突如苦しんだかと思ったら雰囲気がガラリと変わったヴラドの姿に、ヴァーニィは今の彼が先程までのヴラドではないと確信した。浮かべている笑みがあまりにも醜悪過ぎる。
それもその筈で、今のヴラドは遠隔である人物に意識を乗っ取られた状態だった。その人物とは他でもない、ペスター博士である。
「はっはっはっはっはっ! いやいや、困るねこんな簡単に戦いを止められては。まだ十分なデータが得られていないんだ」
「お前、誰だッ!」
「あぁ、君は分からんか。そうだね、失礼した。私はペスターと言う者だ。君が使っているヴァンドライバーや、このヴラド、アルファノスフェクトらの生みの親と言えば分かってもらえるだろうか?」
「なっ!?」
ホテルに偽装した研究施設があまり長くは持たないと察したペスター博士は逃走の準備を進めていた。が、データの採取と観察の為戦いの様子はタブレット端末で定期的に確認していたのである。そして彼が見ている前で、ヴァーニィとヴラドは戦いを止め停戦の方向へと話が進みそうになっているのを見て、このままでは十分なデータが得られないと戦いに介入する事を決めたのだ。
ヴラドには洗脳状態にあった京也に仕掛けられていたような命令の受信装置は付いていない。その代わり、緊急時には意識を乗っ取り意のままに操る事が出来る装置を仕掛けられていたのだ。もしまかり間違ってノスフェクト達が反乱を起こした際、強制的に鎮圧できるようにする為だ。
ヴラドの操作は博士が持つタブレット端末とコードで繋がったヘッドギアを通じて行われ、博士の脳波で意のままに操る事が出来る。博士は手を使わず頭で考えただけでヴラドを操り、彼の口を通じて話をする事も出来た。
ペスター博士に意識を乗っ取られ意のままに操られるままに再びノスフェクト態となったヴラドは、亡者を全力で暴れさせる。結果一度は収まった周辺の戦いも再開され、しかも激化しS.B.C.T.と修道騎士団に襲い掛かる。
「な、何だコイツ等ッ!? また暴れ出したぞッ!」
『くっ、怯むなッ! 迎え撃てッ!』
唐突に大人しくなった亡者の群れが再び凶暴化した事に誰もが面食らったが、それでも指揮系統が生きているS.B.C.T.は問題なく即座に迎撃態勢を整え反撃に転じる事が出来た。
問題は修道騎士団である。こちらは明確な指揮系統が無かった為即応性が悪く、事態の急変に対して各々の騎士が臨機応変に対応する事を求められていた。一応は捕虜をS.B.C.T.が緊急時と言う事で戦力に加えている状態だったが、生き残っているδチームもγチームも自分達の部隊の指揮で手一杯となっていた為彼らの面倒を見ている余裕がなかった。
「クソッ!? クソぉぉぉっ!?」
「うわぁぁぁっ!?」
「来るなッ!? 来るなぁぁぁッ!?」
先程参戦した時はまだ士気もあったので持ち堪えられたが、一度落ち着いてしまった事が仇となり騎士団の方は混乱状態となっていた。やはり戦う上では指揮系統が必要であり、勢いを失った集団は頭が居なければ烏合の衆でしかなかった。
半ば敗残兵にも近い混乱状態に陥る騎士団の有様に、前線で戦うS.B.C.T.の隊員達は必死に援護しようとするが敵の数が多い為それも儘ならない。
「クソぉッ、アイツ等何やってんだッ!」
「仕方がない。あっちには明確に指揮する奴が居ないんだ」
「だからってあの様はお粗末すぎるだろッ!」
「階級や次席指揮官の存在が如何に大切か分かるな」
「言ってる場合じゃないよッ! 隊長、彼らはッ!」
δチームの中で誰かが騎士団の臨時指揮官になるべきかと言う意見が出そうになったその時、唐突に全員の通信機に1人の女性の声が響き渡った。
『騎士団の方々は落ち着いてくださいッ! 今から私が臨時で指揮を執りますッ!』
『アイリスッ!』
