見た。
二つのモニターの中でそれぞれ激しい戦いが繰り広げられている。だが博士は戦い自体には興味がないのか、直ぐに視線を外すとそそくさとその場を後にするのであった。
***
「ハァァァァッ!!」
「くぅっ!?」
モニターに映っていた二組の内、グラスとシャドゥの戦いは徐々にだがグラスの方に趨勢が傾きつつあった。シャドゥは確かに強い。武装はクロスショットしか使わないくせして狙いは正確無比であり、高速で動き回っているグラスは何度も撃ち落され地面や壁に叩き付けられていた。
だがその正確さも続けばいずれ見抜かれる。度重なる攻撃を受けてグラスはシャドゥの狙う場所を予測できるようになり、紙一重で攻撃を回避できるようになっていった。
こうなると苦しくなるのはシャドゥの方だ。三次元的に高速移動できるグラスに対して、シャドゥは飽く迄二次元的な動きしか出来ない。それに全身のスラスターで地面の上を滑る様に動き回れるグラスの動きは予測が困難であり、目では見えても狙いが定まらず迎撃する間もなく接近を許す事が多々あった。
「チィッ! すばしっこい奴……だがッ!」
〈One judge! Shooting cross〉
「そこだッ!」
素早く動き回るグラスの動きを見切り、一瞬の隙にシューティングクロスが叩き込まれる。比較的すぐ傍を通り過ぎようとしていたところを撃ち抜かれて、グラスは堪らずバランスを崩しベクトルが狂って勢いのままにねずみ花火の様に壁や電柱にぶつかった末に地面に叩き付けられた。
「ぐぁっ!? うっ!? ぐ、おぉっ!? がはぁっ!?」
体のあちこちをぶつけダメージが蓄積していく。そして地面に叩き付けられたところで漸く止まったが、倒れた彼の体からはあちこちから火花が散り、HMDには全身各所のスラスターが不調を来している事を告げていた。
『マズイわ、スラスターアーマー不調ッ! レックス、一度後退してッ!』
グラスの高機動の肝となる装甲と一体化したスラスター。過去の装備の教訓から性能と防御力を両立させたそれは、スコープのオプションだった頃に比べれば余程頑丈だがやはり純粋な装甲に比べると防御力と言う面で劣る。素早く動く事の出来ないグラスなど、スコープよりも脆い存在でしかなかったのだ。
このままシャドゥと戦っても無駄に消耗するだけだとリリィはグラスに後退を促すが、彼はそれを拒否してバスターショットを構え直した。
「悪いがそれは出来ねえな」
『レックスッ!』
「こいつが獲物を逃がすとは思えねえ。どの道逃げられやしねえよ」
シャドゥの中でグラスは既に確実に倒すリストの上位に組み込まれてしまっているだろう。そしてあの男は、倒すと決めた相手は必ず倒す。この絶望的な状況になっても尚逃げずに、ノスフェクトやヴァーニィを倒そうとするのがその証拠だ。事実彼は自分に襲い掛かって来る亡者を撃ち抜きながら、グラスを始末しようと近付いてきている。
ならば尚の事逃げろとリリィはグラスを急かすが、素早さを失った今の彼では逃げ切る事は難しい。ここまでのダメージもある。ここで下手に逃げたりしようとすれば、逆にその隙を突かれて確実に仕留められてしまうだろう。
となれば、彼に出来るのはここで奴を迎え撃つ事しかなかった。
「つー訳だ。リリィ、サポート頼むぜ」
『レックス……はぁ、分かった。安心して、絶対死なせないからッ!』
「信じてるぜ」
リリィからのサポートに心強さを感じ、彼女にこれ以上不甲斐無い所を見せる訳にはいかないと己を奮い立たせる。
そんな彼に対してシャドゥは容赦なく襲い掛かる。
「いい加減に、死ねぇッ!」
「誰が死ぬかよッ!」
