仮面ライダーヴァーニィ   作:黒井福

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第73夜:女の戦い

 アルフと、カミラ……アルファノスフェクトとタイガーノスフェクトの戦いは熾烈を極めていた。

 

《あぁぁぁぁっ!》

《かぁぁぁぁっ!》

 

 共に愛する者にその身を捧げ、一つとなれた事で全ての能力が大幅に底上げされた。自在に血を操る力を得た事により、2人が互いを攻撃し合うと周囲に負傷で出たのとは違う血が飛び散り周囲を赤く染めていく。

 

《ぜあぁぁっ!》

 

 アルファノスフェクトが手首から湾曲した血の刃を伸ばして斬りかかれば、タイガーノスフェクトは爪を血で伸ばして迎え撃つ。刃と爪がぶつかり合って火花と共に血を飛び散らせれば、アルファノスフェクトは斬撃の勢いを利用して回し蹴りを放ちタイガーノスフェクトを蹴り飛ばした。

 

《フッ!》

《がふっ!?》

 

 鋭い蹴りがタイガーノスフェクトの腹に突き刺さり、アルファノスフェクトは蹴りを叩き込んだ足から血の顎を作り出してそのままタイガーノスフェクトを喰らおうとする。だがタイガーノスフェクトは腹に突き刺さった足に爪を突き立て切り裂き、アルファノスフェクトが作り出そうとしていた血の顎を強制的に砕き無力化した。

 

《させ、るかぁッ!》

《あぁぁぁっ!?》

 

 足を切り裂かれる激痛にアルファノスフェクトが悲鳴を上げると、彼女が怯んだ隙にタイガーノスフェクトが足を掴んで振り回す。パワフルに振り回されながらアルファノスフェクトは体を電柱や壁に叩き付けられ、周囲を粉砕しながら投げ飛ばされて建物の中に放り込まれた。

 

《はぁぁぁぁぁっ!》

《あぐっ!? あっ!? うあぁぁっ!?……ぐ、うぅ》

 

 全身にコンクリートの欠片や砂埃を付けたアルファノスフェクトがゆっくりと立ち上がる。全身がバラバラになりそうなほど痛いが、驚異的な身体能力は彼女の体をすぐに回復させた。全盛期を遥かに超える能力に満足していると、放り込まれた際に開いた穴からタイガーノスフェクトが入り込みタックルしてきた。

 

《逃がすかッ!》

《くっ!》

 

 重機関車か何かの様に突撃してくるタイガーノスフェクトを、アルファノスフェクトはギリギリのところで回避する。どちらもロードの名を冠する存在と一つになりその恩恵を受け力を付けたが、パワー面ではタイガーノスフェクトの方に分があった。そんな相手を真正面から挑み受け止めようとするのはあまりにも無謀が過ぎる。アルファノスフェクトは突撃してくるタイガーノスフェクトを横に転がって回避し、獲物に逃げられたタイガーノスフェクトはそのまま壁に突っ込み破壊して隣の部屋へと飛び込んでしまった。

 

 隣の部屋の中へと消えていったタイガーノスフェクトを見て、アルファノスフェクトは立ち上がると血の刃を手から伸ばして追撃しようと穴の中へと飛び込んでいく。その際に敵の待ち伏せを警戒して、先に中にエネルギー弾を放り込んで炸裂させ先手を取った。内部で破裂したエネルギー弾は室内のモノを吹き飛ばし壁や窓を破壊して室内のモノを関係なく攪拌した。

 

《カミラ……!》

 

 タイガーノスフェクトの名を呼びながら隣の部屋に飛び込んだアルファノスフェクトだったが、彼女が部屋に飛び込むとその頭をタイガーノスフェクトに掴まれ床に叩き付けられてしまった。

 

《あぐあぁぁぁぁっ!?》

《私の名を、お前如きが気安く呼ぶなッ!》

 