声の主はεチームのオペレーターであるアイリスであった。本来はオペレーターでしかない彼女であったが、彼女が後方支援すべき存在であるεチームは先程の亡者の群れの攻撃の第一波をまともに喰らって全滅している。戦友である仲間達が一瞬で全滅した事に悲しみを感じていた彼女だったが、混乱した様子の騎士団の姿に1人落ち込んでいる場合ではないと己を奮起させると臨時で彼らの指揮を執るべく声を上げたのであった。情報共有の為、騎士団の者達にも通信機を装着させていたことが幸いした。
『騎士団の皆さんはδチームの前面に展開ッ! δリーダー、彼らの援護をお願いできますか?』
『了解した。δチーム諸君ッ! δ5が戦線復帰するまでの間、騎士団と組んで敵の進行を食い止めるんだッ!』
こうして出来上がったδチームと修道騎士団の臨時の混成部隊。接近戦に優れるイジターが前面に出て亡者の群れを押し留めている間に、δチームが一斉射撃で亡者の群れを仕留めていく。即席の部隊ではあるが、連携は悪いものではなく遊撃戦力となっているγチームの活躍もあって亡者の群れを押し留める事が出来ていた。
それでもやはり数の不利を覆す事は難しい。しかも敵は1体1体が上級ノスフェクトに迫る能力を持っている。狡猾さが無いのが救いだが、知能が低くても力が強くて数が多ければそれだけで十分すぎるほど脅威となる。連携に優れるδチームはともかく、寄せ集めに近い修道騎士団は徐々にその数を減らしていった。
「クソッ!? クソクソクソッ!?」
「おい、あまり前に出るなッ!」
「うわぁぁぁぁぁっ!?」
『騎士団はあまり前に出過ぎないでッ! δチームとの連携を重視してくださいッ!』
アイリスが必死に声を掛けて騎士団の動きを制御しようとしているが、このままだと瓦解は時間の問題となりつつある。グラスが戦線復帰するまではもう少し時間が掛かる。このままではマズイとδチームが危機感を抱き始めた、その時騎士団に襲い掛かろうとするノスフェクトの集団を横から攻撃を仕掛ける者達が居た。
「おぉぉぉぉっ!」
「やぁぁぁっ!」
「あ、あれは……!」
参戦したのはクロコダイルノスフェクトを倒した後、装備を交換したルクスのバルトと揚羽のシルヴァであった。
ルクスが変身し直したバルトは馴染みの大槌を自在に振り回し、目に映る亡者を片っ端から叩き潰しフッ飛ばしていく。
「らぁっ! こん、のぉぉぉっ!」
「おぉ、流石ルクス様……!」
「カタリナ様も……」
「あ、ごめんなさい。私、カタリナさんじゃないんです」
クロコダイルノスフェクトとの戦いの最中にカタリナがルクスと交代していた事を知らない騎士達は、揚羽がシルヴァになっている事を知らないのでカタリナが参戦してくれたと期待を込めた目で見てくる。その視線に申し訳なく思いながらも、揚羽のシルヴァは果敢に銀の細剣を振るい必死にバルトについて行き騎士に迫る亡者を押し返した。
「それでも、私は私に出来る事をする……!」
これまで多くの人々、特に京也に迷惑を掛けてしまった事を悔いて恥じる彼女は、己の罪を贖罪する為恐れる事無く戦い続けた。途中亡者の群れに囲まれている騎士を見つければそれを全力で助け、自身の後ろに抜けようとする亡者が居ればそれを全力で止める為奮闘した。
だが悲しい事に敵は多く、そして彼女自身はシルヴァの元の持ち主であるカタリナは勿論イジターに変身する一般騎士に比べても経験が圧倒的に不足していた。その結果彼女自身が亡者に囲まれ、窮地に陥る事も少なくない。
「うあっ!? あ、ぐ、くぅっ!?」
一瞬の隙を突かれ亡者に押し倒されると、蟻が獲物に群がる様にシルヴァの姿が亡者の群れの中に消えていく。その中でシルヴァは食らい付かれ切り裂かれ殴られけられと徹底的な暴力に晒された。