狙いを定められ引き金が引かれ、放たれた銃弾がグラスの装甲を食い千切ろうと襲い掛かった。グラスは相手の狙いを読んで銃弾が飛んでくる場所にバスターショットの刃を配置する事で銃弾を弾き、相手の攻撃を防ぎながら自分から接近していく。距離を詰めてくるグラスに危機感を抱いたのか、シャドゥは次々と発砲し行く手を阻もうとした。だが今のグラスを止めることは叶わず、あと一歩でバスターショットの斬撃の圏内に入ると言うところまで接近を許した。
その残りの一歩を踏み出しながら、グラスはバスターショットを振り被り斬りかかろうとしながらリリィに通信で問い掛けた。
「リリィッ! 資料にあった”あれ”、本当に出来るんだよな?」
『あれ……って、あれの事ッ!?』
「他に何があるッ!」
彼の言わんとしている事を理解したリリィの焦った声が通信機から響いて来る。その反応を予想済みだったグラスがバスターショットを振り下ろしながら肯定すると、通信機からはリリィの呆れたような声が聞こえてきた。
『あなたって、もう……』
「出来るのか出来ないのかだけ教えてくれ、よっ!」
「フンッ!」
話しながら振り下ろされたバスターショットは、シャドゥのクロスショットの銃身で防がれ受け流され何もない地面を切り裂くだけに終わった。攻撃を受け流されたグラスだったが、彼の動きは止まらず地面を切り裂いたバスターショットを構え直す勢いを利用して肘をシャドゥに叩き込み怯ませると横薙ぎに振るって相手の装甲を切り裂こうとした。だがシャドゥはそれを後ろに転がる事で回避し、体勢を立て直す過程でおまけの様に発砲して逆にグラスを後退させてしまった。
「ぐぅぅっ!?」
「ふっ……」
「がぁぁっ!?」
後退したグラスにシャドゥは追い打ちをかけて発砲する。体勢を崩された彼にこれをどうにかする手段はなく、数発の銃弾を喰らった彼はもんどりうってひっくり返された。
「ぐ、ぁ……」
『レックスッ!?』
「はぁ、はぁ……それで? 出来るんだよな?」
どんどんダメージが蓄積していくグラスの様子にリリィが思わず声を上げるが、当の本人はダメージよりも先程訊ねた事への答えの方が気になるのか尚も問い掛けてくる。その頑なさにリリィも飽きれて溜め息を吐きながら先程の質問に答えた。
『あぁ、もぅ……えぇ、出来るわ。こっちから操作出来る』
「上等だ。ならリリィ、合図したら頼むぜッ!」
話しながらグラスはクロスショットの銃撃を、態とバランスを崩し転倒する事で回避した。無理矢理な回避だったので体勢を立て直すのに時間が掛かる。シャドゥがその隙を突こうと銃口を向けるが、それより早くに倒れながらもバスターショットを構えていたグラスの射撃が相手を捉えた。
「させるかッ!」
「ぐぅっ!?」
倒れた状態での射撃に虚を突かれて、シャドゥは怯み銃弾は明後日の方へと消えていった。その間にグラスは立ち上がると、バスターショットの切っ先で地面を擦り火花を散らせながらシャドゥに駆け寄って斬りかかる。
「らぁぁぁっ!」
「ちっ!」
普段はスラスターを使っての高機動を利用しての接近から繰り出す攻撃だったが、スラスターが不調の今その戦法は封じられている。グラスは久し振りに自らの足で敵に駆け寄る感覚を味わいながら、斬撃を放ち相手を下そうとする。例え高機動が封じられていても、バスターショットはただでさえ大型の武器だったので振り下ろすだけでもかなりの威力が出る。
だがグラスが飛び掛かって剣を振り下ろそうとした瞬間、シャドゥはそれを待っていたかのようにクロスショットの銃身を左手で支えながら右手でレバーを三回起こした。
「馬鹿め……!」
〈Three judge! Admonition chain〉
待ち構えていたかのように四方から伸びてくる銀の鎖が、シャドゥに飛び掛かろうとしていたグラスの全身に絡みつき拘束する。鎖それぞれが意志を持っているかのように巻き付き、万力で締め付けられているような締め付けにグラスは仮面の下で苦痛に顔を顰めた。
「ぐ、あっ!?」