 タイガーノスフェクトはそのまま彼女の上に馬乗りになると、爪を伸ばして何度も彼女の体を切り裂いた。止まる事無く振るわれる爪でアルファノスフェクトの体が切り裂かれ削り取られ、血を飛び散らせる彼女の口からは絶えず悲鳴が上がっていた。

 

《あぅっ!? あぁぁっ!? いぎっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?》

《プロトタイプがッ! 出来損ないがッ! お前が、お前如きがヴラド様に楯突きさえしなければッ!》

 

 私怨を交えた呪詛のような言葉が絶えずタイガーノスフェクトの口から飛び出す。アルフがヴラドに逆らったのは当時は彼女自身の意思ではなく、彼女達の創造主であるペスター博士が仕組んだ事であった。彼の悲願である最高にして最強のノスフェクトを生み出す為、博士はタイガーノスフェクトを含んだ全てのノスフェクトを生贄に捧げアルフと彼女により変身する京也を強化していったのだ。その結果悲願叶い京也が変身するヴァーニィは最強の力を得る事が出来た。

 ただ博士にとって嬉しい誤算だったのは、ヴラドまでもがそれに匹敵する存在へと昇華出来た事だろうか。そしてヴラドこそが至上の存在であるカミラにとって、ヴラドに匹敵する存在は邪魔者でしかない。

 

 その一翼を担うアルフはカミラにとって不倶戴天の敵であり、この場で必ず始末しようと言う強い意志を感じさせていた。

 

《あぐ……!? がっ!? う、あ、あぁ……!?》

 

 アルファノスフェクトは何とかタイガーノスフェクトの攻撃を防ごうとしていたが、マウントを取られた上に力では敵わない為防御を弾かれ攻撃を叩き込まれる。度重なる攻撃に次第にアルファノスフェクトの抵抗も弱まっていき、悲鳴も段々と小さくなっていった。

 

《うぁ、ぁ……ぁぁ》

 

 タイガーノスフェクトに跨られたアルファノスフェクトの口からは、弱々しい声が上がるだけで抵抗も無くなった。ズタボロの体からは血が流れ出て、顔は仮面が割れ素顔が覗いている。最早指一本動かす余裕も無くなったアルファノスフェクトを見下ろしているタイガーノスフェクトは、抵抗する力を失った彼女の姿に満足そうに息を吐くと彼女の髪を掴んで頭を持ち上げた。

 

《うあ、あぁ……!?》

《ふぅ、ふぅ……これで終わりです。お前の全てを私が喰らって、お前もヴラド様の一部にしてやります。フフフッ……楽しみですよ。お前をこき使える時が来るのがね》

 

 勝ち誇りながらタイガーノスフェクトが口を開き牙を彼女の首筋に突き立てようと近付ける。熱い吐息と涎が首筋に触れる感触に、アルファノスフェクトが嫌悪感に体を震わせ手で相手の体を押し返そうとするもその程度の力では抵抗にもならず、いよいよ牙がアルファノスフェクトの首筋に突き刺さりそうになった。

 

 その時、タイガーノスフェクトは胸元に鋭い衝撃を受けたのを感じた。アルファノスフェクトの抵抗とは違うそれに、何事かと吸血しようとする動きを中断し視線を自分の胸元へと向ける。

 そこにあったのは、自分の胸の表皮に一本の腕が突き刺さっている光景だった。タイガーノスフェクトはその光景が理解できず、思わず呆けた声を上げてしまう。

 

《…………は?》

 

 彼女らしからぬ声を上げてしまった直後、腕が突き刺さった胸の奥で悍ましい熱さを感じた。この熱さはただの痛みによるものではない。銀成分がノスフェクトの体を蝕む痛みだ。それを理解した瞬間、タイガーノスフェクトは口から血を吐きながら悲鳴を上げる。

 

《ひ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?》

《残念だったわね。アルフちゃんだけじゃなくてウチも居るのよッ!》

 