「あぁぁっ!? う、ぐっ!? かはっ!? あぐっ!? ぎ、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?」
「くっ! 揚羽ちゃんッ!」
耳に入った揚羽の悲鳴にバルトが慌てて彼女を助け出そうとするが、亡者の群れを抜ける事が出来ず大槌を振るいながら彼女の悲鳴が段々と弱くなっていくのを指を咥えてみているしか出来ない。
「あ、う……う、ぐぅぅっ!? あ゛、あ゛あ゛……」
止まる事のない暴力と苦痛に、シルヴァは己の死を予感した。
(あぁ……私、死んじゃうんだ…………仕方ない、よね。紅月君や、カタリナさん……たくさんの人に、迷惑掛けちゃったし…………あ、でも……)
薄れゆく意識の中で、揚羽はふと実里がヴァーニィに血を飲まれた事で彼の中で生き残れている事を思い出した。そして願った。叶うならば、自分の血も彼に飲んでほしい。そうすれば、自分がここで死んでも京也の中で実里と共に生きていくことが出来る。今の揚羽にはそれがとてもとても素敵な事の様に思えた。
(紅月君……私が死んだら、私の血も……飲んでほしいな……私も、あなたの中に…………)
揚羽が儚い願いを思い浮かべたその時、重い銃声が響いたと思った次の瞬間彼女の視界を埋め尽くしていた亡者の群れが血の花を散らしながら吹っ飛んでいく。銃声に亡者が押し流されると、その後を追う様に大型装備のチェーンガンを持ったライトスコープが視界に入った。
「オラオラオラオラッ! はははぁっ! どうしたどうしたぁっ!」
チェーンガンを派手にぶっ放しながら進むのはトリガーハッピーで知られるδ7であった。シルヴァの窮地を知ったδチームは、危険を承知で前に出て亡者の群れを追い払い彼女を引き摺り出し引き摺ってその場から離れさせていく。その露払いと殿を務めるのが、制圧力に優れるチェーンガンの扱いに長けたδ7であった。普段の言動がアレだが、常々使いたがるだけあって扱いは達者で発砲の反動に振り回される事も無く逆に振り回して手当たり次第に亡者を打ち倒していく。
その甲斐あってシルヴァは何とか救出でき、δチームから搬送を引き継いだ騎士の手により後方の指揮車の所まで連れて来られた。一先ず安全と言えるところまで来れた事で気が抜けたのか、シルヴァの変身が解け揚羽は元の姿に戻った。あちこちに血を滲ませ虚ろな目をした彼女の姿は痛々しく、リリィは一旦オペレーターの仕事を中断すると彼女に応急処置を施し救急隊が来るまで安静にさせる為腰からクロスショットとベルトを外すと倒した座席に彼女を寝かせた。
その間も、外では依然としてδ7が四方八方から迫る亡者の群れに向けて只管に発砲を続けていた。
「おぉぉぉぉっ!」
「δ7、もう十分だッ! 一旦下がれッ!」
δ2がδ7に後退を促すが、彼はそれを聞かずにその場に留まり発砲を続けていた。気付けば一人突出した形で派手に撃ちまくる彼は亡者から見ても目立つのか、次々と亡者が群がり攻撃が集中し始める。見た目は血を流す死体にしか見えない亡者は、だが能力はノスフェクトのそれなのか遠距離攻撃で血の様に赤いエネルギーで出来た矢か槍の様な物を飛ばしてくる者も居た。その攻撃が殺到し、δ7の腕や足に突き刺さる。
「ぐぅっ!? うぐっ!?」
「δ7っ!?」
「はぁ、はぁ……あぁぁぁぁぁぁっ! 下がれッ! 早く下がれぇぇぇぇぇッ!」
攻撃を受けながらもδ7は後退する様子を見せない。彼は自身が囮となって亡者の群れを引き付ける事で、残りの隊員が体勢を立て直す為の時間稼ぎをするつもりなのだ。故に彼は死ぬ気で攻撃を続け、どれだけ傷付こうとも退く事無くその場に留まり続けていた。
『δ7、命令だッ! 今すぐ後退しろッ!』