四肢を別々の方向に引っ張られ、まるで全身をバラバラにしようとしているかのような拘束。グラスは持ち前のパワーで鎖を引き千切ろうとするのだったが、鎖自体が頑丈なのかパワーに優れる筈のグラスの力をもってしても鎖を軋ませるだけで千切れる事は無かった。あまりに強い締め付けに、バスターショットを持ち続ける事も出来ず、滑る様に零れ落ちて半回転して地面に突き刺さる。
身動きが取れなくなったグラスなら倒す事も容易い。シャドゥは自身の勝利を確信すると、焦らす様にグラスの前でクロスショットを構えた。
「これで終わりだ、S.B.C.T.のエース」
「くっ…………」
シャドゥがグラスの眉間に狙いを定め、引き金に掛ける指に力が籠る。次の瞬間には銃口が火を噴き、放たれた銃弾が彼の眉間を貫き命を奪う事になるだろうと思われた。
その時、満を持してグラスは通信機でリリィに合図を送った。
「――――リリィ、今だッ!」
『アーマーパージッ!』
指揮車からのリリィの操作を受けて、遠隔でグラスの全身のスラスターと一体化した装甲が弾け飛ぶ。瞬間的なその衝撃は彼を拘束する鎖をも引き千切るほどで、グラスが拘束から抜け出すのと引き金が引かれて銃弾が彼の眉間があった場所を通り過ぎるのはほぼ同時のタイミングであった。
「なっ!?」
まさかの脱出方法にシャドゥが言葉を失いながらも直ぐに狙いを修正し二射目を放とうとした。これが間に合っていれば今のグラスを倒す事は可能だっただろう。自由と引き換えにグラスは本来持っていた防御力を捨て去っている。今の彼を守るのは、ボディースーツとわずかに残った最低限の装甲のみ。
だがそれは彼自身理解していた。故に彼は自由になるのと同時に地面に刺さっていたバスターショットを引き抜くと、シャドゥが狙いを定めてくるよりも早くに接近し刃を叩きつける様に振り下ろした。
「おぉぉぉぉっ!」
「ぐぅっ!?」
バスターショットの刃がシャドゥの胴を袈裟懸けに切り裂く様に叩き付けられる。だがシャドゥもやられる訳にはいかないと斬撃を受け止め、彼の逃亡を許さない様に刀身に抱き着く様に押さえ付けた。これでグラスは装備を押さえられ、至近距離からの銃撃で倒せる。
一方のグラスは寧ろこれを待っていた。彼自身あのタイミング、あの距離からの斬撃でまともなダメージになるなどとは微塵も思ってはいない。故に彼は、攻撃を受け止められたと見るや即座にベルト上部のイグニッションスイッチを連打してバスターショットの刀身にエネルギーを送り込んだ。膨大なエネルギーが送り込まれた刀身は赤熱し始め、灼熱の刃がシャドゥの装甲だけでなくその下のボディースーツに包まれた体をも焼いていく。
「うぉっ!?」
「おぉぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
マズいと思った時には時既に遅し。グラスの強化された斬撃がシャドゥの体を袈裟懸けに切り裂き、逃れようのない一撃を喰らったシャドゥは数歩後ろに下がると力無く仰向けに倒れた。切り裂かれた部分からは火花が散り、数秒の間を置いて爆散した。
「ぐ…………ぁ」
強敵であったシャドゥが目の前で爆散する光景に、グラスも肩の荷が僅かにだが降りたと言う様に大きく息を吐きバスターショットを下ろす。
「ふぅぅ……」
まだ周囲では戦いが続いているが、流石の彼もこの時ばかりは自分に気を抜く事を許した。シャドゥとはそれほどの相手だったのだ。
とは言え、流石に何時までもこの状態でぼんやりしている事は出来ない。今のグラスは軽装過ぎるあまり防御力が絶望的なのだ。流れ弾が一つ飛んできただけでアウトとなる。
〈Release on〉
装甲を再生成して装着し安全を確保すると、それと同時にシャドゥの変身が解除された。誘爆する事が無かったのか、光と共に全ての装備が消滅する静かな変身解除であったが、切り裂いた時の手応えでグラスは先程の一撃がアスペンの命を奪う一撃である事を察していた。どの道彼は助からない。