 タイガーノスフェクトに腕を突き刺したのは実里であった。他の亡者同様実里もまたヴァーニィの眷属となった恩恵を受けて見た目は以前と同じなのに能力はノスフェクトに匹敵するものとなっていた。それだけの力があれば、アルファノスフェクトとの戦いで弱り油断したタイガーノスフェクトの胸に腕を突き刺す程度であれば不可能ではない。彼女はずっとアルファノスフェクトの中に潜み、彼女が傷付き血を流した際に一緒に血に紛れてタイミングを伺いここぞと言うところで行動を起こしたのである。

 しかも、彼女はただ腕を突き刺しただけではない。より確実にタイガーノスフェクトを始末するべく、彼女は攻撃の際手の中に銀の銃弾を持っていたのだ。S.B.C.T.か修道騎士団の誰かが使い、弾かれるかして落ちた銃弾がそこらに転がっている。彼女はその一つをこっそり回収し、手に握った状態でタイガーノスフェクトの胸に付き刺し銀の銃弾を捩じ込んだのだ。

 

 ヴラドの一部となれたとしても、その体はノスフェクトである事に変わりはなく、ならば銀が弱点となる事も変わらない。例えロードノスフェクトの恩恵を受ける事が出来たとしても、その理から逃れる事は出来なかったのだ。

 とは言えそれは実里も同様であり、弱点であった銀の銃弾を持っていた手は焼け爛れてしまっていた。

 

《うぐっ!? い、つぅ……》

《実里、大丈夫?》

《いつつ……うん、アルフちゃんに比べればこれ位へっちゃらだよ》

 

 無茶をした実里をアルファノスフェクトが心配する。実際今までただの少女であった実里には、この痛みは必然に尽くしがたい苦痛である事だろう。口では強がるが、その実予想以上の激痛に思わずのたうち回りたかった。そんな事をすれば余計にアルファノスフェクトが心配するので、気合でそれを堪えていたが。

 

 それにそれだけの無茶をした甲斐はあった。ただ銀の銃弾を握ていただけの実里でさえこれなのだ。体の中、それも胸の部分に銀の銃弾を捩じ込まれたタイガーノスフェクトの苦痛は地獄の様なそれであり、ノスフェクト態を維持する事も出来ず人間の姿となって全身から血を噴き出しながらのたうち回っている。

 

《あぎぁっ!? あぁぁぁぁぁっ!? ひぃ、ひぃぃぃぃぃっ!? ご、ごん゛な゛、ごん゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!? はぁ゛、はぁ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?!?》

 

 体の内側から蝕まれ崩れていく感触に、カミラの口からは絶えず悲鳴が上がっていた。痛々しいその姿に実里は勿論、アルファノスフェクトも見てはいられなくなり思わず目を背ける。

 

 もうカミラは長くは無いだろう。だがすぐには死ねない筈だ。ヴラドと一つになり、強靭になってしまった体は彼女にすぐ息絶える事を許してくれなかった。皮肉な事に愛する主君に受け入れられ、強くなった事が逆に彼女を苦しめる事となったのである。

 

 だが……カミラの心はまだ負けを認めてはいなかった。アルファノスフェクトと実里が顔を背けていると、カミラは全身から血を噴き出しながらも立ち上がり2人に接近すると首を掴んで壁に押し付けた。

 

《うあぁっ!? あが、あ、あぁぁ……!?》

《うぐぅっ!? が、は……!?》

 

 完全に油断していた2人は成す術無く首を絞められる。呼吸を塞がれて実里が目を見開き足でカミラの体を必死に蹴るが、2人を道連れにしようとしている今の彼女には蹴り程度効果は無く寧ろ更に首を絞める力が強くなった。首をへし折られる勢いで締め付けられ、アルファノスフェクトと実里の抵抗も次第に小さくなる。

 

《あ、あ゛……う゛、ぁ゛ぁ゛……》

《み、みの、り……かはっ……ぐ……》

 