当然それを後方で指揮する敦も許す筈がなく、δ7に後退を指示した。だがこの時点で既にδ7は後退できるだけの余裕を失っており、最早全てが手遅れと言う状態となっていた。
「ぜぃ、ぜぃ……すみませんが隊長、そいつは無理そうです」
『何ッ!?』
「さっき足やられちまったもんでね……だもんで、ここで連中の足止めに専念しますッ!」
そう言うとδ7はそれ以降通信には対応せず、銃身が赤熱化しても構わず発砲を続け1体でも多くの亡者を始末しつつ敵の目を自分に集中させた。
「ハハハッ! おら、来いよ来いよッ! へへへっ、良いなッ! 何処を見ても敵だらけだぜッ! ハッハァッ!」
果たして本気で今の状況を楽しんでいるのか、それとも避けようのない死を前に自身を奮い立たせる為に強がっているのか分からない高笑いが他の隊員達の耳に届く。普段は彼のトリガーハッピー発言に辟易している隊員達だったが、この時ばかりは彼のテンションが物悲しく感じられ誰もが後ろ髪を引かれる想いに足を止めたくなった。
だがそれは彼の自己犠牲を無駄にする行為だ。命を賭して他の隊員や騎士の為に犠牲となる事を躊躇なく選んでくれた彼への侮辱となると、心を鬼にして体勢を立て直す為後退する。
そんな中で、後退の流れに従わず足を止める者が居た。
「ん? おいδ4、何をしている?」
「…………」
δ4は1人、足を止め抵抗を続けるδ7の姿を見ている。その様子に何かを感じたδ9が声を掛けた。
「δ4、行くよ。δ7の行動を無駄にする訳にはいかないんだ」
「……英雄の居る国は幸せだ」
「何?」
突然のδ4の言葉にδ9が思わず首を傾げる。相変わらず突然口を開いたかと思えば何を言っているのか分からないが、漠然と何か不穏なものを感じずにはいられない。
「δ4、馬鹿な事考えるなよ」
「英雄を求める国は哀れだ」
「δ4ッ!」
尚も動こうとしないδ4にδ9が大きな声を上げると、ここでやっと彼は振り返った。だが自分を見てくるδ4の姿に、δ9は逆に不安を駆られる。
その不安は的中した。δ4は再びδ7の方を見るとそちらに向けて駆けだしたのだ。
「英雄を残して逃げるのは忍びないッ!」
「待てδ4ッ!」
δ9の制止を振り切ってδ4が亡者の群れの中へと飛び込んでいく。滅茶苦茶に発砲しながら突き進んだおかげで彼はδ7と合流出来たが、その時には既にδ7は体のあちこちに槍が刺さっており満身創痍と言った状態であった。そんな状態になっても尚引金から指を離さず発砲を続けているのは流石としか言いようがなかったが。
δ4はそんな仲間に近付くと、彼に襲い掛かろうとする亡者を蜂の巣にしながら身動きの取れない仲間の援護を行った。
「はぁ、はぁ……あぁっ? お前、何やってんだ?」
ここでやっとδ4の接近に気付いたδ7が意識を朦朧とさせながらも訊ねるが、δ4はその問いに答えず只管目に映る敵を討つ事に集中していた。そんな彼の姿にδ7は小さく溜め息を吐きながらチェーンガンを薙ぎ払う様に振り回し周囲の敵に銀の銃弾をお見舞いした。
「ったく、馬鹿野郎が」
「類は友を呼ぶ」
せめてもの憎まれ口に反論してくる仲間の姿に、δ7はヘルメットの下で笑みを浮かべながら覚悟を決めた。
今更一人仲間が増えた所で、この数を押し戻す事は出来ない。きっと数分も経たずに自分達は亡者の群れに飲み潰されてεチームの後を追う事になるだろう。
その予想の通りに、彼らの弾幕を突き抜けた亡者が2人を押し倒しズタズタに引き裂こうとして…………寸でのところで突如亡者の群れに隕石の様に突っ込んできた存在が2人の周囲の亡者を纏めて吹き飛ばした。
「う、ぉ……?」
「んん?」
「お前ら、無茶しすぎなんだよ」
何かが落着して亡者を吹き飛ばした影響で舞い上がった砂埃により視界が遮られる中、傷付いたδ7とδ4が目を凝らすと響いてきた聞き覚えのある声に安堵し頬を綻ばせた。