事実、先程の一撃はアスペンにとって致命的であった。だが変身解除され露わになった彼の姿に、グラスもグラスのカメラを通じて様子を見ていたリリィ、さらにリリィを中継してその様子を見ていたユーリエまでもが驚愕に言葉を失った。
「なっ!? お、お前……!?」
『嘘……!?』
片から腰に斜めに体を切り裂かれたアスペン。本来であればその傷口からは血が流れ出て、傷口からは裂かれて露わになった血肉が見える筈であった。
だがアスペンの傷口は全く違った。傷口からは火花が散り、中に見えるのは歯車やケーブル、シリンダー……早い話が機械しか見えなかった。そして変身が解除されたアスペンは満足に動かない下半身をバタつかせ、上半身の動きだけで俯せになると自由に動かせる腕の力だけでグラスに這って近付いてきた。
「ガガ……ギ……ガガガガ……」
何かを言おうとしているのか、口からは意味の分からないノイズの様な音しか出てこない。血を流さず這って近付いてくるその姿は、ゾンビの様でもあるがそれ以上に異様過ぎて嫌悪感すら抱いてしまう。
歪な動きをする手を伸ばして足を掴んで来ようとする彼の手を、グラスは咄嗟に足を引く事で避けた。アスペンのまさかの正体にグラスが思わず慄いていると、通信機からリリィとユーリエの声が響いてきた。
『な、何これ、機械……!? あの人、機械だったのッ!?』
『まさか、アスペンの正体がサイボーグだったなんて……いや、だが言われてみれば納得か。あの人間味の無い態度、冷徹なまでに目的を達成しようとする姿、あれがサイボーグだったからと言われれば……』
『ユーリエ、傘木社ってのはサイボーグを作る技術まで持ってた訳?』
『傘木社には様々な部署が存在した。技術研究の一環で機械工学に手を出している部署もあった筈だから、強ちあり得ないとは言い切れない』
リリィとユーリエが通信機の向こうで議論しているのを聞き流しながら、グラスは自分に這い寄って来るアスペンの成れの果てを静かに見下ろす。半壊したアスペンは尚も敵と定めたグラスを攻撃しようと言うのか、口からノイズを吐き出しながら手を伸ばし遂に足を掴んだ。
「ガガガ……ガガ……ギギギギギ……」
半壊しながらも尚、誰かに助けを求める事無く己に課せられた任務を達成しようとするその姿は、敵とは言え憐れに感じずにはいられないものがあった。これ以上このままにしておくのはあまりにも忍びない。グラスはせめてもの慈悲で、彼に介錯する事を決めるとバスターショットの銃口を向け額に狙いを定めると引き金を引いた。
「ゴガガガ……」
「!!」
何かを言おうとしている様子のアスペンの姿にグラスは後ろ髪を引かれ引き金を引く事を一瞬躊躇するも、それを振り払い発砲してトドメを刺した。周囲に銃声が一発分響き渡ると、それまで彼の口から響いていたノイズも途絶えグラスの足を掴んでいた手も力無く地面に落ちる。
動かなくなったアスペンをグラスは暫く見つめていたが、不意にしゃがみ込むとまだ開かれている彼の瞼を静かに下ろしてやった。そして不慣れながら、静かに冥福を祈ってやった。文字通り血も涙もない奴だったが、せめてもの手向けと言う奴だ。
そこで彼はふと疑問を抱く。果たしてアスペンは最初からロボットだったのだろうか? ノスフェクト殲滅の為のサイボーグとして作り出されたのか、それとも元々は人間で何らかの理由で死に掛けた所をサイボーグと言う形で再生されたのか。それとも自らの意思でノスフェクト殲滅に都合がいいサイボーグの体を手に入れたのだろうか。今となってはそれは分からない。何しろ彼は自分の事は何も語らず、自分に課せられた使命としか向き合わなかったのだから。
「こいつも、被害者だったのかな……」