 このままだとアルファノスフェクトと実里の命が危ない、そう思われた時、出し抜けにカミラは2人を解放した。否、彼女自身は2人を解放するつもりはなかった。だが彼女の体がこれ以上の行動を許されなかったのだ。胸に捻じ込まれた銀の銃弾の効果により、カミラの体が崩れ始めたのである。

 

《あっ!? あ、あぁ……!? ぐぅ……あぁぁ……!?》

 

 両手が崩れて灰になり、次に足から力が抜けて倒れたかと思うと両足もボロボロと崩れ落ちた。それを皮切りにどんどん体が灰になっていく光景を見て、カミラは目前に迫る死の気配に恐怖を感じながらも2人の事を睨み付ける。死に際であるにもかかわらず相手を射殺せそうな視線に、アルファノスフェクトも実里も思わず怯み身構えてしまった。

 

《はぁ、はぁ……はぁ……くっ!》

()()()()

 

 咄嗟に身構える2人だったが、結果的にはそれは杞憂であった。カミラはもうこれで終わりだ。遂に胸元まで体が崩れ、己の最期が避けられないと悟ったカミラは断末魔の叫びをロードノスフェクトに届かせるように上げた。

 

《ヴ、ヴラド様ァァァァァァッ!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?》

 

 その叫びを最期に、カミラの体は完全に崩れ落ち後には灰の山だけが残される。残された2人は未だにカミラが放った気迫に気圧されていたが、もう警戒する必要は無いと理解すると疲労がどっと押し寄せたのか実里がその場に崩れるように座り込んだ。

 

《か……勝った……はぁ、はぁ……》

《ありがとう、実里……私だけじゃ、危なかった》

《あ、あはは……ウチも紅月君の一部なんだし、少しは役に立たないとね》

 

 アルファノスフェクトは実里に素直に感謝した。元々は普通の少女であったはずの彼女だが、ここぞと言うところで見せる思い切りの良さは称賛に値する。彼女が京也の仲間であってくれた事に心から感謝し、彼女と共に慣れた事をアルファノスフェクトは誇りに思った。

 

 改めてアルファノスフェクトは彼女への感謝を示す様に、手を差し出して彼女が立てるように手を貸した。実里はその手を取ると立ち上がり、へたり込んだ時に体に付いた埃を手で払い落す。

 

 さぁそろそろ京也の元に戻って彼を援護しよう。そう思った矢先、2人の前に新たな亡者の集団が現れる。自分達に敵意を向けているあの亡者はヴァーニィから生み出されたものではない。彼と今正に戦っているロードノスフェクトが生み出した亡者達である。

 

 どうやらヴァーニィと合流する為には、この亡者を退けなくてはならないらしい。休む間もない状況に実里は思わず疲れた溜め息を吐きながらも拳を握り手足に血の様なエネルギーを纏った。

 

《もう、次から次へと……》

《でも、大丈夫。私と実里なら、これ位へっちゃら》

《……へへっ!》

 

 アルファノスフェクトのその言葉に、実里はこそばゆくなって思わず笑みを浮かべた。

 

 もう実里は人間として生きる事は出来ない。人間の理から外れ、化け物の一部として生きていくしかない。だがそれでも、彼女の中に寂しいと言う感情は少なかった。確かに親友の揚羽と共に人生を歩んで行けない事は寂しいが、京也とアルフが一緒に居てくれるのであればそれも幾分か和らいだ。

 これからは京也の、ヴァーニィの一部として闇夜で生きて行こう。その決意と共に、実里はアルファノスフェクトに続き亡者の群れへと突っ込んでいくのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 カミラが消失した事は、彼女を己の一部としたロードノスフェクトにも伝わっていた。

 

「ッ!? カミラ……!?」

 

 それはロードノスフェクトにとって小さくない衝撃であった。ヴァーニィと違い、ロードノスフェクトにとってカミラは唯一存在を許した意思のある魂である。それは彼女が彼にとって唯一の同胞であり、また彼が唯一愛した存在だからでもあった。彼にとって残された唯一の希望とも言える存在が消えた事に、胸にぽっかりと穴が開いた様な気分になり束の間ロードノスフェクトは戦いも忘れて悲しみに暮れた。