「何だよ、ボーナスタイムは終了かよ。もっとゆっくり来ても良かったんだぜ?」
「英雄は、遅れてくるものだ」
2人が見ている前で砂埃が風に流され、そこに現れたのは緊急整備と補給を急ピッチで済ませて再変身したグラスであった。彼は傷付きながらも仲間の為に奮闘した2人に呆れながらも頼もしさを感じ、小さく溜め息を吐きながら肩を竦めると直後に手にしたバスターショットを薙ぎ払い新たに接近してきていた亡者を数体纏めて切り倒した。
「ここから先は俺が引き受けるッ! 誰かこの2人を下がらせてくれッ!」
「分かった!」
「ったく、お前ら後で隊長に説教されろッ!」
δ10とδ9が2人の腋の下に手を突っ込んで引き摺って行く。それを肩越しに見送りながら、グラスは尚も進軍しようとしてくる亡者を見据え、銃撃モードのバスターショットの銃口を向けた。
「来いよ、ここからは俺が相手だッ!」
グラスと言う特記戦力の参戦で再びS.B.C.T.側が押し返し始めた。戦力的に見れば高機動で戦場を駆けまわり窮地に陥っている味方の援護や固まっている敵の集団を一網打尽にするのに優れた最高の遊撃戦力であるのと同時に、味方を鼓舞する求心力としても機能していたのだ。お陰でδチームとγチームは奮い立ち、攻勢を強めて亡者の集団をその場に押し留める事が出来ていた。
一方で、騎士団の方は疲労もあってか明らかに苦戦しつつある様子だった。指揮官が居ない事と、そもそも自分達の正義が間違っていたと言う認識が彼らの判断を鈍らせ動きを悪くさせていた。アイリスが代理で指揮を執ってはいるが、言ってしまえば余所者の彼女の言葉は騎士団にはあまり響かず効果的な指揮が出来ているとは言い難い状況だった。そもそもアイリスは彼ら個人の名前など知らない事が多過ぎる。そんな状態ではふんわりとした指揮しか出来ず、必然的にそれでまともな動きが出来る筈もなかった。
次第にδチームらから引き離され、戦場で孤立し各個撃破を待つ状態となりつつあった。こうなると精神的なものもあって、弱気になる騎士も増え被害は加速する一方であった。
「も、もうダメだ……もうダメだぁ……」
「弱気になるなッ!」
「でも、このままじゃ……!?」
騎士の何人かが必死に仲間を奮い立たせようとするが、亡者はそんな彼らの事を嘲笑う様に襲い掛かり一気に一網打尽にしようとしてくる。一斉に攻撃を仕掛けてくる亡者の群れに騎士の中から悲鳴が上がった。
その時、亡者の群れを飛び越えて騎士達の前に降り立った人影が、手にした剣を振るい銀の軌跡を描き亡者を次々と切り伏せていった。
「はぁ、はぁ……」
「し、シルヴァ……!」
現れたのはシルヴァであった。先程揚羽がルクスと交換して使用し、亡者の群れに押し倒されて袋叩きにされ負傷し下がらされた際に、シルヴァのクロスショットは傷付いた揚羽を休ませるのに邪魔になるからと外されていた。
そこにやって来たのがカタリナだった。右腕が負傷で動かなくなりルクスにより下がらされた彼女だったが、この戦いを終わらせる事を諦めた訳ではなくあわよくば何か装備を借りられないかとあの後後方の指揮車の方へとやってきていたのだ。亡者の攻撃を受けないようにと何とか逃げ隠れしながら指揮車に辿り着いた彼女が見たのは、傷付いた揚羽が運び込まれる姿であった。それを見てカタリナは揚羽の元へと向かい、そこで外されたクロスショットが適当に置かれているのを見てそれを掴み戦線に復帰したのである。
復帰したとは言っても、グラスと違いある程度元通りと言う訳にはいかない。変身しているカタリナが依然として右腕を動かせずにいるので、左手に銀の細剣を持っただけの状態と言う痛ましい姿だ。それでも彼女の目に宿る闘志は微塵も衰えておらず、その闘志が彼女の後ろの騎士にも伝播し勇気を与えた。