自分と同じように……とまではグラスも口にはしない。少なくとも自分達と敵対している間、アスペンの中に後悔と言う文字は無かった筈だ。例えそれがそうあれかしと定められた結果であったとしても、自分の行いに一切の疑問もなく只管目的の為に突き進む事が出来たのはある意味で幸せだったのかもしれない。
考えれば考えるほどグラスはしんみりした気持ちになってしまい、これではいけないと彼はアスペンとの戦いの余韻を振り払うように頭を振って顔を上げ立ち上がった。
『あ、レックス、一度戻って』
「何?」
『グラスに無理をさせ過ぎたわ。一度システムを休ませないと』
流石に強制アーマーパージはグラスのシステム自体にかなりの負担を強いたらしい。過去のレックスの戦いから、緊急時に装着者を守る為のシステムだったのでそれも当然か。戦闘中に強制的に装甲を吹き飛ばすなど本来やって良い事ではない。パージしたアーマーを再装着して外見上は問題ないように見えるが、ハード面以上にソフト面でシステムが疲弊していた。これ以上の戦闘を繰り返せば、意図せぬタイミングで変身が強制的に解除されてしまいかねない。
正直、他の隊員達やヴァーニィがまだ戦っている中で自分1人が一足先に下がる事に対して、不安や不満が無いわけではない。一番戦うべき自分が…………
「だがな……」
『俺らの心配するんなら、さっさと戻って万全の状態を整えろ』
「δ8?」
渋るグラスだったが、そこにδ8からの通信が入る。否、彼だけではない。他の仲間達からも通信が入った。
『主戦力の自覚があるなら、全力を出せるようにしてくれた方がこっちとしても助かる』
『疲労を癒さなきゃ、ヒーローにはなれないぜ』
『真の勝利は雌伏の先にある』
『俺らの事も、少しは頼ってくれよ』
『安心しろ、お前が抜けてる間は俺が全部蜂の巣にしといてやる』
『お前1人がδチームじゃねえんだよ。分かったら大人しくしてろ』
『リリィの事、安心させてやりな』
『こっちは任せて』
通信機から響く仲間達の言葉に、グラスは仮面の下で目頭が熱くなるのを感じた。最近は自分が突出した戦力となっている為すっかり自覚が薄れてしまったが、自分達は1つのチームなのだ。チームとは1人が突き出ている訳ではなく、全員が助け合うもの。仲間達は普段グラスに助けられている。だから今度は彼らがグラスを助けるのだ。
『そう言う訳だ。δ5、一時後退して装備の点検を言い渡す。手早く済ませろよ』
「了解ッ!」
最後に隊長の敦からの言葉に、グラスは頷くと群がろうとする亡者を薙ぎ払い穴を開けると一度指揮車まで後退していった。彼が空けた穴は直ぐに別の亡者により埋められたが、その穴を広げるようにδチームの隊員達が雪崩れ込み互いにカバーし合う連携を見せつつ亡者の群れを押し返す。
「おぉぉぉぉっ!」
「δ5だけがδチームじゃねえんだよッ!」
勇ましく戦うδチームに感化された様に、γチームと修道騎士団も圧力を強めていく。
戦士たちがその命の輝きを燃え上がらせる戦いを見せる中、少し離れた所で激しく戦う者達が居た。
一つはヴァーニィとロードノスフェクト。この戦いの趨勢を決める激しい戦いをしている。
そして、もう一つは…………
《ハァァァァッ!》
《シャァァッ!》
何度も交錯しながら互いの爪をぶつけ合うアルファノスフェクトとタイガーノスフェクト。共に愛し、信じる者の為に全力を尽くす2人の女の戦いがそこで繰り広げられているのだった。
と言う訳で第72話でした。
アスペンも今回で退場となります。彼の正体はサイボーグでした。作中矢鱈と融通が利かなかったり、目的達成に固執してたのはそもそも彼が機械で、目的達成の為だけに動いてたからですね。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。