 

「そんな……君も、君まで居なくなるなんて……!?」

 

 これでこの世界に存在するノスフェクトは、ヴァーニィの仲間を除いてロードノスフェクトただ1人となった。世界で一人ぼっちになってしまった事に、ロードノスフェクトは急速に戦意を喪失しその場に崩れるように膝をついた。仮面で顔は隠れているが、ヴァーニィは彼が泣いている事を察して自身も構えを解きそっと近付いて話し掛ける。

 

「君は……何の為にこんな戦いを?」

 

 戦っていて、ヴァーニィは疑問を抱いた。このロードノスフェクト、気質があまりにも穏やかなのだ。敵対する意志は本物だが、過去に戦ってきた上級ノスフェクト達に比べて性格などに激しさを感じられない。そこらの人間以上に穏やかなのだ。そんな彼がここまで戦う、その理由がヴァーニィは知りたかった。

 

「教えて欲しい。君は何でこんな戦いを続けるの?」

 

 ヴァーニィの問いに対して、ロードノスフェクトは咽び泣くだけで何も答えない。その姿を見て、彼は答えを急かす事を控えた。今のロードノスフェクトは唯一共に歩んでいた愛する存在を失って衝撃を受けている。この状態で無理に話を聞こうとしてもまともに聞き出せるとは思えなかった。

 

 暫くロードノスフェクトが落ち着くまで待つ。ふと周囲に意識を向けると、ロードノスフェクトから生み出された亡者も彼の今の状態に影響を受けているのか静かになっていた。周辺から聞こえてきていた、銃声を始めとする戦いの音も消えている。

 

 程無くして、ロードノスフェクトは変異を解きヴラドの姿に戻ると、涙を流しながらゆっくりと話し始めた。

 

「僕はただ……僕達ノスフェクトがこの世界で生きて行けるようにしたいだけだったんだ」

 

 ヴラドを始めとした上級ノスフェクトも、元を辿れば普通の人間として生を受けた。ペスター博士により徹底した遺伝子改造を施された結果、彼らは人間を超えた能力を手にし単純な力で言えばファッジに匹敵するか上回るほどであった。

 ただその力を維持する為には、濃厚なエネルギー源が必要である。ノスフェクトが安定して存在する為、都合のいいエネルギー源となるのが他ならぬ血液であった。彼らはその手を維持する為、他の生物の血液を欲していたのである。

 

 ただしそれだけであれば、彼らノスフェクトが制御も難しく世界中の生物を狩り尽くすのではと言う程の危険な存在として認知される事は無い。最大の問題だったのは、彼らはノスフェクトとなった時点で人間をも食料としか見られなくなる事であった。ノスフェクトとなった者は、価値観が大きく変化し他の血を持つ生物全てを獲物として認識する。

 これが彼らを危険視させる要因であり、制御できない食欲が世界の生物を死滅させ最後は自分も自滅する存在と見なされる要因にもなったのである。

 

 このままではノスフェクトはただ遺伝子改造した結果生み出された、世界を滅ぼす危険のある病原体と何ら変わらない。生み出されて以降それを憂いていたヴラドは、完璧なノスフェクトを生み出すと言うペスター博士の考えに一縷の望みを懸けていた。

 完璧なノスフェクト……それはペスター博士からすれば、自身の命令には絶対服従で且つエネルギー効率に優れたファッジを超える性能の生物兵器。だがヴラドはそこに賭けた。もし本当にエネルギー効率に優れたノスフェクトが生み出せるのであれば、他の生物に与える影響も少なくなりそれは行く行くはこの世界でノスフェクトが一つの主として存在しやすくなることを意味する。

 

 ヴラドは決してノスフェクトの為の世界が欲しい訳ではなく、ノスフェクトが生きていける世界が欲しかったのである。世界を滅ぼす事も無く、この温かな世界で気兼ねなく存在できる一つの種族として……