「カタリナ様……!」
「皆さん、もう少しです。もう少しだけ、力を……!」
「は、はいッ!」
元々影響力の強かったカタリナの参戦は、負傷した状態だったとしても彼らを鼓舞するのに十分役立った。先程まで弱気だった騎士達は一気に奮い立ち、逃げ腰だったのが嘘のように果敢な攻勢に打って出た。突然攻め手に回った騎士達に亡者も対応が追い付かないのか蹴散らされ、その光景に安堵しながらシルヴァはアイリスに通信を繋げた。
「アイリスさん、カタリナです」
『か、カタリナさんッ!』
「指揮は私にお願いします。私から騎士の皆さんに指示を出しますので」
実際それが一番効率的だろう。カタリナはこの場に居る騎士の事を良く知っている。何も知らないアイリスに比べれば円滑に指示を出す事が出来るだろう事は容易に想像できた。それに何より、後方に居るよりは前線に居た方が状況を鮮明に知る事が出来る。
シルヴァからの通信にアイリスは一瞬だけ思考し直ぐに決断を下した。
『分かりました』
「ありがとうございます」
そこからは騎士団の動きが先程とは嘘のように変わった。カタリナと言う影響力の強い存在が自分達を率いてくれると言う事実、アイリスの的確な情報支援が合わさり、全員が一体となって亡者の群れに対抗し押し返していく。
勿論シルヴァもそれを見ているばかりではなく、片腕だけではあるが果敢に銀の細剣を振るい並み居る亡者を切っては捨て切っては捨ての大立ち回りを演じていた。その活躍が更に騎士達を鼓舞し、また彼女を援護しようと奮い立たせた。
「カタリナッ!」
そこに新たに合流したのはルクスだった。孤軍奮闘していた彼女は通信でカタリナが陣頭指揮を執っていると聞いて、急ぎ手助けすべくこうして合流してきたのである。
「ルクスさん、来てくれましたかッ!」
「ったり前でしょうがッ! アンタ自分だって怪我人だってこと分ってんのッ?!」
バルトはシルヴァの未だに動かない右腕を指差しつつ、襲い掛かって来た亡者を大槌の一振りで薙ぎ払い叩き潰す。その際に生じた隙を突こうと飛び掛かって来る亡者が居たが、それはシルヴァの鋭い刺突が捉え口腔内に刃が滑り込み後頭部から血に塗れた刃が飛び出す。
「ゴボボッ!?」
「無茶は重々承知の上です。ですが、私にも騎士団の一員としての責任があります。責任を放棄してジッとしているなど、主以前に私が許せません」
「ったく、ホントーに真面目なんだからさ」
呆れながらもバルトはシルヴァが突き刺した亡者を蹴り飛ばして刃を引き抜くのを手伝った。そして2人は互いに背中合わせになると、背後に感じる友の温もりにどちらからともなく笑みを零した。
「しょうがないから、付き合ってあげるわよ」
「心強いです……ありがとう」
シルヴァとバルトは肩越しに背後を振り返り、一瞬相手と目を合わせると次の瞬間には視線を前に向けて騎士達と共に亡者の群れに突撃していく。
騎士団が奮闘している横では、δチームもまたグラスを中心に陣形を整えγチームの援護を受けながら着実に亡者の群れを押し返していた。
『δ5、前面に出て敵の先陣を蹴散らせ。ただし、部隊からは適度に離れすぎるな』
「了解ッ!」
指揮車の敦から指示を受けて、グラスは地面の上を滑る様に移動し亡者の集団の先陣に飛び込み手当たり次第にバスターショットの斬撃モードで切り捨てた。下級ノスフェクト以上上級ノスフェクト以下の能力を得た亡者の群れだったが、グラスは構わず亡者の群れの中を縦横無尽に動き回り時には空中をアクロバティックに跳んで翻弄する。素早い動きに亡者も対抗しようとするが、驚異的な反射速度を持つ彼には追随する事が出来ずにいた。
そしてグラスにばかり気を取られていると、後から来た残りのδチームの隊員達からの攻撃で脇腹を突かれる形で打ち倒されていく。その連携を前に亡者の群れは成す術無く数を減らしていった。
「δ5、一旦退けッ!」
「了解っと!」
δ2の声にグラスは空中を滑る様にして後退した。その際置き土産の様に何発か銃弾を叩き込んでおくことを忘れない。
戻る最中空中から周囲の様子をぐるりと見渡したグラスだったが、視界に映る限りにおいてまだまだ終わりは見えず着地しつつ辟易とした声を上げた。
「うへぇ、まだこんなに居るぜ。こいつは厳しいぞ?」
『いや、そうとも限らないよ』
思わずボヤくグラスだったが、それを聞き取ったのかユーリエが彼の言葉に否と答えた。
「どういう事だ?」
『君らの戦いがそのまま、ヴァーニィへの手助けになっていると言う話だ』
断片的な情報からだが、ユーリエは今彼らが相手にしている亡者がこれまでにロードノスフェクトが吸血してきた者達の成れの果てであると言う事に気付いた。過去に行われてきたノスフェクトに関する研究で得られたデータと、ここ最近の出来事などを統合し精査した結果辿り着いた結論である。
その結果から導き出された結論は、ここで彼らが亡者を倒せば倒す程ロードノスフェクトの力を着実に削いでいけると言う事であった。
『これは恐らく敵ノスフェクトがこれまでに吸血してきた者達を自身の力で強化し解き放っているんだ。それはつまり、そいつらを減らせば敵ノスフェクトの力を削ぎ落し弱らせることを意味する。これを続けていけば、最終的にはヴァーニィが敵を倒せるまでになる筈だ』
「な~るほど、そう言う事か。分かったッ!」
この戦いが決して無駄ではないと分かれば話は違う。グラス達はこの戦いにも終わりがあると希望を胸に己を奮い立たせ戦い続ける。
そこに水を差そうとするかのように、狼男の様なノスフェクトが飛び出してきた。
「ガルルルルッ!」
「チッ、コイツ……!」
これは亡者の様にはいかないとグラスが前に出ようとしたその時、驚くべき事が起こった。何と飛び出してきたウルフノスフェクトは彼らではなく、亡者の方に襲い掛かったのである。
「ガルアァァァァッ!」
「あぁ? 何だ? コイツ何で……」
「おいδ5、周りよく見ろッ!」
「え?」
仲間に言われて周囲を見渡せば、よく見ると亡者と戦っているのはS.B.C.T.と修道騎士団だけではない事に気付いた。亡者が亡者と戦っている光景もあれば、中にはノスフェクトや何とファッジまでもが亡者と戦っていた。最初困惑していたグラスも、それが誰の仕業かに気付き仮面の下で笑みを浮かべた。
「ヴァーニィ……キョウヤかッ!」
今のロードノスフェクトとロードブラッドのヴァーニィは能力的には等価である。つまり、ロードノスフェクトに出来る事はヴァーニィにも出来る。ヴァーニィは自身も亡者の軍勢を生み出し、その力でロードノスフェクトに対抗し亡者同士を戦わせ敵の力を削ぎ落そうとしているのだ。
そして、きっと彼自身もロードノスフェクトと激しい戦いを繰り広げている筈。彼の奮闘を感じ取ったグラスは、手近に居る亡者を切り捨てながらこの戦場の何処かに居る筈のロード・ヴァーニィに向けて声を掛けるように叫んだ。
「構わず全力で戦えッ! 俺達が支えてやるッ!」
と言う訳で第74話でした。
シルヴァは本来カタリナ専用のライダーシステムだった筈ですが、気付けばルクスに揚羽と使用者を転々とした挙句にカタリナに戻ってきました。一貫して変身者が変わらないライダーも良いですが、シルヴァみたいに変身する人物を転々とするライダーも良いですよね。
執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。