 

 その話を聞いて、ヴァーニィは最早手遅れだと直感的に感じた。ノスフェクトはこれまでに多くの犠牲者を出している。それも理不尽な理由で、人々に恐怖の対象として刻まれている。とっくの昔に危険生物として認識されている彼らが、今更完璧な存在となって必要以上に他の生物を狩らない体になったとしても、討伐対象として追われる事に変わりはない。

 

「……もう、全部が遅いよ。今更僕らみたいなノスフェクトが増えたって、世界は僕らを排除しようとするに決まってる。もう……僕らに、居場所なんてないよ」

 

 自分で言ってて、ヴァーニィは悲しくなった。そう、自分達に居場所なんて無い。この戦いの後、例え生き残れたとしても彼に待っているのは人々から隠れ住む日陰の日々である。それはどれほど寂しい生き方だろう。幸いなのは、彼はアルフと言う最愛の存在が傍に居てくれる事であった。

 

 だが、それが無いヴラドは…………

 

「フフフッ……」

「……何?」

 

 突然、ヴラドが力無く笑い始めた。何が可笑しいのかとヴァーニィが訝しんで彼を見ていると、彼は小さく息を吐いて笑うのを止めると穏やかな目で見上げながら言葉を紡いだ。

 

「君は人間であった記憶が新しいのに、案外人間の事を分かってないんだね。人間の寿命がどれ位だか分かってる? 僕らノスフェクトに比べて人間の寿命は短い。僕らにとって少しの待ち時間は、彼らにとって数世代の世代交代になる。その長い時間で、僕らノスフェクトの脅威は何処まで語り継がれると思う?」

 

 そう、ヴラドは完璧なノスフェクトが存続できるようになったら、その時点で身を隠し人々の記憶から自分達ノスフェクトが風化するのを待つつもりだったのだ。今でこそ危険視されていても、10年、100年……もっと長い時間が経てば、自分達に対する危険も恐怖も風化する。その頃に新たな種として世界に飛び出し、地球に存在する種の一員に加わろうと考えたのだ。

 それはとても気が遠くなるような話だ。彼らの脅威と恐怖が、人々の記憶から薄れ世界に馴染めるようになるまでどれだけの時間が掛かるか分からない。それまで彼らは、世の人々の認識がどうなっているかを確認する為に人目を忍んで人間社会に溶け込まなければならないのだ。自身の秘密を明かさないようにしながら生きていくのは、果たしてどれ程難しい事だろう。

 

 しかも、それだけ長い時間を掛けてもいざ存在を明かした時、未来の人々がノスフェクトを受け入れてくれるかは分からない。もしかすると存在を知った瞬間、未来の人類も手のひらを返してノスフェクトを排除すべき対象と定めるかもしれなかった。それではどれだけ時間を掛けても意味がない。

 

「例え時間が僕らの……ノスフェクトの危険性を忘れさせたとしても、僕らが力を見せればきっと多くの人々は僕らを認めない。君のやろうとしてる事は、無意味だ。こんな戦いも、意味がない」

「じゃあどうしろとッ!? 僕だってこんな体欲しくはなかったッ!? でももうなっちゃったじゃないかッ! こんな体になっても、世界に存在したいと思う事は間違いなのかッ!」

 

 血を吐く様な切実なヴラドの叫び。それをヴァーニィは静かに受け止めると、そっと彼に近付きその肩に手を置いた。

 

「……きっと、間違ってるんだよ。僕達の存在そのものが。僕達は、存在しちゃいけないんだ。だから、存在しちゃいけない僕らには、僕らなりの存在の仕方がある。分かるよね?」

 

 つまりは、本来ヴラドが狙っていた時間を掛けて自分達への恐怖を下げる計画の延長。存在している限り未来永劫ノスフェクトと言う存在をひた隠しにして生きる日陰の道を往くと言う事。静かで、寂しい生き方だ。惨めな生き方と言っても良いかもしれないが、だが一番平穏な生き方かもしれない。少なくとも無用に命を狙われるような事にはならない。無論そこに発展はなく、待っているのは緩やかな滅亡かもしれないが、未来永劫生き続けるよりは何処かに終わりがあった方が安心できた。そう思えるのは、彼が元は普通の人間だからだろうか。ヴラドの様にノスフェクトとしての感性に染まりきっていないからこそ抱ける感覚かもしれない。

 

 真摯なヴァーニィの説得と、自分以外仲間のノスフェクトが居なくなった事実にヴラドは精神的に折れていた。どの道、自分1人で世界に溶け込んでももはや意味は無い。彼が増やせるノスフェクトは下級のノスフェクトだけ。カミラが自身の中に残ってくれていれば、彼女との間に子を成す事も出来たかもしれないが…………

 

「だから、もう止めよう。これ以上人を傷付けて、罪を増やすような事は……」

 

 優しく静かに説得するヴァーニィの言葉に、ヴラドはある種の救いがそこにあるような気がした。思えばずっと、ノスフェクトが生きられる世界の為を考えて多くの命を奪ってきた。他の命を奪う事は生きる者の宿命だと自分に言い聞かせて、殺して殺して殺し続けてきた。この街に逃れてからは長らくカミラ達に任せてきたが、それも全ては彼がノスフェクトの居場所を勝ち取る為。カミラやヴォーダン達を先導し、彼らが生きる目的として存在し続けてきた。

 だがそれも、もう疲れた。結局自分がやろうとしていた事は全て無駄だったのだ。それを理解して、ヴラドの中に諦めの感情が沸き上がり抑えが利かなくなっていた。

 

 そんな中で差し出されたヴァーニィの手は、救いの光のように思えてヴラドはゆっくりと手を伸ばし差し出された手を取ろうとして…………

 

「う、ぐ……!?」

「ヴラド?」

 

 突然体を強張らせたヴラドにヴァーニィが首を傾げていると、突然彼は頭を抱えて叫び声を上げ始めた。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ヴラドッ!? ヴラドどうしたんだッ!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?!?」

 

 ヴァーニィの声も届いていないのか、ひたすら頭を抱えて叫び続けるヴラド。その叫びが、放たれた時と同じように不意に止まった。突然叫び出したかと思えば突然黙り、俯くヴラドの姿は異様で不気味で、ヴァーニィは何が起こったのかと訝しみながら慎重に近付き声を掛けた。

 

「ヴラド……?」

 

 俯いたヴラドにあと少しでヴァーニィの手が触れそうになった、その瞬間…………彼は猛烈な危機感を感じて咄嗟に後ろに飛び退きながら自身の前に血で作った盾を幾つも展開する。盾でヴラドの姿が見えなくなるが、作り出した盾が次々と粉砕されていく音から何が起きているかは大体わかった。どういう事かは分からないが、ヴラドがヴァーニィに敵意を剥き出しにし攻撃してきている。

 

 何故? どうしてと思う間もなく作り出した盾は全て粉砕され、盾で隠れていたヴラドの姿が露わとなる。ゆらりと立ち上がったヴラドがゆっくりと顔を上げると、目があった瞬間その顔に醜悪な笑みが浮かびその姿をロードノスフェクトへと変異させた。

 

 その笑みを見た瞬間、ヴァーニィは直感した。あれはヴラド本人ではない。

 

「お前……誰だッ!」

「ククッ、はっははははははははははははっ!!」

 

 ヴァーニィの問い掛けに対し、ロードノスフェクトは高笑いで応えるのだった。




と言う訳で第73話でした。

ギュスターに続きカミラも今回で退場です。終盤なので敵側の主要人物が次々と脱落していきます。因みに実里によるカミラへのトドメの描写は、ヘルシングでベルナドットが大尉を倒す際の一撃を意識してます。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!

次回の更新もお楽しみに!それでは。
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